俺は、昨日の夜仕事をし、夜中の高速道路で、80キロで追越車線をノロクサ走るトラックをすり抜け帰ってきた。そして返す刀で今朝も7時から、朝飯抜きの昼飯前の仕事を片付けて帰ってきたのさ。
ガス欠寸前だ。家に帰って今夜の仕事に備えて眠る前に、ガソリンを入れておこう。人間は多少腹ペコでもなんとかなるが、クルマって奴はそうはいかないんだ。
俺は行きつけのセルフのスタンドに、ジェフベックの老いてなおエッジの立ちまくったギターをスピーカーからMAX響かせながら滑り込み、タンクにドバドバとガソリンをぶっこんでいたのさ。ハイオクタンフルだ。
どこかで、俺の名を呼ぶ声がする。眠ってないから幻聴かとも思ったが、いつまでも聞こえるので見回すと、何年か前まで、俺が働いていた会社の社長がガソリンを入れていた。
この社長とは、いつも諍いが絶えなかった。まぁ、俺も中小企業に対して、コンプライアンスを求めても仕方ないって気づいていればよかったんだが。辞めるときには、激昂した社長が『殴ったろうか?』なんて抜かしやがったから、俺も『どうぞ、ご自由に。けどその瞬間から、俺と社長の関係は、社長と社員から、一対一の男の戦いになるって覚悟してくださいよ。俺と社長と、どっちが強いか答えは分かってると思うぜ』とまで言ってのけた因縁がある。もっとも、既に7,8年を経過して、その辺りの遺恨は俺にはもうさらさらないのだけれど。
俺は、あ~お久しぶりですってな感じで挨拶した。社会人としては、まぁノーマルな対応だろう。しかし、その返答として帰ってきた言葉に、俺は思考停止状態に陥った。
『お前、E田さん死んだの知ってるか?』『えっ!?、E田さんが?死んだ?』
俺は言葉が頭の中で空回りし始めたのを感じた。
E田さんは、この社長と一緒に会社を立ち上げた専務だった。株の運用で売り上げ不足を補てんしていた社長と違い、客先を回り、現場を飛び回り、重なった用事があると言っては、俺を現場に置いてきぼりにしたりして鍛え上げてくれた。いつも笑顔で、ネジ一本回すのにも汗をたらたら流して、白髪でハゲの頭をてらてらさせていた。いい加減なところもあるが、面倒見の良い俺のオヤジのようなおじさんだった。すぐに頭に血がのぼる社長に対して、俺をいつもかばってくれたし、喧嘩っ早い俺をいつも抑えてなだめてくれた。仕事以外にも、いろいろな事を、にこにこ笑いながら黙って身を以て教えてくれた。大好きなおじさんだった。
俺がぽかんとしているので、ダメ押しするように社長は繰り返した。『E田さんが死んだのは知ってるか?』いや、聞こえてるっての!『知りませんよ、そんな・・・。』
春先に、俺の家のすぐ近所にあるその会社の前で、E田さんと顔を合わせ、今度一緒に飯でも食おうって話してたばかりなのに。一体どーして?
聞けば、もうすでに5月の連休の頃に死んでしまっていたらしい。腎臓癌だったそうだ。急に死んでしまったんだとさ。
くそ!俺はまたしくじった。またもや、もっと話しておけばよかった人と、話すことを後回しにした挙句、取り返しのつかないことになってしまった。俺は、本当に馬鹿だ。
忌わの際はともかく、通夜も、葬式も、初七日も、四十九日も、俺抜きで粛々と行われた。俺はあれほど世話になったE田さんに別れを告げることが出来なかった。感謝の言葉を伝えることもできなかった。こうして書いていても、E田さんの笑顔がまぶたに浮かんでくる。涙が出てくる。本当に大切なのは、その瞬間瞬間だって解っていたはずなのに・・・。
『お前の連絡先が分からなかったから、連絡できなかったんだ。名刺くれるか?』と社長はすっとぼけたことをいう。なんてったって、俺の家はこの社長の会社から、歩いて1分、たったの歩いて1分のところなんですがねぇ。歩いて一分のところに、縁ある人の死を伝えることは出来ないもんですかねぇ。そういえば、この社長は、かつて俺の同僚だったT 島さんが、喘息の発作で呼吸困難に陥り、脳死状態、危篤といった状況になった時も、その事実を社員全員に隠して、会社の飲み会を強行したっていう前科がある。俺は、あのときも社長の息子からこっそり耳打ちされ、嫌になって途中で帰ってきたんだ。仲間が死につつあるのに、酒飲んで騒いでるような人非人にはなりたくないぜ。たとえ、何もできなくても祈ることぐらいは出来るだろうに!ケッ!思い出しても吐き気がするぜ。
そして今回だ。この社長、俺がE田さんのことを慕ってたのも、E田さんに可愛がられていたことも知っていたはずなのに。目出度いことは欠礼してもご愛嬌だけど、人の死は一回こっきりだ。欠礼することは出来ないだろう!
胸の奥に怒りと悲しみが程よくブレンドされた感情が熟成されていくぜ。
俺は名刺を差し出しながらこういってやった。『まぁ、僕のケータイの番号は、むかし社長のところにいた時から変わりないんですけどね。』って。すると社長、ばつが悪そうに『そうか・・・、まぁまた連絡するわ』って、さっさと行っちまいやがった。くそ、あんたの死に際には声掛けるんじゃねぇぞ!
人の死ぬのは世の定めとはいえ、別れを告げることすらできぬとは・・・、余りにも哀しい。
しかも、癌だ。
もちろん、この年になると、多くの人死にを経験している。いろんな死の原因はある。しかし、いつも縁の深い人は癌で死んでいるんだ。
俺のオフクロは、俺が中学の時に、胃癌を全身に転移させ、俺を筆頭に4人のバカ息子を残して死んだ。俺は反抗期真っ盛りだった。もっと話しておけばよかった。今思えば、俺はオフクロがどんな気持ちで人生を歩んでいたのか、これっぽっちも知らない。
ちいさな喫茶店を営んでいた叔父は、いつもうまくいかずに落ち込んだ俺を、黙って受け止めてくれた。ストレートな物言いで、筋の通らぬことは大嫌いな頑固おやじだった。実のオヤジ以上に俺のオヤジだった。娘しかいなかったので、俺を自分のせがれの様に扱ってくれた。この人も、肺がんを患い、死んでいった。4年ほど前の事だ。いつも短気の短慮で仕事を転々としていた俺を案じてくれていた。この人にも、独立して歩み始めた俺を見て欲しかった。
まだほんの子供だった俺を、スポーツカーに乗せてくれた車屋を営む叔父も、やはり肺癌で死んでしまった。歴史や文学に関するいろんな本を読み、ロマンチストで、剽軽でいて内面は生真面目な人だった。少年の頃の俺に大きな影響を与えてくれた人だった。この人にも、もっといろんなアドバイスをしてもらいたかった。しかし、死んだのは俺がたった一人で会社をはじめた矢先の事だった。
そして、働くってなんなのかを、背中で教えてくれたE田さんまでも、癌で失った。ぐふっっ!断腸悶絶するほど無念だ。
だからどうしたって言われたら、俺はなんて答えたらいいんだろう。
ただ悲しいとしか言えない。
流れる涙が枯れるまで、そっとしておいてくれとしか言えない。
いい年こいて、人が死んだからって悲しんでどうすると言われようが、知ったことか。
人はいずれ死ぬ。それは当然のことだ。けど、だからこそ、一瞬一瞬、偽りなく相手に対峙し、心を開き、相手を理解するべきだ。言われなくても解かってるというかもしれない。けど、いつも後悔する。俺は、もっと話し合っておけばよかったって。
命以上に大切なモノなんか、ない。
そして、その命をどう燃やすのか、真剣に向き合わないと、命に、相手に、この世界に、そして何より自分自身に、失礼だ。
だからこそ、読者諸君、俺は君たちに、全てありのままを曝け出すと決めているんだ。後悔の残らないように。
そして、君たちの声をきかせて欲しいんだ。生きているうちしか、お互いがどんな宇宙を内側に秘めているのかなんて、伝えることはできないんだ。
人はいずれ死ぬ。俺も、君も、彼も彼女も、一人の例外なく。周囲の人に対して無関心でいることは、その存在に対する冒涜だ。
失礼する。俺は、無性に悲しいんだ。E田光正さんのご冥福をお祈りする。
E田さん、一緒に飯食う約束は、俺がそっちに行くまでおあずけだ。寂しいなぁ。
ガス欠寸前だ。家に帰って今夜の仕事に備えて眠る前に、ガソリンを入れておこう。人間は多少腹ペコでもなんとかなるが、クルマって奴はそうはいかないんだ。
俺は行きつけのセルフのスタンドに、ジェフベックの老いてなおエッジの立ちまくったギターをスピーカーからMAX響かせながら滑り込み、タンクにドバドバとガソリンをぶっこんでいたのさ。ハイオクタンフルだ。
どこかで、俺の名を呼ぶ声がする。眠ってないから幻聴かとも思ったが、いつまでも聞こえるので見回すと、何年か前まで、俺が働いていた会社の社長がガソリンを入れていた。
この社長とは、いつも諍いが絶えなかった。まぁ、俺も中小企業に対して、コンプライアンスを求めても仕方ないって気づいていればよかったんだが。辞めるときには、激昂した社長が『殴ったろうか?』なんて抜かしやがったから、俺も『どうぞ、ご自由に。けどその瞬間から、俺と社長の関係は、社長と社員から、一対一の男の戦いになるって覚悟してくださいよ。俺と社長と、どっちが強いか答えは分かってると思うぜ』とまで言ってのけた因縁がある。もっとも、既に7,8年を経過して、その辺りの遺恨は俺にはもうさらさらないのだけれど。
俺は、あ~お久しぶりですってな感じで挨拶した。社会人としては、まぁノーマルな対応だろう。しかし、その返答として帰ってきた言葉に、俺は思考停止状態に陥った。
『お前、E田さん死んだの知ってるか?』『えっ!?、E田さんが?死んだ?』
俺は言葉が頭の中で空回りし始めたのを感じた。
E田さんは、この社長と一緒に会社を立ち上げた専務だった。株の運用で売り上げ不足を補てんしていた社長と違い、客先を回り、現場を飛び回り、重なった用事があると言っては、俺を現場に置いてきぼりにしたりして鍛え上げてくれた。いつも笑顔で、ネジ一本回すのにも汗をたらたら流して、白髪でハゲの頭をてらてらさせていた。いい加減なところもあるが、面倒見の良い俺のオヤジのようなおじさんだった。すぐに頭に血がのぼる社長に対して、俺をいつもかばってくれたし、喧嘩っ早い俺をいつも抑えてなだめてくれた。仕事以外にも、いろいろな事を、にこにこ笑いながら黙って身を以て教えてくれた。大好きなおじさんだった。
俺がぽかんとしているので、ダメ押しするように社長は繰り返した。『E田さんが死んだのは知ってるか?』いや、聞こえてるっての!『知りませんよ、そんな・・・。』
春先に、俺の家のすぐ近所にあるその会社の前で、E田さんと顔を合わせ、今度一緒に飯でも食おうって話してたばかりなのに。一体どーして?
聞けば、もうすでに5月の連休の頃に死んでしまっていたらしい。腎臓癌だったそうだ。急に死んでしまったんだとさ。
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忌わの際はともかく、通夜も、葬式も、初七日も、四十九日も、俺抜きで粛々と行われた。俺はあれほど世話になったE田さんに別れを告げることが出来なかった。感謝の言葉を伝えることもできなかった。こうして書いていても、E田さんの笑顔がまぶたに浮かんでくる。涙が出てくる。本当に大切なのは、その瞬間瞬間だって解っていたはずなのに・・・。
『お前の連絡先が分からなかったから、連絡できなかったんだ。名刺くれるか?』と社長はすっとぼけたことをいう。なんてったって、俺の家はこの社長の会社から、歩いて1分、たったの歩いて1分のところなんですがねぇ。歩いて一分のところに、縁ある人の死を伝えることは出来ないもんですかねぇ。そういえば、この社長は、かつて俺の同僚だったT 島さんが、喘息の発作で呼吸困難に陥り、脳死状態、危篤といった状況になった時も、その事実を社員全員に隠して、会社の飲み会を強行したっていう前科がある。俺は、あのときも社長の息子からこっそり耳打ちされ、嫌になって途中で帰ってきたんだ。仲間が死につつあるのに、酒飲んで騒いでるような人非人にはなりたくないぜ。たとえ、何もできなくても祈ることぐらいは出来るだろうに!ケッ!思い出しても吐き気がするぜ。
そして今回だ。この社長、俺がE田さんのことを慕ってたのも、E田さんに可愛がられていたことも知っていたはずなのに。目出度いことは欠礼してもご愛嬌だけど、人の死は一回こっきりだ。欠礼することは出来ないだろう!
胸の奥に怒りと悲しみが程よくブレンドされた感情が熟成されていくぜ。
俺は名刺を差し出しながらこういってやった。『まぁ、僕のケータイの番号は、むかし社長のところにいた時から変わりないんですけどね。』って。すると社長、ばつが悪そうに『そうか・・・、まぁまた連絡するわ』って、さっさと行っちまいやがった。くそ、あんたの死に際には声掛けるんじゃねぇぞ!
人の死ぬのは世の定めとはいえ、別れを告げることすらできぬとは・・・、余りにも哀しい。
しかも、癌だ。
もちろん、この年になると、多くの人死にを経験している。いろんな死の原因はある。しかし、いつも縁の深い人は癌で死んでいるんだ。
俺のオフクロは、俺が中学の時に、胃癌を全身に転移させ、俺を筆頭に4人のバカ息子を残して死んだ。俺は反抗期真っ盛りだった。もっと話しておけばよかった。今思えば、俺はオフクロがどんな気持ちで人生を歩んでいたのか、これっぽっちも知らない。
ちいさな喫茶店を営んでいた叔父は、いつもうまくいかずに落ち込んだ俺を、黙って受け止めてくれた。ストレートな物言いで、筋の通らぬことは大嫌いな頑固おやじだった。実のオヤジ以上に俺のオヤジだった。娘しかいなかったので、俺を自分のせがれの様に扱ってくれた。この人も、肺がんを患い、死んでいった。4年ほど前の事だ。いつも短気の短慮で仕事を転々としていた俺を案じてくれていた。この人にも、独立して歩み始めた俺を見て欲しかった。
まだほんの子供だった俺を、スポーツカーに乗せてくれた車屋を営む叔父も、やはり肺癌で死んでしまった。歴史や文学に関するいろんな本を読み、ロマンチストで、剽軽でいて内面は生真面目な人だった。少年の頃の俺に大きな影響を与えてくれた人だった。この人にも、もっといろんなアドバイスをしてもらいたかった。しかし、死んだのは俺がたった一人で会社をはじめた矢先の事だった。
そして、働くってなんなのかを、背中で教えてくれたE田さんまでも、癌で失った。ぐふっっ!断腸悶絶するほど無念だ。
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ただ悲しいとしか言えない。
流れる涙が枯れるまで、そっとしておいてくれとしか言えない。
いい年こいて、人が死んだからって悲しんでどうすると言われようが、知ったことか。
人はいずれ死ぬ。それは当然のことだ。けど、だからこそ、一瞬一瞬、偽りなく相手に対峙し、心を開き、相手を理解するべきだ。言われなくても解かってるというかもしれない。けど、いつも後悔する。俺は、もっと話し合っておけばよかったって。
命以上に大切なモノなんか、ない。
そして、その命をどう燃やすのか、真剣に向き合わないと、命に、相手に、この世界に、そして何より自分自身に、失礼だ。
だからこそ、読者諸君、俺は君たちに、全てありのままを曝け出すと決めているんだ。後悔の残らないように。
そして、君たちの声をきかせて欲しいんだ。生きているうちしか、お互いがどんな宇宙を内側に秘めているのかなんて、伝えることはできないんだ。
人はいずれ死ぬ。俺も、君も、彼も彼女も、一人の例外なく。周囲の人に対して無関心でいることは、その存在に対する冒涜だ。
失礼する。俺は、無性に悲しいんだ。E田光正さんのご冥福をお祈りする。
E田さん、一緒に飯食う約束は、俺がそっちに行くまでおあずけだ。寂しいなぁ。


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