2011/02/09

Post #84 Trash! #2

ゴミ箱のふた
ゴミ箱のふた 開けてみられ
朝早く 君を呼ぶ
言葉無く 力無く 
光無く 閉ざされて
眺むれば 嘆き有り
侘しさに 物狂い
胸の想い 脱ぎ捨てて
上の空 あては無い
ゴミ箱のふた 開けてみられ
ゴミ箱のふた 開けてのぼれ
ゴミ箱のふた 開けてくだれ
開けて 開けて 開けて 開けて
開けて 開けて 開けて くだれ
村八分  ゴミ箱のふた

2011/02/08

Post #83 Trash! #1

HomeTown

Post #82 Photographica #2

おとといはつれあいの誕生日だというのに、何にもプレゼントしなかったくせに、昨日は仕事の合間に写真集を買ってしまった…。俺は酷い男なんだ。金正日とムバラクとベルルスコーニを足して3で割ったような男なんだ!許してくれ〜!
で、何を買ったかと言えば、例によって森山大道の『71 NEW YORK』と中平卓馬『都市 風景 図鑑  中平卓馬 Magazine Work 1964ー1982』の二冊買っちゃったんだな、これが。
長年の自己鍛錬の賜物で、欲しいものは我慢せず、即座に購入する事が出来るようになってるんだ。スゲーだろ?

さて、その内容だけど、俺は写真について語るのは、ある意味で野暮な事だと思ってるんだが 、なにかしら書かなけりゃ、単なる自慢になってしまうから、まずは『71 NEW YORK 』からいってみようか?
それには横尾忠則センセーが書いた文書を引用してみようか。
少し長いけど、Everybody are you ready?

『彼と昨年一月あまりニューヨークで毎日いっしょに生活した。われわれの生活空間はビレッジを中心に、マンハッタンがそうだった。七十枚以上撮れるという小さなカメラで、毎日、毎日、よくもまあ、同じところばっかり撮っているワイ、とぼくが感心してしまうほど、いつも何回となく通る通りの周辺をまた何回となく無造作に撮っていた。まるで犬が電柱に小便することにより、自分の痕跡を残すあの法則みたいに。
日本中、フルサトタズネテハナイチモンメの旅をした彼は、ついにニューヨークの断片まで彼の暗室で彼の故郷になってしまうのかも知れない。ぼくがいくらニューヨークは第二、第三の故郷だといっても、彼の方がニューヨークを本物の故郷にしてしまう術を知っているのがうらやましい。…中略…彼の写真のいいとこは感傷的な雰囲気とギリギリのところで背中合わせになっていることだと思う。彼の写真は遠くて、近いものを感じる。それは夜見る悪夢のようだ。またアメリカのポップアートの中にもぼくはこの彼の感覚の世界に非常に近いものを見る。…後略』
(河出文庫  森山大道  犬の記憶収録『怯える視線ー横尾忠則』より)
さすが、横尾忠則だ。必要な事が全て述べられているぜ。
森山大道は横尾忠則とともに、ニューヨークに滞在し、混沌としたニューヨークを捉えるために、あえてオリンパスペン で挑んだわけだ。イカすぜ。もちろん、デジカメじゃないぜ。あの名機オリンパスペンだよ。フィルムカメラだぜ。
混沌とした世界に立ち向かうには、フル装備では、駄目だぜ。最小限の装備で混沌とした状況に対峙し、その断片を掠め撮るのさ。
ニューヨークは森山大道も敬愛するウィリアム・クラインが、あの名作『ニューヨーク』で世界の写真界にショーゲキを与えた街だ。この写真集を見るとクラインに対するリスペクトが感じられる。クラインの撮ったニューヨーク。
世界の最先端の巨大都市に立ち向かう時、森山大道が選んだのは、なんとあのオリンパスペンだったんだなぁ。
この講談社から出ている森山大道の復刻シリーズは、紙質が悪いとか、印刷が昔の新聞写真みたいでイマイチとか、版形が小さいから、見にくいとか批判的な意見も多いんだが、俺は森山大道らしーと思うぜ。なにせ本人が自分の写真はザラ紙に印刷されるのがいい、ラーメンなんか食べながら気にせず見れるようなのがイイ、所詮写真は芸術ではなく複写なんだからって言ってたくらいだからね。サイコーだぜ!君も一冊どーだい?

続いては中平卓馬『都市   風景  図鑑』だぜ。
中平卓馬は、前にも話した通り、日本のいや世界の写真界のリビング・レジェンドだ。詩人になるか、写真家になるかを悩んだ挙げ句、写真なんてマトモに撮った事もないのに、写真家になったっていうツワモノだ。因みに、森山大道とは家も近く、共に友人としてまたライバルとして60年代半ばから70年代の半ばまで張り合っていた。マサに強敵とかいて友と読むってカンジだ。俺もそんな友達がホシーぜ。
中平卓馬は70年代中頃に、自分の思想と写真の解離に悩み、自分自身の写真やネガの大半を焼き捨ててしまった。
しかも、その後、酒を飲んで昏倒して、目覚めた時には記憶の大半も、若き日に蓮見重彦すら論破した程の饒舌な言葉も失った。しかし、それからの中平は、カメラそのもの、写真そのものと化して、あたかも図鑑のような明快な写真を撮り続けている。もちろん、今日も自転車に乗って、赤いストラップのキャノンF1をぶら下げて写真を撮りに出掛けているだろう!
だから、中平卓馬の軌跡を辿るには、雑誌に掲載された写真が大きな意味を持っている。中平卓馬はこれから読み解かれる写真家なのだよ。いや、写真にたずさわる者として、決して避けては通れない、ジューヨーな写真家なんだぜ!君も機会があったら、見てごらん。きっと驚くぜ。

森山大道と中平卓馬に同時に会った事がある。珍しい事だ。
その時は、森山大道自身も中平卓馬を見て、あれ?あなた来てたんだ?って驚いていた。あれは2006年7月8日の午後だった。愛知県美術館で行われていた東松照明の写真展『愛知曼陀羅』記念講演『森山大道、東松照明を語る』に、中平卓馬が現れたんだ。
渋いカンジの森山大道と飄々とした中平卓馬。俺はもちろん、ふたりにサインをもらったぜ。ミーハーですが、何か?だぜ!
中平卓馬はトレードマークの赤いボールペンで、ミミズのはったような独特の筆跡で、森山大道は青いペンで力強く颯爽とした筆跡で、俺のタバコの箱にサインしてくれたんだ。
どうだい、スゲーだろ?俺の宝物さ。
なにしろ二人とも写真のリビング・レジェンドだからな。