今日も一日眠って暮らした。人生の貴重な一日が台無しだ。
妙に目が乾く。ドライアイかと思い目薬を差してもどうもいけない。熱っぽいことに気が付き体温を測ると熱もあるじゃないか。まるで体のブレーカーが落ちてしまったようだ。まぁ、そんなときもあるさ、人間だもの。初公判の夜にいきなり尿路結石で入院するような人もいるくらいだ。仕事が一段落ついて、体調を崩したって悪くはないさ。世間は秋の行楽真っ盛りだろうが、調子にのって出かけると、これまた体調を崩してしまうだろうし、高速だって混んでいることだろう。大人しく眠っているのに限る。I'm Only Sleepingだ。
ふと、去年の夏の旅行で訪れたトルコの地方都市イズミルの事を思い出した。排ガスもうもうのメインストリートに面したローマ時代の遺跡、その遺跡と道をへだてた一画に広がる活気あふれるバザール。礼拝の時刻を知らせるモスクのアザーン。どれもとびきりエキゾチックで、素敵な思い出だ。そんな中でも、ひときわ思い出すのが、イズミルの下町のミシン商のことだ。
その朝、俺とつれあいは古代アゴラと呼ばれるローマ時代の遺跡を探して、イズミルの街の路地をうろついていた。ガイドブックのちいさな地図と、前の日にバス会社のおやっさんからもらったイズミルの街の観光地図が頼りだ。ガイドブックの地図は小さすぎ、もらった地図はすべてトルコ語だ。これはなかなかに難しいオリエンテーションだ。そうこうしているうちに俺達は、観光客なんて、まずいそうにないブロックに迷い込んだ。
そこでうろうろしている俺たちに声を掛けてきたのが、このミシン商のおやっさんだった。
中央でおどけたポーズをとっているのが社長だ。その隣が英語の得意な番頭さんだ。ついでに左の子供は、社長のご子息だそうな。むくむく太っている。
おやっさんは俺達を見つけると『あんたら日本人かい?まぁここに座ってチャイ(トルコでよく飲まれる紅茶だ)でも飲んで休んでいくとイイ』と声を掛けてきた。日本人的な感覚で、いえいえお構いなく、なんて言う間もなく、何が何やらわからぬ間にどこからか丸い椅子が出され、俺達は座るように促された。おやっさんはそこらを歩いているチャイ屋のアンチャンに声を掛け、自分たちの分も合わせてチャイを注文してくれた。
そしてチャイが届けられると、ミシンの天板を机にして、皆でチャイをすすりながらよもやま話に花を咲かせたんだ。大人も子供も、そこにいる誰もが話の輪に入っていた。仕事はいいんかい?と突っ込みたくなるほどだ。まぁ、ほとんどしゃべっていたのは社長さんと、通訳担当の番頭さんだが、そうじゃない人々も、終始ニコニコと笑っていたっけな。
どうにもトルコでは日本人は好かれているようだが、ここまで歓迎してくれるのはなかなかないぜ。ありがたい事だ。
社長さんと思しきおやっさんは、頼まれてもいないのに、『俺がボス、つまりはプレジデントで、こいつは俺の右腕の営業担当。こいつは俺の倅で、あいつは機械担当で、そっちの子供はあいつの息子だ』なんて次々紹介してくるんだ。で、社長は英語の得意な番頭を通じて、自分は日本製のミシンを扱っていること、なかなか商売は順調な事などを話し続けた。
聞けば年齢は俺とさほど変わらないようなんだが、従業員を雇い、手広く商売しているようだ。大したもんだ。
みんなニコニコしている。楽しそうだ。店といっても、ミシンは道路にずらりと並べられている。日本人の感覚はここじゃ通用しないんだ。オンザロードのミシン展示場なのさ。路地を抜ける地中海の風に吹かれながら、中年の機械担当のオヤジさんが、ニコニコしながらミシンを整備している。
見れば、店の中はもちろん、道路をふさぎそうな勢いで並んでいるミシンの大半は日本製だ。そう、JukiやBrotherなんかのミシンが、ユーラシア大陸の反対側で人々に愛されているのさ。俺の死んだオフクロが、俺が子供の頃内職で使っていたミシンとよく似たミシンが、このアジアの涯に勢ぞろいだ。俺は少しうれしくなったな。
社長は、ムチムチと太った息子に、今から商売を仕込んでると言っていた。番頭さんは、観光客は誰も彼もイスタンブルに行くばかりだが、イズミルはイスタンブルよりも、ずっとアットホームで人情がある街だから、もっと多くの観光客に来てもらいたいと語っていた。確かに俺もそう思う。こんなに素敵な町なのに、ガイドブックの扱いはたったの見開き2ページだ。
チャイを飲み干すと、社長は従業員の息子に、水を買ってくるように言いつけて、俺たちに振る舞ってくれた。そう、真夏の地中海沿岸は結構暑いのさ。
そして、おやっさんは俺たちにどこに行く気かと尋ねた。俺達はアゴラに行くんだというと、そこに居合わせた誰もかれもが、ミシン店の店先の路地を奥に進んでいくように指差して、口々に説明してくれた。ありがとう、イズミルのミシン屋さん。
もう、この懐かしい人々に会うことはないかもしれない。
けれど、この人たちが今日も幸せに暮らしていることを、願わずにはいられないのさ。
読者諸君、失礼させてもらうぜ。君達がもしトルコに行くことがあったなら、イズミルに行ってみることをお勧めするよ。そうしたら、このイズミルのミシン商の店先を覗いてみてくれないか。きっと彼らは君たちのことも大いに歓迎してくれることだろう。ガイドブックに載っているようなところを見て回るだけの旅じゃ、つまらないもんだぜ。自分の足で歩き回り、人と触れ合うような旅。それがイイのさ、それがサイコーなのさ。
妙に目が乾く。ドライアイかと思い目薬を差してもどうもいけない。熱っぽいことに気が付き体温を測ると熱もあるじゃないか。まるで体のブレーカーが落ちてしまったようだ。まぁ、そんなときもあるさ、人間だもの。初公判の夜にいきなり尿路結石で入院するような人もいるくらいだ。仕事が一段落ついて、体調を崩したって悪くはないさ。世間は秋の行楽真っ盛りだろうが、調子にのって出かけると、これまた体調を崩してしまうだろうし、高速だって混んでいることだろう。大人しく眠っているのに限る。I'm Only Sleepingだ。
ふと、去年の夏の旅行で訪れたトルコの地方都市イズミルの事を思い出した。排ガスもうもうのメインストリートに面したローマ時代の遺跡、その遺跡と道をへだてた一画に広がる活気あふれるバザール。礼拝の時刻を知らせるモスクのアザーン。どれもとびきりエキゾチックで、素敵な思い出だ。そんな中でも、ひときわ思い出すのが、イズミルの下町のミシン商のことだ。
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| Izmir,Turk |
そこでうろうろしている俺たちに声を掛けてきたのが、このミシン商のおやっさんだった。
中央でおどけたポーズをとっているのが社長だ。その隣が英語の得意な番頭さんだ。ついでに左の子供は、社長のご子息だそうな。むくむく太っている。
おやっさんは俺達を見つけると『あんたら日本人かい?まぁここに座ってチャイ(トルコでよく飲まれる紅茶だ)でも飲んで休んでいくとイイ』と声を掛けてきた。日本人的な感覚で、いえいえお構いなく、なんて言う間もなく、何が何やらわからぬ間にどこからか丸い椅子が出され、俺達は座るように促された。おやっさんはそこらを歩いているチャイ屋のアンチャンに声を掛け、自分たちの分も合わせてチャイを注文してくれた。
そしてチャイが届けられると、ミシンの天板を机にして、皆でチャイをすすりながらよもやま話に花を咲かせたんだ。大人も子供も、そこにいる誰もが話の輪に入っていた。仕事はいいんかい?と突っ込みたくなるほどだ。まぁ、ほとんどしゃべっていたのは社長さんと、通訳担当の番頭さんだが、そうじゃない人々も、終始ニコニコと笑っていたっけな。
どうにもトルコでは日本人は好かれているようだが、ここまで歓迎してくれるのはなかなかないぜ。ありがたい事だ。
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| Izmir,Turk |
聞けば年齢は俺とさほど変わらないようなんだが、従業員を雇い、手広く商売しているようだ。大したもんだ。
みんなニコニコしている。楽しそうだ。店といっても、ミシンは道路にずらりと並べられている。日本人の感覚はここじゃ通用しないんだ。オンザロードのミシン展示場なのさ。路地を抜ける地中海の風に吹かれながら、中年の機械担当のオヤジさんが、ニコニコしながらミシンを整備している。
見れば、店の中はもちろん、道路をふさぎそうな勢いで並んでいるミシンの大半は日本製だ。そう、JukiやBrotherなんかのミシンが、ユーラシア大陸の反対側で人々に愛されているのさ。俺の死んだオフクロが、俺が子供の頃内職で使っていたミシンとよく似たミシンが、このアジアの涯に勢ぞろいだ。俺は少しうれしくなったな。
社長は、ムチムチと太った息子に、今から商売を仕込んでると言っていた。番頭さんは、観光客は誰も彼もイスタンブルに行くばかりだが、イズミルはイスタンブルよりも、ずっとアットホームで人情がある街だから、もっと多くの観光客に来てもらいたいと語っていた。確かに俺もそう思う。こんなに素敵な町なのに、ガイドブックの扱いはたったの見開き2ページだ。
チャイを飲み干すと、社長は従業員の息子に、水を買ってくるように言いつけて、俺たちに振る舞ってくれた。そう、真夏の地中海沿岸は結構暑いのさ。
そして、おやっさんは俺たちにどこに行く気かと尋ねた。俺達はアゴラに行くんだというと、そこに居合わせた誰もかれもが、ミシン店の店先の路地を奥に進んでいくように指差して、口々に説明してくれた。ありがとう、イズミルのミシン屋さん。
もう、この懐かしい人々に会うことはないかもしれない。
けれど、この人たちが今日も幸せに暮らしていることを、願わずにはいられないのさ。
読者諸君、失礼させてもらうぜ。君達がもしトルコに行くことがあったなら、イズミルに行ってみることをお勧めするよ。そうしたら、このイズミルのミシン商の店先を覗いてみてくれないか。きっと彼らは君たちのことも大いに歓迎してくれることだろう。ガイドブックに載っているようなところを見て回るだけの旅じゃ、つまらないもんだぜ。自分の足で歩き回り、人と触れ合うような旅。それがイイのさ、それがサイコーなのさ。


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