2011/06/03

Post #203 From The Dark Room

本日、これといって語るべきほどの事も無し。
例の小学校の遊具の点検に行き、一日で五百枚ほどの写真を撮影したってことくらいかな。
特に言っておきたいことも無いので、今日は昨日のプリントから行ってみようか?
そらよ!
Amsterdam
なんだかひさびさに、人物写真らしい写真だ。足元のバケツが実にいい味出してるぜ。
じゃぁ、調子に乗ってもう一丁、行ってみようかなっと。
Amsterdam
昨晩水揚げされたばかりの出来立てだぜ。
水揚げなんて、まるで魚屋の口上のようだ。デジタルしかやったことのない人には、イマイチピンと来ないかもしれないが、俺なんかにとっては、水揚げってのが実にしっくりくる表現だ。
モノクロのプリントには、いくつかの手順がある。ご存じない読者さんのためにざっくり説明しておこう。まずは、ネガフィルムをキャリアに挟み、引伸ばし機に装着する。続いて構図を定め、露出時間を決めて、そののちにはじめて印画紙を引伸ばし機にセットするんだ。
焦ってはいけない。この時、未使用の印画紙は、箱の中にしっかりと収められているかどうかの確認だ。これがもし、不注意で光に晒されてしまったら、せっかくの新品の印画紙が台無しだ。真黒く感光してしまうってもんだ。
そしてこれらの手順を正確にこなした後、まず行われるのは、引伸ばし機によって行われる『露光』、それを現像液の中にするりと突っ込んで感光した印画紙に画像を浮かび上がらせる『現像』だ。現像液の中に浮いた白い印画紙の表面に、ぼんやりとそしてくっきりと浮かび上がってくる画像。この時、印画紙の表面に浮き上がってくる粒子はたまらないもんがある。そう写真は粒子によって点描されているんだぜ。この瞬間こそが俺にはたまらなく楽しみで、なおかつ、生理的にグッとくる感じがするんだ。
そしてこの現像は当然化学反応であるから、これを止めるために酢酸溶液の中に印画紙を突っ込む『停止』、さらに続くのは、印画紙の表面に、化学反応によって描かれた画像をしっかりと定着させる『定着』という手順を踏むんだ。これも定着液の中に印画紙を突っ込み、5分ほど付け込んでおくのさ。これが甘いと印画紙はセピア色に変色してしまうんだ。しっかり定着しないとね。セピア色の写真なんて、俺はゴメンだからな。
この定着液の中に、しばらく留められた印画紙は、そこから抜き出されると、俺の場合、大きなバットにためられた水の中に突っ込まれ、本格的な水洗に先行する予備水洗を施されるんだ。この水の中にゆらゆら浮いている状態が、水揚げって言葉のイメージにピッタリなんだよ、分かるかい、このカンジ。
こうして書いてゆくと、なかなかに大変な作業だ。道楽ってのはすべからくこうでなけりゃねぇ。
つまりこんな訳で、モノクロというか、銀塩写真には、どこか水気が感じられるのさ。それがなんかどこかなまめかしい艶を写真に与えたりするものなんだ。

OK、読者諸君。今日はこれくらいにしておこう。明日か明後日、また会おう。今日は早起きだったから、俺もう眠くなってきちまったのさ。諸君は素敵なウィークエンドを過ごしてくれ。頼むぜ。

2011/06/02

Post #202 コソ泥たちが争っている

今日は予定の仕事が雨で中止になってしまったので、久々にのんびりさせてもらったぜ。
友人と談笑したり、14枚プリントしたりね。出来の方は、う~む、イマイチかもしれんな。これはいい感じに焼けたぞ、なんて思って水洗して明るいところで見てみると、俺の紙が一本、印画紙の上にのっていたようで、白い筋が画面に走っていたりしたしな。これは放射能の影響だろう。どうにも最近抜け毛が多い気がするぜ。まぁ、昨日髪を切ったら、連れ合いには少し若く見えるようになったと言われまんざらでもないんだが…。頼むぜ、吉田所長、俺の髪の毛の為にも、早く原発をなんとかしてくれよ。ただでさえ、日本の男たちの最大の関心事は薄毛だといっても過言じゃない。男は自分の髪の毛の事、女は自分の体重の事、そんなことばかり気にしている。それがこの日本の国だ。
正確には、3月11日まで、俺達国民の最大の関心事は、そんなくだらない事だった。おかげで、政治家の連中は、国民を小ばかにしたような政策を何十年も続けてきたんだ。いわゆる愚民政治という奴さ。
Paris
俺がそんな有意義に人生を送っている間に、国会ではとんだ茶番が繰り広げられていた。
菅内閣に対する不信任案が、自民党の馬鹿連中によって提出され、採決が行われた。
民主党議員の大量造反が予想されていたが、造反者はたったの二人。大差で否決された。
とろくさいわ。
日本人は民度は高いが、その政治のレベルは残念なほどに低いと、世界中から笑われちまったことだろう。
世間では菅内閣に対する批判キャンペーン展開中だ。
俺が思うに、この未曽有の大災害に加え、人類史上最悪レベルの放射能災害だ。誰がやったとしても、うまくはいかないだろう。もちろん、それが自民党の谷垣総裁でも、小沢一郎でも。それどころか、かつての麻生が総理だったら、被災地に行ってはくだらないジョークを飛ばして国中の顰蹙を買っただろうってことも想像に難くないぜ。
にもかかわらず、2チャンネルから週刊誌、そして大新聞に至るまで、国を挙げての反菅キャンペーンだ。
何か臭い。
ここまでみんなして菅総理の事をバッシングするのを見ていると、なんだか俺の反骨精神がうずくぜ。猛烈に菅総理を応援したくなるじゃないか。別に菅に対して好意を持っているわけではないが、大政翼賛会かよ、お前らって言いたくなるほどの、猛烈な反菅キャンペーンだからね、俺の反骨精神にボーボー火がつくぜ。むしろ、お前ら、菅が総理じゃ都合が悪いことがあるのかよって思えてくるんだ。

俺が思うに、菅は市民運動家から総理になった初めての政治家だ。
きっと、経済界や官僚、そしてヤクザとのしがらみが少ないんだろう。日本の政治が、政官業の鉄壁のトライアングルに、闇の実働部門たるヤクザを加えた利益集団によって動かされてきたのは、国民みんなが知っている。奴らは堅固な利益集団として、善良な市民をカモにして、長年にわたってやり放題だったんだ。それが秘密だと思っているのは、当の本人たちだけだろう。
そんな小汚いしがらみの少ない菅だからこそ、浜岡原子力発電所運転停止の決断を下せたんだろう。俺はこれは英断だと思うけど、自民党のクソ連中は、相変わらず文句たらたらだ。よっぽど、うまい汁を吸ってきたんだろう。
これに対する東電を筆頭とする電気連合会や、経済界のプレッシャーを受けて、自民党はこの時期に、そう、よりによってこの国が戦後経験したことのないほどの災害に直面したこの時期に、内閣不信任案を提出したんじゃないかって、思えてくるくらいさ。
冗談じゃないぜ、コソ泥どもめ!
国民はとっくにそんな茶番を非常識なものだとお見通しだと信じたい。
結果的に、国民の激しい反発が報道されることによって、今回の不信任案は否決になったのだろうと信じたい。
けれど、報道を見る限りでは、菅総理が今回の震災復興と原発事故の終息にある一定のめどがついた時点で退陣するという、まぁ、どうにでもとれるような約束をしたことで、小沢が満足したというのが実情らしい。
くだらないぜ。昨日も言ったが、奴らの目はどこについてやがるんだ?奴らの耳は、国民の声をきくためにはついてないんじゃないのか?奴らの目は自分たちに献金してくれる大旦那さんの方を向いている。奴らの耳は、経団連とアメリカのほうを向いている。いつだってそうだ。
俺には国民をだましている詐欺師やコソ泥たちが、利益を巡って争いあってるようにしか見えないぜ。

俺がブログをはじめて、こんなくだらない話題にふれたことはない。俺は世間の事なんかよりも、自分自身に浮かれて夢中になっていたいんだ。しかし、あえて言わせてもらおうか?
Paris
俺は、政治家が、人々から尊敬されるような国に住みたいと願っている。
俺は、政治家が、人々から恐れられたり軽蔑されたりしない国に住みたいと願っている。
俺は、政治家になっても何にもメリットがないような、当たり前の世界に住みたいと願っている。
俺は、政治家の倅が政治家になるのが当たり前じゃないような社会に住みたいと願っている。
俺は、サラリーマンやうどん屋の倅が、志だけを頼りに政治に携わっていくような社会に住みたいと願っている。
俺は、政治家が国民の幸福のために、自らの身命を顧みず働く国に住みたいと願っている。
俺は、市民が政治家共の醜い諍いのことなど気にもしなくても、社会が円滑に回って行くような国に住みたいと願っている。
この地球のどこかに、そんな国があるのかどうか知らない。
どこの国だって、政治家はみんなコソ泥と詐欺師たちばかりだ。
しかし、そんな夢を一人一人が持ち、その夢を見ながら、国民の権利を行使していけば、つまり、よりましな奴に投票していけば、いつかはそんな国になると信じている。

読者諸君、今日は不愉快な話ですまない。しかし、どうかこの機会に一度よく考えてみてくれ。自分には関係ないなんて言うなよ、水臭いぜ。古代ギリシャの都市国家では、指導者がくじ引きで選ばれた時代もあったんだぜ。だから市民は、国家の問題について、常に自分ならこうするだろうという見識を持つ事が当然だと考えていたんだよ。そう、批判するのは簡単だけれど、自分が明日、くじで指導者に選ばれたとき、何もできないようでは困っちまうからな。
どうにも俺は、この国の政治風土に嫌気がさしている。
世界中どこでも、味噌カツや味噌煮込みうどんやきしめんが食えて、赤だしの味噌汁が飲めるんなら、とっくにこの国から逃げ出しているだろうよ。しかし、そんな国は日本しかない。厳密に言えば、俺の住む愛知県だけだがね。ならば、コソ泥連中の国民を舐めきった今日の振る舞いを忘れることなく、よりましな国になるように、国民の権利を行使し続けていくしかないんだ。
読者諸君、失礼する。バカバカしくってやっていられないぜ。

2011/06/01

Post #201 早いもんだ、もう6月たぜ!

読者諸君、機嫌はどうだい?俺は久々に家でゆったりさせてもたっらぜ。ご機嫌だ。人生はこうでなくっちゃならない。まっとうな食事をとり、寛いで本を読んだり、音楽をきいたりするんだ。今朝の5時まで働いて、車を飛ばして帰ってきた。とはいえ、毎年恒例の集中工事とやらのせいで、高速道路はさほど高速でもない。弛緩した運転は程よい眠気を喚起するんだ。俺は命の危険を感じて、サービスエリアで死んだように眠ってから、解き放たれた野生の馬のように、高速道路をすっ飛ばして帰ってきたのさ。
家に帰ってまずしたことは、風呂にゆっくり入ること。そして、行きつけの美容院に行ってこのモジャモジャ頭を整えることだ。そう、忙しくって何か月も髪なんか切りに行けなかったからな。この頭は俺のトレードマークなんだ。手は抜けないぜ。このままじゃ、鳥の巣の頭が蜂の巣の頭になっちまいそうだ。
Amsterdam
美容院では人気者なんだ。俺は飲み屋や美容院みたいに若い女の子がいっぱいいるところでは、ついサービスしちまうんだ。そう、考えることもないくらいに面白おかしい話が、口から飛び出してくるんだ。あぁ、ちょうどこのブログそのままだ。だから俺はちょっとした町の人気者なのさ。
まぁ、とはいえどこでも面白い人で終わりだけどね。つまらないぜ。禁じられたロマンスとか、おきる余地もないんだ。残念だ。残念きわまる。
まぁ、俺は野生の馬、つまりマスタングだ、みたいにエネルギッシュで並みの女じゃ乗りこなせっこないし、そこいらのおねーさんじゃ俺もなんだか物足りないんだ。
隣のお客は、かかりつけの町医者の受付のおばさんだ。白髪を染めている。狭い街なんだ。こちらとも長い付き合いだ。15年くらいはお世話になってるだろう。いつも言うように、俺はおばさん連中にはとりわけ大人気なのさ。なにしろ彼女は、俺の連れ合いや出来の悪いオヤジの事もよくご存じでいらっしゃる。調子に乗って迂闊なことをしゃべると大変だ。すぐに関係者に話が回っちまうんだ。狭い街なんだ。しかも、俺は街で一番目立つ男だからな、気を付けておかないといけないぜ。

なかなかいい具合に仕上がった。満足だ。カラスの巣がツバメの巣くらいにはなっただろうか。

俺の絶好調をよそに、世間では内閣不信任案提出だとか言って大騒ぎしている。
くだらないぜ。菅総理じゃ震災復興は無理だとか言って、今まで原発をガンガン作ってきて。未だにその非を認めるどころか、これからも原発で日本経済を盛り上げていこうっていう自民党の皆さんが、創価学会政治部の公明党と、民主党でのけ者にされた小沢軍団と結託している言うことだ。馬鹿らしい。彼らの目はどこに向いていやがるんだ?人間の目は、未来を見据え、困難を直視するために前に向いてついているのに、奴らの目はケツの穴の両サイドについているんじゃないかって思えるぜ。被災者のため、復興のためなんてキレーごとを抜かしているが、政治の混乱や、法案可決に要る解散総選挙などの事態による政治空白は、復興を遅らせこそすれ、早めるようなものじゃないのは、美容院で白髪を染めてるおばちゃんにだってわかるぜ。所詮は権力闘争だろう。くだらなすぎて、腹が立ってくるってもんだ。それとも電力業界からお願いでもされたのかい?この大変な時期にそんな事をしでかす頭の中身は、脳みそじゃなくてカニみそでも詰まってるんじゃないのか、放射線を使ったCTスキャンとかで調べてやりたいもんだぜ、まったく。
OK、イイだろう。自民党の皆さんよ、今度あんたらが、いろいろ難癖をつけて、政権をぶんどったら、永田町のどまんなかに、あんたらの大好きな世界一安全な原発とやらを作るがいいさ。首都圏の電力不足も解消だし、万一事故があっても、放射能漏れでくだらない権力の亡者どもが一掃されて清々するさ。

くだらない。余りのくだらなさに泣けてくるぜ。
Amsterdam
アメリカの無頼作家チャールズ・ブコウスキーは、その短編『Politics is like Trying to Screw a Cat in the Ass』、つまり政治なんてケツの穴に猫をねじ込むようなもんだってタイトルだ、の中でこういっている。曰く『いい政府と悪い政府があるというのか?ちがう、いい政府などというものはない。あるのは悪い政府と、もっと悪い政府だけだ。』
その通りだ。菅ではダメなんだろう?けど、それが谷垣だろうが小沢だろうが、五十歩百歩さ。なんせ未曽有の大災害だからな。やれもしない奴が必死にやってる奴を批判するのは、俺の好むところじゃないんだ。くだらないぜ。
もう一度、ブコウスキーの同じ短編からの引用を許してもらおう。こんな文章でその短編は締めくくられる。

『さて、読者諸君、許してもらえるならば私は、これからも娼婦や競走馬や酒とともに時を過ごしたい。そうやって迎える死は、自由だ、民主主義だ、人道主義だ、といった言葉で飾られたどんな死よりも、自分の死に責任を持てるという点で私にはずっと誠実なのである。
最初の郵便配達、12時30分。いま最初の一杯。娼婦たちは、いつもそこいらにいる。クララ、ペニー、アリスにジョウ・・・・。』


(チャールズ・ ブコウスキー 青野 聰訳『町でいちばんの美女』 新潮社版より)

賛成だ、ブコウスキー。俺もくだらない政治になんか間違っても関わらずに、自分で責任を全うできる範囲で、誠実に生きていきたいもんだぜ。なんてったって俺は自称、町でいちばんの人気者だからな。人生は短い、くだらないことに付き合ってる暇はないんだ。
読者諸君、失礼するぜ。風呂に入ってとっとと寝ろって、連れ合いに小言を言われるのさ。まぁ、それが家にいるってことだ。いつものことだ、気にはしないぜ。女の言うことはいつも大抵正しいんだ。戦争したりするのはたいてい男だしな。また明日会おう。