2011/03/16

Post #122 Nightmare

何年も前に見て、忘れられない夢がある。
俺は、もうすでに何年も前にオヤジの借金のかたにとられてしまった実家の台所にいたんだ。そして、食卓の向こうには、俺が中学生の時に死んでしまったはずのオフクロがいたんだぜ。俺は、夢の中でもオフクロがとっくに死んじまってることを明確に理解していたから、懐かしさなんかよりも、不気味さが感じられた。これは、死の世界の話しなんだと。
Izmir,Turk
オフクロは俺に、自分が作った飯を食うように言うんだ。俺はぎょっとなった。古今東西、死の世界の食物を食べることは、死の世界の住人となることを意味しているからな。イザナギ、イザナミの話しはその代表例だ。俺は、箸に手を付けるのをためらった。俺のオフクロは気性の激しい女で、癌で死ぬ直前まで、俺の頭をスリッパで張り飛ばしていたような人だった。それが、優しい顔で、俺に食事を勧めるのだ。
ヤバい。これを喰ったら俺はもう目覚めることなく死ぬんだなと思ったぜ。

俺は、オフクロとそして食卓に並んだ料理から目を背けるように窓の外を見た。そこには、俺を震え上がらせるような恐ろしい光景が広がっていたんだ。

外はもう夜だった。街の灯りが遠くまで見えた。俺の家は平野の一角だったから、そんな遠くまで見えるはずがないんだが、夢の中では俺の家は小高い丘の上にあり、遠くの街の灯りが視界いっぱいに広がっているのが見えていたんだ。
しかし、その灯りが地平線のほうから順に、真っ黒な闇それも、質量をもった、粘度の高い真っ黒な闇に、次々と飲み込まれていったんだ。

俺は、世界が終る時が来ちまったと思ったんだ。俺は、オフクロを見た。オフクロは静かに笑っていた。もう死んでいる人間にとって、世界の終りが何の意味があるのか?とでもいうように。
こうして俺は、汗まみれになって目を覚ました。恐怖のあまり、鼓動は高鳴り、荒い息を吐いていた。
俺は、この夢の恐ろしい光景が何を意味するのかさっぱり分からなかった。俺がイメージできたのは風の谷のナウシカに出てきた『大海嘯』だ。例の腐海が暴走して、胞子をまき散らしながら、人間が住む世界を飲みこんでゆくというあれだ。
けれど、今回の地震とそれに伴う津波の映像を見て、あれが何だったのか、はっきり分かった。
『津波』だったんだ、きっと。
真っ黒な濁流が、水平線から一斉に迫ってきて、人間の世界を、自然から見たらちゃちな世界を、ぶっ壊しながら飲み込んでいってしまうあの大津波だ。
こんなことが現実に起こるなんて…。未だに心の整理がつかないが、日常の生活は淡々と進んでいく。それがまた、後ろめたく、心苦しいのだ。
被災地で、自らも被災しながらも病人を看護する人や、妻や息子夫婦そして孫までも失いながらも、消防団長として住民を守る人、そんな普段は目立たないが気高い心を持った人々を見ては、思わず涙がこぼれちまうぜ。俺は、人間が出来得る最も尊いことは自己犠牲だと思ってるんだ。宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の主人公、グスコーブドリや、鉄腕アトムの最終話で、アトムが異常活動を始めた太陽を正常に戻すために、太陽に突っ込んでいったみたいにね。まぁ、それは極端な例かもしれないのは十分承知しているが、とにかく自らも不安を抱え、、悲しみを背負い、苦しみながらも、周囲のために尽くしている、人々の素晴らしさに、言葉もないほどだ。人間、まだまだ捨てたもんじゃないぜ。
Efes,Truk

出来ることなら、ニッポンのお偉いさんたちにもそんな気高い姿を見せてもらいたいもんだが、自分たちが寄付をしたりする前に、復興のための増税を検討すべきだとか、火事場泥棒みたいな事をいう勘違い野郎や、これは天罰だといってみては、一晩たって発言を撤回するような馬鹿野郎ばかりが目立つ。悲しいことだぜ。俺達はいつも間違った奴らを選ぶんだ。
外国人が、炊き出しをしてくれている。宗教も肌の色も違うその外国人は、流暢な日本語で、『皆、同じ人間でしょう』と語り、当然のことをしているんだって、スゴクいい顔をして語っていたぜ。日頃、ぎすぎすしてる国も含めて、世界中から援助の手が差し伸べられている。文化や宗教や、肌の色なんかで、人間は何も変わりはしないんだって感じるぜ。
被災地から遠く離れた俺達庶民は、今のところ募金ぐらいしかしてあげられない。せめて、困難な状況の中で救援活動を繰り広げる警察や消防、自衛隊や被災地の公務員の皆さんを応援したいぜ。、そして何より、よいことが起きるように、ただ祈るだけしかできないんだ。
今日も大学生たちが、ぶり返した寒さの中で声をからして募金を訴えていた。俺は迷わず募金させてもらったぜ。何もしてあげられないが、せめて自分の小遣いを若者たちに託してみるのもいいだろう。
避難している人たちに、一刻も早く温かい食物と、暖を取る燃料と、清潔で暖かな衣服と、医療などの支援が、そして生活を再建するのに必要なあらゆるものが届けられることを祈るばかりだ。
いつか見た悪夢のような出来事は、もう起ってしまった。けれど、そのあとに起こることまで、悪夢のような出来事にはなってほしくない。
俺みたいな男が言うのもなんだけれど、出来ることなら、被災地の人々の、それを支えようとするその他の地域の人々の、温かさ、強さ、気高さを見ることが出来ればと思ってやまないぜ。
今は被害を免れた自分たちまで、パニックになったり、買い占めたりするような、あさましい無様な姿は決して晒せないのさ。
読者諸君、今日はこれくらいにしておこうぜ。心配なことはたくさんある。けれど、それに押しつぶされちまってはいけないぜ。心が押しつぶされちまったら、なにもいい方向にはいかないもんだぜ。明日か明後日、また会おうぜ。

2011/03/15

Post #121 Photographica #5

実は昨日は、プリントをしていたんだ。去年出張で2週間ほど滞在していた大阪の写真だ。うんざりするほどある中から、フィルム1本、20枚プリントしたんだ。
プリントしていると、お客から電話があった。今日予定されていた打ち合わせが、東京の元請からの書類が届かないために16日に延期してほしいという内容だった。
うむ、こんなところまで影響は及んでいる。呑気な話に聞こえるが、某配送会社の集荷のおじさんに訊いてみたところ、東京までは荷物は多少の遅れで届くが、千葉も含めて東京以東は受け取りを断っているそうだ。物流が完全に止まっている。
そこで、今日は印画紙を買いに出かけたんだ。
大学生たちが、街角で声を張り上げて募金を募っていた。しかし、そのすぐ脇で昼キャバのおねーさんとも呼べないような小娘が、割引券を配っていた。普段でも、昼間っから酒飲んで女の子と戯れるほど人間として堕落しちゃいないぜと思っているが、さすがにこの時期にこれはないんじゃないか?いや、そんな風に感じてしまうのは、大政翼賛会というか社会の同調圧力に屈してしまっている証左なのではないか?悩ましいところだ。やけになって、昼間っから酒でも飲まなけりゃやってられねぇって人もいるだろう。
俺は、いつものジュンク堂に行き、つい写真集を買ってしまった。廃墟写真をおおく手掛ける中筋純の『廃墟 チェルノブイリ』だ。
TVでは、原子力の専門家が入れ替わり立ち代わり登場し、今回の原発事故はチェルノブイリのようにはならないと繰り返し言っている。また、各地で検出された放射線量が胸部レントゲン一回分にも及ばないと解説されている。あくまで今のところはね。
で、3年ほど前に刊行された『廃墟 チェルノブイリ』を開いてみよう。
中筋純『廃墟 チェルノブイリ』 二見書房刊
そこには、昨日も紹介した『石棺』が不気味にそびえている。
整然と並んだアパートは、廃墟と化している。その部屋の中には非難した子供がおいて行ったのだろう、人形が落ちているが、その人形は高濃度の放射能を含んでいるため、手に取ることすらできない。剪定されることのないポプラの木は、5階建てのアパートを越えるほどの高さに育ちまくっている。
実りの季節を迎えた林檎の木には、たわわに黄金色のリンゴが実っているが、それは放射能という猛毒を蓄積した毒リンゴだ。
建設されたまま一度も稼働することなく打ち捨てられた観覧車は、錆に覆われている。
レーニンの肖像は未だに共産主義の未来を謳歌している。
そして、人間が消えた土地には、さまざまな野生動物が戻ってきている。
これが明日の関東平野の姿じゃないとは言い切れないぜ。

あ~、高校生の頃は、ウクライナやベラルーシ(当時はもちろんUSSRソビエト連邦だ)は遠いところだった。だから呑気に、剥げてる先生の事を『おいチェル!』なんて馬鹿にして笑っていたのに。まさかこんな日が来るなんて、悲しくなってくるぜ。

けれど、今日俺が、まんざら捨てたもんじゃないな日本もって思ったのは、昼キャバで働いていたっておかしくないようなお嬢たちが、同じくらいの年ごろの大学生の募金に迷わず募金していた姿を見たことだ。なんか心が温かくなったぜ。日頃、人間見かけで判断しちゃダメだなと思っていたのに、知らず知らずに判断していた自分を恥ずかしく思ったもんさ。まだまだ、日本は捨てたもんじゃないぜ。中には天罰とか言っている馬鹿な老人もいるけれどね。そんな奴は放っておこうぜ。

そうこう言ってる間にも地震だ。震度3か。まいったなぁ〜。今日はこれくらいで。
君たちも自分の身を守ってくれ、サバイバルしてくれ。
生きてるウチが花だぜ。

2011/03/14

Post #120 Melt Down

こんな戦時中みたいな恐ろしい状況のなか、私事で、キョーショクなんだが、昨日の夜、俺は脇腹に激烈な痛みを感じて、救急車で病院に搬送されてしまった。痛くて苦しんでいるのに、看護師の青年は俺の格好を見て、お仕事は何をなさっているんですかとしつこく聞いてきやがった。仕方ない。頭は例によってもじゃもじゃで、パイソン柄の派手なスキニーを穿いていたから、興味津々なのはわかるが、俺は痛くてストレッチャーの上で七転八倒なんだけどな。好奇心は結構だが、TPOッちゅうもんがあるだろう!確かに、俺もストレッチャーでERに運び込まれたときに、看護婦さんを見て、「わぁ〜、綺麗なおねいさんがいっぱいだぁ〜」なんて軽口を叩いてみたが、それはあくまで男の矜持だ。耐えられないくらい痛くなかったら救急車なんてよばねぇよ。
Fukuoka 例によって本文とは全くカンケー無し
生まれて初めて、CTスキャンされ、下された診断は結石だった。しかも一つじゃない。左右の腎臓に複数個ずつ、医師の表現によれば、ゴロゴロある。膀胱にもある。堪らないぜ。痛風といい、結石といい、俺は贅沢病だ。こんなにガリポッチなのにな。やはり男の仕事師だから毎日ガツガツ肉を喰っているのが良くないのか…。仕方ない、これも人生だ。ロックンロールだ。

人間も製造後40年以上になると、いろいろとガタがくるもんだぜ。ましてや、人間が作り出した機械も、40年も使われているものとなると、さまざまな問題が噴出してくるだろう。何事もなければ、問題は発覚せずに済むが、何か予想を超える事態が起こった時、それは俺たちの予想をも超えた惨事となって現れる。そう、原発だ。原子力発電所だ。
俺が10歳の頃、アメリカでスリーマイル島の原発事故があった。この時の事を、漠然と覚えている。地球の反対側のこととはいえ、世界中がおののいていた。幸いなことに途轍もない事故には至らなかったが、チャイナシンドロームという言葉を俺は覚えている。そう、原子炉の炉心が熔解し、その熱で大地を溶かしてゆき、アメリカから見た地球の反対側、中国にまで達してしまうという、気味の悪いジョークのような内容だ。
そして、俺が高校生の頃、今度はソビエトでチェルノブイリの原発事故があったんだ。この時には、人類は未曽有の体験をしたんだ。原子炉が暴走して、止まらなくなったんだ。俺の記憶では、この時ソビエト軍はヘリコプターで気の遠くなるような量のセメントを原子炉にかけて、原子炉を封印したはずだ。それは石棺と呼ばれていたぜ。その時、現地で作業にあたった兵士たちは、放射能はマスクで防ぐことができるなんて、少し考えたらわかりそうな駄法螺を吹き込まれて、勇敢に作業に取り組み、被爆したんだ。非公式の話しでは3000人が死んだとも言われているんだ。広島に落とされた原爆の500倍の放射性物質がまき散らされ、北半球全体に広がった。発電所から30キロ圏内は今もなお、立ち入り禁止区域で、13万人以上の人々が強制的に移住させられた。未だに、ウクライナやベラルーシの広大な土地には放射能が残り、多くの人々が癌や白血病に苦しんでいる。
メルト・ダウンだ。
そう、このころ、世界中で反原発の機運が盛り上がった。しかし、日本の電力会社も政府も、日本の原発はチェルノブイリで事故を起こしたソビエト型ではなく、アメリカ型なので、安全ですといいつづけたんだ。
RCサクセションが『サマータイム・ブルース』の替え歌を発表しようとして、発売中止になったのはそのあとだ。
若い奴らは知らないだろう。エディ・コクランの名曲。ザ・フーのLIVEでの定番。それをカバーした歌詞は、こんなんだった。

暑い夏がそこまで来てる
みんなが海にくり出していく
人気のないところで泳いだら
原子力発電所が建っていた
さっぱりわかんねぇ 何のため?
狭い日本のサマータイムブルース

熱い炎が先っちょまで出てる
東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねぇ 何のため?
狭い日本のサマータイムブルース

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い
それでもTVは言っている
『日本の原発は安全です』
さっぱろわかんねぇ 根拠がねぇ
これが最後のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金とられ
たまのバカンス田舎に行けば
37個も建っている
原子力発電所がまだ増える
知らねえうちに 漏れていた
あきれたもんだなサマータイム・ブルース

RCサクセション 『サマータイム・ブルース』日本語作詞 忌野清志郎

こんな歌、原発関連企業東芝の子会社、東芝EMIから出せる訳ねぇよな。
キヨシローはのちに、『メルト・ダウン』って曲も作っていたな。ちっとも話題にならなかったけど…。こんな事態になって初めてキヨシローの心配していたことが身に染みてわかるなんて、情けないぜ。
何故って、俺達は忘れっぽいからな。
TVが政治家が『原子力発電所は安全です。原子力はクリーンなエネルギーです』と言い続けた結果、原子力発電所はすっかりおなじみになっっちまった。
違和感が無くなったんだ。俺達はすっかり洗脳されちまったんだ。自分で考えることをしなくなっていたんだ。
ソビエト崩壊で、核戦争の危機が遠のいたこととが、放射能の恐怖を和らげたんだ。
地球温暖化を食い止めようという大合唱がCO2の排出が少ない原子力を後押ししたんだ。
電力需要は年々上昇していった。今じゃ俺たちは電気がなけりゃクソもできねぇ有様だ。挙句の果てには環境に優しいEV=電気自動車だって。その電気を発電するのに、エネルギーはどこから来るのでしょうか。火力発電所か?だったらガソリンエンジンと大差ないだろ。答えは原子力発電所さ。
Kumano これまた本文とは全くもってカンケー無し
でも、本当に安全だっていうんなら、東京や大阪の真ん中にどうして作らないのか不思議だったぜ。どこでも原子力発電所ができるのは、海沿いの辺鄙なところばかりだからな。ホントはちっとも安全じゃないって、作った本人たちが一番知っていたんじゃないのか?
その原子力発電所が、地震に見舞われ、次々トラぶってる。1号炉と3号炉は建屋が吹っ飛んだ。挙句の果てには2号炉はメルトダウンした可能性があるだと。福島県がウクライナみたいなNo Man's Landになっちまうかもしれねぇってのに、官房長官や原子力保安院、東京電力の記者会見は歯切れが悪い。中の圧力抜くために、弁を開放して、放射性物質たっぷりの蒸気を大気中に放出することが、大したことないような印象に変わってきている。そりゃメルトダウンに比べれば、大したことないだろうけれど。それでもそいつはえらいことだぜ。

俺は面白がってるんじゃないんだぜ!ホントに泣き出したいくらいなんだ。
頼むから、本当のことを言ってほしいもんだ。健康に被害はない程度の放射線(放射能って正直に言えないのかねぇ)だなんて、誰も信じてないんじゃないのか。少なくとも俺は信じてないぜ。いつだって、権力のある奴らは臭いものには蓋をしたがるからな。
みんなを不安に陥れようって気でこんな事を書いてるんじゃないんだ。俺は本当のことが知りたいんだ。放射性物質は洗い流すことはできても、身体を透過した放射線の影響は洗い流すことなんてできないんじゃないのかい?
俺達は電気がなけりゃ生活できねぇ。当たり前だ。今更石器時代みたいな暮らしには戻れないからな。電気が来なけりゃ、俺だって、プリントでき無くなっちまうぜ。しかし、もっとそれがどうやって作られるのかを真剣に考えなけりゃならないだろうよ。しかし、それは今からの課題だ。
今、俺たちのケツには火がついてる。しかも放射能入りの火だ。東京電力さんよ、頼む、何とかしてくれよ。俺達は地震と津波で充分に痛めつけられてるんだ。その上、放射能かよ!堪らないぜ!

あと、介護ロボットとか、受付嬢ロボットとか、挙句の果てには演劇ロボットとか、人間の雇用を奪うようなクソくだらないロボットを作るくらいなら、放射能ガンガンの原発の中でも、へーきの平左で仕事のできるロボットを開発してくれないか?どーだろう?今回もやたら、確認できないので、推測ですがって言葉を聴いたように感じるし、実施に作業員が爆発に吹っ飛ばされたり、被爆したりしているんだぜ。毒にも薬にもならんようなロボットを作ってイイ気になってちゃいけないぜ!

いいかい?そもそも人間を幸せにしない科学は、ダメなんだぜ。手塚治虫先生のマンガでも、そのことは何度も描かれていたぜ。俺達はそろそろ、なにを考えるにも人間を、そして生命を中心に考え直さなけりゃならないぜ。
今日は、こんなところで。また明日か明後日、君たちと話し合おう。
その時、スパークス、大騒ぎしすぎだったんじゃないって笑われるようであって欲しいもんだぜ。