2011/08/19

Post #279 記憶中枢異常あり

今日は昨日よりも涼しかったんで、プリントも進むかと思ったんですがね、結局仕事のメールだの電話だので、思うように進まないわけだ。とはいえ、懸案のアムステルダムの写真はすべてプリント出来たんだ。勢いでそのままブリュッセルに突入しようかとも思ったんだけれど、新しいフィルムに突入するには、時間的にも中途半端だし、現像液もすっかり疲れ切っていた。初めは無色透明なんだが、披露してくると、黄褐色になる。そうすると、印画紙の黒のノリも悪くなるし、時間もかかるわけだ。さらに言うと、最初15カット焼く予定だったフィルムを見直していると、何枚か焼きたいコマが増えてしまったんで、これをずべて片付けると、今夜程よい時間で切り上げることは無理だなぁ、明後日からの仕事の図面もチェックしたいしなぁ・・・って事情もあった。こう見えて、まっとうな職業人だからね、俺は。
で、やめた。本日、17カットプリント。結局暑くても、涼しくても同じだってことだ。
Amsterdam
最近、自分で気づいて驚いたというか、呆れかえったことがある。
つい先日、俺は自分のつれあいが撮った写真を見ていたんだ。そう、アムステルダムやブリュッセル、それにパリの写真だ。最近お見せしているあたりの写真だ。
うちのつれあいはカラーで撮っているので、サービス版にプリントされていた写真を見ていたわけだ。同じところを歩いていても、写真とはこれほど違うもんかと、いつも驚くんだけれど、今回一番驚いたのは、俺と連れ合いの写真のセンスの違いでは、ない。
確かにどの風景も記憶にあるんだけれど、俺の記憶にある風景には、何ということだ、どれもこれも、色がない。つまり俺の脳みそには、風景がモノクロで記憶されちまってるってことだ。
まいったなぁ・・・。犬じゃないんだから、勘弁してほしいぜ、まったく。
だから、他人の撮った写真を見て、あぁ、この風景、こんなに色鮮やかだったんだと感心する始末だ。ホント、まいったなぁ。いくらモノクロ写真ばかりやっているからって、それはニンゲンとして問題アリじゃないだろうか?
Amsterdam
もともと、俺の記憶はいい加減だ。死んだオフクロの顔など、とっくに思い出せない。暫く合わない人の顔なんか、自動的にデリートされていく。きっと脳みその空き容量を自動で増やすアプリケーションがビルトインされているんだろうよ。
しかし、それぐらいならまだいいさ。冗談みたいな話だが、俺は自分の顔に関しても、しばしば、俺こんな顔だったけ?なんて鏡の前で首をひねっている始末だ。これはまぁ、ゲシュタルト崩壊しているのかもしれないけれどね。
ゲシュタルト崩壊ってのは、うむ、要は脳の中の認識するユニットが疲労してしまうせいで、文字や顔なんかが、これってこんなんだったっけ?って自信が持てなくなるあれだ。詳しいことは、よくわからいけれど、興味があるなら、各々ネットで検索するなりして、無駄知識を増やしていただけると幸いだ。
いずれにせよ、記憶に色がないって、どこか寂しいもんだ。ひょっとしたら、プリントすることで、記憶がカラーからモノクロに上書きされてしまってるのかもしれないがね。
俺の友人の陽ちゃんは、空手家の父親から『写真は、脳の怠慢を招くだけだ。写真などに頼らず、自分自身の脳みそにしっかり記憶しろ、記憶!』と、いまどき無茶なことを言われて育ったおかげで、写真は不要ときっぱり言ってのける凄い男だ。俺は、その話を聞いて『いや、冗談じゃないぜ。そんなこと言ったら身もふたもないもんだぜ・・・、まいったなぁ』って思っていたんだが、自分の記憶から色が抜け落ちているこの現実を前にして、もう少し、しっかり記憶したうえで、記録しなけりゃなと思った夏の一日だったのさ。

読者諸君、失礼する。ブリュッセルの写真をプリントするのが、今から楽しみだ。そのためには、いくつか仕事の山を乗り越えなけらならないのさ。やれやれ、気が重いぜ。

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