2026/01/23

POST#1738 ノブちゃんの13回忌

世界の街角から 今日はヴェトナム、ホイアンの街角から
さて、話の続きだ。
回復著しいからとっとと退院してほしいという病院側を、包括ケアという名目で、住処を見つけるまで何とかもう少し置いてほしいという、両者のつばぜり合いをしていたら、ありがたいことに親父が菌血症になってくれたおかげで、住処を探す時間ができた。二月の半ばごろまで入院することになるということだ。
あの病気は面倒なんだ。症状が治まったと思って退院しても、横着するとすぐ発熱する。つまり、血液の中で菌が増殖してぶり返してしまうのさ。
この時点で去年2025年の1月20日。
俺としては、猫を保健所送りにするか、誰かに押し付けるかして、今の資産家の未亡人の部屋をとっとと引き払いたいんだ。一月中に。
これが他人事だとみんな思っているだろう。
だけど、人間は誰だって老い、衰えて、死ぬ。
そうすると膨大な量のガラクタが生じる。生きてる頃は生活必需品だったり、衣服だったりしたものがガラクタになるんだ。俺たちの人生は、直言すれば苦労して働いて、ガラクタをため込んでるようなもんだ。
こいつを片付けるってのは、残されたものの務めになってしまう。
他人事ではないんだ。
美しい人も、勇ましい人も、抜け目ない人も、いつかは老いくたばる。世の中死と税金からは逃れられんのよ。
俺は自分の会社の名義でレオパレスでも近所に借りてそこに放り込むことも考えた。しかし、それは単なる問題の先送りに他ならない。
弟は、損害保険の仕事のつてで、家財などの処理業者に渡りをつけてくれた。月予備の朝、来てくれることになった。よし、絶対に一月中、いやこの週末にけりをつけてやる。
あとは猫だ。
その問題が解決しないまま、1月25日の土曜日にノブちゃんの13回忌があったんだ。

信行寺という馬次郎さんのころからのお寺で法事は行われた。なんせ、仏壇はゴミ屋敷のなかだ。しかも、創価学会の仏壇があり、俺は母親の淑子さんが死ぬ前に創価学会にすがっていたので、創価学会が嫌いだった。当時は折伏とか言って彼らは熱心に布教していたし、母親を亡くしたばかりの中学生の俺に、母親の遺志を継いで学会員になるように家に押しかけえ来たりもされた。

俺は親父の家から救い出しておいた繰出し位牌と写真を持っていくことにした。あと、京都で買った牛骨を髑髏に彫って連ねた数珠とね。こいつは傾いてる。イカすぜ。

今回は俺を長男とした4人の兄弟のうち、3人がそろう。この三人が中心になって今回の一連の父の問題に取り組んできた。
俺の親父は法事が大好きだった。法事を行うといえば、親族が集まる。その中心で気分よく振舞うことができる。で、そのたびに料理屋で一席設け、皆にふるまう。ご機嫌だ。孤独な老人の楽しみだ。
俺は、そんな大盤振る舞いする余裕なんかないことを知っていたから、もう死んで何十年もたつような人の法要を行うのはやめようと父に言い続けてきた。
で、十年ほど前に一度、これからは法事はお前に任せるといって、俺が取り仕切ったことがあったのだが、この時には裏があった。
お寺から檀家に、本堂修復のために一口10万円也の寄付を求められていたのだ。たしかノブちゃんの三回忌だったんじゃないかな。
仕方ない。俺は金を工面して金封に包み、おっさま(俺の住んでいるあたりじゃ、浄土真宗のお坊様をおっさまと呼ぶんだ)に渡した。
そして父には、以後、法事はすべてお前に取り仕切ってもらうということを約束したんだ。
そう、何十年もたった人の法事はしない。法事の後に会食はしない。そもそも今時、車で来る人ばかりだから酒も飲めないし、親戚同士とはいっても、いろいろな確執もあって、責を共にしたくない人もいる。質素倹約、死者を想い出して悼む心をもちよれば十分だ。
しかし、そののち親父は、俺に黙って俺の母の淑子さんの三十三回忌をやりやがった。
すぐ下の弟にだけ告げて、お寺で俺の母親の法要をやりやがったんだ。
以来、親父とは断絶していたんだが・・・。
しかし今回は、親父は入院中でいない。あらためておっさまにあいさつし、今後とも良しなにおつきあいくださるようにお願いしてきたわけだ。

さて、自分が自分がという親父がいないと、あっさり終わる。
あっさり会食もする気もなかったので、遠方の叔父さんには、自分がしっかり務めるからお任せくださいと言って、来なくても大丈夫なように計らっておいた。年金暮らしなのに、新幹線に乗ってきて、わざわざ寒い思いをしてお経を聴き、お布施も出しておきながら、会食も無しなんて申し訳なさすぎる。
叔母たちの中には、物足りなさそうにしている者もいたけれど、久々に盛り上がりたい人たちはめいめいでやってくれたらいいんだ。
こっちは、親父の病院代がいくらかかるかわからないし(高額医療費請求があるからそこまでひどくはならないだろうけどね)、どこか住むところも探さないといけない。家財道具を処分するのもそこそこ金がかかる。どんどんノブちゃんに似てくる叔母たちに大盤振る舞いすることはできないんだ。
終わった後は、埼玉の奥地からやってきた弟もつれて、兄弟で親父のアパートに行った。
この時だ、弟が猫を埼玉の自分の家に引き取ってもいいと言ってくれたんだ。
素晴らしい!君こそMVPだ。
それともノブちゃんの13回忌をやったことで、あの世からノブちゃんが計らってくれたのか?
俺はさっそく、弟と近所のホームセンターに向かい、肩から下げられる移動用のケージをカードで買い、二人で猫を捕まえに行ったんだ。

2026/01/22

POST#1737 読みかけの本を閉じるように

紀州熊野

俺の親父の生への執着には、恐れ入る。
俺は、別にいつ死んでも構わない。
この先なにかやるべきたいそうなことや、やり残したようなこともない。
幼い息子は息子で、自分の人生を歩むだろう。
たんと苦労するがいい。
彼はうまくいけば22世紀までたどり着けるだろう。

読みかけの漫画を、ふと嫌になって読むのをやめるように、その時が来たらあっさりと死んでいくつもりだ。死んでからのことを心配しても仕方ない。
できることなら、中世イランの科学者で詩人であったオマル・ハイヤームのように死んで行きたい。
手元にある平凡社ライブラリー『ルバイヤート』はオマル・ハイヤームの詩集であるが、訳者の岡田恵美子先生によって記されたあとがき(177ページ)によれば、伝えられている彼の死の様子は以下のようだ。

「彼はつねづね金の爪楊枝を用いていた。ペルシアの哲学者アヴィセンナの『治癒の書』を読んでいたが、「一と多」の章まできたところでその爪楊枝を頁の間において本を閉じると、遺言のための公正な証人を呼ぶように命じた。それから遺言を済ませ席を立って祈り、その後すべての飲食を断った。その日の夜、最後の祈禱を済ますと彼は跪拝したまま「おお神よ、私が力の限りあなたを識ろうと務めてきたことを、あなたはご存じです。私の罪をお赦しください。あなたを識ることは、あなたに近づく私の手段だったのです」―そういって、彼は息絶えた」

われらが消えても、永遠に世はつづき、
われらの生の痕跡も、名ものこりはしまい。
わららが生まれるまえ、この世に欠けたものはなにもなく、
われらの死後、何の変化もあるまい。

       オマル・ハイヤーム (平凡社ライブラリー版ルバイヤート78頁より)


蛇足

先日、友人とはなしをしていてふと思いついたんだが、リストカットとかしてしまう人がいる。しかし、かみそりで切った痕は手首に残っていても、思い切って電動丸鋸とかで手首を切り落とす人はいない。みんな、あれは本気ではないんだなって。
本人たちは切実でも、本当は生きて誰かに存在を無条件に受け入れてもらいたいんだな。

そういうことか。

2026/01/21

POST#1736 不死身の男

世界の街角から 今日はカトマンズ

 HCUに入っていて、半死半生の親父にできることは何もないので、俺は仕事に戻ることにした。去年は今年と違って大忙しだった。本当なら今年も今頃大忙しの予定だったが、人生はどこで何が起こるかわからない。

で、週末ごとに病院に行ってみると、いつのまにかHCUから出て、一般病棟に移っているじゃないか。インフルエンザは緩解したようなので、一般病棟で点滴点滴、通路をゆっくり歩くリハビリだと。

豊子さん、豊明さんなら、もうそっちに連れて行ってくれてもいいんだぜ!
ノブちゃんもうすぐ13回忌の法要だってのに、親父のことを守りすぎじゃないのか?

いかにも冗談の通じなさそうな無表情な主治医からは、このまま何もなければおよそ二週間で退院だと告げられた。
冗談じゃない。俺は一月中に親父のアパートを引き払い、どこか住むところを見つけてやらなきゃなと思っていたのに。目算が狂っちまうよ。資産家の未亡人の大家には、ぐだぐだ文句ばっかりこきやがるから、一月分の家賃で5万円現金で押し付けてきて黙らせてきたというのに。ここであのアパートに戻ったら、元の木阿弥だ。また何年も年取った猫と一日中テレビを見て、あれこれ好き放題食いまくる生活に逆戻りだ。
親父に面会すると着替えを用意してほしいという。一般病棟に移ったので、寝間着とか下着とかが必要なんだと。

まったく、俺の親父は不死身なんじゃないか。
いや、もう死んでるけどゾンビなんじゃないか。

俺は病院のケースワーカーさんとの面会を取り付けて、なるべく俺の家から近くて手ごろな金額で入所できる高齢者サービス住宅をいくつか紹介してもらった。
俺は近くに住んでいる弟と連れ立って、高齢者サービス住宅の見学に行ったりした。忙しいったらない。
市役所に行き、老人福祉課で要支援・要介護認定の依頼もお願いした。これがあるのとないのとじゃ、入れる施設も金額も何もかも変わってくる。
それに何より親父の財務状況、それも借金のことをはっきりさせておかなけりゃならない。
俺は、そそくさと親父の埃っぽいアパートに向かった。
倒れた直後に、食料品や生ものなどは処分しておいた。例によって土足で立ち入り、積み重なった書類や書類ケースの中に無造作に突っ込まれた小切手帳、壁に張られた督促状、銀行の通帳、ATMの振込明細、実印、もう使われていない社印と社判、そんなものを山ほど回収した。
年取った猫は、相変わらず押し入れの中に隠れて様子をうかがっている。
銀行の通帳はいくつも出てきた。一体いくつの銀行に口座を持ってやがるんだ。マネーロンダリングでもしてるんじゃないのかってくらいだ。
昔一緒に住んでいた女性の銀行口座に振り込んだ明細も出てきた。くさい。
鋏の入れられた小切手帳、5000万円とかぞっとするような金額が記されているものもある。
これが焦げ付いているんじゃないだろうか?
債権回収会社からの葉書。どうも昔、カードで買い物した金を踏み倒し、それが今や年利14%で雪だるま式に膨れ上がっているようだ。
銀行からの借金は、少しづつ返済し、都度手形を切って返済期限を更新してゆくという、聞いたこともないようなトリッキーなことをやっている。

社会人になったばかりのころ、数千万円の借金の保証人にされて精神的に追い詰められていた経験を持つ弟は、この伏魔殿にはあまり近寄ってこなかった。

ついでに親父の着替えを探してみたが、下着もよれよれ、服も襟や袖がほころんでいる。みすぼらしいったらないぜ。
俺はそれらをすべて市の可燃物のごみ袋に突っ込んで、近所のGUでしこたま下着やラウンジウェアを買い込んだ。GUでこんなに買い物したのは初めてだったぜ。

そうこうしているうちに、親父が尿路感染で菌血症になってしまったという連絡が入った。
その前の年に俺が腎臓結石になったときに発症した奴だ。血液の中に菌が入りこみ繁殖してしまう。悪くすると死ぬ。しかし、病院からは死ぬことはないので安心してください、ただ、退院が伸びますとの説明だった。ベッドの空きがないので、1月末ごろに転院していただきますというありがたいお話だった。
ついでに言うと、市民病院の主治医は親父には要支援も要介護も必要ないという判断を下したんだとさ。俺は肌の白い無表情な若い医師の顔を思い浮かべた。
くそじじいめ、リハビリ頑張りすぎだろう。その生に対する執着はいったいどこから湧いてくるんだ?

俺も頭の上に人魂が飛んで、頓死してしまいたいと思ったぜ。
やれやれ、この憂鬱な話はまだまだ続く。