2012/02/23

Post #468 23/Feb /2012


Amsterdam
どうにもこう、明けても暮れても仕事ばかりじゃ、青春が台無しさ。
まぁ、もっともこちとら、とっくに青春なんて年齢ではないけどね。このブログも暇をぬっていくしかないんだよねぇ。やれやれ。
毎日働いていると、すぐにうんざりしてくる。こんなことをするために生まれて来たんじゃないぜって思うのさ。
もっと知らないところに行って、見たこともないような人々の暮らしを見てみたい。ネットやテレビやガイドブックには載ってない経験をしてみたい。出来れば写真におさめて、雨の日なんかに、じっくりプリントしてみたい。忘れかけた頃に、そうして遥かな国の、二度と赴く事のない路地裏に当たっていた陽射しを、流れていた匂いを、吹き渡っていた風を、髪を揺らして歩み去っていった、言葉も通じない娘さんを、プリントしながら思い返すんだ。
現実逃避?どちらも抜き差しならない現実さ。そういったことに現実味を感じるかどうかは、自分次第だろうよ。そして、すべては人生の儚い暇潰し穀潰し。その意味じゃ、すべては、日々の暮らしも、旅での経験も、儚いマボロシなのさ。あとには、写真だけが、ベットに残った女の温もりのように残るって寸法なのさ。
失礼する。まだまだ忙しいんだ。いつまでもこうしちゃいられないのさ。

2012/02/22

Post #467 22/Feb/2012

Paris
いつかの街角にて。
永年にわたって、サラリーマンとビジネスマンの違いについて研究していたのだが、最近はっきりと解かった。
サラリーマンは上から言われたことを、言われたとおりに遂行する。ビジネスマンは自ら仕事をプロモートして、自分で考えて動く。サラリーマンはいつだって、極力自分の責任を回避しようとする。ビジネスマンはリスクを考慮し、十分に利益が出ると判断すれば、自らの責任で判断を下す。
世の中とかくMBAだとか資格だとかが喧伝されているが、それ以前に必要な、人間としての素養があるのではないかと思うが、どーだろうか?
それは、自分のケツは自分で拭くということだ。
どいつもこいつも、責任がとれないといっちゃ、物おじしてばかりで、何時もなんにも進みやしない。びしっとけじめをつけてやってみるがいいさ。
俺のばあさんのおじいさんは、九州の小さな村の村長だった。村野助役が村有林の木を叩き切って売りとばし、ひそかにそのあがりを横領していたことが発覚したときに、そのじいさんは切腹して死んだんだ。
どいつもこいつもビビりやがって、切腹覚悟でやってみやがれってんだ。今の世の中、そうそう命まではとられやしないさ。
そう、自分の想うように生きていきたいんだったら、自分のケツは自分自身で拭くってことを忘れてはいけないぜ。
読者諸君、失礼する。俺はもじもじと責任をうやむやにしたがる連中に、取り囲まれている。だから
心底うんざりしているのさ。

2012/02/21

Post #466 21/Feb/2012

Paris
遂に、身体の方がギブアップしてしまった。毎度おなじみ痛風だ。
昨日の朝、居間の床で目を覚ますと、左足のいつもの場所がいつものように痛んでいた。俺の体のほうが、精神より先に降参しちまったって訳だ。
けど、俺は朝いちばんで医者に行き、痛み止めの注射をケツにぶち込み、薬をしこたま処方してもらうや否や、スカルの握りのついた杖を携えて、車に乗って出撃したんだ。車の運転には、左足はさほど重要じゃないからな。痛風の発作が出ると、いよいよ仕事も佳境だって気がしてくるぜ。
ああ、けど今の俺は、ただただ眠りたいのさ。