2014/05/30

Post #1151

Praha,Czech
今日は思うところあって写真だけ。
ダチョウの話はもう終わりだ。いつまでもひょうきんな顔したダチョウに付き合っているわけにはいかないんだ。
そろそろ君たちも、訳の判らん風景とかダチョウとかといったとぼけたもんばかりじゃ、あきあきしちまうことだろう。
そこで今日は、プラハのヴァーツラフ広場あたりで生け捕った、買い物帰りのお嬢さんの写真をお送りしよう。
読者諸君、失礼する。6月になったら、新しい重苦しいシリーズをお送りしよう。今日明日は、箸休めってこった。

2014/05/29

Post #1150

奥伊勢
さて、どうしてまた伊勢の山のなかにこんなダチョウがいるのか、ねちこく考察してみることにする。
ダチョウは伊勢はもちろん、我が国には生息していない外来種である。
ということは、このダチョウを柵に囲った人物が、何らかの意図をもってここに飼育しているものと考えるのが、妥当だ。
ではなぜ、田舎で土地があるからってダチョウなんぞを飼わねばならないのか?

①ペットとして

しかし、ペットなら一羽いれば十分だろうとも思うがいかがなものか?

②農耕に供するとして

飼い主はダチョウ農法なるものを考案し、合鴨農法みたいに普及を企んでいるという、ロマンある推理。しかし、そんな話は、きいたことないよね。

③乗り物として

ほら、ナウシカでクイとカイって出て来たでしょ、馬の代わりにナウシカとかユパ様とかが乗ってるやつ。トリウマって言ったっけ?しかし、ダチョウって乗れるのかねぇ。

④いろいろ考えるふりをしてみたが、やはり食う為

たまに、ゲテモノ料理の店に行くとワニの肉とかダチョウの肉とかあるでしょう。あれがどこから供給されるのか、考えてみたこともなかったが、やはりこういうところから供給されているのだろう。
ということは、どこかにワニを飼育して、程よく育ったところでさばいてゲテモノ料理屋に卸してるところもあるはずだ。

まぁ、結果どっちでもいいんだけど、いつか車で走り回ってて、思わぬところでワニの養殖池なんかに出くわしたら、また写真撮っちまうんだろうな。楽しみなこった。

読者諸君、失礼する。国会ではくだらない、議論とも言えないような議論が続いている。扱っているテーマは重要なのに、理論的な議論はどこにもない。くだらないったらないぜ。

2014/05/28

Post #1149

奥伊勢
この写真を友人に見せたところ、友人は高村光太郎の詩を教えてくれた。
『ぼろぼろの駝鳥』という詩だそうだ。
こんな詩だ。

何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。
動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股過ぎるぢやないか。
頸があんまり長過ぎるぢやないか。
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。
腹がへるから堅パンも食ふだらうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。
身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。
瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢやないか。
あの小さな素朴な頭が無辺代の夢で逆まいてゐるぢやないか。
これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。
人間よ、
もう止せ、こんな事は。

読者諸君、失礼する。しかし、どうしていったいこんな三重県の山のなかに、ダチョウがひょこひょこ歩いていたのか。俺には、今でも謎だ。