2011/08/05

Post #265 Money Go Around

なんだか今日あたりから次々と仕事の引き合いの電話が入ってくる。特に営業活動しているっちゅうわけでもないんだが、不思議なもんだ。
占いによれば、俺は生涯食うには困らない星回りなんだそうだ。食うには困らない程度の幸運ちゅうわけですわ、へい。しかし、通帳の預金残高を見ると、そんなの全く信じられなくなってくる。むしろトホホって泣きたいくらいだ。もっと華々しく儲けたい気もするが、しかし、そんなんじゃただでさえプリントするヒマがあまりないとぼやいているというのに、こんなことやってられなくなってしまうわ。
Paris
金をふんだんに持っていたら、間違いなく酒色で身を持ち崩していただろう、俺は。調子がいいからな。金のないのは、そういう意味では結構なことであるな。いや、羨ましくないわけじゃ決してないけどね。
しかし、持っている金の多寡で、人間の値打ちが決まってしまうようなこの21世紀の昨今、何とも寂しいものでござるよ。金は無くとも心は錦なんてのは、今の若い子は知らないだろうな。余りにも多様な価値観が乱立した挙句、共通の尺度が資本力以外に見いだせなくなってしまったのだ。
これが価値観のグローバルスタンダードなのか?本末転倒な感じがして、なかなかに面白い話だぜ。人間の価値が、世界の市場で取引される貨幣のレートにリンクしているようなもんだ。ボブ・ディランの歌じゃないけど、なんだか狂ってるぜ。俺達には一息つく暇もないのさ。
いくら金があっても、国家財政破綻、デフォルト、ハイパーインフレなんてことが起こったら、そんなの何の意味もないんだぜ。金ってのは、国家がその価値を担保してるからこそ、ただの紙切れが社会のメディウムとして、異なる価値体系のモノ同士を仲立ちする機能を、それは一種の物神性といってもええかもしれん、を有しているわけで、国家が崩壊してしまったら、誰もその価値を認めてはくれないのだ。ざまぁみろ!
そんなの起こるわけないって思ってるだろう?俺は、少し待ち遠しくもあるんだけどね。来るんだったら、俺がまだ健康なうちに来てもらいたいぜ。
俺が思うに、それはいつ起こってもおかしくないのさ。それがこの21世紀だ。お偉いさんたちの頭の中にある20世紀的なジョーシキでは、この21世紀は計り知れない。
俺たちは黒ひげ危機一発の樽の中で暮らしているようなもんで、自分たちの力の及ばない大きな歴史の流れによって、樽の中から吹っ飛ばされる日が、いつ来るとも来ないとも言えないのが、この不安な現在社会なんだよね。まったく嫌になっちまうぜ。
その時、本当に役に立つのは何か?俺はある種の図太さ、しぶとさが一番必要になってくるんじゃないかと思うんだが、どうだろう?俺は密かにそれをソウルパワーと呼んでいるのさ。あぁ、もちろん海外の銀行に口座を設けて、そこで外貨預金しておくというのも、現実的に役立つと思うよ。
まぁ、どっちにしたって草食系なんてとんでもないぜ。肉食、雑食好き嫌いなくガンガン行かなきゃ乗り切って行けないぜ。だから文句を垂れる暇なんかない。仕事のオファーが来たら、やれるだけやっておこう。さぁてと、ジャンジャン稼ぐぞ!
Paris
なんだか今日は、自分自身でも思わぬ話になってしまったなぁ。ホントーにいつも自動書記の様に、思いつくまま書いてるから、読者の皆様にご迷惑をおかけします。すんません。
という訳で、明日も朝早い。今日はこんなところでとっとと失礼させて頂きますぜ。皆さん良い週末を。おいらは仲間と一緒にコツコツ蟻のように働いているだろう。俺はキリギリスの皮をかぶったアリなのさ。うむ、それもまた人生だ、ロックンロールだ。

2011/08/04

Post #264 俺流のプリント作法

おとといの夜から昨日の夜まで、仕事が3タテでブッキングされていたんで、今日はゆっくり寝かしてもらった。目が覚めたらとっくに昼をまわっていやがる。人生が無駄になったような気がするが、無理して心筋梗塞なんかになって死ぬのはゴメン蒙る。これくらいの緩い感じがいいカンジなのさ。はたから見てるとろくでなしのごく潰しに見えるところも、ロックンロールなカンジがにおってきそうだ。
そろそろ仕事が忙しくなってくるんで、今日はプリントしておこうかと企画していたんだが、如何せん暑い。暑すぎる。あまりの暑さに、やる気が失せてしまう。どうしたもんかとも考えたが、このまま一人で家にこもっていると、またぞろ最近の傾向として怒りや悲しみが金山寺味噌みたいに熟成されてしまうので、思い切って髪でも切りに行くことにした。行きつけの美容院で、若くてかわいらしい女の子に髪を洗ってもらったりしながら、面白おかしい話をしていたりすると、心がほぐれるんだ。同じ要領で歯医者もかなり好きなんだが、これは虫歯とかにならないといかないからね。
これがキャバクラなんかだと、あまりのバカバカしさに、これまた心がささくれてしまうんだが、美容院のいいところはお金を払った分、髪型が変わってすっきりするってことで、呑みに行って、高い金を払って、自分が気を使って嬢を笑わせて、原価の高いしょんべんを体内で製造するのとは、雲泥の差だっちゅうことだ。
今日は思い切って、2ブロックにしてみたんだ。読者諸君もご存じのように、泣く子も黙るほどのモジャモジャ頭だ。はっきり言って夏は暑くてかなわない。サイドから襟足にかけて、15年ぶりくらいにバッサリと切ってみた。さっぱりだ。体感温度がゼンゼン違うぜ。こいつぁイイ。唯一の難点は、髪をしばると、短いところと長い部分のジョイントで地肌がライン状に見えてしまい、横着な若い衆みたいに見えてしまうところか。まぁ、致し方なかろう。切り落された髪は、まるで小柄なプードルのようだ。
Amsterdam
閑話休題。
今日は俺のいい加減きわまるプリントの手順を話しておこう。
俺がプリントのやり方を習ったのは、友人のI上さんからだ。学生時代に写真部で基礎を身に着け、大手カメラチェーン店で働く彼は、今では遠く首都圏で働いているが、以前はうちの近所の店に勤務していたナイスガイ、独身だ。まず教本を買ってきて見たんだが、なんだか面倒臭そうなんで、テキトーなやり方を一二度俺の家に来てもらって伝授していただいたって次第だ。
他には、森山大道のドキュメンタリー映画『≒森山大道』の暗室作業のシーンをDVDで何度も見て真似してみたりしただけだ。ZONEシステムなんて、本屋で立ち読みしてみただけで、俺には向いてないってわかったぜ。
プリント作業は、洗面所に机を運び込み、引伸機をよっこらっせと机の上に運ぶことから始まる。で、引伸機の横に現像液と停止液のバットを並べ、床に定着液のバットを並べる。ユニットバスの中には水洗バットをおいて、シャワーで水を一杯にはっておく。現像液は、以前はゲッコール(PQ)を買いだめしたおいたのを使っていたけれど、無くなってしまったので、今はフジのコレクトールEだ。どちらも使っていくと褐色もしくは黄褐色に変色してくる。変色しきったら、潮時だろう。トイレに流してはいけない。行きつけの写真屋さんに持って行って、一緒に処分をお願いしよう。下水にそのまま流すのは、あまりにも環境負荷がたかいってもんだ。
予め、ネガの袋にダマートペンシルで、プリントするカットを選んで、大まかなトリミングも兼ねて枠線を記入しておく。暗室に入ったらよほどのことがない限り、それ以外のものは焼かない。キリがないからね。
さて、あらかじめ選んでおいたネガをキャリアに挟み、ブロワでほこりを飛ばしてから、引伸機に突っ込む。これ、ブロワで吹かないと、たいへんなんだ。目に見えないほどの小さなホコリも、引伸ばすと同じように拡大されて、印画紙にインモーが張り付いているような線が走ってしまうからだ。ムカつく。地球温暖化に心を痛めながら、容赦なく吹っ飛ばすべし。
ちなみにレンズはローデンシュトックのロダゴン50㎜、F2.8だ。これ、コントラストがたかっくて、キリリとした好調な像を結ぶ、実にすんばらしい引伸レンズだ。おすすめです。
このレンズを開放にしておき、光を通してみて構図を決める。そのあとで、じっと、じっくりとイーゼルの上に映し出された白黒反転の画像を見ながら露出を考える。もちろん、露出計は使わない。あくまで感覚だ。
俺は実際に焼き付けるときはF11に絞るので、それを勘案して露光時間を決める。紙で部分的に光をさえぎって行って適正露光を見てみたり、カビネ判でテスト焼きをしてみたりは、トーゼンながら一切行わない。紙と時間がもったいないだろう?第一、面倒臭いったらないぜ。商売じゃないんだからそれで失敗しても、自己責任だろう。すべてぶっつけ本番だ。自分を信じていこう!
Amsterdam
この時ばかりは、光に対する感覚をフル稼働させる。ココが、ココこそが一番の勝負どころだ。
息をひそめて集中し、時には目を細めて、どこが明るくて暗いかをイメージする。
強調したい部分をどれくらい覆うか焼きこむか?その時の焼き込みは、どんな形で手を組み合わせるのか?それらをじっくりイメージしたり予習してみたりする。おかしな形で覆い焼きをすると、手が攣りそうだ。もちろん、丸や四角い紙に針金を付けたような焼き込み小道具も、面倒だから使わない。ほとんど2本の腕と10本の指を組み合わせて覆い焼きをする。テキトーなんだ、スマン。
そうして、露光時間を決める。全体を30秒焼いて、このハイライト部分だけ、20秒露光して、空は紙を使って、段階的に80秒焼きこんでグルーミーなカンジを出す、地面は60秒焼きこんで、暗い感じに仕上げると、そんなことを一人でブツブツ呟きながら決めていく。こうして人物だけ、オーラをまとったように焼きこんでみたり、くらい背景の中から浮き上がるように覆ってみたりすると決めていくわけだ。まぁ、大まかに言えばこんなカンジだ。
これらの事が決まれば、あとはイーゼルにフジのRCペーパー、FM4号(特別硬調)六切りを放り込み、露光するだけだ。俺は特別硬調しか使わないんだ。多階調紙は便利なんだろうけど、フィルターとかどうにも面倒臭そうで、手が伸びないんだ。ずぼらでスマン。
露光している間にも、空いてる手で床に置かれている定着液(スーパーフジフィックス)のバットをゆすり撹拌する。これをまめにやっとかないと、せっかくのプリントがハイポ焼け、つまり定着不十分で、セピア色に変色してしまうからだ。
露光が終わると、さっと一気に現像液のバットに滑り込ませる。ここはじっと我慢で、白い印画紙に黒々しい画像が浮かんでくるのを待つ。程よく像が浮かび上がってきたところで、竹ピンでつまみ、停止液に滑り込ませる。この時、我慢が足らないと、竹ピンでつまんだところだけ現像不十分で、半円のムラが出来たり、現像ムラが出来たりするから、せっかちは禁物だ。
こうして、停止させたときには、速やかに次のネガに交換して、一からまた同じことの繰り返し。
もしも、この時にプリントの出来栄えが気に入らなかったら、今のはテスト焼きだったんだと自分に言い聞かせ、露光時間を替えてみて、再度チャレンジ。気に入るまで何度でも焼くときもあれば、これはこれでありかってあっさりやめて、次のコマに行くときもある。基準はあくまで、自分の好み。言うなれば、気まぐれだ。
一枚焼くのにだいたい5、6分~10分ってところだ。こうして次々流れ作業で一日(とはいえ実際には3,4時間)に20~30カットほどプリントする。それだけやると、髪の毛には薬品のにおいが移って、かなり気持ち悪いことになる。
じゃんじゃん焼かれていったプリントは、最後の一枚が終わるまで予備水洗のバットのなかで、豆腐の様に浮かんでいる。こいつらは、最後の最後にシャワーを使って20分くらい水洗され、一枚ずつイギリスのパターソンってメーカーのスクイーザーでバシャバシャ水切りされる。そうして、やはりパターソンのRCペーパー乾燥ラックに立てかけて一昼夜乾燥させておくんだ。このパターソンのラックとかスクイーザーは便利なんだが、残念ながらニッポンじゃ売ってない。パターソンのサイトからメールでオーダーし、PeyPalで入金して送ってもらった便利グッズなんだ。
こんなカンジで、粗製乱造されているのが俺のプリントなんだ。
ふふふ・・・、余りにいい加減すぎて、誰の参考にもならないだろうな。
読者諸君、御機嫌よう。今日はこんなところで失礼させてもらうぜ。

2011/08/03

Post #263 So Sad

俺は、昨日の夜仕事をし、夜中の高速道路で、80キロで追越車線をノロクサ走るトラックをすり抜け帰ってきた。そして返す刀で今朝も7時から、朝飯抜きの昼飯前の仕事を片付けて帰ってきたのさ。
ガス欠寸前だ。家に帰って今夜の仕事に備えて眠る前に、ガソリンを入れておこう。人間は多少腹ペコでもなんとかなるが、クルマって奴はそうはいかないんだ。
俺は行きつけのセルフのスタンドに、ジェフベックの老いてなおエッジの立ちまくったギターをスピーカーからMAX響かせながら滑り込み、タンクにドバドバとガソリンをぶっこんでいたのさ。ハイオクタンフルだ。
どこかで、俺の名を呼ぶ声がする。眠ってないから幻聴かとも思ったが、いつまでも聞こえるので見回すと、何年か前まで、俺が働いていた会社の社長がガソリンを入れていた。
この社長とは、いつも諍いが絶えなかった。まぁ、俺も中小企業に対して、コンプライアンスを求めても仕方ないって気づいていればよかったんだが。辞めるときには、激昂した社長が『殴ったろうか?』なんて抜かしやがったから、俺も『どうぞ、ご自由に。けどその瞬間から、俺と社長の関係は、社長と社員から、一対一の男の戦いになるって覚悟してくださいよ。俺と社長と、どっちが強いか答えは分かってると思うぜ』とまで言ってのけた因縁がある。もっとも、既に7,8年を経過して、その辺りの遺恨は俺にはもうさらさらないのだけれど。
俺は、あ~お久しぶりですってな感じで挨拶した。社会人としては、まぁノーマルな対応だろう。しかし、その返答として帰ってきた言葉に、俺は思考停止状態に陥った。
『お前、E田さん死んだの知ってるか?』『えっ!?、E田さんが?死んだ?』
俺は言葉が頭の中で空回りし始めたのを感じた。
E田さんは、この社長と一緒に会社を立ち上げた専務だった。株の運用で売り上げ不足を補てんしていた社長と違い、客先を回り、現場を飛び回り、重なった用事があると言っては、俺を現場に置いてきぼりにしたりして鍛え上げてくれた。いつも笑顔で、ネジ一本回すのにも汗をたらたら流して、白髪でハゲの頭をてらてらさせていた。いい加減なところもあるが、面倒見の良い俺のオヤジのようなおじさんだった。すぐに頭に血がのぼる社長に対して、俺をいつもかばってくれたし、喧嘩っ早い俺をいつも抑えてなだめてくれた。仕事以外にも、いろいろな事を、にこにこ笑いながら黙って身を以て教えてくれた。大好きなおじさんだった。
俺がぽかんとしているので、ダメ押しするように社長は繰り返した。『E田さんが死んだのは知ってるか?』いや、聞こえてるっての!『知りませんよ、そんな・・・。』
春先に、俺の家のすぐ近所にあるその会社の前で、E田さんと顔を合わせ、今度一緒に飯でも食おうって話してたばかりなのに。一体どーして?
聞けば、もうすでに5月の連休の頃に死んでしまっていたらしい。腎臓癌だったそうだ。急に死んでしまったんだとさ。
Paris
くそ!俺はまたしくじった。またもや、もっと話しておけばよかった人と、話すことを後回しにした挙句、取り返しのつかないことになってしまった。俺は、本当に馬鹿だ。
忌わの際はともかく、通夜も、葬式も、初七日も、四十九日も、俺抜きで粛々と行われた。俺はあれほど世話になったE田さんに別れを告げることが出来なかった。感謝の言葉を伝えることもできなかった。こうして書いていても、E田さんの笑顔がまぶたに浮かんでくる。涙が出てくる。本当に大切なのは、その瞬間瞬間だって解っていたはずなのに・・・。
『お前の連絡先が分からなかったから、連絡できなかったんだ。名刺くれるか?』と社長はすっとぼけたことをいう。なんてったって、俺の家はこの社長の会社から、歩いて1分、たったの歩いて1分のところなんですがねぇ。歩いて一分のところに、縁ある人の死を伝えることは出来ないもんですかねぇ。そういえば、この社長は、かつて俺の同僚だったT 島さんが、喘息の発作で呼吸困難に陥り、脳死状態、危篤といった状況になった時も、その事実を社員全員に隠して、会社の飲み会を強行したっていう前科がある。俺は、あのときも社長の息子からこっそり耳打ちされ、嫌になって途中で帰ってきたんだ。仲間が死につつあるのに、酒飲んで騒いでるような人非人にはなりたくないぜ。たとえ、何もできなくても祈ることぐらいは出来るだろうに!ケッ!思い出しても吐き気がするぜ。
そして今回だ。この社長、俺がE田さんのことを慕ってたのも、E田さんに可愛がられていたことも知っていたはずなのに。目出度いことは欠礼してもご愛嬌だけど、人の死は一回こっきりだ。欠礼することは出来ないだろう!
胸の奥に怒りと悲しみが程よくブレンドされた感情が熟成されていくぜ。
俺は名刺を差し出しながらこういってやった。『まぁ、僕のケータイの番号は、むかし社長のところにいた時から変わりないんですけどね。』って。すると社長、ばつが悪そうに『そうか・・・、まぁまた連絡するわ』って、さっさと行っちまいやがった。くそ、あんたの死に際には声掛けるんじゃねぇぞ!
人の死ぬのは世の定めとはいえ、別れを告げることすらできぬとは・・・、余りにも哀しい。

しかも、癌だ。
もちろん、この年になると、多くの人死にを経験している。いろんな死の原因はある。しかし、いつも縁の深い人は癌で死んでいるんだ。
俺のオフクロは、俺が中学の時に、胃癌を全身に転移させ、俺を筆頭に4人のバカ息子を残して死んだ。俺は反抗期真っ盛りだった。もっと話しておけばよかった。今思えば、俺はオフクロがどんな気持ちで人生を歩んでいたのか、これっぽっちも知らない。
ちいさな喫茶店を営んでいた叔父は、いつもうまくいかずに落ち込んだ俺を、黙って受け止めてくれた。ストレートな物言いで、筋の通らぬことは大嫌いな頑固おやじだった。実のオヤジ以上に俺のオヤジだった。娘しかいなかったので、俺を自分のせがれの様に扱ってくれた。この人も、肺がんを患い、死んでいった。4年ほど前の事だ。いつも短気の短慮で仕事を転々としていた俺を案じてくれていた。この人にも、独立して歩み始めた俺を見て欲しかった。
まだほんの子供だった俺を、スポーツカーに乗せてくれた車屋を営む叔父も、やはり肺癌で死んでしまった。歴史や文学に関するいろんな本を読み、ロマンチストで、剽軽でいて内面は生真面目な人だった。少年の頃の俺に大きな影響を与えてくれた人だった。この人にも、もっといろんなアドバイスをしてもらいたかった。しかし、死んだのは俺がたった一人で会社をはじめた矢先の事だった。
そして、働くってなんなのかを、背中で教えてくれたE田さんまでも、癌で失った。ぐふっっ!断腸悶絶するほど無念だ。
HomeTown
だからどうしたって言われたら、俺はなんて答えたらいいんだろう。
ただ悲しいとしか言えない。
流れる涙が枯れるまで、そっとしておいてくれとしか言えない。
いい年こいて、人が死んだからって悲しんでどうすると言われようが、知ったことか。
人はいずれ死ぬ。それは当然のことだ。けど、だからこそ、一瞬一瞬、偽りなく相手に対峙し、心を開き、相手を理解するべきだ。言われなくても解かってるというかもしれない。けど、いつも後悔する。俺は、もっと話し合っておけばよかったって。
命以上に大切なモノなんか、ない。
そして、その命をどう燃やすのか、真剣に向き合わないと、命に、相手に、この世界に、そして何より自分自身に、失礼だ。
だからこそ、読者諸君、俺は君たちに、全てありのままを曝け出すと決めているんだ。後悔の残らないように。
そして、君たちの声をきかせて欲しいんだ。生きているうちしか、お互いがどんな宇宙を内側に秘めているのかなんて、伝えることはできないんだ。
人はいずれ死ぬ。俺も、君も、彼も彼女も、一人の例外なく。周囲の人に対して無関心でいることは、その存在に対する冒涜だ。

失礼する。俺は、無性に悲しいんだ。E田光正さんのご冥福をお祈りする。
E田さん、一緒に飯食う約束は、俺がそっちに行くまでおあずけだ。寂しいなぁ。