2015/01/23

Post #1388

Ratnanagar,Nepal
煙草が不味く感じられて、とうとうやめる潮時がきたのかとも思う。
残念だ。渋い面で煙草を吹かして歩くのは、嫌いじゃなかったんだが。
胃袋が縮んでしまったようで、少し食べてもすぐ腹がいっぱいで苦しくなる。
もともと細いのに、ますます痩せてしまったよ。
いろいろと、俺の身体は変調しているようだ。

今年の正月に、このブログに新たにアクセス解析を導入してみた。
そうすると、如何に少数の人々に支えられているかがよくわかる。
かたじけない。

俺は、ほめられると力が出るタイプなので、そういうことがわかってくると、なんだか元気がなくなってしまう。結構長いことやってるのに、人気がないんだなぁ俺、ってがっくりしょんぼりするのさ。

最近のアクセス解析ってのすごくって、どの市町村から、どんな端末のどんなブラウザーで閲覧してるかとか詳細にわかるようだ。まぁ、わかったからといって、どうこうするもんでもないが。
俺は本当は、写真を見ながらあんときはどうだったんだとか君と話したいし、君と一緒に冷たい風の吹く街を歩きながらシャカシャカとシャッターを切って、君を驚かせたりしたいんだが、こうお互いに顔の見えない一方通行じゃ、どうしようもない。
サルのせんせんずりと馬鹿にされているのさ。

しかし、意外な事実も分かる。
半分くらいのセッションで性別がわかったようなんだが、その6割が女性だった。
しかも、女性は男性の3倍くらいの時間をかけて読んでくれているようだ。
おまけにいうと、女性は男性の3分の1くらいしかいないんだが、セッション時間では男性の4倍強だという。
統計を取っている期間と、いかんせん俺のこのクソブログの閲覧が少なすぎるので、どこかに特異な読者がいるだけで、大きく傾向が変ってしまうのだろう。

しかし、女性の方がしっかり読んでくれているというのは、意外だ。

はっきり言って俺はこのブログ、どうせ、ごく少数の野郎しか読んじゃいないと思っていたんだ。いつ辞めたって何の影響もないくらいに思っていたのさ。実際にコメントくれるような人は、たいてい2、3人に限られてるしね。
女性の読者なんて、嬉しいけど、想定もしてなかったよ。
たいていの女性ってのは、一度見てみますねって、笑顔で言うけど、まず見てくれないってのが、俺の経験に基づく実感なんだ。

はっきり言って、もう、期待すらしなくなっていたよ。

しかし、そうなると問題だな。すこし下品な表現を控えないといけないんじゃないか?
気にしないタイプの心の広い女性ならいいけれど、いまどきいろいろやかましいからな。

しばし、脳内にて検討。

まぁ、どうでもイイか。実際にコメントとかくれるわけでもないしね。
俺が気になるあの子は、読んでくれないだろうし、どうだってイイさ。
だいたい、かみさんだって読んでくれないんだぜ。

読者諸君、失礼する。いろいろうんざりしてて、どこかにふらりと出かけたい俺だぜ。シリアとかは遠慮しておくよ。

2015/01/22

Post #1387

Kathmandu,Nepal
俺は本当は、世界のことなんかお構いなしで、自分の小さな利益、幸福、快楽にしか興味なんてないという生き方のほうが、人間としてはるかに健全だと思ってるんだ。
だから放蕩者に憧れる。快楽主義万歳だ。

俺のように、自分ではどうにもできないことについて、分不相応に憤ったり、悲しんだり、自分にいったい何ができるのかなんて考え込んでしまったりするのは、あえて背負わなくてもイイ荷物を背負って歩いているようなものじゃないか。違うかい?
眉間にしわを寄せてそんなことを考えていたって、女の子には相手にしてもらえっこないのさ。

そりゃ俺にだって、世間様並みに自分の小さな利益、幸福、快楽を願う気持ちはあるさ。むしろ、人並み以上かもしれないぜ。
けど、自分が幸せを感じようと思ったら、自分の身近な人たちにも幸せになってほしいと思うのが、人情ってもんでしょう?
で、その身近な人たちにも、俺の知らない身近な人たちがいる訳で、俺の知らない身近な人の縁者が幸せでいてくれないと、俺の身近な人は幸せではいてくれないに違いないと思うわけだ。それをどんどん広げていくと、世の中にどうでもイイ人間なんて一人もいないってことに気が付いたのさ。なんと小学生の頃にね。

子供の理屈だって?

そりゃそうさ。子供の考えてたことだ、子供の理屈で当然だろう?

子供の頃の俺は、自分が生きているうちに、世界が滅びると思っていた。
当然、自分は生き残りたいと思ったんだが、自分ひとりじゃどうにもならないって気が付いたのさ。
家族、親戚、友人、そのまた家族、親戚、友人・・・。
自分一人が生き残るためには、いまでいうFaceBookの友達の友達みんなが生き残らないと意味がないって思ったのさ。
それを敷衍していくと、世界中すべての人が、世界の破滅的な終焉から救われないと意味がないという結論に達したわけだ。
子供心に、気が遠くなったよ。
まったく、ひょろひょろした色白の坊やの頃に考えたことが、この年になっても自分を縛っているんだなぁ。三つ子の魂百までとは、よく言ったもんだぜ。

御幼少のみぎりから、そんな分不相応な考えを持っていたために、大学に入ったばかりの若いころ、カルトな、いやむしろSF小説をそのまま現実化したような奇妙な宗教にハマって、家を飛びしてしまった。ついでに大学も辞め、割のいい人生からドロップアウトしてしまった。
その挙句、貴重な青春時代を禁欲的な修行の日々と、霊界闘争という幻想に費やしてしまった。酒もタバコもギャンブルも、女っ気も無し。ついでに言えばプライバシーも金もなしという青春時代だった。
さすがにうんざりして現実社会に復帰してからも、ロクな仕事にありつけず、筋が通らないと戦いを挑み続け、その都度敗北を重ね、すっかりひねくれてしまった。
で、今は政治や社会について憤ったり、社会の理不尽に憤慨したり、世界で起きてるクソみたいな現実に悲しんだりするような、身の程知らずな阿呆なおっさんになってしまったわけだ。

みんなが愉しそうに歩いているのに、自分だけ重たい荷物を担いで、三白眼で前をにらんでいるようだ。まったく、バカバカしいったらありゃしないよ。

そんな事ばかり気の向くままに書き散らしてるおかげさんで、このブログは誰の興味もそそりはしない。ごく少数の知り合いを除いて、誰にも気付かれない。
グルメ、ファッション、利殖、スポーツ、セレブの生活、そしてセックス・・・。
そういったごく普通のことについて書いていたなら、もっと君たちに気に入ってもらえたことだろう。
もっと人気者でいられただろうし、自己満足もしただろう。
しかし、俺にはそれは難しい。残念ながら。俺にはこんなことしかできないんだ。赦してほしい。

読者諸君、失礼する。とはいえ出来る事なら、自分の利益や快楽にしか興味のない、まっとうな社会人でいたかったよ。そんなのつまらないって?大丈夫さ、今でも十分つまらない男なのさ。

2015/01/21

Post #1386

Patan,Nepal
イスラム国が、日本人の人質を殺されたくなければ、2億ドル支払えと言っている。
猶予は72時間。すでに20時間ほどが経過している。
2億ドルもの金を、日本政府が払うとも思えない。しかし、何らかのコネクションを通じて、交渉を試みているんだろう。その結果がどのようなものになるのかは、一市井の無頼漢たる俺には、とやかく言う資格はない。
出来る事なら、こんな話題は避けてしまいたかったんだが、触れておかないのは、言いやすいことだけ言って、言いにくいことは言わないというようなご都合主義の香りがするので、何も言えないと思いつつも、触れておくことにする。
もちろん、俺はそんな事より、かわいいおねーちゃんのことで考えて悶々としている方が、自分らしいとは思う。


この件に関して俺は、青い空と石ころしか転がっていない土漠に、独り途方に暮れて立ち尽くし、途方に暮れたような、悲しみと無力感の入り混じった奇妙な気分を味わっているのだ。
わかってもらえるかなぁ・・・。


どのような結果になろうとも、それによってイスラム教徒の人々を自分たちの社会から疎外するのは過ちだ。もちろん、恐れたり、おもねったりする必要もないけどね。

つまり、ちょっと文化の違う隣人として、普通に接するべきだということだ。
疎外することは、中長期的に見て何も生み出さない。
むしろ、疎外は憎悪の源になり、憎悪は新たなトラブルの源になる。
つまり、恐れたり憎んだりすれば、それはいつの日にか、何倍にも増幅されて自分たちのもとに、戻ってくるということだ。ブーメランみたいなものさ。

今回の件に関しては、なぜあの民間軍事警備会社の男性は、イスラム国の支配地域に潜入したのだろうか?というそもそも論的な、素朴な疑問が尽きない。チャック・ノリスやランボーだって、独りであそこに潜入しないだろうって思うぜ。
人相体つき、醸し出す雰囲気から察するに、今日まで傭兵として、世界の戦場を人知れず渡り歩いてきたといった風情など微塵もない白面郎に見えるのだが、どうだろうか。

以前読んだ報道では、自らの会社の事業に関する経験を積むため現地に赴いたと報じられていた。
箔をつけるというか、ある種の功名心があったのだろうか。あくまで記憶の範囲だけれどね。
しかし、理由はどうあれ、考えれば考えるほど、あまりに無謀だとしか言いようがない。アメリカも、軍やCIAなどから、かの地にエージェントを送り込んではいるだろうが、何のバックアップもない個人が、単身乗り込むには危険すぎたってことだ。
もちろん、彼個人をバッシングする気もなければ、自業自得だの、自己責任だのと切って捨てる気もないのだが、いささか現地の状況に対して、認識が甘かったんだろうなぁと思う。

そして、民間警備会社の男性を救助するために現地に向かい拘束されたジャーナリストの男性は、現地の事情に詳しく、報道によれば何らかのコネクションも持っていたにもかかわらず、今回のような事態に直面してしまった。
その志は称賛されるべきかもしれないが、支配地域と巨大な資金、そして強大な武力を保持した狂信的な集団に対して、徒手空拳で交渉を図るというのは、いささか彼個人の力量を越えたものであったんだろう。

俺は常々、仕事絡みで『別に命まで取られるわけじゃないんだ、どんとやれ!』と思うことにしているのだが、この場合、一歩間違えたらフツーに命が取られてしまうので、なかなかどんとやる気にはならないだろうよ。
そういう意味では、彼らの無謀さと裏腹な行動力には、正直感心してしまう。
自分なら、あんなふうに出来るのかと問われれば、無理って即答するよ。
いかに志があろうとも、あれで処刑されてしまったら、元も子もないんだよ。無駄死にだ。無念すぎるぜ。

読者諸君、失礼する。どのような結果に落ち着くのか、俺には皆目見当がつかない。しかし、なんとか彼らが無事に帰ってくることが出来ることを祈っているよ。