2013/01/07

Post #690 Once...,Rue du Faub.du Temple

Paris
自分のプリントした写真を見ながら、それがどこだったのかを思い出すのは、ちょっとした暇潰しだ。この写真も、グーグルストリートビューで撮った場所を確定することができた。2年前の春に歩いた道のりを反芻しながら、地図を辿り、写真と比べ、かつてその場所に差していた光を思い返す。
まるでそれはヴァーチャルな旅のようだ。
地球の資源を損なわない、人畜無害な旅だと言えるかもしれない。ついでに言うと、財布にも優しい。しかし、いささか嫌味な言い方に聞こえたら申し訳ないが、俺の場合は実際に行ったことがあるからそれは奇妙なリアリティーを伴うショートトリップなんだが、行ったことが無いところは、なかなかイメージしにくいものだ。
世界は広い。あとどれほど生きたとしても、全て見ることなんか出来っこない。
見果てぬ夢だ。
東松照明が、82歳で死んでしまった。
高齢だ、致し方ない。人間は誰しも死んでしまうものさ。むしろ、十分に生きたと言わねばならないだろう。
報道では、原爆とナガサキ、沖縄と基地などをライフワークとして取り組んだ高名な写真家という書き方が目立つ。代表作は太陽の鉛筆だってね。
いや、太陽の鉛筆も素晴らしいんだけれど、俺の個人的な好みで言えば、沖縄から島伝いに台湾、フィリピン、インドネシアと伸びていった南島シリーズが一番好きだ。あんな写真が撮れたらイイだろうなと、いつも憧れている。
さようなら、東松照明。なんだかさみしい気分です。

読者諸君、失礼する。俺の好きな年寄りは、最近次々と死んで行っているような気がするよ。

2013/01/06

Post #689 Porte de Clignancourt,Paris

Paris
いろいろとやってるうちに、もう今日はこんな時間だ。
今日は仕事が休みだったので、静岡の町に出かけて本屋に行ったり、県立美術館に足を運んで、インカ帝国展なんか見ちゃったりして、結構充実して暮らしていたんだが・・・。
本屋で、写真関係の本を物色していた。
テクニックに関する本が山ほどある。しかし、今時モノクロプリントのテクニックに関して深く突っ込んで教えてくれるような本はない。いまどき写真と言えばデジタルが当たり前だからだ。
俺はこれといって誰かに教わった訳でもないけれど、自分の写真のスタイルからすれば、機材も撮影の方法も、そしてプリントも、今更何かを読み込んで学ぶようなことは無いように感じている。
ある意味、自分のスタイルが(我流ではたから見るとおかしなものかもしれないけれど)確立しているのだ。
誰かに教えられることなんか、たかが知れている。
俺は、かつてキース・ムーンが『俺はキース・ムーン・スタイルの世界最高のドラマーなんだ!』といったように、スパークス流の世界最高であればいいと思っている。
けれど、切望しているのは、光をもっと巧く扱えるようになることだ。
光に感応して写真を撮り、その光を印画紙の上にもっと巧みに表現できるようになりたいと、心の底から切望している。写真は光と影によって描かれるものなのだから。
読者諸君、失礼する。

2013/01/05

Post #688 ビジネスホテルの小さな部屋で

Osaka
出張中のホテルの部屋で俺はブログを書いている。
今日は単に打合せだけだったから、夕方にはホテルに戻り、やることもこれと言ってない。しかも、明日は日曜なので、現場も休みだ。何をして暮らしたらいいんだ。
不要な散財をしないように、まわりに写真のような楽しげな界隈の無い良い子の住んでる良い街を選んだのさ。賢明な俺だ!なんといってもここはちびまるこの舞台となった清水だからな。そんな青少年によろしくないようなお店は、見当たらない。それどころか土曜日だというのに、夕方5時過ぎには商店街の人通りもまばらだ。退屈しのぎにカメラを持ってぶらついてみたが、何も撮ることなく、早々に西友によって弁当を買い込み、ホテルに戻ってがつがつと食うと、やることはもうなくなってしまった。味気ないとはこういうことだ。
これが大阪だの東京だと、思わずカメラを持って夜の繁華街をぶらつき、こんなおねーさんなんかを写真におさめ、ついでに一杯やって独りでどんちゃん騒ぎということにもなりかねんのだが、それで残るのは後悔と写真だけだ。
去年は赤字だったので、そんなことになったらダメージが大きすぎる。だからこそ、この街に宿を撮ることにしたのだ。おかげで、初日から夕食は西友の“満足洋食弁当、タイムサービス10%値引きします”だ。味気ないとはこういうことだ。
だから、夜は長い。TVをつけることもなく、ネットでニュースなんかを見ながら暮らしている。
本当は、やるべきことは山ほどなんだが、この旅先の部屋では何ともしようがない。
そんなものさ。
いつも、出張でみしらぬ街に泊まると、この街には一人の知己もいないことを思い知らされて、やるせないような寂しいような気分になる。そういうところは俺も人並みだ。俺がブログをはじめたのが、出張先のウィークリーマンションだったのもうなずけるというものだ。
ふと、すっかり暗くなった交差点を渡るとき、いったいぜんたい、俺はどうしてこんなところで、こんなことをしているのかって、悲しくなるような疑問が胸の奥から突き上げてくる。
いやぁ、それは仕事だからでしょ、とかいうことじゃなくって、その、なんだ、もっとこう根本的にですね、自分の人生に数々あったであろう分岐点をですねぇ、その都度その都度、成り行きと目先の利益に釣られて選んで、その挙句として、こんなところで侘しくあてどなく街をぶらつくようなおっさんに成り下がってしまったのかという、悔恨痛恨の思いがふつふつと胸の奥から湧いて出てくるのであるよ。
あぁ、高校生の頃は、自分はなんにでもなれると思っていた。世の中と人生を舐めていたんだ。
けれど、今思えばとんだ中二病だったと思えてくるぜ。なんてったって、バビル2世くらいは楽勝だと思っていたからな。未来は無限の可能性に満ちていたし、自分には何か才能があると楽観的に思い込んでいた。バブル景気真っ最中で、将来はバラ色や桃色に輝いているように感じていたぜ。
もっとも、当時からあんたはサラリーマンには向いてないねって言われていたけれど、まさかここまで向いていないとは思ってもみなかった。
その挙句が、これか・・・。
まぁ、今更やり直せるようなもんでもないけど、もうちょっと何とかしたいねぇ。忙しくっても儲からないしね。とはいえ、誰かの手下になってへいこらしてるわけじゃないからまだイイと言えばイイんだけどね。
うむ、この出張中、少しばかり自分がどこで道を誤ったのか、思い出してみるのもいいかもしれないな。とはいえ、後悔すれども反省せずの俺だから、単なる暇潰しになるのは目に見えているぜ。
読者諸君、失礼する。