2011/09/29

Post #320 Act Nice & Gentle To Woman

TVのニュースで見たんだけれど、サウジアラビアで車を運転した女性を鞭打ちの刑の処すという判決が出たそうだ。鞭打ちされる女性は、女性の車の運転が禁止されているサウジアラビアで、女性の権利拡張を求める一端として、自ら車を運転する様子をビデオにおさめ、ネットで公開していた女性たちらしい。ひでー話しだ。俺はそんな国に生まれなくてよかったと思うぜ。確かに女性ドライバーにへたっぴが多いとは思うが、運転したからって社会の秩序を乱すってのは言い過ぎだろうし、ましてや鞭打ちの刑なんて、まったく冗談じゃないぜ。
サウジアラビアでは、今もなお女性の運転は社会秩序を乱すとして、女性の車の運転は禁止されているそうだ。参政権もない。やっと数日前に、国王が次回の選挙から女性に参政権を認めると表明したばかりだ。俺たちの感覚からすると、奇妙な世界だ。もちろん、俺たちの国も女性に参政権が認められていなかった時代があった。それは確かなことさ。しかし、この21世紀、そんなことが世界のどこかで行われているなんて、びっくりだ。
男にだけ国のかじ取りを任せていると、ロクなことにはならないんだぜ。なにしろ男ってのは、喧嘩っ早いからな。いつだって権力闘争、そして不景気になると戦争をしたがるんだ。女に任せとけってのは言い過ぎだけれど、女の言うことはきちんと聞いておいた方がイイ。この世界の半分は、女なんだからな。そうすりゃ間違いなく物事が丸く収まるってもんだ。君も自分のご家庭の事を考えてみればわかるだろう。亭主関白なんて気取っても、いまどきはやらないぜ。そんなのは昭和の話しさ。
Paris
時折、自分の奥さんをぶん殴ったっていう話を耳にする。人の家庭のことだから、とやかく言う筋合いじゃないけれど、どんよりした気持ちになるぜ。
斯く言う俺も若いころには、連れ合いと言い争いになった挙句、手を挙げたことはある。しかし、今からすると、我ながらどうかしてたんじゃないかと思うぜ。女を殴ったところで、いい事なんかありゃしないんだ。現に俺はそのあと、連れ合いに包丁を持って追いかけられて、家を飛び出して走って逃げた。おかげで、近所の鵜飼さんちのおばあちゃんに、『夫婦喧嘩で警察呼ばれたのは、あんたんとこだろ?』なんて突っ込まれたもんだ。いや、警察は呼ばれていないはずだけど・・・。全くバカバカしいったらありゃしないぜ。もう10年以上前、今ははるか遠い20世紀末の話しだ。
女性には、優しく接するのがいいと思うぜ。面白くないことがあっても、そんなのは極力顔に出さず、ニコニコ優しく接していれば、まともな女ならきっと、君たちを優しく扱ってくれるさ。それで調子にのってわがまま放題に振る舞うような図々しい女なら、ちょっと付き合い方を考えたほうがイイだろうな。意見の合わないことがあるのなら、力ずくじゃなく、よく話し合って解決しようじゃないか。口は飯を食うためだけにあるんじゃないんだぜ。
所詮、男は女には勝てっこないのさ。どんなに頑張ったって、男だけじゃ人類は滅びちまうしな。おっと、こんな言い方すると、むかしの自民党の偉いさんみたいに『女は産む機械』だなんて思ってるように受け取られそうで、ひやりとするぜ。そんなつもりはないんだ。誤解しないでおくれよ。
この世の中には、男と女しかありゃしないんだ。どちらに生まれてくるのか、俺達は選ぶことはできない。だからなおさら、女性には優しく接するのがいいと思うぜ。手を上げるなんてもってのほかさ。自分が反対の立場に立っていたら、理不尽だと思うだろう。ましてや鞭打ちの刑?アナクロニズムにも程があるぜ。
もっとも、そういうのが趣味として好きな人がごまんといるのは承知してるけれど、それは男と女の間の夜の営みとして、この際脇に置いておこう。そんな話も決して嫌いな訳じゃないんだが、TPOってのもあるだろう。そもそも俺が言ってるのは、そういう問題じゃないんだ。分かって欲しいぜ。
Amsterdam
科学や技術がどれだけ進歩しようと、人間の頭の中はなかなか変わらない。古い文化やしきたりや、あるいは宗教の戒律でがんじがらめだ。けれど、それを一旦脇に置いて、クリアな目で見てみれば、女性が男性より劣ってるなんて、迷信に過ぎないってわかるぜ。自由になるってのには、そんな心の自由ってのも大切だ。
そう、女は世界の奴隷じゃない。むしろ女を軸にして回ってると俺は思ってるくらいだ。
なにしろ、うちの連れ合いは、俺なんかよりよっぽど稼いでるんだぜ。俺は世間じゃひもだって思われてるくらいなのさ。働いてるって力説しても、趣味で働いてるとしか思われないくらいだ。冗談じゃない、こちとら寝る間も惜しんで働いてるってのに。思わず笑えてくるぜ。
とはいえ、俺の腕は、女を殴ったり鞭打ったりするためにあって欲しくはない。自分の女を守るためにこそ、この腕を、拳をふるうべきだ。もちろん、そんな物騒なことにならないのにこしたこたぁないんだがね。ニュースを見れば、物騒な話ばかりの昨今だ。とりわけ俺のすむ町は治安が悪い街だからな。覚悟だけはしておかないとね。
読者諸君、失礼する。俺は決してイスラム教が嫌いなわけじゃないけれど、ムスリムの皆さんにもぜひ、女性に対する扱いは時代に即して見直していただきたいと願ってるのさ。
また会おう、御機嫌よう。

2011/09/28

Post #319 Children of Bruxelles

うむ、明日から一週間ほど出張だ。東京だ。まだ荷物もまとまっていないんだ。大忙しだ。
なので今日は、さらさらと流させて頂くぜ。
Bruxelles
ブリュッセルの朝早く、子供たちが手を取り合って歩いていた。子供たちは見慣れぬ東洋人の俺を見て、興味津々だ。
子供ってのは、どこでも可愛らしくっていいもんだねぇ。
子供たちは、俺を見てなぜか『ぴとん、ぴとん』と口々に騒いでいたぜ。ぴとんってなんだ?
俺の脳裏にはダイキンのクーラーのキャラクターぴちょんくんが浮かんでいたが、俺を見て、ぴちょんくんは連想しないよな。
Bruxelles
読者の諸君、分かるかい?俺はそん時は分かんなかったんだが、何日かして分かったんだ。ぴとんってのは、PYTHON=パイソンのフランス語発音だ。
子供たちは、俺がはいていたパイソン柄のスキニーデニムを見て、びっくりして『へびだ、へび!』だって大騒ぎしてたって訳だ。ふふふ・・・、ブリュッセルの坊ちゃん嬢ちゃんには、俺はいささか刺激的なおじさんだったようだぜ。
まぁ、この日本の国じゃあんまり人気ないんだけどね。
では読者諸君、失礼するぜ。また会おう。

2011/09/27

Post #318 一体ぜんたい!

秋の気配が深まってきたぜ。俺のブラック・ミュージック・マイブームも上げ潮だ。
今日はマービン・ゲイでどっぷりだ。仕事をしながらも、つい口ずさんでしまう。
♪Oh  I Need Your Love, I Don't Wanna Wait, I Can't Wait...♪なんてね。
これを日本語に訳すと結構恥ずかしーんだぜ。
なんて言っても、♪おぉ、お前の愛が欲しい、俺は待ちたくない、待てないんだ♪だぜ。
どうだい、素敵だろう。

マービン・ゲイ、アル・グリーン、サム・クック、オーティス・レディング、ステーヴィー・ワンダー、ジェイムス・ブラウン、カーティス・メイフィールドetc…。
数え上げたらキリがないほどだ。素晴らしい、リズム&ブルースの、ソウルの綺羅星だ。
その厚みとぬくもりのある音楽、そして何よりそれぞれに個性的な深みとコクのある歌声、まるでコーヒーの宣伝みたいな月並みな言葉だが、ホントーに心に響く歌声だ。
若いころには解からなかったかもしれない。しかし、年食った今はよくわかる。
サイコーの楽器は人間の声だと確信に至るぜ。嘘だと思うんなら、君も聴いてみるとイイさ。俺は現場の行き帰り、車の中で大音量で聴いては、心が震える心地だぜ。思わず、カンドーの涙が頬を伝うが、ハンカチーフはいらないのさ。俺の涙が流れるままにして欲しい。せめて、独りきりの車の中ではね。
そして、彼らが歌うのは、愛だ。そう、その多くはラブソングだ。
Yeah! 愛し合ってるかい!キヨシローでおなじみのこの言葉だって、本家はオーティスレディングなんだぜ。
Paris
OK、覚えておいてくれ。ラブソングは、小娘アイドルやひょろっとした坊やたちだけのものじゃないんだぜ。ホントーのラブソングは、それなりに人生経験を積んできた、挫折や悲しみも知った大人の男が歌うものでもあるんだぜ!極上のブラック・ミュージックがそれを教えてくれるぜ。
あ、R&Bっていうと最近の薄っぺらなアメリカのPOPミュージックを連想してしまうが、俺の言ってるのは、そんなヤワでチャライもんじゃないぜ。
デカくて、ぶっとくって、腰もあれば、粘りもある。流行り廃りの激しい現代社会で、忘れ去られることもなく、輝き続けてきた魅惑の音楽だ。間違ってもらっては困る。
あぁ、あの頃の黒人ミュージシャンたちのカッコ良かったことと言ったら、無いぜまったく。

しかし、今のアメリカで黒人音楽とされているのは、酷過ぎる。哀しくなってくる。
人相の悪い小太りな連中が、だらしない格好で、金ぴかのネックレスやブレスレットをジャラジャラつけて、指をおっ立てて、つばを吐き散らさんばかりの勢いで怒鳴りまくってる。
何を?大方は、女とのセックス、金、ドラッグの三拍子。そして、必ず俺を舐めたらただじゃおかないぜって風情だ。その後ろじゃ、やたらケバいメイクに、男を誘うような表情を浮かべた露出過多の女が、くねくねしてる。お前等、おかしいじゃないのかって言いたいぜ。
飲み屋なんかで、そんなPVが流れていると、気分が悪くなって、一瞬でも早くその店からトンズラしたくなる。酒が不味くなるとはこのことだ。やってる方も、それを見て喜んでる方も、どいつもこいつもIQが低いんじゃないかって不憫になるぜ。もっといい音楽を聴いてほしいぜ。そんな荒んだ人相じゃ、人生が台無しだ。
Paris
夜の繁華街で仕事をしていると、よく見かける黒人のアンチャンがいる。真夜中の2時3時にハマーにのって、くそデカい音でやたらビートを効かせたヒップホップをかけながら、通りを流しているマレ歌のような腕をした奴だ。まるで、往年のアブドゥーラ・ザ・ブッチャーを思い出す。歳がばれるぜ。
一体何をしたいっていうんだ、お前は?それで日本人のバカ女をひっかけるつもりかい?カッコ悪いぜ、俺の価値観からしたらな。
あの頃のカッコ良かった黒人達は、ブラックメンは、お前さんみたいにぶくぶく太っちゃいなかったし、威圧的でもなかったさ。いつも柔和な微笑みを浮かべていた。そして時には、世の中を覆う不正義に憤り、厳しい顔をしていたぜ。しかし、それでも未来は明るく、私たちは困難を乗り越えることができる、We Shall Over Come!と歌っていたぜ。
本当に強い男ってのは、そういうもんだろう。チンピラ同士の縄張り争いみたいな強がりじゃなくて、自分たちの権利と幸せを求めて、歌だけを武器に戦っていたんだぜ。優しくて、強い男たちだったんだ。だからこそ、本当のラブソングが歌えるのさ。何十年、何十光年離れていても、その星々の輝きは消えることはないのさ。
本当の黒人音楽は、本当に心を打つようなブラックミュージックは、もう残っていないのだろうか?
傷ついた心を抱えた人々を、ゆったりと優しく包み込むようなヴァイブレーションを放っていたあの音楽は、失望のどん底に苦しむ人々を勇気づけてくれた音楽は、一体どこに行ってしまったのか?誰か教えてくれ。一体ぜんたい、どうしてこんなひどいことになっちまったんだ。誰か教えてくれ。