2011/07/16

Post #245 Les Fragments de Paris #3

今日は、昔の写真をひたすらスキャンしていた。150枚位だろうか。すべてパリの写真だ。ちなみにパリには3回ほど行っている。2回目の写真は、残念ながら1枚もプリントしていない。いずれまた、と思っているうちに、ズルズルと月日が経ってしまった。そんなネガは腐るほどある。いや、保管状況によっては実際に腐ってしまいかねんから、困ったものだ。老後の楽しみなんて優雅かつ呑気なことは言ってられないぜ。まいったなぁ。一体何枚プリントしたら、この一種の負債は消えるんだろう。一体何枚印画紙を使えばいいんだろうな。気が遠くなるぜ。ガンダーラってカンジだぜ。誰も皆、行きたがるが遥かな世界だ。若い人にはぴんと来ないだろう。そう、西遊記だ。夏目雅子だ。堺正章だ、西田敏行だ、岸部シローだ。懐かしいぜ、まったく。
閑話休題。
パリの写真が、何だかんだ言って、かなりのボリュームだ。パリに限らず、どこに行っても思うんだが、皆さまがパリときいて思い浮かべるような、おしゃれで洗練された街並みなんかの写真には、俺はあまり興味が無いんだ。スマン。
むしろ、えっ!パリってこんな場所だったの?って意外に思えるような、そんな側面にレンズを向けたいと思っているんだ。例えば、こんなカンジ。
Paris
この写真だけ黙ってみると、まさかパリとは気がつくめぇ。どちらかといえば、ニューヨークの下町みたいだ。行ったことないけれど。あくまで、イメージ的にねぇ。崩れかけたような建物、仮設の塀や建物の外壁には落書きだらけ。歩いているのもさまざま人種の人々。そこらにゴミが散らかってそうな勢いだ。マロニエの花咲くおしゃれな小路とは程遠い。ここらを歩いていると、見かける人々の大半は有色人種、それも黒人だ。屈強で荒んだ目をした黒人の若い衆が、何事か喚きながら道を横切って行ったりする。とても、まともにカメラななんて構えていられない。そんなパリもあるってことだ。
行かなけりゃわからないことがある。目で見て、耳で聴いて、その場に漂うにおいを嗅ぎ、光と風を肌で感じないとわからないことがたくさんある。グーグルアースやストリートビューだけでは、分かりはしないのさ。
そんな空気というか雰囲気を、写真に収めることができたなら、そしてそんな写真を見た人に、その雰囲気の一端なりとも感じ取ってもらえれば、これはうれしーことだぜ、俺にとっちゃね。
Paris 後ろに見えるは見ざる聞かざる言わざるか?
イメージや思い込みを捨てて、目の前の現実をフィルムにおさめること、少なくとも俺の写真に出来るのはそれだけです。
失礼するぜ。明日もその延長で御覧に入れよう。諸兄諸姉、素敵な日曜日を過ごしておくれよ。

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