2026/03/31

POST#1805 今を生き抜くために、過去を検証してみる

ハノイ。ハノイは漢字で河内と書くんだぜ

土砂降りの雨だ。桜は雨に打たれ散っていく。残念なことだ。一滴もこぼすな松茸の露 桜も散れば見苦しいと、どこかの男子トイレの小便器の前に書いてあったのを思い出す。

思い返してみると、まったくもって不思議なことなんだけれど、かつて安倍晋三元総理によるアベノミクスが日本の政治経済を席巻していたころ、もっとも社会的に弱い立場の者たちがもっとも割を食っていたにもかかわらず、彼らは熱狂的にアベノミクスを支持したということが、今でも俺には意味が分からない。

謎だ。

人間はしばしばじぶんの存在を圧殺するために、圧殺されることをしりながら、どうすることもできない必然にうながされてさまざまな負担をつくりだすことができる存在である。』という吉本隆明🔗共同幻想論🔗の一節をおもいだし、嘆息してしまう。

そう、市井の人々の存在を圧殺するような、非常に皮肉で残酷な現象が起きたんだ。

本来、円安や物価高で最もダメージを受けるはずの層が、なぜ自分たちの首を絞めるような政策を熱狂的に支持したのか。今を生き抜くためにもう一度検証してみることにする。

そこには、巧妙な「心理的演出」と「見せかけの恩恵」があったんじゃないか。

1. 「期待感」という麻薬

アベノミクスが始まった2013年頃、日本は長く暗いデフレに沈んでいた。日銀による『大胆な金融政策』、経済産業省を旗振り役にした政府による『機動的な財政政策』、そしてしりすぼみに終わった『民間投資を喚起する成長戦略』という「3本の矢」という分かりやすいスローガンと、株価の急上昇という視覚的な演出により、「何かが変わるかもしれない」という根拠のない高揚感が社会を包みこんだ。

円の価値下落により実質賃金が下がっていても、「株価が上がっている=景気が良い」という報道を俺たち国民は信じ込まされた。そして、それは安倍政治の継承者たる高市政権によるサナエノミクスでも、まったく同じことが起こっている。気を付けるんだ、みんな。

2. 雇用者数の「数字マジック」

アベノミクスは「雇用を増やした」と胸を張りったが、その実態は非正規雇用の増大だった。「仕事があるだけマシ」という低賃金労働層に対して、「失業率の低下」という数字を突きつけることで、「自分たちを救ってくれている」と錯覚させたのだ。かつての日本型終身雇用は完全に崩壊していた。人々は必要な時に必要なだけジャストインタイムで調達される部品のように扱われたわけだ。これもいまでも続いている。最寄りの市役所や図書館に行ってみるがいい。おおくの人々が単年度の非正規雇用だ。建築現場の監督なども派遣会社から送り込まれている人ばかりで、決断力も統率力もない。

そして、竹中平蔵率いるパソナみたいな会社が大いに成長した。

3. 消去法的な支持(TINA: There Is No Alternative)

加えて「他に選択肢がない」という絶望感も利用された。

直前の民主党政権時代の混乱(震災や円高)を徹底的に叩くことで、「自民党以外に政権を任せたらもっとひどいことになる」という恐怖心を植え付けました。『悪夢のような民主党政権』という言葉が総理自身の口から何度も語られ、俺たちの脳裏に刷り込まれた。

こうして「現状維持」が最善だと思い込まされた弱者層は、自分たちを圧殺してゆく政策であっても、それを支持せざるを得ない心理状態に置かれたんだ。

4. ネット世論と「仮想敵」の創造

Dappi🔗などのツイッター(現X)アカウントを用いた巧みなSNS情報戦略により、不満の矛先を「政府の無策」ではなく、他国や「特定の反対勢力」などに向ける「敵を作る政治」が成功した。

また2015年ごろには、安倍政権が憲法の解釈を閣議決定で読み替えて、集団的自衛権を正当化したことに対して市民の反対運動が盛り上がったころも、思いっきり左寄りに見える俺のブログにも、バカにするようなコメントや敵対的なコメントが多く寄せられた。このころには、自民党のプロパガンダ、恐るべしだと肌身で感じたよ。

加えて一部の生活保護費の不正受給の事例を喧伝して、生活保護を受けている人はすべて社会に寄生しているお荷物のように錯覚させる心無い言葉も多く飛び交った。

生活保護は、憲法によって保障されたセイフティーネットであるにもかかわらずだ。人間はいつ何時、自分自身が不慮の事故や病気、災害などで生計を立てる方法を奪われたり、資産を失ったりする可能性がある。誰でもだ。その時に命をつなぎ、最低限の生活を維持するための社会制度なのにだ。

本来なら「生活の苦しさ」を政府にぶつけるべき人々が、SNSという自分の言説に責任を負わない立場から、別の自分より弱い対象を叩くことで一時的な万能感(承認欲求)を得る構造が作られちまったわけだ。

大昔にTHEブルーハーツが歌ったように♪弱い者達が夕暮れ さらに弱い者を叩く その音が響き渡れば ブルースは加速してゆく♪だ。まったくロックでもないぜ。

結論を言ってしまえば、情報の非対称性を利用した「収奪」だったんだ。

社会的に弱い立場の人々は、日々の生活に追われてる。もちろん俺もだ。そうすると複雑なマクロ経済(円の価値の目減りなど)を精査する余裕なんかない。てか、マクロ経済なんて知らんがな。

その「情報の格差」と「切実な不安」を巧みに利用することで、社会的には下層に位置する国民の絶大な支持と税金を吸い上げながら、実際には富裕層や政府が潤う仕組みを維持したのが、この10年の正体だったと言えるだろう。

まさに「羊が、自分を食べるオオカミを応援してしまった」ような状態だ。

俺はサナエノミクスを掲げる高市総理率いる巨大与党が、アベノミクスのころとは、円の価値の物価の変動方向も真逆なのに、またぞろ同じ道を進みかねないとびくびくしてるのさ。

何しろ、第二次大戦以来この国の人間は、失敗に学ぶ姿勢が欠如してるからな。

2026/03/30

POST#1804 この大変な時に優先事項は国旗損壊罪か?

木蓮
先週の土曜日の左巻きの朝日新聞の朝刊に自民、「国旗損壊罪」議論に着手🔗という記事がひっそりと政治面に掲載された。

朝日新聞の報道によると『自民は同日昼、松野博一元官房長官ら約10人が党本部に集まった。会合は非公開。複数の出席者によると、論点の整理に向け、国旗損壊に対する他国の事例、「国旗国歌法」が1999年に制定された経緯などを確認したという。非公開か、もっとオープンにすりゃいいのに。何か後ろめたいのか?

 国旗損壊罪の創設は、首相をはじめ自民保守派の思い入れが強い。その理由の一つには、外国国旗の損壊には刑法で「2年以下の拘禁刑、または20万円以下の罰金に処する」との規定がある一方、日本国旗にはその定めがないことがある。

 自民はそうしたことを踏まえ、日本国旗の損壊に対する罰則を定める新法を制定しようと検討を進める。あるPTメンバーは「罰則のない理念法ならわざわざ法律を作る意味はない」と語る。』とのことだ。コバホークこと小林鷹之議員なども、罰則の制定に意欲的なんだそうだ。

俺は、国旗国歌法が制定されたときの、わが心の師・忌野清志郎が「君が代」をロック調で演奏し、わざわざ物議を醸していたことを思い出す。この騒動は確か国会でも取り上げられ、国歌をロック調にアレンジするのはどうなのか?と問題になった。結局、表現の自由ということで有耶無耶になったが、俺は正面から批判するんじゃなくて、ずらした角度からからかうのが有効だと学んだぜ。圧倒的な権力を持った連中に正面切って戦っても疲れるだけだぜ(笑)

しかし、この円安と物価高に加えてイラン戦争で国民の生活が窮乏しているときに、国旗損壊罪の協議を優先って、どんな政治的センスなんだ?(笑) 国民をバカにしてるのか?(笑)

この状況に対して今の経済状況や国際情勢を鑑みると「優先順位がおかしい」と感じられるのは俺だけじゃないだろう。むしろ、それって非常に真っ当な感覚じゃないか?イエス様も言ってたけど、人はパンのみにして生きるにあらずだけど、パンがなけりゃ生きられないんだぜ。 


多くの国民が円安、物価高、不透明な中東情勢による生活への直接的な影響に不安を感じている中で、なぜ今この議論なのか?

この法案は、自民党内の保守系議員グループが長年推進してきたものだ。

主な目的は「外国の国旗を傷つけると罰せられるのに、日本の国旗(日の丸)を傷つけても罰則がないのは不自然だ(不敬だ)」という不均衡を解消することにある。あぁ、そいつは結構な志だよ。しかし、これが今このタイミングで注目されている背景には、政治的な思惑以外の何物でもないだろう?

まずは何といっても保守層へのアピール

政権支持率が早苗ちゃんのおかげで高止まりしているうちに、党内の基盤である保守層の支持を繋ぎ止めるための象徴的なトピックとして持ち出される傾向があるんだそうな。お偉い人々の考えることはよくわからんぜ。

まぁ、今のところ政府が閣法として最優先で進めているわけではなく、自民党の一部の議員連盟が主体となってプロジェクトチームを作って動いている状態だけど、センセー方の感覚と国民の皆の衆の生活感覚との「温度差」は大したもんだ。やはり天下国家を論じるにはこれくらい鈍感じゃないとダメか(笑)。

国旗なんてさ、日の丸のなかににっこり笑顔でも入れてくれればいいのにな。そうすりゃ、大日本帝国の帝国主義の亡霊と決別できるぜ!

こんな感じだ!

思い立ったら吉日、さっそくAIででっち上げてみたぜ。便利な時代だぜ。

うん、われながらなかなかクリエイティブで、ある種「究極の脱力」を感じさせるぜ!こんな国旗が描いてあったら、対米従属右翼の街宣車も皆に親しまれるぞ!楽しみだ!

こわいおじさんたちが、わが国の象徴たる神聖な日章旗に対して何たる不敬!とぷんすかするのが目に浮かぶってもんだ。しかし日章旗が日本の国旗🔗として使われるようになったのは、幕末1850年代半ばだ。縄文時代から考えると16000年物歴史を持つ我が国の歴史の中で立った1%ほどの期間使われてきたにすぎない。家父長制と同じく、近代に作られた伝統なんだ。ちなみに皇室の紋章は十六八重表菊紋だ。

「国旗を損壊したら罰する」なんていう後ろ向きで厳めしいというより悪趣味な議論をするより、「思わず微笑んでしまうようなシンボル」に変えてしまうほうが、今の日本に必要な「心の余裕」を取り戻せる気がするんだが、どうだい?

「にっこり日の丸」がもたらすかもしれない変化はたくさん考えられるぜ。俺はイマジナリーマンなのさ。

まず第一に「大日本帝国の亡霊」との決別だ

ご指摘の通り、今の「日の丸」に軍国主義や帝国主義の影を感じて身構えてしまう層もいる。思えばこの旗は、日本人が中国大陸や東南アジア、太平洋の島々に戦火を広げていた記憶を背負わされて不憫なことだ。俺が当の日の丸だったら、PTSDで家族に暴力を振るったり、自傷行為したりするだろう。

そこに「笑顔」が入るだけで、重苦ししい歴史から解き放たれ、「平和と親しみやすさの象徴」にアップデートされるんだ。

お次は不毛な対立の無効化だ。

もしこんな日の丸の国旗なら、国旗を焼き捨てようとか破り捨てようとか思う人たちも、笑顔のマークを傷つけるのはさすがに良心が咎めるんじゃないか。人間は顔に認識できるものを見ると愛着を持つようにできてるんだ。力で抑え込むのではなく、「攻撃する気を削ぐ」という柔和な守り方だよ。にっこり笑ってる子供をぶん殴れるのは、サイコパスぐらいのもんだからな。そして、そういうサイコパスは放っておいてもやる時はやる。

でもって低成長時代を生き抜く「サボる」哲学との共鳴だ。

この物価高と円安のダブルパンチの中、「欲しがりません勝つまでは」という悲壮感とは真逆の、「まあ、テキトーに笑ってやっていこうぜ」というメッセージ。今の窮屈な社会には、そのくらいの適当さと愛嬌がちょうどいいのかもしれません。

さらにダメ押しで政治的センスの逆転だ。

もし今の政治家に「国旗に笑顔を入れよう」なんて言うセンスがあれば、物価高や円安で疲弊した国民の心も、少しは解けただろうに……と思わないか?あ、ふざけてるように思われてるかしら?

「お国のために耐えろ」という厳格な顔をした政治より、「みんなが笑える生活をまず作ろう」という笑顔の政治。それこそが、本来あるべき優先順位じゃないか。今の日本の社会に必要なのは、強権的なルール(罰則)ではなく、「国民が自然と笑顔になれる経済対策」のはずだ。みんなが笑顔で腹いっぱい食える社会こそが、まっとうな社会だ。違うかい?!

それにもし本当に「にっこり日の丸」に変わったら、少なくとも韓国や中国は文句言えないんじゃないか。硬直した日中関係、そして子音あるごとにぎすぎすする日韓関係。嘆かわしいことだ。

今の「国旗損壊罪」のような議論は、中韓からすれば「日本の右傾化だ」「軍国主義の再来だ」と批判する格好の材料(燃料)になってしまいかねん。

しかし、日の丸に「にっこり笑顔」が入っていたら、話は全く別になるんじゃないか。

何しろ見るからに「平和の象徴」への全振りだ。

笑顔のマークを「侵略の象徴だ!」と批判するのは、客観的に見てかなり無理がありだろう。反論しようとすればするほど、批判する側の心の狭さが際立ってしまうという、高度な「柔道的な外交」じゃないか?

そうそう、韓国の皆さんがいつも帝国主義の象徴だと批判する旭日旗もこうしてみるか。


で、「帝国主義の亡霊」の浄化ってのはさっきも書いたとおりだ。

かつての軍靴の響きを感じさせるデザインから、親しみやすいキャラクター的なシンボルに昇華させることで、過去の文脈を強制的に上書き(アップデート)できてしまうんじゃないか?

そしてソフトパワーとしての勝利だ。

もし日本が「世界で最も愛嬌のある国旗」を採用したら、世界中の若者やネットユーザーが味方に付いてくれるだろう。政治的なイデオロギー論争を、「カワイイ文化(Kawaii Culture)」で無力化する戦略だ。

ダメ押しで政治的センスの欠如への皮肉もたっぷりだ。

本来、政治とはこうした「敵を作らず、空気を変える」ようなクリエイティブな解決策を見つけるべきものじゃないか。それなのに、今の政府ときたら・・・。

内向き: 右派の顔色をうかがって罰則(力)で解決しようとする。

外向き: アメリカの顔色をうかがって主体性を失う。

その結果が、今の「国民の窮乏」と「不毛な国旗論争」のセット販売だ大変お得になっておりますだ。

君は「罰則で守る国旗」と「笑顔で親しまれる国旗」、どちらが今の日本を救う「センス」だと思う?

 そして俺の構想では、国家も「君が代」から上を向いて歩こうに変えてしまいたい。

あー、右派の皆さんにお叱りを受けてしまうな。けれど、この国の主権者は天皇陛下ではなくて、あくまで俺たち一人一人の国民だ。麻生太郎でもない。Me & YOU & YOU!だ。

 最高じゃないか?このセンス。今の閉塞感漂う日本には「救い」そのものだぜ。

古今和歌集の巻七・賀歌にルーツを持つ「君が代」の厳かさも伝統だ。

ですが、今の「円安・物価高・戦争の影」でみんなが俯(うつむ)いている時に、無理やり「国旗を敬え!」と罰則で縛るより、「上を向いて歩こう」を歌いながら少しでも顔を上げようとする方が、よっぽど健康的で前向きな政治的メッセージになるんじゃないか?

まず「涙がこぼれないように」という共感が庶民の間に熟成されるんだ。

今の国民の生活実感にこれほど寄り添ったフレーズはないんじゃないか。

「欲しがりません勝つまでは」という精神論ではなく、「辛いけど、涙をこらえてなんとかやっていこうぜ」という、弱さに寄り添う優しさがあるだろう。

しかも世界中が合唱できる。なんたってこの歌は昔々ビルボード1位を獲ったことがある!

この曲なら、中韓どころか世界中が文句を言わずに一緒に口ずさめるだろうよ。「日本は笑顔で、上を向いて失われた30年で疲弊した社会を再生しようとしているんだな」という究極の平和アピールになりうるんだ。

「幸せは雲の上に、幸せは空の上に」という歌詞は、地に足をつけて必死にノルマをこなす(=搾取される)生き方から、ふっと視線を外して「空でも見上げようぜ、星でも数えようぜ」と上を向き、つかの間人間性を取り戻す。想像してみてくれ、ワールドカップやオリンピックで「上を向いて歩こう」が流れるんだ。口パクしてる日教組の先生たちだって、喜んで歌ってくれるさ。

今のどんな政治家にも絶対にできないだろうけど、もしこの国の政府が「国旗損壊罪」なんていうトゲトゲした議論の代わりに、「国歌を『上を向いて歩こう』に、国旗を『にっこり日の丸』にします!」と宣言したら、支持率は爆上がりし、国民のメンタルも一気に軽くなるはずだ。

「帝国主義の亡霊」を、罰則という「力」で抑え込むのではなく、「笑顔と名曲」というソフトパワーで成仏させてしまう。 これこそが、今の日本のリーダーに最も欠けている「粋なセンス」ではないだろうか?まぁ、首相が変わるたびに靖国参拝でもめてばかりの我が国には無理だよな(笑)

「上を向いて歩こう」を歌いながら、にっこりマークの旗を振る日本。そんな「脱力系国家」なら、もう少し未来に希望が持てると思いませんか?


けど、実際に今、ホルムズ海峡ににっこり日の丸の自衛隊が行ってみたらどうなるとおもう?


その光景を想像するだけで、今のガチガチに硬直した国際政治や自衛隊の運用に対する「究極の風刺」になるんじゃないか!

「国旗損壊罪」を検討しているような強面の政治家たちが、「存立危機事態だ!」「軍備増強で抑止力だ!」と言い合ってる中、戦火のホルムズ海峡に、「にっこり日の丸」を掲げた掃海艇や護衛艦が「上を向いて歩こう」を大音量で流しながら入っていく……。

これ、実はバカバカしいようでいて、凄まじい効果があるかもしれないぜ。

1. 敵意を完全に喪失させる「脱力外交」

イラン側の反応: 革命防衛隊のボートが近づいてきても、デカデカと「笑顔」が描かれた旗を見たら、攻撃のタイミングを逃すというか、やる気を失うんじゃないかな(笑)。「こいつら、正気か?」と困惑させることが、最大の防御(抑止力)になるかもしれないぜ。

米軍の反応: NATOに振られたアメリカ軍は日本の姿勢を評価してるらしいが、「提灯持ち」を期待していたアメリカも、この「超平和主義(?)な日本」の姿には、苦笑いして対応に苦慮すること請け合いだ。

2. 「帝国主義の亡霊」の完全浄化

かつての「旭日旗」や「日の丸」に過敏に反応する周辺諸国も、笑顔のマークが海を渡っていく姿には、軍事侵略の意図を感じようがないだろう。「日本は本当に変わったんだな」という強烈なメッセージになりうるぜ。

3. 自衛官のメンタルも救われる

悲壮感の中で、中東の過酷な環境で任務に就く自衛官の方々も、にっこりマークの下で「上を向いて歩こう」を歌いながら任務をこなせば、少しはメンタルヘルスを守れるのではないでしょうか。

結論:政治的センスの「真く骨頂」

今の政府がやっている「国旗を罰則で守る」という発想は、守ろうとすればするほど敵を作り、緊張を高めるだろう。習近平国家主席の渋ツラが目に浮かぶぜ。

対して、俺がみんなに提案する「にっこり日の丸」は内向きには窮乏する国民にささやかな笑顔とユーモアを。外向きには:、一触即発の海域に「平和な脱力感」を与えるんじゃないか。

これこそ、今の日本に必要な「最強のソフトパワー」だぜ。ついでにポケモンでも艦船の横っ腹に描いておくか?

ホルムズ海峡で「にっこり日の丸」を振る自衛隊。その光景を見た世界中の人々が、「日本、面白いこと始めたな」と笑ってくれたら、それだけで今の重苦しい世界情勢に一石を投じられる気がするぜ。

敵を作らないことこそが、無敵なんだ。

もしそうなりゃ学校で国旗掲揚や国歌斉唱が楽しくなるぜ、約束しよう!

2026/03/29

POST#1803 なぜこの体たらくの責任をだれも追求しないのか?

 

BangKok,Thai

さてと、俺はいつも不思議なんだけど、なぜ日本人は このような事態に陥った 責任を追及しないんだろう。往々にして和を貴ぶ日本では、責任者と呼ばれる立場の人間はたいてい責任を取らない。トカゲのしっぽのように、末端の人間が切り捨てられるだけ。そういうもんだ。

けれど、こんな国民生活のすべてにかかわるような重大事の責任を、だれも負わず、黒田さんみたいに、「政府の責任だから」と言い切ってはばからないのは、どういうことだろう。

 脱力して笑いが漏れてくるのをこらえて、ここはひとつよく考えてみよう。

まずは何を差し置いても責任の所在の曖昧さだ。

日本の政策決定は、政治家だけでなく官僚主導で行われることが多く、失敗しても「誰が最終決定権者だったのか」が曖昧になりがちだ。官僚は間違った政策を推進しても、個人として責任を問われないことになっているし、そもそも自分たちの失敗を認めない。

で、官僚の上げてきた政策を政治家の皆さんが「合議制」で意思決定するのが一般的であるため、特定の個人を追及しにくい構造がある。鵺のようにとらえどころがないんだ。

緩やかな価値の目減りと「茹でガエル」状態

もしこれが、急激なハイパーインフレ(物価の暴騰)だったら、そう、100年ほど前のワイマール共和国(ドイツのことね)で起きたハイパーインフレだったら、どうだったろう。当時人々は、給料をもらうとカメラなどの高額商品を買い求め、手持ちの紙幣の価値の目減りに備えた。それが図らずも、ドイツのカメラ産業、そうみんな大好きなライカとかコンタックスとかに代表されるクラッシック・カメラだ。

そんなトンデモ状況ではなく、30年という長い年月をかけて緩慢に、少しずつ円の価値が目減りしたため、多くの国民が「生活が苦しくなった」とは感じつつも、劇的な変化として捉えにくかった側面があるだろう。まさに「茹でガエル」だ。

そりゃそうと、茹でガエルって旨いのかな?

他国に依存した外的要因への帰結

円安や物価高の理由を、日本の政策ミスというよりは「ウクライナ情勢」や「米国の利上げ」など、日本の力ではどうにもならない外的要因に求める説明が一般的だ。日本円が売られるのは仕方ないことなんだという属国民の物悲しい諦めが匂う説明だ。

で、俺たち頓馬な国民も、この与太話みたいな説明を馬鹿正直に受け入れやすい傾向にある。もっと、文句を言うべきじゃないか?

政治的無関心と代替案の欠如

長年の自公連立政権の継続により、野党に現実的な経済対案を期待できないと考える有権者が多い。今回の選挙で自民党が圧倒的に議席を伸ばしたのも国民が自民党に任せておけばよいと思考停止しているからじゃないのか?正直言って、失われた30年の間、自公連立政権はそのほとんどの期間を通じて政権与党として、国のかじ取りを担ってきたんだから、フツーの感覚なら、もうこいつらに任せちゃおけないってならないか?

かくして選挙を通じた「責任追及」の機能は、まったく働いてこなかった。残念…。

特に若年層の投票率の低さが、現状維持を望む高齢層の声を優先させる結果となり、抜本的な政策転換を求める声が届きにくくなっているんだとさ。まぁ、早苗ちゃんは若者にも人気だそうだから盤石だな。

消去法的な現状肯定

低金利政策は、預金者には不利ですが、俺のように住宅ローンを抱える層や中小企業にとっては「低利息での借り入れ」という恩恵もあったのは否めない。

「金利を上げれば景気がさらに悪化し、自分の生活がもっと壊れるのではないか」という不安から、消去法的に現状を容認してきた面もあるだろう。

しかし、フツーに働いていて、家を買うことができ、結婚して次世代の労働者つまり子供たちを再生産できないような社会は、明らかに間違っているだろう?

そのそもそもの間違った政策を続けてきた結果の低金利政策なんだ。それをすんなり現状肯定していてはいけないんじゃないか。

ざっと上にあげたように、我ら日本人自身が、この体たらくの責任を追及して変化を求めるよりも、「今の状態がこれ以上悪くならないこと」を優先する保守的な心理構造があって、そのうえ責任の所在が見えにくい決定のプロセスが、追及を鈍らせてきた要因といえるだろうよ。

じゃ 結局、あの政策で、誰が潤ったのか?教えておくれよ!

なぜ、こんな歪な政策がまかり通ってきたのか。その結果、日本の国力は、日本円の資産価値はスーパーの見切り品のようにその値打ちを下げているだぜ。誰がうまい汁を吸ってたんだ?

結論から言えば、超低金利とそれに伴う円安政策で最も潤ったのは、主に「政府」「輸出大企業」「資産保有層」の3者だよな。それ以外にはない。要は資本を持ってる連中だ。

1. 政府(最大の債務者)

①利払い負担の軽減

国は1,000兆円を超える膨大な借金(国債)を抱えている。

金利がほぼゼロに抑えられたことで、本来支払うべき巨額の利息を免れ、財政破綻を先延ばしにすることができました。しかし、その借金はどこに消えてたんだ?

政府に借金があるということは、政府に対する民間部門にお金が流れているはずだ。ならば、もっと皆の衆の生活が良くなっていてもいいはずじゃないか?

②インフレによる借金圧縮

物価が上がり通貨価値が下がることは、実質的に「借金の額面」が軽くなることを意味するわけだ。第二次大戦後、各国家は膨大な戦費調達のための借金をかなり強力なインフレで乗り切った。そこまで過激なことはできなくとも、円の価値を下げれば、借金の価値自体は目減りしていくわけだ。

2. 輸出大企業と投資家

①為替利益

歴史的な円安により、トヨタなどの輸出企業は海外で稼いだ外貨を円に戻す際、巨額の「為替差益」を得て過去最高益を更新し続けた。濡れ手に粟だ。そしてその利益は労働者には分配されない。株主に配当され、経営者の報酬は上がり続けた。

②株価の上昇

低金利で市場に溢れたマネーは、国民の購買力がないこともあって、堰を切ったように株式市場へ流れ込み、株価を押し上げた。史上最高の株高を更新したわけだが、その割には国民に好景気の実感はない。どこにもない。しかし、配当を受け取る株主や投資家、企業の内部留保は大きく潤った。俺が彼らの立場なら、笑いが止まらないだろうよ。

3. 富裕層(資産保有層)

①資産価格の高騰

低金利は不動産や株式などの「資産」を買いやすくしする。自分の保ち資産を担保にして銀行から資金調達し、新たな資産を低金利で獲得するわけだ。頭いいね(笑)。

現金ではなく、不動産や株、外貨建て資産を持っていた層は、円の価値が下がる一方で資産価値が膨れ上がるという「持てる者」の恩恵をフルに享受したわけだ。そして、今日もそれは続いているのさ。

4. 住宅ローン利用者(変動金利)

①低コストでの借り入れ

住宅ローンを変動金利で組んでいる層も、利払い負担が極限まで抑えられたという意味では恩恵を受けたといえるだろう。

もちろん俺もそこに入るけど、そもそも資本の成長率に合わせてゼロ金利なら円の価値は年に2から3%目減りしていくんだから、それに見合うだけの賃金の上昇が正しく生じていたならば、こんな自分の家を低金利政策の質にとられるようなおかしなことにはなってないんじゃないのか?

儲ける奴がいれば、泣きを見る奴もいる。誰がその「ツケ」を払ったのか?

それは俺たち庶民の皆さんだ!Me & YOU & YOUだ!ALL OF USだ!

一般預金者

かつてなら得られたはずの利息を30年近く奪われ続けましたとさ。

年金生活者・低所得層

円安による輸入物価の上昇(電気代や食料品の値上げ)をまともに受け、生活水準が実質的に低下した。コンビニに行ってみろ。ダイソーに行ってみろ。物価の上昇がどれだけのものか、身に染みるぜ。

OK、そろそろ結論に入ろうか。この政策は、国民全体の貯蓄という「静かな資産」を、国家の延命と企業の利益へ事実上移転させた構造だったというわけだ。壮大な搾取だぜ。

まったく、いい政府を持つと幸せだな。

2026/03/28

POST#1802 朝からわらわせてもらったぜ!

沖縄、竹富島

黒田バズーカーで皆様お馴染みの日銀の黒田前総裁は今朝の朝日新聞のインタビューで異次元の金融緩和とアベノミクスによる負の遺産について『 日銀には一切の責任はない。 政策決定するのは政府だ』と(朝日新聞「日銀・黒田前総裁単独インタビュー」🔗)開き直っていたが この姿勢はどうなのよ?

朝からゲラゲラ笑わせてもらったぜ!

ご機嫌だねって?不機嫌に決まってるだろう!

確かこの御仁が『値上げに対する許容感が市場にある』といったことから、何もかも値上げラッシュになり、デフレだなんだと大騒ぎしてたのが一夜にしてインフレ基調に変わったんだ。まるでドリフターズのコントのセットみたいだぜ。ダメだこりゃ!

 黒田東彦前総裁が、退任後もなお「日銀に責任はない」「政策は正しかった」という姿勢を崩さないことに対して、俺が抱く「開き直り」への憤りは、今の日本社会の閉塞感を考えれば極めて正当な反応じゃないか?

このインタビュー(20263月)のなかでも、黒田前総裁は「1.5%までの利上げは問題ない」 と語り、デフレ脱却の成功を強調する一方で、副作用(円安や格差拡大)への具体的な反省や責任には触れていない。

俺がロビスピエールだったら、即刻このアンシャンレジームのおっさんの首をギロチンにつっこんでやるんだがな。その姿勢がなぜこれほどまでに「不思議」で「許しがたい」のか、その背景には以下の構造がある。

1. 究極の「無謬性(むびゅうせい)」という病

「自分は間違っていない」という自己正当化

黒田前総裁は、自身の進めた「異次元緩和」が物価目標を達成し、日本経済を救ったという物語を信じて疑ってない。信念の人なんだろうな(笑)。俺も俺は間違ってない、間違ってるの社会のほうだと思っているけど、世間様からはとんだ間抜けだと思われてるぜ。どっちが正気なんだ?(笑)

たとえ現実として円安で国力が地に落ちている状態であっても、彼は「自分の理論」の正しさのみを根拠に、その後の不都合な結果(円の価値低下など)を外的要因のせいにし続けている。きっと外貨建ての資産をたくさん持っているんだろう(笑)。

2. 「責任」の所在を政府へ転嫁する構造

日銀の「独立性」の裏にある免責事項ってやつだ。「政策決定は政府との共同声明に基づく」という建前を盾に、結果に対する最終的な責任を政府(政治)へ押し付ける論理が働いているわけだ。じゃぁ最終的な責任は政府のだれが取れるんだ?長いこと財務大臣をやってた麻生太郎閣下か?それとも撃ち殺された安倍晋三元総理か?

「自分は頼まれた仕事をプロとしてこなしただけだ」という姿勢は、国民の生活に直接的なダメージを与えた当事者としての自覚を著しく欠いているといえるだろう。

3. 「アンシャン・レジーム」としての特権意識

現場の痛みを知らない高みの見物だ。代書高所からモノを言うとはこういうことだぜ、覚えておいて損はないさ(笑)

退任後も特任教授などのポストに就き、高額な年収や地位を維持している黒田さんにとって、庶民の生活が困窮していく現実や、日々の労働の過酷さは、単なる統計上の数字でしかない。一人一人の人間なんざ、数字でしかないってことだ。俺も、あなたも、そこのオジサンおばさんお兄ちゃんお姐さんも。ある意味、すごく平等のように見えるけれど、それは非人間的という観点で平等ってことだ!笑いが止まらないぜ。

この「安全な場所」からの開き直りこそが、俺を朝からゲタゲタ笑わせてくれるさ。

4. 知性の敗北と「茶番」の継続

日銀が買い続けた上場信託投信の売却が終了するのは今から100年以上先だ。

まったく歴史の審判を無視した確信犯としか言いようがないぜ。御年81歳の黒田さんからしたら、まさに「我亡き後に洪水よ来たれ」ってやつだ。

そこにはアダム・スミスが説いた市場の誠実さも、ケインズが説いた責任ある財政介入も、彼の「開き直り」の前では形骸化しているぜ。墓場の中から立ち上がってきそうなもんだ!

今の状況なら「利上げ1.5%までは問題ない」と平然と語るその姿 は、自らが引き起こした副作用のツケを、現役世代や後任に丸投げしたまま逃げ切ろうとする、まさに「壮大な茶番劇のフィナーレ」そのものだ。自分はマイナス金利で突っ走ってたくせに!

ちなみに、彼の眼には日本経済は好調を持続していると映っているようだ。どこに目をつけてるんだか。ケツの穴の横に目がついてるのか?

 こんな愉快なおじさんたちが仕切ってる国の通貨がダラダラに安値を付けても、全く驚かないぜ。円の、日本の政治経済への信認がないってことさ。

さぁ、君はドル覇権の黄昏が迫る今、日本円が今後どのような立ち位置になると思う?

俺の答えは単刀直入に言えばこうだ。

円は埋没します。

確かに、その見通しは非常に現実的で厳しいんだけど、日本円が「通貨多極化」の中で埋没していくという予測には、逃れられない構造的な要因がいくつかあるんだ。

円が埋没する決定的な理由はざっと次のようなもんが考えられるんじゃないかな。

①経済規模の相対的低下

かつて世界2位だったGDPは惜しくもドイツに抜かれ、インドにも抜かれる寸前だ。

人工も減っていく一方だ。経済のパイが小さくなれば、日本人の貿易収支は赤字になってゆくだろう。そうするっていうと、決済通貨としての需要も自然と減退するってことだ。

②「安全な資産」神話の崩壊

 かつては「有事の円買い」と言われたおめでたい時代もあったようだが、現在は日本の経常収支の構造変化(貿易赤字の定着などね)により、有事にはむしろ円安が進む局面が増えているというわけだ。

③金利差と国力

 アベノミクスと黒田バズーカーの地道な努力もあって、膨大な政府債務を抱える日本は、他の国のように機動的に金利を上げられないんだよね。借金だるまだからさ、金利を上げれば、国債の利払いでさらに借金が膨らみ、本来国民のために使うべき政府予算を圧迫するってわけだ。低金利の円は「キャリートレード(投資資金の調達元)」として利用されるだけのあわれな存在になりつつあるという状況だ。借りても借りても、利子がつかない不思議なお金だからね。So SAD!

今や日本の庇護として80年振舞ってきたアメリカのドルがその覇権を失いつつあり、元やユーロが勢力を伸ばす中で、円は「国際的な基軸・準基軸通貨」としての地位を失い、日本国内と一部の限定的な取引でしか使われない「ローカル通貨」へと収束していく可能性が高いな。そう、「ローカル通貨」化への道をまっしぐらだ。誰もついてこれないくらい爆走中だ。

政府もきっと外貨建ての株や国際を買うべきだと国民にもっと周知したほうがいい。

俺たちの円には、将来性がないんだって正直に言うべきだ。

米ドルという「絶対的な基準」が揺らぐ中で、埋没していく円。

じぁ、なんでそんなに人気がないのかってことをかんがえてみよう。

 長年続いた超低金利政策と近年のインフレ・円安により、日本円の「実質的な価値」は大きく目減りしている。

お金の価値が下がる要因は主に2つある。

1つは国内で物価が上がり、同じ金額で買えるものが減ること、つまりインフレだ。

もう1つは海外通貨に対して円の価値が下がること、つまりは円安だ。

日本国民の皆様はまさにこれをダブルパンチでくらってるわけだ。

1. 国内での購買力の低下(インフレによる目減り)

「インフレ率2%」が継続した場合、現金(タンス預金など)の価値は以下のように目減りします。良いか皆の衆、心して聞くのじゃ。

10年後:現在の100万円で買えるものが、約122万円出さないと買えなくなっちまうんだ。

20年後:現在の1,000万円の価値は、実質的に約553万円(-44.7%)まで減少する計算になる。これは物価上昇率3%想定の場合だそうだ。老後2000万円問題とか言ってたけど、いったいいくらあったらいいんだよ!ふざけんな!こどもと年寄りに金を巻き上げられ、家のローンも延々と続くなか、貯金なんて無理ゲーだろう!

これを過去に30年間に視座をうつしてみると、どうだろうか。

1994年から2023年までの約30年間で、消費者物価指数は約1割上昇しており、日本円の価値は約10%目減りしたと言えるそうだ。これは物価ベースだけだからね。

さらに国際収支を考えてみると、それどころの話じゃない!

2. 海外に対する価値の低下(円安による目減り)

近年の歴史的な円安により、海外製品の購入や海外旅行における円の価値は急激に低下しちまった。急降下だ。俺の若いころは1ドル90円だった。それが今や160円だ!かつての半分くらいにまで円の価値は下がってる。下がりすぎだろ!そりゃ日本人は生産性が悪いって言われるだろうよ!

この円安は、エネルギー(原油など)や原材料の輸入価格を押し上げる。ガソリン代を見てみろ。わかるだろう?そしてそれがそのまま、国内の食料品や電気代の値上げ(インフレ)に直結している。

そしてそれが、富裕層と庶民の経済格差を飛躍的に拡大させてる。

低金利が続くこの国で、日本円だけで資産を持っている俺のような貧乏人と、外貨建て資産(米国株など)を保有している金持ちのとの間で、資産価値の格差が広がっている。

そういえば俺はユーロができたころ、カミさんに外貨建ての貯金をお勧めしたんだ。円はまだ堅調だったが、このままではいずれダメになると思ってたんだ。皆がドルを求めているときにこそ、国境を越えた貨幣経済圏という理想にオッズを張るように言った覚えがあるな。あの金は、家を買うときに使っちまったのか…。

3. 金利による補填の欠如

かつての日本(1960年代〜90年代前半)では、預金金利が56%、高いときは8%もあったそうな。そのため、物価が上がっても利息で資産を守ることができた。Nice Ageだ。

しかし、長年の超低金利政策により、預金金利は0.001%0.02%程度の極めて低い水準が続いる。銀行の利子なんて、振込何回かしたら手数料で消えてしまう。消えてしまうんだよ!

つまり利息がほとんどつかないため、インフレによる価値の目減りを全くカバーできていないのが現状だ。そう、インフレターゲットが2%で、金利が0.001%なら、預金してもお金の価値は毎年2%づつ目減りしていくわけだ。これも黒田さんのおかげさまだね(笑)

20243月に日銀が植田新総裁のもとマイナス金利を解除し、「金利のある世界」へと転換し始めたけれど、依然として物価上昇率に金利が追いついていないため、現金のまま保有するリスクは続いている。この瞬間にも、俺の金も君の金も、目減りしてるってことさ。

そうするってぇと、今後の対策として、インフレに強い資産(株式、不動産、外貨など)への分散投資を検討することが、資産を守るための重要な手段となっていくわけだ。やたら政府がNISAだ、新NISAだと旗を振るのは、円安に白旗を上げていることに他ならないのさ。

やれやれ、朝から盛大に笑わせてもらったのに、なんだか切なくなってきたぜ。

気晴らしに桜でも見に行くか。

2026/03/27

POST#1801 君には水平線の彼方にドル覇権の終焉が見えるか!?

沖縄、竹富島

有事のドル買いで、アメリカのドルは世界に流通する。
それは則ち、アメリカに世界中の商品が流入するということだ。
アメリカ人の浪費で世界経済が回ってるてことだ。
そして、アメリカの下々の皆さんのことは一旦おいておいて、アメリカという国は、ドルを刷れば(実際にはコンピューターに金額を入力するだけでドルはいくらでも生み出されるんだぜ!) 無限に世界中の市場からお買い物ができる。
そして、世界中にドルが流通すればするほど、どこでも誰でも貿易の決済資金のためにドルを受け取ってくれるようになるから、ドルの流動性がますます高まる。
つまり、ユニバーサルな世界通貨になるってことだ。
要はドルが様々な貨幣のHUBとして成り立っているドル本位制が現在の経済の姿だってことだ。
で、このプロセスを称して彼らは貿易赤字の拡大といっているわけだ。
問題はドルが量的に増えすぎて、その希少性=価値が低下することだけれど、そんなときは心配ご無用、どっかちょろい相手に喧嘩を吹っかけて「有事のドル買い」でドルの価値を吊り上げる。

永久機関が完成しちまったぜ!(チェンソーマンにもそんなセリフがあったなWWW)

しかし、こんな茶番がいつまでも続くはずはない。「ドル覇権の終焉」がいつかはやってくるんだ。
ドル覇権の終焉」は、もはや単なる陰謀論ではなく、国際政治経済の現実的な議論のホットなテーマとなっている。見てきたようにアメリカ自身の行動(制裁によるドルの「武器化」や巨額の財政赤字)が、世界的な「脱ドル化」を加速させている側面は否定できない。 

現状のポイントを整理すると次のようになるんじゃないか。

1. 進行する「脱ドル化」の動き

①ドルの「武器化」への警戒: 

ロシアに対するSWIFT(国際決済ネットワーク)からの排除や資産凍結を目の当たりにし、中東や新興国は「明日は我が身」とドル依存のリスクを強く認識している。なんせ、アメリカの王様は気まぐれだ。ダーツで次の獲物を決めてるとしか思えないときがある。

②石油決済の変化

長年続いた「ペトロダラー(石油はドルで買う)」の仕組みが揺らいでいる。

サウジアラビアが中国との取引で元(人民元)決済を検討するなど、エネルギー市場でのドル独占が崩れ始めている。帝国は必ず衰退するんだ。

③BRICSの台頭

2026年現在、BRICS諸国は金(ゴールド)や地域通貨バスケットに裏打ちされた共通決済手段(仮称:ユニット)の開発を模索しているようだ。こうして西側諸国を介さない独自の経済圏を形成しようとしている。 

2. 基軸通貨としてのシェア低下

世界の中央銀行が保有する外貨準備(要は貿易決済のために使うドル資金だ)に占める米ドルの割合は、かつての70%超から50%台まで低下しており、20年ぶりの低水準となっているそうだ。その背景には何があるのか。賢明な読者諸兄諸姉ならお分かりだろう。

①ユーロ・人民元の拡大

 欧州内でのユーロ決済の定着に加え、中国のCIPS(人民元クロスボーダー決済システム)の利用拡大により、ドルを介さない取引ルートが実用化されている。 残念ながら、円決済はとんと広がっていないですな。

3. それでも「即座に終焉」と言い切れない壁

一方で、ドルの覇権が明日明後日に消滅するわけではない理由も存在する。

①圧倒的な流動性

世界の貿易決済やデリバティブ取引の大部分は依然としてドル頼みであり、これに代わる「深さと広さ」を持つ市場(代替先)がまだ存在しないんだ。世界はウォール街に握られているのさ。

②資本の自由度

専制国家中華人民共和国の人民元などは為替管理が厳しく、ドルほど自由かつ大量に動かすことができない。信頼の置ける「逃避先」としての代替資産(米国債に代わるもの)が見当たらないのが現状だ。そう、今は兆しが見え始めたばかりの過渡期なんだ。 

現在は、「ドル一強時代」から「通貨多極化時代」への過渡期にあると言えるだろう。

歴史上の基軸通貨(英ポンドなど)が数十年の歳月をかけて交代したように、ドルの影響力が徐々に、しかし確実に削り取られていくプロセスの中に私たちはいるわけだ。それがどう落ち着いていくのかを見る前に、俺はこの世とおさらばするだろうけど、これはいずれ必ず起こる。今日のようにアメリカ様が自らの信用を切り崩し続ける以上、この流れは止まらない。

このまま「多極化」が進んだ場合、俺たち地球人は複数の通貨を使い分ける、より複雑で不安定な経済圏に放り出されることになるわけだけれど、それこそが「ドル覇権後の世界」の落ち着くべき姿なのかもしれないな。

そのとき君は、日本円がこの「通貨多極化」の中でどのような立ち位置になると予想する?

その前に、以前にも書いたことけど、このまま経済の成長のみを追い求めてゆけば、俺たちは地球の資源を食い尽くし、地球は金星みたいな灼熱の死の星になっちまうぜ。

通貨はいくらでも信用創造できるけれど、通貨は富そのものじゃない。単なる交換のためのツールなんだ。幸せな生活を送るためには必要かもしれないが、本当の幸せはそこにはないんじゃないか。

本当に求められてるのは、基軸通貨の交代じゃなくて、俺たちの価値観の交代なんだよね。

2026/03/26

POST#1800 壮大なスケールのマッチポンプ

沖縄、竹富島

俺にはここんところ、どうにもおかしいと思えることがあるんだ。

聞いてくれるかい?OK,ありがとう。

しばしば「有事のドル買い」ということが言われる。今回のイラクへの攻撃によって生じた原油の供給体制の崩壊にも、「有事のドル買い」ってことで、円はますます安くなってる。底抜けだのダラ安だ。残念極まりないね。おかげさまで国民生活は窮乏してゆく一方だ。

しかし、しかしですよ、この世界のたいていの有事はアメリカが起こしていたり、関わっていたりしてるように思うんだが、どう思う?確かにロシアもやらかしてるし、中国もやる気は満々だが、なんだかんだ言って70年代の中越戦争以来、やってないしな。

それに対してアメリカは建国以来ほとんどの期間を世界のどこかの国との戦争に費やしてきた国だ。ここ最近だって、イラン、ベネズエラ、イラク、アフガニスタン、シリア内戦・・・いつもどこかで戦争していたんじゃないか?ある統計によれば、1776年の建国以来、91%の期間戦争しているそうだ。俺がアメリカ人ならうんざりだな。

それによって巨大な軍産複合体を潤わせ、国内の格差から目をそらし、さらには「有事のドル」というか、世界通貨ともいえる圧倒的な通貨の流動性を梃子にして、ドルの価値を上げていく。

これは壮大なマッチポンプではないですかい?

そう、自作自演ってやつだ。アメリカの王様のおかげでみんなが迷惑してるぜ。

いくつかのポイントに分けて整理してみよう。

1. 「有事のドル買い」のメカニズム

本来、紛争の当事国であれば通貨は売られるはずなんだけど、アメリカの場合は特殊なんだ。それには次のような理由がある。

①圧倒的な流動性

 世界で最も使われ、どこでも換金できる「基軸通貨」であるため、パニック時には誰もがとりあえずドルを手元に置こうとするわけだ。要はみんなが受け取ってくれるからってことだね。円は価値が低いから円では受け取りたくないね、ドル建てでビジネスねってことだね。

②地理的優位性

 ユーラシア大陸で紛争が起きても、北米大陸は物理的な戦火にさらされにくいという「逃避先」としての安心感があるのも間違いないだろう。(余談だが、∀ガンダムでは、舞台は遥か未来の北米大陸だったな。)

実際にアメリカ(待てよ、これにはカナダも中南米も包含されてしまうからUSAっていうべきか?)本土に攻撃されたことはまずない。第二次大戦中に日本が飛ばした風船爆弾による小規模な被害か、9.11のWTCへの旅客機突撃攻撃くらいしかない。

基本的に現代のアメリカ人にとって、戦争は世界のどこかよくわからんところで行われる、イマイチ現実感のない ものなのかもしれない。そう、ゲームみたいなもんだ。

2. 軍産複合体と経済のサイクル

アメリカの経済構造において軍事産業は巨大なパイを占めている。世界最大気の最大規模のアメリカ軍だけじゃなく。日本やEUの同盟国にも自分とこの規格の武器をじゃんじゃん売りまくってる。貿易交渉で、型落ちの余剰品を売りつける。親方日の丸ならぬ親方星条旗産業だ。

①需要の創出

せっかく作っても、世界が平和で皆が友好的だったら、そんなものは無用の長物だ。反対に 戦争や緊張状態が続けば、兵器の受注が増え、軍事技術への投資が加速する。

②格差と不満の転嫁

 国内に渦巻いている社会問題や経済格差から国民の目をそらすため、共通の「敵」を設定し、愛国心を煽る手法はアメリカに限らず人類の歴史の中で繰り返されてきた。

3. 「マッチポンプ」説の背景

アメリカが介入、あるいは引き金となった紛争の後に、結果としてドル高や米軍需産業の利益がもたらされる構図は確実に存在するだろう。

(アメリカとEUの代理戦争ともいうべき)ウクライナで戦争が長引けば、ジャベリンを作っている工場がフル稼働した。ひらたくいえばそんな話だ。君もよくよく新聞を読んでみるとわかるはずだ。

①通貨の覇権維持

 ご丁寧に石油取引をドル建てに縛る(ペトロダラー)など、軍事力を背景にドルの地位を守り、他国からの資本を吸い上げる仕組みもある。

②意図的なのか、結果的なのか

すべてが緻密な計画通りの「マッチポンプ」なのか、あるいは「世界の警察官」として介入せざるを得ない立場を利用しているのかについては議論が分かれるところだけれど、「混乱が起きるほど、最終的にドルと米軍事力が再評価される」という構造自体は否定できない。

そもそも、世界の警察官をやめたいって近年のアメリカの政権は党派を問わず言っているにも拘らず、自国の利益になると見れば、すぐに軍事行動を仕掛ける。アメリカファーストのトランプに至っては、国際法もへったくれもない。気に食わないとすぐ攻撃だ。

こんな無法は日本の感覚で言ったら、そんなことしたら一発で政権が瓦解だ。

アメリカの場合はむしろ、常にどこかでドンパチやっていないと政権が持たない、泳ぎ続けるマグロのような戦争機械国家だといえるんじゃないか。

結局のところ、アメリカが横車を押して世界が不安定になればなるほど、皮肉にもその不安の源(あるいは介入者)であるアメリカの通貨に頼らざるを得ないという、強固な矛盾の上に現在の金融システムは成り立っているといえるだろう。

それって、おかしくないか?

2026/03/25

POST#1799 雨の日は憂鬱な未来を考えて精神のデフレスパイラル!

名古屋 スパイラルタワー
雨が降り出した。せっかく暖かさを増した春の日差しを感じられないとは残念だ。気分が沈むぜ。物価はまた爆上がりしそうな予感がするけどね。

さて、気分が沈む時には、憂鬱なことを考えて、精神のデフレスパイラルを愉しもう。

今日のお題は、この国はこれから、みんな大好き維新の会+自民党の数を恃んだ政権運営で、ナショナリズムで擬装したリバタリアン国家になってゆくのかしらん?

日本維新の会と自民党(特に保守派・タカ派層)の接近をどう見るかは、政治学的な視点からも非常に興味深いんじゃないかな。

自分でいうのもなんだけれど、「ナショナリズムで擬装したリバタリアン国家」という表現は、現在の日本政治の一側面をかなり的確に突いているんじゃなかろうか。

この流れをざっくり整理してみるべ。

①「身を切る改革」と新自由主義

維新が掲げる「小さな政府」や規制緩和は、リバタリアニズム(自由至上主義)に近い性質を持っている。自民党内の競争重視派とも親和性が高く、福祉や公助を削り、自己責任論をベースにした国家像へと突き進んでいる側面があるわいな。

しかし、相も変わらず我が国の民の心の中には、天皇の赤子が住んでいる。天皇陛下を家父長とした国家という擬制の家制度にすっぽりと包まれている。その心性にリバタリアニズムはぴったりとフィットしない。そこで出てくるのがこれだね。

②ナショナリズムによる補完

リバタリアン的な政策(格差の拡大やセーフティネットの縮小)は、そのままでは大衆の支持を得にくいという弱点がある。そりゃ誰だって貧乏くじを引きたくはないんだもん。

そこで、「伝統」「愛国」「憲法改正」といったナショナリズム的な情緒を前面に出すことで、国民の結束を維持し、不満の矛先を外(あるいは特定のマイノリティ)へ向ける手法が取られることになるだろう。というか、もうなってるから安心して。

③「統治の効率化」という共通言語

両者に共通するのは、民主的なプロセスや手続きよりも「スピード感」や「決定できる政治」を重視する姿勢だ。要は「コスパ重視」「タイパ重視」という底の浅い『丁寧な議論』だ。

ここに含まれた強烈な皮肉、わかってもらえるかな?

これが、個人の自由を尊ぶ本来のリバタリアニズムとは裏腹に、国家権力を強化する方向へ向かう矛盾(オーソリタリアン・リバタリアニズム的な動き)を孕んでいるわけだ。

異なる方向のベクトルが統合されるみたいなイメージだね。

現状では、この2党の連立や協力が深まれば、経済は徹底した市場主義、効率主義を志向してゆくだろうし、その一方で社会道徳や安全保障政策は保守・ナショナリズムという、一見矛盾したハイブリッド型の国家を目指す動きが加速する可能性は高いんじゃないかな。

君はこういう「新自由主義と保守主義の合体」が、俺たち下々の一般市民の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)にどう影響すると思うかい?

俺のこの先の世の中の展望は暗い。星もない夜の闇のように暗い。俺たち下々の市民は、構造的に抜け出せない円高、生活必需品の高騰、そして相も変わらずの逆進型の税負担によって、ますます困窮の度合いを深めていくことになるだろう。

しかも、社会システムに起因する困窮も、結局は自己責任によるものとされ、俺たちは生産性の低い人間の屑だと自分たちを情けなく思うことに相成るだろうさ。

つまり時代遅れのセイフティーネットはほころびだらけで、物価高は放置され、税金は取られ、富裕層や大企業、あるいは経済特区に降臨した外資に投入される。

こんな「新自由主義の極北」とも言える光景が、現実味を帯びて近づいてきている。きっと気が付いたときには、もうずっぽりとそのシステムにはまって身動きもとれない。

俺たちを待ち受ける「搾取のスパイラル」を予想してみようぜ。

①自己責任論の武器化

困窮を個人の努力不足にすり替えることで、本来国家が果たすべき「生存権の保障」を免責させ、セーフティネットの解体を正当化する論理だ。生活保護受給者はぶったたかれ、生活困窮者は努力しなかったから、勉強しなかったからと困窮するのが当たり前とされるわけだ。身の回りにもそんな目にあっている人はいないかい?

②富の「上」への再分配

物価高で実質賃金が目減りし、一般市民の購買力が奪われる一方で、その裏側にある増税分や社会保険料が、大盤振る舞いの軍事力増強や「経済特区」という名の大企業・外資への優遇策(補助金やインフラ整備)へと流し込まれる構図だ。

③ナショナリズムによる目隠し

生活が苦しくなればなるほど、「国益」や「外敵への脅威」を強調することで、市民の怒りを本来の敵(格差を生む政策)ではなく、外側の対象へとそらす機能が働くだろう。

外国人は排斥される、日本に救いを求めてきた難民は厄介者として強制送還される。仮想敵を生み出して、軍事力増強と憲法改変を正当化する機運を熟成する。もう、これは現実になっている。

かつて一億総中流と称賛されたこの国に、素敵な未来が待っているのさ。

これは「自由」を標榜しながらも、実際には「強者のみが自由に振る舞い、弱者は自己責任という名の鎖に繋がれる」国家の姿だ。特に外資や特区への傾倒は、かつての植民地経済に近い、国家の切り売り(アセット・リッピング)に近い性質さえ感じさせるんじゃないか。

幸いなるかな経済的に豊かな者。天国は汝らのものなりだ。

そのうち生麦事件みたいなことが起きないか楽しみだ。

とはいえ、精強で鳴らした薩摩隼人じゃなく、今の去勢された日本人じゃ無理だろうな。

2026/03/24

POST#1798 けど俺たちにいったい何ができるってんだ?

木蓮が咲く、次は桜だ

けど、俺たち庶民にいったい何ができるっていうんだ?


強大な国家権力にぺしゃんこにつぶされたり、つるし上げられてさらし者にされ、社会的に抹殺されるのが関の山じゃないのか。


今日も左派ご用達のA新聞で、政府の進める行政の一元化のためのガバメントクラウドの導入によって、小さな自治体ではかえって運営経費が倍増する例もあるという報道があった🔗。一番受注しているのは皆さん大好きなアマゾンのAWSだ。

ここでも皆さんの納めた税金がアマゾンに吸い上げられてアメリカの利益になっていく。アメリカの兵器を爆買いし、アメリカの関税を回避するためにアメリカに大盤振る舞いし、挙句の果てに国家事業、それも国民の様々な情報を扱う行政の根幹にかかわる事業ももアメリカ企業。

これどうなのよ(笑)。アメリカさんのゾックはきついぜ。この状況で、俺たち市民に何ができるっていうんだろう。


そんな中でもかすかな「抗い」の手がかりを整理すると、以下のような視点が見えてくる、ような気がする。


①「ゾーン」の可視化と連帯

米軍基地、夢洲のIR、あるいは神宮外苑の再開発など、一見バラバラに見える問題を「これらはすべて、私たちのコモンズ(公共の財産)を奪い、例外的なゾーンを作る動きなのだ」と同じ構図で捉え直すことが必要なんじゃなかろうか。つまり俺たちの認知・認識の問題だ。地域ごとの反対運動が横に繋がり、「これは私たちの主権の問題だ」と共通の言語を持つことが第一歩になりうるかもしれない。


②「法」の内側からの抵抗

ゾーンは意図的に作られた「法の穴」だけれども、その穴を開けるプロセス(条例制定や公金投入)には、依然として既存の国内法や議会手続きが必要なはずだ。

現在、夢洲IRを巡って起きている住民訴訟や、米軍基地に関する知事の権限行使などの抵抗は、ゾーンという「例外」を、再び「法の支配」の下に引き戻そうとする重要な試みだといえるだろう。どうせ国の権限によって突き進むんだから同じことだと、国民自身が冷笑的になってあきらめたら、ゾーンを作りたい皆さんの思うつぼだ。


③小さなコモンズを「勝手に」作る

大きな政治が変わるのを待つのではなく、自分たちの手の届く範囲で、市場原理に支配されない空間(地域の集い、協同組合、情報の共有など)を維持し続けることも必要だろう。

市民自身によって作られる自発的な連帯、ソリダリティだ。

スロボディアンが描く資本主義の「割れ目」に対し、俺たちは「共生の割れ目」を社会の中に作っていくというカウンターパンチ的な発想だ。しかし、それにはバラバラになっている市民社会を、足元から再生させる地道な営みが必要だ。言うは易しだが、結構厳しいのは重々承知だ。


④「効率性」という物差しを疑う

経済成長のためにはゾーンが必要だ」というロジックに対し、「その成長で誰が幸せになるのか?」「失われる公共の価値はいくらなのか?」という問いを投げかけ続けることだ。

これは昔々、今は亡き経済学者の宇沢弘文🔗先生が、「自動車の社会的費用」などで社会に問いかけた問題に通じると思う。国費を投入したモータリゼーションによって、なにが奪われ、あるいは事故によって死傷する人がどれほど増加し、その損失を補償することにどれくらいコストがかかり、それが投じられるコストに果たして見合うのか、それによって国民の幸せはどれほど向上するのかという問題だ。

2026年現在、万博のコスト増大などで「効率的だと言っていた計画が実は非効率だった」という現実も露呈し始めている。イケイケどんどんのパビリオン建設で、未払い問題が噴出し、いまだ寡聞にして解決したという話を耳にしていない。


スロボディアンが描く「ゾーン」という戦略がこれほどまでに強力なのは、それが「経済成長」や「効率性」といったもっともらしい言葉で包まれ、私たちの日常生活から巧妙に切り離されている(不可視化されている)からだろう。

このベクトル上に現れる憂鬱な将来を回避するためには、既存の政治勢力つまり政治家のセンセー方に期待するだけでなく、俺たち自身が「これ以上、自分たちの場所をゾーン(例外地)にさせない」という意志を、日常の選択や小さな対話の中で示し続けるしかないのかもしれない。

そして何より、世の中にはそういう実態があることってことを、俺たち市民一人ひとりが学ぶこと。 そしてそれに承服できないと感じたなら、きちんと反対していくことしかないんじゃないかなぁ。頼りないけど。


けど、俺たち庶民にいったい何ができるっていうんだ?」という閉塞感の中にいても、「実態を知り、拒絶する」という基本姿勢を崩さないことはできるんじゃないか。いやなものは嫌なんだって。

それが、俺たちの社会を資本力を持ったメンバーズオンリーな「ゾーン」と、それに奉仕する「市民」という名の奴隷の集合体にさせないための、最も泥臭く、かつ最も確実な抵抗の土台になるのではないかしらん。


憂鬱な将来を突きつけられた時、そこで思考を止めて、もう決まったことだ、仕方ないと受け入れず、「それは何かおかしい」「それはだれの利益になるのか」と言い続けることは、まさにコモンズを取り戻すための出発点ではないでだろうか。


けど、正直言ってこの国でそういうことを言うのは、なかなか厳しいかもな。

俺の心配が杞憂であってくれることを、心から願うぜ。


とりあえずは、change.org🔗でものぞいてみようぜ。いろんな人が声を上げている。

2026/03/23

POST#1797 小さな行動をあきらめちゃいけない

一宮 椿の花がぽとりと落ちていた

高市首相がトランプ大統領との会談した際、ホルムズ海峡での自衛隊派遣を何とかかわすことができたのは、自民や維新の皆さんが目の敵にして何とか骨抜きにしたり改変したりしたくてたまらない憲法九条のおかげさまだった。

日本は朝鮮戦争の時にも、当時日本を占領していたGHQの指示で機雷掃海艇を戦場に送りこみ、死者も出している。そんなことにならずに済んで本当に良かった。

いつだって戦争をしたがる奴は、自分は戦場にはいかない。

「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っている。そのために私は諸外国に働きかけてしっかり応援したいと思っている。」とは、さすがは高市首相。余人にこの言葉は吐けまいて。俺は思わず噴き出したし、そのあと本気かよと独り言ちた。

対米従属を通り越して、もうゲイシャ外交ここに極まれりだ。脱力して笑うしかない。

いつだって戦争したがる奴が平和を守ってるんだとさ!


さてと、先日の話に戻ろうか。

スロボディアンが破壊系資本主義🔗のなかで描く「ゾーン」の増殖は、俺たち市民一人ひとりが共有し、管理し、享受すべき「コモンズ(公共財・共有地)」の解体と表裏一体だ。

2026年現在の視点で見ても、この懸念は極めて深刻なリアリティを持っている。

俺が町内会や子供会を大切にするのは、それも一つのコモンズを守る営みの一環だとおもっているからなんだ。

俺たちの社会からコモンズが失われ、社会が「ゾーン」の集合体になってしまったときに何が起きるのか…。その憂鬱な近未来のシナリオを整理してみる?

皆さんは、自分には関係ないかとお思いかもしれないが、意外とそうでもないと思うよ。


①「島」に取り残される人々(格差の固定化)

ゾーン(IR、特区、基地)は、特定の資本や権力を持つ人々にとっては利便性の高い「天国」ですが、そこから排除された人々にとって、公共サービスや法的保護は「コスト削減」の対象として削られていく。

コモンズ(公園、図書館、医療、インフラ)が民営化され、アクセスに「料金」が発生するようになれば、生活そのものが課金制のサービスのようになってしまうだろう。

現に、わが国の財務省の皆さんは国立の博物館などに、自ら稼ぎ経費を賄えと通達し、それができなければ統廃合も視野に入れているという。

民営化された日本郵便グループが、不祥事のデパートになっていたりするのも、まぁ似たようなもんだ。


②民主主義の形骸化

「ゾーン」の中では、意思決定の主体は有権者ではなく、株主や投資家、あるいは他国の軍事当局だ。自分の住む土地で何が起きるかを自分たちで決められないという「無力感」が社会全体に蔓延し、政治への諦めが加速するだろう。

沖縄ではもうすでにこれが何十年も続いてる。

娘がレイプされても、アメリカ本国なら絶対に許されないところに滑走路があっても、学校にヘリコプターが落ちても、基地の周りからPFASが高濃度で検出されても、日本人にはなすすべがない。

完全に治外法権だ。

日本政府も、アメリカに従属するしかないから、沖縄県民の声なんて聞かない。むしろ潰しにかかってるのは皆さんよくご存じの通りさ。


③法的保護の「パッチワーク化」

かつては日本全国どこにいても同じ労働法や環境法で守られていたが、ゾーンごとにルールが異なれば、国民の権利はバラバラになる。

「このゾーンでは残業代が出ない」「このゾーンでは環境基準が緩い」といった例外が常態化すれば、法治国家としての均質性は失われる。

日本各地に設置されているアマゾンの巨大倉庫も、ある意味で小さなゾーンだといえるだろう。

実際に、アマゾンの倉庫なんかでは、作業員が倒れてもすぐに救急車は呼ばれないそうだ。本当に日本の労働規制が守られているのか、まったく不透明だ。


④「公(パブリック)」の消失

本来、国家や自治体の役割は、市場原理では解決できない人々の生存や文化を支えること(コモンズの維持)にあったはずだ。

しかし、右派的な「ゾーン建設」に邁進する勢力は、その「公」を「非効率なもの」として解体し、切り売りし続けている。



スロボディアンは、こうした「ゾーン」化を「民主主義を封じ込めるための技術」と呼んでいる。

国民生活が成り立つためには、市場でも国家でもない、市民が共に支え合う「コモンズ」というセーフティネットが不可欠だ。

その地道で小さな営みこそ、市民にできる抵抗なんだ

それが「ゾーン」という名の利権と隔離の空間に飲み込まれていく現状に対し、どのようにして「共有の場所」を取り戻していくかが、これからの大きな課題になるだろう。


スロボディアンが描くような強大な資本と政治が結託した「ゾーン化」の流れを前にすると、個人の力ではどうしようもないという無力感に襲われるのは当然のことだ。

具体的に「これだ」という解決策が見えにくいのは、このシステムが「人々に諦めさせ、思考を停止させること」自体を統治の手段としているからに他ならないんだ。


けれど俺たちは自分自身で考えることを、自分たちでできる小さな行動を起こすことを無駄だとあきらめてはいけないんじゃないかな。

2026/03/22

POST#1796 公共性を取り戻す小さな営み

俺の住む町一宮
今日は朝から町内会の総会だった。
俺は無頼漢のように見えるかもしれないが、四月からは町内会の班長をやらなきゃいけないんだ。二回目だ。それだけじゃない、子供会の副会長もね。ちなみに男性で子供会にかかわってるのは俺だけだ。

総会は9時30分からだったけれど、俺は役員だからね、9時に行ったんだ。
足の悪いお年寄りを気遣いながら出迎えたり、最近姿を見かけない方の安否を尋ねたりしながら、ほかの役員さん、つまり町内会の古参住民の重鎮の方々と一緒に準備してたよ。
そうこうしてると重鎮の一人、A井さんから今回は俺に議長というか司会進行をやってほしいと直前の無茶ぶりがあった。
俺はこの町内に家を買って移り住んでかれこれ10年になるけれど、ほかにふさわしい人たちはいるだろう。いるだろうが、皆お年を召された。お姿を見かけなくなったかたも多い。
町会長なんか他にやる人がいないから、俺が越してきてからもうずっとA田さんがやっている。年々、入れ歯が合わないのか言葉が聞き取りにくくなっていく。
世代交代の時期が迫ってる。
正確には一時俺と同世代の古参住人が町内会長を買って出たんだが、その人はいろいろ嫌になって町内会を脱退してしまった。気心知れていた人だけに残念だ。

さて、そんなこともあるので、ここで固辞するわけにはいかない。やらいでか!

まぁ、100人くらいを前にして定例会議をやったりしている経験もあるからどうってことない。声もよく通ってしかもでかい。町会長のA田さんの話は、いつも論点が整理されていなくてわかりにくいし、やたら長くなりがちだ。俺に話を振ってきたA井さんもそのあたりのことは重々承知で、そのあたりをピシッと抑えてほしいと思っているようだ。

今回はゴミ回収ボックスの導入を町内会の会費を使って行うか否かという議題もある。些細なことだけれど、皆の供託してくれたお金を使うわけだから、有耶無耶のまま話が雲散霧消するようなことになって、町内のお年寄りや年齢層高めの参加者の皆さんを不安にしたりしたくもない。神社の森に棲んでいて、朝夕現場に遠征出勤する烏によるごみあさりに、みんなうんざりしているんだ。
些細なことだ。けれど俺は民主主義ってのは、小さなコミュニティーを蔑ろにしては立ち行かなくて、むしろこの小さなコミュニティーこそが民主主義の学校でゆりかごだと思っているんだ。
そう、なんの権力もなく、皆にあるべき姿、進むべきを道を説き続け説得して合意を得ることで集団をまとめる、人類学の本に出てくる首長のように民主的に行うんだ。

途中で自民党の市会議員がやってきたりアドリブもあったが、俺は何とかうまいことやり切った。正直俺は共産党か旧立憲系の市会議員にしか投票しないから、このセンセーが何者かよく知らなくて焦ったけどね。けれど、こんな町内会の総会にも足を運んで、ほんの一時とはいえ一席ぶって帰っていく自民党の機動力ってのは侮れないもんだ。共産党や中道にはこういう泥臭さが足りないんだよなぁ…。

ゴミ収納ゲージの件も、市からの補助を使いつつ、試験的に二か所導入しましょうということで、町内会の皆さんの合意も取り付けた。いずれも烏の宴会場だ。

賛成の方々は拍手でもってお答えください!
はい、ありがとうございます。
賛成多数のようですの、今申し上げたように進めさせていただきます。
今後の進展経緯に関しては、追って回覧板を通じて皆様にお知らせいたします!
皆様から質疑などございませんでしょうか?

声がでかくて議題の流れを整理してリードしてゆくのが得意というのは、たまには役に立つもんだ。現場で鍛え上げたこの声が地域の皆様のお役に立つのはありがたいこったぜ。
A井さんや民生委員のT島さん、一言居士のM地さん、町内の重鎮の皆さんもご機嫌だったぜ。
こんなことじゃ、そのうち町会長をやってくれと言われかねないぜ…。
町内会長というのは、多忙なものらしい。しかも、いろいろもめて脱退したりすると、これまた厄介だ。持ち家でローンもあるから、さっさと他所に引っ越すなんてできないしな。
俺も仕事しないと飯食っていけないんだがな。まいったな。天下御免の無頼漢で鳴らした俺も、そろそろそんなお年頃なのか。

みんな誰も彼も、その必要性がわかっていながら、いざ自分に順番が回ってくると脱退していく。けれど、それがけっして市民として正しいあり方じゃないのはわかってる。
また、意見が違うからと袂を分かつってのも大人のくせに狭量だと思う。ヴォルテールみたいに意見が違ってもちゃんとその意見を受け止めるような器量が必要だ。
とはいえ、生業を抱えながらやるには町内会長の仕事はタスクが多すぎる。
とはいえ、属人化した業務を、だれでもできるように整理して引き継いでいかないと、先行き真っ暗だ。なんとか誰もが気軽にできるようにしないと、コミュニティーの風通しが悪くなっていく一方だ。

けれど、民主主義ってのは、どのレイヤーでも面倒なものだ。なぜって、町内会だろうが国政だろうが、それはみな自分たち自身の問題だからだ。
国政のことをとやかく言うのはある意味容易い。本当に俺たちが一歩を踏み出すのは、自分の住んでいるコミュニティーからだ。

公共を再生するってのは、こういう身近な足元からはじめるしかないんだと思う。
どっちにしても俺たち庶民にはそれしかできない。
けど、それは消費者でも、生活者でもなく、市民として生きるためには避けて通れない道だろう。

2026/03/21

POST#1795 大阪都構想という名の『大阪経済特区構想』

大阪

そして維新の会の皆さんが、何度投票で住民に必要ないといわれてもへこたれない大阪都構想だ。過去2回の住民投票で否決されまたが、日本維新の会は3度目の挑戦に向けた動きを見せているそうな。こいつも「大阪経済特区」を作るようなものではないだろうか?

大阪都構想は「大阪全体を一つの強力な経済特区(ゾーン)として機能させるための土台作り」という側面が非常に強くって、俺にはリバタリアン的な「特区」の発想と共通しているように見えてるんだ。
そのポイントを洗い出してみると、こんな感じか。 
①「特区」としての大阪都構想
一元的な意思決定(スピードアップ): 府と市がバラバラに持っていた権限を一つにまとめ、大阪全体を一つの「ゾーン」として迅速に成長戦略(IR誘致やインフラ整備など)を実行できる体制を目指している。
②規制緩和の呼び水
 維新の会は都構想とセットで「国家戦略特区」などを活用し、金融やエネルギー、ライフサイエンス分野での税制優遇や規制緩和を積極的に進めています。まぁ、税制優遇ってことは、日本の納税者の納めた税金を投入してもらいつつ、その特区に来た連中は低い税率や緩い規制で大盤振る舞いしてもらえるということだ。
③統治機構の実験
 既存の「市」という枠組みを壊し、新たな「特別区」という統治形態を作る試み自体が、国家のあり方を変える一つの実験的な「特区構想」と言えるだろう。 

じゃ、なぜ「ゾーン」的なのかを深堀してみるべ。
通常の特区は特定のビジネス領域を対象にしているけれど、都構想は「行政システムそのもの」を成長に特化した形に作り替えるものなんだ。つまり、住民の福祉や生活は置き去りにされる可能性もあるんだ。
「二重行政の解消」によって生まれた財源やパワーを、成長戦略(ゾーンの価値向上)に集中投下するというロジックは、非常に戦略的でリバタリアン的な合理性に通じている。 

これに加えて、日本維新の会 が主張する 議員定数削減は民主主義の平等性の理念に反する非常にリバタリアン的な発想だとしか俺には思えない。

まさに、こここそが「リバタリアン的な合理性」と「民主主義の平等性」が真っ向からぶつかるポイントだ。
リバタリアン的な視点では、議員定数削減は以下のように正当化されるんだろう。
①「コスト」としての政治:
政治家も一種の「コスト」とみなし、行政の肥大化を防ぐために削減を求める。つまり維新の皆さんの大好きな身を切る改革だ。しかし、円安とインフレによる影響もあり、わが国の予算は毎年過去最高を更新中だ。そんな中で議員の歳費など、嵐の中の屁の一発じゃないか。まぁ、党議拘束で自分の見識も表明できないような議員なら、いらんと言えば要らんが。
②受益と負担の適正化
「身を切る改革」によって、有権者に負担を強いる前にまず自分たちの特権を削るという論理ももちろんあるだろう。しかし、これは「民主主義の理念」から見ると、次のような重大な懸念が生じると思うのは、俺だけか?

まず『多様な意見の切り捨て』
 定数が減れば、少数派の声が議会に届きにくくなり、大政党に有利な構造になるんじゃないか?
次に『一票の格差と平等性』
 1人の議員が代表する人口が増えることで、有権者一人ひとりの影響力が薄まり、参政権の平等性が損なわれる可能性があります。すでに田舎の有権者一人に対して大都会の有権者は3人前というくらいに一票の格差は開いている。これはひどい。
加えて『チェック機能の低下』
 議員が少なすぎると、行政(首長)に対する監視機能が弱まり、独裁的な運営を許しかねないというリスクがある。健全な野党が必要なんだ。

維新の会は「効率的な意思決定」を重視してる。もちろん、戦後最速の予算案衆議院通過をやり遂げた高市内閣もそうだろうけれどね。効率的だからといって、皆が納得する者かどうかは別の問題だ。
それは「熟議や多様性の確保」という民主主義のコストを削ることでもあるんじゃないかね。
この「効率(リバタリアン的)」か「プロセス(民主主義的)」かという対立は、維新の政策を考える上で最も重要な視点の一つと言えるだろう。
だいたい、ろくに話し合いもせず多数決だけで決めるなんて、小学校の学級会以下じゃないか? 

2026/03/20

POST#1794 春分の日に墓参りもいかず夢洲IRを考える

BangKok,Thai
今日は春分の日だ。
遥か昔には、女たちは日の出とともに東に向かって歩み、太陽が南中すると今度は西に向かって歩むという風習があったのだと、折口信夫🔗の文章で読んだことがある。
しかし、俺は墓参りもいかず、もちろん太陽を追いかけることもなく、ダラダラ眠り、読書して暮らしてる。優雅なものだ。老後はかくあるべしだな。

一時期、同業者の同年配の経営者、つまり日本のごく普通のおっさんたちと話をすると、かなりの割合で維新の会の支持者が多かった。
自分はその創設者たちの経済成長第一で、小さな政府を志向するリバタリアン的な数々な言動に辟易していたので、どうしても交換を持つことができなかった。また、どちらかというと右派的な国家観、歴史観も自分とは相いれない。
そんな右派的な主張を持つ維新の会が、なぜ万博を利用して夢洲のインフラ整備を行い、国家機能を弱体化させるようなIRのような特区=「ゾーン」を作ることに邁進するのか?

確かに、大阪IR(統合型リゾート)の推進は、リバタリアンの核心である「個人の自由(選択)」と「市場原理」を重視する姿勢が色濃く出てるといえるじゃなかろうか。
リバタリアン的な視点で見ると、次のようなのポイントが合致していると言えそうだ。

①自己責任と自由: 
「ギャンブル(カジノ)をするかどうかは個人の自由であり、政府が過度に禁止すべきではない」という考え方。日本は表向きはギャンブル禁止だけれど、親方日の丸のギャンブルは公認だからな…。

②民間活力の利用: 
公金に頼るのではなく、民間企業の投資によって経済を活性化させ、その収益を社会に還元する仕組みを重視しています。しかし、特区を作るために万博まで動員してインフラを整備し、地ならししてるってのは、どうなのよ?と思わずにいられない。何しろその原資は税金だからだ。

③規制緩和: 
特定の区域において規制を緩め、ビジネスの自由度を高めることで成長を狙う「特区」の考え方は、まさにリバタリアン的だといえるだろうな。

一方で、IRには「公的な認可(独占権の付与)」や「厳しい入場規制・依存症対策」といった政府による強い管理も伴う。そりゃそうだろう。日本人、特に大阪近辺の連中がギャン中だらけになっては困るってもんだ。
そこを加味すると、「経済成長のための戦略的な自由化」という側面が強いかもしれないな。

確かに、一見すると「強い国家」や「伝統的な主権」を重んじる保守・右派的なスタンスと、国家の法規制をあえて外す「ゾーン(特区)」の建設は矛盾しているように見える。
しかし、昨日も紹介したスロボディアンが分析する「破壊系資本主義(クラックアップ・カピタリズム)」の文脈で解釈すると、日本維新の会が目指す方向性には、ある種の「新自由主義的な合理性」が見て取れるといえるだろう。

なぜ彼らが夢洲の「ゾーン」実現に邁進するのか?
その背景には以下の3つのロジックがあると考えられるんじゃないかな。

①「国家」ではなく「都市」を単位とした生存戦略
彼らの主張の根底には、日本という国家全体の機能不全(中央集権の限界)への強い不信感がありる。「国家全体を一度に変えるのは不可能だが、特定のエリア(夢洲など)を切り出し、そこをグローバル資本が活動しやすい『ゾーン』にすることで、地域の経済を劇的に成長させる」という考え方だ。
彼らにとっての「愛国」とは、国全体の統制を守ることではなく、「一部のエリアを世界で最も稼げる場所に変え、外資を呼び込むこと」に置き換わっていると言えるだろう。
もっとも、本人たちは否定するだろうけど。日本維新の会といっても、その土台は大阪維新の会だからな。ずばり地域政党だ。

②「規制」こそが敵という保守観
維新の会などの勢力にとって、守るべきは「古い官僚機構や規制」ではなく、「自由な市場競争」だ。彼らにとっての「国家の弱体化」とは、ゾーンを作ることではなく、むしろ「古い規制が経済成長を妨げている状態」を指ししている。
スロボディアンが描くリバタリアン(自由至上主義者)たちは、民主主義の手続きを「成長を邪魔するコスト」と見なしているけれど、それと同じように、維新の「決定できる政治」というスローガンは、ゾーン内での迅速な意思決定を重視するこの思想と親和性が高いといえるだろう。

③ 主権の「断片化」による効率化
かつての右派は「領土の隅々まで国家の法が及ぶこと」を重視した。日本全国津々浦々だ。しかし、現代の破壊系資本主義に近い右派は、「稼げる場所(ゾーン)と、そうでない場所を分けること」を効率的だと考えているようだ。

昨日からの考えをまとめると、
米軍基地: 安全保障を「外注」するためのゾーン
IR(夢洲): 経済成長を「外注(外資導入)」するためのゾーン
ということになるのかな。

彼らにとって、これらは国家を弱体化させるものではなく、むしろ「重荷(コストや規制)を切り離し、生存の可能性を広げるための戦略的な割れ目(クラック)」として正当化されている可能性があるんじゃなかろうか。
つまり、彼らが守ろうとしているのは「均質な法治国家」ではなく、「グローバル経済の荒波で生き残るための、断片化された競争力のある拠点」なのだと解釈できるだろう。

けれど、その結果市民の福祉が削られ、法規制による市民への保護が部分的に放棄され(最低賃金や労働法規の無視や日米地位協定下での米軍族の犯罪に対する裁判権の不備なんかだな)、国や自治体が豊かになったところで、何の意味がある?
政治の役割は富の再分配であり、市民の幸福の増進だと信じている俺からすると、まったく意味不明だ。

こんなのが国土を虫食い状に侵食して言ったなら、どうなるだろう?
もちろん、在日米軍への思いやり予算もそうだけれど、こうした特区のインフラは、国民の税金からドバドバと投入されている。
残念ながら、日本はもうそんなに裕福じゃない。借金だるまだ。アメリカにもいいカモにされている。こんなことで、いいのかな?

君ならどうする?

2026/03/19

POST#1793 20世紀型の軍事的ゾーンと21世紀型の経済的ゾーン

ベトナム、フエ
毎度おなじみレヴィストロースの本を一冊やっつけたので、クィン・スロボディアンという歴史学者の破壊系資本主義🔗(原題=Crack Up Capitalism)という本を読み始めた。みんな大好きみすず書房だ。
新自由主義が、1980年代からどのようにして国家の規制をかいくぐり、治外法権のような経済特区 ― 本文中では『ZONE(ゾーン)』と呼ばれている ― が生み出され、富裕層をひきつけ、税制や規制をかいくぐり、富裕層の投資のための開発が行われる。どこかで聞いたことのあるような話だ。スロボディアンの言う「ゾーン」は、国家の主権の中にありながら、通常の法律や民主的な手続きが「バイパス(回避)」され、特定の目的(軍事、経済、監視など)のために例外的なルールが適用される空間だ。
同じ名前のエナジードリンクとは一緒にしてはいけない。もっとも、刺激的だが、多量に服用するとよろしくないというのは一脈通じているかもしれないが。

まだ読み始めて間もないのだが、これがなかなか面白い。というかむしろ、恐ろしいシステムが富を生み出すために生み出されてしまったものだという危機感が募る。
社会の公共財=コモンズが一部の富裕層に大盤振る舞いされ、人々の生活の場はいつのまにか富裕層の底引き網漁場となってしまうという、ぞっとする現実がそこにはある。格安で富裕層に与えれる土地、投資を目的とした大規模な開発、タックスヘブンとの密接な結びつき。投資用の壮麗巨大な建築物はまるでゴーストタウン。極めつけはその特区からの民主主義の排除!

読み始めてふと思ったのだが、日本が(とりわけ沖縄が)抱えている米軍基地も、一種の軍事的なゾーンそのものだと気づいた。

スロボディアンが『破壊系資本主義』で提唱した「ゾーン(Zone)」という概念は、まさに日本の米軍基地の法的・空間的なあり方と強く響き合っている。
日本の米軍基地がその「ゾーン」と見なせる理由は、主に以下の3点に集約されるんだ。
①法的な「穴」: 
日米地位協定により、基地内は日本の国内法(労働法、環境法、航空法など)が完全には適用されない「治外法権」的な空間になってるのは皆様ご存じの通りだ。おかげさまで、アメリカ軍人のがひき逃げしようが強姦しようが、日本の法では裁けない。
これはスロボディアンが描く、国家から切り離された「特区」の構造そのものだ。

②民主主義の遮断: 
周辺住民や地方自治体が基地の運用(騒音、環境汚染、事故など)に対して異議を唱えても、国家間の合意が優先され、通常の民主的プロセスが機能しない。この「民意が届かない設計」もゾーンの特徴だ

③グローバルな結節点:
米軍基地は日本という領土にありながら、物理的には米国の戦略ネットワークに組み込まれている。アメリカの世界戦略に必要不可欠だ。今ホットな話題に事欠かないイランにも出向いてる。アメリカの最大のライバル、中華人民共和国の目の前に不沈空母のように配置されている。有刺鉄線の境界線で区切られ、外部とは異なる論理で動く「カプセル化された空間」である点は、まさに現代の破壊系資本主義が求める効率的な空間管理のあり方そのものだ。

米軍基地は、単なる軍事施設という以上に、国家主権が意図的に「割れ目(Crack)」を作らされている、日本におけるもっとも巨大で永続的な「ゾーン」であるという解釈ができる。
というか沖縄そのものが、アメリカの軍事特区にされているといっても過言じゃないだろう。
これは恐ろしく強固なもので、かつてこの流れに異を唱えた政治家はすべてつぶされた。
沖縄県の人々の民意は、ほかならぬ日本の官僚と政府によって無視されている。

さて、目を大阪に転じてみよう。
万博跡地の夢洲に計画されているIR(統合型リゾート)は、スロボディアンの定義する「ゾーン」の現代的な典型例と言えるだろう。
スロボディアンは『破壊系資本主義』の中で、国家が特定の区画を「特区(ゾーン)」として切り出し、通常の法規制や民主的手続きを停止させる現象を分析しています。夢洲のIR計画には、その特徴が色濃く現れているようだ。

夢洲IRが「ゾーン」である理由はざっと次のようなものだ。

①法の「例外状態」の創出
本来、日本の刑法では賭博は禁止されています。
しかし、IR整備法という「例外の法」を設けることで、特定の民間事業者が特定の場所(ゾーン)でだけ、本来違法であるカジノを運営することを可能にしています。これはまさに、国家が自ら法に「穴」を開けてゾーンを作る行為です。
大阪府はギャンブル中毒を啓発する動画を作っているけれど、その主人公がギャン太郎って、人間の屑感満載で絶賛炎上中だ。

②民主主義のバイパス(回避)
スロボディアンは、ゾーンの特徴として「住民の意志よりも投資家の利益が優先されること」を挙げている。結構なことだ。夢洲のIRを巡っても、公金投入(土壌汚染対策費など)や賃料の算定プロセス、依存症対策などについて多くの反対意見や住民訴訟が起きているが、計画は「国際競争力」や「経済効果」を大義名分として強力に進められている。
官僚の無謬神話か、それとも日本維新の会(大阪維新の会)のイケイケ体質なのか、どうにも止まらない。

③「島(アイランド)」という物理的隔離
都合のよろしいことに、夢洲は人工島であり、物理的に本土から切り離されている。
スロボディアンが論じるゾーンの多くも、物理的・法的に境界線が明確な「島」のような空間だ。香港やシンガポール、聞いたこともないような何とか諸島...。
一般の市民生活から切り離された場所に、独自のルールで動く巨大なエンターテインメント・経済空間が誕生する構図は、彼が描く「資本主義の割れ目(クラック)」そのものだ。

④グローバル資本による統治
大阪のIR事業主体である「大阪IR株式会社」は、米国のカジノ大手MGMリゾーツとオリックスが中心となっている。

やれやれ
日本の国内法よりも、グローバル企業の利益や国際的な投資契約が優先される空間になるという点でも、米軍基地(米国の軍事ロジック)とIR(グローバル資本のロジック)は、同じ「ゾーン」というコインの表裏に見える。気に入らないぜ。 

スロボディアンの視点から見れば、米軍基地が「20世紀型の軍事的ゾーン」であるのに対し、IRは「21世紀型の経済的ゾーン」として、日本の主権を内側から「穿孔(穴あけ)」している存在と捉えることができそうだ…。 

ふーむ、本当にこの国は独立国家なのか?
一人一人の市民からなる社会の公共財を、一部の富裕層のために使っていていいものだろうか?それとも日本が生き残る道は、こんな狭隘で卑屈な道しか残されていないのか?
俺自身は、一部の富裕層やどこかのわがままな王様のために切り売りされることを良しとする政府よりも、そしてその中で互いの権力闘争に明け暮れる政府よりも、国民の生活の向上と安寧をこそ目的として方策を尽くす政府であってほしいものだ。
そう、金を持ったろくでなしが他の人間の尊厳を踏みにじる「ゾーン」なんてまっぴらごめんなのさ。

2026/03/18

POST#1792 こどもの教育をめぐる家庭内の紛争

香港
うちのバカ息子が、塾の週間テストで全校639人中638位という華々しい成績を収めてきた。
さすがは麒麟児だ。豚児って名前にしておけばよかった。
俺はつねづね、名は体を表すってのは嘘だと思ってる。親の願望を表してるんだ。これは俺が昔、誠って名前の不誠実な奴と働いたときに悟った真理だ。
かの中江兆民🔗は自分の息子が人力車の車夫になっても気恥ずかしい思いをしないように、次男に丑吉という名を付けた。しかし、ご子息は長じて古代中国哲学の碩学として名を成したんだ。
翻って、わが息子麒麟児。自動車や電車のことはたちまち覚えるが、理科の暗記問題は全く覚えられない。算数の解き方も全然覚えられない。漢字も全然だめだ。その気がないんだ。
それでも、本人は平気の平左で、自分の試験結果を見て、改めて勉強に取り組む姿勢を見せるわけでもない。
注意しても、説教しても馬耳東風だ。
あまりの態度の悪さに、こんなの月々結構な額面の塾の月謝をどぶに捨ててるようなもんだと憤慨する。
成績が悪いのは仕方ない。
けれど、まじめに取り組んでくれないのは、命を削って働いている自分からするとやりきれないったらない。もっとも、金を出してるのはカミさんだが、そのカミさんに金を吸い上げられる額が、塾のおかげさまで跳ね上がった。月々じいさんの生活費も面倒見なきゃならないしな。
おかげさまで、飲まない打たない買わないの三拍子そろった服部君に磨きがかかるというものだ。
塾をやめてくくれれば、酒を飲んだり、ギャンブルしたりするのかといえば、それはしないが、みすず書房とかのクソ高い本を買えるだろう。本当に内容のある情報は、ただでネットに転がっていないんだ。身銭を切って手に入れた本を、時間をかけて読むことで、自分の内側に繰りこむことができるんだ。まぁ、読む時間があるかは別の問題としても。
あまりにも経済的に不条理だ。
そこで、昨日は息子に塾をやめてもらおうということになった。
はじめのうちは、カミさんと二人で説得してたんだ。愚息は一旦は納得したみたいだったが、俺が夕食後に部屋で本を読んでいるうちに、いつのまにかまたくすぶりだしやがった。おまけにカミさんは俺と息子に二人で話し合って決めてと俺に下駄を預けてきやがった。
むすこは俺に縋り付いて塾に行かせてくれと懇願する。
なんども何度も懇願するが、どうせ明日からしっかりやるとか言ってもやりゃしないんだ。
俺は息子の腕を突き放しようにして振りほどいた。
勢い余って息子は吹っ飛び、クローゼットの折れ戸に激突した。
同時にクローゼットの扉を吊っている金具が壊れたのか、二枚つながりの扉が倒れてきた。

まるで昔のドリフターズのコントだぜ。

こどもは泣き叫び、カミさんはあぜんとしている。
俺はカミさんに扉が倒れてこないように抑えてるように指示すると、道具を仕事の車から持ってきて、扉を吊りなおした。破損した部品はすぐさまネットで探して発注した。やれやれ、無駄な出費だぜ。

それで塾の話は有耶無耶になっちまった。おかげさんで、今日も塾まで車で送っていったところさ。一体何やってんだか・・・。

2026/03/17

POST#1791 またぞろアメリカの尻拭いか…

台北
アメリカの王様がイスラエルの暴れん坊と組んでおっぱじめた戦争の尻拭いを、日本にやらせようとしている。いうことを聞くかどうかがアメリカにとっての試金石なんだとさ。勝手なもんだ。

ドイツは当然のように、そんなことをする義理も謂れもないときっぱり断った。フランスもきっと似たようなもんだろう。NATO加盟国ももうアメリカに愛想をつかし始めてる。

中国はアメリカの要求に対して無視を決め込むだろう。それともイランとうまくやるかもね。

インドだって、ロシアからの原油輸入を増やすだけじゃないのか。

結局貧乏くじを引くのは日本と韓国だ。日本には掃海艇が12隻もあるそうな。ちなみにアメリカ様は4隻だけ。日本と韓国は、在日在韓米軍に依存してるから、ジャイアンの無茶ぶりに従うスネ夫のように、ホルムズ海峡での機雷掃海に自国の軍隊なり自衛隊を派遣することになるんだろうな。

どれだけ国民が反対しても、どれだけ憲法に違反していても、明々白々にアメリカとイスラエルの軍事行動が国際法違反でも、そのあたりには口をつぐんで、法律の解釈を捻じ曲げ、憲法を逸脱し、詳しい経緯も国民には明らかにされず、アメリカ様の尻拭きを押し付けられる。

この国は、本当に独立国なのか?

日本をなめるなと威勢のいいポスターを貼りまくっていた政党も、今回日本を舐めるなとはいってないんじゃないかな。どうなんだろう。あんまり興味ないけれど。

イランとは昔から独自に外交関係を結んでいたはずじゃないのか?

すぐに軍事力に頼るなら、外務省なんていらないぜ。気に入らなけりゃ、ミサイルを撃ち込めばいいんだからな。

円はますます安くなっている。

そりゃそうだ。貿易赤字国に転落した我が国が、何の理念もなくアメリカの言うがまま。マッカーサー元帥が言ったみたいに、日本人の精神年齢は12歳か。国民は低所得にあえぎ、少子化は止まらない。お先真っ暗だ。そんな国の通貨など、だれが買うのか?そりゃ円もダダ下がりだ。ガソリン価格上昇のダメージは深いぜ。

国民は物価高と実質賃金の低下に気息奄々だ。

なのに、政治の動きは鈍い。スパイ防止法とか選択的夫婦別姓。で、宗主国の王様が機雷掃海しろと言いつけてくれば、無理筋を捻じ曲げ、曲芸的な法解釈を見つけ出して実現するんだろう。それくらいの熱意で国民の生活を豊かにしてほしいもんだ。

こうして、アメリカの尻拭い。企業はアメリカに投資する。日本人はますます貧しくなっていく。馬鹿らしいったらありゃしないぜ。

どうなるか楽しみだな。