2013/01/22

Post #705 実は今、ちょいと困ってるんだよ

Osaka
私事で恐縮だが、と書いて、毎回必ず私事しか書いていないことに気づき、ちょいちょいっと面白くなる。
私事で恐縮だが、俺の93歳になる祖母が、危篤だ。
しかし、俺は出張で静岡だ。男一匹の渡世、まだ息があるうちに、ケツをまくるなんて無責任なこともできん、というのが実情だ。この商売に携わっている連中は、離婚や親の死に目に会えないといった事では、芸能人並だ。狂った業界なのさ。
とはいえ、仕事は一時のことに過ぎないが、人の生き死には必ずいつでも一回こっきりだ。離婚に関しては何回もできるけれどね。何度も死ぬなんて、ジャンプのマンガか、007くらいのものさ。その重要性は本来比べることもできない。
だからこそ、困っているんだ。
今まさに仕事は山場だ。ここで放り出すわけにはいかない。俺の仕事は信用信頼が第一だ。俺はなんの組織の後ろ盾もないんだ。自分のキャラクターだけが売り物なんだ。
一度放り出せば、理由の如何を問わず、この狭い業界では、今後商売ができなくなる。そうなれば、今度は俺が危篤だ。練炭を買う金も残っちゃいないってことになっちまうだろう。
この件については、もうしばらく悩んでいることにする。いよいよとなったら、決断する必要があるだろうけどな。

思えば、俺が戦争反対論者になったのも、リベラルな思想の持ち主になったのも、もとをただせば、この祖母の影響だ。
俺は子供の頃から、戦争中は軍人が威張って、嫌な世の中だったといった話をこの祖母から何度も聞かされて育った。言いたいことも言えない嫌な時代だったって、この祖母が本当に忌々しそうに語るのを、子供の頃から見て育った。
大陸で軍関係の商売でべらぼうに羽振りが良かった祖父と、小さな子供たちを連れて、命からがら日本に引き上げてきた話は、何度も聞かされた。祖父は、その時子供たちこそが自分の宝だといって、涙を流していたと、祖母から何度も聞かされた。その子供が長じて、嫁を迎え、ガキを孕ませて生まれてきたのがこの俺だから、この時大陸から上手いこと引き上げてこられなかったら、俺はきっとこの地上にいないわけだ。感謝。
戦後、祖母は祖父と子供たちを連れて、鹿児島の実家の弟のもとに頼って行ったそうだ。
素寒貧の引き揚げ者の祖父と、薩摩隼人の弟は、一緒に竹林に竹を伐りに行き、竹製定規の材料として売りさばいたという話を聞いたことがある。ずいぶんと時代を感じる話だ。竹の定規なんて、小学校の時以来、使ったこともないぜ。もちろん、そんなので家族が養えるわけもない。その生活を支えていたのは、祖母の行商だったそうだ。
この弟が共産党員だった。そして祖母は、自分は共産党員ちゅうわけではなかったが、政官業の利権構造に胡坐をかいた自民党が大嫌いだった。選挙はいつも共産党に入れていた。
俺の基礎は、思うにこの祖母によって方向付けされている。

だから、本当は帰りたい。しかし、帰ったからといって、何ができるだろう。俺はイエス様じゃないんだぜ・・・。写真を撮るくらいしか出来ないだろう?まぁ、それで充分と言えば充分なんだけどね。俺が写真を撮った人間は、実は皆、極楽往生間違いなしだと思ってるんだ。

電話越しに、祖母に声を掛けた。祖母の呼吸は、俺の声にこたえるように荒くなったという。意識もないのにだ。しかし、死の瞬間も、視力は無くなってしまっていても、聴力によって、人間はかなり細かく状況を把握しているという研究を読んだこともある。臨死体験なんかを事細かに見ていくと、そういうことらしい。ほら、あれだよ、自分を見下ろすような視点で、自分のまわりに取りすがる親族を見ているとかいうヴィジョンは、聴覚が脳内で視覚に返還されているってことらしい。するってぇと、やはり祖母は俺の声が聞こえて、応えようとしていたのだろう。
うむ、なんとか俺が仕事をやっつけて、帰ることができる日まで、もってほしいものだ。
だいたい93年も生きたんだから、あと1週間やそこら、待ってくれてもいいだろう?
頼む!
読者諸君、失礼する。 

2013/01/21

Post #704 Leopard In The Underground

HomeTown/Nagoya
自分を取り巻く世界の、その理不尽を含めて、受け入れること。
自分自身を、世界そのものと対峙するものとして考えるのではなく、この世界をかたちづくる、要素の一つとしてみなすこと。

2013/01/20

Post #703 Man,Woman and chair

Singapole
今日は日曜日なので、仕事はない。しかし、家に帰ることもできないんだ。家に帰るよりも、ホテルに泊まっていた方が安上がりなんだ。おかしなものさ。
いろいろと溜まっている事務仕事を片付けたいもんだが、ココは自分の家じゃない。ビジネスホテルだ。10時から15時の間には、ベッドメーキングやら掃除やらで落ち着かないだろう。
俺は、ホテルを出て、すぐそばの港に行き、水上バスに乗って海の散歩を楽しんできたのさ。
清水~日出町までおよそ20分、250円。乗客は俺だけ。貸切だ。素晴らしい。
遠くに富士山が見える。三保の松原と思しきものも見えるではないか。この手の風景は、非常に強い磁力を持っている。俺はその磁力に逆らって、そういった風景を極力撮らないように心掛けているんだ。
しかし、天気もいいし、風もない。最高だ。俺は、飛行機も好きだが、船も大好きなんだ。しかも250円で貸切クルージングとは!君も一緒ならよかったのに、残念だよ、残念きわまる。
インダストリアルな工場や、フォトジェニックな造船所のクレーンなんかを俺はビシバシと撮りまくった。
そして、船を降りた俺は、ちびまる子ちゃんでおなじみの巴川沿いに歩き続け、写真を撮り続けた。
こうして、みしらぬ街が、身体に刻み込まれてゆく。
ずっと歩いていると、指先が冷えてきて、もう8年ほど前に、丸鋸で切り落しかけた左手の人差し指の先が、痺れてくる。構うものか。右手の人差し指じゃないんだ。シャッターを切るのには不自由しないぜ。いや、大昔のドイツのカメラ、イハーゲーのエキザクタはシャッターが左だったよなぁ。アレは確か家に一台あったはずだが、残念なことに俺向きじゃないってことだな。
しかし、この旅先の町の人々はどうなってるんだ?俺みたいなカッコいい中年男が歩いていても、声もかけてこないなんて。俺はさみしく、かつ退屈してるんだぜ。誰か、俺に声を掛けてくれないモノかねぇ、孤独なんてつまらないものだぜ。とはいえ、おまわりに声を掛けられ、職質喰らうのはゴメン蒙るけどね。
読者諸君、俺は退屈してるんだ。あんまり退屈だと、人恋しさのあまり、その気もないのにキャバクラなんかに繰り出して、要らん金を使ってしまいそうで、ハラハラしてるんだ。頭の弱い小娘相手に、酒を呑むなんて、この年になると虚しいの一言なんだ。この寒いのに、ビールなんか飲んで、痛風発作を起こすってのも笑えないオチさ。あぁ、大人しく溜まってる仕事を片付けるとするか。

失礼する。