2013/02/02

Post #715 金は無いけど平穏無事

HomeTown
ここんとこ、税金を払ったり、葬式代の負担を求められたり、自動車保険の免責料を払ったりで、ホントーに金がない。いや、まったくもって驚くくらい金がない。
正直言って、ここ何年かで最悪のピンチだ。しかし、強がりを言えば、あんまり資産があったって、殺されたりしちゃかなわないからな、俺は金がないとかブー垂れているくらいが性に合ってるんだろうな。
超ハイパーインフレの挙句、国家財政が完全に破たんして、国庫に2万円くらいしかないというジンバブエといい勝負だ。財布の中身は恥ずかしいほどだ。小学生のほうがよっぽど持っているだろう。
まぁ、もう何日かすると売掛金が入金されてくるから、問題ないと言えば問題ないんだが・・・。
そんなわけで、今日は一日引き籠って家で大人しく暮らした。平穏無事だ。何だか天気もパッとしなかったから、出かける気にもならなかったしな。それに出かけると、お金が無ければ、カードを使えばイイじゃないのってカンジで、ついつい負債を拡大させてしまいかねないんだ。そう、おれは自制心の弱い男なのさ。
けれど、俺も伊達に長生きしているわけじゃない。金が無くて家でゴロゴロダラダラしていても、いろいろと暇潰しの材料は揃っているんだ。かまやしないさ。まさに平穏無事な生活だ。どうせ現場が始まれば、またクレージーな日々が始まるんだ。今のうちにせいぜいのんびりさせてもらうさ。

そんなわけで、読者諸君、失礼する。布団にもぐりこんで、写真集でも見るとするかな。

2013/02/01

Post #713 風通しが悪い

Osaka
社会の風通しが悪いような気がする。
陰湿化するいじめ、指導的な立場にある人々による体罰。大企業では、もう使い道のない人々を、追い出し部屋と呼ばれる部署に配置し、嫌がらせのようなことばかりさせて、自分から辞めるように追い詰めていく。貧乏人は顧みられることもなく、資産家はぶち殺されて、山に埋められる。挙句の果てには、男と付き合っていたことが発覚したアイドルが、自ら頭を丸めて、ネットで謝罪する。年頃の女の子が男と付き合うのが謝るべき罪だということを、俺は初めて知った。本人が好きでやってるんだったら、かまやしないけど、好きでやるのと、状況に追い詰められてやるのは、似て非なるものだとおもう。閉じた集団の中では、論理は容易に倒錯してしまい、人間は傍から見るとトチ狂ったようなことをしでかす。
痛々しい限りだ。いやむしろ、生理的な嫌悪感すら覚える。
偉大なる戦争写真家、ロバート・キャパの代表的な写真の中にも、頭を刈られた女が群衆に追い立てられる写真がある。
女は、ナチスドイツ軍によって占領されていたフランスのシャルトルに暮らしていた。そしてドイツ兵の愛人になり子供をもうけたのだが、連合軍によってドイツ兵が去っていくと、街の人々によって、その母親もろとも頭を刈られ、まだ赤ん坊に過ぎない子供を抱いたまま、人々の間を引き回され、さらし者にされたのだった。俺はふと、そんな写真を思い出し、嫌な気分になった。
体罰についても、俺は独自の見解を持っている。
アレはある意味、21世紀に生き延びた大日本帝国軍の亡霊なんじゃないかと思っている。上官同様、絶対的な権力を持った者が、抵抗できない者を、指導と称して痛めつける。戦争同様、試合に勝つために痛めつける。バカバカしくて腹が立つぜ。単に指導能力がないだけなのに、それを指導と勘違いしている。
そして、先輩は後輩を殴り飛ばし、後輩はじっと耐える。そしてその後輩がさらに後輩を持つことになった時、同じように後輩を殴り飛ばす。後輩は抵抗することも抗弁することも許されず、殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、罵詈雑言を浴びせかけられる。
しかし、そんな風に成長してきた体育会系の若者は、どうにも企業のお偉いさんの好むところだ。日本の社会そのものに、陰湿な暴力が満ち溢れて、蠢いている。能力の劣ったクソ野郎を踏みつけ、追いやり、軽蔑しながら金儲けできる厚顔無恥な奴らは企業の皆様にも大人気だ。根性があるということで引く手あまただったのさ。
まぁ、俺も若い頃は現場でさんざん殴られたもんだけ。そして、俺自身も舐めたことやってる若い衆に、30メートルの助走をつけて安全靴キックを思い切り喰らわせたこともある。あまり大きな声では批判できぬな。
けれど、この国はいつからこんなになっちまったんだ?冗談じゃないぜ。
このどこか風通しの悪い社会には、澱んだ空気が満ちている。まるで、どこかの国の大気汚染のように、見通しが立たない。しかし、そんな社会をつくったのは、他ならぬ俺たち自身だ。 

2013/01/31

Post #713 世の中が悪くなっている!

Tokyo
最近、メディアでは歴史認識(なんかこれ自体が胡散臭い言葉な気もするが)などに関して、いわゆる愛国的な日本人の皆さんの意向に沿わない発言をする人を名指しして、国賊だとか売国奴なんて非難する言説を目にする機会が増えたような気がする。
週刊誌やネットニュースは、特定の個人をそのように非難し、それによって読者の溜飲を下げているのだと言わんばかりだが、どうにもそんな風潮が俺には鼻につく。世の中が悪くなっていると、つくづく実感するぜ。
この手の言説は、どうにも俺には昭和初期から戦中にかけての言論弾圧を思い起こさせて、生理的に嫌悪感を感じるのだ。

国賊?

売国奴?

一体ぜんたい何時代の話しだよ?
今にきっと非国民だとかいいだすに違いないぜ!
冗談じゃない、笑いが止まらないぜ。大政翼賛会にでも入ってるのかい?
いいぞ、進め一億火の玉だ!
欲しがりません勝つまではだ!

俺は思わず吹き出しそうになる。そんな時代がかった言葉を持ち出してきて、どういうつもりなんだろう?俺達は21世紀に生きているんだぜ。国賊とか売国奴とか、とっくにカビの生えたような不愉快な言葉を軽々しく使うなんて、ジャーナリストとしての資質を疑ってしまうぜ。
まったく、マスコミ自体が2chみたいになっているんじゃないのかい?
戦争というものは、いつの時代でも、他国の住民を大量に虐殺したり、女性を強姦したり、性的に搾取したり、住民を強制労働させたりするという側面を伴っている。それはどんな大義名分があろうとも、必ずや大なり小なりありうることだ。もっと言うなら、戦争とは自分の国の国民を他国の軍隊を使って殺戮することだ。
だからこそ、俺は日本国憲法第九条こそ、易々と変えるべきではないと思っているんだ。何故って、紛争解決の手段として、戦争を行う権利を国に与えていない以上、俺たち日本人が、二度とよその国の住民を虐殺したり、強姦したり、奴隷にしたりしなくて済むんだ。人間のなかにはそういう禍々しい本性が潜んでいる。それを戦争という手段を禁じることで、封じ込めているんだからな。俺は、人のイイ親父さんが、戦争に行った途端に、目を三角にして、他国の人間をぶっ殺したり、他国の女性を強姦同然にやりまくったりする姿など、決して見たくない。
俺は死んだおばあさんから、大陸でおこった目を覆いたくなるような話を、たくさん聞いて育った。
だからこそ、戦争なんて御免だ。
しかし、いまどき、そんな事を言うと、国賊とか売国奴と言われるんだだろうか?
メディアが権力のウォッチドッグを自認していたのは、もう遠い昔の話しなのかい?
奴らは戦争中、自分たちの先人たちが、大本営発表を鵜呑みにして、嘘っぱちの報道をして戦争の片棒をかついできたことの反省なんて、すっかり忘れているに違いないぜ。
だからって、戦前に先祖返りしたみたいな昨今の言説は、目に余るってもんだ。いや、まるで右翼の街宣車の演説みたいだ。民度が低いぜ。
自民党政権や石原慎太郎なんかの言うことに異を唱えると、反日的日本人だの、国賊だの、売国奴だの言われちゃ、たまらないってもんだろう。そういう事を言わないのは、反日的新聞として悪名高い朝日新聞だけかい?ふふふ、俺はこれからも朝日を購読し続けるぜ。
この手の言説を弄するバカヤローは、自分を完全に正しいと信じているんだろう。一体ぜんたい、この人たちは何の権利があって、自分と意見の異なる人物を国賊や売国奴、はたは戦犯呼ばわりしているのだろーか?
この手の連中に限って、自分たちの言説が非難されると『言論の自由』を護れとかいうに違いないぜ。目に浮かぶさ。安全地帯から、他人を狙い撃ちし、貶める、それは俺には卑劣な行いに感じられるぜ。ただ単に時代の雰囲気に迎合した事を書いてるだけで、正義漢ぶるのは止めにしてほし―ぜ。2chよりも、右翼の街宣車よりもたちが悪いぜ。

自分と意見が違う人間を、排除するのは簡単だ。
しかし、それでは私たちはどんな未来にも辿り着くことはできない。
客観的で科学的な事実を拾い集め、正々堂々と意見を戦わせ、真実に迫ってゆくべきだ。それを軽々しく、国賊だの売国奴って、言論人としてレベルが低すぎるぜ。噴飯ものさ。
民主主義の基盤には、『君の意見には反対だが、君が意見を述べる権利を、私は必ずや擁護する』という精神がある。
素晴らしいぜ。俺は民主主義者でいたいからな。国家主義者や大政翼賛会みたいな連中から褒められるよりも、国賊とか非国民とか言われた方が、民主主義者の勲章のような気すらしてくるってもんだぜ。
読者諸君、失礼する。日本はいつから軍国主義国家になっちまったんだ?