2011/09/08

Post #299 海峡慕情ボスポラス #2

読者の皆さん、今日はついにダウンだ。朝、起きることが出来ずに、お客さんとの打ち合わせに激遅れてしもうたわ。社会人として失格だ。身体が異常に怠い。眠気が治まらない。きっと風邪だ。
案の定、先ほど行きつけの病院に行ってみると、熱があった。しかし、仕事は続く。
そんなわけで、今日はもう、これだけで勘弁して!俺には休息が必要なんだ。
Istanbul,Turk
シルケジのフェリー乗り場から、カドキョイ行のフェリーに乗って、ヨーロッパからアジアへと20分ほどの格安クルーズ。地元のトルコ人ばかりが乗っている。アジア側に行こうっていう観光客は、ほとんどいないようだ。やはり旅はそうでなくっちゃね。
おすすめの席はもちろんデッキ席だ。それも、客室の周囲の狭い甲板に並べられたベンチのデッキ席。奥から詰めて座らないと、あとから乗り込む人に迷惑だ。とはいえ、すねをけるようにして、どいつもこいつもお構いなしに自分の好きな席に向かう。海峡を吹き渡る風に吹かれながら、タバコを吸って、乗組員に叱られる若いカップルもいる。
そんなデッキ席だけれど、船の右舷のデッキ席に座るのがお勧めだ。
ヨーロッパからアジアへと吹く風を感じよう。波しぶきが時折顔にかかるほどだ。手すりに足をあずけ、リラックスして海を渡る。何も考えない素敵な時間だ。その間にも、フェリーはボスポラス海峡を南下するように進み、対岸のカドキョイを目指す。
すると、君にも見えてくるだろう、かつて中近東は言うに及ばず、北アフリカ、東ヨーロッパまでも支配したオスマン・トルコの皇帝の宮殿、トプカプ宮殿が、ギリシャ正教の総本山だったにもかかわらず、オスマン帝国に占領されイスラム教のジャーミーとなったアギァ・ソフィアが、そして六本の尖塔を持つスルタンアフメット・ジャーミーが。
俺はデッキで夕日に浮かびあがる栄華の跡を眺めながら、口ずさむ。

♪ボスポラス海峡~ 男一匹ぃ~ 夕陽に照らされ どこに行くぅ~♪

読者諸君、今日はこれで失礼する。俺は熱っぽい体に汗をかきながら、はるか遠くの海峡を想っている。あの潮風にまたあたりたいと想ってる。まぁ、津軽海峡ってのも悪くないけどね。

2011/09/07

Post #298 海峡慕情ボスポラス #1

今日は頭が痛いんで、あっさりと。睡眠不足と台風一過で急に秋の気温になって、風を引いてしまったようだ。しかも、筋肉痛にも苦しんでる。しかも、しかもだ、ほったらかしにしていた仕事の現金出納帳を整理したら、現金が足らない。まったく頭が痛いぜ。急な仕事のオファーは舞い込んでくるし。いや~、まいったな。
Sirkeci,Istanbul,Turk
ボスポラス海峡は、イスタンブルを東西に分かつ海峡だ。長さはおよそ30キロ。北は黒海に通じ、南はマルマラ海に通じている。海峡の幅は3.7キロ。もっとも狭いところでは800メートルだそうだ。
この狭いボスポラス海峡を挟んで、東がアジア、西はヨーロッパになるんだそうだ。いわゆる観光名所犇めくイスタンブル旧市街は、ヨーロッパ側にある。俺が宿をとったのも、旧市街だった。
多くの市民はアジア側の新市街にも住んでいる。だから、この海峡には交通手段としてフェリーが多用されているんだ。風情があるぜ。もちろん巨大な橋もあるし、来年には日本の大成建設が作っている海底トンネルも開通するそうだ。しかし、海峡だ。慕情だ。そうくりゃ、ココは船だろうよ。
かつてオスマン・トルコ帝国の皇帝が暮らしたトプカプ宮殿の裏手の坂を下り、そのまましばらく歩けば、シルケジ駅がある。かつてのオリエント急行の終着駅だ。この駅前の船着き場から、夕暮れ時にフェリーにのって対岸のカドキョイという古い街に繰り出してみたのさ。
シルケジの周辺は、行きかう市民でごった返している。そして、駅前の広場からは、巨大なモスクも見えるだろう。
Sirkeci,Istanbul,Turk
俺は、フェリー乗り場のあたりを歩きながら、口ずさんでいたのさ。

♪ボスポラス海峡 男一匹ぃ~♪

ふふふ・・・、まるで昔のド演歌のようだ。痺れるシチュエーションだ。俺は思わず雰囲気に酔ってきたぜ。俺のすぐ隣を歩くつれあいが、そんな俺をじろりと睨む。すぐさま俺は歌を続けたぜ。

♪ボスポラス海峡 男一匹ぃ~ 女が一人ぃ~ 男はほんのおまけですぅ~♪

読者諸君、これが苛酷な現実だ。男一匹、ひも付きの犬のようなもんさ。
さて、明日はフェリーにのる話だ。今日は頭が痛いんだ。とっとと眠らせてもらうとするぜ。読者諸君、御機嫌よう。くれぐれも寝冷えには気を付けておくれ。

2011/09/06

Post #297 改めて言っておきますが

親愛なる読者の皆の衆、ムシュゥ・エ・マダァム、レディース・アンド・ジェントルマンの皆さんに、改めて言っておきたいことがあるんだ。そう、言っておきたいことがあるんだよ!
それは君たちにとっては、大切なことじゃないかもしれない、しかし、俺にとっては大切なことなんだ。
OK、聞いてくれ。そして理解してくれ。
難しいことじゃない、スゴク簡単なことなんだ。
『このブログの文章と写真は、基本的には何にも関係ありません!』
Istanbul,Turk
どうだい、簡単だろう。
たとえば、日本の政治についてブリブリ怒っていたりする文章と、パリの街角で見かけたおねーさんに、何らかの関連があるかといえば、どう見てもフツー無いでしょうよ。
そりゃ世の中というのは、風が吹けばおけ屋が儲かるという奇奇怪怪なことがフツーに起こっている複雑性に満ちた世界なわけですから、まったくカンケーないとは言えないかもしれないが、少なくともこのブログに書いてある文章に関してはだねぇ、簡単明解に言って、何のカンケーもない。
俺は、まぁ写真と文章という二つのメディアがあるわけだから、それぞれに全く異なることをやったほうが、広がりがあっていいかと思っているんだが、どうだろうか。いちいち自分が撮った写真の解説をしたり、撮影に至ったいきさつや、そのご苦労話するのも、何だかべっちょりしてて嫌な感じだ。とはいえ、時にはドキュメントみたいなものも作ってみたいけれどね。
所詮、写真は写真であって、極論すれば『好き』か『嫌い』しかないだろう。
だったら、言葉でもって写真そのものの訴求力を上げようとするのは、ちょっと違う気がするんだ。
しかし不思議なことに、この文章と写真は、リンクするものとして皆さんに認知されているようなんだ。というのも、文章量が落ちると何故か不思議なことに、PVも文章量にリンクするようにして低下するんだ。これ不思議。
訳の分からんどっかのイカれたおっさんの身辺雑記に、旅行の思い出、それに社会や政治に対する批判的な記事。俺のブログに書いてある文章なんて、そんなもんだ。誰にでも意見はある。俺は俺の意見や経験を表明する場を、ブログ上に設けただけなんだ。まぁ、一種の笑い話みたいなもんだと思ってもらえるとありがたいもんだ。切実な笑いかもしれないけれどね。
俺自身の中では、『写真』こそが、見て欲しい、味わって欲しいものなんだ。つまり、このブログの神髄なんだ。
なら、文章書くの止めればいいじゃないかって言われそうだが、それじゃ、問題のすり替えだ。それじゃ、このおれのブログがごく一般的な写真のブログになってしまうじゃないか。世間様と同じことをやってちゃ、世間に埋没してしまうぜ。
写真がつまらないと言われれば、それは仕方ない。けど、こう見えて俺は自分の写真に関して、実はちょっとした自信があるんだぜ。もちろん中にはつまらないものも、へたっぴなあることだろう。そして写真を見てくれる他でもない君自身の、好みの問題もあるだろう。
けれど、本当に君たちに見て欲しいのは、写真なんだよ。分かっておくれよ。
Istanbul,Turk
だから、写真そのものに関するコメントなんかもらえると、うれしいのさ。それがたとえ、この写真、好きだとか、嫌いだとか、面白いとかつまらないとか、そんな端的なモノでも構わないんだ。写真に関してコメントしておくれよ。                                              
眠くて堪らないぜ。言いたい事だけ一方的に言って、今日は失礼させて頂くぜ。
おやすみなさい、わが親愛なる読者諸君。