2011/08/10

Post #270 London's Burning

ロンドンがエライことになっているようだな。
俺は、ロンドンにはずっと憧れてきた。俺の尊敬するロックスターが次々と現れた街だ。しかし、食い物がマズイというのと、物価があまりにも高いということで、行ってみる気がしなかったんだ。
街の方々で、若者が商店に火を点け、警官隊と衝突し、衣類や電化製品を略奪している。まったく目も当てられない惨状だ。60年代にもイギリスでは、モッズとロッカーズというともに労働者階級に属する若者たちのグループ同士の衝突が発端となり、ブライトンで暴動がおこったりしている。
イギリスは日本なんかとは比べ物にならないくらいの階級社会だ。労働者階級に生まれたものは、よほどの成功を手にしない限り、そのクラスから抜け出せない。ロックスターになるか、サッカー選手になるか、そんなところだろう。
実際に、イギリスの産業ってのは、伝統的な高級衣類や工芸品、そして未だに職人気質の非効率的な小規模工場で作られる高級車、そして何より金融関係くらいしか思いつかない。俺の大好きなMINIはとっくにBMWに名前が残るだけ。ジャガーやランドローバーはインドのタタ財閥の持ち物になった。他に思いつくのは北海油田くらいか。
産業革命発祥の地だけあって、早くから工業化がすすめられてきた。そのおかげで、20世紀初頭より、徐々に経済は衰退停滞し始めてきたそうだ。うむ、日本の失われた20年なんて目じゃない。失われた100年か?それに二度の世界大戦が追い打ちというかとどめを刺したようだ。
第二次大戦後は労働党政権によって、『ゆりかごから墓場まで』という有名なスローガンのもと、福祉国家の道を歩んできたが、早くも60年代には、経済は行き詰る。まるでよその話しとは思えない。
税収不足と、福祉政策の両立は社会に大きな軋轢を生み、『イギリス病』とまで言われたほどだ。
仕事のない若者たちが、パンクムーブメントを起こしていたのも、こんな頃だ。あれは単なる音楽のりゅこうじゃない。若者たちによる社会への異議申し立てだと俺は思っている。そう、イギリスでは、何十年もの間、先行きの見えない閉塞した状況が、ずっと続いている。
79年にサッチャー保守党政権が誕生すると、大胆な規制緩和と国営企業の売却が行われ、海外からの投資が活発化した。おかげでさんで、リストラ倒産の嵐がイギリスを襲い、自動車産業は外国資本のものとなり、炭鉱は次々閉鎖され、職を失った労働者が国中に溢れた。
しかも80年代には、海外領土のフォークランド諸島を巡ってアルゼンチンと戦争。そして、北アイルランド独立を標榜するIRAの爆弾テロは、21世紀になってIRAが武装解除を宣言するまで続いた。
そして今なお高い失業率だ。失業率は7.7%だそうだが、16歳から26歳の失業率は20%に迫るほどに高い。そりゃ、何かのきっかけで暴動くらいおこるさ。
Paris
俺は、最近いつも思うのは、昨今の日本はまるで80年代のイギリスのようだ。何故かっていうと、俺がロック少年だった時代に見た、炭鉱の閉鎖に伴う労働者のデモが頻発し、社会が不安定になっていたイギリス、その姿が、かつて少年だった俺の中に強烈な印象を以て残っているから、そう思うのかもしれない。
産業は行き詰っている。長い不況の出口は見えず、自民党政権時代に行われた構造改革と規制緩和は、かつて一億総中流とまで言われた社会を、大きく分断した。
そして、高い法人税と円高リスクを嫌気した企業は次々と生産拠点を海外に移している。その流れは、今や中小企業にまで及んでいて、それを止める手立てはない。このままじゃ、企業は生き残っても、日本人はその企業の作ったものを買うことはおろか、どいつもこいつも生活保護のお世話になるようになっちまうんじゃないか?大阪じゃ、10人に一人は生活保護だっていうしな。
一部の金融関係に従事する者は、高い給料を得ているが、多くの人々は、特に若者には、まともな職がない。どうして日本で暴動が起きないのか、不思議なくらいだ。みんなネットで韓国人や中国人を排斥したり罵倒したりして、欲求不満を解消しているんだろうか?
このままでは、日本もいずれ、あんな暴動が起こるに違いないぜ。東京や大阪が、火の海になり略奪が起きる。今はまだ、日本人にはそんな実感はないだろうけれど、このまま社会が閉塞し続けると、きっとそうなる。そういえば、『31歳フリーター。希望は戦争。』という身もふたもないタイトルの評論が話題になったこともあった。
HomeTown
優れたアーティスト、素晴らしいミュージシャンの本当の仕事は、人々の、若者たちの形の定まらない感情に、音楽を通して形を与えることだろう。イギー・ポップがそう歌っていた。イギーの暮らすアメリカのPOPミュージックは、セックスと暴力と拝金主義だらけ。飲み屋とかでプロモーションビデオが流れていると、目を背けたくなる。俺には、マイナスの感情そのままに見える。そりゃ、銃をぶっ放したくもなるってもんだ。そんな状況をイギーはかつて、歌の中で嘆いていた。
80年代、不景気のどん底にあえぐイギリスで、最も輝いていたのは、ポール・ウェラーとビリー・ブラッグだ。決してボーイ・ジョージではない。労働者階級出身のポールはパンクムーブメントのさなか、The Jamのギターボーカルとしてデビュー、当時国民的に支持されていた。このころには、人気絶頂のジャムを解散し、より洗練されたThe Style Counsilを率いていた。バブル期の日本でもスタカンと呼ばれ、おしゃれな音楽として人気だったが、その歌う内容や発言や姿勢は、かなり政治的なものも多かった。
かたやビリー・ブラッグ。日本ではまったく認知されていないが、ギター一本でアンプを背負い、常に社会の矛盾を歌い、馬鹿正直なまでに誠実に等身大の若者の姿に政治的な内容を織り交ぜた歌を歌っていた。そのレコードは、当時アパルトヘイトが行われていた南アフリカでは売らないとわざわざジャケットに明記されていた程に政治的だった。後に、天安門広場で、たった一人でギターを弾き歌うことで、中国共産党に対する抗議を現した。カッコ良すぎる。
この二人が、解雇される炭鉱労働者に対する支援コンサートに並んで立っていたのを、雑誌のグラビアページで見た時の感動を、今でも忘れられない。
この時俺ははっきりと解かった。ロックは、単なる若者の娯楽ではなく、社会を動かし、人々に希望と情熱を示しうるものなんだと理解した。酒やドラッグや女にずぶずぶなどんちゃん騒ぎももロックかもれない。しかしそれだけじゃない。ロックは、俺達の閉塞した社会に風穴を開けて、一筋の道を示し、より開かれた、より自由な社会を指し示すことができる、苦境にある人々を連帯させることが出来るものだと、思い知らされた俺だった。
今のイギリスに、若者たちが素直に耳を傾けることのできるロックンローラーは、いないのだろうか?若者はSNSで連帯している。けれど、その連帯は、暴動を起こすだけなんだろうか?
ニュースでは黒人の若者が『暴動は終わらない。鎮圧されても、またきっかけがあれば、いつでも起きる』といきり立って語っていた。彼はいったいどんな音楽に耳を傾けているんだろうか?
結論から言えば、イギリスの事は、イギリス人に任せよう。所詮、俺にはどうにもできやしないんだ。
ただ、明日の日本の姿をそこに見て、どうしたらよりマシな社会になるんだろうかと考える。団塊の世代にいつまでも任せていてはいけない。社会に出てから、ずっと不景気に苦しんできた俺たちの世代が、若者に道を示していかないといけないんだろう。自分ならどうするか、無駄だと思いつつも、考える。考えても、無駄かもしれないが、考えないと、いつ何時、自分が決断を迫られるかしれない。そして、民主主義っていうのは、政治家や官僚にお任せして、税金を払い、福祉を受け取るだけのシステムではなく、一人一人が考えて、選択して未来を作っていくシステムだと思っている。
そう、俺はせめて若者に恥ずかしくない生き方をしていきたいと思っている。

あぁ、今日もまた、説教くさい事を書いちまった。これじゃ俺、まるで偽善者に見えちまうぜ。

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