2026/04/30

POST#1835 俺が天皇陛下なら、自分の家のことを他人決められたくないよな

伊勢

今、高市政権は皇室典範の改正に向けてフルスロットルだ。

俺が畏れ多くも皇統に連なる立場だったら、家の事情にいちいち口を突っ込んでもらいたくないと思うだろうな。よっぽど『愛子内親王のご即位』つまり『愛子天皇』が嫌なんだろうな。

エマニュエルトッドが分析しているように、わが国は直系家族だから男系男子の維持を最優先するだろう。 高市総理は、2000年以上にわたって例外なく続いてきた「父方をたどれば神武天皇にいきつく」という男系継承の伝統(そんなの幻想だ)を、自らの保守政治の根幹として守るべきだと考えているんだとさ。けど、そんなのみ皆の衆信じてるのか?神武天皇だって怪しいもんなのにね。

いわゆる 「愛子天皇」の誕生は、現在の典範が定める「男系男子」という原則を変更することを意味するわけだ。高市総理は、女性天皇が認められた場合、その次の代で女系天皇(母方のみが天皇の血を引く天皇)へつながるリスクを懸念してるんだとさ。で、これを阻止しようとする姿勢がくっきりはっきりだ。けど、歴史上にも時代の転換点には推古天皇とか持統天皇とか女性天皇が即位してるがな。今は俺からすると未曽有の歴史の転回点じゃないかって思えるけど。今しかないでしょ!

旧宮家の皇籍復帰を推進して皇族方の数の確保にを法制化して、愛子さまを天皇にするのではなく、旧宮家の男系男子を養子に迎えるなどの案で解決を図ろうとしているようだ。

それでもし、保守論客でブイブイ言わせてる竹田宮様の御後胤が即位することになったら、俺は絶対に嫌だな。  悪いけどまったく尊敬できないよ。ゴールデン・トライアングルでケシでも栽培して暮らすさ。

高市総理の行動は「愛子さま個人への感情」というよりは、「男系継承という伝統こそが皇室の正当性の根源である」という強い信念に基づいた政治的判断といえるだろう。しかし、国民の間では愛子天皇を望む声が高く、この方針が国民の意思を無視しているとの批判も根強くあり、をり、はべり、いまそかり。 まぁ、奴らが国民の意思なんか全然気にしないってのは今に始まったことじゃない。あいつらは国民や陛下のことより、支配のシステムのほうが大事なんだ。

そもそも天皇制とは何なのかとか寸毫も考えず、保守と如何なる態度かも考えていないちゅうのも、今に始まったことじゃない。ただ、自分たちの支配の後ろ盾というか正当性の証としての天皇制が大切だと思ってるだけだ。不敬極まりないぜ!

俺は天皇制とは何か、吉本隆明🔗の『共同幻想論』に出会ったときからずっと考え続けてきた。

そんな俺から言わせると、旧皇族🔗を今一度皇族に養子として迎え入れるとか、そんなことしか彼らは考え付かないのか?

 いっそのこと 皇族には側室を持たせるとか それぐらいのこと考えたら どうなのかしら?

この意見は、歴史的に見れば確かに男系継承を支えてきた強力な手段だった。しかし、かつて皇太子時代の昭和天皇が摂政として大正天皇の輔弼をなさることをお受けなさった折り、その条件として側室制度の廃止を断行されたという話を聞いたことがある。昭和天皇は側室制度が現代的な制度ではないとお考えになられたのであろう。もっともだ。

とはいえ、俺がアナクロニズムを承知で今一度この側室制度を唱えるのは、天皇という存在が、畏れ多くも現代的な存在ではない。古代の息吹を今に伝える祭祀王≒生身の神だからだ。

しかし、高市総理をはじめとする現代の政治議論では、側室の復活は事実上「ありえない選択肢」として扱われている。

高市総理はインタビューなどで、側室制度の復活について「考えたこともございません」と笑い飛ばしており、明確に否定しているそうだ。

一宰相如きが、皇室の在り方に対して笑い飛ばすなど、不敬の極みではないか?言行不一致とはこのことだ。本来、内閣総理大臣は「天皇の補助」を行う立場であり、皇室のあり方に対して謙虚であるべき存在だ。

それにもかかわらず、高市総理が「側室」という歴史的な制度について、一政治家の価値観で「あり得ない」と笑い飛ばす姿は、見方によっては以下の点で極めて不遜にして不敬だといえるだろう。彼らの大好きな戦前の価値観なら、万死に値するんじゃね?

越権行為: 皇室の伝統を「守る」と言いながら、都合の悪い伝統(側室)は現代の価値観で一方的に切り捨てるという、「選別する傲慢さとご都合主義」が透けて見えまくりだろ?

不誠実な態度: 2000年の伝統の重みを説くのであれば、かつてそれを支えた側室制度を単に「笑い飛ばす」のではなく、なぜ今は不可能なのか、その矛盾を誠実に説明する責任があるはずじゃないのかね。

「道具」としての扱い: 皇室を自分たちの保守的なアイデンティティを誇示するための「道具」として利用しているからこそ、陛下の御意思や歴史の重みよりも、自分の政治的パフォーマンスが優先されてしまうのだろう。まぁこれは蘇我馬子の頃からわが国の伝統かもしれんな。

歴史と伝統を重んじると言いながら、その実、自分たちの都合で伝統を「編集」し、陛下に対して不遜な態度を取ることは、「究極の偽善」であり、政治家としての資質が問われるべき傲慢な姿勢ではないかね?

「伝統」を口実にしながら、実際には陛下や国民の思いを軽視するこのような政治のあり方は、果たして日本の象徴である皇室を本当に守っていることになるのだろうか?君はどう思う?

さて、法的な側面からなぜ側室が、あかんのか考えてみるに、そもそも夫婦別姓だって大騒ぎして30年も放置されてるんだから、できっこないと思うよな。

日本は明治31年の民法によって重婚を禁止しており、皇室も昭和天皇以降は側室を持たない一夫一婦制が完全に定着している。現代の価値観において、皇室だけを多妻制に戻すことは「国民の敬愛を損なう」と判断されているんだとさ。

加えて戦後の皇室典範(1947年)では、正妻(皇后)以外から生まれた子(非嫡出子)には皇位継承権が認められていないんだ。もし側室を認めるなら、この根幹部分を書き換える必要がありるだろう。

お妃候補がいなくなるリスク: 現代において、側室がいることが前提の家庭に嫁ごうとする女性を見つけるのは極めて困難だわな。上野千鶴子が黙っていないだろうよ!この制度自体が婚姻のハードルを上げてしまうという皮肉な結果を招きかねんな。

高市総理が「愛子天皇」を認めず、かつ「側室」も否定する場合、残された道は「旧宮家の男系男子を養子に迎えて皇族にする」という案一点に絞られることになるんだというのが、彼らの思考パターンだ。

これがいま彼女が「フルスロットル」で進めようとしている現実的な落とし所と言えるでしょう。俺から言わせたら、底が浅い。

「伝統を守るための側室」と「現代の倫理観」の間にあるこの矛盾こそが、議論を複雑にしている最大のポイントだとしても底が浅い。


「側室を持つ方が現実的」という考え方は、生物学的な皇統の維持という点では理にかなっているように見えるし、実際かつては世界中で行われていたが、現代の法制度や国民感情という高い壁に阻まれちゃうだろう。みんなお利口さんだからな。

高市総理が「側室」を完全に選択肢から外し、旧宮家の養子案に「フルスロットル」で突き進んでいるのには、以下のような政治的な「現実味」の判断があると考えらている。

1. 「側室」よりも「養子」が選ばれる理由

憲法と法律の整合性: 現代日本は「一夫一婦制」が法的に確立しており、側室制度を復活させるには民法や憲法の家族観を根本から覆す必要がある。一方、養子縁組であれば、皇室典範の改正のみで手続き上は可能となる。

国民の受容性: 21世紀の現在、側室を認めることは「女性蔑視」や「時代錯誤」との猛烈な批判を浴び、皇室の尊厳を著しく損なうリスクがある。高市総理も、側室については「考えたこともない」と即座に否定しています。 けど、俺だって、そんなことは百も承知で覚悟の上で言ってんだ!

2. 高市総理が「養子案」を推す最大のメリット

高市総理にとって、旧宮家の男系男子を養子に迎える案は、彼女が守りたい「伝統」と「現代の市民の常識との妥協点」のギリギリのラインだろう。

男系継承の完全維持: 側室がいなくても、すでに存在する「男系男子(旧宮家の末裔)」を皇室に呼び戻せば、126代続いてきたとされる男系の血筋を絶やさずに済むんだと。しかし、一度民間に、戻ってしまった人々が、憲法の外側に孤独に存在する皇族にもう一度もどり、国民たちは支持するだろうか?

愛子天皇議論の回避: 皇族数を確保し、将来の継承候補(悠仁さまの次世代など)を増やすことで、「愛子さまを天皇にする(=男系男子の原則を崩す)」という選択を「喫緊の課題」から外すことが可能になります。そんなに言うなら、いっそ、クローン人間とか提案してるみたらどうだ?

3. ただし、養子案にも「非現実的」との批判があります

高市総理が強力に進めるこの案も、決して万能ではない。

「門地による差別」の疑い: 特定の血筋の人だけを国民から皇族にするのは、憲法14条(法の下の平等)に反するという指摘が野党や憲法学者から出ている。あたり前だ。

本人の意思: 80年近く一般国民として生活してきた旧宮家の方々が、果たして本当に皇族としての重責と制約を引き受けるのか、という実効性の疑問も残っている。無理でしょ?

結局のところ、高市総理にとっては「側室」は論外であり、愛子天皇の容認(女系への道)を絶対に避けたいからこそ、消去法的に「旧宮家の養子案」が唯一の現実的な突破口になっているという構図ですな。

側室も愛子天皇も認めないとなると、この「旧宮家の養子案」が失敗した場合、皇室はどうなってしまうと思う?

俺の意見を述べるぜ、よく聞いて欲しい。

そもそも 天皇家という一族は、憲法も含めて法制度の例外として考えられているので 、民法が、どうだとか取ってつけたような法律論は偽善じゃないか?

憲法第1条で「国民の総意」に基づく「象徴」と規定されている天皇・皇族方は、戸籍も持たず、参政権や職業選択の自由もないなど、最初から「法の下の平等」の枠外にある存在だ。

その意味で、「側室は法的にダメだが、男系維持のための養子はOK」という線引きを「偽善的だ」と感じるのも、非常に鋭いご指摘です。

高市氏ら保守層が、側室を「非現実的」と言いながら養子案を「現実的」とする裏には、以下のような論理(あるいは苦肉の策)があります:

「人権」のライン: 側室は現代の「女性の人権」や「公序良俗」に真っ向から反するため、国際的な批判も含めて政権が耐えられないと判断している。

対して、養子は「本人の同意」があれば、既存の法体系の延長線上で説明がつきやすいと考えてるんだろ。

「国民の感情」という物差し: 多くの国民にとって、側室は「時代劇の世界」だろうが、養子は「家系を継ぐ手段」としてまだイメージしやすい、という計算がある。

しかし、自民党の皆さんが改正したがっている憲法すら例外的存在と規定する「特別な一族なのだから、理屈をこねずに伝統的な手段(側室など)を検討すべき」という意見や、逆に「特別扱い自体が限界なのだから、愛子さまを認めれば済む話だ」という意見が出るのは、まさに「皇室という例外的な存在を、どう現代の法理屈で説明するか」という矛盾が限界に来ている証拠と言えるだろう。

けれど、そもそも女性の人権 云々言うんだったら愛子天皇だっていいんじゃないですかねぇ?君はどう思う?バカバカしいぜ。それこそアナクロニズムだんべ(笑)

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