2015/02/16

Post #1412

台北、台湾
日々の仕事に倦み疲れている。

いずれは死んでゆくこの身なら、生命を繋ぐためだけに働き続けることに疑問を感じるぜ。
仕事には矜持を持ってやっているつもりだけれど、世界のためにどうしても必要な仕事って訳でもないだろうって、心の中で声がするのさ。
好きなことだけやって、困窮して死んでしまっても、かまわないような気すらする。
ヤバい。人間として根腐れてきやがった。
睡眠不足と働き過ぎは心と体を確実にむしばむのさ。
いつもお馴染の、胸のなかの灼熱の塊が、赤黒く光りながら胸のなかで爛れているのさ。

自分ひとりの時間が欲しいんだ。
お喋りもたくさんだ。
女のことを考えるのも、シャットダウンしたい。

そう、暗室に引きこもって、自分の写真を通して世界そのものと向き合う時間が欲しいのさ。
新聞もネットもTVも、もうたくさんなんだ。
どうせロクな話はありゃしないんだから。

俺は遠い目をして、自分の写真について考える。

ごく少数の皆の衆にしか、見てもらえないつまらない写真だ。
だけれど、俺にはかけがえのないものだし、けっこうおもしろく感じてるのさ。


キレイな写真や、見たものを驚かせるような写真は、撮りたいとも思わないし、自分に撮れるとも思わない。
そもそも、こんなブログをやっていても、写真を気に入ってもらえるようなことは、ごくまれだ。

写真ってのは、そもそも表面しか写らない。

だれしも写真で問題にするのは、その表面だ。

美しい街並み、美しい女性、美しいおっぱいやヘアヌード、美しい海や山、美しい花々、美しい色彩、美しい階調、そして何より美しい光・・・。

結構だ。それは俺以外の大勢の人々にお任せしよう。そう、それで何にも問題ないだろう。

本当に俺が関心があるのは、そもそも写真には映らない人間や物事の内面だ。

それを真実、実在ともいう、ということにしておこうぜ。

美しい街並みよりも、人々の生臭い暮らしの息吹が伝わってくるような煤けた町並みが好きだ。

美しい女性の顔やハダカよりも、その女性の内面を知るのが好きだ。
美しいからといって、内面もまた美しいとは限らないだろう?
写真から、その人が内に秘めた欲望や狂気が立ち上るような写真が撮りたい。その人が抱えた悲哀や愉悦が迸るような写真が撮りたい。
それらはもちろん、目には見えないものだ。

美しい海や山、それにはそもそも興味がないのさ。

美しい花々、それは剥き出しになっている植物の生殖器。

美しい階調よりも、強烈な陰影を描くコントラストが好きだ。

そして、これだけは譲れない美しい光。
光によって際立つ闇。

俺が写真でとらえたいのは、並の写真には映らない美しさ。

ドブネズミみたいに 美しくなりたい
写真には写らない 美しさがある

ブルーハーツの大昔の歌のような美しさ。

俺が写真でとらえたいのは、そんな矛盾したもの。

読者諸君、失礼する。そりゃ俺だって、きれーなおねーさんの写真とかも撮りたいんだぜ。
けど、そいつにゃ相手が必要だろう?俺の性には合ってないのさ。
そもそも、きれーなおねーさんと二人っきりなら、写真を撮るよりも他に、やるべきことがあるはずだろう?
残念ながら、俺は草食系ではないんでね。

2015/02/15

Post #1411

シーナ、さようなら・・・。
朝、いつものように仕事を終えて帰宅する。
レンジで食事を温めて、くだらない政治の動向や気分が悪くなる犯罪ばかりが報じられた新聞を見ながら飯を食う。
侘しいものだ。
新聞の黒枠記事に目を落とすと、シーナ&ロケッツと書いてある。
日本の誇る最強ロックンロールおしどり夫婦、鮎川誠とその妻シーナ。それこそがシーナ・アンド・ザ・ロケッツ(以下シナロケ)だ。シナロケは、鮎川がシーナに出会い、彼女に歌を歌わせるために作ったバンドなんだ。

そのシーナが亡くなった。
享年61歳。
子宮頸癌だった。

俺は、それを見て一瞬意味が頭に入ってこずに、ただ『えっー!えっー!』と叫ぶしかできなかった。
人は誰しも死んでしまうものだけれど、とても悲しいよ。
俺の好きな人たちは、次々あの世に行ってしまう。

今から30年ほど昔のこった。
当時モヒカンパンク野郎だった俺は、地元のライブハウスで知り合ったパンクの女の子二人が、東京にアパートを借りて暮らしているというので、遊びに行ったんだ。
場所はもう覚えていないし、彼女たちの名前だってもう忘れてしまったよ。
覚えているのは、そのうち一人はとっても小さくて気の強い人だったってのと、もう一人はけっこう大柄でグラマーなおねーさんだったってことだ。
いまの俺なら、年上(といってもまだ二人とも10代だったろう)の女の子二人、しかもまったくタイプが違うおねーさん二人と、おんなじ小さな部屋で眠るなんて、絶対朝まで眠らないだろ、やってやってヤリまくるぜって思うけれど、当時の俺はモヒカン刈りのイカレチンポだったにせよ、なんせ10代の小僧だ。ロクに経験もないんで、そんなこともなく、眠くなるまでロックの話をしていたっけ。
そして、その時彼女たちから聞いたのが、シーナと鮎川誠が、ベビーカーを押して歩いていたのを目撃したという都市伝説のような話だった。

シーナはステージ衣装のようなド派手な格好で、真っ赤な髪を逆毛にしてベビーカーを押していた。そのすぐ横を長身痩躯でサングラスの鮎川誠が、気遣うように寄り添っていたという。

カッコE!そんなぶっ飛んだカップルがこの世にいるのなら、いつか結婚して子供を持つのも悪くないと思ったよ。

まるで、シーナが歌った歌のようだ。

ROCK ON BABY
~ロックの好きなベイビー抱いて~

♪ロックの好きなベイビー抱いて
 可愛いママが行く


 この子が二十歳になる頃には
 この世はきっとよくなってる
 だからしばらくママとおまえで
 がんばろうね がんばろうね
 ロックで笑うおまえを見ていると
 勇気がいつもわいて来るから

 愛したから おまえが出来て
 愛があるから おまえを産んで
 いろいろあれこれ言われたけれど
 ロックでこの世がまわるまで
 人間信じてがんばろうね

 ロックの好きなベイビー抱いて
 可愛いママが行く

 まだまだ醜いこの世だけれど
 やがてはいつかまともに変わる
 悩み合っても 得はないから
 笑っていようね 笑っていようね
 ロックで眠るおまえに触れると
 心がひとりで踊り出すから

 愛したから おまえがここに
 愛があるから おまえとともに
 明日も未来も 必ず来るよ
 ロックで話が出来るまで
 人間愛して笑てようね

 ロックの好きなベイビー抱いて
 可愛いママが行く

(作詞:阿久 悠、作曲:鮎川 誠、1994年)

この曲からもう20年以上経つけれど、残念ながら世界はもっとひどいことになっている。そして、シーナも死んでしまった。

スラリとしたスタイルに、頬骨の張った気の強そうな顔立ち。
そして、すこしハスキーだけど芯に甘くコケティッシュな響きを持ったその声。
エネルギーに溢れてて、突っ張ってるけれど、実は甘えん坊で寂しがりな女性を想いおこさせる。
俺の女性の好みとしては、どストライクだ。
むしろ、御幼少のみぎりに刷り込まれたシーナの印象って、俺の女性の好みに大きな影響を与えてると思う。

今でも、ふっと彼女の歌のフレーズが口をついて出てくる。

♪どーしても逢いたい いま
 どーしても逢いたい すぐ
 どーしても逢いたい いま
 どーしても逢いたい すぐ
 KISSしたら 気付くでしょう
 運命(さだめ)が指さす女は私

(DO SHITEMO AITAI ~どうしても逢いたい~)
そんなこと、女性に言われたら、俺なら間違いなく運命とやらに従っちまうだろう。
できることなら、そんなことを言って俺を揺さぶるような激しい女性に出会ってみたいもんだって、ずっと思ってたよ。そうこうしてるうちに、無惨にもこんなおっさんになっちまったがね。


♪テクニックじゃない 本能よ
 だから悪女なんて言わないで
 恋と女はイコール
 男の夢の玉手箱

 見せてあげる 聴かせてあげる
 恋の奥の手 とっておき
 初めてつかう十八番
 素敵な恋のマジック

(ABC)
ABCかぁ・・・。モータウンサウンドみたいなこの曲も忘れられないよな。そんなマジックにかかって見たかったさ。

♪しぼって 僕のレモンを
 あなたの好きなだけ
 たっぷり僕のレモンを
 あなたの紅茶の中に
 Ah、ah、ah
 二人で飲みます LEMON TEA

(LEMON TEA)
ヤードバーズのTrain Kept Rollingの替え歌候なレモンティーは、露骨なダブルミーニングのエロソングだったっけ。


♪思い切り愛し 思い切り愛されたいわ
 はだかになるから あなたもハートのドアをあけて
 Ah うまれたままのすがたで
 Ah 自然な気持ちで抱き合って

 遊びの恋の虚しさに やっと今気付いたの
 フワフワ今日まで生きてきて やっと今気付いたの

 遊びの恋の虚しさに 荷物まとめてサヨナラ
 ダラダラ今日までひきずった 遊びの恋にサヨナラ

(A MAIN LOVER ~今夜はたっぷり~)
ああ、シーナ・・・。女の子に対するときは、ハートのドアを開け放つことを教えてくれたのは、あなただったよ。ありがとう。

読者諸君、失礼する。シーナの歌声を聴いていたら、悲しくて悲しくて、涙が止まらない。もうこれ以上なにも書いてられないよ。シーナよ、お疲れ様。よくがんばったね。安らかに眠っておくれ。
RIP

2015/02/14

Post #1410

Zagreb,Croatia
昨日とは打って変って、軟派に行かせて頂くぜ。
毎日難しい顔してたら、皺が増えちまう。ますます女の子に相手にしてもらえなくなるぜ。
巷ではヴァレンタイン・デーらしい。なんとなく、それっぽい雰囲気を感じさせるような写真を乗せてみた。満面の笑顔でチョコでも配ってくれそうだ。
結構なことだぜ。

俺が仕事上のホームグランドにしている名古屋の百貨店も、年に一度のヴァレンタイン・デーだっつうんで大盛り上がりだ。毎日特設会場でチョコレートが何億円も売れまくっているらしい。時には一日で10億円を超える日もあるそうだ。
さぞかし笑いが止まらないこったろう。

世界中に女は何十億といるだろう。
そして、イイ女も何億といることだろう。
ザグレブ、パリ、アムステルダム、カトマンズ、バルセロナ、香港、台北、マラケシュ、イスタンブール、シンガポール、プラハ、ブダペスト、東京、大阪、名古屋に京都・・・。
思い起こせば、どこに行ってもイイ女はいた。
瞬間、胸がときめいた。
胸のときめきのままに、掠めるようにレンズを向けてシャッターを切った。

けれど、それだけだ。

それだけのことだ。うぅっ・・・。

縁がなければチョコもらったりはできないし、その甘やかな唇を吸うことも出来ないのだ。

20年一緒に暮らしている内縁のカミサンとの間には、そんなイベント、久しくないしな・・・。
夜毎繰り広げられる漢だらけで埃まるけの世界には、そんな潤いなんてあるわけもない。右を向いても、左を見ても、むさくるしいが愛すべき男たちばかりだが、俺も含めて世間の女性の皆さんから、相手にされそうもない。

毎年、すこし寂しいビターな想いを噛みしめる俺なのさ。

読者諸君、失礼する。俺にはしょせん、お腹がすいたらスニッカーズとかがお似合いなんだ。解かってる、解かってるけれど、泣けてくるぜ。