2026/05/03

POST#1838 外は雨。国家という幻想の成立を、隆明さんと辿ってみるかな

新宮市。神倉神社より太平洋緒を望む。伝説の神武天皇もこの風景を見たことになっとる

今日は憲法記念日だ。自民党を中心とした戦争したい右派の皆さんがしきりと改憲を訴えているが、それは泥棒が刑法を書き換えようとしてるようなもんだ。みんな注意しろよ。

憲法とは、国家の主権者たる私たち一人一人の市民から政治家や行政や司法に携わる公僕に与えられた、このように国家を運営せよという命令書なんだ。ほかの法律とは分けが違う。

だから、政治家共が発議して、憲法を変えようってのは、泥棒が刑法を自分のいいように書き換えようという試みに他ならないんだ。みんな、騙されてはいけない!気が付けば私たちは国家の主権者ではなく、支配システムの奴隷に成り下がってしまうぞ!

かつて麻生漫☆画太郎も『ヒットラーやり方を見習ったらいいんだ』みたいなことを言ってただろう?俺は忘れていないぞ、あの時の麻生漫☆画太郎のひきつったような悪党面を(笑)

ヒットラーが当時世界で最も先進的で民主的だったワイマール憲法のバグを使って、ファシズム国家を作ったように、俺の愛するこのクニにディストピアを生み出すわけにはいかのんじゃ!

閑話休題(こんな大事な話が暇つぶしとは、俺もまったく狂ってるな(笑))

先日、施設に入ってる親父を銀行に連れて行った際に、親父は死んだ婆さんが後生大事にとっておいた『聖徳太子🔗の一万円札』を持ってきて、これを俺の息子に託したいというんだ。

そんなもの渡しても、豚に真珠であっという間にプラレールかNゲージに変わっちまうわさ。さようなら、聖徳太子!今の若者は知らんだろう!和国の教主だ。冠位十二階だ。日出る処の天子だ。右派の政治家が反対意見を封殺するときに、錦の御旗で持ち出す『和を以て貴しとなす』の十七条憲法だ!俺はあれは議論しないことじゃなくて、徹底的な熟議と合意によって遺恨と分断が残らないようにすることじゃないかと思うんだが、さぁ、君どう思う?

さて、俺は親父に『馬鹿野郎!そんな銭があるならあんたの借金返済の足しにでもしやがれ!死んだ婆さんが浮かばれないぞ!』って一蹴ローリングソバット決めたったわ!

さて、一万円札の後続打者・福沢諭吉と渋沢栄一によって歴史の闇に葬り去られた感のある聖徳太子が、俺の人生の一コマにひょっこり姿を現したのは、何かの符牒かそれとも千五百年前という遥かな過去からの呼び声か?

昨日の夜中に仕事をしていて気が付いた。丑三つ時には頭がさえわたる。

聖徳太子と推古天皇🔗の関係ってのは、昨日のPOST #1837に出てきた琉球王国の「聞得大君と国王」の関係、つまり「オナリ神」信仰に基づく祭政一致の構造に相似したもんなんじゃなかったかということだ。

レヴィ=ストロースの構造主義を援用すれば、性別や機能、立場や権能などの属性を入れ替えても、基本構造が同じなら、それは相同関係を見いだせるってもんだ。

おお、わくわくするじゃろ?知性のパルクールが夜中の現場の中で足場から足場へと華麗にジャンプするのさ。

歴史学や民俗学の分野でも、古代日本の「ヒメヒコ制(祭祀を司る女性と政治を司る男性のペア統治)」と琉球のシステムは、構造的な類似性がしばしば議論されているようだ。

琉球の「聞得大君と国王」と聖徳太子・推古の関係の相似点を整理してみるべ。

精神的守護と実務のペア(オナリ神構造)

琉球では、王の姉妹や王族女性が「聞得大君」となり、霊力(セジ)によって国王を護る「おなり神」として君臨しました。

これを聖徳太子と推古天皇に当てはめると、「宗教的・象徴的権威としての女帝(推古)」と、その加護のもとで「政治・実務を司る男性(太子)」というペアになります。

「祭」と「政」の分立と補完

琉球では聞得大君が「祭祀」の頂点、国王が「政治」の頂点として国を支えました。

推古朝においても、推古天皇が太陽神(天照大神)につながる血統的な聖性を担い、太子が実際の憲法制定や外交を担うという形は、まさに「祭政一致」を二人三脚で実現する琉球的な統治モデルと重なるだろう。調子に乗って隋の煬帝に対して『日出処の天子、書を日没処の天子に致す』とやらかして隋の煬帝の怒りを買ったとされているが、俺はここに日出処の天子とあることに引っかかる。これってまさにヒメ・ヒコ制によって聖徳太子が実務を担い、宗教的な祭祀権を継承する推古天皇と両輪で国家を運営していた証じゃないかと推察するを得ないわけだ。

血縁による固い結びつき

聞得大君は主に王の妹や娘が務めたが、聖徳太子も推古天皇にとって「甥」であり、王族内の非常に近い血縁による二頭政治だった。POST #1837の崇神天皇と倭迹迹百襲姫も同じ構造だ。倭迹迹百襲姫は、三輪山に鎮座する蛇体の大和の地主神・大物主命と神婚し、大和の祭祀の頂点に立っていた。この倭迹迹百襲姫はその墓所・箸墓の伝承などからも、卑弥呼🔗その人ではないかと考えられていることも付言しておこうか。

相似の背景:古代日本の「ヒメヒコ制」

推古天皇と聖徳太子の関係は、邪馬台国の「卑弥呼と男弟」に象徴される古代のヒメヒコ制の延長線上にあると考えられる。一方で、日流語族の琉球王国は、日本本土では律令制(天皇への権力集中)によって失われていったこの「男女ペアの統治システム」を、明治時代の琉球処分まで色濃く残していたため、歴史の合わせ鏡のように相似して見えるのだ。

つまり、日本古代の統治構造と琉球の信仰体系をつなぐ核心的な相似だと言えるだろうな。

さて、そこでもう一度昨日の続きに戻ろうかな。

古代で一般的だったヒメ・ヒコ制(男女ペアの統治)が崩壊し、「男性単独の天皇制」へと変質していくプロセスを、吉本隆明、いやもっと敬愛の念を込めて隆明さんと呼ばせてもらおう、の視点から解説してみよう。

私淑する知の巨人の最重要テクストを解説するとは、まこと畏れ多いぜ。

隆明さんはこの転換期を、単なる政治制度の変化ではなく、『対幻想(個人的な愛)』が『共同幻想(国家の法)』に敗北する象徴的な事件として捉えている。

これ、そのうちまた別のところで触れる重要なテーマだから、覚えておいて!予備校の先生みたいでなんだけど!

1. 「ヒメ・ヒコ制」の限界と崩壊

古代の統治は「女性の霊力(神託)」に依存していたと考えられる。しかし、農耕社会が大規模化し、他集団との戦争や土地の私有化が進むと、現実的な「武力」や「法」による支配が求められるようになる。マルクスの言う下部構造が上部構造を変形させてしまうというアレだアレ。

ここで、神託を解釈するだけの存在だった男性(弟)が、自ら権力の主体(天皇)として自立し始めるわけだ。その過程に神功皇后🔗と、その夫君にしてヤマトタケルの息子仲哀天皇🔗の説話があるんだろう。

2. 象徴的なエピソード

倭迹迹百襲姫の死の逸話も上げられる。隆明さんが重視するのは、崇神天皇の時代の倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)の物語だ。神話の内容とはこうだ。 彼女のもとに毎晩美しい男が通ってくる。その正体はとぐろを巻く蛇の形をしは三輪山の蛇体の神大物主🔗の妻となる。彼女はぜひ毎夜暗闇の中通ってくる男の姿を見たいと懇願する。男は渋っていたものの、彼女のあまりの熱意に負けて、明日の朝櫛笥(くしげとよむのだよ。今でいう化粧ポーチか)の中を見よ。ただし、絶対に驚いてはいけないと語り、また闇の中に消えてゆく。次の朝、姫が櫛笥を開けてみるとその中には小さな蛇がいた。これが三輪山の神大物主の化身だったわけだ。彼女は夫の正体を見て驚き、それを恥じた神は去ってしまう。彼女は驚き、しりもちをついた途端に、箸が陰部に刺さって亡くなる。こうして、彼女を葬るために、箸墓古墳🔗が築かれたという。

3. 隆明さんの解釈: 

これは、女性が「神(共同幻想)」と直接つながる巫女としての力を失い、国家の表舞台から去るプロセスを象徴しているという。

神話的な霊力による統治が終わり、男性天皇による軍事・行政支配へと移行した瞬間を物語っているのだという。

4. 「サホ姫」に見る対幻想の圧殺

もう一つの重要な例が、垂仁天皇🔗の皇后、狭穂姫命🔗(サホヒメ)のエピソードだ。

古事記に語られる神話の内容は次のようなものだ。

狭穂姫は垂仁天皇の皇后となっていた。ところがある日、兄の狭穂彦に「お前は夫と私どちらが愛おしいか」と尋ねられて「兄のほうが愛おしい」と答えたところ、短刀を渡され天皇を暗殺するように言われる。ここに狭穂一族内のヒメ・ヒコ制の存在が垣間見えるね。

妻を心から愛している天皇は何の疑問も抱かず姫の膝枕で眠りにつき、姫は三度短刀を振りかざすが夫不憫さに耐えられず涙をこぼしてしまう。目が覚めた天皇から、夢の中で「錦色の小蛇が私の首に巻きつき、佐保の方角から雨雲が起こり私の頬に雨がかかった。」これはどういう意味だろうと言われ、狭穂姫は暗殺未遂の顛末を述べた後兄の元へ逃れてしまった。

彼女は「兄への愛(対幻想)」と「天皇の妻としての義務(共同幻想)」の間で激しく葛藤し、最終的に炎の中で兄と共に死ぬことを選ぶ。

隆明さんの解釈:

 この物語は、国家(共同幻想)が確立される際、それ以前の絆である「きょうだい愛」や「家族愛(対幻想)」が、いかに容赦なく罪として裁かれ、排除されるかを示しているという。

結論として、ヒメ・ヒコ制が解体されたことで何が変わったのかしら?

 神を呼ぶ者(女)と政治をする者(男)が未分化だった状態から、政治権力が分離独立することとなった。

そして、 天皇が「神の代理人」として、巫女を介さずに自ら祭祀と政治を兼ねるようになりヒメ・ヒコ制のもと分離されていたそれぞれの権能を独占するようになったわけだ。

こうして、共同幻想(国家)が個人の心(対幻想)よりも上位にあるという規範が、神話を通じて日本人の深層心理に植え付けられることになったわけだ。

このように、吉本隆明は『共同幻想論』において、天皇制の成立を「人間が自ら作り出した幻想の体系が、生身の人間(女性や家族)を抑圧し始める歴史」として批判的に描いているというわけだ。そして、いまだに女性は男性の賃金より低く見積もられ、女性の持つ命を生み出すという力は、国家のために少子化を防ぐという道具に貶められ、挙句、ますます女性たちは疎外されて子供を産むことを諦めてゆくことになる。

そんな閉塞した状況の中、国民は保守政治家や保守論客のほとんどミソジニー🔗を感じさせる論調とは反して、来るべき『愛子天皇』の登場を待ち望んでいる。

浅薄な歴史認識と作られた伝統に固執し、明治以来の皇室典範を馬鹿の一つ覚えみたいに墨守することしかない彼らがどんな打開策を急ごしらえで出してくるのか。それを国民は受け入れるのか。俺は見ものだと思う。やれるものならやってみろと内心思っているくらいだ。

長くなってきたから、読むほうも疲れるだろうし、今日はこれまで。

明日の心だ!(今は亡き小沢昭一🔗先生風に!)

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