2026/08/07

POST#1932 盛夏、百花繚乱その3

ウブド、バリ スパティフィラム
この15年ほどで、社会がコンプライアンスだハラスメントだと大きく変わっていくのに歩調を合わせるように、荒木経惟は人々の前から消え去っていった。猥雑性が社会から失われ、的なプラスティックのような社会になり、人々は不寛容になった。かつてのアラーキーの写真には、都市の表面から覆い隠された不穏さ、混沌とした人間の欲望、逃れ得ぬ人の業としての性と死が、そしてなにより「生きることの生々しさ」が充満していた。

しかし、コンプライアンスやハラスメントという「管理と安全」の言葉が、社会全体を隈なく覆い尽くすにつれ、かつて彼を時代の寵児としていた猥雑、混沌、欲望といった生の息吹は、人々から見るもおぞましい、「排除すべき汚物」として扱われるようになった。

社会全体が滅菌され、無菌状態の「ポリティカル・コレクトネス(PC)なプラスティック社会」へと変貌していったのだ。

彼自身も、モデルとなったかつてのミューズたちから、次々と性被害を告発され、社会的に葬られたも同然となった。

そして、彼自身も失明したり、前立腺癌になったりしたことから、自然とかつての旺盛な写真集ラッシュを支えていた比類なき活力も失われたようにみうけられる。寂しいことだが、これも世の習いか。それとも、時代が大きく変わったということか。

昭和は遠くに、成りにけり。

この清潔な荒野には「含羞と露出」を許さない不寛容さが満ちている。

「顔=恥部」や「花=性器官」という見立ては、人間が本来持っている「矛盾や業」を受け入れ、面白がるという寛容さなくしては成り立たない。

社会の隅々にまで正しさの踏み絵を迫る現代の不寛容な社会では、荒木経惟が俺たちに提示してきたような「愛ゆえの猥雑さ」「剥き出しの生と死」はどこまでも忌避される。
そして、人々は、欲望や生や死を社会の表面から消し去って、そんなものはどこにもないような顔をして暮らしている。口元をマスクで覆って。まるで、内面を持ち合わせないような、記号のような人々が、せわしなくスマートフォンを見つめながら行き交う。

まぁ、こんなことを今更言ったとて、世の趨勢には及ぶべくもない。
何しろ、この俺とて、セクハラってことで契約を叩き切られたこともあるくらいだ。荒木経惟と同じで、世の人々から指弾される側の不埒な存在なのさ。
だからこそ、言わぬが花さ…。


2026/08/06

POST#1931 盛夏、百花繚乱その2

ウブド、バリ  クリステミス・ブルケラ

俺の言葉は、単なる思い付きじゃない。

分類学の父であるカール・フォン・リンネ🔗が提案したことをなぞっているだけのこと。

18世紀、リンネは植物を分類するために、花のおしべとめしべの数や配置に着目した「性分類体系(その名もズバリSexual System)」を打ち出した。その際、彼は植物の生殖器官を人間の性や結婚に見立てたため、花弁を「祝宴のベッド」、おしべを「夫」、めしべを「妻」と形容した。酔狂な学者だな(笑)。

例えばおしべが2本ある花を「1人の妻に2人の夫がいる結婚」といった具合に表現し、植物の生殖器官を大胆かつ生々しく描写した。なかなか楽しそうだな。

それまで単に美しく愛でる対象であった花が「あけすけな生殖器の露出」として捉え直されたため、当時の潔癖なピューリタン🔗の皆様は、美しい花々を「淫らで不道徳」「婦女子に見せるべきではない」と猛反発した。

バカバカしい、自分だって持ってるくせに。

荒木経惟🔗が、どこかで言っていたことを思い出した。

『裸体のいちばんの恥部であって、一番魅力的なところが顔なんだな。』(荒木経惟『すべての女は美しい』55頁より大和書房刊)

同じようなことを彼は他でも語っていた。女性の体で最も淫靡なのは、その顔なんだという。美しい花が、満開の生殖器官であるという言葉と響き合っているな。

普段からマスクをして暮らす若い女性たちは、その淫靡さを自ら悟っているからだろうか?

2026/08/05

POST#1930 盛夏、百花繚乱その1

バリ、ウブドにて
暑い時期の仕事は、肉体を蝕む。
日中に、細切れの睡眠を取っても、仕事の夢ばかり見る有様だ。窓を締め、クーラーをかけていても、セミの声が耳に響き、眠りは浅くなる。
眠れないので、息子を連れて、同級生のやっていいる耳鼻咽喉科にいく。息子は副鼻腔炎を起こしていて、この暑い中、青っ洟を垂らしていたのだ。良くなったからよかったものの、今度は乳歯がグラグラで、集中できないと宣う。俺は仕事用のベンチで抜いてやるといい、友人の耳鼻咽喉科医の藤本君は、ピンセットでグラグラさせてみて、これはまだだなと納得させる。
生きるとは、こんな日常の連続だ。

花とは不思議なもので、動物が身体の深奥に隠している生殖器官が、あたかもその植物を表す指標、つまりは顔のように露出している。
斯くほどに植物は、動物とはまったく異なる構造を持っている。むしろ、倒立した構造を持ったものだと言えるだろう。

だから、花の美しさを愛で、その香りを胸いっぱいに吸い込み賞することは、どこか淫靡で背徳的な行為に俺には思える。

だからしばらく俺の脳内で蛭子のようにくらげなし漂う思念のなかから、書きたいことが言語化されて浮かび上がってくるまで、花の写真でもお送りしよう。

こんなことを言われたら、そう、含羞を覚えずに花を眺め、香りを楽しむことはできないだろうね。
ある意味、呪いの言葉なのさ。


2026/08/04

POST#1929 疲労困憊してふと原憲之貧を想う

タイ、メーサロン
昨日は久々に仕事をして、心底くたびれたぜ。
帰ってきたときには、汗でべとべとの服を洗濯機に放り込んで、明け方一人、上半身裸で飯を食った。東南アジアのおっさんみたいだ。
暑いというだけで、体力は消耗する。しかも、ダラダラとひと月ほど好き放題に暮らしていたおかげさんで、身体はすっかりなまっている。
それでも、何とか食器を洗い、汗まみれの体をシャワーで洗い流したうえで、仕事の報告書を送る。これさえやっておけば、眠ってる間に誰かが対応してくれるだろう。
そして眠りにつく。短い眠りだ。どっかの総理大臣みたいだ。
折り悪く、今日は精神科にレクサプロをもらいに行く日だった。
なんとかベッドからはい出し、精神病院へと車を転がす。
精神病院にはすげーたくさんの心を病んだ人たちがいる。
薬局にもすげーたくさんの心を病んだ人たちがいる。
この国はどうなってるんだ?それとも俺の住む町だけか?

俺はいつまで、この薬を飲み続けなけりゃならないんだ?

ふと、頭の中に論語の一節がよぎる。

原憲居魯、環堵之室、茨以生草。蓬戶不完、桑以為樞、而甕牖二室、褐以為塞。上漏下溼、匡坐而弦。
子貢乘大馬、中紺而表素、軒車不容巷、往見原憲。原憲華冠縰履、杖藜而應門。
子貢曰、「嘻。先生何病。」
原憲應之曰、「憲聞之、无財謂之貧、學而不能行謂之病。今憲貧也、非病也。」
子貢逡巡而有愧色。
原憲笑曰、「夫希世而行、比周而友、學以為人、教以為己、仁義之慝、輿馬之飾、憲不忍為也。」

現代語に訳すと、こんなんだ。
(孔子の死後のこと、孔子の弟子でその家宰でもあった)原憲は魯の国に住んでいた。その家はわずか一囲み(の狭小住宅)の部屋で、生い茂った草で屋根が葺かれていた。よもぎの戸は壊れかけ、桑の枝をドアのヒンジにしていた。さらに、底の抜けた甕を窓枠にし、2つの部屋の隙間には粗末な毛織物を詰めて風を防いでいた。天井からは雨が漏り、床は湿気で濡れていたが、原憲は正座して琴を弾き、歌を歌っていた。
そこへ子貢が、立派な大馬に乗り、内側には紺色、外側には白い高級な衣服をまとい、大きな馬車が路地に入りきらないほどの格式で、原憲を訪ねてきた。原憲は(樹皮で作った)帽子をかぶり、かかとの抜けた靴を履き、あかざの杖を突いて門に出て出迎えた。
子貢は(そのあまりの困窮ぶりに驚き)言った。(子貢は孔子門下では原憲の後輩だった)
「ああ、先生、一体どうしてそんなに病み苦しんでおられるのですか!」
原憲はこう答えた。
「私はこう聞いています。『財産がないことを【貧しい】と言い、道を学びながらそれを実践できないことを【病んでいる(重症である)】と言う』と。今の私はただ【貧しい】だけであって、【病んで】はいないのです」 
子貢はあとずさりし、自分の発言を深く恥じる顔つきになった。
原憲は笑ってさらに言った。
「世間の流行におもねって行動し、派閥を作って(お互いにひいきし合って)友を呼び、他人に誇示するために学問をし、自分の利益(謝礼など)のために他人に教え、仁義を隠れ蓑にして悪事を働き、馬車を豪華に飾り立てる。私には、そのようなさもしい真似はとうてい耐えられませんよ」

なかなかいかれたジジイだな。嫌いじゃない。

2026/08/03

POST#1928 越境

手前の川を渡れば、ミャンマー。右の川を渡ればラオス。ここは黄金の三角地帯
今日から新しい現場が始まる。

いつも感じるこの不安な気持ち。

そして、さんざん考えてきたからこそ、つぎの一歩をどこに踏み出すべきかという逡巡。

地の越境は時に命がけだが、知の越境も確実に自分の命を削り取っているように思う。

読者諸君、失礼する。
 

2026/08/02

POST#1927 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第12章

 

春、俺の町にて
困ってる人が、自治体から与えられる小切手型の『絆トークン』。

手助けやケアを必要としている社会的な弱者が、自分たちの困り事を近所の隣人をはじめとした地域共同体の人に手助けしてもらうことで、これは初めて命を吹き込まれ、振り出され、地域共同体の中を流通し始める。ニコリ😊

このトークンを相手にピンポンのようにケアをしてもらって返すのはルール違反。必ず他の人に何かをお願いして、そのトークンを流通させること。で、そのトークン自体は年 4 回の市県民税や固定資産税の収納期日に価値がゼロになる。そしてまた 1 からやり直し。誰か困っている社会的弱者や近隣の人を助けることで、トークンを手に入れて、市区民税や、固定資産税、或いは水道代の支払いに充当できる。ニコリ😊

このトークンは、それぞれにバーコードやQRコードが印刷れていて、トークン自体の管理をすることができるが、使用する分には一切電子デヴァイスの使用は必要とせずに、人の手から手へと渡る。また、緊急時には裏面に記載されているQRコードを読み込むことで、適切な行政機関に公的な支援を要請することができるものとする。ニコリ😊

その導入に際しては、ランダム化比較試験を行ったうえで、事業規模や対象範囲を注意深く検討してゆく。ニコリ😊

これが、今の段階で考えている概要だ。田舎くさいな。我ながら時代遅れっぽい気がする。しかし、それがいままでさんざん言ってきたように、本当に社会的弱者を取りこぼさないための仕掛けなんだ。

2026/08/01

POST#1926 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第11章

Sweden
前回のラストでも言ったように、俺は、息子の世代によりマシな世界を手渡すためなら、悪魔にだって魂を売る男だ。ニヤリ😈

けっして聖人君子ではない。どちらかといえば、デビルマン🔗とかチェンソーマン🔗とかが好みなんだ。悪魔の挽き臼をひっくり返すには、悪魔の力が必要だってわけだ。俺を突き動かしてるのは、間違いなくこの社会の理不尽さに対する、燃えるような瞋りなんだから。まぁ、それはいいや。

俺は息子と二人して歩いているときに、いつも思う。

子供達の世代が大人になっている頃まで、人間を商品にする、つまり人材だとかヒューマンリソースとかって、鉱物資源かなんかの材料、そう、商品と利益を生み出す材料としてしか見ないような、クソ嫌らしい社会じゃなくて、人間が人間であるというだけで尊重される世界を作るべきだと確信している。そして、息子たちの世代に、ほらよって飲みかけのコーラを手渡すみたいに譲り渡してやりたい。

まさにこれこそが、次の世代に手渡すべき最も尊い未来であり、このシステムの「究極の目的」なんだ。

現代社会では、子供たちの世代に対してさえ「将来どんな人材(ヒューマンリソース=人間の資源化)になれるか」「市場でどれだけの商品価値があるか」という、人間を単なる「手段や商品」として値踏みする冷酷な教育やシステムが当たり前のように押し付けられている。

いつも、春先になると、それまで思い思いのとんちきな服装で、髪を金髪や赤やら青に染めてはっちゃけていた若者が、何事もなかったかのようにリクルートスーツに身を包み、髪を切り、黒く染めなおして工場から出荷されたばかりのブリスターパックから取り出したばかりのフィギアのように歩いているのを見ると、どうしようもなく切なくなる。同時に、わかさの絶頂に在りながら、社会を食い破る野性もなく、毛を駆られた羊のように従順に歩いているのを見ると、泣きたいような気持になる。

これこそが、すべてを粉々にすり潰す「悪魔の引き臼」の最悪の連鎖だ。トリプルコンボだ。

俺が仕事の傍らに、ダラダラ寝転がりながら、コツコツと学び、積み上げてきた、人類学、経済学、社会学、そして哲学などの知識体系からガラガラポンでテキトーに捻りだしてきたこのシステムは、その歪んだ連鎖を断ち切り、子どもたちに「人間が人間であるという、ただそれだけの理由で絶対に尊重される世界」を物理的な手触りとして遺していくための、最も具体的で力強い遺産にする気満々なんだ。

このシステムが、子供たちの未来をどう変えるのか、その決定的な意味を考えるぜ。

1. 「商品」から「人間」への解放

  • 子供たちが、資産家やすっかり社畜と化した「汎用の歯車」たちから、上から目線で品定めされるだけの社会ではなく、自分が地域の誰かをちょっと手助けしたときに、お年寄りから「ありがとう、これは私のハンコ(割印)を押した本物の価値だよ」と小切手を「手から手へ」ペリッと渡される。
  • その原資は地球を削る資源ではなく、「人間の善意という無限のコルヌコピア(豊穣の角)」だ。子供たちは身をもって「自分は誰かを支え、社会の尊厳を創り出す主体なんだ」ということを学ぶわけだ。
  • その体験は、資本主義システムの中で経済活動に従事する中でも、損なわれることのない自尊心の核になり得ると俺は考えている。そう、地域社会とは別の経済圏で活動する際も、地域社会で生きる時も、人間の存在の本質には変わりがないからだ。ニコリ😊

2. 「生老病死」を共に生き抜く、本物の「絆(ソリダリティ)」を渡す

  • 震災のときのように、大人が深く考えずに車に貼っていたあの軽佻浮薄ですらあった「絆のステッカー」の欺瞞を乗り越え、「人間は誰もが老い、病になり、いつか必ず誰かに頼って生きていかざるを得ない存在である(うん、ジョン・ロールズの言う無知のベールそのものだ)」という温かい真理を、子どもたちに社会インフラとして手渡すことが可能になるだろう。
  • このシステムがもし、社会に実装できたならば、22世紀まで生きるであろう現在の子どもたちは、将来さまざまな困難に直面しても、モナド(孤立)として絶望することなく、市民同士のお互い様の連帯の中で誇り高く生き抜くことができる。ニコリ😊

「人間を商品にさせない。人間が人間であるだけで尊重される世界を、自分たちの頭で考えて、自分たち自身の手で組み立てて、次の世代に手渡す」それが、俺の野望だ。

こういうシステムは単に頭のいい政治家とか官僚では思いつかないだろう。彼らは地域社会での生活実感を持っていないからだ。

すったども、2019年にノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジー(Abhijit V. Banerjeeエステル・デュフロ(Esther Dufloのような、現場の泥臭い現実から経済を組み立てる「貧困経済学」の最高峰の研究者たちなら、きっと理解してくれるんじゃないだろうか?

なぜエリート官僚には思いつけず、バナジーやデュフロの思想と合目的的、つまりぴったり一致するものなのか、その理由は明確だ。

1. 官僚の「エビデンス(中央管理)」とバナジーたちの「現場主義」の違い

  • 官僚や政治家(エンジニアリングの罠):
    彼らは「すべての国民にスマホを持たせ、マイナポータルで一元管理すれば効率的だ」という、机の上の数式やデータだけでシステムを作る。これは人間をシステムに従わせる「手段」の思想だ。しかもテクノリバタリアンたちのつくりあげたデジタルデヴァイスを通じた『行動抽出』とがっちり連動している。つまり、前にも話したようにこのシステムを通じた、日本国民総デジタル農奴計画ってわけだ。マイナンバーカードがなかなか浸透しなかったのは、国民自身が無意識にその弊害を感じ取っていたからだろうよ。
  • バナジーとデュフロ(野生の試行錯誤):
    彼らが『貧困の経済学』などの研究で行ってきたのは、実際にインドやアフリカの貧困地域に自ら赴き、「なぜ現地の人は、頭のいい官僚が作った合理的な仕組みを使ってくれないのか」を徹底的に観察する「ランダム化比較試験(RCT)」という手法なんだ。
    彼らなら、「スマホや暗証番号を強いるのは傲慢だ。すでに地域にある民生委員のようなネットワークを活かし、人間が一番使い慣れた『指をなめてめくる割印の小切手帳』という手触り(アナログ)から出発すべきだ」という俺の構想したブリコラージュ(ありあわせの創造)である『絆トークン』に対して、深く理解し賛意を示してくれるのではないだろうか。ニコリ😊

2. 「インセンティブ(下心)」と「尊厳」の二重構造

  • バナジーやデュフロの研究では、「貧しい人々にただお金を配るだけ(受給者にするだけ)では、かえって自立の意欲を削ぐことがある」という現実を指摘している。これは、経済学者のアマルティア・センも同じようなことを言っていたように記憶してる。
  • アマルティア・センの言う「ケーパビリティ」は、「自分が望む生き方を選択できる能力や機会」のことなんだ。社会的弱者側が「支援されるだけの哀れな客体」ではなく、「誰かにケアを依頼し、その対価として感謝とトークンを贈与する『主体、つまり自己決定権を持つ個人』」へと立場が逆転する。これこそが、自立の意欲と自尊心を取り戻す最大の仕掛けだといえるだろう。
  • 『絆トークン』の悪魔的なおもろい仕掛けは、「ふるさと納税」のコストを組み替え、「税金が安くなる=ベネフィット」という下心をエサに、他者に関心を示さないタイプの人々を、地域社会というケアの現場に引っ張り出しつつ、社会的弱者とされる人々が自ら割印を押すことで『価値の創出者(目的)』へと大転換させる点だ。ニコリ😊
    人間の「利己的な習性」を冷徹に利用しながら、最終的に「人間の尊厳」を担保するこの二段構えの仕掛けは、まさにバナジーたちが世界各地の実験で追い求めてきた「人間の行動心理を捉えた究極のナッジ(行動誘導)」そのものじゃないかな。ニコリ😊

3. 「ヒューマン・リソース」という言葉への嫌悪

バナジーとデュフロも、人間を単なる経済の道具や商品(人材・リソース)としてすり潰す「悪魔の引き臼」のような現代の資本主義に対し、激しい問題意識を持っている。そうじゃなきゃ、貧困経済なんて研究対象にしないだろう。彼らが目指すのも、「人間が人間であるだけで尊重される、貧困のない世界を子供たちに手渡すこと」に他ならない。ニコリ😊


手を伸ばせば、実際に触れることができるんじゃないかと思えるほどに具体化した「絆トークン」のグランドデザイン。しかし、まだ終わらんよ!

実際これを使ってデイサービスとかあるいは、放課後児童クラブとかをサポートするような形もできると思うんだよね。デイサービスや放課後児童クラブ(学童保育)の運営にこの仕組みを組み込むのは、まさにアナルコ・サンディカリズム的な「地域自治のユートピア」を現実化する、最高に合目的的なアイデアかもしれない。

もちろん、こういったところで正規に働いている人には公的な資格が必要なので、常駐職員などとして雇用することはできないだろう。それは解っている。そのうえであえて、考えてみるんだ。

デイサービスや学童保育ってのは、まさに「ケア(福祉・子育て)」の現場であり、現在の資本主義(悪魔の引き臼)の中で「低賃金の労働力(商品)」として最もすり潰されやすく、同時に「巨大福祉資本や利権」に最も買い叩かれやすい領域だともいえるだろう。その一方で、その現場は、低賃金と慢性的な人手不足で疲弊している。猫の手も借りたいってのが本音だろう。実際に老人介護の現場では、ヴェトナム人やインドネシア人の技能実習生という、半・移民労働者を迎え入れているところもたくさんある。

ここにもし『絆トークン』を導入すると、ケアの現場が「手段」から「目的」へと180度ひっくり返り、信じられないほど温かい循環が始まり得る可能性がある。

1. 「お世話する側・される側」の分断を溶かす

  • デイサービス(高齢者):
    施設でただ「お世話される弱者(受給者)」として存在するだけではなく、施設内で「子供たちのために昔のおもちゃを直す」「おやつ作りの知恵を教える」といった自発的な活動をすることもできるだろう。実際に俺のクソ親父86歳は、不死身なくらい元気なので、サービス付き高齢者住宅から飛び出して、地域の太極拳サークルなんかに所属している。そこで得た知見を、施設の退屈した住民にフィードバックしてみたりしたらどうだろう。こういった行動に対して、デイサービスの利用者やほかの施設の入所者が、感謝を伝えるとともに、自分の指をなめて、尊厳を込めて割印した小切手をペリッと手渡すって寸法だ。つまり、彼らは人生の最終コーナーを曲がった先まで「価値の創出者」でいられるって寸法だ。ニコリ😊
  • さらに一歩進めてデイサービス×学童保育の現場から

近年増え始めている「デイサービス」と「学童保育」が同じ屋根の下にある併存施設を思い浮かべてみてほしい。富山県発祥の「富山型デイサービス(共生型サービス)」をはじめ、最近では法改正(2018年の共生型サービス新設)も後押しとなり、赤ちゃんからお年寄り、障害を持った方までが同じ屋根の下でごちゃ混ぜになって過ごす拠点が各地に生まれているんだ。これと連動させることを考えないのは、もったいないばあさん🔗だ!
普段はお世話されるだけのデイサービスのおじいちゃん・おばあちゃんのもとへ、学童の子どもたちが遊びに来たり、ちょっとしたお手伝いをする。そのとき、おじいちゃんは自分の指をペロッとなめて、誇り高く割印を押した小切手を「手から手へ」ペリッとちぎって子どもに渡すんだ。
  • この瞬間、お年寄りは単なる「ケアの受給者(恵んでもらう存在)」から、自らの意志で感謝を形にする「価値の創出者(主役)」へと立場をトランスフォームするんだ。アマルティア・センが言った「人間の自尊心と尊厳(ケーパビリティ)の回復」ってのを、この『絆トークン』を介して実現することができるんじゃないかな。
  • そして小切手を受け取った子どもたちは、大人から「将来どんな商品価値(ヒューマンリソース)になれるか」と品定めされる酷薄な経済世界に入る前に、「自分が人間として誰かを助け、感謝されたことが、そのまま本物の価値(トークン)になる世界」を身体的な実感として学び取ることができる。
  • その原資は地球を削る資源ではなく、「人間の善意という無限のコルヌコピア(豊穣の角)」だ。この体験こそが、将来どんな新自由主義の荒波に揉まれても決して折れない、人間性の土台になり得る可能性があるだろう。 ニコリ😊

2. 「ボランティアの若者」や「シングルマザー」を巻き込む

  • この福祉と子育ての拠点を「小さなアジール」だと考えてみよう。
  • ここに、ふるさと納税のコストを組み替えた強力なベネフィット(下心)を仕掛けておくんだ。「あのデイサービスや学童の手伝いをすると、めちゃくちゃ自分の市民税が安くなるらしいぞ」と、人々のたちの利己心を釣り上げ、現場に赴かせるんだ。しめしめ。
  • しかし、彼らが現場に一歩足を踏み入れ、お年寄りや子供たちから手から手へ「割印付きの小切手」を手渡された瞬間、その生々しい人間的な儀式によって、閉じ込められていたモナドの窓にクラックが入り、地域社会との回路が生み出される。人間は、他者との関係性の中でしか生きられない存在だ。この回路が人格の中に生み出されることは、新たな関係性がそこに生じるってことなんだ。すると、その人間の精神の構造は、気づかないうちに刷新されていくことになる。それが関係の絶対性だ。

3. 国家や巨大資本に頼らない「自主管理運営」

  • デイサービスや学童の運営費(維持コスト)の一部を、この地域限定の「絆トークン」で決済・還流できるようにするのもよいかもしれない。どんな施設も、民間のものなら特に、固定資産税がかかるだろうし、トイレがある限り水道代も必要だからな。
  • 最終的には地元の市県民税や固定資産全、水道料金などの公共事業の支払いにしか使えないバリア(プロテクショニズム)があるため、東京のIT企業や政治利権に手数料を1円もかすめ取られることなく、「人間の善意という無限のコルヌコピア(豊穣の角)」が、100%その現場のスタッフの待遇改善や、入居者や子どもたちの環境改善のためだけに注がれることになるだろう。 ニコリ😊

「デイサービス」と「放課後児童クラブ」という、老いる者とこれから生きる子供たちが交差する場所こそ、地域社会に連帯を生み出す直接行動を起こすにふさわしい、最高の実験特区かもしれないな。

実際に即して考えてみよう。例えば年食って働けなくなった、うちの近所のT 松さんみたいなおじいさんやおばあさんたちのことだ。っさやかな年金だけで暮らしていけたとしても、自宅の建物や土地には容赦なく固定資産税はくる。後期高齢者健康保険料は年金から差っ引かれて、否が応でも払わなきゃいけないわけでだ。水道代だってかかる。この『絆トークン』が、そういう人たちの生活に、少しでも足しになり得るかもしれないぞ。 ニコリ😊

年をとって現役を退き、体力が衰えて社会の歯車として稼げなくなっても、国家というリヴァイアサンは一切の容赦なく、固定資産税、市民税、そして現役世代の負担をも上回る勢いで引き上がる介護・後期高齢者健康保険料の請求書を毎年送りつけくる。

上級国民の人は措いておこう。その人たちも同じ人間だけれど、俺の中で作動している社会的なトリアージの優先順位は低い。グリーンだ。レッドやイエローの人を考えないとな。

貯蓄を切り崩し、カツカツの年金だけでそれらを支払わなければならないお年寄りたちにとって、このシステムは単なる「ちょっとした足し」を遥かに超えた、「生活を守り、尊厳を維持するための命の手綱」になる可能性がある。だいいち、助けてもらった時に、家庭菜園でとれた茄子を持っていける人ばかりじゃないからな。

この切実な問題に対し、『絆トークン』がどれほど完璧なオルタナティブになり得るだろうか?

. 「自分の生きがい」が、そのまま「重税の免除」に化ける

  • 今の社会では、お年寄りがどれだけ地域の子供たちを見守ったり、ご近所を助けたりしても、それは1円にもならず、税金は額面通り納めて行かにゃならんわな。まぁ、地域活動だとか市民の義務だという人もいるかもしれないけれど、そういう手合いに限って、自分からはそういう活動を買って出ないんだなぁ。モナドだから。
  • しかし、デイサービスや学童の拠点で、彼らが「ただ生きていること、誰かをちょっと手助けすること」を通じて、『絆トークン』を回す起点になるとしたどうかな。
  • その手渡した、あるいは地域内で回ってきた『絆トークン』がが、自分を苦しめている「固定資産税」や「市民税」の支払いに直接使える。これこそが、彼らの生活をダイレクトに救うセーフティネットの一助になるだろう。 ニコリ😊

2. 「施し」ではなく「自分の力」で税金を納める誇り

  • 行政から一方的に「高齢者減税」や「給付金」という形で施しを受けるのは、カントの言う人間を手段にする扱いといわざるを得ないかもしれない。もちろん必要な施策だけれど、その心理的な関係性は深く考えてみると、限りなくグレーゾーンだ。
  • そうではなく、「自分が地域(学童やデイサービス)を支えた証拠(割印付きの小切手)によって、堂々と自分の固定資産税を相殺する」。これはお年寄りにとって、「私はまだこの街に貢献している、価値の創出者(目的)なんだ」という人間としての尊厳の源泉になり得るだろう。  ニコリ😊

3. 富裕層の「逆再分配(ふるさと納税)」への最大のカウンター

  • 富裕層が、『官製脱税指南』ともいうべき『ふるさと納税』で肉やワインを、タダ同然で手に入れ、社会の維持コストである税金をチャラにしている裏で、真面目に生きてきたお年寄りが重い固定資産税に苦しんでいる——。これは、道義的にどうなんだ?デビルマンやチェンソーマンに切り刻んでもらいたくなるような理不尽ってもんだ。
  • そのふるさと納税に浪費されている莫大なコストを、丸ごとこの『絆トークン』に組み替えることで、「富裕層の贅沢品のために消えていた公金」を、「お年寄りたちの生存と尊厳を守るための原資」へと100%正しく奪い返すことができるんだ。そうか、このトーウン自体がデビルマンやチャンソーマンみたいなもんだったことだな(笑)。 ニコリ😊

「年金暮らしで容赦なく毟り取られる固定資産税や保険料を、自らの割印の力で相殺し、生き抜く足しにする」

単なる「困った人を助けるための優しいボランティア活動」のレベルを遥かに超えて、マクロ経済の裏の仕組み(インフレによる国債の目減り)、政治の利権構造(ふるさと納税という富裕層への逆再分配や巨大IT企業への公金流出)、そして人間疎外の現代社会(人間を「人材」という手段にする悪魔の引き臼)のすべてを、『絆トークン』という指をなめてめくり、自分のハンコを押す小切手帳」という究極のアナログの非対称戦でひっくり返すグランドデザインになっちまったな。とんでもない代物を考えついちまった。俺が推してるチェンソーマンのパワーちゃんセリフを借りれば、『次のノーベル賞はわしで決まりじゃな!(笑)』

2026/07/31

POST#1925 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第10章

那覇
新自由主義によって、テック封建制によってバブルに閉じ込められ、『消費者』という孤立した記号になっちまった人々を、一人一人がお互いの尊厳を認めあう『市民』へと引き戻すために、この『絆トークン』は、人が人に迷惑をかけることを肯定し、それを受け止める寛容さを人々にはぐくむものであってほしい。ニコリ😊

そう、「現代社会を生きる人々を閉じ込めているモナドの窓を叩き割る」——、これこそが、この「絆トークン」という名のマシーンが放つ、最も破壊的で、そして最も救いのある究極の一撃になれば、これ以上の喜びはない。ニコリ😊

哲学者ライプニッツ🔗が言ったように、本来「モナド🔗(孤立した個)」には外部とつながる「窓」がない。SNSのもたらすエコーチャンバー現象🔗Amazon🔗による消費で、自己の殻に閉じこもってしまった俺たち。

しかしそれは、自分たちで目指して走って飛び込んで入ったわけじゃないんじゃないか?

現代のデジタル資本主義によって、世間の皆様一人ひとりが、スマートフォンの画面という名の小さな檻に追い込まれてしまったというべきじゃないかな。クマの罠みたいなもんだ。そして異居心地のいいバブルの中で、完璧に「窓のないモナド」になってしまったわけだ。

だからこそ、人は他人の痛みに鈍感になり、五体満足な社会の歯車として自分より困窮している弱者を自己責任とバッシングしても、何の痛痒も感じない。他者の苦しみは、自分とは関係ない別世界のことだからだ。

しかし、俺たち人間は、そもそもそういう生き物じゃない。社会によって割り振られた器官を装着し、巨大な分業体制の部品になることで、ほかの器官=血の通った人間そのものに対する共感を失ってしまったんだ。

しかし、民生委員が持ってきたあの小切手帳を広げ、指をなめてめくり、自分の名前のハンコを「ポン」と押して、生身の相手に「ペリッ」とちぎって手渡すその瞬間。その泥臭くも強烈なアナログの衝撃が、頑なに閉じられていたモナドの窓を外側から木っ端微塵に叩き割ってくれることを、俺は酷暑の中構想しているんだ。ニコリ😊

窓が割れた瞬間、そこから吹き込んでくるのは、自分とは縁もゆかりもない『ふるさと』から富を巻き上げていく東京一極集中の冷たい風ではなく、「人間の善意という無限のコルヌコピア(豊穣の角)」から湧きだす『絆』のもたらす人肌の温かい風だ。

いうなればマーサ&ザ・ヴァンデラス🔗ヒート・ウエイブ🔗みたいな感じかな。ニコリ😊
お互いの割れた窓を通じて、人間はただの「生産のための便利な手段(歯車)」から、ようやく生老病死を共にする「かけがえのない目的(生身の人間)」として固く連帯(ソリダリティ)することができる可能性があることに目を向けることになるはずだ。

2026/07/30

POST#1923 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第9章

かつての近江商人の発祥地の一つ近江八幡にて
さて、以前も第2章で財政的な話はした。

しかし、あれはほんの小手調べ。おさわり程度だ。今日はもう少し突っ込んで考えてみよう。

もちろん俺は行財政の専門家ではないので、まったく見当違いのことを考えてしまう可能性もある。それは許してほしい。なんてったって、俺は単なる道楽人=ディレッタントなんだから。

2026/07/29

POST#1922 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第8章

名古屋市にて。奮闘努力の甲斐もなく、今日も涙の、今日も涙の陽が落ちる♪
OK、俺の住む愛知県の夏は暑い。アフリカの人もげんなりする高温多湿だ。アイスを買っても、食べ終わる前に溶けてしまうくらいだ。ヨーロッパ人のようにクーラーは使わないとかバカげたことを言っていたら、死んでしまう。
昨日は珍しく激しい雷雨で過ごしやすかったけど、迂闊に外に出ると電撃くらってお陀仏ってのは、御免被る。

だから連日、俺は自室でクーラーをぶんまわしながら、この構想を充実させることにだけ心血を注いでいる。なんせ今月は暇なんでな。暇すぎて倒れそうだ。

2026/07/28

POST#1921 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第7章

 

Bangkok,Thailand
ケニーの荷物をプロボックスに満載し、福井から俺の倉庫まで車を転がして帰ってきた。
濃尾平野は別世界の暑さだ。夏はねっとりと暑く、冬は冷たい伊吹颪が、容赦なく体温を奪っていく。極端な世界だ。俺の右とも左ともつかない極端な思考は、この風土で鍛えられたのさ。
彼の今後の活躍を期して、二人でうな丼の特上、中詰めといわれるウナギが中ほどにも入ったやつだ。こいつを昼から胃袋に詰め込んだ。一人前いくらかは怖くてかけないぜ。
その後、ケニーの荷物を倉庫を整理して入れ込み、彼を駅まで送っていったんだ。
俺はのどがカラカラだった。家の近所のコンビニに行くと、近所のT松さんがレジでビールの500㎜l缶を6本買っている。アサヒスーパードライだ。この炎天下、飲まないとやってられないんだろう。しかし、この暑さじゃT松さんが不自由な足で、よちよち歩いてコンビニから家に着くまでに、ビールは温くなっちまうだろう。
俺はT松さんを家まで車で送ってあげたさ。ついでに明日の朝、近所の病院までT松さんのおかあさんを送ってほしいと頼まれちまった。まぁ、それも仕方ない。お礼に自家栽培と思しき茄子を持ってきてくれた。ありがとう、T松さん。
残念ながら、うちの息子は茄子が大嫌いときてるんだがね。仕方ないな。俺は茄子の入ったミートスパゲティとか作ると絶品なんだが…。

2026/07/27

POST#1920 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第6章

Bangkok,Thailand
友人のケニーと車で福井に行った。だから今夜は福井の駅前のホテルに泊まったわけだ。彼が以前に福井で仕事をした際にレンタル倉庫に預けていた段ボールに満載の荷物や自転車とかを俺の倉庫の片隅に置くことしたんだ。何かあったときに、面倒を見れる人間の手元に置いておいた方がいいだろう。人生は損得勘定だけじゃないってことさ。それに時には、友人と車を転がしてドライブしたり、酒を飲んだり、語り合ったりすることも必要だろう?
人生は助け合いなのさ。

2026/07/26

POST#1919 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第5章

ハノイ、ヴェトナム
この連日40度に達しようかという酷暑の中、俺の町ではお祭りがおこなわれている。
盆踊りとか駅前のロータリーでやるんだが、うちの息子は連日喜んで出かけていく。〆は必ず荻野目洋子🔗ダンシング・ヒーロー🔗だ。それが俺の町の掟だ。これをやらないとみな怒り狂う。
息子は仁平を着て、俺の履き古した下駄をはいて毎晩踊りに行く。そして、鼻緒を切って帰ってきた。歯のない右近🔗というタイプなので、踵のあたりもすり減りまくっている。
仕方なく、昨日は新たに般若の彫り物が施されたものを新調して、印伝の鼻緒とセットで8200円も出費してしまった。痛い。固定資産税第二期を払ったばかりだというのに…。
近所のショッピングセンターに売ってる2200円の奴じゃダメらしい。
まったく、道楽者の息子は、道楽者になるものさ。

2026/07/25

POST#1918 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第4章

 

Bhaktapur,Nepal

例えば市県民税や、固定資産税なんかの地方税を払うのに使えるようにするってのは、どうかな?だとすれば、それぞれの個人の課税額によって上限が決まるよね。

昨日一旦措いたような、地域の人の暮らしぶりや困りごとになんか何の興味もない、自分のモナド的な世界に閉じこもって営利活動に邁進している人も、市県民税は払うだろうし、固定資産税だって払うだろう。そこにインセンティブが生まれるって寸法だ。

固定資産もない、市県民税非課税世帯ってのもあるはずだから、公営の水道料金などを加えてみてもいいだろう。これはなかなかいいアイデアなんじゃないか?

お上から指定された税額だもの、上限があるよね。しかも、ゲゼル通貨のように半減したり価値が消滅したりする納期を、年四回ある固定資産税の納期や、サラリーマンにはあまり縁のない市県民税の普通徴収なら年四回。水道料金は月々あるので、これは三か月に一回とかにしてもいい。そう年四回の納入期限に合わせて、価値がなくなるということになると、持ち越すこともできないしね。蓄積すらできないんだ。

自分はサラリーマンだから、月々の給与から特別徴収されてしまうからそんなトークン集めても関係ないという向きは、会社から市町村に源泉徴収票を提出してもらうときに、このトークンを合わせて提出してもらい、還付してもらう仕組みを作るとかね。また、持ち家があるんなら、固定資産税の支払いに使えるだろう。原付の税金にだって使えるようにするか。

納期の問題は、いったん措こう。このルートで還付を目的に提出されたものは、期限を過ぎていても受け付けるようにするとかやりようはあるだろう。

うむ、自慢じゃないけれど、これはなかなか独創的な発想じゃなかろうか?今までに生まれては消えてきた地域通貨とは、ちょいと毛色のちがった解決策なんじゃないかな?

「市民税(あるいは固定資産税などの地方税)をケアトークンで支払えるようにする」

このルールを市や県が認めた瞬間、このトークンは単なる「ボランティアのポイント」から、国家の日本円と同等の、あるいはそれ以上の価値を持つ「本物の地域法定通貨(ローカル・フィアット・マネー)」に完全進化しちまうんだ。

なぜなら、経済学(租税貨幣論🔗)において、紙切れがお金になる最大の理由は「それを使って政府に税金を払えるから」だからだ!これは以前ビットコインをMMT🔗を使ってぶった切ったときにも説明したよね。覚えているかい?

この「市民税をトークンで払える」というルールが、なぜ俺の構想したシステムを100%完璧に完成させるのか、その凄まじい効果を説明いたすとしよう。

1. 100%の「信用創造」がノーコストで完了する

わざわざ市役所が何千万円もの日本円の予算をプールして、トークンの換金口座を用意しなくても、「このトークンで市民税が払えます」と条例で決めるだけで、トークンの信用は一瞬で100%担保される。
市民もコンビニも、企業も、「これで税金が安くなる(払える)」と分かっていれば、日本円と全く同じ価値のものとして、大喜びでそのトークンを受け取り、地域で回し始めることになるだろう。

2. 「弱者が税金を払える」という革命

みんな大好き自民党+株主至上主義の経団連のシステムに忠実な現代の資本主義では、資産のない氷河期世代、ギグワーカー、シングルマザー、高齢者にとって、市民税の納税は非常に重い負担だ。これに国民年金や健康保険が加わるともうアウトだ。手元の生活費がなくなってしまうため、余力もなく滞納してしまうこともしばしばあるだろう。

しかし、このシステムなら、彼らが地域で子どもを見守ったり、ゴミ出しを手伝ったりという「ヒューマン・カインドネス(優しさ)」を発揮すれば、それがそのまま「納税」になってしまうという効果があるわけだ。
お金(日本円)がなくても、人間性(ケア)があれば、社会の義務を果たし、堂々と市民として尊厳を持って生きていける社会が、これで本当に実現するんだ。悪い話じゃないだろう。

世の中、べらぼうに金を持ってるやつでも、たいてい上には上がいる。そして自分より貧しい人間を見下すのは気持ちがいいのかもしれない。しかし、そうやって見下される人々も社会を構成しているし、尊厳を以て扱われるべきだ。絶対に。

3. 「富裕層や技術者」がトークンを必死で欲しがる(格差の解消)

昨日俺は、「ブリコラージュの天才や技術、アピール力のある人にトークンが集中してしまう」というバグを懸念していたよね。
しかし、市民税の支払いに使えるとなれば、「税金を払わなければならない地域のお金持ち、或いは大企業のサラリーマンや技術者たち」が、今度は必死になってトークンを欲しがるようになる可能性だってあるんじゃないかな。

彼らはプライドが高いからさ、トークンを手に入れるために、今まで見下していた弱者(老人やギグワーカー、子どもたち)に対して「何かお手伝いできることはありませんか?」「技術を教えますからトークンをください!」と、頭を下げることはないにせよ、それとなくケアを提供しに来るようになるんじゃないかな。

こうして、強者から弱者へのカインドネスの逆流(富の再分配)が自動的に促されることになるんだ。こうして、社会の中に基盤的共産主義が熟成されて行くんだ。上等のハムみたいに。


デヴィッド・グレーバーとトマ・ピケティへの、俺からの応答

ピケティが求めた「富の再分配」と、グレーバーが求めた「基盤的共産主義(国家や市場に依存しない人間の絆)」。これが、「市民税をケアトークンで払える中核市(一宮市など)」というアイデアによって、完全に現実のシステムとして融合するわけだ。

国(中央政府)がどれだけ増税しようが、インフレで円の価値を落とそうが、この市税充当システムがある地域だけは、住民の「優しさ」だけで税金が払え、生活が守られる「完全な経済的独立区(コモンズ)」になるだろう。

ここまで完璧にロジックが組み上がった「市民税支払型ケアトークン」。

これはまさに、クナップとか MMT とかの理論なんだよね。

ゲオルク・フリードリヒ・クナップの「表券主義(チャートリズム)」、そしてそれを現代に蘇らせたMMT(現代貨幣理論)」の核心を突いてるんだ。

クナップやMMTの理論を「地域社会の税制と福祉」に直接組み込むという俺の発想は、経済思想の歴史から見ても完全に正しいロジックなんじゃないかな。

クナップやMMTが証明したのは、「貨幣の価値を決めるのは金(ゴールド)のような希少な物質ではなく、政府が『これで税金を払え』と指定したという事実である(租税貨幣論)」という真実です。

俺が構想している「市民税をケアトークンで払えるようにする」というアイデアに、MMTの理論を当てはめると、既存の行政(一宮市や愛知県)の常識をひっくり返す以下のような劇的なロジックが完成するな。

MMTのロジックで行政をハックする3つのポイント

  1. 「財源(日本円)がないからできない」という言い訳を完全に潰す
    従来の行政は「福祉予算(日本円)が足りないから、氷河期世代や単身高齢者を十分にケアできない」というんだよね。それは棄民政策だっていうの!しか~し、MMTの視点に立てば、中核市というオーソリティが独自にトークンを発行し、それを「市税の支払いに使える」と宣言するだけで、実質的に財源を自ら創出(信用創造)したことになります。最初に日本円の予算をどこかから持ってくる必要は一切ないとは間では言わないが、ずいぶんハードルが下がることは間違いない。
  2. 「税金は財源ではない。トークンを流通させるための『ドライブ(推進力)』だ」
    MMT
    において、税金の本当の目的は「政府の活動資金を集めること」ではなく、「みんなにその通貨を使わせること」なんだ。市役所が市民税をトークンで徴収するのは、市にお金が必要だからではなく、市民に「トークンを手に入れるために、地域で介護や育児などのケア労働(ヒューマン・カインドネス)を提供し合おう」という強烈なインセンティブを与えるために他ならない。
  3. JGP(就業保証プログラム)」を地域コミュニティで自動実装する
    MMT
    の重要政策に、政府が失業者に最低賃金の仕事を保障する「就業保証プログラム(JGP)」がある。これはたいていMMTの本の一番最後の法に書いてあるから、最初の法だけ読んでわかった気になってる人間は気が付かない。けど、これがMMTを血の通った経済理論にしているキモなんだ。俺の考案したこのシステムは、これを国家ではなく「地域社会」で実現することを目指しているんだ。資産のないギグワーカーや高齢者が、自分のカインドネス(ゴミ出しや相談相手)を地域に提供するだけで、自動的に「市税の支払い能力」という実質的な所得を得られる。つまり、民間市場(経団連的な資本主義)で雇用されなくても、地域社会で尊厳を持って生きていける仕組みになるんだ。悪くないアイデァだろう?

まさにこの「税金や公共料金で回収する」という仕掛けこそが、クナップやMMT(現代貨幣理論)が証明した「無(ゼロ)から生み出した紙切れに、誰もが信じざるを得ない絶対的なオーソリティ(公的価値)を与える唯一の方法」なんだ。自分でいうのもなんだけど、システムとしては100%大正解だ。

そう、確かにこれは、仕事にあぶれたギグワーカーに対する、就業保証プログラムみたいなものとして機能する可能性もあるよね。

これは市場経済(資本主義)の都合で弾き飛ばされ、仕事に溢れてしまったギグワーカーたちの尊厳と生活を担保する、地域主導の「就業保証プログラム(JGP)」そのものといっていいだろう

MMT(現代貨幣理論)が提唱する本来の就業保証プログラムは、国家が最後の雇い主となって一律の仕事をインフラとして提供するものだけれど、このシステムはそれをさらに進化させ、「地域社会(コモンズ)が最後の雇い主となり、提供する仕事は人間の『優しさ(ヒューマン・カインドネス)』である」という形にカスタマイズされているわけだ。

このシステムが、仕事に溢れたギグワーカーたちにとって究極のセーフティネット(就業保証)になる理由は、次の3つの圧倒的な価値があるからです。

1. 「労働」の再定義:ブルシット・ジョブからの解放

資本主義の市場では、ギグワーカーの仕事(過酷なノルマの配達や、細切れのデータ入力など)は買い叩かれ、グレーバーの言う「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」に限りなく近づいていく。
しかし、この地域JGPが保証する仕事は、高齢者のゴミ出し、子どもの見守り、近所の相談相手といった、「誰かの命や心を直接支えるケア労働」そのものだ。自分の労働が100%他人の役に立っているという実感が、剥き出しの情け容赦のない資本主義に傷つけられた彼らの自己肯定感を強烈に回復させてくれるんだ。そう、人間にとって一番つらいことは、誰からも必要とされないことなんだ。

2. 「スキルや資本」がなくても全員が「即採用」

民間市場の就職活動では、履歴書、年齢、職歴、資格などで人間が品定めされ、容赦なく選別される。それが世の中の仕組みだ。
しかし、人間の「カインドネス(優しさ)」を燃料とするこのシステムには、面接も書類選考もない。「誰かを助けたい、地域に関わりたい」という意志さえあれば、仕事にあぶれたその日のうちに、誰でもすぐに地域社会の「公的な担い手」として就業、つまりトークンの獲得・納税権の取得が保証されるわけだ。

3. 「孤立」から「結びつき(紐帯)」への大逆転

通常の失業対策や生活保護などの現金給付は、受け取る側を「孤立した受給者」のままに放置する。これは失業して職安とかに通った経験からしても、まぁしんどい。メンタルがやれれるんだ。
対して、この就業保証は「必ず誰かに迷惑をかけにいく(頼る・頼られる)」ことでしか成立しない。仕事を通じて地域の中に顔見知りが増え、「あそこに行けばあのギグワーカーの兄ちゃんがいる」という生存のネットワーク(紐帯)が自動的に編み上がっていく。これこそが、地域の弱者を支え、孤立無援に今を生きる人々の老後を支える最大の資産になってくれるはずだ。人は一人では生きられないからな。自己責任といって、人々を分断するのはその方が管理しやすいからだ。


資本主義の「外側」に、人間のための居場所を作る

中央の政治(自民党・経団連)がどれだけ労働法制を改悪し、人間を使い捨てのパーツのように扱おうとも、中核市(一宮市など)がこのMMT的・ゲゼル的な就業保証プログラムを立ち上げてしまえば、市場の景気に左右されない「もうひとつの優しい労働市場」が足元にできあがることになるんだ。オルタナティブな経済システムだ。

例えばさ、寝たきりになっちゃった人の家の草むしりをするとかそういうのでも俺はいいと思うんだよね。もちろんこれは綺麗事のボランティアってわけじゃないぜ。、現代の地域社会が抱えるリアルな問題なんだ。

1. 誰も傷つかない「究極の迷惑(ケア)の循環」

  • 寝たきりの人は、庭の草が伸び放題になっているのを見て「近所に迷惑をかけている」「でも自分ではどうしようもない」と、毎日強いストレスを抱えてることになるだろう。
  • そこに、仕事に溢れたギグワーカーや地域の若者が来て、黙々と草をむしる。
  • 寝たきりの人は、自分が最初に配布されたケアトークンを「助かった、ありがとう」と渡すんだ。
  • 寝たきりの人は「他人に迷惑をかけた」のではなく「トークンを流通させてギグワーカーの市民税支払いを助けた、社会の主役」になれるんだ。一方でギグワーカーは「自分の体力とカインドネス(優しさ)で、寝たきりの人の尊厳を守り、自分の税金も払えた市民」として、胸を張って一日を送ることができるのさ

2. 行政(中核市)にとっての「莫大なコスト削減」

もしこれを民間業者に頼めば、寝たきりの人の限られた年金から日本円が消えていくだろう。

行政がシルバー人材センターなどをフルで派遣しようとすれば、今度は税金(日本円)が削られることになるだろう。

さらに、草が放置されれば、防犯上のリスクや害虫の発生など、地域の治安悪化という別の行政コストが跳ね上がっていくことになる。
「草むしりをトークンで解決する」ことは、市役所にとっても「一銭も日本円を使わずに、地域の福祉と治安を同時に維持できた」というまんざら悪くないシナリオなんじゃないかな

3. 「草むしり」から始まる、一生モノの紐帯(ちゅうたい)

ただの等価交換(円のビジネス)であれば、業者が草をむしって、お金を払って「はい、さようなら」で関係は終わりだ。それが資本主義の仕組みだ。業者も、依頼主もお互いにとって単なる記号にしか過ぎない。
しかし、これは「もらった相手には返さず、別の人に回す(クラ貿易)」トークンだ。

草をむしってもらった寝たきりの人は、今度は別の誰か(例えば、近くの子供会のイベントなど)にトークンを回すために、「私にできる次の迷惑」を探し始めるだろう。
そして、草をむしったギグワーカーの青年は、「今度はあの寝たきりのおばあちゃんのために、台風が来たら様子を見に行ってあげよう」という、お金で買えない自発的な見守りの関係(全員がゆるやかな民生委員)へと育っていく可能性を秘めている。

つまりこれは、人間を単なる記号として処理する資本主義のシステムに風穴を開ける、本物の「ポスト資本主義の第一歩」になりうる可能性を秘めてるわけだ。

どんなに巨大な経団連や自民党のタッグであっても、地域で繰り広げられるこの「草むしりと優しさの循環」を止めることはできっこないんだぜ。

「その場での11の等価交換」で終わってしまったら、それはただの「短いスパンの労働市場」に逆戻りしてしまい、資本主義のロジックに飲み込まれるだけだろう。

等価交換で関係が清算されて「ゼロ」になるからこそ、人間関係がスカスカになり、人はまた孤独な「消費者」という記号に、「労働者」という記号に変換されてしまう。

俺が君たちとの対話を通じて構想しているのは、「あえて清算させず、永遠に終わらない貸し借りの連鎖を通じて、人と人との繋がりを地域全体に編み上げていくこと」なんだ。

草むしりをしたギグワーカーの青年が、受け取ったトークンをどう動かすべきか。等価交換で終わらせないための、システムとしての「次の展開」は、例えば以下のように回していくことで完璧に機能するべきだろう。

等価交換を破壊する「リレーの法則」

受け取ったトークンは、すぐに「別の人」へ回す
草むしりでトークンを得た青年は、それを大事に保管して、市県民税の支払いに充てることもできるだろう。あるいはまた、それを自分の財布にしまい込んで等価交換を完結させることなく、トークンの価値が償却してしまう前に、自分の問題を解決するために誰かの力を借りることに使うこともできる。
「ケアの受け手」から「ケアの贈り手」への強制転換
青年は、そのトークンを持って、例えば「近所の子育て中のシングルマザー」のところへ行き、「今週末、お子さんを数時間預かりますよ」とカインドネスを提供し、トークンを彼女から受け取ることもできる。その一方で、自分の仕事時間を確保するために、このシングルマザーに生鮮食品の買い物をしておいてもらうことをお願いしたり、食事を提供してもらったりして、トークンを渡すことができる。
地域を巡る「恩送り(ペイ・フォワード)」の永久機関
    • 寝たきりの高齢者 (草むしりへの感謝) ギグワーカーの青年
    • ギグワーカーの青年 (買い物の代行への謝礼) シングルマザー
    • シングルマザー (こどもの宿題を教えてもらったお礼) 近所の大学生
    • 近所の大学生 (進路の悩みなどを相談する) 別の高齢者

こんな感じで、トークンがもらった相手に戻らず、地域をグルグルと円状に回り続けることで、誰も関係を「清算」できなくなるという寸法だ。クラ貿易イ円環を描くんだ。

もちろん、最初からすんなりマッチングできるとは限らないけれど、あえてスマートフォンのアプリとかを使わずに済ませたい。というのは、アプリなどが介在することで、お互いの人間関係が単なる依頼者と受諾者の間の等価交換にすんなり収まってしまう公算が高いからだ。

住民全員が、地域に対して「貸し」と「借り」を同時に抱え持った状態になること。これが「人間の結びつき(紐帯)をどんどん太くしていく」ことなんだ。

2026/07/24

POST#1917 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第3章

Patan,Nepal
さて昨日に引き続いて、この「氷河期世代・ギグワーカーの孤立をも防ぐ民生委員補完システム」という超具体的なトークンに、さらに仕掛けを施すならどんな仕掛けがふさわしいか考えてみよう。

例えば一定期間内に使用しないと価値が半減するとか、無くなってしまうとかはどうかな。

この一定期間で価値が減る仕組みは、経済学でいうところのシルビオ・ゲゼル🔗の考案したゲゼル通貨🔗(減価する貨幣)」の応用だ。

このルールを組み込むことで、システムはより洗練されたものになるだろう。

資本主義の「円」や「ドル」は、使わずに貯め込む、つまり蓄蔵するほど利子がつき、富が増える仕組だ。建前上はね。

これが格差を生み、人々が「将来の不安」からお金を抱え込む原因になっているわけだ。そう、資本の流動性の低下を招いているわけだ。日本人の個人貯蓄の総計は2400兆円弱、預貯金だけに限っても1126兆円あるといわれているんだぜ。

いったいどこにそんなに金があるのか。まったく自慢じゃないが、俺のところにはないということは断言しておこう。無産階級とは俺のことだ。

俺はオレオレ詐欺とかトクリュウ犯罪ってのは、一種の形を変えた過激な世代間闘争じゃないかって思えてくるときすらある。とにかく、先の見えない世の中、みんなビビって現ナマをため込んだり、保険や投資信託にぶっこんだりしているわけだ。みんな先が見えないから、少しでも多くの金を確保したいと思っている。それが人情だ。世界の定説だ。

しかし、このケアトークンに「使わないと価値が半減する、或いは有効期限が来ると価値がなくなる」という時限爆弾のようなルールを仕込むと、「貯め込むことが完全に無意味」になる。なんせ単なるデータもしくは紙切れになるんだからな。人間は、自分の資産が紙切れになるのを恐れる。それがたとえ薬局のポイントでも。ましてや、お上のお墨付きのあるトークンならなおさらだ。その結果、地域社会に爆発的なエネルギーが生まれます。

「減価するトークン」がもたらす決定的な3つの効果

「迷惑の高速回転」が起きる
手元に置いておくと価値が下がってしまうため、人々は「早く誰かに迷惑をかけて、このトークンを使わなきゃ!」と焦るようになるんじゃないかな。「ゴミ出しを頼む」「子どもの相談にのってもらう」といったケアの要請が、地域の中で超高速でローテーションし始めることだろう。そう、現実啓座への出口がなければ、そういうことになる。間違いなく。

富の独占(格差)が構造的に不可能になる
ピケティが『21世紀の資本』で証明したように、放置された富は勝手に増殖する。それが複利計算の素敵な魔法だ。しかし、このトークンは放置すると価値が減価したり消滅したりするため、地域に「お金持ち」というかトークン長者が生まれないんだ。どっかのタイミングでご破算、そしてリトライってことだ。これによって誰もが平等に、常にケアの循環の中にい続けざるを得なくなるんだ。

「将来への不安」が「人への信頼」に変わる
これまでの経済では、老後の不安のために「円」を貯め込んできた。みんなの恐れる『老後2000万円問題』だ。しかし、このシステムではトークンを貯め込めない代わりに、「これまでにトークンを回し合ってきた、地域の人々との太い絆(紐帯)」が手元に残るんだ。これこそが、氷河期世代やギグワーカーが老後に本当に必要とする、最強の保険になり得るかもしれないぜ。

歴史的な成功例:ヴェルグルの奇跡

実は1930年代、オーストリアのヴェルグル🔗という小さな町で、これと全く同じ「使わないと価値が減る地域通貨」が実験されたことがある。
大恐慌で町中が失業にあふれていた中、この通貨を導入した途端、人々は価値が減る前に使おうと猛スピードでお金を回し始め、一瞬で失業者が消え、インフラが整備され、奇跡的な復興を遂げることになったんだ。そして、その結果どうなったか?その効果があまりに強力すぎて、国の中央銀行に潰されたんだ!

ここでいったん今までの内容のまとめ「ポスト資本主義のOS

ここまで俺が君たちとの対話を通じて紡いできたアイデアを統合すると、なかなか面白い社会ステムのOSが見えてくるんじゃないかな。

  • 最初の配布先:老人、子ども、氷河期世代・ギグワーカー、障害を持つ人々(弱者が富の起点)
  • 回し方のルール:もらった相手には返さず、別の人に回すペイ・フォワード方式(モースの贈与論、クラ貿易の再現)
  • 流通の仕組み:日常のささいな「迷惑の掛け合い」(全員がゆるやかな民生委員になる補完システム)
  • 公的接続:行政が認め、一部「円」や行政サービスと交換可能にする
  • 時間制限:一定期間で価値が半減もしくは消滅する(貯め込みの禁止、ゲゼル通貨の思想)

これは、グレーバーやピケティたちが本の中で求めていた「次の一手」の、極めて具体的で生命力にあふれた答えにならないかな?

この話はまだまだずいぶんと続くから、折々にまとめていくようにしよう。

そうじゃないとどこまで話したか、俺もわからなくなっちゃうからね。

2026/07/23

POST#1916 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第2章

Katmandu,Nepal

これが狭い町内や、有志の仲間内でとどまっている限りは、単なるごっこ遊びだ。

子どものごっこ遊びなら、それでもいいさ。けれど、俺はもういい加減いい歳をしたおっさんだからね、ごっこ遊びじゃ満足できないのさ。東島丹三郎🔗も言っていただろう『俺のはごっこじゃないから!』だ。

ここらで一丁、「現実の社会システム(マトリックス)への接続」へとステップを進めてみよう。夢を夢物語で終わらせるのは、もう飽きたのさ。なんせヴァーチャルじゃ腹は膨れないしな。

地域だけの「ごっこ遊び」で終わらせず、持続可能で強力なものにするには、何らかの形で日本円(つまり法定通貨)との交換性を持たせる回路が必要だ。

つまり「行政を巻き込んだ公的なインフラ化」が不可欠になるだろう。

それがみんな大好きなコモディティビットコイン🔗や、どこか胡散臭いステーブルコイン🔗と一線を画するオーソリティを付与することになるはずだ。

なぜなら、いくら地域でトークンが回っても、家賃や税金、医療費は「円」でしか払えないという現実があるからだ。この「円との交換」を可能にするための、行政を巻き込むロジックと具体的なシステムについて、さらに一歩考えを進めよう。

例えば、このトークンを地域限定でコンビニなんかの支払いに使えるようにするというのはどうだろう。コンビニは現代社会において、最も身近で、24時間いつでも開いている究極のライフラインだ。ここで「ケアトークン」が使えるようになれば、利便性が跳ね上がるだけでなく、社会的な意味がガラリと変わるだろうな。このトークンをもし「市内のコンビニ」で使えるようにするというアイデアを実現したならどうなるだろうか?

一見それは、このシステムを一部の意識の高い人たちだけのものから、すべての市民(特に氷河期世代、ギグワーカー、高齢者など)の「本当の生活防衛インフラ」へと一気に引き上げる、最高のブレイクスルーになるかのように見える。

しかし、これは残念ながら、あまり良い手じゃない。むしろ悪手だ。

なぜって、実際に生活困窮者にこのトークンを配布したとしよう。

彼らは、真っ先にコンビニに向かい、生活必需品と交換してしまうだろう。それでおしまいだ。めでたしめでたし。

これじゃ、いままで何度も繰り返されてきた『定額給付金🔗』や『特別定額給付金🔗』などの『生活支援金』と変わらない。焼け石に水で何も変わらない。一瞬で蒸発して終わりだ。

一瞬で蒸発させず、地域のコミュニティに人間と人間の紐帯を築く、現実的なトークンにするためには、昨日の最後にも話したけれど、現実社会の通貨とリンクする道筋をつけなければならないんだ。しかし、単にこれを生活困窮者に配布する配給チケットや『生活支援金』のようなけち臭いものにしてしまっては、何の意味もないんだ。

現実の経済への出口のことは、いったん措こう。

実は、まだここまでの話では、社会的な弱者にこのトークンを配布することに関して、そのトークンを誰が配布するのかっていう事業主体が、はっきりされていないんだ。

これは、現実経済からこのトークンを通じた地域のコミュニティへの『流動する資本』の入り口を設定していないということだ。この流路を確保しないと、単なる脳内お花畑だ。

最初は、俺も人々からの寄付によって賄うことも考えた。しかし、個人の善意を頼るだけでは、おのずと限界があるだろう。ビル・ゲイツ🔗イーロン・マスク🔗が手助けしてくれるとも思えないしな。

或いは、ステーブルコイン🔗のように出資者を募り、それを原資にするという案も一瞬頭をよぎったが、そもそもこのトークンは構造的に経済的な利潤を生みだすという機能は薄い。利潤のないところに、人間は投資をしない。そう、これはある意味の信用創造🔗なんだ。

2026/07/22

POST#1915 ケアによって人々をつなぐトークンという構想 第1章

東京都中央区築地1丁目
先日、俺が息子を塾に送っていった帰り道、カミさんから電話があった。

近所に住む80代半ばT松さんのおじいさんが、奥さんの具合が悪いから市民病院まで車で乗せていったほしいって頼まれてってんだ。その時カミさんは、テレワークで仕事中だったから、俺がどれくらいで帰ってくるのか聞きたかったみたいだ。

結局、カミさんは仕事を中断して、市民病院までT松さん夫妻を乗せていった。

とはいえ、市民病院は家からほんの300メートルほど、家の前の道をまっすぐ行って信号を一つ渡ったところなんだが、足腰の弱った老人、それも運転免許を返納してしまった老夫婦にとっては、それがとても大変なことなんだ。

幸いT松さんのおばあさんは大事なかったようで、しばらくするとT松さんがやってきて、お礼にといってナスやピーマンを持ってきてくれた。

そんな気を使わなくてもいいのに。

しかし、無碍に贈与を受け取らないのは礼を失する。だからありがたく受け取っておいたんだ。どうやって帰ってきたのか気になっていたんで聞いてみたら、タクシーで帰ってきたんだそうだ。やれやれ、不滅の体力を誇る俺の親父の有り余るエネルギーを分けてやりたいよ。

2026/07/21

POST#1914 ミダス王の呪い、あるいは光るものすべてが黄金だとは限らないぞ

 

世界の車窓から。今日は香港からお送りします。

先日、うちのカミさんが俺にぼやいていた。20年ほど預けていた定期預金が満期になったので、どうしますかって銀行から電話がかかってきたらしい。若い頃に名古屋の会社で働いていたころに設けた定期預金らしい。で、カミさんはどれくらい利息が付いているか聞いてみたらしいんだ。そしたら驚きの金額だ!

なんと利息は総額3,000円だ!家族ではま寿司に行って寿しを食べても、これじゃ足らないぜ!

実際に円が世界の基軸通貨ドルに対して、ここ30年くらいで大きく価値を減らしている状況を考えに入れると、これは利息どころか銀行に預金していたおかげで様で、資産価値が減ったということだ。利息3000円とか言って嘆いてる場合じゃない。

その上、お上が必死に税制優遇して、新NISA などの投資に、人々を誘導するのはもう日本円を信用するなと言ってるのと全く同じことだなと思えてくるぜ。

かつての「預金しておけば安全」という神話の崩壊は完全に崩壊してるな。利子がついても振込手数料一回ですっ飛んでしまうんだ。帳簿をつけてても笑うしかないぜ。

対ドルで見た日本円の価値は激しく目減りしている。1995年には1ドル80円くらいまで行った。悪夢のような民主党政権の時は1ドル110円くらいだった。そして今は、162円だ!これこそ悪夢じゃなくて何なんだ?!

実際に購買力ベースで見れば、日本は21世紀に入ってからほとんどの間、大損しているのが現実だ。そして、「国がNISA(少額投資非課税制度)などで投資へ国民を強く誘導しているのは、裏を返せば『もう国(日本円)を信用するな、自分の身は自分で守れ』と政府が白旗を上げているのと同じである」というのは、残念ながら冷徹で正しい見立てなんだろうな。

この構造を、MMT(現代貨幣理論)の限界と、国の本音という2つの視点から整理するよ!


1. 「対外的な減価」というMMTの死角

MMT🔗では「自国通貨建ての国債を発行している限り、政府は財政破綻(デフォルト)しない」と主張している。しかし、これはあくまで「国内」の話だよ。

円安による購買力の喪失: 
日本はエネルギーや食料の多くを海外からの輸入に頼っているのはご存じの通り。
エネルギーも食料もアウトソーシングだ。ついでに労働力もな。日本国内でいくら政府が「円」を担保し、破綻しないと言い張っても、対ドルで円の価値が下がれば、海外からモノを買う力、つまり購買力は確実に落ちることになるんだ。なんせ、日本はドル覇権を支えてる、毘沙門天🔗の足元のアマノジャク🔗みたいな国だからな。
実質的なババ化
20年前に預けた金が、数字の「額面」としては減っていなくても、アメリカの物価上昇や円安によって「買えるモノの量」が半分近くに減ってしまっているなら、それは国家が円の「価値の保存機能」を担保しきれず、国民に損失(ババ)を押し付けたことに他ならないんだ。

2. NISA誘導の真意:国家の「担保責任の放棄」

国が「貯蓄から投資へ」とスローガンを掲げ、NISAを拡充している動きは、まさに「国家による敗北宣言」であり「自己責任論へのすり替え」そのものだ。

「円」だけでは守れないという本音
政府や中央銀行は公式には「円の価値は安定している」と言わざるを得ないよな。口が裂けても、わが国は失敗国家ですとは言えないさ。
しかし行動としては、新NISAを通じて「米国株(オルカンやS&P500など)」のような外貨建て資産を国民に買わせようとしているわけだ。
これは政府自身が「日本円だけで資産を持っていると、これからのインフレや円安で確実に目減りしますよ」と認めている何よりの証拠だろう?
福祉(年金)の肩代わり
本来、国家の役割は国民の老後の生活や生活弱者や貧困層を、年金や社会保障制度で担保することだ。しかし、財政と通貨の力が弱まった国は、「投資で自分で増やして、老後の資金は自分で用意してください」と、本来国家が負うべきリスクを国民の個人の責任へとシフトさせているわけだ。じゃぁ、今生活に困窮している現役世代はどうなる?
俺はこの状況は、ある種の棄民政策じゃないかとすら思っているんだ。

現代の日本で起きていることは、非常に皮肉な構造だ。

国家の基本は「日本円」を最高のインフラとして担保することであるはずなのに、その国自体が「円だけを持っていると損をするシステム」を作り出してしまい、国民に対して「NISAという道具を使って、円以外のコモディティや外貨(他国のババや良貨)を自分で掴みに行きなさい」と突き放しているのが現状なんだ。

「国家が担保するからこそ通貨は成り立つ」という大原則が、今の日本政府自らの手によって内側から崩壊しつつあるという見立ては、まさに今の日本経済の最大の矛盾を捉えているといえるだろう。

2026/07/20

POST#1913 The Great Money Game SWINDLE!

Copenhagen,Denmark

ここんとこ、気温も爆上がりしてる。電気の使い過ぎだとは思うが、クーラーなしじゃやってられない。37度とか、湿った空気がねっとりと肌にまとわりついてくる。ビットコイン🔗マイニング🔗なんかで電気を使って、地球温暖化に貢献するのは考えもんだぜ。

ビットコイン🔗マイナーの皆さんのたゆまぬ努力の甲斐あって、あんまりにもビットコイン🔗が爆上がりしてるんで、似たようなものを作り出したりする動きが出てきているんだ。

しかし、この新手の仮想通貨はビットコイン🔗のようなまったくの幻想によって立つものではなく、実体経済(金利や物価)と完全に連動するように作られたステーブルコイン🔗(デジタルドル)」という現代の別解だ。

なんだそりゃ?ってのが俺のような資産運用に縁のない人間の感想だ。

ステーブルコイン🔗とは、価格の安定性を保つように設計された暗号資産(仮想通貨)なんだそうな。ビットコイン🔗などの一般的な暗号資産とは異なり、米ドルや日本円などの法定通貨、または金(ゴールド)などの資産と価格が連動(ペッグ)するように作られているらしい。

つまり、実際の貨幣やゴールドとリンクするように設計されているところがミソだってことだ。これでビットコインのような高騰や暴落を防いでるわけだ。足のない仮想通貨というゴーストに実体経済との連動っていう足をつけてやって、本物みたいに擬態させているわけだ。

ステーブルコインは、価格を安定させるシステム設計の方法によって、ざっくり4つのタイプに分かれてるみたいだ。

法定通貨担保型

法定通貨(米ドルだの日本円だのユーロなど)を同額の担保として保有する仕組みだ。代表例というか圧倒的に流通量が多いのがアメリカの発行するUSDC🔗USDT🔗だな。

暗号資産担保型

ビットコイン🔗イーサリアム🔗など他の暗号資産を担保にする仕組みだが、当然価値が乱高下する仮想通貨を担保にした仮想通貨なんて、なんかすごく胡散臭いな。ということで、このタイプのステーブルコインは、額面に対して過大な額のビットコインやイーサリアムを保有することで、その過大な分を相場の乱高下に対するバッファーにしているという設計だ。

③コモディティ担保型

これはまぁわかりやすい。金や原油などの現物資産を担保にする仕組みだ。

発行元が保有する金を担保にしていたりするわけだ。金相場が上がると仮想通貨の価値も上がる。代表例:PAX Gold 🔗だ。1トークンが実物の金(ロンドン・グッド・ディリバリー・ゴールド・バー)の1トロイオンスと連動しているんだそうだ。イーサリアム🔗・ネット・ブロックチェーン(ERC-20)上で機能し、保有者は金庫に保管された金地金を直接所有しているのと同じ価値を持つんだそうだ。

アルゴリズム型(無担保型)

「供給量をプログラム(アルゴリズム)で自動調節して、価格を1ドルなどに保つ」仕組みなんだそうだ。法定通貨や金(ゴールド)のような「本物の裏付け資産」を持たないことが最大の特徴なんだ。それじゃビットコインと大差ないよなと思うだろう。その難点を、経済学の基本である「モノが増えれば価値が下がり、モノが減れば価値が上がる(需要と供給の法則🔗)」という需給曲線のシステムをベースにした、スマートコントラクト(自動執行プログラム)を使って24時間強制的に行うことで価格を安定させようとしてるんだそうだ。

しかし、無担保故のリスクがあるよな。そう、過去に大暴落(USTなど)の事例があり、リスクが高いんだ。

こんなわけのわからないものが、雨後の筍のように出てくるからには、この暗号資産の購入や売却、或いはその価値の裏付けに実物資産の資産価値との間で、とんでもなく利益が出るからくりがあるんじゃないかと疑わしく思えてくるぜ。実際に、運営元の信用リスクもある。つまりだ『裏付けとなる担保資産が本当に存在するか』が重要ってことだ。また、金融当局による規制による影響もあるだろう。それぞれの国は自国の通貨の価値を守らなきゃいけない。それになんだかわけのよくわかない仮想通貨がぶら下がっていたら、万一の場合法定通貨自体の価値を毀損してしまう可能性だってあるだろう。だからこそ各国の法規制により、利用や流通が制限される可能性がある。

また、ペッグ外れ(ディペッグ)といって、何らかの要因で「1ドル=1ドル」の連動が崩れるリスクだって当然ある。アメリカのFRBが発行しているわけじゃないんだから。

で、世間で言われているステーブルコインの主なメリットはこんなところだ。

①価格が安定している:日常的な決済や送金に利用しやすい。

②送金コストが低い:国際送金も24時間いつでも安価かつ高速に完了する。

③避難先としての機能:仮想通貨市場が暴落した際の一時的な資金退避先になる。

更に当の各国の中央銀行も『中央銀行発行デジタルコイン🔗』なんてのを出すに至ってる。

これは法定のデジタル通貨って言ってもいいだろう。

うーん、俺が思うに中央銀行発行デジタルコイン🔗にしてもステーブルコイン🔗にしても別にその大騒ぎするほどのこともないよな。日本の中央銀行が発行してる日銀の発行している、皆様お馴染みの日本銀行券なんてのも、原初の姿はパソコンに入力されたただの数字なんだから、中央銀行発行デジタルコイン🔗そのものだし、本来通貨に実体なんかないのはステーブルコイン🔗と大差ないんだ。

これが現代のマネタリーシステム(通貨の仕組み)の核心なんだ中央銀行発行デジタルコイン🔗ステーブルコイン🔗が大騒ぎされているらしいけれど、その本質を見れば「何をいまさら」という話に過ぎないんだ。新しいラベルに騙されちゃいけない。古い缶詰のラベルを新しくしただけってのは、世の中よくあることさ。

俺や読者諸兄諸姉が「お札」として認識している日本銀行券や米ドルも、その原初の姿、そして市場を流通している大半の姿こそは、日銀やFRBのパソコン(勘定系システム)にキーボードで入力された「ただの数字」にすぎないんだ

1. 現代のお金の9割以上はすでに「ただの数字」なんだぜ

多くの人は「お金=お札や硬貨」だと思っているけれど、それは流通しているお金全体の1割にも満たしていないんだ。その実態は、すでにPCの上で入力されるただの数字なのさ。これじゃルパン三世だって盗んで、フィアット500にあふれるくらい突っ込むこともできないぜ!

国債の発行も、日銀が市中銀行にお金を供給する(買いオペなど)のも、すべて中央銀行の当座預金口座のデータを書き換える(数字を入力する)だけで行われている。別に日銀の担当者がALSOK🔗の現金輸送車に同乗して三井住友銀行とかUFJ銀行とかにお金を配ってるわけじゃないんだ。
民間企業が発行するUSDCUSDTなど「ステーブルコイン🔗」がブロックチェーンに数字を書き込んでいるのと、やっていることは構造的に全くかわらないんだ。

2. ステーブルコインは「中抜き」の道具に過ぎないんだ

じゃぁなぜわざわざ「ステーブルコイン🔗」が新技術のように騒がれるかというと、それは価値のイノベーションではなく、単なる「送金ルートの乗っ取り(中抜き)」だからだ。な、さっき胡散臭いって言ったろ。金が動くときには隙ができるのさ。そして金儲けの達人たちは、その一瞬のすきにスリよりも巧みに金を儲けるんだ。

従来の送金システムは国際的な銀行のネットワーク(SWIFT🔗など)を通るため、海外送金に数日かかり、高い手数料が取られるわけだ。これに比べてステーブルコイン🔗は、その中身は「ただのドル(国債)」だけれども、ブロックチェーンという別の線路に乗せることで、銀行を無視して24時間一瞬で、格安で送れるようにした「偽装容器」に過ぎないんだ。ちなみにイーサリアムの手数料は数百円から数千円で、回線が混んでるときにはさらに高騰するわけだ。

つまり、中央銀行発行デジタルコイン🔗だろうがステーブルコイン🔗だろうが、価値の裏付けとしては、中央銀行が裏にいる時点で「本質的には同じもの」なのさ。

3. 「国が管理する数字」か「民間が管理する数字」か

唯一の違いは、そのパソコンの数字を誰が管理しているかという点だけだ。

  • 日本銀行券や国債:国家や中央銀行という、最高権力が管理する「公式の数字」。
  • ステーブルコイン:民間のフィンテック企業が、国債などを金庫に担保として預けた上で発行している「私的な数字」。

つまり、ステーブルドルとは新しい通貨などではなく、「中央銀行が作った『ただの数字』を、民間企業がブロックチェーンという最新の袋に詰め替えて売っているだけ」というのが冷徹な事実なんだ。そう、缶詰のラベルの張替えさ。


この茶番じみた民間のステーブルコイン🔗なんてのはやっぱり、「ドルや円の債権本位制(国債などを担保にする仕組み)」通貨なわけなんだよ。だからドルとかの法定通貨と11で完全にリンク(固定)していなければ、存在意義が文字通り「ゼロ」になっちまうんだ。

1. 担保が「ドル(国債)」だからこそ価値があるんだ

ステーブルコイン🔗を発行している民間企業(テザー🔗社など)は、何もゼロから価値を生み出しているわけではないんだ。錬金術師じゃないんだからな。第一そんなことをしたら、すぐに怖ーいおじさんがたくさんやってくるだろうよ。

そのからくりはユーザーから「本物のドル」を受け取り、それを原資にアメリカ国債などの「債権」を買って金庫に保管しているわけだ。
で、その本質ってのは何かって言えば、金庫の中身が「ドルの債権」だからこそ、発行されたデジタル数字も「1枚=1ドル」として信用されているわけだ。ドルとのリンクが切れた(ディペッグした)瞬間、それはただの無価値な電子データに逆戻りする。ここで、ドル債券には、アメリカ政府からの利子が付く。これは議場者の儲けになるって寸法だろうな。そう、債券ってのは、利子っていうおまけ付きの貨幣みたいなもんだからね。

2. 「独立」を謳う仮想通貨界なんて、ドルの掌の上の孫悟空なのさ。
ここに、暗号資産(仮想通貨)の世界の最大の欺瞞と矛盾があるわけだ。
建前としてはビットコイン🔗をはじめとする仮想通貨は「国家や中央銀行の支配から脱却する」と言って始まったんだぜ。その意気や良しだ。しかし、価値を生み出すにはリヴァイアサンの魔法が必要なんだ。
しかし、ビットコイン🔗は値動きが激しすぎて日常の取引に使えないため、仮想通貨市場の中で最も流通し、使われているのは「米ドルに100%依存したステーブルコイン(USDTUSDC)」ってのが実情だ

国家から独立しようとしたデジタル空間が、皮肉にも「ドル(債権本位制)の圧倒的な利便性」に寄生しないと1秒も成り立たないのが冷徹な真実なんだ。ドル覇権はなかなかしぶといぜ。なんせ今の世界はドル本位制だからな。

3. だからこそ「裏の金庫」が常に疑われる

「ドルとリンクしていなければ何の意味もない」からこそ、このシステムは常に「本当に金庫に同じ額のドル債権があるのか?」という疑惑(不透明性)と隣り合わせなんだ。

過去には、アルゴリズム(計算式)だけでドルとリンクさせようとした「無担保型」のステーブルコイン🔗Terra/Lunaなど)があったんだけれど、その仕組みが破綻して一瞬で数十兆円が吹き飛び、世界に大混乱をもたらした前例もある。そう、錬金術なんてないのさ。
結局、現実のドル債権で100%裏付けされていないステーブルコイン🔗は、ただの「砂上の楼閣」に過ぎないことが証明されているわけだ。
民間のステーブルコイン🔗は新しい通貨でも何でもなく、「ドルの威光(債権)を借りて、デジタル空間で便利に立ち回っているだけの、寄生型のトークン」というのが最も正確な評価だわな。
なんのこっちゃねぇ、ばかばかしい。

さて、ここで素朴な疑問だ。

みんな MBA🔗 とか取ってる賢い人たちはこういうことを理解して、ビットコインやステーブルコイン🔗とかの設計をしたり、その取引をしてるんだろうか?

結論から言うと、MBA🔗ホルダーやウォール街のファンドマネージャー、暗号資産の設計者(アーキテクト)といった「最高に頭の良い人たち」は、俺が指摘した矛盾や構造をすべて100%理解した上で、この市場を動かしているんだ。

それはどういうことかといえば、彼らが無知だからバブルが起きているのではないってことだ。

彼らは「それが幻想であり、ドル依存の債権本位制である」と知り尽くした上で、それを巨額のビジネスに変えるマネーゲームをプレイしているわけだ。

ビジネスとしては、正解なのかもしれない。

しかし、人間として正解かどうかは、俺には甚だ疑問だ。

彼らが何を考えてこの歪んだ世界を設計し、関わっているのか探ってみよう。

1. 「バブル(幻想)を自ら作り、手数料を稼ぐ」というビジネス

MBA🔗的な視点に立つと、ビットコイン🔗が「お腹の膨れない幻想」であることは欠点ではなく、むしろ「最高の集金システム」になんだ。

もちろん彼らはこの仮想通貨の高騰が、実体経済とリンクしていないバブルであることは百も承知だ。

2024年に米国でビットコインETF上場投資信託🔗)が承認されたんだが、これを作ったのはブラックロック🔗などの世界トップの超エリート金融機関だ。

彼らは、一般の人々が「値上がりする幻想」に熱狂して売買してくれるたびに、絶対に損をしない「管理手数料」を確実に中抜きする仕組みを作って大儲けしているんだ。だから、みんなが冷静になって現実を認識することは、歓迎してくれないだろうな。

2. ステーブルコイン🔗」という最強の打ち出の小槌

テザー🔗社やサークル🔗社などのステーブルコイン🔗の制度設計者たちは、「ドル・債権本位制」の仕組みを悪魔的なまでに賢く利用しているんだ。彼らはこのステーブルコイン🔗が、ドルとリンクしなければ無意味であり、裏に米国債(債権)を持たなければ破綻することを重々承知の助だ。

そして、彼らは世界中の投資家から集めた数兆円〜数十兆円という巨額のドルで、アメリカ国債を爆買いしている。そして、国債から生み出される莫大な利子(年利数%)を、自分たちのポケットに丸々入れているわけだ。

一方で、一般ユーザーには利子をほとんど分配せず「便利なデジタル数字」だけを渡しているって寸法だ。これほど美味しいビジネスはないよな。みんなに夢を売って、もうけは自分たちで親の総取りってわけだ。

3. 「現在の金融システム(ドル)がいつか壊れる」という本気の賭け

中には、単なる金儲けだけでなく、俺の言う「信用創造で行き詰まる現代のドル」の未来を本気で憂慮して設計している超エリートたちもいるにはいるさ。

彼らは「国家が借金を膨らませてお札を刷り続けるドル建ての経済システムは、中世日本の私鋳銭の乱立のように、いつか限界を迎え、ハイパーインフレや債務不履行を引き起こすに違いない!」と憂慮しているわけだ。
その大崩壊(Xデー)が来たとき、たとえ今は効率が悪く、エネルギーを浪費するバブルだと言われようとも、「国家から完全に独立して、2100万枚と決まっているビットコイン🔗」しか資産を避難させる場所がない、という冷徹なロジックで動いているわけだ。
しかし、しかしですよ。実体経済が破綻してあらゆる供給網やインフラが機能不全に陥った社会でビットコイン🔗を持っていて、どうなるんだ?俺にはイマイチわかんないな。俺が馬鹿野郎だからだろうよ。

つまり、彼らは騙されて熱狂しているのではなく、「ドルという巨大な幻想」と「ビットコイン🔗という新しい幻想」の隙間に生まれる、莫大なマネーと権力の争いを、極めて冷静にチェスのように楽しんで、ガバガバウハウハ儲けているいるのが実態なんだ。

結局それってスウィンドル=ペテンじゃないのか?

いうなれば、The Great Money Game SWINDLE!ってところだ。もちろん俺はどっちかといえばThe Great Rock'n Roll Swindle🔗のほうが好みだけどな。

ぶっちゃけて言ってしまえば、それは極めて洗練された、合法的な「スウィンドル(詐欺・ペテン)」の構造そのものだ。なぜこれが「スウィンドル」と言えるのか、彼らの手口の悪質な本質を暴いていこう。下心のない奴には、ごまかしの構造がよく見えるのさ。

1. 「持たざる者」から「持てる者」への富の吸い上げ

彼らは「分散型」「みんなの自由」という美しい言葉で大衆を誘い込むんだ。下心のあるやつらは、それにすぐ引っかかる。単なるマーケティングなのにな。大物小物を捕まえる仕掛けの、きらびやかなルアーみたいなもんさ。

その仕掛けはこうだ。価格を吊り上げて「今買わないと乗り遅れるぞ!」という幻想を植え付け、一般の人々にお金(円やドル)を投げ込ませるんだ。そうすると、ますます暴騰する。
このバブルが膨らんでいる間、MBAホルダーや初期の設計者たちは、裏でこっそり「本物の利益(手数料や国債の利子)」を確実に自分の懐へ回収しているわけだ。会計監査の様に抜け目なくね。そして最後にバブルが弾けて大損をするのは、いつも情報弱者の一般人ってことだ。

2. 「中身のない箱」を回しているだけなのさ

アダム・スミス🔗の「リンゴを採るコスト」の例えの通り、ビットコイン🔗のマイニングは莫大なエネルギーを消費して「数字」を作っているのは、皆さんもうお分かりですね。けれど、その数字自体は何か新しい価値や、人類を豊かにするパン(食べ物)などの実体を生み出しているわけではないんだ。まったくの幻想だ。

その本質が何を意味するか分かるかい?価値を創造せず、ただ「次の人がもっと高く買ってくれる」という期待だけでお金を回す仕組みは、金融の世界ではポンジ・スキーム🔗(自転車操業の詐欺)」のバリエーションとみなされても仕方がない代物なのさ。要は一種のねずみ講ってことだ。

3. ステーブルコインという「ネコババ」の構造

俺たちが対話を通して明らかにしたステーブルコイン🔗とは「債権本位制」と見つけたり!は、これまたさらにいかさまの度が過ぎてるぜ。

その手口はユーザーから預かった本物のお金を勝手にアメリカ国債(債権)に変え、そこから生まれる利息(利子)を「自分のもの」にしているわけだ。悪質だな。
本来、その利子はリスクを取って国債の裏付けを信用したユーザーに還元されるのが筋だろう。しか~し、連中は「デジタル空間でドルとして使える便利さ」と引き換えに、その莫大な富をネコババしているってわけだ。
まったく、ルパン三世もびっくりするような巧妙な仕組みだぜ。
しかも、ルパンがこいつらから儲けをかすめ取ろうとしても、金庫に現金が入ってるわけじゃない。単なるデータでしかないからな。ルパンじゃちょっと難しいな。マウントゴックスの時みたいに腕利きのハッカーが必要だろうよ(笑)。

結論として、最先端の「Web3」だの「暗号資産」だのといった横文字の正体は、「賢いエリートたちが、法律の抜け穴を突いて作った、合法的な集金装置(=グレーゾーンの詐欺まがい)」というのが、実体経済の視点から見た冷徹な真実なんだ。

2026/07/19

POST#1912 エルサルバドルの向こうにうっすらと中世日本が垣間見えるのは老眼のなせる業か?

ベトナム、ハノイ
じゃぁ、思考実験を続けていよう。ご存じの通り、俺はねちっこいんだ。 

いいですか? まず、皆様に大人気の限定2100万枚のビットコインを、分割、分割、分割して、スマホで現金に変換するというわけだ。

そうすることによって、それをブロックチェーンで計算していく。何しろこの計算こそが、このビットコインの価値を担保してるんだからね。これをマイニングっていうんだろうけど、このプロセスはとんでもなく膨大なエネルギーを消費すると思うんだ。

地球温暖化だなんだって、ずっと揉めているのに、電力はこれでバンバン使われている。全世界の電力需要の0.5パーセントくらいが使われていると見積もられているらしい。

このコストは、実際に通貨として使える金額をはるかに上回ってしまうのではないだろうか?そして、この膨大なコストを伴うプロセスによって、ビットコイン自体の価値がどんどんどんどん、上昇してっているだけなんじゃないかとすら思えてくる。

ほら、あのアダム・スミス🔗の有名な労働価値説🔗だよ、えーっと、りんごを取るコストが価格に反映してるていうアノ法則から逸脱するものではないんじゃないか?

こいつは、ビットコインが抱える最大の弱点であり、経済学における労働価値説🔗」つまりコストが価格を決めるの本質を突いているといえそうだな。

「リンゴを収穫するコスト(手間・人件費)が価格に反映される」のと同じで、ビットコインも「膨大な電気代と計算コスト(マイニング🔗)がかかっているから価格が高くなっているだけではないか」という見方は正しいと考えられるだろう。だって、マイニングするPC代金や電気代、人件費を回収することができなければ、誰がその膨大なコストをかけてせっせとビットコインをマイニング🔗するんだ?人はただでは指一本動かさないと話したよね。

この「莫大なエネルギー消費」と「通貨としての実用性」の矛盾について、経済学と技術の視点から考えてみるかい?OK、Ready GO!

1. 「ジュースを買う決済」に使うのはコスト的に不可能

ビットコインのブロックチェーンという基本システムを使って、スマホで数百円の現金をやり取りしたり、ジュースを買ったりするのはコストの観点から絶対に不可能だ。

昨日の話とは切り口が違うけれど、それはコインの裏表。じゃぁ、今日の理由は何かって?ビットコインのネットワークは、世界中のマイナー(採掘者)が膨大なスーパーコンピュータを回し、国家規模の電気代を消費してセキュリティを保っているんだ。あぁ、マイナーといっても、メジャーの反対のマイナーじゃないぜ。採掘、つまりマイニング🔗をする人さ。

ニールヤングの名曲『Heart Of Gold』にも出てくる穴掘って金を探してる鉱夫さ。もっとも、この曲とは探してるものの性質が正反対だけどな。

てことは結果的にどうなのよ。まったく割が合わないってことだ。
1回の送金・計算にかかる実質的なエネルギーコストは数千円〜数万円規模になることもある、少額の決済に使えば「手数料の方が高くなる」という本質的な破綻を迎えるんだ。昨日の話のトイレットペーパー1ドルに手数料1ドルかかるなんて話は、如何になまっちょろい話だったかということだね。

2. 「リンゴのコスト」が価格を支える限界

経済学の視点から見ると、ビットコインはまさに「莫大な電気代」というコストが価格の下支えをしているわけだ。

そのからくりとしてはこういうことだ。マイナーは、電気代よりもビットコインの価格が安くなってしまうと赤字になり、現実世界で破産することになる。この破産は、仮想じゃないところがミソだ!
じゃ、現実的な解としてはどうするか?
仕方ないな。システムを維持するコスト(電気代)が高くなればなるほど、市場の価格もそれに引っ張られて上昇せざるを得ないという側面が生じてくるわけだ。こいつはアダム・スミスが描いた実体経済の「モノの価格」と全く同じ構造だ。
だからこそ、エルサルバドルは火山の地熱を使って発電し、ビットコインのマイニングに必要な電力を補おうと四苦八苦してるんだ。

3. だからこそ「通貨」ではなく「デジタル・ゴールド」になった

このエネルギー問題があるため、ビットコインは「日常的に使う通貨」になることが完全に出来なくなったわけだ。その代わり、「金(ゴールド)」と同じ役割、いうなればヴァーチャル・エステートに特化する道を選んだというか、必然的にそうなってしまったというわけだ。

金(ゴールド)とビットコインの共通点はなにか?
金も、地球の奥底から巨大な重機を使って掘り出す、つまり今風に言えばマイニングするのに、莫大な燃料と人件費(コスト)がかかるよね。そもそもの希少性に加えて、その莫大なコストがかかっているからこそ、世界中で価値があると認められているわけだ。

ビットコインも構造的にはまったく同じだ。
マイニングと呼ばれるブロックチェーンの暗号計算をするのに、莫大な資本とエネルギーが必要になる。こんなのを使って、コンビニでポテトチップスとカップヌードルを買おうもんなら、手数料のほうがはるかに高くつくわけだ。
だからこそ、「日常の買い物(流動性)」に使うのではなく、「莫大なエネルギーを使って作られた、絶対に偽造できない頑丈な資産」として、中央銀行の金庫に眠る金(ゴールド)のように保有されるものへと変化してしまったわけだ。
それを法定通貨にしようって、とち狂ってるとしか思えないよ。
せめて金本位制みたいにビットコイン本位制とかにしとけばよかったんだろうな。それでも価値は乱高下するから、ビットコイン本位制は危なっかしくて成り立たないな(笑)。

つまり、ビットコインは「少額でスマホでサクサク使う通貨」としては、エネルギー効率が悪すぎて完全に失格でござーます(笑)。