2013/03/11

Post #749 俺たちゃみんな忘れっぽい

Paris
あの日から今日で2年になる。
一見、暮らしは平穏だが、震災、津波で家を失い、何より家族を失った多くの人々は、元の暮らしに戻れないでいるし、残念ながら、元の暮らしには戻れっこない。何故って、いくら風景が元通りになったとしても、失われた命は帰ってはこないからだ。それを背負って生きていくしかない。残酷な物言いのようだが、許していただきたい。
しかし、復興とか言って、インフラや企業が再生しつつあることだけを指すのならば、それはなんだか仏作って魂入れず的なモノを感じるってもんだ。
愛する人々の不在。そして、それによって生じる悲しみ。
自分の身に置き換えてみると、想像するだけでも、長い間泣き暮らすしかないのだろうということが実感される。
けれど、その一方で俺達は忘れっぽい。
まだ、放射能の問題はちっとも片付いていないのに、俺たちの(俺は選んだつもりはないけど)選んだ自民党政権は、原子力発電所の再稼働に意欲満々だ。電力業者の集まり、電気事業連合会は原発がなけりゃ、日本の経済はどうにもこうにもなりゃしないんだって顔で、やる気満々だ。原子力発電所が活断層の真上に立っていると、科学的に立証されても、自分たちの子飼いの学者を使って、否定させたり、ごまかしたりと躍起になっている。
そんなに安全なら、大都市の真ん中に作ってみればいいだろう?
日本は、どこだってそんな大地震に見舞われる可能性があるんだって、いい加減解ってくれないかな?
真夜中、仕事を終わって空を見上げる。雲がかかっている日には、はっきり分かる。
空は暗くない。漆黒の闇など、よほどの田舎に行かなけりゃ拝めない。真夜中でもこうこうと燈っている照明のおかげさんで、空はどこか赤味を帯びた、不気味な色合いだ。一時期の節電はブームだったのか?
俺達は忘れっぽいんだ。政治家や電気事業者だけじゃない。俺達ほぼ全員が忘れっぽいんだ。忘れないのは、かけがえのない人を失ってしまった人々だけだ、残念ながら。

読者諸君、失礼する。俺は原子力発電には、明確に反対だ。 

2013/03/10

Post #748 The Big Sleep

Paris
言っておくが、チャンドラーの小説とは何のかかわりもない。
『大いなる眠り』、アレは結構好きなんだけれど、単に今日はよく寝たってだけの話しだ。
ニンゲンは機械ではない。時間があるからといって、それを仕事で埋め尽くすことはできない。
だから休息が必要だ。40代も早半ばに差し掛かると、痛切にそう思うぜ。
今日は久々にゆったりと眠ることができた。神様、ありがとう。
とはいえ、明け方まで仕事をし、24時間営業の飯屋で、朝定食280円をかっ喰らってから、居眠り運転で車を転がして家に辿り着き、崩れ落ちるように眠るという、いささか不健康なものではあるが。

昨晩の仕事の際に、とんでもない話を聞いた。過労死の話しだ。

昼飯を食った後、事務所で眠ったまま、息絶えてしまった職人の話しや、夜勤の間にトイレに入ったまま死んでしまい、翌朝死体で見つかった監督の話を聞いたのだ。
まったく他人事ではない。
しかし、そんな死に方はゴメンだ。

乙女の胸に抱かれながら、眠るように死んでいきたいものだ。

眠りは確かに必要だけれど、そんな『大いなる眠り』はゴメン蒙る。いつも言うが、生きてるうちが花なのだ、死んだらそれまでだ。
ちょうど今、うちのかみさんが仕事で上海に出かけているので、もし俺が仕事から帰ってきて、風呂に浸かったまま死んでいても、誰も気が付きはしないだろうよ。
正直言って、誰かにもっと気にかけてもらいたいもんだぜ。
しかし、俺のことを気にかけているのは、俺を鵜飼の鵜のようにこき使おうとする連中だけさ。悲しいものさ。これじゃ、風呂のなかで死んでいたって、うちのカミさんが上海から1週間後くらいに帰ってくるまで、誰にも見つからないぜ。
幸い、うちの風呂には温度を保っておくような機能はないんで、ゆでダコみたいになって発見されるってことはないからいいんだけれどね。
まぁ、そんな機能がないおかげで、風呂のなかで眠ってしまっても、ほど良いところで目が覚めるって訳だ。いつも疲れきって風呂に入ると、風呂桶のなかで熟睡し、お湯がすっかり冷めてしまって、寒くなってしまうから、否が応でも目が覚めるんだ。酒を飲んでこれをやったら、ヤバいだろうな。そういえば、俺の大好きな伝説のロックバンドFrom京都、村八分のVoだったチャーボーは、風呂のなかでゆでだこのようになって死んでいたと聞いたことがある。俺の友人のケンジさんの話しでは、その時、チャーボーの髪がカツラダッタことが発覚したということだ。何処か寂しい話だ。一応言っておくと、俺のモジャモジャ頭は、母親譲りの天然パーマで、もちろん地毛だがね。
風呂で眠ってしまうと、この話をよく思い出す。
しかし、これをやるとなぜか疲れが取れるからな、やめられないぜ。
さて、そろそろこの快適な布団の中から這いずりだして、仕事に出かける準備をするか。俺には土曜も日曜もない。昼も夜もない。ついでに言うとお金もない。冗談じゃないぜ。

失礼する。

2013/03/09

Post #747 疲れ果てて腰が抜けそうだぜ

Bari,Indonesia
ついさっき、仕事を終えて帰ってきた。
疲れ果てて、腰が抜けそうだ。疲れている時は、どうしても運転が乱暴になってしまう。感覚がマヒしてしまうのかもしれないな。まずは眠ろう。
しかし、今日は法事なんだ。そして、そいつが終わったら、また夕方から朝まで仕事。
身が持たんぜ。誰だよ、労働は尊い、とか吹聴する奴は。身体あっての仕事だろうよ。
悪いけど、眠らせて頂く。じゃぁな。