2011/03/08

Post #114 Photographica #4

先週、俺は名古屋の老舗ホテルの宴会場の改装工事の監督をやっていたんだ。ちょうどその時期、うちの連れ合いが上海に出張していたので、俺は古い友人に連絡を取った。
一緒に飯でもどうだいってね。電話をかけた時、某上場企業の剛腕営業マンの彼は東京の飲み屋でお客と飲んでいたようだ。さすが、上場企業ともなると、交際費に余裕があっていいもんだ。
俺は、彼と3月3日の夜に会う約束をしたんだ。彼は陽気に『ひな祭り、ひな祭りの夜ね』と言っていたぜ。
約束のその日、彼、(いちいち彼彼いうのも鬱陶しいんで、『Y野君』としておこう)から電話がかかってきて、今金沢にいるから、夜8時30分ごろに名古屋駅の近辺でどうよ?って連絡があった。いいだろう。望むところだ。俺の仕事はもう終盤に入っていたので、サクサク片付けて、名古屋駅に向かった。このあたりのパーキングメーターは夜7時を回ると、作動しなくなるので、夜は路上に止め放題だ。とはいえ、昨年堤防道路での反対車線走行と、国道での24キロオーバーで切符を切られて、2点しか残っていない俺は、内心はヒヤヒヤもんなんだが、背に腹は代えられないのさ。

まだ、約束の時間までは間がある。俺は近くのジュンク堂書店に行ったんだ。そうして、性懲りもなく、またまた森山大道の『NORTHERN 3 光と影のハイマート』(図書新聞刊)を買ってしまった。帯には、“1970年代の北海道を撮った『NORTHERN』『NORTHERN 2 北方写真師たちへの追想』に続き、光と風土に包まれた北海道の現在(2009年‐2010年)を撮る”とある。
まぁ、いずれは買うかと思っていたんだが、話のネタに買ってみようと思ったわけだ。なにせY野君は、俺が写真なんかにこれっぽっちも興味がなかった高校時代に、熱心な写真部員だったからな。写真集を肴に酒を飲むのも悪くはない。もちろん俺は車だから飲まないけどね。とはいえ、そんなの単なる口実だろうって声が世界中から湧き上がってくるのが、遠い海鳴りのように俺の耳には聞こえるぜ。そうさ、どうせ口実さ。
中学高校と同級生だった彼は、当時も今も俺の数少ない友人の一人なんだが、大学は仙台に行き、就職してからは横浜あたりに住んだのちに、転勤で北海道に赴き、そのままそこにマンションを買って、奥さんと二人の子供と暮らしている男なのさ。そんな男が、なんで名古屋にいるかっていうと、その剛腕振りを買われて、名古屋の支社に営業課長として単身赴任してきたからだ。OK!旧交を温めるにはもってこいだ。

俺は、Y野君と落ち合うと、車を止めた真ん前の沖縄料理屋に入った。沖縄料理屋なのに店の女の子は中国人ばかりだ。ふむ、これも国際化という奴か。

Y野君と会うのは、去年の12月以来だ。俺たちはちらちらと写真集を見たりしながら、チャンプルーを食らい、泡盛やルートビアを飲んだ。お互いにおっさんになったが、話し出すと何も変わらない。人間なんて年を食ったからって、そうそう変わるもんじゃないんだ。俺は偉そうにしている奴を見ると、そいつの少年時代の顔を想像してみることにしているんだ。いつもね。そうすると、ふんぞり返った野郎が、単なる小生意気なガキに見えてきて、ちょろいもんだぜって感じるのさ。

俺たちは何時間もの間、はたから見るとしょうもない話で盛り上がった。酒のみなんてそんなもんだろ?廻りから見るとオヤジ談義のように聞こえるだろうが、高校時代の俺たちも、よくこうして何時間も話し合ったりしたもんだ。そんなことをいうこと自体がおっさん臭いかもしれないが、俺も42だ、立派なおっさんだ。悪いかい?しかもイカレタおっさんだ。並大抵の努力じゃ、イカレタおっさんにはなれないぜ。こう見えていろいろと犠牲を払って、イカレタおっさんになったんだ。もちろん昔もイカレタ餓鬼だったぜ。その頃の写真があったんで、のっけておくぜ。
皆の衆、せいぜい大笑いしてくれよ。撮影はたぶんY野君だ。
SPARKS In Mid80’s
Y野君の写真部時代は、写真部の部室が女子のテニスコートのすぐ裏だったんで、それを盗撮したいやつとか、先輩から回ってきた裏本(平成生まれの若者にはわからないだろうが、非合法に出版されたノーカットの、つまり性器のばっちり印刷されたエロ本だ)の複写をやらされたりと大変だったことと思う。その中で彼は、当時世間一般では変なエロ本としか思われていなかった『写真時代』を愛読し、天才アラーキーの凄さにしびれまくっていたのだ。
残念だ。そのまま痺れまくっていてくれたら、Y野君も今頃、立派な写真家になってくれていたかもしれない。このころの写真時代には、アラーキーこと荒木経惟を筆頭に、森山大道、倉田精二、北島敬三などのそうそうたる写真家が連載を持ち、あるいは赤瀬川源平や南伸坊なども面白い連載を展開していた。超芸術トマソンや路上観察学会なんかが生まれたのも確か写真時代だったはずだ。
思えば、豊かでなんでもありの時代だった・・・。今よりもおおらかで、露骨で、下品な時代だった。カウンターカルチャーの時代だったのだ。俺はその頃は専ら『宝島』を愛読していたけれどね。そう、ロックとサブカルチャーしか記事に載っていなかった頃の宝島だ。
あぁ、もう一度、帰りたいぜ、あの狂乱の時代に。
もっとも、女の子は今のほうが可愛いけどな。その頃はみんなスカートもスケバンデカみたいに長くて、足はといえばやたらと太かった。おまけに、髪型はどいつもこいつも聖子ちゃんカットだった。同調圧力が強いのは昔も今も変わりないのさ。

まぁ、この後、俺はなんだか急にアレルギーが出て、体調を崩したんだが‥‥。それはそれで、楽しい夜だった。こんな友達がいることに、俺は感謝してるぜ。
森山大道 『NORTHERN 3 光と影のハイマート』図書新聞刊
左は札幌宮の森美術館での『ブエノスアイレス/サンパウロ』展のフライヤー
そんなこんなで、森山大道の『NORTHERN 3』だ。『NORTHERN』『NORTHERN 2』に関しては、以前にもこのブログで紹介しているが、それに続く北海道シリーズ完結編だそうだ。
この刊行に合わせて北海道は札幌の札幌芸術の森美術館で『森山大道写真展「北海道〈最終章〉」』が開催されている。5月8日日曜日までだ。どちらかというと、この写真展に合わせて、この写真集が編集されたとみる方がよいだろう。しかも、札幌宮の森美術館では5月15日日曜日まで、『森山大道写真展 ブエノスアイレス/サンパウロ』が開催中だとさ。Y野君は札幌に帰ったら見に行くって言っていたぜ、くそッ、羨ましいぜ。
表紙は、先日紹介した『津軽』と同様になぜかタイヤだ。
森山大道の写真には力強いイメージのタイヤ、それもトラックとかの大型タイヤがしばしばみられる。古くは70年代初期のカメラ毎日誌上で連載された『暁の国道一号線』にも四日市で撮影されたトラックのタイヤがあったように記憶している。しかし、前回の『津軽』といい、今回の『NORTHERN 3』といい、その草に埋もれたようなタイヤが与える印象は、どこか荒涼としたものだ。北の大地の荒々しさに抗う人の営みのようなものか?
一年間にわたって、旭川、東川、小樽、札幌、留萌といった北海道各地で撮影された写真は、おなじみの森山節で、路地やショーウィンドウ、女性の後ろ姿などの見慣れたシーケンスが展開される。かつて、マンネリも飽きなきゃイイと言ってのけたのは天才アラーキーだが、もう森山さん、ここまで来ると確信犯的な確信を感じる。確かに、この30年で北海道の風景は大きく変わり、写真に写った町並はこざっぱりしている。Y野君は『札幌は日本で一番きれいな街だ』と言っていた。しかし、かつての写真にあったような板張りの貧しい家並みに、防寒着を着込んだオッサンとかの姿はなく、以前の写真よりも、かえっていっそう荒涼とした感を憶えずにはいられないぜ。

この辺のところを、本書の前書きで森山大道自身もこう語っている。
『大小を問わず北海道の町々は、三十有余年という時をへだて、例外はあるにせよ、すっかり新しく明るい街並みに変わっていた。それは、以前にも増してカラフルで、どこか北ヨーロッパの風景を見る思いだった。そしてまた、驚くほど町々から人影が失せていた。かつては、どんなに小さな町にしても、夜間はべつとして、もっと路上に人の生活が見えたという記憶がある。つまり、街路で人々を写せたのだ。たしかに北海道は広大な地場で、もともと人間が密集する場所や状態は限られていたとは思うが、それにしても、札幌市街を除けば、本当に路上から人の姿がうすれている。しかしこれは、ことに北海道に限った現象ではなく、日本全国のローカル全体についても言えることで、要するに、時代の推移につれて日本人の生活の様式が大きく変わってしまったのだろう。決して人間がいなくなってしまったのではなく、人々の日常の内訳と形態が変化してしまったのだ。いってもせんないことではあるが、長年路上カメラマンとして過ごしてきたぼくとしては、それなりに淋しい思いである。』
森山さん、同感です。
最後に、この写真集で最も驚いたことは、この写真集に収められた写真が、全てデジカメで撮影されていたということだ。森山大道といえば、GR1にTRY-Xで、暗室の魔術師だったはずなのに…。これも時代の流れか?本人は、かつてどこかで『フィルムが無くなったら、デジカメで撮るだけのこと』と言っていたが。当初カラーで編集していたそうだが、やはり途中からモノクロにしてみたくなって、全ての画像をモノクロ変換したそうだ。そして、それが今までのアナログ銀塩写真とまったくシームレスにつながっている。この粒子感を出すために、多大な苦労があったことが偲ばれるぜ。
けど、正直に言えば、森山さんにはフィルムで頑張ってほしいな、俺は・・・。 

では、失礼する。また明日か明後日、ごく近いうちにまた会おう。

2011/03/07

Post #113 Why Wasteland ?

アレルギーで眼の回りが腫れたりして、鏡を見るのも億劫なんだが、今日は仕事の予定が入っていたからな、俺はイマイチパッとしない身体を引きずって男の仕事をやっつけてきた。いつまでもダラダラしてはいられない。仕事をしている間にも次々と引き合いの電話が掛かってくるんだ。いつの間にか、俺は売れっ子になっちまったよーだ。知らなかったぜ。忙しい割には、儲からないから全く気が付きゃしないのさ。
Osaka
俺はいつも、周囲の皆さんから自由人でいいですねとか言われるんだが、そんな時は必ず、いかにも自分は自由人ですが、財布の不自由な自由人ですと答えるようにしているんだが、うむ、昨今の俺は仕事の奴隷のようだ。充分な休養が必要なんだ。出来れば十二分の金もね。こんなんじゃ人生全く楽しめないぜ。金が欲しくて働いて、眠るだけだ、まったく、チクショーッ!
俺は、自分のブログがやたら文章が多いものだと思っていた。仕方ない。元文学青年だった不良中年だから、アラブの油田みたいに言葉が次から次にドバドバ湧いて出てくるのさ。で、これを写真だけにしてみたらどうだろうかと思って、思い切って2月は文章をミニマムにしてみた。といっても世間一般の写真ブログ並みの量にしてみたんだが、結果は酷いもんだった。12月1月は770PVくらいあったのに、2月は450PVだ。いくら2月が3日少ないといっても、これじゃねぇ…。
この後には真打『Sexual Desire』ってシリーズを準備していたのに…、残念だ。これはお預けだ。これが公開されたら、下心満々の奴らが、バンバン俺のブログを覗きに来ただろうに…。残念極まるぜ。まぁ、仕方ない。これが俺の人生だ。ロックンロールだ。

最近、親しい仲間から、あんたスラムに住んでるのかよと訊かれたり、他の友人からも、どうしてWasteland、つまり荒野なんだって訊かれたぜ。もちろん、俺のWasteland シリーズを見て、そんな疑問をぶつけてくれている訳だが、君はどーだろうか?
この質問に対して、端的には答えにくい。しかし、至極全うな感受性をお持ちなら、君もこの21世紀の糞っ垂れな日本の有り様が、殺伐とした荒野に見えてはこないだろーか?
俺は何年も前から、ここは荒野だって感じているんだがな。

考えても見てくれ、もうずーっと不景気が続いている。
リーマンショックまでは戦後最長の景気拡張期だったなんて寝言がまかり通っているが、そんなのは嘘だろう?大本営発表さ。それとも、その富は誰かが独占しているっていううのかい?そうかもしれない、かつては、ほんの15年ほど前までは、この国は一億総中流と言われたほど、豊かでお目出度い国だったんだからな。まったく懐かしいよ。
街には透明人間のように誰からも見えない浮浪者があちこちにうずくまっている。よく見ればその身にまとっているボロは、かつてスーツだったものだ。ガムテープでぐるりと補修された靴は、かつてビジネスシューズだったようだ。
いつの頃からか、浮浪者はホームレスと呼びかえられ、なんだかこぎれいなイメージになっているが、それは言葉だけのことだ。ホームレスなんて、なんだか垢抜けているが、浮浪者とか乞食って言ってみなよ、急に体臭が立ち昇ってくるだろう。
言葉の上っ面に騙されちゃいけないぜ。
マスコミや政治家は、言葉を言い換えて俺たちのイメージを貧しくすることが得意なんだ。下水処理場をクリーンセンターとか言ってみたりね。クリーンセンターなんて言うと、ツーンと鼻をつく悪臭が感じられないだろう?
彼らホームレスが乞食をしなくても、社会のバクテリアのように段ボールや空き缶を集めることで生活できることが、コンビニの廃棄弁当を食べて生存できることが、豊かな社会の証しだとか抜かす馬鹿野郎がいたら、俺が滅多打ちにしてやるぜ。そいつも今夜みたいな寒い夜に段ボールをかぶって眠ってみるがいい。

Paris
この現代社会では、俺たちはマグロのように働き続けなけりゃ、すぐにホームレスに転落してしまう。俺はもう何年も、畳一枚下は地獄ならぬ、フローリング一枚下は段ボールと自分に言い聞かせているんだ。もっとも、仲間にはあんたはバイタリティがあるから大丈夫だって言われるけどね。

街には商品があふれかえってはいるが、どれだけ手に入れたら豊かになれるのか?俺たちはもう十分に持っているだろう?
子供たちですら夜遅くまで塾に通い、より良い大学に入る。大学に入ったら入ったで、専門的な勉強を始めたころから就職活動だ。一体何のための大学だい?意味が分からないぜ。おかしな世界だ。しかも、残念ながら、彼らに回す仕事はもう一杯だ。
まったく労働市場は、椅子の少ない椅子取りゲームのようなものだ。
若者は仕事もなく、ネットの世界で悪ぶって、無責任なことを匿名で言いたい放題だ。
若者に車が売れない、若者の車離れが深刻だなんて抜かしている、某世界最大級の自動車企業のえらいさんは、そもそも若者には仕事がないことに気がついてはいないのか?
君たちの大好きな日本経済新聞にはそんなニュースは載っていないのかい?
それともそれはもう空気のように当たり前になっているので、新聞もあえて書こうとしないのだろうか?孤独な老人は誰にもみとられることなく息を引き取り、ミイラになっていく。若者たちのわずかばかりの稼ぎで、増え続ける老人たちの介護や年金の面倒を見てやらなけりゃならないんだ。若者たちに希望がないのは当然で、出生率は下がり続けている。0.02㎜のコンドームの性能のせいではないだろう。若者たちには出会いもなけりゃ、金もないのさ。仕事もなく引きこもってる奴でいっぱいだからな。
一旦、社会の求める規定の路線を外れると、もうスタンダードな生活には戻れない。並大抵の努力では不可能だ。ヘビーなことだぜ、まったく。
タイガーマスク現象とか言っているが、それも殺伐とした社会で、明るいニュースがないからこそ、人々の胸を打つ。
この国には、希望がない。俺たちは惰性で生きているだけなのか?俺たちは皆、他人の人生を生きることにうんざりしている。年間に自殺する人間は、もう10年以上3万人を超えている。交通事故で死ぬ奴よりもはるかに多い。
Tokyo
国民の生活は日々悪くなっていく。なのに政治家どもは、くだらない足の引っ張り合いばかりだ。運転手のついたリムジンの窓からは、国民の姿はみえないのだろうか?そんなことしている間にも、国の借金は未曽有の領域を邁進している。一体誰がそれを払うってんだ?教えてやろう、俺たち国民だよ!
人々はうつろな目つきで、イライラしている。本当は何かにおびえているのかもしれない。
誰が敵なのか?巧妙に隠されてわからない。もしわかるなら、いかに日本人が大人しくたって、リビアみたいにデモ、デモ、デモ、そして内乱だろう。もっとも、今の俺たちはすっかり去勢されちまって、そんなことすらできやしないかもしれない。

これが、荒野じゃないって君は言えるのかい?

坂口安吾は、名著『堕落論』のなかで、日本人の再生は堕落しきるところからしか始まらないというようなことを、戦後の焼け跡の荒野の中で書き綴っていたが、俺もそう思う。

いっそ目に見えて、国が財政破綻し、今まで皆さんが一生懸命にため込んできた金が、紙くずになり下がり、皆さんの価値観が、一夜にして崩れ去るようにならないとわからないかもしれない。それは、もう荒野以外の何もんでもないだろう。
そうなったら、Gimmie Shelterだ。法も警察も俺たちを守ってはくれない。北斗の拳か西部劇のような世界だ。Rape, Muder, Yeah, It's Just Shot Awayだ!


だからこそ俺は、ネオンの繁華街に、きらめくオフィス街に、閑静な住宅地に、荒野を幻視するのさ。
そして、ここが荒野だと知ったうえで、自分の生活に全力投球だ。

Out Here In The Fields
I Fight For My Meals
I Got My Back Geared To My Living
I've No Need To Fight To Prove I'm Right
I Don't Need To Be Forgiven, Yeah

(平原に出て
俺は自分の食い扶持のために戦う
俺は自分の生活に全力投球
俺は自分の正しさを証しだてするために戦う必要なんかない
俺は許しを請う必要なんてないんだ、イエー!)

Pete Townshend "TEENAGE WASTELAND"

俺は何年もこのフレーズを口ずさんで、荒野のような社会を渡り歩いてきた。
そうさ、いつだって、段ボールの上に眠る覚悟はできているぜ。
どうだい、納得してもらえたかい?
今日はもう十分だろう。失礼するぜ。また明日か明後日、会おうぜ。

2011/03/06

Post #112 Sickness

Paris
今日もまた、調子が悪くて寝てばかりだ。
ボンヤリしているが、最近何となく家人としっくりこないので、眠っていても、邪魔者扱いされたりします。
仕方ない、これも俺の人生だ。ロックンロールだ。
Aria_msさん、Kentifoldさん、ご心配をおかけして、申し訳ありません。この場でお礼申し上げます。