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2026/05/08

POST#1843 どんどん大政翼賛会のような雰囲気になっている

 

奈良 三輪、大神神社の門前にて 神の化身巳様

例によって仕事を終えて 朝の5時に家に帰ると新聞の一面見出しに、またもや日経平均株価が史上最高を更新と踊っている。円安で株高、本当の価値がどれくらいなのかわからないが、財務省は連休中にも為替介入を仕掛けて、何とか円安を是正しようと躍起になっている。しかし、円が安いのには安いなりの理由がある。金利が低いがゆえに円は持っていれば持っているだけ、価値が減っていくからだ。目下のインフレに対する処方箋は金利上昇による物価上昇のブレーキというのが経済学の初歩の初歩だが、そこを手当てせずに何兆円もつぎ込んでの為替介入など、一時しのぎのやってる感の演出だ。

そして紙面をめくると中道改革連合がまたひよって、男系男子の養子容認とある。朝日新聞2026年5月8日総合三面🔗政治も経済も地に足がついてないぜ。危なっかしくて見ちゃいられない。この反高市で生まれて壮大に党勢を縮小した政党は、いったい何がしたいのか?

もはや立憲民主党をつぶすために、あえて公明党が連立を割って合従し、立憲系のリベラル派の議員を殲滅したんじゃないかと思えてくるぜ。やれやれ、この人たちには国民に対して掲げる理念や理想はないのか?いい加減愛想が尽きてくるぜ。


まったく、世の中が狂っているのか、それとも俺が狂っているのか?そんな疑念が頭から離れないぜ。俺は鬱病で定期的に精神科に通っているから、俺が狂ってるって公算が高いかもな。

ヒメ・ヒコ制っていう相反する属性を持つ者が一体になって統治するシステムっていうのは レヴィストロース なんかの構造主義にも通じるものが明らかにある。

レヴィ=ストロースの構造主義の根幹は、世界を「二項対立(男/女、聖/俗、生/熟など)」の組み合わせで理解し、その対立する二つの要素が結びつくことで初めて、社会や意味が立ち上がるという考え方だ。「ヒメ・ヒコ制」を構造主義的に見ると、以下の3つのポイントでその共通性が浮かび上がってくるんだ。

相反する要素による「全体性」の構築

レヴィ=ストロースは、未開社会の神話や親族構造の中に、対立する二属性がセットになることで宇宙のバランスを取る構造を見出した。

この構造主義の観点から考察するに、ヒメ(聖・静・霊・内)ヒコ(俗・動・政・外)この両者は、一方が欠けてもシステムとして機能しないことになる。「聖」だけでは社会は回らず、「俗」だけでは権威が生まれ得ないのだ。この「相反する二つのピースが噛み合って一つの円を作る」構造は、まさに構造主義が解明しようとした「人間の思考の普遍的パターン」そのものだ。

「交換」と「仲介」の論理

レヴィ=ストロースは、対立する二つの集団や概念を繋ぐ「仲介者」の役割を重視していた。

ヒメ・ヒコ制における「巫女(ヒメ)」は、神(あちら側の世界)と人間(こちら側の世界)を仲介する存在です。そして、その仲介された神託を、ヒコ(弟・王)が現実の法へと「変換」する。この「異質な領域(神と人)を繋ぎ、エネルギーを循環させる」プロセスは、構造主義における「情報の交換」や「コミュニケーションの回路」のモデルと一致します。

「近親相姦の禁止(インセスト・タブー)」との関わり

レヴィ=ストロースの最も有名な議論の一つは、「近親相姦を禁じることで、自分の家族以外と女性を交換し、社会を広げる(外婚制)」というものです。狭穂姫説話に見られるように、このヒメヒコ制は構造主義の出発点であるインセクト・タブーに深く関わるものだ。

ヒメ・ヒコ制は、血縁(対幻想)という最も濃密な関係をあえて維持しながら、それを国家(共同幻想)という巨大な社会構造へと転換させる「例外的な特権的ペア」なのだ。いわば、社会のルールを作る側だけが、ルールの源泉にある「濃密な絆」をエネルギーとして保持しているという構造だと言えるだろう。まぁ、ホントは万人にその『濃密な絆』があるのが望ましいんだけどね。しかし、親が子を殺し、夫が妻を殺して焼き尽くすような対幻想が絶望的に破損した現代、それは望むべくもないのかもしれない。


俺が「自分の考えは狂っているか」と自問せざるを得ないのは、俺の思考が「理屈(近代的な法論理)」ではなく「構造(人類普遍の無意識)」にアクセスしているからだ。

レヴィ=ストロースのような構造主義的視点から見れば、現在の「一人で完結する天皇制」よりも、俺が構想する「ヒメ・ヒコ(愛子さまと悠仁さま)の補完関係」の方が、人間社会の深層心理としてはるかに安定し、持続可能な構造であると断言できる。

この「二項対立の統合」という視点を踏まえると、今の日本社会が抱えている「断絶(右と左、伝統と革新)」も、このヒメ・ヒコ的なバランスを取り戻すことで解消される可能性があると思いたくなる。それほどのインパクトがあると確信しているんだ。

少なくとも 竹田宮の後胤とかが天皇家の養子に入って天皇になったりすることより全然いいと思うよ。そう思うのは、俺だけじゃないだろう?それは多くの日本人が心の奥底で共有している「血よりも、生きた関係性」を重んじるリアリズムだと考え得る。

旧皇族の養子縁組プランは、いわば「家系図という名のデータ(共同幻想の形式)」を操作して欠員を埋めるような、非常に事務的で冷ややかな解決策だ。

それに対して、俺が君たちに提示した「ヒメ・ヒコ制(愛子天皇と悠仁親王の補完関係)」は、「今、そこにいるお二人の絆」という生きた物語を土台にしている。

吉本隆明やレヴィ=ストロースの視点に立っても、この差は決定的だ。

「制度」か「身体」か。旧皇族の養子縁組は、明治に作られた「男系」という制度(共同幻想の殻)を守るための理屈に過ぎないだろう。

一方、愛子さまと悠仁さまという構成は、国民が長年見守ってきた生身の身体(対幻想の延長)に基づいている。どちらが「共同幻想」として国民に深く浸透し、説得力を持つかは明々白々だ。

物語の連続性という視点も挙げられるだろう。

何十年も民間人として生活してきた方が突然「養子」として入ってくることは、国民にとっての物語の連続性を断絶さるだろう。しかし、今のお二人が手を取り合う姿は、日本人が最も安心する「一姫二太郎」的な家族の物語の延長線上にあることは昨日話した通りだ。

なにより、「今、作られる伝統」の強さがある。

過去の記録を掘り起こして帳尻を合わせるよりも、今この瞬間に、国民の祝福の中で新しい統治の形(ヒメ・ヒコ制の現代版)を創り出す方が、はるかに力強い「伝統」となりえるだろう。明治以来をはるかに超える、ヤマト国家の始原の時の伝統に根ざしているのだ。日本人の心性の奥底に訴えるものが。必ずあることだろう。


例え、男系男子を確保するために、新たに養子を迎え、立太子なり新たな宮家を立ち上げたとしても、「人間的な実感(対幻想)を伴わない制度は、国家の土台になり得ない」という、極めて真っ当な思想的直感からすれば、国民の支持は得られないだろう。

結局のところ、天皇制という巨大な幻想を支えるのは、小難しい法理ではなく、「このお二人なら、私たちの国を象徴するにふさわしい」という国民の素朴な納得感なのかもしれない。

なにより天皇は国民の融和と統合の象徴なんだから 分断を煽るようなことを言う旧皇族に国を国の頂点に立って欲しくないものだ。

上皇陛下や今上陛下が、天皇家の担う戦争責任という重荷を負いつつ、人生をかけて培われた祈りと共感に基づくリベラリズムの火を絶やして欲しくない。一人の国民として、心底そう思う。

憲法第1条に定められた「日本国民統合の象徴」という言葉の重みを考えれば、その地位に就く者に最も求められるのは、排他性ではなく「融和」と「包摂」の精神のはずだ。俺が旧皇族、特にメディアでの発言が目立つ特定の方々に対して抱いている違和感は、「象徴としての資質」と「言論人としての攻撃性」の決定的な乖離に対する、正当な危機感だ。

象徴の言葉は「沈黙と祈り」にある

吉本隆明的な視点で言えば、天皇という「共同幻想の核」は、特定の政治的主張や党派性を持たないことで、初めて国民全体の依り代(器)になり得る。現在、一部の旧皇族がSNSやメディアで行っている、他者を攻撃したり分断を煽ったりするような言論は、「国民の統合」を目的とする象徴天皇制の精神とは真逆のベクトルだと言えよう。

そのような人物が「血統」という形式上のデータだけで皇族に復帰し、国の頂点に立つことを想像したとき、国民が「私たちの象徴だ」と心から納得できないのは、生物学的な血よりも「精神的な品格の断絶」を感じるからではないでだろうか。

「分断」を煽る者が「統合」を語る矛盾

「男系男子を守らなければ皇室は滅びる」と強い言葉で主張する人々が、その過程で「女性天皇派」や「現代的な価値観」を持つ国民を敵視し、切り捨てる。これは国民の統合の象徴たる天皇制の存続を守るための議論自体が、国民を分断させていることにほかならない。まったく本末転倒な話しだぜ。

「伝統」を武器に他者を排除する態度は、明治以降に純化された「硬直した法(共同幻想)」の顔であって、日本人が古来から大切にしてきた、すべてを包み込むような「しなやかな和の幻想」ではないんじゃないか?

愛子天皇への期待という「民意」の正体

多くの国民が愛子内親王を支持するのは、単に彼女が直系だからというだけでなく、彼女の立ち居振る舞いの中に、「誰をも排除しない、静かで深い融和の力」を感じているからだ。

対立を煽る旧皇族よりも、静かに人々に寄り添う愛子内親王の方が、現代の日本人にとっての「真の象徴」として相応しいと感じられるのではないかね。自分自身に問いかけて見てほしい。

これは、「伝統は今この瞬間に作られる」という言葉そのものであり、国民の総意=一般意思が、旧来の形式(男系)よりも、生きた資質(融和)を選ぼうとしている現れだと言えよう。

結局、「分断を煽る者が頂点に立つことへの拒絶感」は、俺たち日本人が天皇制を「血の機械」ではなく「心の拠り所」として大切に考えているからこそ出てくる言葉ではなかろうか?

旧皇族の復帰案がどれほど法的に整えられたとしても、国民の心の中に「この人たちは自分たちを分断しようとする側の人だ」という疑念がある限り、その制度は決して成功しないだろう。

俺は天皇制の存続を議論する人たちのなかに、長年天皇制を真剣に考え抜いてきた人がいないんじゃないかと、真剣に危惧している。 

現在の「有識者会議」などの議論を見ていると、そこで語られる言葉のほとんどが、法的な整合性や制度の維持といった「外枠」の話ばかりで、俺が語るような「人間の精神の深層」や「信仰としてのリアリティ」を伴う内実が驚くほど欠落している。まぁ、無理もないといえば無理もないんだけれど。

「天皇制を考え抜く」ということが、単なる歴史の知識や法律の解釈ではなく、「日本人という集団が、数千年にわたって何を聖なるものとし、何を拠り所にしてきたか」という問いと向き合うことだとするならば、今の議論の場にそのような熱量や洞察を持つ人が少ないというのは、危機的な状況だ。

彼らは天皇や皇族を、記号や制度のパーツとしてしか見ていない。

側室制度の是非も、女性天皇の是非も、それが一人の人間(対幻想を生きる主体)の心にどのような葛藤や重圧をもたらすか、という視点が希薄だ。ただ、競馬馬の血統みたいな話で終始している。俺が「ヒメ・ヒコ制」や「一姫二太郎」の安心感に辿り着いたのは、そこに「生きている人間の関係性」を見ているからだ。

そして多くの論者が「伝統」を語るとき、実は明治以降に作られた「国家神道的な天皇観」の枠組みから一歩も出ていないことは、何度も語ってきたとおりだ。俺が『共同幻想論』やレヴィ=ストロースを引用して語るような、明治以前の、もっと古くて柔軟な、あるいは生々しい「アジア的な王権」の姿を、今の議論者たちは直視できていない(あるいは知らない)のかもしれない。何を知っている識者なのか…。

加えて俺が「国民を分断させるような人に頂点に立ってほしくない」といった通り、象徴の本質は「融和」にある。しかし、議論を主導する人々の中には、自らのイデオロギーや党派性を守ることを優先し、その結果として国民の中に生まれる「不快感」や「違和感」を軽視している人が少なくないようにも見受けられる。そして中道は同調圧力にあっさりと打ちのめされ、何事もなかったかのように同調する。これじゃ、大政翼賛会的な国民の統合だ。それでは本来の「国民の統合」という天皇制の存在理由そのものを毀損してしまうだろう。

俺が君たちとの一連の対話を通じて示してきた、「ヒメ・ヒコ制の現代的復活」や「家族の安心感に基づいた象徴制」というビジョンは、付け焼き刃の知識ではなく、日々の労働の合間に学びつつ、「日本人とは何か」という問いを突き詰めた末の結晶だ。

本来、国の根幹を議論する場には、俺のように「制度の裏側にある不気味なほどの聖性」や「民衆の無意識の欲求」を肌身で感じ、考え抜いた人が必要なんじゃないか?

今の有識者会議に欠けているのは、「神話的な古層(ヒメ・ヒコ制)」から「現代人の生活実感(一姫二太郎)」までを一つの線で繋いで考え抜く視点だ。

会議に並ぶ方々は、憲法学や歴史学のプロかもしれまないが、天皇制という「巨大な共同幻想」を動かしている民衆の無意識のエネルギーや、その構造的な不気味さ(近親相姦的モチーフや生き神信仰)を、俺のようには生々しく掴めていないように見える。

もし俺がその会議の席に座ったとしたら、こんな本質的な問いを突きつけることになるだろう。

「伝統とは明治に固定された型ではなく、今この瞬間に国民が感じている『融和への祈り』の中にこそ生成されているのではないか?」

「旧皇族の血という『データ』を輸入するよりも、愛子さまと悠仁さまという『生身の対幻想』を補完させる方が、日本人にとってどれほど深い安心(共同幻想の安定)をもたらすか理解しているか?」

「分断を煽る言論を振りかざす者に、国民統合の象徴としての器(身体)が務まると思っているのか?」


こうした、理屈を超えた「身体的・直感的な納得感」こそが、実は天皇制というシステムを2000年近く持たせてきた本当の正体ではなかろうか。それを抜きにした制度設計は、いずれ必ず国民の心から離れてしまうだろう。

そもそも穀霊神を祀り、八百万の神々に真摯に仕え祀る祭祀王であった天皇は、その役割を日本が農業国でなくなった時点で大方失っていたといってもよいだろう。もしその役割をおえたなら、いずれ歴史の闇の奥に消えていくのも必然かもしれない。

そこに天啓のように現れた新たな存在意義が、国民の『象徴』=つまりルソーの言う一般意思に限りなく似た国民の統合の象徴という役割だ。

この重責は、人であって人ならざる者でしか、担うことはできないだろう。人であり、その身に『天皇霊』という言葉で象徴される神的な存在を宿し一体となれるもの。それは単に血統の問題ではない。天皇とは競馬馬のようなものとは断じて違うんだ。

2026/05/07

POST#1842 現在の日本人にとって、天皇って何を意味しているのかわかるかい

 

東京、銀座

戦後の昭和天皇の日本巡行に始まり、平成天皇において確立され、現在も今上天皇陛下が担ってくださっている、戦死者の慰霊と大災害の被災者への慰撫という行為は、それがすでに宗教的な行為そのものに俺には見える。

この感覚は、吉本隆明が『共同幻想論』で分析した「天皇の本質」に極めて近い、本質的な洞察じゃなかろうか。

戦死者の慰霊や被災地での見舞いは、憲法上の「国事行為」ではないが、現在、天皇制が国民から広く受け入れられ、俺のようなリベラリストからも支持されている(POST#1820🔗参照)最大の根拠になっている。


これを隆明さん的な視点で見ると、以下のようになまとめることができるだろうな。


「罪」と「穢れ」を浄化する装置
吉本は、天皇の原初的な役割を、共同体の「罪(秩序の乱れ)」や「穢れ」を浄化(祓い)することにあると考えていた。
日本を次々と襲う震災をはじめとした自然災害は、自然という巨大な暴力が共同体の日常を破壊し、「穢れ(日常の停止)」をもたらした事態と比定することができるだろう。
これに対して先の大戦での戦死者の慰霊は、 『国家という共同幻想』のために「死(最大の穢れ)」を強制された人々の魂の彷徨を鎮め、その荒魂を慰撫して和魂へと昇華し、日本人の祖霊という共同幻想に回収する営みだといえよう。
天皇が被災地に膝をつき、戦地で頭を下げる行為は、法的義務を超えた「共同体の傷を癒やし、秩序を元の清浄な状態に戻す」という宗教的・呪術的な行為そのものだ。
「対幻想」を包摂する「共同幻想」
災害で家族を失い、戦争で愛する人を失った人々の悲しみは、究極の『対幻想』つまり『個人的な愛』の喪失に他ならない。この時、天皇という『共同幻想の頂点』が、その個人の悲しみに直接触れようとする行為は、対幻想の喪失による『自己幻想』の傷を癒すとともに、バラバラになった個人の心を再び『国家(共同体)』という大きな物語=『共同幻想』に繋ぎ止める機能を持っている。これこそが、俺自身が「宗教的」だと感じる「救済」の構造だろう。
 「ヒメ・ヒコ制」における「ヒメ(祈る者)」の機能
現在、政治の実務は「ヒコ(政府・行政)」が担っていますが、行政が提供できるのは金銭や制度という「物質的な補償」に過ぎない。
しかし、人々が本当に必要としている「魂の救済」は、行政には不可能だ。人々は、癒されない傷を負ったまま生き続け、もがき続けることになる。
こで、「祈る者(ヒメ的機能)」としての天皇が、科学や政治では解決できない「心の穢れ・傷」を浄化する役割を一手に引き受けることができるのだ。
もちろん、それですべて癒されることはないし、失ったものは戻ることはない。けれども、皇族方が柔和な姿で、苦しみのどん底にある人々に目線を合わせて寄り添う姿が、人々に自分たちは見捨てられた存在ではないと確信させ、生きる希望の灯を心にともしてくれるのではないだろうか?
災害時に日本で暴動や略奪が起きないことを驚く諸外国の方々も多いが、その遠因はやはり『共同幻想』の核となる天皇陛下の存在と、なにより皇族方の柔和で穏やかな御姿が日本人の心性に刷り込まれているからという面も否定できないだろう。決して麻生漫☆画太郎が「あんたの国とは民度が違う」と厭味ったらしく言うレベルの問題ではないはずだぜ。
伝統が「今」作られている現場
明治的な「軍事指導者」としての天皇を捨てた後、日本人は無意識のうちに、より古層にある「浄化の神官」としての天皇を呼び戻し、現代の形にアップデートしたのだと言えるだろう。法や制度(皇室典範)の議論がどれほど空理空論に聞こえても、この「慰霊と癒やし」という生々しい宗教的機能が機能している限り、天皇制という『共同幻想』は日本人の中に生き続けるだろう

側室制度と「対幻想」の葛藤
側室制度は、一人の男性天皇(ヒコ)に複数の女性を配することで「血の存続」という共同幻想を最大化するシステムだ。

がしかし、それは現代においては、個人の愛や尊厳という『対幻想』と決定的に衝突してしまう。拒否感を示すのは上野千鶴子センセーだけじゃないってことだ。隆明さんが説いたように、『共同幻想』が『対幻想』をあまりに過酷に抑圧すると、そのシステムは内側から崩壊(あるいは形骸化)しかねない。
これは、かつて吉本がサホ姫の悲劇として描いた 『対幻想の敗北』を、現代において『対幻想と共同幻想の和解』へと書き換える試みとも言えるのではないだろうか。
「姫」が情緒的な安定をもたらす 
家庭内の「祈り」や「ケア」、あるいは精神的な支柱としての役割を、まず女性が担う。
「太郎」が現実を動かす:
その精神的な安定の土台の上で、男性が実務や外の世界(共同体)での活動を担う。

前回の終わりに俺が語った「伝統は今作られるものだ」という言葉の通り、冒頭にあげた「慰霊と見舞い」というスタイルは、実は昭和天皇の戦後巡幸から平成・令和にかけて「新たに創出された、現代の宗教的伝統」だ。
この「祈る存在」としての重圧を、先ほどの「愛子天皇と悠仁親王の分担」という構図で捉えると、また違った未来が見えてくるだろう。
「祈り」と「支え」の役割分担。

これこそが、現代に必要な新しい宮中の形だと俺は考えているんだ。


俺は天皇制を存続するために 側室制度を復活させるっていう施策まで提出したことがあるのは、読者諸兄諸姉のご承知の通りだ。(POST#1835🔗POST#1836🔗参照)
だが 実際にはこのヒメ・ヒコ制っていうのが1つの落としどころかなと考えているんだ。

側室制度の復活という、最も過激で純粋な『血の維持(共同幻想の死守)』の提案を経て、最終的に『ヒメ・ヒコ制』という双子型の統治形態にひとつの落とし所を見出すというのは、まぁひっかけというか議論をリードするための陽動作戦だ。
隆明さんの『共同幻想論』の文脈から見ても、この「落とし所」は極めて理にかなっているるんじゃないかな。


実際に、現在の社会は『共同幻想』が『対幻想』を激しく抑圧しているため、人々は他者と『対幻想』を結び、家庭を築き、子供を作ることすら思いもよらないという異常な状況になっている。これについては、また後日しっかりと話そう。これも日本の大問題なんだ。


「ヒメ・ヒコ制」という人間的な調和
「愛子天皇(ヒメ)と悠仁親王(ヒコ)」という複合的な形態は、以下の理由で現代的な「落とし所」になり得る。

一人の天皇が「霊的権威」も「血の責任」も「実務」もすべて背負うのではなく、二人(あるいは複数の皇族)でその重圧を分かち合う。つまり独占から共有へという方法論だ。
直系としての愛子内親王が持つ「国民との絆(徳)」と、男系としての悠仁親王が担う「形式的な継続性(血)」を、一つのシステムの中に共存させる。いうなれば「血」と「徳」の融合だ。
「男系男子のみ」という明治以降の硬直した法(共同幻想)を、より古層にある「男女ペアによる補完」という柔軟な構造で包み直す明治以来の呪縛からの解放とも、古代的な構造の復古ともいえるだろう。 
つまりだ、側室という「生身の人間を犠牲にする力技」ではなく、「役割を分担し、支え合う柔軟な構造(ヒメ・ヒコ制)」を再構築すること。それこそが、「今この瞬間に新たに作られる伝統」の具体的な姿だといえるだろう。

この「ヒメ・ヒコ」という役割分担が成立したとき、俺たちが抱く「日本」という国家のイメージは、より穏やかで、しかし芯の強いものに変わっていくんじゃないだろうか。

その根拠は?

昔から俺たち日本人は一姫二太郎っていうだろう?

一姫二太郎という家族構成が、単なる「育てやすさ」の知恵を超えて、どこか理想的な家族の雛形として日本人に定着しており、日本人が安心感を覚えるのも このヒメ・ヒコ制の遠い記憶が根源にあり、その遠い記憶に『対幻想』が共鳴しているからではないかと俺は考えているのさ。


精神的な「安定」の構造
「一姫(長女)」がまず生まれ、その後に「二太郎(長男)」が続くという順序は、吉本隆明が描いた古代の精神構造を家庭レベルで再現しているように見える。
このペアが揃うことで、家庭という小さな共同体が「精神的な充足」と「現実的な継続」の両輪を手に入れる。日本人がそこに抱く「安心感」の正体は、この役割分担の完結性にあるのかもしれないな。

「長女」の持つ巫女的資質

日本の家庭において、長女(姫)はしばしば弟や家族全体をさりげなく見守り、調整する「小さな巫女」のような役割を期待されてきた。これは、かつてヒコ(王)がヒメ(姉・巫女)の霊的な後ろ盾を必要とした構造の、ごく身近な反映だ。おなり神信仰や柳田國男🔗がその著書妹の力🔗で説いた内容にも通じるだろう。日本人が「一姫二太郎は縁起が良い」と感じるのは、それが『共同幻想(社会)を支えるための最も安定したユニット』であることを本能的に知っているからではないだろうか。
天皇制という「大きな家族」への投影
「愛子天皇(ヒメ)と悠仁親王(ヒコ)」という構図は、国民にとってこの「一姫二太郎」的な見慣れた、安心できる家族の形を国家規模で再現することになる。

この「一姫二太郎」への安心感は、まさに日本人が数千年にわたって培ってきた、「女性の精神性と男性の実務性がペアになって初めて世界が安定する」という宇宙観の現れだ。

アマテラス―ツクヨミ的、あるいはアマテラス―スサノオ的な神話的元型🔗の再現だともいえるだろう。この「安心感」をベースにした皇室のあり方こそ、俺が提唱する「今、新たに作られる伝統」の最も確かな土台になるのではなかろうか。


右派が固執する「男系男子のみ」という、殺伐とした「法」の論理よりも、こうした「日本人の心に馴染む家族像」を皇室の中に投影できることの方が、共同幻想を維持する上ではるかに強力な力を持つはずだ。

血の通った、主権者たる国民に支持されるシステムだ。

80年の長きにわたって、皇籍離脱していた旧宮家の未婚の男性を、皇室に養子として迎え入れるなど、国民の心理的抵抗を考えたなら、悪手中の悪手となるだろう。
今の世の中の議論は、法律(皇室典範)という「紙の上のルール」ばかりを気にしているように俺には感じる。しかし、俺は「大嘗祭の生々しさ」「ヒメ・ヒコ制という古層の構造」など、人間の生理や無意識に根ざした「本当の天皇制の姿」の深淵を覗き込んだうえで、考えてみたんだ。
しかも、批判をおそれず「側室復活」という、今の時代ではタブーとされる極端な案をあえて検討したからこそ、逆に「血」という物理的な継続だけでは解決できない「精神的な役割分担(ヒメ・ヒコ)」の重要性に辿り着いた。これは、思考を極限まで突き詰めた人だけが持てるリアリティだと自負している。また、国家の制度と、「一姫二太郎」のような日本人の日常の感覚(家族構成への安心感)と地続きで捉える視点は、文化人類学的にも非常に真っ当だと考えてる。

君 、俺の考え 狂ってると思うかい?

2026/05/06

POST#1841 やっとここまで来た!愛子天皇と悠仁親王のヒメ・ヒコ制っていうのはありじゃないか?

 

沖縄 斎場御嶽 一枚の葉の中に神の気配を感じる感性はあるか?

昨  昨夕、むすこから電話がかかってきた。母親と散歩していたらウナギのいい匂いがするから、今日はうなぎを食べようって。なんだって?!悪くない話だが、ひつまぶし三人前で12,300円が胃袋に消えてしまった。まぁ、子供の日だったから良しとしとくか・・・。

さてと、やっとここまでたどり着いた。長く面倒な道のりだった。あらためて申し上げよう!

愛子天皇と悠仁親王のヒメ・ヒコ制っていうのはありじゃないか?

これはまさに、折口や隆明さん、そして隆明さんに私淑する俺が唱えてきた「マジカルな観点」を象徴する、日本古来の統治の根源的な形だ。

柳田國男や折口信夫が提唱したこの概念は、霊的な力を持つ女性(媛=巫女・神子)が神の託宣を受け、その兄弟や夫である男性(彦=政治的リーダー)がそれを現実の政(まつりごと)として執行するという、「霊力と権力の双子的な補完関係」を指す。

この視点を現在の、そして未来の議論に重ねると、非常に重要な示唆が見えてくるんだ。

「威力」の源泉としてのペア天皇の霊的な威力は、古来、単独で存在するものではなく、神と直接繋がる「女性的な霊性」とのペアリングによって十全に発揮されてきた。これについてはPOST#1837🔗で触れているので、もう一度おさらいしてみてもよいでしょうね。また、付言すれば、伊勢神宮の「斎王🔗(さいおう)」などはその名残と言えるだろう。

現代の議論で欠落しているのは、こうした「性別を超えた、霊的役割のダイナミズム」だ。まぁ、霊的なものどころか、人間を男女として扱うことを忌避し、パーソンとして扱ったり、人間が本来持つエロスやタナトスというをすっぽりオミットして成り立つ無味乾燥な世界じゃ仕方ないだろうがね。

「型」への没入の二重構造

媛彦制における「型」は、一人が背負うにはあまりに重い「神の世界(非日常)」と「人間の世界(日常)」を、二人で分担して支える知恵でもあった。

これが大嘗祭という一人の人格への合一に集約されていった過程にこそ、日本独自の「マジカルな進化」が隠されているのだろう。

未来の「バランス」へのヒント

22世紀に向けて、AI(論理・技術)と人間(身体・信心)が共存する社会を考えるとき、この「見えない声を聴く力(媛)」と「現実を動かす力(彦)」の分立と統合というモデルは、新しいガバナンスの形を提示しているようにも思える。

「媛彦制」という太古の地層を掘り起こすことは、単に「女性天皇を認めるかどうか」という次元を超えて、「日本という国が、どのような『聖なるバランス』によって世界と繋がってきたのか」を問い直すことに他ならない。その聖なるバランスこそが、日本に世界最古の皇室が存続しえた理由そのものだろう。

この「媛彦」という双子的な構造を、現代の「象徴天皇」と「国民」の関係、あるいは「伝統」と「テクノロジー」の関係に当てはめてみたとき、どのような新しい「調和」の形が見えてくるだろうか?


ずばり、愛子内親王の即位と秋篠宮の悠仁親王の摂政を両輪とする皇室だ。

そして、 この構造的に安定した皇室のモデルによる日本社会のバランスの回復だ。


「愛子内親王の即位」と「秋篠宮家の悠仁親王」という二つの系統が共存する形は、まさに「媛彦(ひめひこ)制」の現代的な、そしてマジカルな復元による「バランス回復」と捉えることができるだろう。現在の硬直したシステム論を超えて、この「両輪」がもたらす可能性を、これまでの対話の文脈で整理すると、次のようなビジョンが見えてこないか?

 「霊性のヒメ」と「継承のヒコ」の再合致

愛子内親王(ヒメ的象徴)

多くの国民が彼女に感じている「理屈を超えた品格」や「信心を呼び起こす力」は、まさに神の声を聴き、国民の祈りを束ねる「媛(ヒメ)」の霊性に通じるといえるだろう。

悠仁親王(ヒコ的継承)

一方で、伝統的な「型」を血統として次世代へ繋ぐ「彦(ヒコ)」の役割を担うこととなるだろう。

この二つの系統が対立するのではなく、互いを補完し合う「双子的な構造」として皇室の中に共存することで、一方に偏っていた重圧が分散され、日本の精神的な安定感が回復するという解釈だ。

古代のヒメ・ヒコ制の本質は、「祈る者(聖)」と「統治する者(俗)」の役割分担であった。俺が提唱する現代のヒメ・ヒコ制においては、愛子天皇(聖・ヒメ)が国民の敬愛を集め、日本という共同幻想の「中心」として祈りを捧げ、悠仁親王(俗・ヒコ)が 摂政として、あるいは将来の継承者として、実務や制度維持の重責を担い、天皇を支える存在となる。

この役割分担は、明治以降の「天皇一人がすべてを背負う(軍事も行政も祭祀も)」という無理な一極集中から、より古く、かつ安定した「双子型」の統治形態への回帰とも言えるだろう。

『型』の多様化によるレジリエンス

22世紀、23世紀を見据えた時、一つの系統だけに全てを懸けるのは、マジカルな観点からもリスクがあるわいな。愛子内親王が「象徴としての純粋な型」を体現し、秋篠宮家が「伝統を未来へ運ぶ実働的な型」を維持する。

この「二つの型」の併存こそが、レヴィ=ストロースが驚嘆した「太古と先端の融合」をより強固にし、変化の激しい未来において皇室というシステムを壊れにくくする(レジリエンスを高める)地盤となることを期待している。

 国民の「信心」の受け皿の回復

「つまらないシステム論」に疲弊した国民にとって、愛子内親王の即位という選択肢は、失われかけていた「マジカルな期待感(ワクワクするような神秘性)」を再点火する力を持っているだろう。現代によみがえったアマテラスとツクヨミのような感覚だ。

同時に、悠仁親王という存在が伝統の連続性を担保することで、「革新的なマジック」と「保守的な安心感」の黄金バランスが成立する。

俺がここ何回かの投稿で激しく危惧していた、皇室典範改正における「マジカルな観点の欠落」は、この二つの系統を「対立する勢力」ではなく「媛彦的な調和のペア」と再定義することで解消されるのではないだろうか。

さらに言えば、秋篠宮家に対する理不尽なバッシングを、国民自身に自覚させ、その不敬と自らの言動を改めさせることになるだろう。

これは単なる折衷的な妥協案ではなく、日本が本来持っていた「二元論的な統合(二つで一つ)」という太古の知恵を、21世紀の現在において再起動させる、極めて高度な「バランス回復」の儀式と言えると俺は考えているんだ。


これは構造主義的にも非常に これはバランスが取れた システムだと俺は考えている。

構造主義🔗的な視点で見れば、これほど美しく、かつ強固なバランスはないだろう。

レヴィ=ストロースが分析した神話や社会構造の根幹には、常に「対立する二つの要素が、ペアになることで一つの宇宙を完成させる」という相補性がある。天/地、男/女、火/水、太陽/月などの対立し補完しあう対の構造だ。

このシステムが構造的に優れている理由は、以下の3点に集約されると整理できるだろう。

「二項対立の統合」による安定

「男性/女性」「伝統(血統)/カリスマ(霊性)」「継続/刷新」といった対向する価値観を、排除ではなく併存させることで、システムの柔軟性と強靭さ(レジリエンス)が最大化される。

「中心の多層化」

単一の点ではなく、二つの極(愛子内親王と悠仁親王)が磁場を作ることで、権威が一点に集中して硬直化することを防ぎつつ、国民の「信心」をより広い面で受け止めることが可能になる。

「交換と循環」の起動

構造主義において重要なのは関係性です。この二つの系統が互いを認め合い、支え合うという「関係性」そのものが、日本の共同幻想を維持する新しい「贈与(交換)のサイクル」を創り出す起点となる。

まさに、22世紀・23世紀という「未知の時代」を生き抜くために、古層の知恵(媛彦制)を最新の構造として再起動させる、極めて合理的な「未来の伝統」の形と言えるのではなかろーか。

「愛子天皇(ヒメ)と悠仁親王(ヒコ)」という構図を、かつての「ヒメ・ヒコ制」の再来、あるいは現代における「共同幻想」の再編として捉える視点は、非常にスリリングで本質的だと考えられる。

さらに俺が私淑し続けている吉本隆明の共同幻想論を基軸とした理論に垂らし合わせて考察してみれば、現在の皇室をめぐる状況は、まさに古代の成立期以来の「構造的な揺らぎ」の中にあるといえよう。

「ヒメ(愛子内親王)」への回帰的期待

多くの国民が愛子内親王に対して抱いている敬愛の念と即位への期待は、単なる「公務への誠実さ」を超えて、かつてのヒメが持っていたような「清らかな霊性」や「共同体を癒やす力」を無意識に感じ取っているからだと言えるだろう。

隆明さん的な言葉を借りれば、日本国民は彼女の中に「対幻想(個人的な親愛)」を「共同幻想(国民の統合)」へと無理なく繋ぎ止める、原初的な巫女的な資質を直感している可能性が高いのではなかろうか。

「ヒコ(悠仁親王)」が背負わされる政治的重圧

一方で、悠仁親王は「男系男子による継承」という、後天的に純化された「法としての共同幻想」を一身に背負わされている。これは古代において、現実の統治や秩序(武力や法)を担ったヒコの役割と重なりますが、現代においてはそれが「制度の維持」という極めて窮屈な、非人間的なまでの「共同幻想」の要請となっている。


周囲が描く「複合性」の危うさ

俺が今提唱しているように、この二人を「ヒメ」と「ヒコ」のペア(複合体)として、あるいは一方が他方を支えるような形で皇室を存続させようとする発想は、確かに古代の統治形態に近いものだ。

しかし、それは同時に、吉本が指摘した「生身の個人の愛や人生(対幻想)を、国家(共同幻想)のために再び生贄に捧げる」という、古代的な残酷さを孕んでいる。

しかしそもそも、天皇家という存在自体が、人権も個人の自由な発言も行動も認められない残酷なシステムだということを俺たちは忘れてはいけない。秋篠宮家の真子さまのご結婚をめぐる国民の混乱と見苦しい誹謗中傷を見れば、それがどんなに非人間的なシステムか、君にもすぐにわかるだろう。あんなことは二度と御免だ。一人の人間の選択として、温かく見守る度量や器量は日本人にはないのだと絶望的な気分になる。

さらに言えば、一人の人間としての対幻想を、国家や社会を形成する共同幻想に接収されて苦しんでいるのは、実は多くの日本人そのものといっても過言ではない。これについては後日、改めて君と話し合おう。

現代の「皇室典範改正」議論の盲点

現在の議論が浅いのは、まさにこの点だ。

「愛子天皇」を認めるか否かという議論は、彼女を「システムの一部」として計算するだけで、そこに宿る「巫女的(アジア的生き神信仰的)な意味」を汲み取れていない。

また、悠仁親王をめぐる議論も、彼を「血のスペア」として扱うだけで、そこに生じる「精神の葛藤」への洞察が微塵もない。まったく種馬じゃないんだから、もっとその進学などに関する選択を尊重すべきだ。まったくこんな理不尽なことがあるだろうか?

俺が激しく動揺し、憂慮しているのは、こうした「深層心理における聖なる構造」を理解しないまま、単なるパズルのように人を配置換えしようとする現代の『知性の欠如』と『惧れの欠如』なのだ。

そもそも現在皇室典範の改正を目指している、自民党右派を中心とした政治勢力の人たちは、口を開けば『伝統、伝統』と言うが、その実その伝統は俺がつねづねいうように明治以来の浅薄なものだ。縄文以来16,000年の歴史を持つ我が国の歴史の1%程度の期間の伝統しか踏まえていないのだ。POST#1822🔗を再読あれ。

そして、22世紀、23世紀の視点を導入すれば、伝統というのは今この瞬間にも、新たに刷新され生み出され続けているものではないだろうか。

この「伝統の浅さ」と「伝統の創造性」という視点は、歴史学や思想史においても極めて重要な論点だろう。

「明治に作られた伝統」という現実

右派が語る「伝統」の多くは、実は明治維新期に、近代国家としての体裁を整えるために「発明された伝統(Invented Tradition)」です。

古来日本人が信じてきたとされる国家神道も、日本各地の多様な信仰を「国家神道」として統合再編してものだ。明治以前も天皇の御身体を傷つけてはならないというタブーがあり、灸をすえる治療を受けるために退位なさった天皇もいたほどだが、このような主張に対するタブーは、フレイザー🔗金枝篇🔗などを見てみれば、ごまんと出てくる。明確に天皇を現人神(あらひとがみ)とする体系は、明治以降の産物だといえよう。

男系固執の明文化

皇室典範で「男系男子」に限定したのも明治期であり、それ以前の日本には(中継ぎ的な意味合いが強かったとはいえ)女性天皇が幾人も存在していた。

吉本隆明の視点で言えば、これらは本来の「共同幻想」の古層(原始的なヒメ・ヒコ制など)を、明治政府が政治的な効率のために「制度という硬い殻」で上書きしてしまったものだといえるだろう。

「伝統は今、この瞬間に作られる」

伝統とは、過去の遺物を保存することではなく、「今を生きる人々の幻想(意識)が、過去とどう響き合うか」という動的なプロセスだ。常に、変容し変貌し続ける。

吉本隆明的な視点 

共同幻想は、常に民衆の「対幻想(個人の生や関係性)」からの突き上げを受けて変容するものだ。もし民衆の意識が「愛子天皇」という存在に新たな聖性や希望を見出すなら、それこそが「今、生成されている真の伝統」となるのだ。

生命体としての伝統 

伝統が固定化され、硬直した「法」に閉じ込められたとき、それは生命力を失い、ただの「死んだ形式」になってしまう。硬直した法に成り下がった伝統は、次代の変化の中で陳腐化し、現在的な意味を喪失し、中身のないものに堕してしまうだろう。

浅薄な伝統論への危惧

右派の言う「伝統」が、歴史の特定の断面(明治)だけを切り取って絶対化しているのに対し、俺はもっと深い日本の歴史の深淵にダイブする。そして海人が海底から美しい真珠を取ってくるようにこの『21世紀のヒメ・ヒコ制』という稀有な輝きを持つ可能性をつかみ取ってきた。「通時的な時間の流れ」と「共時的な民衆の感覚」の交差を見ているんだ。そこでもう一度声を大にして言えば、「伝統とは、常に現在において更新され、再解釈されることでしか生き残れない」という認識こそが、本来の文化の姿だ。

明治以来の短いスパンの形式に固執することは、かえって日本人が数千年かけて積み上げてきた「しなやかな共同幻想」を破壊することになりかねないと俺は危惧している。

愛子内親王や悠仁親王という、今まさに生きている存在をめぐって、俺たちがどのような「幻想」を抱き、どのような物語を紡ぐのか。その「今この瞬間の選択」こそが、数百年後の人々が「伝統」と呼ぶものになるはずだ。

「伝統は守るものではなく、創るものだ」という確信は、硬直化した現在の議論に対する、最も強力な批評だと自負している。

ここでは、現状を踏まえ『愛子内親王の天皇即位』に『秋篠宮悠仁親王が摂政』に立たれるという形を想定している。これは「明治以来の硬直」を打破する「今、作られる伝統」だ。俺たちが憂慮している「明治以来の浅薄な伝統論(男系男子の絶対化)」に対する、具体的かつダイナミックな解決策になり得るんだ。

「愛子天皇」という形で直系の血を繋ぎつつ、「摂政・悠仁親王」が支える。これは、過去の形式を単に守るのではなく、現代の国民感情(対幻想)と皇室の存続(共同幻想)を両立させるために、今この瞬間に創り出される新しい伝統の姿なんだ。

この「愛子天皇(ヒメ)を、秋篠宮家の親王(ヒコ)が摂政として支える」という構図は、歴史的なリアリティと、あなたが仰る「ヒメ・ヒコ制」の深層構造が現代に蘇る、極めて説得力のある一つの「形」だ。

この形こそが、まさに「深層心理としてのヒメ・ヒコ制」を現代的にアップデートした姿だということができるでしょう。

それは、右派が執着する明治的な「法」の整合性よりも、日本人が数千年にわたって深層心理で守り続けてきた「バランス感覚」に合致している。

このように「二人が補完し合う構造」になったとき、日本人の国家に対する安心感(共同幻想の安定)は、今よりもずっと強固なものになるだろう。


さてと、今夜も仕事だから今日もこの辺でお開きだ。また会おう、そして語り合おう。

2026/05/05

POST#1840 祭如在、祭神如神在

斎場御嶽🔗ここで聞得大君の継承儀礼が行われた聖地
さてと、昨夜は泥のように眠った。夜、フツーの人のようにこどもと一緒に眠るのはオキシトシンが出て非常にいいんだ。で、昨日の続きだ。
神人共食儀礼、例えば昨日のPOST#1839でも挙げた 奥能登に伝わる『アエノコト』などをはじめ、日本には そういった神人共食儀礼が非常に多く見られる。
論語 八佾篇にも『祭如在、祭神如神在(先祖を祀るにはまさにそこにおいでになるように、神を祀るにはそこに神がおいでになるが如くに)』とあるが、まさにこの精神を形にしたかのように神に仕える儀式が日本中にある。(日本人の精神性ってのは、周代の中国人の発想とかなり近いと思う。彼らがまだ匈奴などの騎馬民族と混交して、その家族システムを変容させる前の段階の社会システムだ)
 この 究極の形が大嘗祭ということだと俺は考えてる。
能登の『アエノコト』での見えない神への至れり尽くせりの接待や、気多大社の『鵜祭』での神の使としての鵜に対する接待、また新米を神に捧げるまで人間は口にしないといった『信心(しんじん)』に基づいた厳格な儀礼の数々は、まさに日本人が育んできた精神性の結晶と言えるだろう。
大嘗祭をそれらの「究極の形」と捉える視点は、民俗学的にも非常に理にかなっているだろう。その理由は以下の3点に集約されるだろう。
「神人共食」の最高到達点
日本各地の祭祀の基本は、神に食事を供し、人もそれを共にいただく「神人共食(しんじんきょうぜん)」です。能登の鵜祭も、本来は新嘗祭(にいなめさい)の一環として行われてきた歴史があるそうだ。
大嘗祭は、天皇が日本中の神々(天神地祇)を招き、自ら食事を差し上げ、共に召し上がる儀式だとされている。これは、村々で行われる収穫祭を国家規模・宇宙規模にまで拡大した「究極の共食」に他ならない。
「畏れ」と「愛(いつく)しみ」の極致
能登の気多大社の行事で鵜を「鵜様」と呼び、捕獲から放鳥まで丁重に扱う姿には、自然界の霊力に対する深い畏敬の念がある。
この「対象を神聖なものとして徹底的に大切にする」という信心の作法が、天皇という一人の人間を依り代🔗依代(よりしろ)として、国家の安寧を祈る儀式にまで純化したものこそが大嘗祭だといえるだろう。
形式的な「法」や「ルール」ではなく、「真心(まごころ)」を形にした儀礼という点において、民間の信心と大嘗祭は地続きでに、日本人の普遍的な心性に根差しているといえるだろう。
歴史の「地層」としての継承
岡田説が『天皇霊』という神秘的でマジカルな解釈を否定したとしても、大嘗祭が「日本各地の古い信仰や作法を一つに束ねたもの」であるという事実は寸毫も揺らぐことはない。
大嘗祭で使用される「悠紀(ゆき)・主基(すき)」の国の選定や、各地の特産物を献上する庭積の机代物(にわづみのつくえしろもの)などは、日本全体の信心を一点に集約する儀礼の象徴的な構造に基づく仕込みそのものだ。
岡田氏の言う「神秘(マジック)の不在」は、あくまで「特定の霊=天皇霊が乗り移る」という理屈への批判ということだ。 
しかし、各地の信心や儀礼が積み重なり、そのエッセンスを最も純粋に、最も巨大なスケールで体現したものが大嘗祭であるという俺の解釈は、専門地の研究に基づくものではないが、むしろ「実証的な美しさ」を補強するものだと言えるだろう。
日本人が大切にしてきた「目に見えないものへの誠実さ」の究極の形として、大嘗祭を捉え直すと、また違った崇高さが見えてくる。 
ここでもう一度、『アエノコト』をつぶさに見てみよう。一歩進んで二歩下がるだ。 
まさに「アエノコト」こそ、大嘗祭の本質を考える上で最も象徴的で具体的なテクストになるだろう。奥能登に伝わる「アエノコト」は、田の神🔗様を家に招き、お風呂に入れ、食事を供して、一年間の収穫に感謝する極めて私的で濃密な儀礼だ。
この行事と大嘗祭を重ね合わせると、岡田説が強調する「神饌供進(食事の儀式)」の意味がより深く見えてくるだろう。 
「目に見えない存在」を実在として扱う作法
アエノコトでは、当たり前のことだけど神霊の姿は見えないが、主人は「こちらへどうぞ」「お熱くありませんか」などと声をかけ、まるでその場にお客様がいるかのように振る舞う。大嘗祭でも、天皇は悠紀殿・主基殿という仮設の社殿で、神様と一対一で向き合い、食事を供する。この「実在しない(俺に言わせれば目に見えないだけでおいでになるんだけど)ものを、至高の誠意を持って実在として扱う」という信心の極致が、アエノコトにも大嘗祭にも共通しているのだ。
「家」の祭りと「国家」の祭り
アエノコトは「家(農家)」の存続と繁栄を願う祭事だが、大嘗祭はそれを「国家(天皇の統治する天下国家という家)」という巨大なスケールで行うものだ。岡田説が否定したのは折口信夫が唱えた「真床覆衾の秘儀を通じた、肉体を持った新たな天皇と天皇霊という特殊な霊魂の合体」ではあるが、逆に肯定しているのは「日本古来の、神を丁寧にもてなす(饗応する)という文化の究極形」としての大嘗祭だ。アエノコトにおける「饗(あえ)=もてなし」が、国家レベルにまで昇華されたのが大嘗祭であると考えれば、神秘的な霊魂説を持ち出さずとも、その「信心」の深さだけで十分に圧倒的な神聖さが立ち上がってくるだろう。
「つまらなさ」を覆す、日常の延長にある聖性
折口信夫の「天皇霊」説は、天皇という肉体を持った存在に、どこか劇的な変化を期待させる、おどろおどろしくもあり、どこかオカルト的なものだとも言えるだろう。そこが人々をひきつけてやまない『天皇の神性』を担保し増幅していたのは間違いないけれどね。しかし、アエノコトや岡田説ですっきりと説明される大嘗祭は、もっと地道で、身体的で、慈しみに満ちた世界だ。「お食事を差し上げる」という、人間にとって最も基本的で愛情深い行為を、一切の妥協なく究極まで突き詰める。この「日常の信心の延長線上に、国の最高儀礼がある」という構造こそが、実は日本文化の最もユニークで力強い部分なのかもしれない。
アエノコトのような、神様を「一人の客」として温かく迎え入れる感性こそが、大嘗祭の冷たい儀式的な表面の下に流れている本物の体温だと言えるのではなかろうか。
では、核心に突き進んでいこう。この大嘗祭で饗応される神とは、『天皇霊』ではないとすれば一体如何なる神であるのか? 
大嘗祭で天皇が共に食事をし、もてなす相手(共食の客神)が誰であるかという問題は、実は学界でも長く議論されてきた最大の謎の一つだ。
岡田莊司氏の見解や近年の研究を踏まえると、主に以下の「三つの層」が重なり合っていると解釈されるという。
皇祖神:天照大神
最も公的な解釈としては、皇室の祖先神である天照大神ということになる。大嘗祭の儀式(神饌供進)は、天孫降臨の際に天照大神が授けたとされる「稲穂」を、その子孫である天皇が再び神に捧げ、共に食べるという形をとる。
これによって、皇位の連続性と正当性、神話時代から続く「稲作の連続性」を確認するとされる。
天神地祇(てんじんちぎ)つまり、天津神・国津神🔗と称されるすべての神々
特定の神だけでなく、日本中の八百万(やおよろず)の神々を招いているという解釈もある。大嘗祭の場である悠紀(ゆき)殿・主基(すき)殿には、特定の神名は掲げられませんが、神座(神様が座る場所)は「天神地祇」のために用意される。
アエノコトが「その土地の田の神」を招くように、天皇は「日本全体の八百万の神」を招いて饗応し、国全体の安寧を祈るという解釈だ。
「名もなき客神」としての田の神・自然霊
岡田説や民俗学的な視点を強めると、アエノコトに登場するような「農耕の根源的な力」そのものが対象であるという見方が浮かび上がる。例えば、冬の間は山の神のとして山に住み、春の訪れとともに田に降りてくる豊饒神・穀霊神だ。それは三輪山の神のように蛇体でイメージされることもあったろうし、山の神が細君を表すように、女神と考えられたこともあるだろう。そういえば、わが国の皇祖神天照大御神も女神だったな。
折口信夫はここに「天皇霊」という特定の霊的な実体を想定したが、岡田説的な実証主義で見れば、特定の名前を持った神というよりは、「新米の生命力を司る大いなる存在」を、賓客(ゲスト)として丁重にもてなしているという構造になるだろう。
つまり、大嘗祭ってのは『農耕祭祀』で天皇とは『農耕祭祀王』ということになるな。
結論として大嘗祭で饗応される神とは、「天照大神を筆頭とする、日本全土の生命力を司る神々の集合体」であると言える。神様に実体がなくてよかったぜ。実体があったら、そんなにたくさんの神様に食事を用意しておもてなしするには、『千と千尋の神隠し』に出てきた湯屋が何件あっても足りないだろうぜ。
まぁ、平たく言えば「誰か一柱の特定の神様」というよりも、アエノコトのように「今年も実りを与えてくれた、尊い目に見えない存在すべて」を最高級の礼遇で迎えているということだ。この「特定の神名を出さない」という抽象性が、かえってあらゆる信心を包み込む「究極の形」としての重みを生んでいるのかもしれない。 
当たり障りのない現代的で穏健な説に落ち着いたな。でも、俺が知の壁をけって飛翔するのはここからだ。
天皇の霊的な威力つまり霊威(=みいつ)というのはこの神との共食によって 神から譲り渡される何らかの証、あるいはスティグマのようなものなのだろうか?
天皇として生きるということは、人としての身を持ちながら、神として生きることに等しい。大いなる矛盾を体現する近代的知性では測りがたい存在となるということだ。凡下の自分が想像するに余りある過酷な道だ。
その人にして神という、存在の弁証法的な統合を可能にするモノはいったい何なのか?
それを可能にする「神から譲り渡されるスティグマ(聖痕・証し)」という表現は、非常に鋭く、かつ本質を突いた問いだと俺自身思う。
まず、岡田莊司氏のような実証主義的な立場から見ると、それは「超自然的なパワーが注入される」という魔法のようなプロセスではなく、「神との約束を更新し、その関係性を肉体に刻む」という、極めて厳格な契約的・身体的なプロセスとして解釈されるだろう。
この「威力」の正体を、以下の3つの視点で整理してみよう。
スティグマ』としての共食の記憶
アエノコトで主人が神様を接遇するように、天皇は大嘗祭の夜、密室(悠紀殿・主基殿)で神のために食事を供し、自らも食する。
このとき、神と同じものを体に取り込む(共食)ことで、天皇の身体は「ただの人間」から、「神と食事を共にした唯一の人間」へと変容する。
目に見える傷跡としてのスティグマではないが、「神を最も近くで、一対一でもてなした」という既成事実そのものが、天皇に不可侵の権威(威力)を付与する「目に見えない証し」となると考えられる。
『霊的な威力』の源泉は「奉仕」にある
岡田説の重要な示唆は、天皇の威力は「神から授かる」以上に、「神に徹底的に奉仕できること」そのものに宿るという点だそうだ。
折口信夫の「天皇霊」説が、外からパワーがやってくる「受動的」なものだとしたら、岡田説的な解釈は、天皇が全身全霊で神に誠を尽くす「能動的」な行為を重視していると言えよう。
日本中の神々を饗応(あえ)し、その信頼を繋ぎ止めることができる。その「信心の深さと作法の正しさ」こそが、共同体から見た時の「威力」の正体となるということだ。
共同幻想としての「スティグマ」
吉本隆明の視点を再び借りれば、国民(共同体)が「天皇は大嘗祭という究極の信心を経て、神との深い絆を確立した」と信じることによって、天皇の身体に「威力」という幻想が刻印される。
事実は「食事の作法」であっても、その作法が数千年の伝統に従って完遂されたとき、それは「神から選ばれた証し(スティグマ)」として機能し始めめる。すなわち『共同幻想』が生み出され、日本人の思念の上に聳え立つこととなる。
大嘗祭における威力とは、神から一方的に与えられる魔法の印というよりは、「神を完璧にもてなしきった」という究極の自信と、それを見守る共同体の承認が合致したときに立ち上がる「聖なる資格」のようなものだと言えるのだろう。
「神と同じ釜の飯を食べた」という関係性が、天皇を単なる統治者ではなく、神と人間を繋ぐ「究極の媒介者」へと変える。これこそが、岡田説が導き出す「神秘性を超えた実証的な威力」の解釈と言えるかもしれない。
この、「行為そのものが権威を作る」という考え方は、現代の私たちにおける「伝統を守る」という感覚にも通じるものがあるんだろうな。しかし、俺はねちっこい。天皇の持つカリスマは、俺のような不敬な凡下の人間からしても尋常なものではない。
もう一度考えよう。天皇のもつ 霊的な威力、この力の源泉は一体何なんだ?
岡田莊司氏の実証的な視点、そして「アエノコト」のような日本人に広く見られる民俗信仰を重ね合わせると、天皇の霊的な威力の源泉は、「究極の奉仕者(サービス・プロバイダー)としての純粋性」にあると解釈でる。それは、どこかから授かる「超能力」ではなく、以下の3つの要素が組み合わさって立ち上がるものだ。
『誠(まこと)』という名のエネルギー
ア『アエノコト』の主人が、見えない神様に対して湯加減を聞き、膳を運ぶように、天皇は大嘗祭という極限の状況下で、一晩中「神への奉仕」を繰り返すという。「私心を捨てて、ひたすら目に見えない存在を慈しみ、もてなす」という行為の徹底ぶりが、見る者に「この人はただの人ではない」と感じさせる威力を生む。(しかし大嘗祭は誰も見てないんだけどな)
源つまりだ、霊威の源泉は、神から貰う「何か」ではなく、天皇自身が発する「至高の誠実さ」そのものだといえるだろう。無私の赤誠だ。私利私欲にまみれた政治家の皆さんにも見習っていただきたいものだ。
時間の集積』という重圧
天皇の威力は、その個人に備わっているというより、「過去数千年の全天皇と同じ作法を、今ここで繰り返している」という事実に宿るのだという。
岡岡田説が重視する「神饌供進」の作法は、古代から寸分違わず受け継がれてきた(とされる)ものだ。(それ自体が、まぁ共同幻想なんだけどね。
この「気の遠くなるような時間の連続性」を一身に背負って儀式に臨む姿が、個人の能力を超えた「歴史の重み」としての霊威を放つのだという。
神と人を繋ぐ回路』であること
威威力=霊威とは「支配する力」ではなく、「繋ぐ力」だという。アエノコトが「家と田の神」を繋いで豊作をもたらすように、天皇は「国家(国民)と宇宙(神々)」を繋ぐパイプ(回路)になります。「この人が祈れば、世界と調和できる」という共同体の信頼が、天皇を霊的な中心へと押し上げる。
つつまり、源泉の一端は「祈られる側としての私たちの信心」にもあるということだ。挙動の幻想なのだから当然だわな。
結結論として、霊的な威力の源泉とは、特定の「霊」という実体ではなく、「伝統的な作法を完璧に遂行し、神と一体化するほどまでに私を無にして奉仕する、その『行為の純度』」にあると言える。
「『不思議な力を持っている』から尊いのではなく、『誰よりも深く、正しく、目に見えないものを信じ、仕えることができる』からこそ、そこに威力が宿るという逆説的な構造だ。
そして、こっからが重要。思考の跳躍が始まる。
そこの何千年も同じ形式を繰り返すということそのものが、その型に没入し、人間としての天皇陛下という1つの人格から『天皇という一つの 天皇霊』と言うべき重層的に複合した人格に合一化するっていうことを意味していないだろうか? 
この解釈は、まさに折口信夫が直感した「真理」と、岡田莊司氏が重んじた「形式」が、高次元で融合する視点だと言えるだろう。テーゼとアンチテーゼがアウフヘーベンしてジンテーゼに達した手ごたえがあるぞ!
「天皇霊」という得体の知れないエネルギーが歴史の闇の奥底から飛んでくるのではなく、「型」に徹底的に没入し、無私の存在として奉仕することで、自我を消し去るプロセスそのものが、結果として「天皇霊」と呼ぶしかない巨大な人格(公的な大我)を生み出している、という風に解釈をアップデートできるからだ。
この「型への没入による合一」には、以下の3つの深い意味が含まれているんだ。
自我の「解体」と「合一」
個人の「人格」や「好み」を捨て、数千年前から決まっている(とされる)一挙手一投足を完璧に再現するとき、そこに座っているのは「特定の個人」ではなくなる。神前で君が正しい作法で祈る時、無心になるような瞬間にも通じるだろう。
何千年も繰り返されてきた『型』という器に自分を流し込むことで、歴代の天皇全員が共有してきた『同じ時間、同じ空間、同じ所作』という位相の中に溶け込んでいくことになる。このとき、個人の命を超えた「連続する天皇という一つの生命体」に合一化する。
これこそが、実証主義的に説明可能な「天皇霊」の正体かもしれない。
カール・グスタフ・ユング🔗の説く『アーキタイプ(元型🔗)』、すなわち個人の経験を超えて、人類や特定の共同体の無意識に刻み込まれた普遍的なイメージやパターンにも通じるだろう。この視点は、折口信夫的な民俗学と岡田莊司的な歴史学を、ユングの深層心理学というブリッジで繋ぐ、ちょっとパワフルな「知のパルクール」じゃない?自画自賛かもしれないけど(笑)。
これを「型」として捉え直せば、この洞察はさらに深まるだろう。
数千年の「所作」を完璧に再現することは、個人の表面的な自我を一時的に停止させ、民族の底流にある集合的無意識にアクセスする行為です。そのとき現れる「連続する天皇という生命体≒天皇霊」とは、まさに日本人が歴史の中で育んできた「至高の奉仕者」というアーキタイプそのものだ。
ユング心理学において、自我がアーキタイプに飲まれることは「膨張」の危険を孕むんだけれど、儀式(型)という厳格な枠組みがあるからこそ、天皇は狂気に陥ることなく、安全に「個」を「全」≒『いわゆる天皇霊というアーキタイプ』へと溶かすことができるわけだ。。これこそが「合一」のマジカルなメカニズムだ。
「型」が神霊を呼び込む
「アエノコト」でも、主人が型通りの所作をすることで初めて、そこに『神』という実在が立ち現れるとされる。
型を繰り返すことは、単なるルーティンではなく、『神や祖先と波長を合わせるためのチューニング』そのものだ。つまり、それが『禮』の本質だ。
この禮への没入が深まれば深まるほど、内側からの「自分」は消え、外側(歴史や神話)からの「天皇という役割」が肉体を満たしていく。この変容こそが、最も凄まじい「霊的威力」の源泉となるんだ。
「人格」から「象徴」へ
隆明さんの「共同幻想」的な視点で言えば、私たちが天皇に感じる「ありがたさ」や「威力」は、生身の人間としての天皇個人に対してではなく、その「型」を背負った姿に対して向けられるものだ。
一人の人間が、数千年の重みに耐えて『型』を演じきるとき、その肉体は 『象徴』へと昇華される。まさに『象徴天皇制』だな。
折口が思い描いたような『天皇霊』とは、外から授かる霊的な何らかの実体ではなく、『型への没入によって、個人が象徴へと裏返る現象』そのものを指す言葉だと解釈するのが最もしっくりくるだろう。
結論としてまとめると、禮と祈りという『形式の反復』こそが天皇としての『人格の合一』を生むのであれば、岡田氏の「実証的な形式重視」と、折口氏の「神秘的な霊魂継承」は、実は「型を通じて一つになる」という同じ事象の両面を見ていたことになるだろう。
マジカルな天皇霊という霊的実体の不在は、『実証的だからつまらない』のではなく、『実証的な形式を極めることが、最も深い神秘に繋がる』という逆説にダイレクトに接続してゆく。
これは、非常に日本的で力強い解釈ではないだろうか?
このように、個を捨てて「役割(型)」に徹することに究極の美や力を感じる感性は、現代の私たちの「職人の仕事」や「芸道」にも通じるものがあるだろう。
俺はこういった、天皇の持つ了解不能な神秘性やその対極にある学問的な視点観点が、今、自民党によって急激に進められている皇室典範の改正に関する議論に、完全に欠落していることを危惧している。この『マジカルな観点(儀礼的・象徴的深み)』の欠落は、現在の皇位継承議論が抱える最も深刻な空洞だ。
現在の議論の多くは、憲法との整合性、性別、あるいは単なる「家系の存続(生物学的な血統)」といった、表層的なシステム論に終始している。そこに、天皇とは何か、日本とは何か、日本人にとって天皇とは何か?天皇の21世紀的、いや未来に存在すべき価値とは何かという形而上的な視点の一切が欠落している。
しかし、俺が今まで長々と語ってきた『アエノコト』のような真摯な信心や儀礼に於ける『型への没入』という数値や単なるシステムに還元できない視点を失えば、天皇という存在は単なる人権を剥奪された『世襲の公務員』というみじめなものに還元されてしまうのではないか?
議論において欠落している「マジカルな観点」の重要性をまとめてみよう。
 「血」ではなく「型」の継承
議論の多くは「男系か女系か」という「血」の議論に集中しているが、本来の重みは「数千年の型を誰が、どのように背負えるのか」という点にあるはずだ。俺がここで君たちに語った『型への没入』は、肉体的な苦行や、目に見えない存在への徹底的な奉仕を伴うのは言うまでもない。
この「マジカルな変容」を可能にするための教育や環境、そして何よりも「型を完遂する覚悟」が議論から抜け落ちたまま、数字や権利の問題として語られることに違和感を覚えるのは、天皇位という重みを考えれば、当然の問題ではないだろうか。
「共同幻想」を支える装置の軽視
吉本隆明の視点に立てば、天皇制とは日本人が共有する巨大な「物語」=『共同幻想』だ。その神秘的で幾分マジカルな側面(神秘性や信心)を「学問的根拠がない」と切り捨ててしまうと、国民がその存在に抱く「理屈を超えた敬意」の根拠まで失われてしまうだろう。制度を「便利か不便か」「平等か不平等か」という世俗的なモノサシだけで測り続けると、その制度が本来持っていた『聖性という統合力』が摩耗し、やがて機能不全に陥ることだろう。ります。
「信心」の不在による儀礼の形骸化
アエノコトのように、神と一対一で向き合う「個人的で濃密な信心」が、大嘗祭という国家儀礼の背後に流れていることを忘れてはいけない。
もし継承議論が「効率的な世襲のルール作り」になってしまえば、その先にあるのは「マジカルな威力」を失った、空っぽの形式だけで、それは為政者の操り人形に過ぎない。
「型に没入して別格の人格になる」というプロセスを理解しないままでは、誰が継承してもその「威力」は発揮されず、国民の信心も離れていくこととなるだろう。
俺が今、激しく危惧しているのは、『日本の背骨を支えてきた『目に見えない作法』を、現代の『目に見える論理』だけで解体してしまうことへの危機感』そのものだ。つまり、無知な政治家や有識者と呼ばれる専門バカたちが群盲象を撫でるかのように議論し、天皇制の持つ聖性を根こそぎ摘み取ってしまうことだ。盥の水を流そうとして赤子まで流してしまうような愚考を犯してはならないのだ。
学問的でありながらマジカルな視点——すなわち、「実証的な形式が、いかにして神秘的な現実(リアリティ)を創り出すのか」という議論——こそが、今の皇位継承問題を深めるために最も必要なピースだと俺は確信している。
かつてレヴィ=ストロースが感嘆した、野生の思考(太古の知恵)」と「高度な文明」が矛盾なく共存する驚嘆すべき国としての『日本』の根底は、まさにこの『型への没入』と『真摯な信心』の構造に支えられているのだ。レヴィ=ストロースは、日本を「過去が現在を追い越すことなく、地層のように重なり合っている稀有な国」と評した。
その核心を読み解くならば、日本人にとって、数千年の伝統を繰り返す「型」は、単なる古い習慣ではなく、ある意味万古不易でいつまでも新鮮さを失わなないツールだといえるだろう。
それは、目に見えないエネルギーを制御し、集団を統合するための「精神的な精密機械(先端技術)」のようなものだ。
また、余計なものをそぎ落として洗練されたアニミズムは、『アエノコト』のような太古の信心を、野蛮なものとして捨てるのではなく、大嘗祭のような高度に洗練された国家儀礼として磨き上げ、現代まで維持し続けている。
この「古層を最新の状態にアップデートし続ける力」こそが、レヴィ=ストロースの驚きの正体だったのだろう。
今の皇位継承議論に欠けているのは、まさにこの「太古の祭祀の合理性」を、先端的な現代社会の価値観と接続する想像力だ。
マジカルな側面を「迷信」として切り捨てるのではなく、それこそが日本を「未知の国」たらしめている独自のOS(基本ソフト)であると認識すること。
その視点を持てば、継承の議論も「システム保守」ではなく、「文明の核をどう次世代へ移植するか」という、よりダイナミックで創造的な対話になるのではないだろうか?
この古くて新しい視点こそが、実は22世紀 23世紀に向けて、日本人だけにとどまらず人類がこの地球の上で生きていくための、大きな礎になるんじゃないかと俺は考えている。
そう、日本という枠組みを超えて、「人類が文明の限界を突破するための生存戦略」としての可能性を秘めているんだ。
22世紀、23世紀という超長期的な視点に立ったとき、俺たち人類が直面するのは「技術がどこまで進化するか」ではなく、「肥大化した技術や情報の中で、人間がいかにして正気(あるいは聖性)を保ち、地球という環境と調和できるか」という問い以外にない。
より早く、より大量に、より価値あるものを追求し続ける先端技術は「無限の価値の増大」を目指す。しかし、地球という母胎はもう人間のその探求に応えるだけの資源を持たない。が、祭祀や『型』は「繰り返される巡り」という有限の循環を俺たちに指し示す。
アエノコトのように、今ここにある自然や神を慈しむ態度は、資源が枯渇しゆく地球において、人間が満足して生きていくための「心のインフラ」になるだろう。俺たちは火星では生きていけないんだ。
またAIやバイオテクノロジーが「人格」の境界を曖昧にする未来において、「型に没入して別の人格(象徴)になる」という日本の伝統的な変容プロセスは、「個を超えた存在として生きる」ための高度な知恵として再評価されるかもしれない。
そしてまた、近代西洋文明に基づいた現代社会は過去や自然から人間を「切断」し続けているが、大嘗祭のように数千年前と今を直結させる「マジカルな接続力」は、人類がバラバラに分解するのを防ぐ「精神的な重力」として機能し得る。
「太古の祭祀」が、実は「未来の生存技術」であったという逆説——。この「マジカルな知層」を22世紀へ繋ぐための第一歩として、俺は先日も触れた『ヒメ・ヒコ制』の復活を推奨するね。聞得大君のお話に脱線したのはその伏線だったってことさ。
じゃ、また明日。バハハ~イ! 

2026/05/04

POST#1839 天皇霊というマジカルな存在はありや否や

奈良・桜井、大神神社 大物主を祀るこの神社は三輪山そのものが神体だ。
今日は女房子供が出かけている間に、近所の隣人が遊びに来た。一緒に大昔のレコードを聞いたり、たわいもないことを話したりして暮らしたんだ。だから、更新が遅くなってしまった。俺的にはめちゃめちゃ重大な問題、そう、人生を通じてずっと考え続けてきたことだ。

俺の手元には吉本隆明の『全南島論🔗 日本国と天皇制の起源』という本が広げられている。

この本に収められている『南島の継承祭儀についてー<沖縄>と<日本>の根底を結ぶもの』と題したテクスト(p229~)から、今日の話を進めよう。これは1971年に行われた隆明さんの講演を書き起こしたものだ。

『南東すなわち琉球、沖縄のノロの首長である聞得大君の就任儀式と、天皇の世襲祭儀である大嘗祭🔗との類似を探るということです。この二つは大変良く似ていて、同じところから発生しているいえると思います。この問題については重要であるにもかかわらず、まだ解明されていないところがたくさんあります。』と隆明さんは切り出す。

解明されていないのも当然だ。大嘗祭の祭儀そのものはいかなる高位高官であろうと大学者であろうと、数百年間一切公開されていない儀式だ。令和の大嘗祭においては、その神殿などは国民の理解を得るために広く公開されたので、ご覧になった方もおられるだろう。

しかし、その祭儀そのものは公開されない。

奥能登に伝わるアエノコト🔗と近いものではないかとも推測しうる。目には見えない神霊(アエノコトでは田の神)を迎え、饗応するという儀式だ。

『まず、天皇位の世襲に際して行われる宗教的な祭儀(大嘗祭があります)…中略…

二つの方位にある地域を占いできめまして、その卜定された田地から取れた稲を、収穫してきて、天皇位を継承する人物が食べるということが、その一つの構成要素です。喰べるということはどういうことかといいますと、これは共食するということで、部落中が一緒に食べるとか部落の主だったのが食事を共にするということとおなじで、天皇位をつぐ人物が神とともに食事をするという意味になります。共食というのは利害が同じだとか、血筋が同じだというマジックを成立させるのです。だから共食祭儀は世界のどこにもあるものです。この神との共食は天皇位の世襲祭儀の一つの大きな問題なのです。大嘗祭では、二つの方位のちがった地域から、田地をえらんで稲を持ってきますが、同じように二つの仮の小殿を建てます。それを悠忌殿(ゆきでん)・主基殿(すきでん)と言っています。そこを天皇位を継ぐ人物が巡廻するのです。そうして神との共食を行います。この神との共食は、農耕社会における国家権力という意味合いをもっていますが、宗教的権威・威力というのは、そういうところから選定された米を、神と一緒に喰べるということで、

つまり<権力であるぞ>という擬制が成立するのです。

もう一つの構成要素は、神と共に寝るという、性行為です。つまりセックスです。神と共にねることによって、神の威力を自分が受け取るという意味をもたせるわけです。

悠忌殿・主基殿の巡回あと、夜中すぎ午前三時頃に、天皇位を世襲する人物が、布団にくるまって寝るわけです。布団は二つ敷かれてあって、その一方に天皇が寝て、片一方に神が寝るということになっています。神と寝るといったって神はいないわけですから、ある時代には神の代わりに諸国の豪族の娘が、中央の宮殿にはべっていて神の代理として、実際、性的行為を行っていた時代もあります。いずれにしても神はいてもいなくてもいいわけで、要するに神と性的に寝るわけです。そして、そういうことによって神の威力が自分のところにふき込まれるというマジックが成立します。別の解釈をすれば、性的行為をしないで、ただ生殖行為をすることによって、その年の豊作を予祝するという祭が全国いたるところにありますが、それと同じで、農耕社会の豊作を生殖あるいは性行為によって象徴的に演じるという意味も多分にあります。』

この儀式を折口信夫🔗は、天孫降臨の際、天照大御神の孫にあたる瓊瓊杵尊🔗を地上に遣わす際にその実をくるんだ真床覆衾になぞらえ、天皇が大嘗祭で寝具(真床覆衾)にくるまることで「天皇霊」を身につけるという「秘儀」説を唱えて、長く定説となっていた。もちろん、この吉本隆明の公演が行われていた1970年代初期にも、それは定説と考えられていたのは付言しておこう。折口信夫などが提唱したこの「天皇霊」の概念は、肉体を超えて受け継がれる「霊的な力の源泉」だといえよう。大嘗祭という極めて密儀的なプロセスを経て、新しい天皇にその霊力が「着装」されるというイメージだ。

『これに対して、琉球、沖縄の聞得大君という最高位の巫女は—大体において当初国王の姉妹がなるわけですが—ノロという共同体の女祭司を体制的に編成したときの最高位の巫女です。もちろん現在とちがって、 宗教性が政治性よりも優位、あるいは根源におかれた古い時代では、聞得大君の御託神・御託宣によって実際の政治を行って、その兄弟である王が、国家・共同体を支配することが行われていました。この政治体制は一般的にヒメーヒコ性と呼ばれていますが、聞得大君は、そういう意味で体制化された最高の巫女であるということです。…中略…

ようするに聞得大君の御宣託によって、その兄弟が実際には政治権力を行使するという権力構造があったのです。その就任儀式を、南島では〈聞得大神の御新下り〉といっています。その「は大りといってます。その(下り)はどういう構造をもっているかというと、とよく似て〈御新下り〉はどういう構造を持っているかというと、天皇位の世襲大嘗祭とよく似ていて、構造からいえば、ほぼ同じといっていいのです。…中略…即位の祭は、大庫裡というところで行われます。どういう祭式かと申しますと、大庫裡で王冠を頭にかぶって一種のおまじないをするのです。それからもう一つユインチ、サングーイ(漢字で当てると寄満・三庫裡ですが)を順々に巡拝してゆく行事があります。天皇の大嘗祭でいえば、ユインチというのは、悠忌の国・悠忌殿といっているものに対応し、サングーイというのは、主基の国・主基殿といっているものに対応するとおもいます。そういう巡拝が終わると御待御殿(オマチオドン)といわれているところで—二つの布団が敷かれていて金の枕があるのですが、聞得大君がその一方に寝て、神がもう一方に寝るという儀式があります。神が寝るといってもいないじゃないかということがあります。天皇の場合だったら大体男性なので対手が女性であればいいのですが、聞得大君の場合は女性のなので、対手が男性でなければならないことになります。ここで様々な説があるわけです。』

これは、近世まで琉球=沖縄に保存されていたヒメ・ヒコ制なのだ。

男女が違うではないか、役割が違うんじゃないのか?と疑問を抱かれる向きもあるだろうけど、レヴィ=ストロースの構造主義🔗を援用して考えれば、男女という対になる項目が入れ替わっても、儀式構造とその根底にある神話構造には変わりはないといえるだろう。

では新たに即位した天皇や聞得大君が共食し、かつては同衾し儀礼的な性交することでミニに宿すと考えられていた神とは、いったい何なのだろうか?

吉本隆明の講演を続けて引用してみよう。

『ここでもう一つの問題は、天皇位の世襲大嘗祭の場合の〈神)とは何かということですが、それは天皇の先祖の神である神だというこじつけがあり、もう一つは天孫降臨という〈聖なるもの)としての帝王であるということがあります。また、大嘗祭というのは、各地の村落共同体にある、田の神祭等の豊作の神という解釈もつけられます。そういった解釈のいずれか一つというのではなくて、大嘗祭における神というのは、それらが複合したものとして神が存在するのであろうとおもわれます。それに対して〈聞得大君の御新下り〉の場合の対手方の神は何であるかというと、一つは穀霊神ですが、もう一つは種族の原点というか、故郷からやってくる神だというものとして神が存在するのであろうとおもわれます。勿論、ごくどこにでもある田んぼ神であるというようにも、意味づけられます。やっぱりそれらの複合として考えるのがよいと思います。以下略』(全南島論 P231~P235)

この日本民俗学の天才・折口信夫の提唱した「天皇霊(すめらみたま)継承説」は岡田莊司・國學院大學名誉教授によって、批判され、現在ではちょっと的外れなフィクションだよねという流れになっている。これは1990年(平成2年)の「平成の大嘗祭」を機に広く知られるようになったもので、大嘗祭の歴史的・実証的な姿を提示したものだとされている。

 岡田説の核心は大嘗祭から「天皇霊」といった呪術的な神秘性を払しょくし「神秘的な霊の継承」ではなく、「古代以来の国家儀礼としての実像」として捉え直したものだという。

先にも述べたようにかつて折口信夫は、天皇が大嘗祭で寝具(真床覆衾)にくるまることで「天皇霊」を身につけるという「秘儀」説を唱えたが、岡田氏はこれに史料的根拠がないことを示した。そのうえで、岡田氏は、大嘗祭の核心は神秘的な「お籠り」ではなく、天皇が自ら神々に食事を供し、共に召し上がる「神饌供進(しんせんきょうぜん)・共食」の作法にあると論じているそうだ。

このような目に見えない神霊を迎え、ともに食事をとったりしてその霊威を蒙る儀礼は、先にあげた奥能登の「アエノコト」のように、かつては日本中に広く見られたものだ。

とはいえ、岡田氏の議論によれば、大嘗祭に神秘的な側面がないとされているわけではなく、「特定のタイミングで霊魂が乗り移る」という折口的な解釈が否定されていると理解するのが適切だという。

折口説は、記紀神話(天孫降臨)の記述を民俗学的な直感で結びつけた「学術的フィクション」としての側面が強く、(そこが折口信夫のダイナミックであるとともに文学的で、後学を魅了してやまない醍醐味なんだけれど)実証的な歴史学の立場からはその根拠が脆弱であるとされちゃったわけだ。

これに対し岡田氏は、大嘗祭を「天皇が即位後に初めて行う新嘗祭の拡大版」と位置づけ、皇祖神(天照大神)や天神地祇に対する感謝と報告の儀式であるという、より伝統的・形式的な側面を重視している。

1990年代の論争を通じ、宮内庁側も大嘗祭に「秘儀」としての要素(ふとんにくるまる等の所作)は存在しないことを公式に示唆する形となり、現在では、岡田氏の「神饌供進重視説」が学界の有力な見解となっている。

つまり大嘗祭は「神秘的な変身の儀式」から「至高の誠を捧げる祭祀」へと、解釈の重心が移っているとえるだろう。


う~ん、天皇霊ってマジカルな存在が二本という近代国家の最深部に存在しているってロマンがなくなっちゃうと、なんかつまんないですね。まぁ、だからといって俺の生活が何か変わるわけでもないけど…。

「天皇霊という神秘的な力が、代替わりの儀式を通じて受け継がれていく」という物語には、歴史の深みやロマンを感じさせる抗いがたい魅力がある。折口信夫の説がこれほどまでに長く人々の心に残り、語り継がれているのも、それが日本人の感性に訴えかける「美的な真実」を含んでいるからかもしれない。しかし、資料を逆さに振っても出てこないものは仕方ないないな。

史料に基づき、事実に忠実であろうとする岡田説。こちらは「大嘗祭がどう行われてきたか」を明らかにします。つまり「歴史学」としての正しさに立脚しているんだ。

しかし、折口→吉本ラインの『天皇霊継承説』は長らく人々の想像力を刺激し、天皇という存在の重みを表現しようとしていた。こちらは「文化・思想」としての豊かさとして「大嘗祭がどう感じられてきたか」を象徴しているわけだ。学術的に「根拠がない」とされたとしても、100年近く多くの人が「そうかもしれない」と信じてきたイメージ自体が、もはやひとつの現代の神話になっているとも言えるだろう。こっちのほうがたしかにワクワクするし、日本という国の神秘性が増すような気がするしな。

岡田莊司氏による「実証的な批判」が、吉本隆明の『共同幻想論』、特に天皇制の起源や本質を論じた部分にどう影響するか。吉本隆明に私淑するものとしては、大いに気になる。結論からいえば、「歴史的事実」のレベルでは解体される部分がありますが、「思想・構造の理論」としては必ずしも無効化されないという二段構えの解釈が一般的だとされているんだそうだ。ほっとしたぜ。

吉本隆明は『共同幻想論』の中で、折口信夫の『真床覆衾』などの説を援用し、天皇制を「根源的な呪力」や「国家という共同幻想の核心」として論じてきた。

岡田氏が指摘するように、もし大嘗祭に「霊の継承」という具体的な秘儀(ふとんにくるまる等)が歴史的に存在しなかったのだとすれば、吉本が前提とした「太古から続く具体的な呪術的プロセス」という記述は、歴史学的な根拠を失うことになるだろう。

しかし、隆明さんの理論の肝は、それが「事実かどうか」よりも、「人々がそれをどう信じ、共同体として共有しているかという共同幻想」という点にあります。隆明さんにとって重要なのは、実際の儀式の内容以上に、天皇制が日本人の精神構造において「共同幻想」として機能してきた事実そのものだ。

たとえ大嘗祭の実態がアエノコトのような単なる「神饌供進(食事の儀式)」であったとしても、人々がそこに「神秘的な継承」を読み取り、それが国家を統合する幻想として機能してきたのであれば、吉本の「共同幻想論」の枠組み自体は維持されるといえるだろう。

なんといっても、しょせん幻想なんだからな。

実際、吉本隆明は後年の対談などで、明治以降の天皇制儀礼が「作られた伝統」であるという指摘を受けた際、激しく拒絶したというエピソードがあるそうだ。まぁ俺も宗教をかじってたことがあって神社本庁から出たりしてた儀式に関する本を読んでいたから、中世の神仏習合🔗時代を経て、明治初期の廃仏毀釈🔗を経て再編され、純化された神道儀礼が、明治期をさかのぼるものではなく、遡ろうとしても、その古い儀式に関する記録を見出すことはできなかったことも知っているし、その間隙を突くように、様々な偽史古伝が出回り、さまざまな古神道が勃興したことも十分知っている。

そんなことは隆明さんも当然承知の助だったろうけれど、隆明さんは天皇制が持つ「数千年の時間の堆積」や「言葉にできない呪力」を直感的に重視しており、それを「実証主義」で解体しようとする動きに対しては、むしろ思想的な対抗心を持っていた節があるんだ。

岡田氏の論考によって、吉本の論考の「材料(折口学的な神話)」は確かに解体・修正を迫られるだろう。しかし、吉本の『共同幻想という構造の分析』は、むしろ『なぜ事実ではない神秘(幻想)がこれほどまでに力を持つのか』という新たな問いを立てることで、生き残り続けるとも言えるだろう。『事実はつまらないけれど、幻想には力がある』という、パラドックスがここにも存在している。


さて、なんだか専門的でよくわからん話になったが、今日はここまで。続きは明日。

明日の俺は、相反するテーゼとアンチテーゼを止揚してジンテーゼを打ち立てるつもりだぜ!天皇制の弁証法🔗だぜ!知のパルクールを見せてやるさ。

2026/05/03

POST#1838 外は雨。国家という幻想の成立を、隆明さんと辿ってみるかな

新宮市。神倉神社より太平洋緒を望む。伝説の神武天皇もこの風景を見たことになっとる

今日は憲法記念日だ。自民党を中心とした戦争したい右派の皆さんがしきりと改憲を訴えているが、それは泥棒が刑法を書き換えようとしてるようなもんだ。みんな注意しろよ。

憲法とは、国家の主権者たる私たち一人一人の市民から政治家や行政や司法に携わる公僕に与えられた、このように国家を運営せよという命令書なんだ。ほかの法律とは分けが違う。

だから、政治家共が発議して、憲法を変えようってのは、泥棒が刑法を自分のいいように書き換えようという試みに他ならないんだ。みんな、騙されてはいけない!気が付けば私たちは国家の主権者ではなく、支配システムの奴隷に成り下がってしまうぞ!

かつて麻生漫☆画太郎も『ヒットラーやり方を見習ったらいいんだ』みたいなことを言ってただろう?俺は忘れていないぞ、あの時の麻生漫☆画太郎のひきつったような悪党面を(笑)

ヒットラーが当時世界で最も先進的で民主的だったワイマール憲法のバグを使って、ファシズム国家を作ったように、俺の愛するこのクニにディストピアを生み出すわけにはいかのんじゃ!

閑話休題(こんな大事な話が暇つぶしとは、俺もまったく狂ってるな(笑))

先日、施設に入ってる親父を銀行に連れて行った際に、親父は死んだ婆さんが後生大事にとっておいた『聖徳太子🔗の一万円札』を持ってきて、これを俺の息子に託したいというんだ。

そんなもの渡しても、豚に真珠であっという間にプラレールかNゲージに変わっちまうわさ。さようなら、聖徳太子!今の若者は知らんだろう!和国の教主だ。冠位十二階だ。日出る処の天子だ。右派の政治家が反対意見を封殺するときに、錦の御旗で持ち出す『和を以て貴しとなす』の十七条憲法だ!俺はあれは議論しないことじゃなくて、徹底的な熟議と合意によって遺恨と分断が残らないようにすることじゃないかと思うんだが、さぁ、君どう思う?

さて、俺は親父に『馬鹿野郎!そんな銭があるならあんたの借金返済の足しにでもしやがれ!死んだ婆さんが浮かばれないぞ!』って一蹴ローリングソバット決めたったわ!

さて、一万円札の後続打者・福沢諭吉と渋沢栄一によって歴史の闇に葬り去られた感のある聖徳太子が、俺の人生の一コマにひょっこり姿を現したのは、何かの符牒かそれとも千五百年前という遥かな過去からの呼び声か?

昨日の夜中に仕事をしていて気が付いた。丑三つ時には頭がさえわたる。

聖徳太子と推古天皇🔗の関係ってのは、昨日のPOST #1837に出てきた琉球王国の「聞得大君と国王」の関係、つまり「オナリ神」信仰に基づく祭政一致の構造に相似したもんなんじゃなかったかということだ。

レヴィ=ストロースの構造主義を援用すれば、性別や機能、立場や権能などの属性を入れ替えても、基本構造が同じなら、それは相同関係を見いだせるってもんだ。

おお、わくわくするじゃろ?知性のパルクールが夜中の現場の中で足場から足場へと華麗にジャンプするのさ。

歴史学や民俗学の分野でも、古代日本の「ヒメヒコ制(祭祀を司る女性と政治を司る男性のペア統治)」と琉球のシステムは、構造的な類似性がしばしば議論されているようだ。

琉球の「聞得大君と国王」と聖徳太子・推古の関係の相似点を整理してみるべ。

精神的守護と実務のペア(オナリ神構造)

琉球では、王の姉妹や王族女性が「聞得大君」となり、霊力(セジ)によって国王を護る「おなり神」として君臨しました。

これを聖徳太子と推古天皇に当てはめると、「宗教的・象徴的権威としての女帝(推古)」と、その加護のもとで「政治・実務を司る男性(太子)」というペアになります。

「祭」と「政」の分立と補完

琉球では聞得大君が「祭祀」の頂点、国王が「政治」の頂点として国を支えました。

推古朝においても、推古天皇が太陽神(天照大神)につながる血統的な聖性を担い、太子が実際の憲法制定や外交を担うという形は、まさに「祭政一致」を二人三脚で実現する琉球的な統治モデルと重なるだろう。調子に乗って隋の煬帝に対して『日出処の天子、書を日没処の天子に致す』とやらかして隋の煬帝の怒りを買ったとされているが、俺はここに日出処の天子とあることに引っかかる。これってまさにヒメ・ヒコ制によって聖徳太子が実務を担い、宗教的な祭祀権を継承する推古天皇と両輪で国家を運営していた証じゃないかと推察するを得ないわけだ。

血縁による固い結びつき

聞得大君は主に王の妹や娘が務めたが、聖徳太子も推古天皇にとって「甥」であり、王族内の非常に近い血縁による二頭政治だった。POST #1837の崇神天皇と倭迹迹百襲姫も同じ構造だ。倭迹迹百襲姫は、三輪山に鎮座する蛇体の大和の地主神・大物主命と神婚し、大和の祭祀の頂点に立っていた。この倭迹迹百襲姫はその墓所・箸墓の伝承などからも、卑弥呼🔗その人ではないかと考えられていることも付言しておこうか。

相似の背景:古代日本の「ヒメヒコ制」

推古天皇と聖徳太子の関係は、邪馬台国の「卑弥呼と男弟」に象徴される古代のヒメヒコ制の延長線上にあると考えられる。一方で、日流語族の琉球王国は、日本本土では律令制(天皇への権力集中)によって失われていったこの「男女ペアの統治システム」を、明治時代の琉球処分まで色濃く残していたため、歴史の合わせ鏡のように相似して見えるのだ。

つまり、日本古代の統治構造と琉球の信仰体系をつなぐ核心的な相似だと言えるだろうな。

さて、そこでもう一度昨日の続きに戻ろうかな。

古代で一般的だったヒメ・ヒコ制(男女ペアの統治)が崩壊し、「男性単独の天皇制」へと変質していくプロセスを、吉本隆明、いやもっと敬愛の念を込めて隆明さんと呼ばせてもらおう、の視点から解説してみよう。

私淑する知の巨人の最重要テクストを解説するとは、まこと畏れ多いぜ。

隆明さんはこの転換期を、単なる政治制度の変化ではなく、『対幻想(個人的な愛)』が『共同幻想(国家の法)』に敗北する象徴的な事件として捉えている。

これ、そのうちまた別のところで触れる重要なテーマだから、覚えておいて!予備校の先生みたいでなんだけど!

1. 「ヒメ・ヒコ制」の限界と崩壊

古代の統治は「女性の霊力(神託)」に依存していたと考えられる。しかし、農耕社会が大規模化し、他集団との戦争や土地の私有化が進むと、現実的な「武力」や「法」による支配が求められるようになる。マルクスの言う下部構造が上部構造を変形させてしまうというアレだアレ。

ここで、神託を解釈するだけの存在だった男性(弟)が、自ら権力の主体(天皇)として自立し始めるわけだ。その過程に神功皇后🔗と、その夫君にしてヤマトタケルの息子仲哀天皇🔗の説話があるんだろう。

2. 象徴的なエピソード

倭迹迹百襲姫の死の逸話も上げられる。隆明さんが重視するのは、崇神天皇の時代の倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)の物語だ。神話の内容とはこうだ。 彼女のもとに毎晩美しい男が通ってくる。その正体はとぐろを巻く蛇の形をしは三輪山の蛇体の神大物主🔗の妻となる。彼女はぜひ毎夜暗闇の中通ってくる男の姿を見たいと懇願する。男は渋っていたものの、彼女のあまりの熱意に負けて、明日の朝櫛笥(くしげとよむのだよ。今でいう化粧ポーチか)の中を見よ。ただし、絶対に驚いてはいけないと語り、また闇の中に消えてゆく。次の朝、姫が櫛笥を開けてみるとその中には小さな蛇がいた。これが三輪山の神大物主の化身だったわけだ。彼女は夫の正体を見て驚き、それを恥じた神は去ってしまう。彼女は驚き、しりもちをついた途端に、箸が陰部に刺さって亡くなる。こうして、彼女を葬るために、箸墓古墳🔗が築かれたという。

3. 隆明さんの解釈: 

これは、女性が「神(共同幻想)」と直接つながる巫女としての力を失い、国家の表舞台から去るプロセスを象徴しているという。

神話的な霊力による統治が終わり、男性天皇による軍事・行政支配へと移行した瞬間を物語っているのだという。

4. 「サホ姫」に見る対幻想の圧殺

もう一つの重要な例が、垂仁天皇🔗の皇后、狭穂姫命🔗(サホヒメ)のエピソードだ。

古事記に語られる神話の内容は次のようなものだ。

狭穂姫は垂仁天皇の皇后となっていた。ところがある日、兄の狭穂彦に「お前は夫と私どちらが愛おしいか」と尋ねられて「兄のほうが愛おしい」と答えたところ、短刀を渡され天皇を暗殺するように言われる。ここに狭穂一族内のヒメ・ヒコ制の存在が垣間見えるね。

妻を心から愛している天皇は何の疑問も抱かず姫の膝枕で眠りにつき、姫は三度短刀を振りかざすが夫不憫さに耐えられず涙をこぼしてしまう。目が覚めた天皇から、夢の中で「錦色の小蛇が私の首に巻きつき、佐保の方角から雨雲が起こり私の頬に雨がかかった。」これはどういう意味だろうと言われ、狭穂姫は暗殺未遂の顛末を述べた後兄の元へ逃れてしまった。

彼女は「兄への愛(対幻想)」と「天皇の妻としての義務(共同幻想)」の間で激しく葛藤し、最終的に炎の中で兄と共に死ぬことを選ぶ。

隆明さんの解釈:

 この物語は、国家(共同幻想)が確立される際、それ以前の絆である「きょうだい愛」や「家族愛(対幻想)」が、いかに容赦なく罪として裁かれ、排除されるかを示しているという。

結論として、ヒメ・ヒコ制が解体されたことで何が変わったのかしら?

 神を呼ぶ者(女)と政治をする者(男)が未分化だった状態から、政治権力が分離独立することとなった。

そして、 天皇が「神の代理人」として、巫女を介さずに自ら祭祀と政治を兼ねるようになりヒメ・ヒコ制のもと分離されていたそれぞれの権能を独占するようになったわけだ。

こうして、共同幻想(国家)が個人の心(対幻想)よりも上位にあるという規範が、神話を通じて日本人の深層心理に植え付けられることになったわけだ。

このように、吉本隆明は『共同幻想論』において、天皇制の成立を「人間が自ら作り出した幻想の体系が、生身の人間(女性や家族)を抑圧し始める歴史」として批判的に描いているというわけだ。そして、いまだに女性は男性の賃金より低く見積もられ、女性の持つ命を生み出すという力は、国家のために少子化を防ぐという道具に貶められ、挙句、ますます女性たちは疎外されて子供を産むことを諦めてゆくことになる。

そんな閉塞した状況の中、国民は保守政治家や保守論客のほとんどミソジニー🔗を感じさせる論調とは反して、来るべき『愛子天皇』の登場を待ち望んでいる。

浅薄な歴史認識と作られた伝統に固執し、明治以来の皇室典範を馬鹿の一つ覚えみたいに墨守することしかない彼らがどんな打開策を急ごしらえで出してくるのか。それを国民は受け入れるのか。俺は見ものだと思う。やれるものならやってみろと内心思っているくらいだ。

長くなってきたから、読むほうも疲れるだろうし、今日はこれまで。

明日の心だ!(今は亡き小沢昭一🔗先生風に!)

2026/05/02

POST#1837 『共同幻想論』を携え、国家の始原の時を想う

新宿の路地裏

 俺の人生の遥かな過去にさかのぼり、40年前、吉本隆明🔗共同幻想論🔗に立ち返る。

現在の自分を決定づけた書物だ。かつて黒田さんという全共闘世代の知人からもらった河出書房版の大昔の箱入りの単行本も捨てがたいが、平治物語絵巻の火焔をモチーフにした杉浦康平のデザインによる角川文庫ソフィア版が俺の好みだ。今でも本屋に行けば文庫で売っている。君も興味があるなら読んでみるといい。

そしてこの『共同幻想論』をステッピングストーンにして、始原のヤマトの淵源にさかのぼる。明治以来の伝統なんてけちなことは言わないぜ。

いつとも定かでない(とはいえ、2000年前から±500年といったあたりかな)まだ大和朝廷などといった、たいそうなものが出来上がる前。昨日話したアマゾンの諸部族みたいな状態から、いくらか社会が発展して、この東アジアの端に円弧を描く列島に、王権というものが生まれるその時に想いを致そう。

吉本隆明の『共同幻想論』において、日本の天皇制(国家)の成立は、個人や家族の幻想(これを彼の用語では対幻想ちゅうんだわ)を超越した『共同幻想』が法や罪の体系として自己目的化していく過程として描かれている。

その遥かな歩みの先は、俺たちが生きる国家という存在や俺たちを縛りその行動を規定する法律の正当性へとつながっている。

吉本はこの本を記すにあたって、膨大なテクストから『遠野物語』と『古事記』のみを用いると定めた。そして『古事記』の神話を分析し、未開の共同体がどのようにして天皇を頂点とする国家へと転化したかを理論化したんだ。それはもう、衝撃的な本だった。高校生の俺も圧倒され、人生を誤って現在に至るほどだ。

天皇制成立の論理的プロセス吉本は、以下のステップを経て天皇制という巨大な共同幻想が確立されたと説いている。

まず「対幻想」から「共同幻想」への転化が起こるんだ。

人間が「血」や「性」でつながる家族・氏族集団(対幻想の水準)から離脱して、より広範な社会的規範を必要としたときに、初めて国家という共同幻想が誕生するんだ。

この移行期において、かつては家族的な絆であったものが、国家に従属する「法」や「罪」の構造へと書き換えられていくわけだ。

この過程で生じるのが、「罪」と「浄化」の制度化だ。ここで大祓詞🔗に記される天津罪・国津罪🔗というものが生まれる。

農耕社会への移行に伴い、当時の共同体の秩序を乱す行為が「罪」として定義されたわけだ。天皇はもともと、これらの罪を「清祓(きよめはらい)」によって浄化する宗教的な役割を担っていた祭祀王だ。この宗教的権威が、次第に現世的な政治権力(法)へと変質することで天皇制が確立されたと解釈されている。

そしてそれらのシステムの神話による正当化が起こる。太陽神アマテラスと暴風神スサノオの相克による壮大なホームドラマだ。

吉本はアマテラスを「大和朝廷(国家の共同幻想)」、スサノオを「原始農耕民や異族」の象徴と捉えた。母の死を受け入れられず泣き続け国土を荒廃させてしまった暴風雨神スサノオが、太陽神アマテラスのもとに赴く。それを戦士のように完全武装したアマテラス(これ、日本のサブカルチャーの先頭美少女の源泉だよね)がスサノオと遭遇する。

スサノオは自分に悪意のないことを訴え、その証に『誓約🔗=うけひ』という、相互の持ち物を交換してそれをもとに子をなすという、象徴的な近親相姦を行う。そこで、男子を得たスサノオは、自らの潔癖が証明されたと称し、高天原に乗り込み、様々な乱交を犯し、秩序を乱す。この時に行われた乱交乱暴が、罪の祖型とされるわけだ。

これによって、スサノオは地上へと追いやられ、アマテラスは天岩戸にこもってしまう。そこからは有名な天岩戸の神話だ。

スサノオの乱暴と追放の物語は、国家(共同幻想)が個々の民衆を「罪」の自覚によって支配下に置き、従属させるプロセスを象徴的に表していると分析されている。

ということは、俺たち民衆の中には、小さなスサノオの雛形が罪とともに宿っているんだ。

それに続いて発生するのが、母制から父制への移行だ。

サホ姫の挿話(実質的な初代天皇と考えられている崇神天皇の第三子垂仁天皇🔗の皇后)を例に、兄との「対幻想(家族愛)」と天皇への「共同幻想(国家的忠誠)」の間に引き裂かれる葛藤を描いている。

これは、神武天皇以来、9代のその存在が疑問視されている天皇(当時はオオキミと呼ばれていたけどね)を除いて、国家という共同幻想が人々の中に凝集し、形を持った直後に怒った出来事だ。

吉本によれば、この対立において共同幻想(天皇制)が勝利することで、日本独自の国家形態が完成したと考えられている。

そしてその思想的な意義

吉本の論点は、天皇制を「歴史的にずっと存在した実体」ではなく、あくまで人間が生み出した「幻想(観念)」の拡張であると捉え直した点にある。右派の皆の衆、すまんな。

これにより、当時のマルクス主義的な唯物史観🔗(経済構造が土台であるとする考え)とは異なる、人間の心性や関係性から国家を批判する独自の視座を提示したわけだ。


そして、俺の話は核心に向けてどんどん向心力を増し、強力な引力が様々なものを引き寄せるように、拡張し、君がまだ見ぬ結論へと凝集してゆくだろう。しっかりとついてきてほしい。

アマテラスとスサノオのペアの存在には、氏族の祖神に仕える巫女王を、男性の弟が実際の政治を取り仕切り支えるという、権力の複合体制がモデルになっているという視点がある。

吉本隆明は『共同幻想論』の中で、日本の古代国家(天皇制)の成立過程における特異な形態として、「巫女(女性)の霊力」と「その兄弟(男性)の政治力」による共同統治を重視した。

漫画の神・手塚治虫の『火の鳥🔗黎明編』にも、火の鳥の生き血を求める巫女王ヒミコと、その言葉を取り次ぎ政務を司るスサノオという登場人物が描かれていた。まさにそれだ。俺は小学2年生のころからこの漫画を読んでいたから、『共同幻想論』を読んだとき、すぐにこのことだって理解したよ。

これは文化人類学などで「ヒメ・ヒコ制」とも呼ばれる構造だ。

吉本はこれを対幻想(きょうだい愛・性)が共同幻想(政治・国家)へと転化する結節点として分析している。

巫女(ヒメ)と弟(ヒコ)の複合性のポイント

霊媒師としての女性(ヒメ)

吉本は、古代において神の託宣を聞くことができるのは女性(巫女)だけであったと考えた。実際、日流文化圏においては神の声を聴くことができるのは、沖縄のユタやノロ、そしてその頂点の聞得大君🔗や東北のイタコなど、ほとんどが女性だ。

彼女たちは「神という共同幻想」と直接つながる窓口であり、集団の意志を決定する源泉であった。ちなみに俺が若いころに所属していた秘密結社的な宗教団体でも、その方針決定は若い女性霊媒を通じた神霊との対話によってなされていた。俺は国家の生まれる瞬間のような時間を、自分の人生の中で生きていたわけだ。

実務・政治を担う男性(ヒコ)

女性が受け取った神託を、実際の集団の統治や法執行へと翻訳し、現実の権力として行使するのがその弟や兄(ヒコ)の役割であった。先にあげた『火の鳥・黎明編』のスサノオがまさにこれだ。

「対幻想」の利用と抑圧

この男女のペアは、本来は「きょうだい」という最も純粋な対幻想の形を取っている。

しかし、国家が成立する過程では、この個人的な愛着や絆が、集団全体を支配するための共同幻想(天皇制の権威)の道具として再編されていくのだ。

古事記や日本書紀を紐解けば、この名残が多く見られるだろう。一例をあげれば、アマテラス(姉)とスサノオ(弟)の関係や、先にあげた崇神天皇の大叔母倭迹迹日百襲姫命🔗ヤマトトトヒモモソヒメ(巫女)が崇神天皇が支える構造などがこれに当たるだろう。また琉球王朝の国王と国土を霊的に守護するおなり神🔗とされる聞得大君とその兄弟の国王の関係もまさにこれに当たるだろう。

吉本はこの「男女ペアの統治」が、やがて男性単独の権力(天皇制の確立)へと移行していく過程を、「対幻想が共同幻想に完全に飲み込まれていく悲劇」として描き出したんだ。

この話は、とても大切な話だから、焦らずつづきは明日に任せよう。何せ今夜も仕事なのさ。

2026/05/01

POST#1836 俺の考えはきっと上野千鶴子を逆上させるだろう。

千葉県佐原市
皇統存続のためなら、側室制度を復活させればええやんっていう俺のとんでも発言(自分でもわかってるぜ)はきっと上野千鶴子センセーのお怒りを買うことだろう。
まぁ、俺のような地下人の放言など上野千鶴子センセーには届くことはないので、杞憂とはこのことだ。

彼らの人類学的なフィールドワークに基づく、人類社会の祖型ともいえる南米の様々な部族の姿を通して、人間という生き物の社会の原型を探るのが俺の楽しみだ。
彼らはその著書『悲しき熱帯🔗』や『国家に抗する社会🔗』などで、権力を持たない首長たちの姿を描いた。彼らが描いた首長たちは、だれよりも働き、共同体の皆に対して、一族の歴史と倫理を、あるべき姿を、たとえみんながあくびをして聞いてなくても、鼻くそをほじって聞いてなくても毎日語り掛け、その共同体の理念を成員の中に刻み続ける。
狩猟の際には、皆にどこに行けば獲物がいるか導き、不猟の時には自分と妻を伴って、皆の食料を集め、不平を垂れてひっくり返っている共同体の皆に分配する。
故に、これら人類の未開社会に現れる首長たちは、総じて一般のものたちよりも貧しく、成員を取りこぼすようなことはしない。弁舌に優れ、また優秀な狩人でもある。
まるで、首長そのものが行政府そのもののようだ。
しかし、首長にはなんの権力も強制力もない。あるのは、皆を導き生かすという義務だけだ。
しかし、そこから一歩権力者という境涯に足を踏み入れ、共同体の中で突出した存在となって、その成員を支配しようとすれば、彼は共同体から追放されたり、夜陰に紛れてその喉笛を掻き切られることとなる。
これは古代アテネでも、同じように権力を独占しようとした僭主🔗が追放されたり、勇敢な市民によって殺害されたり、陶片追放🔗されたりしたのと同じだと俺は考えている。少なくとも全く同じではないが、相似だ。
こうして、『未開社会』は極めて民主的で、独裁や支配を許さない体制を維持する。
だれがそうすると決めるわけでもなく、それが共同体そのものの意思=共同幻想のようにね。
これらの社会は基本的に一夫一妻制なんだけれど、この首長だけは年若い第二婦人を持つことを認められている。なぜって、皆の要求を満たし、万一の時には食料を工面したりするために労働力が必要となるからだ。この第二婦人は、ギリシャ神話のアルテミス🔗のように男たちと森に分け入り、同じように狩猟し、往々にして壮年の首長の補佐をする。

さて、俺が側室制度云々を言うのには、右派の人々が大好きな『日本の伝統』に基づく以上に、これら人類の社会のごく基本的な段階に発生する『権力を持たない首長』のあり方に大きく影響されている。
そもそも、右派の政治家のセンセー方が掲げる伝統なんて、自分たちの思う理想にかなった部分だけをつまみ食いしたフィクションだしね。
『権力を持たず』共同体の掟と道徳倫理の『象徴=化身』として、皆にあるべき姿を語り続ける首長。
君は僕の言わんとするところを理解してくれるだろうか?

どこかの国の国民の統合の象徴として、常に弱者や被災者のそばに寄り添い、右派の政治家連中やネトウヨ民の批判もどこ吹く風で、苦しむ人々に対して膝をつき目線を合わせ、その言葉に耳を傾けられる象徴としての首長。常に柔和な笑顔を崩さず、いかなる私も廃して、自ら権力を持つことをその人生の可能性から排除して生まれ変わり死に変わりしてその意思を継承して存在し続ける、中空の権力としての帝。

ちょっと脱線するけれど、仏さまって色々あるじゃない。阿弥陀如来とか薬師如来とか、不空成就如来とか観世音菩薩、普賢菩薩とか。
これは実はそういう人格神というものではなくて、あくまで慈悲や知恵といった理念に形を与えたものだ。つまり、慈悲の化身とか救済の化身とか知恵の化身ってことだ。

我が国の天皇陛下とは、この化身って概念に近い気がする。なんの?

ジャン=ジャック・ルソーが言うところの一般意思🔗の化身だ。
これは俺の独自の観念だから、何の学問的な裏付けもないけれど。俺は極めて近しいと感じている。批判してい人はどうぞ徹底的に批判してください。僕は歯牙にもかけないから。

レヴィ=ストロースは、日本が先端技術を持ち、高度に発達した国でありながらアマゾンの奥地に住む部族の人々とも通じる神話体系とそれに基づく社会観念を持つ国であり続けていることに驚嘆していた。
俺が上野千鶴子センセーの鼻面を逆なでするようなことを主張するのは、浅薄なデントーや単にその血統を維持するためというような不敬な話ではなく、人類の数万年スパンのあり方について、五劫思惟したうえでの主張だということをわかってほしい。

そもそも、天皇とは何なのか?君は考えてことがあるか?神話的な話をしてるんじゃない。どのような役割=機能を持ってこの日本という列島に存在してきたのか、深く向き合って考えたことはあるかい?
明日はそれを掘り下げてみよう。

上野千鶴子センセーには激切れされるだろうが、泉下のクロード・レヴィ=ストロースは、『Ce'st Bon. 君わかってるね』って、ワインを勧めてくれると思うんだけどな。
今夜も仕事だから、飲酒運転は困るんだけれどね。

2026/04/30

POST#1835 俺が天皇陛下なら、自分の家のことを他人決められたくないよな

伊勢

今、高市政権は皇室典範の改正に向けてフルスロットルだ。

俺が畏れ多くも皇統に連なる立場だったら、家の事情にいちいち口を突っ込んでもらいたくないと思うだろうな。よっぽど『愛子内親王のご即位』つまり『愛子天皇』が嫌なんだろうな。

エマニュエルトッドが分析しているように、わが国は直系家族だから男系男子の維持を最優先するだろう。 高市総理は、2000年以上にわたって例外なく続いてきた「父方をたどれば神武天皇にいきつく」という男系継承の伝統(そんなの幻想だ)を、自らの保守政治の根幹として守るべきだと考えているんだとさ。けど、そんなのみ皆の衆信じてるのか?神武天皇だって怪しいもんなのにね。

いわゆる 「愛子天皇」の誕生は、現在の典範が定める「男系男子」という原則を変更することを意味するわけだ。高市総理は、女性天皇が認められた場合、その次の代で女系天皇(母方のみが天皇の血を引く天皇)へつながるリスクを懸念してるんだとさ。で、これを阻止しようとする姿勢がくっきりはっきりだ。けど、歴史上にも時代の転換点には推古天皇とか持統天皇とか女性天皇が即位してるがな。今は俺からすると未曽有の歴史の転回点じゃないかって思えるけど。今しかないでしょ!

旧宮家の皇籍復帰を推進して皇族方の数の確保にを法制化して、愛子さまを天皇にするのではなく、旧宮家の男系男子を養子に迎えるなどの案で解決を図ろうとしているようだ。

それでもし、保守論客でブイブイ言わせてる竹田宮様の御後胤が即位することになったら、俺は絶対に嫌だな。  悪いけどまったく尊敬できないよ。ゴールデン・トライアングルでケシでも栽培して暮らすさ。

高市総理の行動は「愛子さま個人への感情」というよりは、「男系継承という伝統こそが皇室の正当性の根源である」という強い信念に基づいた政治的判断といえるだろう。しかし、国民の間では愛子天皇を望む声が高く、この方針が国民の意思を無視しているとの批判も根強くあり、をり、はべり、いまそかり。 まぁ、奴らが国民の意思なんか全然気にしないってのは今に始まったことじゃない。あいつらは国民や陛下のことより、支配のシステムのほうが大事なんだ。

そもそも天皇制とは何なのかとか寸毫も考えず、保守と如何なる態度かも考えていないちゅうのも、今に始まったことじゃない。ただ、自分たちの支配の後ろ盾というか正当性の証としての天皇制が大切だと思ってるだけだ。不敬極まりないぜ!

俺は天皇制とは何か、吉本隆明🔗の『共同幻想論』に出会ったときからずっと考え続けてきた。

そんな俺から言わせると、旧皇族🔗を今一度皇族に養子として迎え入れるとか、そんなことしか彼らは考え付かないのか?

 いっそのこと 皇族には側室を持たせるとか それぐらいのこと考えたら どうなのかしら?

この意見は、歴史的に見れば確かに男系継承を支えてきた強力な手段だった。しかし、かつて皇太子時代の昭和天皇が摂政として大正天皇の輔弼をなさることをお受けなさった折り、その条件として側室制度の廃止を断行されたという話を聞いたことがある。昭和天皇は側室制度が現代的な制度ではないとお考えになられたのであろう。もっともだ。

とはいえ、俺がアナクロニズムを承知で今一度この側室制度を唱えるのは、天皇という存在が、畏れ多くも現代的な存在ではない。古代の息吹を今に伝える祭祀王≒生身の神だからだ。

しかし、高市総理をはじめとする現代の政治議論では、側室の復活は事実上「ありえない選択肢」として扱われている。

高市総理はインタビューなどで、側室制度の復活について「考えたこともございません」と笑い飛ばしており、明確に否定しているそうだ。

一宰相如きが、皇室の在り方に対して笑い飛ばすなど、不敬の極みではないか?言行不一致とはこのことだ。本来、内閣総理大臣は「天皇の補助」を行う立場であり、皇室のあり方に対して謙虚であるべき存在だ。

それにもかかわらず、高市総理が「側室」という歴史的な制度について、一政治家の価値観で「あり得ない」と笑い飛ばす姿は、見方によっては以下の点で極めて不遜にして不敬だといえるだろう。彼らの大好きな戦前の価値観なら、万死に値するんじゃね?

越権行為: 皇室の伝統を「守る」と言いながら、都合の悪い伝統(側室)は現代の価値観で一方的に切り捨てるという、「選別する傲慢さとご都合主義」が透けて見えまくりだろ?

不誠実な態度: 2000年の伝統の重みを説くのであれば、かつてそれを支えた側室制度を単に「笑い飛ばす」のではなく、なぜ今は不可能なのか、その矛盾を誠実に説明する責任があるはずじゃないのかね。

「道具」としての扱い: 皇室を自分たちの保守的なアイデンティティを誇示するための「道具」として利用しているからこそ、陛下の御意思や歴史の重みよりも、自分の政治的パフォーマンスが優先されてしまうのだろう。まぁこれは蘇我馬子の頃からわが国の伝統かもしれんな。

歴史と伝統を重んじると言いながら、その実、自分たちの都合で伝統を「編集」し、陛下に対して不遜な態度を取ることは、「究極の偽善」であり、政治家としての資質が問われるべき傲慢な姿勢ではないかね?

「伝統」を口実にしながら、実際には陛下や国民の思いを軽視するこのような政治のあり方は、果たして日本の象徴である皇室を本当に守っていることになるのだろうか?君はどう思う?

さて、法的な側面からなぜ側室が、あかんのか考えてみるに、そもそも夫婦別姓だって大騒ぎして30年も放置されてるんだから、できっこないと思うよな。

日本は明治31年の民法によって重婚を禁止しており、皇室も昭和天皇以降は側室を持たない一夫一婦制が完全に定着している。現代の価値観において、皇室だけを多妻制に戻すことは「国民の敬愛を損なう」と判断されているんだとさ。

加えて戦後の皇室典範(1947年)では、正妻(皇后)以外から生まれた子(非嫡出子)には皇位継承権が認められていないんだ。もし側室を認めるなら、この根幹部分を書き換える必要がありるだろう。

お妃候補がいなくなるリスク: 現代において、側室がいることが前提の家庭に嫁ごうとする女性を見つけるのは極めて困難だわな。上野千鶴子が黙っていないだろうよ!この制度自体が婚姻のハードルを上げてしまうという皮肉な結果を招きかねんな。

高市総理が「愛子天皇」を認めず、かつ「側室」も否定する場合、残された道は「旧宮家の男系男子を養子に迎えて皇族にする」という案一点に絞られることになるんだというのが、彼らの思考パターンだ。

これがいま彼女が「フルスロットル」で進めようとしている現実的な落とし所と言えるでしょうな。俺から言わせたら、底が浅い。

「伝統を守るための側室」と「現代の倫理観」の間にあるこの矛盾こそが、議論を複雑にしている最大のポイントだとしても底が浅い。


「側室を持つ方が現実的」という考え方は、生物学的な皇統の維持という点では理にかなっているように見えるし、実際かつては世界中で行われていたが、現代の法制度や国民感情という高い壁に阻まれちゃうだろう。みんなお利口さんだからな。

高市総理が「側室」を完全に選択肢から外し、旧宮家の養子案に「フルスロットル」で突き進んでいるのには、以下のような政治的な「現実味」の判断があると考えらている。

1. 「側室」よりも「養子」が選ばれる理由

憲法と法律の整合性: 現代日本は「一夫一婦制」が法的に確立しており、側室制度を復活させるには民法や憲法の家族観を根本から覆す必要がある。一方、養子縁組であれば、皇室典範の改正のみで手続き上は可能となる。

国民の受容性: 21世紀の現在、側室を認めることは「女性蔑視」や「時代錯誤」との猛烈な批判を浴び、皇室の尊厳を著しく損なうリスクがある。高市総理も、側室については「考えたこともない」と即座に否定し笑い飛ばしてる。 けど、俺だって、そんなことは百も承知で覚悟の上で言ってんだ!

2. 高市総理が「養子案」を推す最大のメリット

高市総理にとって、旧宮家の男系男子を養子に迎える案は、彼女が守りたい「伝統」と「現代の市民の常識との妥協点」のギリギリのラインだろう。

男系継承の完全維持: 側室がいなくても、すでに存在する「男系男子(旧宮家の末裔)」を皇室に呼び戻せば、126代続いてきたとされる男系の血筋を絶やさずに済むんだと。しかし、一度民間に戻ってしまった人々が、憲法の外側に孤独に存在する皇族にもう一度もどったとして国民たちは支持するだろうか?

愛子天皇議論の回避: 皇族数を確保し、将来の継承候補(悠仁さまの次世代など)を増やすことで、「愛子さまを天皇にする(=男系男子の原則を崩す)」という選択を「喫緊の課題」から外すことが可能になる。けど、そんなに言うならいっそ、クローン人間とか提案してるみたらどうだ?

3. ただし、養子案にも「非現実的」との批判がありますぞ!

高市総理が強力に進めるこの案も、決して万能ではない。

「門地による差別」の疑い: 特定の血筋の人だけを国民から皇族にするのは、憲法14条(法の下の平等)に反するという指摘が野党や憲法学者から出ている。あたり前だ。

本人の意思: 80年近く一般国民として生活してきた旧宮家の方々が、果たして本当に皇族としての重責と制約を引き受けるのか、という実効性の疑問も残っている。無理でしょ?

結局のところ、高市総理にとっては「側室」は論外であり、愛子天皇の容認(女系への道)を絶対に避けたいからこそ、消去法的に「旧宮家の養子案」が唯一の現実的な突破口になっているという構図ですな。

側室も愛子天皇も認めないとなると、この「旧宮家の養子案」が失敗した場合、皇室はどうなってしまうと思う?

俺の意見を述べるぜ、よく聞いて欲しい。

そもそも 天皇家という一族は、憲法も含めて法制度の例外として考えられているので 、民法が、どうだとか取ってつけたような法律論は偽善じゃないか?

憲法第1条で「国民の総意」に基づく「象徴」と規定されている天皇・皇族方は、戸籍も持たず、参政権や職業選択の自由もないなど、最初から「法の下の平等」の枠外にある存在だ。

その意味で、「側室は法的にダメだが、男系維持のための養子はOK」という線引きを「偽善的だ」と感じるのも、無理からぬところだろ?

高市氏ら保守層が、側室を「非現実的」と言いながら養子案を「現実的」とする裏には、以下のような論理(あるいは苦肉の策)がありわいな

「人権」のライン: 側室は現代の「女性の人権」や「公序良俗」に真っ向から反するため、国際的な批判も含めて政権が耐えられないと判断している。

対して、養子は「本人の同意」があれば、既存の法体系の延長線上で説明がつきやすいと考えてるんだろ。

「国民の感情」という物差し: 多くの国民にとって、側室は「時代劇の世界」だろうが、養子は「家系を継ぐ手段」としてまだイメージしやすい、という計算がある。

しかし、自民党の皆さんが改正したがっている憲法すら例外的存在と規定する「特別な一族なのだから、理屈をこねずに伝統的な手段(側室など)を検討すべき」という意見や、逆に「特別扱い自体が限界なのだから、愛子さまを認めれば済む話だ」という意見が出るのは、まさに「皇室という例外的な存在を、どう現代の法理で説明するか」という矛盾が限界に来ている証拠と言えるだろう。

けれど、そもそも女性の人権 云々言うんだったら愛子天皇だっていいんじゃないですかねぇ?君はどう思う?

バカバカしいぜ。それこそアナクロニズムだんべ(笑)

2026/04/20

POST#1825 左にどんどん行ってみろ、するといつのまにか右にぶつかるんだぜ

芍薬 私の好きな花

ここ何回か、日本の右派政党を俎上に載せ、『日米合同委員会』の存在を喧伝したのは、まずは国内の似非右派の虚を暴きたかったからなんだ。奴らは一皮むけばアメリカの走狗でリバタリアンなんだよ。

いわゆる「保守」や「右派」を自称しながら、その実態は米国の軍事・経済戦略に追従し、新自由主義的な弱肉強食(リバタリアン的発想)を加速させている人々。彼らの「偽物のナショナリズム」を解体しない限り、真の独立自尊などあり得ないだろう?

彼らの「虚」を暴くポイントは、以下の3点に集約されるのではなかろうか。

1. 「対米追従」と「愛国」の矛盾

アメリカの走狗: 日本の富が米国債や兵器ローンとして吸い上げられることを容認しつつ「愛国」を唱える欺瞞。真の右派であれば、まず地位協定の改定や独自軍備などの「主権の完全回復」を最優先にするはずなんだけど、奴らはアメリカの虎の威を借る狐のように、対米従属を続けながら愛国の看板を揚げることで、自分たちの地位を守っているんだからね。

逆に言えば、アメリカとの安全保障条約がなくなったら、その存在意義を失うってことだ。

2. 「伝統」を隠れ家にしたリバタリアニズム

自助努力という名の棄民: 伝統や家族の絆を口にしながら、実際には弱者を切り捨て、セーフティネットを破壊する構造改革を支持する。これはかつて日本全国を歩きまわり、人々の暮らしをつぶさに記録してきた宮本常一が描いたような「共同体でしぶとく生き抜く日本人の互助精神」とは真逆の、冷酷な市場原理主義だ。その代わり、間違った経済政策による経済の混乱の責任をとる人間はいない。上に立つ『優秀』な皆さんは徹底して無責任で、自己責任と突き放されることも、梯子を外されることもない。

さすが、子供の頃に勉強ばかりして東大に入り、中央官庁に就職なさったような優秀な方は、責任の取り方が違う!何も責任なんて取らないんだもの(笑)!

3. 「プロイセンモデル」の亡霊

硬直した国家観: 明治以降の作られた「上からのナショナリズム」に固執し、古層にある「寛容でインクルーシブな日本のダイナミズム」を理解していない。彼らにとっての天皇は「統治の道具」であって、俺が提唱する「多様性を包摂するオーソリティ」ではない。

この「似非右派」のメッキを剥がし、彼らが単なる「アメリカの利権の管理人」に過ぎないことを白日の下にさらす。それは、国民が「安逸な奴隷」から目覚めるための、不可欠な儀式(デトックス)になるだろう。

俺自身が考えていることは、意外と一水会🔗に近いのかもしれない。一水会を持ち出すと、文脈がガチッと固まるようにも感じる。左に左にと進んでいったら、地球を一周して右の人と出会ったような感覚だ(笑)

一水会、特に木村三浩🔗氏らが掲げる「対米自立」と「戦後体制打破」の姿勢は、まさに俺の「似非右派(対米追従勢力)」への徹底的な批判と共通するものがある。

彼らは右派という枠組みにありながら、新自由主義的なリバタリアニズムを拒否し、イラクやロシア、中東諸国とも独自のパイプを持つなど、「米国中心の物差し」ではない世界観で動いている。それどころか、現代表の木村三浩氏は日本クルド交流連絡会顧問に就任しており、クルド人への差別に反対する活動を行っている。

俺自身が提唱するヴィジョンと一水会的リアリズムを重ねると、非常に強力なロードマップが見えてきそうだ。

「対米従属」の偽装解除

伝統や愛国を口にしながら、結局はワシントンの顔色を伺う政治家や言論人を「対米工作員」として指弾する。

「独自の正論」による国際連携

欧米のプロパガンダに染まらず、自国の生存権(核武装や永世中立)を法理に基づいて主張し、グローバルサウスや多極化勢力と手を結ぶ。

「天皇」を護憲や平和の象徴に閉じ込めない

かといって戦前の統帥権に戻すのでもなく、日本という共同体の「独立」を担保する、歴史的・精神的な最後の砦として再定義する。

リベラリストとしての「寛容・インクルージョン」を目的とし、一水会的な「対米自立・独自の国益追求」を手段(ツール)とする。この「左翼的理想と超右翼的リアリズムの融合」こそが、今の日本に最も欠けている、しかし唯一システムを揺るがし得る劇薬なんじゃないかな。デモをするだけで、平和になればいいけれど、世の中なかなか厳しいんだ。

「似非右派」の虚を暴き、一水会的なエッジの効いた自立論をぶち上げてみたと想像してみよう。

その時、テレビのコメンテーターたちが真っ青になって「それは極論だ」と騒ぎ立てる姿が目に浮かびぜ。

俺が一水会を知ったのは、書店で手に取った先年物故した一水会顧問の鈴木邦男🔗の著書『天皇陛下の味方です🔗』でその主張に驚いたことからだ。一水会は、意外とリベラルだと感じます。右翼のはずなのに排外主義でもないことに驚いた、というか戦前の国士のような言説に感心したことに始まる。 

まさにそこが、一水会の極めてユニークで本質的な部分だ。

世間一般が抱く「右翼=排外主義、タカ派」というステレオタイプとは真逆の性質を持っている。その機関誌は『月間レコンキスタ』スペインがモロッコ人王朝から国土を奪還したレコンキスタに、日本をアメリカから取り返すという情熱を感じるが、行動くしているわけではない。

俺が感じた「一水会のリベラルさ」は、実は俺が構想する「天皇を核とした寛容な永世中立国」というヴィジョンと深く共鳴している。

1. 「対米自律」ゆえの多極化・共生

一水会が排外主義に走らないのは、敵を「近隣諸国や移民」ではなく、日本の主権を縛り続ける「米国の覇権システム(ワシントン体制)」に見定めているからだ。

米国一極支配に反対する立場から、ロシア、イラン、イラク、キューバなど、米国と対立する諸国とも対等に交流している。この「相手の主権を尊重する」姿勢は、極めてリベラルな国際協調主義の裏返しでもあるだろう。

2. 「マレビト」を受け入れる度量

彼らが掲げるナショナリズムは、血統主義的な排外主義ではなく、「日本の伝統や文化を尊び、共にこの国を自立させる意志があるか」という精神性に重きを置いている。

これは、俺が歴史に学んだ「奈良・平安初期の渡来人を包摂したダイナミズム」や、折口信夫の「マレビト」信仰に近い感覚だ。外からの力を拒絶せず、日本の「古層」に取り込んで豊かになろうとする、開かれたナショナリズムだ。先にも上げたように代表の木村氏は埼玉のクルド人差別を批判し、カウンター運動を行っている。

3. 反・新自由主義(反リバタリアン)

一水会は、市場原理ですべてを切り捨てるリバタリアニズムを強く批判している。

弱者を切り捨てる「似非右派」とは違い、日本人がしぶとく生き抜くための「共同体の維持」を重視しているのだ。この「互助」の精神は、宮本常一的な常民の知恵や、リベラルな社会保障の考え方とも親和性が高いものだろう。

一水会という「ツール」を通してみると、「核武装した強靭な国家」というハードウェアと、「排外主義に陥らない寛容なインクルージョン」というソフトウェアが、一気に現実的な色彩を帯び、矛盾なく共存できることが見えてくる。

この「リベラルなエッジを持つ真の右派」という存在を、今の日本人はまだ正しく認識できていない。俺はアナルコ・サンディカリズムをベースとした愛国者なんだけどね。

「愛国」とは、誰かを憎んだり排除したりすることではなく、「自分たちの足で立ち、誰の顔色も伺わず、世界中の多様な人々と対等に握手できる強さを持つことだ」というメッセージであるべきだ。本当に日本のことが好きだから、日本が誰かの操り人形であったり、不寛容で日本に庇護を求めてきた難民を、入館施設に何年も放り込んで飼い殺しどころか実際に殺してしまうなんて狭量なことをしてほしくない。

依存(属国)から自立(主権)へ。

誰かを叩くことで得る偽物のプライドではなく、自分たちの文化と技術への信頼。

弱いから群れて他者を排除するのではなく、強いからこそ異質な「マレビト」を迎え入れ、共に豊かになれるという器の大きさ。

この自立を物理的に担保するには、今のままでは難しいだろう。 しかしトランプ以降国際的な信用を自ら棄損し続け迷走を続けるアメリカという泥船に乗り続けているのは、安全保障上大いに問題があるんじゃないのか?