2015/05/18

Post #1503

Bremen,Germany
昨日の夕方、久々に事故ってしまった。
ここ2年くらい無事故でなんとか乗り切ってきたんだが・・・。痛恨の極みだ。
あぁ、凹むわぁ・・・。

コンビニの駐車場で。車を出そうと1メートルくらいバックしたら、駐車してる車のすぐ後ろを走ってきた車の横っ腹に、ドンとぶつけてしまったのだ。マジかよ。
まったく、よりによってどうしてそんなところを走ってるんだよ。駐車場なんだから、バックしてくる奴がいるのは当然だろう・・・。俺も確かに確認不足だったんだろうけど・・・、まぁ、まいったなぁ・・・。あと5秒タイミングがずれていたら、どうってことなかったんだが。事故とはまぁ、そんな風にして起きるものだ。

幸いなことに誰も怪我などしちゃいないんで、物損扱いで済んだのだが、そりゃもう、かなり気落ちするぜ。ついこの間も任意保険の更新の際に、2年前に起こした追突事故のおかげで、等級が下がって保険料が何万円も上がったと、カミさんに小言を言われてうんざりしていたというのに・・・。

さらに幸いなことに、現場は警察署の真ん前んで、事故の届けもあっという間だったし、うちの車の破損もバンパーに傷がついたくらいで済んだんだ。かまやしねぇよ、所詮はバンパーだもん。

しかし、そんな幸いは焼け石に水だ。カミさんは、もっと大きな災難に合うはずが、これで済んだのかもしれないよなんて、気休めを言ってくれているが、とてもそんな気分にはなれないよ。

おかしい。今年は大吉だったはずだ。なのにここにきて仕事はピタリと停滞しているし、子供も授かる様子もない。カミさんとの間にも、先行き微妙な風が吹いている。挙句の果てにこの事故かよ。まったく、踏んだり蹴ったりだ。

仕方ない。秘蔵のカメラの売却を検討するか。とはいえ、いまさらフィルムカメラなんか、ろくな値段つきゃしないよなぁ。

どうにも最近ついてないな。
いや、思えば俺の人生、いつだってついてなかったような気がしてきたぞ。いつだって七転八倒、右往左往だ。そうして年だけ食っちまった。
まったくたまらないぜ。泣けてくるとはこのことだ。

読者諸君、失礼する。

2015/05/17

Post #1502

Copenhagen,Denmark
うむ、身体が重い。昨日は久々に夜飲みに行ってきた。
俺が仕事もせずに、学校なしの小学生のように鬱屈して暮らしているのを見かねた兄貴分のYさんが誘ってくれたのだ。
ジンとワインの大漁節であった。
おかげさんで、今朝は身体がどんよりと重い。
まぁ、たまにはそんな日もあってもイイだろう。
中世イランの科学者にして詩人、オマル・ハイヤームの詩にもこんなのがあるぞ。

『酒をのめ、これこそが永遠の生命、
 青春の果実なのだ。
 バラと、酒と、友の酔う季節に、
 幸福のこの一瞬を味わえ、これこそが人生』
(平凡社ライブラリー刊 オマル・ハイヤーム『ルーバイヤート』岡田恵美子訳P163より)

ポールダンスのショーをやってる店に行き、兄貴と二人、仕事の事や女の事やらを肴に盛り上がり、楽しいひと時を過ごしてきたんだ。その様子はこんな感じ。百聞は一見に如かずだ。
こっちは兄貴分のYさん撮影だよ。

お楽しみのショータイムだ!
あぁ、またこんなもんばっか撮ってるやん俺、反省!
男ってのは、いくつになってもホントに阿呆だな。
しかし、楽しいんだから仕方ない。若いおねーちゃんの肌はきれいだしな。
けどまぁ、若い女は侘びサビを知らねぇから、俺の魅力には気が付かないもんだ。

しかし、俺、この日に限って珍しく、いつも使ってる愛機CONTAX T3を持たずにのこのこ出かけていたんだな。

不覚!

これはもう、はっきり言って武士が刀を忘れて外出したり、サザエさんが財布を忘れて買い物に行くようなもんだ。
去勢された馬でもレースでは突っ走るかもしれないが、カメラがないと人生が物足りないのだ。つまり、古いモノクロカメラは俺の人生のタマタマだってことだ。そういやレンズのことをタマっていうしな。
大いに反省だ。こんな写真はもういいやって思ってたけど、やっぱりこういうところに行くと、見たものすべてモノクロ写真にしたくなるんだ。

それはおれの性だから仕方ないぜ。しかし、済んだことを悔やんでも、どうしようもない。また、小遣いを握りしめてリベンジするだけのことだ。ポールダンスのおねーさんにあげるチップも忘れずにな。

帰りの地下鉄には、佐賀と新潟から来たミュージシャンの若者たちと遭遇し、本の5分ほどの間、アコースティックギターを抱えた若者たちと音楽について語り合ったりもした。たまに外出すると、面白いぜ。

最後にもう一丁、オマル・ハイヤームの詩をあげておこう。こういうのが好きなんだよ。俺はインテリだからな。インテリアじゃないぜ。間違えんなよ。

『大地を駆ける白黒の馬の背に酔いどれを見た。
 異教もイスラームも、憂き世も信仰も、
 神も真理も、聖法も信念も念頭にないありさま。
 二つの世において、これ以上の勇者がいようか。』
注釈:白黒の馬は昼と夜からなる日常の世界の比喩。二つの世とはあの世とこの世を意味する。
(前掲書、P133より)


読者諸君、失礼する。しかし、どうして電車の中で俺が座ってる隣には、誰も座ろうとしないんだ?俺は酔っぱらったおねーさんに、そっと肩を貸してやったりしたかったのに!こんな破格の男を、どうして世の中のおねーさんたちは放っておくんだ?まったく意味が解らないぜ!
どうなってるんだ、まったく!世の中どっかおかしいぜ!

2015/05/16

Post #1501

Bremen,Germany
いろいろと気落ちするような出来事が続いている。
今回はカミさん、妊娠していなかったようだ。俺が人の親になる日はくるのか。はなはだ疑問だ。誰かに占ってもらいたいぜ。
残された時間は少ないが、精一杯頑張ってみるとするかな。
俺、自分としては一撃でできると思い込んでたんだけどな。現実は甘くないな。

俺の住んでる街で、35歳の女性が、15歳の娘を筆頭に12歳、10歳、9歳の子供を道ずれに自殺したそうだ。昨日、居室で練炭を焚いて心中していたのが見つかったのだという。無残なことだ。正直言って、あの世への道ずれにするくらいなら、いっそ俺に呉れって言いたいくらいだよ。
冗談はさておき、子供を残して死んでしまうと、子供たちが不憫だといって道ずれにしたようだが、それは如何なものだろうか?
母親は病弱で、日常の家事なんかは長女がやっていたそうだ。
今どきいったいどこの話だよと思うが、この日本の話だよ。俺の住んでる街の話だ。そこまで追い詰められていたのだろうか?行政は何をしていたんだろう?
一時期、生活保護受給者に対するバッシングの嵐が世間に吹き荒れていたが、本当に生活に困窮している人たちには、しっかりと援助してサポートしてほしいと思う。ニンゲン、いつ何時自分がそんな立場に陥るか、まったく分からないんだからな。


自殺した母親は、その前日の深夜、以前付き合っていた40代の男性に、自殺をほのめかす電話をしていたのだそうだ。
言っとくけど、俺も同じ町に住んでる40代の男性だが、それは俺じゃないからな。
そして、もし自分がその電話を受けた40代の男性なら、いったいどうしただろうかって考えてしまう。
きっと、その方はこの先の人生、大きな悔恨を背負って生きていくことになるんだろう。
また、この女性がもし俺の知り合いだったら、そんなことになる前に、何か力になってあげることはできただろうかとも思うわけだ。しょせんは仮定の話だから、何とも言えないけどね。仮定の話できれいごとを垂れ流すのは、無責任ってもんだろう。

しかしなんだな、いくら経済成長したって、景気が良くなったって、死ぬまで追い詰められた人に誰も気が付かないし、有形無形の手を差し伸べてくれない世の中ってのは、あまりいい世の中とは言えないよな。
アメリカ様の戦争の片棒を担いだりする法律を作る前に、誰もが健康で、最低限の生活を送ることができる世の中の仕組みを考えてもらいたいもんだぜ。

読者諸君、失礼する。どうせいつかは死ぬんだから、その日が来るまでみっともなくても悪あがきしたほうがイイと俺は確信してるよ。まぁ、俺も相当に見苦しい生き方を晒してはいるがね。