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| へい、らっしゃい! |
2026/01/31
POST#1746 ある冬の朝に届いた報せ
2026/01/30
POST#1745 首切り池の怪
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| かつて 名古屋市の街角で こういう雰囲気のある女性を見なくなって久しい |
桶狭間の古戦場は東海道国道一号線の近くだ。名古屋の南西に当たる。上洛を目指した駿河・遠江を領する大大名の今川義元率いる大軍を、桶狭間という谷間を進む街道で圧倒的に少数劣勢な若き織田信長が情報戦を制し電光石火の奇襲で打ち破ったという戦国史に残る戦闘だ。
カミさんが住んでいたのは、かつて首切り池といわれていた沼を埋めたという土地だと聞いた。桶狭間の合戦で打ち取られた今川方の兵の首が、その池のほとりで切り落とされたとか、首を落とした血塗られた刀を洗ったとかそんな言い伝えのある池だったそうだ。
それを埋めた立てた罰当たり者がどこのどいつか知らない。ひょっとしたら、山師的な商才で得体のしれない儲け話をいくつも手繰り寄せ、一代で財を成して、すってんてんになって死んだカミさんの父親かもしれない。まぁ、結構な豪邸だったそうだ。結構なことだ。
ひょっとしたら、そんな話ははなっからでっち上げで、その豪邸をやっかんだ人たちが流した作り話かもしれない。それが真実かどうかとはかかわりなく、人々がその話をなんとなくちゅうことがあったげなと認識しているということが大事なんだ。
カミさんには20歳ほど年の離れた兄がいた。俺も何度かあったことがあるが、今はどうしているだろうか。そこからわかるように、うちのカミさんの母親は年の離れた後妻さんだった。羽振りがいいとそういうことも起こる。俺のように羽振りが良くないと、品行方正でいられる。たまには羽目を外そうと思っても、先立つものがないと品行方正でいられるんだ。
で、うちのカミさんといっても、まだその頃は小学生だ。カミさんが首切り池の跡地の豪邸、面倒なので以下、首切り御殿でいく。首切り御殿で一人でふろに入っていたある日、ふろ場の壁から首のない落ち武者のようないでたちの死霊が、ぬっと飛び出してきたそうだ。
湯船に入っていたカミさんは、あまりのことに窒息しかけたんじゃないかな。
首切り御殿に現れたその落ち武者は、首のない頭を左右に振っては何かを物色するような素振りを見せると、一瞬のうちに反対側の壁に吸い込まれるように消えていったのだという。大方、切り落とされた自分の首を探し回っていたんだろう。400年以上も!
まぁ、郷土の英雄・織田信長がらみの話ではあるが、首切り池の怪とか大上段に振りかぶった割には、まぁそれだけのことだ。
彼女もまた、そんなのが見えちゃう厄介な体質のかただったようだが、俺と暮らすようになってから、そういったものを見ることはなくなったという。
とはいえ、昔はなんか聞きなれない物音がするとラップ現象じゃないかって怖がっていたんだが、俺がいるときにそんなの聞いたことがないんだよな。要は基本的に臆病なんだ。先日の公園の池の水で遊んだ息子が、人食いバクテリアに感染したら大変だと大騒ぎしてたからな。まぁいいや、そんなわけでここでも俺は、そういう方々と波長が合わないんだろうなって話だ。
今夜も仕事なんで、あっさり流してしまうぜ。
2026/01/29
POST#1744 本当に怖いものは幽霊のほかにある
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| タイ北部、辺境の町メーサロン |
夜の百貨店で仕事だ。それがいつだって俺の主戦場だ。年々身体に残るダメージは蓄積されている。心身ともに辛い。しかし、働かざる者食うべからずだ。
いつまでも遊んで暮らしているわけにはいかない。まだ老人じゃないんだ。
この仕事をしていると、よく、怖くないですか?と聞かれる。
真っ暗なバックヤードを歩くこともあるし、暗く静まり返った売場も不気味に感じるんだろう。古い百貨店なら、しばしば幽霊のうわさも聞く。
しかし、いまだかつてその手のかたにお会いしたことはない。残念だ。
子供が生まれたころに仕事をしていたビルは、戦後すぐに建てられたものをつぶして建て替えた商業施設とオフィスの複合ビルだった。
ここでは、ゼネコンの建築作業員たちの間で、女の幽霊が出るという噂がささやかれていた。ゼネコンの作業が終わった後に、俺を含めた店舗工事部隊が入ってくることになるんだが、そんなおもろい噂を聞いた俺は、「よし、みんなでその幽霊にお会いして、美人かどうか確かめてみようぜ!いい女だったら、みんなでかわいがってやろう!」と意気軒高だった。
結果、俺たち店舗工事の部隊が乗り込むと、その女の幽霊はパタリとでなくなったという。
残念だ。残念極まる。
去年まで毎晩働いていた京都の百貨店も、昔飛び降り自殺した女の幽霊が出るって話だったが、それも見たことがない。まぁ、この年になれば女は面倒だからいいとい言えばいいけどね。
今まで俺が驚いたりビビったりしたのは、深夜、暗闇の子供用品売り場に響く、キティちゃんのポップコーン自販機から流れ続ける、キティちゃんの声だ。
あと、近江八幡の商業施設のバックヤードで遭遇したイタチ。このイタチによって、鼬の最後っ屁という言葉の意味を思い知った。
どうも俺はそういう類の方々と波長が合わないようで、うちのカミさんも昔はしばしば怖い思いをしていたそうなんだけれど、俺と暮らすようになってから一度もそんなことはないらしい。
むしろ俺が包丁を持ったカミさんに追いかけられて、怖い思いをしたことが何度かあると言い添えておこう。
諸君、失礼する。
2026/01/28
POST#1743 人は読んだ本でできてるんじゃないかな
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| 大阪 心斎橋 |
時にそれは、自分の気持ちを伝えたり、いやむしろもっとなんて言うかな、自分の魂を分けて与えるような感覚だ。マルセル・モースの贈与論に出てくるマナ(つまり霊威といえばわかりやすいかな)のこもった呪物のようだ。
そういうところが重たいって言われるんだろうけど、自分ってのは、自分が経験してきた様々な出来事と、自分が長い間に読んできた(そして、あらかた忘れてしまった)本でできているんじゃなかろうか。本を読まない人は、どんな風に世界を見ているのか、想像もつかない。
だから、贈った本を愉しんで読んでもらえると、自分を理解してもらえたように感じるし、贈った本が、読み終わったから処分されたしまった聞くと、自分を拒絶されたような気になる。本は外付けの記憶媒体のようなものだと俺は思ってる。だから、なかなか処分できない。
昨日、息子のとっ散らかった部屋に足を踏み入れ、蔵書整理のアプリを使って息子の生まれたころ読み聞かせていた絵本を登録していた。
そのなかに、一冊紛れ込んでいた絵本。しろいうさぎとくろいうさぎ🔗。
これは高校3年生のころに付き合っていた一つ下の女の子からもらったものだ。
彼女から付き合ってほしいといわれたんだ。俺は最初は彼女の友達が気になってたんだけどね。けど、俺と彼女はすぐに打ち解けて、俺は彼女を自転車の後ろに乗せて、駅まで送った。俺の部屋や公園の片隅で愛し合った。
高校を出て免許を取り、中古のフォルクスワーゲンでよくドライブした。
今でも国道21号線を走ると、彼女と若狭の海に行った道中を思い出す。
夜中に彼女の家の前まで迎えにゆき、家族の寝静まった中、こっそり出てきたネグリジェ姿の彼女と、河原に停めたワーゲンの中で愛し合った。
彼女は年齢の割に恥じらうところもなく、お互いに心の欠損を埋めあうようにいつも激しく愛し合った。俺は何年か前に母親を亡くしながら、その気持ちをだれにも言えず苦しんでいたし、彼女は小学生のころ性被害にあい、それによって穢されてしまった自分を受け入れてくれる誰かを求めていた。俺は彼女を大切にしたいと思った。
結局、彼女とはいろいろあって別れてしまったんだが、結局、彼女をよりつらい境遇に追い込んでしまっただけかもしれない。
そんな彼女からもらった絵本が、上にあげたしろいうさぎとくろいうさぎだ。
くろいうさぎはしろいうさぎと仲良しでいつも一緒に遊んでいるけれど、いつも浮かない顔。しろいうさぎが何度も聞いて帰ってきた答えは、「ぼく願い事をしてるんだよ」というmの。くろいうさぎは、しろいうさぎとずっと一緒にいられるように願っていたんだ。それを知ったしろいうさぎとくろいうさぎは結婚し、森の動物たちから祝福されるという話だ。
(余談だが、この本は人種差別が大手を振ってまかり通っていたアメリカ南部の州では黒人男性と白人女性の結婚を奨励する本として禁書扱いになったという。あの国は、今でも根本的には変わらない。他者を攻撃することでしかアイデンティティが保てないのか?)
弟の嫁が、彼女の幼馴染だった。
大人になってから、彼女が結婚し、子宮がんになって子宮を摘出し、子供を産むこともなく離婚したことを聞いた。そして実家の家業を一人で継いでいたことも聞いた。
俺は、息子の麒麟児が生まれる少し前、意を決して彼女に一度逢いに行った。
薄暗い薬局の中に入り、奥から出てきた彼女は俺を見て心底驚いていたが、どこか嬉しそうだった。彼女は病気のせいなのか、かなり体形が変わってしまっていたが、その目元は昔のままだった。
彼女は一人で家業を切り盛りする苦労を語り、俺はそれを聞く。結婚や病気の話は言葉少なだった。俺は、結局君を幸せにできなくてごめんというのが精いっぱいだった。
彼女は言った「私のほうこそ、まだお互いあんなに若かったのに、全部せおってもらおうとしたんだもの、無理だよね」とさみしそうに答えた。
最後に俺は、何かあったら幼馴染の弟の嫁を通じて連絡しておくれ、できることは力になるからと言って彼女と別れた。
それが、今生の別れだった。
二年前の春。弟の嫁から伝えられた彼女の近況は、その春が来る前に、彼女は自分の薬局で倒れ、そのまま亡くなったという悲しい知らせだった。
また、俺は何もできなかった。せめてこの絵本は大切に残しておこうと思う。
人が人を幸せにするなんてのは、一生涯かけて成しうるかどうかという大事業だと今ならわかる。命懸けだ。ご多幸をお祈りしますなんて、軽々しく言うもんじゃないぜ。
さて、注文した本が近所の本屋に届いているはずだ。悲しい思いをしまい込んで、冷たい空気の中、一歩一歩踏みしめながら本屋に向かうとするかな。
2026/01/27
POST#1742 本なら売るほど・・・売らんけど
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| 名古屋 |
家にある本の整理を進めている。
| ほとんどみんな写真集 死んだお爺さんの春画の本もあるけどね |
2026/01/26
POST#1741 暇人はろくでもないことに金を使うのさ
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| 名古屋市中区、堀川沿い |
2026/01/25
POST#1740 神頼み
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| 辛夷かな? |
去年の暮、京都の仕事で契約解除された後、持ち込んだり買い足したりした道具や、京都の丸善で買いためた本を引き上げるのに車が必要だったんだ。
そして京都に行く道すがら、ぼんやりしていて追突してしまったのだ。
これが俺も相手もプロボックスのハイブリットで苦笑いしてしまったのだが、追突する前の意識が完全に飛んでいて、気が付いたら車が目の前にいて、急ブレーキを踏んでも間に合わなかったんだ。俺にはサングラスを外すために一瞬目を離したすきに車が現れたようにしか感じられなかった。
車がぶつかる瞬間は、時間がスローモーションのように、ゆっくりと流れる。粘性の高いグリスの様にだ。むかし、高速道路でスピンして、追い越し車線から路肩まで三度もぶつけまくった末に命拾いした時も、そんな感じで時間がゆっくりと流れた。何度も経験したくはないもんだが、俺の業界では、車を一台か二台事故で廃車にして一人前という恐ろしい言い伝えもあった。笑えないぜ。
相手の車はリアハッチが開かなくなり、俺の車は・・・、なんかバンパー回りやボンネットがひずんでいる。それでも警察の実況見分と保険屋への連絡を済ますと、俺は京都に荷物を取りに行ったんだ。
修理に出すと、たいしたことないと思っていた自分の車の損傷が、かなり深刻なものだったことが分かった。よくもまぁ、ぶつけた後に京都まで往復したもんだ。今年の保険料の上昇が楽しみだ。
で、それが23日の夕方に、ほぼ一か月ぶりに直ってきたので、さっそく毎度おなじみ真清田神社に行ってお祓いを受けてきたのだ。神頼みだ。人間、どうにもいかないときには、人知を超えたものにすがりたくなる。今回は経費でお祓いだ。寄付金で仕分けするんだ。
事故の原因は、自分にある。自分の意識が白昼飛んでしまうほど、脳が疲れ切っていたんだ。人間夜勤ばかりやっていると、自律神経がおかしくなる。睡眠不足になって脳に疲労が蓄積していく。挙句、理性が飛んでろくでもないことをしでかす。
身から出た錆だ。とはいえ、失ったものは大きい。
不幸中の幸いは、そんな事故で人を殺生しなかったことだろう。
去年は親父のことから始まって、うんざりするようなことの連続だった。まさに糞が扇風機に激突したような気分の一年の締めくくりだった。
過ぎてしまえば笑い話とは言え、完全に復調するまでは、笑うに笑えない。
人の不幸は心置きなく笑い飛ばすことができる。しかし、自分のへまが笑えるようになるには、しっかり休養を取り、自分自身を休め、そののちに仕事に復帰して、会計監査のように手堅く結果を出していったあとしか笑えない。
そんな日が一日も早く来てほしいもんだ。
2026/01/24
POST#1739 孤独な年寄りが猫を飼うのは考え物だ
| 孤独な老人の生活の痕跡はクロスのシミくらいだ。 |
俺は一番下の弟と一緒に閉店間際のホームセンターで猫用のケージを買ってから、親父のアパートに乗り込みんだ。そうして、案の定ビビりまくって押し入れの中に隠れている猫を、ひょいと手を伸ばして捕まえ、すぐにケージの中に突っ込んだ。
猫は、ちゃんとケージに入れておかないとパニックになってどこかに逃げてしまう。基本的に警戒心が強く、臆病な奴らだ。人に懐かずに家に懐くといわれるくらいだ。
もう25年くらい前、うちのカミさんの父親が亡くなる直前に、やはり一人暮らしの父親のアパートから大きなトラ猫を引き取ってきたのだけれど、慣れない環境に置かれたとたん、すきをついて逃げ出してしまって、もう二度と捕まえることができなかった苦い経験があったからな。同じ過ちは二度は繰り返しちゃいけない。まぁ、命取りになるような失敗は一度やったらおしまいだけれど。
往々にして孤独な年寄りは、動物を飼って孤独な心を満たそうとする。けれど、自分が面倒を見れなくなったとき、その動物がどんな運命をたどることになるのか、よく考えてほしいもんだ。
しかし本当に助かった。俺だって、猫を縊り殺して、大家の家の軒先にぶら下げたりしたくはない。弟はそのまま一泊して日曜の朝、猫を連れて埼玉に帰っていった。
さて、そこからが体力勝負だ。肉体労働だ。頼りになるのは自分の手足だけだ。
俺は、一人で親父のアパートに乗り込んで、必要なものは段ボール箱に突っ込み、不要なものは可燃ごみや不燃ごみの袋にガンガン放り込んでいった。
父の近所に住む年老いた友人たちも、様子を見に来てくれる。すぐ下の弟も、時折様子を見に来てくれた。翌日の打ち合わせもあったしな。あらかたのものがゴミ袋に収まるころには、外は真っ暗だ。
そんな合間を縫って、俺は次から次に袋に詰めたごみをゴミ捨て場に運んだ。なんせ月曜の朝は可燃ごみ収集の日なんだ。日曜の晩から出すのはちとフライングだが、仕方ない。あっという間にゴミ置き場には黄色いごみ袋の山が出来上がった。必要そうなものを詰め込んだ段ボールは、俺が仕事のために借りている倉庫に何度もピストンして運び込む。こんな時、仕事に使ってる愛車のプロボックスは最高に頼りになる。
親父が金もないのに買い集めていた九谷焼の茶碗や、はるか昔まだ俺の生家があったころ床の間にかけられていた掛け軸だの、ブラスバンド部に在籍していた弟が使っていたトランペットだの、すこしでも換金できそうなものは、ひとまとめにしておいた。少しでも換金して足しにしないと。そんな中に父の友人が、これは欲しいというものがあれば、快く差し上げた。もう半分死んだようなもんだから、形見分けだ。大忙しだ。
すべて終わった時には、もう日付も変わるころだった。煙草をやめてなかったら、一服つけてしみじみと自分を労わってやりたかったぜ。
そして月曜の朝、すぐ下の弟が手配してくれた便利屋さんがやってきて、手際よくトラックに食器棚やら仏壇やら、もう使うこともない布団やらを積み込んでくれた。ガタガタな洗濯機、俺が運転免許を返納させたときに買ってやった自転車、油まみれのガスコンロや電子レンジ、この際どいつもこいつもゴミ野郎だ。処分費〆て金壱拾萬円也。俺は準備していた金を即金でお支払いさせていただいた。あぁ、俺が稼いだ金が、こうして消えていく。いや、社会に循環してゆく。もう少し、俺のところにとどまってくれればよいのに。
九谷焼の茶碗だの掛け軸だの北海道土産のクマの彫り物なんかは、〆て一万五千円くらいにしかならなかった。大枚はたいて買い集めただろうに、そんなもんだ。
そしてあっという間に、部屋は空っぽになった。
俺は例の資産家の大家に、すべての家財を処分し、鍵を返しに行った。
親父のアパートから歩いてすぐの田舎の豪邸だ。静まり返っている。呼び鈴を押しても応答もない。大音声でごめんください!と声を張り上げても、寂として声無しだ。誰もいない。
仕方ない。俺はなぜか知っていた大家のLINEに、お宅の郵便受けに部屋の鍵を入れておくと写真付きで送ってみた。すると、水道代がまだ払われていないとかいう返事が返ってきた。面倒だ。俺はさっきの九谷焼とかを換金した金から一万円抜き取り、鍵と一緒にビニール袋に入れてポストに放り込んだ。もう、金輪際かかわることはないさ。あばよ
| 万物は流転し、九谷焼は水道代に代わる。釣りはいらねえよ! |
2026/01/23
POST#1738 ノブちゃんの13回忌
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| 世界の街角から 今日はヴェトナム、ホイアンの街角から |
2026/01/22
POST#1737 読みかけの本を閉じるように
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| 紀州熊野 |
俺の親父の生への執着には、恐れ入る。
2026/01/21
POST#1736 不死身の男
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| 世界の街角から 今日はカトマンズ |
HCUに入っていて、半死半生の親父にできることは何もないので、俺は仕事に戻ることにした。去年は今年と違って大忙しだった。本当なら今年も今頃大忙しの予定だったが、人生はどこで何が起こるかわからない。
2026/01/20
POST#1735 大切なことは祖母から教わった
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| 長野県 南信州 平岡 パチンコ屋すら潰れてしまう山奥の町 |
俺ももう決して若くない。人生なんて一寸先は闇だ。この瞬間だって闇鍋みたいなものだ。今暇なら、今やってしまおう。自分の短慮と愚かさから、多くの心残りを作り出してきた。
失ったものはもう戻らない。けれども、人生は続いていくんだ。できることなら、一つでも心残りをなくしてから前に一歩づつ匍匐前進していくしかないんだ。
ノブちゃんの話だ。ノブちゃんは旧姓阿久根というのだが、先祖は鹿児島県の阿久根市の出なのだろう。地名が姓になっているということは、さかのぼれば在地の豪族か地頭職か何かだったのかもしれない。
ノブちゃんが話してくれたことの中に、ノブちゃんの祖父だか曽祖父だかは、明治時代に村長だったそうなのだが、助役が山林業者と結託して村有林の木を伐り、その利益を着服したという事件に直面したという。そしてその責任を取って、自宅で切腹して死んだという。いかにも薩摩隼人というエピソードだが、今となってはそれが本当か否か、確かめる術はない。が、何度も聞いたこの話で、男の(今時男のとか女のとかいうと差別になるんだよな)いやさ漢の責任の取り方は、突き詰めたら切腹しかないんだと刷り込まれた。実際に会社員のころ、お前どうやって責任取るんだ!と言われ、そんなもん切腹する覚悟だと答え、空気を凍り付かせ、押し切ってしまったこともある。まぁ、切腹せずに済んだから今があるんだけれど。
また、戦争中は軍人が威張っていて、息苦しい嫌な時代だったと何度も聞かされた。戦争に負けてよかったとすら言っていた。
ノブちゃんの弟のうち一人は熱心な創価学会の信者になり、一番下の弟は共産党員だか、共産党シンパだったと聞いている。彼女は選挙では共産党にしか投票しなかった。公明党ではなかったようだ。
これも自分の価値観の形成に大きくかかわっている。
さて、そんな薩摩隼人の血を引くノブちゃんが、先妻の豊子さんの子の豊明(つまり俺の父)を庭先で遊ばせていると、生け垣の向こうからしげしげと豊明の様子を眺める旅の僧侶がいた。僧侶はノブちゃんに
「相すまん、つかぬ事を伺うがそこで遊んでいる子供の母親はどちらかな」と声をかけた。
「私がそうです」とノブちゃんが答えると「それは面妖な」と首をひねる。
いぶかしく思ったノブちゃんが仔細を訊ねると「なに、その子供のそばには大柄な女人の霊がぴたりと寄り添って居る。大方その女人がその子の母親であろうと見ておったのじゃ」
するとノブちゃん、自分はこの子にとっては継母であることを僧侶に告げた。僧侶は「やはりそうであろう。この女人の霊は、この子供のことをたいそう案じており、近いうちに連れて行ってしまおうとしておる。ねんごろに供養しなされ。悪いことは言わぬ。一刻も早くだ」などということを告げたそうだ。
ノブちゃんは驚き、檀家の寺に子供を連れてゆき、お坊様に旅の僧侶のいったことを伝えて先妻の豊子さんの霊を供養したのだという。その時にノブちゃんは、「この子のことは私が生涯かけて守ります。ですから連れて行かないでください」と何度も何度も心の中で誓ったそうだ。
結果、ノブちゃんは俺の父豊明だけでなく、やはり母親を早くなくした孫たち、つまり俺を筆頭にした不出来な息子四人も育て上げた。自分が誓ったように、俺の父を一生を費やして導き守ったのだ。
20歳まで生きないといわれていたノブちゃんが91歳で亡くなってから、この23日で13年が経つ。早いものだ。本当にありがとう。
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| 1922年3月15日~2013年1月23日 |
2026/01/19
POST#1734 まるで水木しげるの漫画のような世界がかつてはあったのだ
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| 世界の街角から うーん、どこだっけスウェーデンのヘルシンボリだったかな |
毎日暇そうだなって思われているだろうな。
暇だよ。いろいろあって仕事の契約を切られてしまったからな。それは仕方ない。身から出た錆だ。誰を責めるわけにもいかない。潮時だったんだ。で、方々に声をかけて仕事くださいって言ったところで、早々急に仕事が降ってくるもんじゃない。やることなんて掃除洗濯料理、そして読書くらいしかないんだ。無芸大食だ。まるで老後の暮らしだ。こんなのが死ぬまで続くのかと思うとぞっとする。仕方ないからひまつぶしに毎日書いているってわけだ。
さて、昨日の続きだ。
祖父の庄六は、そのうちに徐々に持ち直し、ノブちゃんの弟のたちと商売をするようになったようだ。町で雑貨店を営んでいたと聞いたことがある。ノブちゃんの行商が発展したものだ。その頃には俺の親父の豊明も小学生になっていたことだろう。
のんびりした時代で、掛け売りした商品の集金に自転車で回ることも度々だったという。しかし、庄六さんは根っからの善人で商売に向いていなかった。エリート商社マンだったはずなんだが、もしかしたら戦争で根本的に価値観が変わってしまったのかもしれない。
集金に行き、貧しい相手に今日食べるものを買うお金もないと泣きつかれると、仕方なく集金を次回に繰り延ばし、それどころかよそで集金してきた金も与えてしまうような人だったという。
その点、当時まだ小学生だった俺の父・豊明のほうが、情け容赦なく売掛金を回収してきては商売人らしさを発揮していた。
そんな寛大な庄六さんは周囲の人々からは好かれていたが、家族の生活は苦しかっただろう。にもかかわらず夫婦仲はよく、先妻の豊子さんの子である俺の父の豊明、ノブちゃんの子のあさチャンの後に娘が三人、男子が一人と次々生まれた。そりゃ、ノブちゃんも行商どころの騒ぎではない。貧乏の子だくさんだ。
このお人よしな性格のせいで、後に入来町の店も人手に渡り、ノブちゃんの弟たちも含めた一家は新天地を求め、岐阜へと移住することとなる。それはまたのちの話。
そんな庄六さんが集金に行った帰り、峠道を自転車で走っていたときのことだ。
庄六さんはその時、相手先で一盃ごちそうになり、上機嫌で暗い峠道を走っていた。すると急に強い風が木々を揺らし、ゴーっ!と列車が通るような音が上から聞こえてきたかと思うと、峠道の上を大きな火の玉が飛んで行ったという。
普通、火の玉が頭上を飛んでいくと自分の魂も持っていかれて、頓死してしまうと信じられていたようだが、幸い庄六さんは酔っぱらって上機嫌、心ここにあらずという有様だったので、腰を抜かしてひっくり返っただけで済んだのだという。(とはいえ、のちに火のついた練炭を取り落とし、入院していた病院で死ぬという運命が待ち受けていたわけなんだが。)
まるで水木しげるの世界だ。眼鏡をかけて出っ歯の主人公が、ハフッ!とか言って目を回して卒倒する一コマが目に浮かんでくる。
祖母からは、峠道などで急に体がだるくなり動けなることがある。そんな時は、昔そのあたりで行倒れて死んだ者の魂が憑りつき、その死者の味わった餓えや疲労が自分の身に生じるのだと聞かされた。そんな時は手に米という字を指でなぞり、その手のひらを舐めるとよいとも聞いた。
この話から察するに、その人魂はその峠道で力尽き、命を落とした人のものかもしれない。
読者諸君、今日はこれで失礼する。暇なのは暇だけど、本屋に注文したトマ・ピケティの新刊を受け取りに行ってこようと思ってるんだ。
2026/01/18
POST#1733 まるで遠野物語のような…
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| 世界の車窓から 今日はスウェーデン南部からお送りしましょう |
2026/01/17
POST#1732 白い竜神に導かれ
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| タイ、アユッタヤー 有名な仏頭 |
閑話休題
以前、ある女性の案内で京都の車折神社を参拝したことがあった。
俺は若いころ宗教をやっていただけあって、正しい参拝の作法は心得ているつもりだ。
若いころは、儀式で神の名を呼べば、天から地から天神地祇が光の柱となって立ち上ることを見ることができた、ような気がする。
信じられないのならいつもの与太話だと思ってくれて構わないぜ。俺の真実は俺の中にある。けれど、神を祀るに、其処に存するが如く、座ますが如くに仕えることは当然だ。
ましてや、その存在が肌身に感じられるならば。
俺が摂社の社を参拝した後に、彼女は不思議なことを柔らかな京言葉で言った。
「なんやあんたのまわりに煙が見えると思ったら、白い竜の神さんが取り巻いてはったわ」
その女性は、見える人だったんだ。
俺が陋屋に斎き祀る尾張一宮の真清田の大神は、竜神とも伝えられる。この罪深い俺をも日々守り給うかとかたじけなくなった。もう何年も前の話だ。
その女性とは、縁が切れて久しい。
たまたまかつて1月17日にあった阪神淡路大震災で、親しい友人を亡くしたことを毎年忘れずにいた彼女を、今日ふと思い出した。思い出しては、もう会うこともないだろうその女性に幸多からんことを、心ひそかに思う俺だった。
罪業深重な俺の身にも、二度と生きて逢うこともなかろうその女性にも、真清田の大神のお導きがあらんことを乞い願い奉る。
今日は静かに失礼する。
2026/01/16
POST#1731 悪党的思考
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| 三重県尾鷲 |
承前
親父は病院のHCUで半死半生、棺桶に足を突っ込んでる。
病状を説明してくれた医師によれば、筋肉や脳の組織からアミノ酸が分解されて流れ出し、通常190くらいのクレアチンの値が20000超えているんだとさ。人工透析必須で、この溶け出した筋肉とかの成分が赤黒い肉汁のような尿の正体だ。
今回は死ぬかもな、助かってもどのみち今のアパートに独りで住み続けることはできないだろう。病院のケースワーカーさんに相談しなくちゃな。市役所の老人福祉課にもいかなきゃいけないだろう。いや、もしかしたら月末に予定しているおばあさんの13回忌と親父の葬式が一緒にできるかもしれないな。こいつは手間が省けていいこった。
それよりも猫だ。猫は生き物なので、餌をやらないと死んじまう。まぁ、死んでくれたほうが親父もあっさり転居できるってもんだ。この年取った猫の存在が、親父の転居のハードルを上げていたんだ。ちなみに俺は猫上皮、ダニのアレルギーがあるので、親父の家に入るだけで目がかゆくなる。しかし、どうにかしないといけないな。
俺は親父のアパートに向かった。
カギは空いていた。俺はあまりの散らかりようにうんざりし、土足のまま上がり込んだ。
埃と油、猫の毛なんかが複合した汚れが、あらゆるものにこびりついていた。
臆病で人になれない猫は、押し入れの中に逃げ込み、気配を断っている。猫のトイレの便臭が鼻を衝く。
台所のシンクには、洗っていない食器が山のように積まれ、何もかものが油っぽくべたべたしている。男所帯に蛆がわくというのは本当なんだなとおもったよ。
猫の餌と水を新しいものに取り換え、様々ながらくたでいっぱいで歩く場所もないようなリビングを見渡しため息をつく。
母が死んだときに何百万もかけて買い替えた浄土真宗特有の金箔ギラギラの仏壇の扉は閉ざされたままだ。親父は一人暮らしの寂しさに耐えかね、いつのまにか創価学会に入信していたから、仏壇は締め切られたままなんだ。死んだ祖母や母の遺影は、顔向けできないのか仏壇の横の狭い隙間に押し込められている。
みすぼらしく擦り切れた下着。
長年着古してよれよれになった時代遅れの服。
かかとがすり減りつま先の皮がはげちょろになった革靴。
熟女ヌードのカレンダー。
壁のあちこちに張られた新聞の切り抜きやメモ、名刺、写真。
今年届いた年賀状は机の上にトランプのカードのように散らかっている。
食べきれないほどの食料品や甘いお菓子。
そして、このとっ散らかった部屋の中に、いったいいくらあるのかわからない借金の手がかりや、一体いくらもらえてるのかわからない年金の振り込まれている通帳があるはずだ。
とりあえず俺は、心配して様子を見に来た近所のかたに猫の餌を定期的にあげてもらえるようにお願いし、仏壇の横に突っ込まれた母や祖母の写真(あぁ、この人たちについても語るべきことはたくさんある。しかし、俺はもう母のことはほとんど覚えていない。というか、詳しく知らなかったんだ。ひでぇもんだ)と仏壇のなかの繰出位牌、阿弥陀様のご本尊と親鸞聖人、蓮如上人の掛け軸を家に持ち帰ることにした。
そこに、例の大家のおばはんが現れたんだ。
彼女は、父の容態を一応心配するようなことを言いつつも、こうなった以上は早く出て行ってほしいという雰囲気を全身から放射しまくっていた。
「服部さん、昨年中に出て行行くって約束だったので、もう私は三か月もお家賃いただいてませんの」
「知りませんよ、僕は別人格なんだから」
「今日も息子さんとアパートの契約に行くって言ってましたけど、どうなったのかご存じ」
「そんな話、今初めて聞きましたよ」
大家は思った通りという表情をして、「私もビジネスとしてこのアパートを持っているんですから、私がまだ元気なうちにこの部屋をリフォームして資産価値を維持したいと考えておりますの」
そりゃそうだろう。脱衣所の引き戸の扉枠は腐ってるし、洗濯機の前の床は根太が腐っているのかトランポリンみたいだ。親父に大家として金をとって貸しているってんなら、大家としてすぐに直すべきだと俺は思うぜ。ダンスは二人じゃないと踊れないように、ビジネスも相手がいないと成立しないんだからな。自分の都合だけで物を言ってもらっても困るぜ。
「まぁ、おっしゃることもごもっともの状況ですが、なにぶん急にこんなことになってしまったので、一月末までご容赦いただきたい。」
「…わかりました。」
「つきましては、お宅様から頂いた猫ですがお引き取り願えませんか」俺はダメもとで聞いてみた。
そうすると途端に上品ぶった慇懃無礼な態度が豹変した。
実はその猫は彼女の大きな田舎の資産家風な家の納屋で野良猫が産み落としたものだったんだが、彼女はそんなことは棚に上げて、その猫は決してじぶんが親父に押し付けたわけではなく、親父が寂しさを紛らわすために自発的にもらっていったものだとか、自分の家にも90歳の母親が一緒に住むことになって、そのわがままな婆さんの世話も大変なので、とてもじゃないが無理だとまくし立てた。
いるんだよ、人に無理難題を押し付けて身動きできないようにしてタコ殴りにして愉しむような人間性の歪んだ奴が。ビンゴ!ここにもいたぜ。
その話を聞きながら俺は、はるかむかし御幼少のみぎりに、ネズミ捕りにかかったネズミがキーキー鳴くのもお構いなしに、家の前の側溝の淀んだ水の中に、籠ごとネズミを沈めて殺していた、まだ若かった母の無表情で端正な顔を思い出していた。そうだよね、母さん。
「じゃぁ仕方ない。保健所で殺処分ですな。何なら僕がこの手で殺してもいい。猫の一匹くらい、ひねり殺してあなたの家に放り込んでおくくらい、僕には造作もないことですから」
大家は呆気に取られ多様な顔をして、早々に帰っていった。
俺は時折、狂ったようなことを言う。マッドマンセオリーなのか、本当に狂っているのか。それとも単に性根が悪党なのか。この年で誰かに好かれたいわけじゃない。悪党で十分さ。
2026/01/15
POST#1731 気の滅入る話を書くのは俺自身のサイコセラピーさ
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| 二十年前の匂やかだった女たちのやうに 二十年後は、若いあなたも老いてゐるか 金子光晴『女たちへのいたみうた』より |
どこまで話したっけ?
そうだ、2025年1月5日の親父は病院で赤黒い肉汁のような小便を垂れ流すリビングデッドになっていた。
遡った別の時空では(それは今から17,8年も前だろうか?)、長年同棲していた女性と別れ、住処を失い、資産家の未亡人の持つアパートの一室に転がり込んだところまでだ。
時間軸とエピソードが行ったり来たりするんで、混乱するかもね。仕方ないさ、俺は自分の世界をそんな重層的なミルフィーユみたいなものとしてとらえてるんだから。
因果応報する多元時空だ。
その資産家の女とは、女が犬の散歩をしているときに出会ったらしい。
父は、性懲りもなく自分は息子を4人も私立の中高一貫校に入れて、京大だの東工大だのに通わせた(俺は地元の私立大学を中退だったがね)と自慢にもならない自慢で彼女の気を惹いたようだ。あほな息子を四人も私立の中高一貫校に通わせ、そこそこの大学を卒業させるには、それ相応の資本力が必要だからな。父にとっては、子供は自分の過ぎ去った経済力のトロフィーみたいなものだったんだ。だからドロップアウトして自力で人生をはいずるようにして生きてきた俺は、まさに鬼子、不肖の息子だったのさ。
ちなみに父は社会人になった息子を保証人して、何千万円も借金をしたりしたこともある。さすがに二度目にそれをたくらんだときは、俺が親父のところに出向いて、自分の子供にそんな負債を背負わせるようなことをするなら、この場で殴り殺すと宣言して止めたこともある。借金の保証人になれない不肖の息子は、暴力的なのさ。
親父は若いころから社長社長とおだてられて来たせいで、少しでも自分に利益になりそうな人、うまい儲け話を持ってくる人、甘言を弄して近づいてくる人のことは、すぐにいい人だ、いい人だと信用し、毎度裏切られてきた。
その一方で自分より貧しい人、生活のために懸命に働く人を軽蔑し見下すことが大好きだった。しかしですよ、地に足をつけて、本当に相手のことを思ってモノを言ってくれるのは、貧しさの中でも節を曲げず、懸命に生きている人たちだろ。
その資産家の未亡人は、父と同棲していた女性が、父より二回りほど若かったことから、まだ将来のある方だからとか何とか言って別れさせた。親父自身も、方々に土地やアパートをもってる資産家の未亡人のほうが、年はいってても魅力的だったんだろう。
本人たちは否定していたが、俺を含めた子供たちは、この資産家の未亡人と親父ができていると確信していた。俺は父がその未亡人の持つアパートに暮らしだしてしばらくしたころ、父の部屋で、その未亡人の娘の結婚式の写真にまるで彼女の父親のように相好を崩してだらしなく微笑む父の写真を見て、「あぁ、こいつはあれだ、俺たち血のつながった息子たちより、この未亡人の家族を選んだんだな」と思って妙に納得した覚えがある。
しかし、金の切れ目が縁の切れ目だ。太宰治先生もおっしゃっていたぜ。
苦労知らずの親父は、周囲の人間にそそのかされて建築関係の会社を立ち上げ、ブローカーのようなことを始めた。建築業のしょっぱさを骨の髄まで味わっている俺は、建築のケの字も知らない親父がそんなことを始めたと聞いて、あぜんとした。その会社の役員には例の未亡人がおさまり、彼女の持ってるアパートの内装現状復旧などをやっていたようだ。
しかし、そんな商売が長続きするわけもなく、未亡人との関係は冷えてゆき、残ったのは滞納した家賃、夜逃げしないように押し付けられた雑種の猫、未亡人への借金と、彼女からの軽蔑だった。
年金、どこかから見つけてきた信州みその販売代理人の仕事のささやかな収入、京大を出て上場企業に就職した独り身の息子からの仕送り、借金、そんなものでやりくりする危うい生活が続いていた。
そして何年もの間、早く出て行ってくれ、金を返してくれと催促される日々が続いていた。本来なら居住権という権利があるので、一方的に退去を迫ることはできないはずだが、そもそも賃貸契約すら交わしていない、男女間の馴れ合いから間借りすることになった手前、法を盾に争う気も、父には全くなかった。去勢された駄馬みたいなもんさ。夜中に電話がかかってきて、とっとと出ていけ!と罵られることもあったという。やれやれ・・・
父はその苦境を、近くの公園でラジオ体操をする仲間と出会い、彼らと損得抜きの関係を、おそらく人生で初めて結ぶことで何とかやり過ごしていたんだろう。
そして、2025年1月5日、父は大家である未亡人に、息子、つまり俺とともにアパートを借りに行く予定だとその場しのぎのウソをついていたのその日に、ラジオ体操から帰った後、インフルエンザによる横紋筋融解症で、足腰の筋肉組織が崩壊して倒れ、動くこともできなくなり、そのまま行けばお陀仏さんだったところを、たまたま訪ねてきたラジオ体操仲間に助けられ、救急搬送されたのだった。
やれやれ、やっと一本にまとまってきたぞ。気の滅入る話は読むほうも書くほうもつかれるもんだ。今日はもうやめるぜ。
俺の経験からすれば、怖くない女なんて地球には生息していない。君たちも変な希望も幻想も持たないことだ。
2026/01/14
POST #1730 我が心の善くて悪を犯さぬにはあらぬなり
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| ずっと昔の名古屋駅西 あかひげ薬局 こんなセンスは今やアウトだな…嫌いじゃないぜ |
2026/01/12
Post#1729 去年は正月早々ついてなかったんだ
| 2024年1月 飛騨古川から飛騨高山へ至る高山線の車窓から |
今朝、起きたら雪が積もっていた。
雪を見るといろんなことを思い出す。生まれた日に静かに降っていた雪や、雪という名のあの忘れられない女性・・・(あー、宇宙戦艦ヤマトの森雪だと勝手に思っていてください。いろいろ詮索すると厄介なのでね。)
そして、一年前の正月に一人、雪に白く染まった飛騨古川の町を、寒さに凍えながら歩いたあの日を思い出す。
去年の一月、正月休みに飛騨高山まで家族で一泊旅行した時だ。
飛騨高山、風情のある小さな町だ。電車好きな息子がJR東海のハイブリッド特急HC85🔗に乗りたいってんで、高山に行ったんだ。
高山は小さな町だ。子供と一緒に街をぶらついても知れている。それに思ったほど雪も積もっていなかったしな。で、バスに乗って隣町の飛騨古川まで行ったんだ。
女房子供は少し人気のない街を歩いただけで、寒さに音を上げて帰ってしまった。
仕方ない。俺は一人で白い息を吐きながら雪を踏みしめながら、写真を撮って歩き続けた。
デジタルだ。ボタン一つでせっかく撮った写真が消えてしまうデジタルは使わないと豪語していたセバスチャン・サルガドだって、晩年の大作アマゾニア🔗はちゃっかりデジタルだった。
下々の俺がSONYのコンデジで写真を撮ってても、おかしくないだろう。フィルムが高くて子供の教育費やらローンやらで汲々としている俺には、フィルムはCoCo壱番屋なんだ。
| 飛騨古川 2025 01 |
| 飛騨高山 |
| 飛騨高山 宮川 |
2026/01/11
POST#1728 57歳だとさ…まるで浦島太郎だ
![]() |
| Paris、モンマルトルの丘より ずいぶん前 |
今をさかのぼること57年前、1969年の1月11日 午前2時36分に俺は生まれた。今住んでいる家から歩いてすぐの病院でだ。半世紀以上の人生あちこちぶらついて、結局生まれた場所に落ち着いたのさ。
同じ病院で二週間ほど前に自分の祖父に当たる庄六が亡くなったばかりだったので、俺の家族の皆様の喜びは如何ばかりか、想像もつかない。父は軍艦マーチをかけて喜んだらしい。やめてくれよ、昔のパチンコ屋じゃあるまいし。あの人は昔から学もなけりゃセンスもないんだ。
ちなみに庄六さんは、今の俺とおおよそ同じ年頃。入院中の寒さ故に、練炭火鉢の練炭に火をつけたところ、それを取り落としたショックで心臓が止まり、妻(つまり俺のばあさん)と長女(くどいようだが俺の叔母)の見ている前であっけなく死んでしまったらしい。
初めて聞いたときは衝撃だったが、今ではネタでしかない。考えてみれば、病み衰えて苦しむこともなく極楽往生したんだから、結構悪くない死にざまだと思う。
で、俺はその生まれ変わりとして親族の皆さんから熱烈歓迎された。ダライラマじゃないんだから、そんなわけもなかろうに・・・
取り立てて特筆するようなこともなく、シャレにならないことも笑い話のような逸話にして生きてきた。なんと57年も!忌野清志郎だってそれくらいには死んじまってたんじゃないか?
孫がいてもまったくおかしくない年だが、あいにく息子はまだ小学生だ。まだ孫にはありつけそうもない。家のローンも山ほど残ってる。
それに、この年まで来たら、もう俺の人生にはロマンスも冒険もない。ただ老いぼれていくだけさ。あっさり死んだじいさんがうらやましくなる。
去年はいろいろあった。いろいろありすぎて笑えてくる。たいていはろくでもないことだ。
最後の最後に仕事の予定がキャンセルになり、次の日に車で追突事故をやらかした。
疫病神に憑りつかれたような一年だった。
で、今日はさっぱりするために、尾張の国一宮、真清田神社でお祓いしてもらってきたのさ。
困ったときは神頼みさ。この全身にまとわりついたタールのような閉塞感を打ち破るのに、初穂料壱萬円也は安いもんだ。生まれ変わったとは言わないが、清々したぜ。
誕生日にお祝いのLINEやメッセージを送ってくれた皆さん、本当にありがとう。一人ひとりお名前を挙げることは差し控えさせていただくけれど、泣きたいほどうれしかった。
去年いろいろありすぎて、人間不信になってたから、心のそこから嬉しかったんだ。思わず通ってる精神科でカウンセリングの予約をしてしまったくらいに人間不信だったんだ。
とはいえ、俺のじいさんが死んだ話みたいに、過ぎてみればどんなひどいことも笑い話さ。
自分がぼけちまって、何もかも忘れてしまってもいいように、仕事もキャンセルになって暇なうちに漫画みたいなそんな話を、おいおい書いていこうと思う。
付き合ってくれるかい?ありがとう。また近いうちに会おう。失礼する。


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