2026/04/25

POST#1830 大企業は自分に有利な政策を政治家から買っているってことなんだぜ

Hamburg、GERMANY

今朝は授業参観だった。しかし風呂の中で眠ってしまった俺には、そんな元気はなかった。

カミさんの話では、むすこの新しい先生はなかなか授業がうまいようだ。厳しいけれど子供たちを包摂するような雰囲気のある人らしい。

授業参観にはいかなかったが、町内会の班内のご家庭に市の広報を配り、コンビニで固定資産税第一期分をおさめてきた。俺の親父は、家を借金のかたに手放した後、会社の社屋に住んでいたんだが、個々の固定資産税を何年も滞納していて結局追われるように資産家のみb峰人の持つアパートに転がり込むことになった。

人のふり見てわがふり直せだ。固定資産税はちゃんと払えるように、毎月積み立てている。自転車操業ここに極まれりだ。

さて、閑話休題。

そもそも考えてみれば、日本の経済を支えているのは末端の中小企業だ。企業数だけなら日本の企業の99.7%は中小企業だ。労働者の数だけとっても約7割が中小企業だ。

皆様ご存じの大企業はほんの少ししかない。この中小企業をないがしろにしていながら、大企業に税金を突っ込んだり、税制の優遇を与えるのは皆さん、なんだかおかしな話じゃないですか?「日本の背骨」は中小企業なのですが、国の政策はその実態と大きく乖離(かいり)しているのが現状だわな。

なぜこのような「おかしな構図」が放置されているのか、その裏側にある3つの冷徹な理由を整理してみよう。

まずは「効率」と「管理」を優先する官僚組織の存在だ。

経産省にとって、全国300万以上の中小企業を一社ずつ支援するのは膨大な手間がかかる。そりゃそうだろう。一方で、ラピダスのような巨大プロジェクト一カ所に数兆円を投じる方が、圧倒的に管理が楽で「やった感(成果)」をアピールしやすいという、官僚的な論理というかご都合主義があるんだぜ。

で、一時期世間を席巻した「選択と集中」というスローガンが浮上してくるが、この頓馬共はこの「選択と集中」をはき違えてる。 かつてから政府は「選択と集中」を掲げているんだけど、それが結局は「声の大きい大企業」にばかり光を当てる結果になっているんだな。なぜって、大企業は政治家と仲良しで経団連の皆さんとずぶずぶの関係だからな(笑)。

前段からの続きで政治との距離があげられる。つまりはロビー活動だ。

大企業や業界団体は、政治家や官僚に対して強力な交渉力、つまりロビー活動を持っている。企業献金だって大っぴらにやってござるしな。一方で、日々の資金繰りに追われる中小企業の親父さんたちの声は、個々では小さく、なかなか国の中枢まで届かない。資金繰りに必死なのに、政治家に献金なんてできないんだから、仲良くなることもないだろう。

これはぶっちゃけ、大企業は自分に有利な政策を政治家から買っているってことさ。

結果として、予算配分を議論する会議の場には、中小企業の現場を知らない「プロ経営者」や学者が並び、自分たちに都合の良い理屈で2.3兆円の正当性を語ることになっちゃうんだなぁ。世も末だ。

そしてとどめは「波及効果」という名の幻想だ。

政府は「大企業が成功すれば、その下請けである中小企業にも仕事が回る」と説明しているんだが、これはいわゆるトリクルダウン理論🔗だ。経済のシャンパンタワーだ。そうやって言えば、まるでホストクラブみたいないかがわしさが君にもわかってもらえるだろう!

しかし現実はそんな甘っちょろいもんじゃない。人間の欲望には限りがないからだ。その真実をしているのは、俺のような貧乏人だけだ。

物価高やエネルギー高で中小企業が苦しんでいても、大企業はコストカットを要求し、利益を独占する構図が続いてきた。2.3兆円をラピダスに投じても、その恩恵が末端の町工場にまで賃上げとして届く保証はどこにもない。俺はあるゼネコンの現場事務所で、スーパーゼネコンの社員が、下請けの営業担当に対して、脅迫すれすれの値引きを強要しているのを見たことがある。よくある風景さ。ありふれた出来事さ。君にも覚えがあるんじゃないのか?

いつも言うけれど、トリクルダウンなんて、嘘っぱちなんだ。俺が勝手にいってるんじゃないぜ。ジョセフ・E・スティグリッツ🔗をはじめとした、錚々たる経済学者が解き明かしてるんだ。

こうして零細中小企業の皆さんが「ないがしろ」にされた結果の末路は国力の衰退だ。

日本経済の土台である中小企業が崩れれば、いくら先端の半導体だけを作っても、日本経済は立ち行かない。いくら経済のコメといっても、食べられる半導体なんかないしな。それだけじゃ腹は膨れないのさ。

優れた技術を持つ町工場が資金繰りや後継者不在で潰れてしまえば、二度とその技術を取り戻すことはできないだろう。

「真面目に働いて責任を取る者が損をし、税金にすがるプロが甘い汁を吸う」という構図が続けば、社会の中に不信感の増大が増大してゆき、国民の勤労意欲や国への信頼そのものが崩壊していくだろう。

にもかかわらず、政府は近年、零細企業にも インボイス制度で消費税の納付を義務付けてた。おかげさまで、俺もケツの毛まで毟り取られてるさ。この対比はあまりにも残酷で、今の政府の姿勢が「誰を向いているのか」を如実に示しているだろう。

税金を取りやすいところから巻き上げ、搾れるだけ搾り取り、自分たちに献金してくれるよな大企業に回す。やったね!富の逆再分配だ。

片やラピダスという特定の一企業には、2.3兆円もの血税を「将来の投資」としてジャブジャブつぎ込む。その一方で、日々の暮らしを必死に支えている零細企業やフリーランスには、インボイス制度で「1円単位の消費税」を厳格にむしり取ろうとする。この方向性は、信賞必罰としても、経済政策としても支離滅裂だと言わざるを得ないぜ。

この矛盾を整理してみようぜ。するとあら不思議、3つの「おかしさ」が際立ちますぜ。3つの美味しさが引き立つとかならよかったんだがな。

1. 「弱者から奪い、強者に配る」不条理

年商1,000万円以下の免税事業者だった零細企業にとって、インボイス登録による消費税負担は死活問題だ。「益税」という言葉が一時期大流行りして正当化されていますが、実態は「ギリギリで回している商売の利益を削り取る」行為だ。俺はあの益税という言葉の大流行は仕掛けられたプロパガンダなんじゃないかと疑っている。大企業への様々な税制優遇措置に関しては、法人税務の申告書の書式を見ただけで明々白々なのに、だれも益税って言わんのが怪しさ満点だ。

庶民や零細企業から集めたその貴重な税収が、失敗の責任すら問われない「プロ経営者」たちの壮大な実験に使われているわけだ。この構図は、真面目に納税している側からすれば到底納得できるものではないぜ。ヘリコプターで現ナマをばらまいてほしいぜ!

今、ひらめいた!それより実質国営企業だというのなら、ラピダスの株式を全国民に一株づつ配ったらどうだ?ナイスアイディアじゃない?!

2. 「事務負担」という見えないコスト

大企業はシステムを整える体力がありますが、俺のように一人で切り盛りしている中小零細の親父さん・お袋さんにとって、インボイスの手間は膨大な事務負担となり、本来の「稼ぐ時間」を奪っているんだなぁ。

国は「DXだ」「生産性向上だ」と言いながら、零細企業には最も生産性を下げるような煩雑な制度を押し付けているんだ。一方でラピダスには「効率的な国策」として巨額予算を投じるという、二枚舌(ダブルスタンダード)がまかり通っていいるんだな。

まぁ、政治家のダブルスタンダードなんてのは、これに限ったことじゃない。驚くようなことじゃない。ウクライナを侵略するロシアは非難しても、ガザでジェノサイドを繰り広げるイスラエルには批判するもの遠慮し、イランに戦争を吹っかけたアメリカ様ことは「世界に平和をもたらす」と手放しで礼賛して、やられた方のイランを非難する始末だ。

Q:だれがこんなやつらの言うことを信じるんだ?

A:圧倒的多数の日本人が支持してるらしいよ!

3. 日本の「底力」を削っている自覚の欠如

インボイスによって廃業に追い込まれる零細企業が増えれば、日本の多様なサービスや技術の「芽」が摘まれてしまうだろう。俺も一瞬考えたが、ローンもあるし、仕事も好きだ。それに仕事を廃業したら、また世間からヒモといわれてしまうぜ。

2.3兆円の半導体」が10年後に成功したとしても、その時に日本を支える中小企業のネットワークがボロボロになっていれば、国としての経済力はトータルでマイナスになるだろう。

結局、政府は何を考えているのか?

正直なところ、今の政策決定の場には「現場で資金繰りに走り、領収書を整理する親父さんの苦労」が、つまり経済の実体がわかる人間が一人もいないのではないか、と思わざるを得ないな。

「将来のハイテク産業」という華々しい看板の陰で、今この瞬間、日本を支えている人たちの心が折れかけている。この現実を無視したまま進む2.3兆円の投資に、一体どれだけの価値があるのかという俺の静かな怒りと疑問を、せめて君にもわかってほしい。

これは極めて健全な批判精神じゃないか。

まったくツッコミどころは満載なんだが、結局は政治家の皆さんやエリート官僚の皆さんも、それどころかプロ経営者のお偉いさんたちも、実業の人達ではなくて 机上の空論の人たちで、これそこが諸悪の根源だと言わざるを得ないだろう。

今の政治家や政策を決めている人たちの多くは、親から地盤を受け継いだ「世襲議員」か、試験勉強が得意で組織を上がってきた「官僚出身者」ばかりだ。

政府の諮問会議に、街工場の親父が混じってる、ギグワーカーの若者がウーバーのリュックをしょって混じってるなんてことはありえない。

彼らの多くは、以下のような「実業の痛み」を肌で感じたことがありません。

給料日に通帳の残高が足りるか黒ひげ危機一髪の綱渡りの金繰りの恐怖。 

客先で頭を下げ、1円単位のコストカットを積み上げて利益を出す執念と現場の泥臭さ。

 役所が決めた「机上の空論」のような不条理な規制やはた迷惑な制度で、どれほど現場の手が止まり、商売が壊されるかという実感。

彼らにとって、2.3兆円という数字はパソコンの画面上の「予算枠」に過ぎず、インボイスの納付書も「適正な課税」という理屈上の言葉に過ぎないんだろう。「国民の生活や中小企業の親父さんの人生」が、その数字の裏に張り付いていることが想像できていないんだ。それどころか、俺のような人間なんか単なる数字ぐらいにしか思われていない。あいつらが俺たちのほうを見るのは選挙の時だけで、エリート官僚に至っては、まったく違う世界を生きてるんだ。

「机上の空論」が招く恐ろしい結果

実業を知らない人が「最強の理論」で作った計画(ラピダスや過去の日の丸プロジェクト)がなぜこけるのか。それは、「市場は生きていて、理屈通りには動かない」からだ。つまり、いつだって想定外なんだ。

競合他社の執念や、現場の士気、予期せぬトラブルといった「変数」を計算に入れられないから、失敗した時に「想定外だった」という無責任な言葉で逃げることになるんだ。情けない話だぜ。

結論として、現場の苦労を知らないおめでたい人たちが、現場から吸い上げた国民のお金を、自分たちの「理想の未来」のために使い込んでいるわけだ。この「実業と政治の決定的な乖離」が、今の日本の閉塞感そのものだろう。トマ・ピケティ🔗がみたら、わが意を得たりとひざを叩くこと請け合いさ。

2.3兆円の夢」を語る前に、まず「今日の1万円、明日の10万円」に苦しむ現場に寄り添うことが、本来の政治の役割のはずじゃないか。


まあ維新の皆さんが『身を切る改革!』とか言って議員数削減や自分たちの報酬を減らしたところで、そんなもんたかが知れている。大規模経済支援の前では屁みたいなはした金だ。やってる感だ。けれどもせめて議員のセンセー方にも政治資金を1円単位で税務署に申告してほしいでもんだぜ。

賛成の人、挙手を願います!

金額の多寡以上に、「国民には1円単位でインボイスや確定申告を強いておきながら、自分たちは使途不明な『裏金』や『政策活動費』を許されている」という不公平感が、国民の皆さん全体はいざ知らず、俺の怒りの本質だ。

今の政治資金をめぐる状況は、まさに「実業の常識」からすれば信じられないほど甘ちゃんなもんだ。俺の親父が若いころ、会社の金庫から金を鷲掴みにして飲みに行ってたようなもんだ。

1. 1円単位の公開」が進まない現状

現在、政治資金規正法の改正議論が行われていますが、自民党などは「5万円超」などのラインを設けて、それ以下の少額領収書は公開しなくていいという姿勢を崩していない。

その点を取ってみても、一般企業なら100円の消しゴム1個でも領収書を保管し、経費として認められるか税務署にチェックされるんだ。それが実業の世界の常識だ。戦々恐々としてるぜ。

これに対して政治家のセンセー方の世界では、数万円単位の支出が「何に使ったか」さえ公表されないまま、非課税で扱われることがまかり通っています。まさに政治のとんでも非常識だ。 

2. 「政策活動費」というブラックボックス

特に問題なのは、政党から議員個人に渡される「政策活動費」だ。

これは領収書の提出すら不要で、年間で億単位のお金が「何に使われたか一切不明」のまま消えていく。

国民にはインボイスで「透明性」を求めながら、自分たちは「最高機密の政治活動があるから」という理屈で、税務署のチェックも及ばない「闇のポケット」を持っているわけだ。

泥棒が法律を作っているようなもんさ。

3. 税務署が動かない「不公平」

中小企業の親父さんが少しでも計上を間違えれば、税務署が飛んできて厳しく追及される。下手すると、税務監査で税務署員が稼働して、手ぶらでは帰れないので、何もなくても日東分くらいの追徴課税をひねり出すという話も聞いたことがある。

しかし、何千万円もの裏金が発覚した政治家たちが、後から「修正申告しました」だけで許され、脱税で立件もされない今の状況は、「法の下の平等」が崩壊していると言っても過言ではない。それどころか、こんな裏金議員も選挙で再選されれば、禊は済んだとばかりに要職に就く。

江戸時代の犯罪者みたいに、とっ捕まるたびに額に入れ墨を入れて、一から始め、2回目にはナ、3回目には大、4回目には犬とか大書きされるようにしてほしいもんだぜ。一目でいぬ畜生にも劣る人間の屑ってわかるだろう。もっとも、この刑罰は明治政府によって1870年(明治3年)に廃止されたんだがね。復活させてみてはどうじゃろ?

「政治家も1円単位で税務署に申告せよ」というルールが徹底されれば、少なくとも「国民から吸い上げた税金を自分たちの都合で浪費する」ことへの心理的ハードルは上がるはずじゃないか。そもそもあいつらは偉そうに国の金とかいうけれど、広く国民から信託された税金なんだぜ。ましてや奴らのポケットマネーですらない。

「机上の空論」で2.3兆円を動かす前に、まずは自分たちの「1円」を国民と同じ土俵で説明する。それができて初めて、産業政策や社会保障を語る資格があるはずだ。

そしてまた官僚も責任を問われないので 思いつきでおかしなことばっかりやってしまうわけですよ。とほほ…。

この「官僚の無責任体制」こそが、ラピダスの2.3兆円やインボイスといった「現場不在の政策」を生み出し続ける装置になっている。森友疑惑で自殺者まで出しておきながら、だれも責任を取らないアレだよ、アレ。

実業の世界では、判断を誤れば会社が傾き、自分と社員が路頭に迷うことになる。

だがしかし、官僚の世界にはそのリスクが全くない。生涯安泰だ。年金額もすげーし、天下り先にも事欠かないしな。人生勝ち組だ。みんな東大一直線🔗で官僚を目指したのもわかるわぁ。

1. 「失敗」という概念がない世界

官僚にとっての成功は「予算を獲得し、法律を通すこと」であり、その政策が10年後にどうなったかは評価の対象外だ。やったらやりっぱなしってことさ。

 プロジェクトが頓挫する頃には、当時の担当者は別の部署か、天下り先に移っている。つまりは異動による逃げ切りだ。「我亡き後に洪水よ来たれ」だ。

たとえ失敗しても、「当初の目的は達成した」「外部環境の変化だ」と屁みたいな理屈をこねて、決して非を認めようとしない。つまり大本営発表の「成功」への書き換えだ。

2. 「思いつき」を止められない構造

官僚は数年おきに異動するため、短期間で「目に見える手柄」を立てようとします。

新しい看板(「次世代」「GX」「デジタル」など)を掲げて派手な予算を組む「思いつき」の方が、地味で地道な中小企業支援よりも評価されやすい。

実業の経験がないため、その「思いつき」が現場の親父さんたちの首をどれほど絞めるか、想像力が働かないんだ。

3. 責任を取らないどころか「天下り」

巨額の税金を注ぎ込んだプロジェクトに関わった官僚が、退職後にその関連団体や支援先の外郭団体に天下りし、さらに高い給料をもらうことさえある。ていうか、そんな奴ばかりだ。まるでコントだ。俺たちは吉本興業もびっくりのコントを見せつけられているんだ。

もっと派手に笑ったほうがいい。それは滑稽で恥ずかしいことだって知らせてやるためにも!

「失敗させた張本人が、失敗の尻拭いをするための組織に再就職して、また税金を食いつぶす」という、実業ではあり得ない逆転現象が起きているんだ。笑うしかないだろう!

政治家が「机上の空論」を振りかざし、官僚が「無責任な思いつき」を予算化し、責任を取らない「プロ経営者」が大活躍し、最後は「実業の現場」がそのツケを払わされる。この「責任の不在」という構造的欠陥を正さない限り、2.3兆円のような大博打は今後も繰り返されるだろう。国力は鰹節🔗を削るように、ゴリゴリと削られていくのさ。

どうする、皆の衆?

結局、俺たち国民が「おかしい」と声を上げ続けるしかないんじゃないか?なんせこの国の主権者は政治家でも官僚でもプロ経営者でもなく、俺たち国民一人一人なんだから。

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