2011/09/01

Post #292 死んだように眠っていた

やっとひと仕事片付いた。ここ最近は睡眠時間が2、3時間ほどだった。しかし、俺のまわりの人間も皆、似たような状態だったので、どいつもこいつもイライラピリピリしてやがった。俺は、どうせやっても大した成果はでないと抜かした野郎に、そういう泣き言は精一杯やってからほざけ!それが仕事ってもんだろうと叱咤激励し、話が違うとぶー垂れる奴には、現場は生き物だから、臨機応変に対応してくれ。俺は最後まで付き合うから、やるべきことはやってくれと言いつつも、身体全体から、嫌なら帰れボケ!というオーラを放出しまくっていた。こうして切り抜けた昨日の夜など、這うようにして帰った家の風呂桶の中で2時間ほど眠っていただけだ。疲れがたまって、左足の親指には毎度おなじみの痛風発作が起きていた。ご存じのとおり、足の親指は人間の動きの起点になる個所なので、なにをするにも限界だった。
もちろんプリントするなんて野望は、早々に撤回した。命あってのプリントだ。
俺は今日のやるべき仕事を午前中に片付けると、丸太のように寝床に転がり眠った。時々仕事の電話がかかってきては俺の眠りを乱す。適当に話を進めて、また眠り、次に目が覚めた時にはまったく覚えてないという有様だった。
こんな有様でも、それは俺自身が選んだ生き方だ。文句はないぜ。同じことでも、誰かの鵜飼の鵜のようにこき使われているだけなら、やってられないってもんさ。けれどこれは全て自分で選んだことだもの。死なない程度にやらせてもらうさ。こうして生きるためだけに働いて、気が付けば疲労で目を腫らしたおっさんになっていた。とんだ浦島太郎だぜ。若い奴らに言いたいぜ、親のすねをかじれるうちは、かじっておきなってね。若いうちは2度とないんだからな。
Paris
俺はいつも自分の事を話し過ぎる。読者諸君もいい加減うんざりしていることだろう。俺のつれあいは、もう何年も前からうんざりしてる。しかし、俺の世界の中心は、きっぱり俺なので、俺にとって、俺のこと以上に重要なことはない。地球の地軸は俺のケツの穴から頭のてっぺんを刺し貫いているんだ。俺はいつだってそう感じているのさ。スゲーだろう。
閑話休題。
さて、君がマンションに住んでいるとして、時々は自治会みたいなものの会合に出ないといけないとしよう。耐震補強工事だとか、排水管や受水槽だのの定期的な清掃には、自治会員の合意が必要だからね。で、何故かその会合に、いつも必ず日本刀だの金属バットだのを持って参加する物騒な奴がいるとしよう。そいつの上着のボタンはいつも開けられており、左側の胸元には、何だか黒い金属の塊がちらついているようにも見える。冗談じゃない。しかし困ったのはその先だ。そいつは自分の思惑と異なる方向に話が進みだすと、日本刀の鍔を鳴らしてみたり、おもむろに室内でバットの素振りをしてみたりする。あるいはまた、胸元の黒い塊をちらちら見えるように大げさに振る舞ってみたりする。会議の参加者は、その気違い野郎の不気味な態度に恐れをなしてかうんざりしてか、何故だか会議はそいつの意図する方向に曲げられてしまう。不愉快なことだ。
しかも、そんな間抜けが一人じゃなくて、何人もいるとしよう。まったくうんざりするマンションだな。笑えてくるぜ。傍若無人な振る舞いを見るに見かねて、君がそいつをたしなめ、そんなものを持ち込まないように忠告すると、他にも持っている奴がいるから、自分は自分の身を守るためにこれを手放すことは出来ないなんて、酔っぱらいの寝言のような事を平気で抜かすとしよう。呆れて口がふさがらない。出来ればこんな狂犬みたいなクソ野郎が、大きな顔をして横車を押しまくっているマンションなんざ、とっとと引っ越したいけど、30年くらいローンの残りがあるんで、それも難しいときたもんだ。やれやれ。
Paris
そこで、今日の問題です。
こんなことが実際にあったなら、君はどう思うだろう。
①ビビりあがって、そんなクズ野郎の圧力に屈し、自分の考えとは違う主張に同調してしまうだろうか。まぁ、殴られたら痛いからな。それも一つの道かもしれんな。
②あるいは陰ながら人間としてそいつを軽蔑したり、③人目につかない非常階段とかで諌めたりするだろうか。ちょっと危険だがな。
④無言の脅しに屈することなく筋の通った主張をして、出来るだけみんなが満足する方向に、根気よく話しをまとめようとするだろうか。
⑤それとも、なんか武器になるものを持ってる方が、自分に利益があると悟り、さっそく通販で三段警棒やヌンチャクなんかを注文して、それが届くまでの間は、とりあえず鉄パイプやバールのようなものを携えて会議に出るようにするだろうか?
まともな常識人なら、とるべき態度は④だろうと俺は考える。一番困難だけれどね。

さて、このマンションを地球に、自治会を国際政治の場に、マンションの住民を世界の国々に、そして凶器を持った気違いを、核保有国に置き換えて見て欲しい。バットの素振りなんかは地下核実験とかにあたるだろう。
日本の利益のために、つまり戦争をするためでなく、日本が国際社会で舐められて不利な交渉を強いられず相手国との間で有利な立場を維持するために、核兵器を保有すべきだという呆れた主張をする奴がいる。驚いたことに、そいつは居酒屋でそんな主張を無責任に繰り広げているのではなく、どこかの都知事とかいう責任ある地位にあり、公に出版された書籍の中で、自分の持論として主張しているという。
そしてもっと驚くことに、この気違いを、世の人々は軽蔑したりたしなめたりするどころか、大いに支持しているのだそうだ。冗談じゃない。あくまでそれは張子の虎なんだと言ってみたところで、武器を持てば、そいつを試したくなるのが人間だ。言うまでもなく、試した時には、誰かが傷つき、あるいは死んでいる。もちろん、そんな武器がなければ、使うこともできないさ。
そいつの言っていることを、自分の身近に起こりうることに置き換えてみて、自分の実感に即して判断してみれば、なにが正しいかはっきりするはずさ。
そんなものに頼ることは、人類が歩んできた歴史の針を、逆さに巻き戻すようなことだ。そんな荒唐無稽な主張を認めるってことは、俺達が生きている比較的自由な社会が、この地球に生まれるまで流された実に多くの人々の血を、足で砂にまぶして、はなっからそんな犠牲などなかったのような顔をして、それを冒涜するようなものだ。
そんな奴が、市民たちの手によって選ばれたお偉いさんで、言いたい放題言っていやがるこの国の行く末が、俺にはとっても心配なんだ。
読者諸君、失礼するぜ。季節が変わっても、相変わらずのこの俺だ。

2011/08/31

Post #291 季節が巡る

今日で8月も終わる。子供のだが、毎日ホントーにクソ忙しいのさ。いつも言ってるようにね、いい加減皆さんも耳タコだろう。お見舞い申し上げるぜ。ゆっくりと眠ることも、買い貯めた本を読むこともままならない始末だよ。けどまぁ、自分で決めた道だからな。それも人生の暇潰し穀潰しさ。
ここ何日か、ギャル服ばかり売ってるファッション・ビルでをしてるんだ。喫煙所でパイプを吹かしていると、さすがの俺もびっくりするよーな派手なメイクに、派手な服装のお嬢ばかりが、入れ替わり立ち代わりやって来る。といつもこいつも、スゴい付け睫だ。きっとボールペンくらい、へいちゃらで乗るだろう。季節がら、露出もオーバーだ。キモいおっさんとか言われちゃ堪らないからな、目のやり場に困るぜ。ここはひとつ、必要なくても深刻そうな顔をしておこう。
HomeTown
個人的には、そーゆーぶっ飛んだファッションの女の子は一見、個性的で好みなんだけど、これだけ入れ替わり立ち代わりやって来るとね、さすがに食傷するぜ。第一、仕事で来てるんだから、あんまりニヤニヤするべきではないよな。
とはいえ、何だかな、タバコを吹かしながら彼女達が話している姿にインテリジェンスちゅうか品ちゅうもんが感じられないんだなぁ。要はガキだなぁと、つい感じてしまうんだ。仕方ないか、俺の年齢はとっくに彼女達のダブルスコアだ。人生第四コーナーだ。年をとると熟女がよくなるということか?それはなんとも言えないが、若い女じゃ物足りないのか、身体がよくても侘び寂びを知らねぇからな・・・。
HomeTown
だが、自分が図らずも、世間の皆さんと珍しく歩調を合わせて、年を食ってしまった事をおもいしらされ、しかもひょっとすると、俺の人生、もう二度とこんな素敵な年頃の女の子に熱をあげて、ウキウキするような、あんなキモチを味あうこともないのかもしれないと思うと、やるせない気持ちになってくるぜ。
そんな気持ちを知人に漏らすと、つれあいがいるからいいでしょうと言われるけど、そーいう問題ではないんだなぁ、あくまで俺の可能性の問題であってだね、なんというか、年々歳々、日一日と俺の人生に何かがおこる可能性が狭まっていくのを、こーしてツーカンする訳ですよ。老眼だって診断されてるし。寂しい風が、心の中に吹いてるぜ。
もっとも、俺の女の子の好みはムツカシーからな。そう、俺ももうヤリたいだけのお年頃じゃないんだから、中身のつまった奴じゃなきゃつまらないだろう。若くて可愛けりゃいいってもんでもないわな。
きっと、彼女達からは俺は、草臥れた中年にしかみえてないんだろう。俺の事をかまってくれるのは、子供かおばちゃん、そうじゃなきゃホモくらいだ。ただただ生きる為に働いて、気がつけば、すっかりおじさんだ。最近じゃ鏡を見るのもうんざりするぜ。
自分自身でうんざりするくらいだ。俺の回りでタバコを吹かしてるお嬢たちの目に、俺が見える訳もないぜ。ここじゃ俺はとんだインヴィジブルマンなのさ。
まぁ、どーせ話しあったところで、接点もないような気もするし、お互い理解出来る気もしない、残念だがそれが真実だ。俺も外見ばかりステキでも、何かにとりつかれたように夢中になるモノを持ってなかったり、自分の世界や考えを持ってない子供と話すのは、無駄に疲れるからゴメンだ。もちろん、中にはそんな子もいるんだろうけれど、俺は人生の秋を迎えているし、彼女たちは人生の春真っ盛りだ。互いの軌跡が交わることもないのさ。
HomeTown
俺は、彼女達の付け睫やアイメークの奥の瞳がどんな夢を見ているのか、どんなことを感じて生きているのか、けっこう興味津々なんだけどね。まるで戦後の焼け跡に現れたパンパンさんに興味津々だった金子光晴のようにね。
俺の人生は、とっくに秋真っ盛りだ。季節を先取りだ。寂しくなってくるぜ。人生の秋か・・・。秋風は追い風だろうかい、いや、どうせ向い風に決まってるぜ。いつだって、そうだった。たまに追い風かと思ったら、目の前が崖っぷちとかなんだろう。いつだってそうだったさ。
しかし、思わず髪に花を挿してあげたくなるような女の子は、絶滅してしまったのかなぁ、6,500万年前の恐竜のように。
読者諸君、また会おう。年の事を考えると、愚痴っぽくなっていけないぜ。誰だって、人生の季節は巡っていくものさ。岡本太郎みたい『自分には過去も未来もない。今があるだけだ』って、突っ張って行かないとな。落ち込んでる暇はない。さあ、今日も朝まで夜通し働い て 打ち合わせなんだ。OK、構わないぜ。明日は一日プリントでもして暮らすとす

2011/08/30

Post #290 Beggar With Street Organ

ヨーロッパでは、物乞いをよく見かける。
大抵はジプシーのオバサンなんだが、もう一方の主流派として、障碍者が物乞いをしている姿をよく見かける。日本では、とうに見かけなくなった。
アムステルダムの中心、ダム広場からマグナプラザに抜ける石畳みの路地で、その盲人の物乞いを見かけた。
首からストリート・オルガンを下げている。ストリート・オルガンは、ヨーロッパの童話や児童文学にしばしば登場し、陽気な雰囲気を醸し出す。けれども、実際に、モノ号人々が奏でているストリートオルガンは、どこか哀切な響きを持っている。いや、譬えそれが陽気な音色でも、その姿や音には、どうにも痛ましいモノがある。
しかし、この物乞いの商売道具のオルガンは、虚しく首から吊るされているだけで、男はハンドルを回して音楽を奏でることはなかった。何故なら、片手にはコインを入れてもらうための、どこかカスタネットにも似た金属の器が握られているから、オルガンのハンドルを回すことはできないんだ。そして、もう一方の手は、しっかりと白くて長い杖を握っていたんだ。自分が盲人であることをアピールするように。もしかしたら、オルガンは単に彼が物乞いだと示す、符牒のようなものなのかもしれない。
右手に握られた金属の器を上下に振ると、蓋と本体がチャンチャンチャンチャンという耳障りな金属音を立てる。その金属音が耳障りでなければ、誰も彼に目を向けることもないというように。そして、道行く人の懐の小銭を、この中に入れてくれるまでは、鳴らし続けるというように。
Amsterdam
見れば、がっしりした体つき。もし彼の目が見えたなら、レンガ職人なんかやっていてもおかしくないような初老の男だ。
金属器の立てるけたたましい、それでいてどこか物悲しい音で、彼の姿を目にした。俺のつれあいはぎょっとして、何かいけないものを見てしまったようなショックを憶えたのか、足早にその前を駆け抜けていった。
俺は、心のどこかに、少しばかりのやましさを感じながら、そっとノーファインダーで彼をレンズにおさめた。不思議だな。相手は目が見えないんだから、写真を撮られrていることなんか気が付かないはずなのに。
写真は、倫理と非倫理の境界を越えてしまうこともある。何故なら、倫理は人間の心の内なる問題だけれど、写真は、人間の心とは別個に、確固として目の前に存在する現実を写すものだから。
だからこそ、本能的に写真を撮りつつも、その瞬間瞬間に、撮るべきか否かということが脳裏をよぎる。
Amsterdam
そんなことも、忘れてひとしきり街をぶらついてきた俺たちが、再び同じ道を通ると、この盲人の物乞いはまだそこにいた。しかも、誰かがその口に丸いリンゴを咥えさせていた。彼は、白いつえを小脇に抱え、両手をポケットに突っ込みながら、食べるでもなく、当惑したようにリンゴを咥え続けていた。そのリンゴが、善意によって施されたものなのか、悪意によって口に押し込まれたものなのか、俺には解からない。つれあいは、その姿に悪意を感じ取ったようで、おぞましいものを見たかのように、ひきつった顔をしていた。
日本では、政府が無能だという声が高いが、無能な政府の無為無策な福祉生活のおかげで、物乞いする人を見ることはほとんどない。ホームレスですら、空き缶を拾い、売れ残りの弁当を漁って、物乞いすることなく暮らしている。福祉国家イギリスでは、税金によって暮らしを保護されている者たちが暴動を起こした。どんな社会が正解なのか、俺にはまったく分からないぜ。