2013/01/26

Post #708 Vanitas

Tokyo
通夜の夜、棺に収まった祖母の死顔を写真に撮った。
モノクロフィルムと、デジカメを持ち合わせていなかったので、携帯のカメラで撮ったのだ。
あらゆるものが、時間の流れの前に敗北し、やがては消え去ってしまうという摂理から逃れられない以上、私たちがカメラを向け、写真にとどめる被写体は、全てがヴァニタス(ラテン語で空虚を現す言葉だ)であると言える。
かつて、バロック期の美術界では、人生の空虚さを現すものとして、生命の無い静物画が盛んに描かれた時期がある。卓上に置かれた髑髏、消えゆく命の隠喩としてのパイプ、そしていずれ腐ってしまうであろう果物などが、その画題として好まれた。
つまり、あらゆる写真は、被写体が一時的な現象に過ぎないことを示すヴァニタスに他ならないようにも思える。わたしも、あなたも、いずれは消える。一枚の写真を遺して、ということだ。
祖母の顔はエンバーミングを施され、安らかなものだった。そこには、(つまらん仕事に忙殺されていた私自身は見てはいなかった)死に至る末期の苦しみの翳もなく、穏やかなものだった。
私は、どうしても写真におさめなければならないという、使命感と決意で写真を撮ったのだ。
私は、叔父や弟たちとともに、一晩棺のそばで過ごした。そして時折、にぎやかな雰囲気を好んだ祖母が、目をあけるのではないかと思ったものだ。そして、そんな気配もないと悟ると、棺の蓋を叩き、祖母に起きる様に促したのだった。。
この正月に見舞った際に、眠っていた祖母を無理やりにでもおこして、言葉を交わしておけばよかったと心の中で悔やんでいたのだ。まぁ、実際に起きられても困っただろうけど

私は出棺間際、棺が開けられ、子供たちや孫たち、そして幼い曾孫たちの手によって、棺いっぱいに満たされた花の中に埋まるようにして横たわる祖母を写真におさめたかった。
しかし、それはできなかった。
私の決意を上回る、忌避感。
その眼を赤く泣き腫らした親族たち、すすり泣く叔母たち。まだ死そのもが理解できずに、周囲の雰囲気に一体化するかのようにして涙する幼い者たち。そして、一気に堰が切れたかのように棺に取りすがり号泣する弟。
これは、できんな。奥さんの死の一部始終を写真におさめた荒木経惟の偉大さが、意志の強さが、改めてわかる。あれこそは、本当の芸術家にしかできない仕事、いや私事だ。私のような小者には、親族の非難や無理解をモノともせず、この悲しみの中、レンズを向け、シャッターをきることなど、できないのだ。
私は、奥歯を噛みしめ、棺に収まった祖母の頭の後ろに、守護者のように立ち尽くす。きっと、私は周囲からは何かに怒っている人のように見えたに違いない。
私は、泣き崩れる人々の肩に手を添える。号泣する弟の背に、慰撫し力を込めるかのように掌を添える。
私は、非情なのだろうか?30年前に母が死んだ時から、葬儀の席で泣く事を、自らに禁じてきた。
私は、すっかり冷たくなった祖母の頬に手をそえる。痩せ衰えた頬の下、頬骨に添わせるように指を曲げて。
私は弟や従弟達とともに棺を担ぎ、霊柩車に乗せて送り出す。小学二年生の従妹の息子もともに担がせる。棺の重さが命の重さの喩であることを知ってほしいと願いながら。
私は祖母のひきつったような骨ばった手を懐かしく思い出す。そして、元気なうちに写真に撮っておけばよかったと、後悔した。

読者諸君、失礼する。身近な人を写真にとっておくべきだと、改めて思ったよ。まぁ、ピースとかしてたらがっかりだけどね。 

2013/01/24

Post #707 今日は通夜だったのに

Tokyo
必死に仕事の段取りをして、通夜に間に合うように帰ってきた。
いくら葬式だからって、仕事を放り出してしまうわけにはいかない。俺の代わりは俺しかいないのだ。最小限、いや、出来る限りの手を打っておかねばならないだろう?
そうこうしている中、登録していない番号から、俺に電話がかかってきた。
電話に出るとそれは、親父が昔付き合っていた女性からだった。俺にはすぐに分かった。彼女は俺と年もさして違わない。気さくな性格の庶民的な女性だったんだ。で、親父と一緒に暮らしていた頃には、今回亡くなった祖母と一緒にビールを飲んだり、実の家族のようにストレートに付き合ってくれていたんだが、親父が新しい女を作ったんで、追い出された様な格好になっていたわけだ。面倒なので、仮にSさんとしておく。
Sさんは、『おばあさん、亡くなったんだねぇ』と切り出した。
『どうして知ってるの』と俺。
『近所の斎場の前を車で通りがかったら、おばあさんの名前が大きく出ていたんで、あぁ、亡くなったんだってわかったんだわ』とSさん。
『そうか、いろいろお世話になったよね。今夜通夜で、明日葬儀だから、もしよかったらぜひともお別れに来てやってよ』
『いや、私は行くわけにはいかないけど、心のなかで祈ってるわ』
『そうか・・・、生前は本当にありがとう。また、落ち着いたら連絡するよ』俺は電話を切った。
Sさん、ありがとう。
で、肝心の通夜なんだが、夜食の弁当を買いに行って、そこでオヤジと大喧嘩になってしまった。
父親相手に、『表出ろ!この野郎!』と激高し、表に連れ出した。俺はかなり頭に来ていて、思わず蹴りをお見舞いしそうな衝動を抑えるのに必死だったんだ。俺の蹴りは実はなかなか強力だ。すんでのところで、もう一軒葬式が出るところだったってことさ。うちのカミさんは、二人ともどっちもどっちだわ、いい加減にしてよ!と、二人の間に入って大変な思いをして暴力沙汰になるのを防いでくれた。
なんだよ、クソ親父め、下らない見栄ばかり張りやがって。それは昨日今日始まったことじゃない。
30年前に、オフクロが死んだ時にも、見栄を張り過ぎて、オフクロに一度もあったこともないような仕事の関係の雁首野郎が、神妙そうな顔をしてずらりと並び、本当に家族で送ってやることが出来なかった。
思えば、それがきっかけで、随分と親族の中が悪くなってしまったんだ。
俺のオヤジは学習しない男だ。人の気持ちがわからないムカつく奴なんだ。若い頃に時代の波に乗って成功したおかげで、人間性がおかしくなっちまってるんだ。金回りの悪いニンゲンを見下すような発言ばかりする。今回も弁当屋で10人前頼んだおかげで、俺たちの次に頼んだお客の弁当のほうが先に出たのが気に入らなかったようで、早く作れみたいなことを抜かしやがった。
偉そうに。
弁当屋のパートの主婦の方々も、安い賃金で、一生懸命に働いているというのに、なんだよこの偉そうな物言いは。俺は瞬間的にカチンと来て、黙ってろ!と吐き捨てるように言っちまった。
俺の声はデカい。俺は頭に血がのぼると、遠慮しない。思い上がった奴が大嫌いなんだ。そういう奴は、自分より羽振りのイイ奴に対して、異様にニコニコとへりくだるんだ。俺はそんな奴の子供であることが嫌で仕方ない。
挙句の果てには、葬儀の金の話しでぐずぐず文句を垂れ流しやがった。
自分が見栄張って、必要以上にデカい斎場を借りるもんだから、金が懸って仕方ねぇんだろう。俺は金もないのに見栄を張るってのが、大嫌いだ。金が無いないで、開き直って笑っていたいってのに。
そもそも葬儀は、まずは心の問題だろう。そうじゃないかい?
祀るには、いますが如く、つまり死者がそこに現にいるように、誠心誠意努めるべきだ。見栄を張る場合じゃないってことだ。まったく、こんなことをしてたら、うちのばあさん、棺桶の中でも落ち着いて眠ってられなくって、ゾンビみたいに起き上がってきちまうに違いないぜ。冗談じゃねえってんだ。
読者諸君、失礼する。ぷんすか

2013/01/23

Post 706 Mement Mori

Tokyo
案の定、祖母が死んだ。お客さんと一杯やっている時に知らせが入った。
どんな人間も、いつ死ぬかはわからない。もちろん俺も。
だからそこ、毎日触れ合っている人に対して、真剣に向き合う必要を痛感する。
俺達は、自分も誰も彼もが、いずれは死ぬ存在だということを、往々に忘れている。
読者諸君、失礼する。南無阿弥陀仏。