2012/06/28

Post #578 おかしなコインランドリー

俺の泊まっているビジネスホテルには、何故かコインランドリーがない。不便なことだ。このホテルときたら、とても2010年代とは思えない。ネットもADSLで遅いしな。いや、言っちゃ悪いがこの小田原という町も、どこか昭和なカンジが濃厚に残っている。タイムスリップしてしまったかのようだ。ホテルの周囲には、夜になれば場末感むんむんのキャバレーの呼び込みのおっさんが、あちこちにつっ立ていいる。それも、今時のホストのような小僧じゃなく、目つきの鋭いおっさんたちだ。
俺は労働の臭いの染みついた洗濯物を袋に詰め込み、そんなおっさんたちを振り切るようにして、裏通りのコインランドリーに行ってみた。
洗濯機は3台しかない。俺は止まっている洗濯機からいかにも労働者ってカンジのつなぎを取り出し、自分の洗濯物を洗った。しかも、洗剤は無い。困っていると、もう一人のお客さんが分けてくれた。ありがとう。
洗濯している間に、飯でも食いに行ってくるつもりだったが、洗剤をわけてくれた俺と同年代の男性と世間話をして過ごすことにした。そんな夜も悪くない。少なくとも、場末のキャバレーに行って1時間5,000円払って、おつむのたりない女と糞下らねぇお喋りをするよりもずっと素晴らしい。
Osaka
そのコインランドリーには、洗濯機は3台しかなく、一台は壊れていたのだが、何故かマンガや小説は腐るほどあった。枕草子やボーヴォワールなんかもあったくらいだ。とりわけ、店主が力を入れていると思しきは、よくコンビニで売っている『ねこぱんち』だ。これが何十冊とある。きっと店主のお気に入りなんだろう。店主はきっと猫の好きなおばさんに違いない。しかし、お互いの仕事のことなんかを当たり障りなく話し合う俺達には、とりあえずは不要だ。
そこには何故か連絡ノートのようなものがあって、ヒマに任せた人びとが、感謝の言葉を書き込んでいたり、末永く経営してほしいと希望を述べてみたりしていた。無人駅や、昔のラブホテルなんかにあるようなノートだ。
会社の寮の後輩が転勤するので、後輩とここに来るのはこれが最後ですなんて書き込みもある。まるで、ブログを見ているようだ。なかには、1ページにわたって近況を書き込んでいる人もいれば、ホームレス生活25年という仙人のような人の書き込みもあった。驚きだ。しかし、俺の驚きはそれだけにとどまらない。ノンストップ状態だ。
それ以上に驚くべきことに、その書き込みの一つ一つに対して、店主は赤のボールペンで、コメントというか返事を書き込んでいたりするのだ。この乾ききったネット全盛の時代に、これは神秘的なまでの驚きだ。このコインランドリーを軸に、小さなコミュニティーが形成されている。どうよ、この町、昭和の香りがするでしょう?
しかし、そんなのはまだ序の口だった。
俺が一番驚き、疑問に思ったのは、マンガが並んでいる3段ボックスの一番下に、何故か妙に場違いな、黒い装丁の大判の本を見つけたことだ。
それは一冊の洋書だった。
ドイツの名門写真集出版社、STEIDL刊 泣く子も黙るシャネルのデザイナー・カール・ラガーフェルド御大が、自ら撮り下ろしたポートレート写真集 『The Little Black Jacket』がそこに、ほこりをかぶって転がっていたんだ。
だって、あのSTEIDLだぜ?!
オリジナリティーがあり、完成度の高い写真家の作品しか、STEIDLは出版しようとはしない。STEIDLの社長のもとには、毎週何十人もの写真家が作品を持ち込んでくる。しかし、社長が気に入って出版するのは、ほんの一握りだ。その辺に転がっているようなありきたりの写真家では、門前払いだ。
STEIDLは、このコスト最重視のご時世にあって、装丁、紙質、印刷、その全てにコストを惜しまず最高のものを作ることを社是としている。まるで大昔のカメラのように、最高の素材を使い、最高の技術で、コストを顧みることなく完成度の高い商品を作れば、宣伝なんかしなくても、消費者は金を惜しまず買ってくれると確信しているかのようだ。
もしも俺が職業写真家なら、STEIDLから写真集が出版されるというのは、ちょっと堪えられないような名誉なことだと思うぜ。俺はSTEIDLの写真集ってのは、どれも素晴らしい出来だと思ってるんだ。ちなみに、調べてみたところ、この写真集、気になるお値段50ユーロ。ただし、メーカー在庫はなさそうだ。ということは、50ユーロでは手に入らないものだということだ。もっとも、この手の洋書が日本に入ってくると、何故かその値段は一挙に跳ね上がる。ノミのジャンプのようだ。俺の見立てでは、1万5000円くらいはふんだくられることだろう。
俺の頭には、サングラスをかけ、トレードマークの扇子で口元を隠しているカール・ラガーフェルドの姿がはっきりと浮かんでいるぜ。
俺は連絡ノートに書き込んだよ。
『どうしてこんな素晴らしい写真集が、こんなところんにひっそりと、しかもホコリを被って置いてあるのですか?これは重度の写真好きの本棚か、マニアックなカール・ラガーフェルドのファン(それは間違っても、シャネルのロゴが付いているというだけで、シャネルのバックを欲しがるようなバカ女ではないだろう)の本棚に、大切に収められているような本です。少なくとも、ねこぱんちやヤンキーが主人公のマンガのなぜか8巻だけと、コインランドリーで同居しているような本ではないと思います。』
さてさて、店主のおばさん(だと思う)がどんな書き込みをするのかが、がぜん楽しみになってきた。ついでに、『洗濯機5号は故障しているようです。脱水がされません。この洗濯機を使っていたお客さんは、したたか酔っ払っていたので、気にせず笑って帰って行きましたが、修理をなさるか、使用停止するのが妥当だと思います。』とも書いておいた。
で、カールの写真はどうだったかって?まぁ、そこそこだったねぇ。言うなればファッション写真だな。
少なくとも、俺の好みではないよな。

読者諸君、失礼する。犬も歩けば棒にあたる。人生、どこでどんなことが起こるのか、分からないもんだぜ。

2012/06/27

Post #577 写真は熱くならないモノさ

うぅ、つかれはてた。肉体精神ともに疲労困憊だ。今時は、身体使って、頭使って、気も使って、金は使うなってもんだ。勢い疲れもするってもんだ。だったらとっとと眠ればいいようなものだが、そうはイカン。俺にも矜持がある。そうは言っても、いくら出張してるからといって、朝昼晩とセブンイレブンのお世話になっているってのは、どうんなもんだろう。いただけないねぇ。
で、昨日の夜のことだ。もそもそと宿でTVを見ながら、肉団子弁当を詰め込んでいた。TVではNHKのクローズアップ現代がやっていたんだ。俺はほとんどNHKしか見ない。芸人と呼ばれる連中が内輪ネタで笑い転げたりするようなものを見ているほど、俺は暇じゃない。俺はもっと真剣なコメディーが好きなんだ。真剣に馬鹿なことをやるという姿勢に好感が持てる。人間、そうでありたい。
で、現代社会の様々な問題に焦点を当てる硬派な報道番組が取り上げていたのは、脱法ドラッグだった。
Tokyo
こんなに浮浪困憊すると、ユンケルとかを通り越して、そんなものに頼りたくもなるのは気持ちとしては分かるが、酒もドラッグも、いかなる問題も解決はしてくれない。むしろ、問題の原因になりがちだ。俺は問題が生じると、宇宙から見れば、取るに足らない問題だし、俺にとって大問題でも、いずれは死んでゆく身だから、まぁ、なるようになればいいと自分に言い聞かせる。
もし俺がロックミュージシャンだったら、アシッドをキメテ、フルテンでギターを鳴らすと、スゲーもんができるような気がするかもしれない。
しかし、俺は写真を選んだんだ。残念ながら、写真に選ばれた訳ではないがね。
写真は、らりぱっぱーになってちゃ、撮ることもできない。モチロン、プリントすることもできない。集中力と持続力、空間認識力と空間構成力が求められる。訳の分からん化学物質によって脳みそをかき回された状態で、そんなアビリティーは発揮できないってもんだぜ。
若い頃さんざんクスリをやりまくっていた忌野清志郎も、イイおっさんになった後には、『ドラッグでできるもんなんかたかが知れている』とおっしゃっておいでだった。Ok、俺もイイおっさんの年齢だ。本当にそう思うよ。ゲージュツ家には丑三つ時が大切だなんてことも言っていたな。一人夜中にプリントしていると、ビシバシに冴えわたって、自分が天才になった気がしてくるほどだ。まったく丑三つ時サイコーってカンジだぜ。
天才アラーキーはカッコいいことを言っていた。記憶によって再現すれば、『写真は熱くならないんだ。どんなに熱くなっても、シャッターの音でさめちゃうんだよね』そんな様な事を言っていたっけな。確かにそうかもしれないと思う。
まったく今更、脱法ドラッグなんてアホらしくて付き合っちゃいられないぜ。そんなもんで浮かれてちゃ、写真道楽はできっこないんだ。善人ぶって言ってるんじゃない。熱い心と冷静な頭脳と、俊敏且つ持久力の備わった身体。俺の思い描く写真にはそれらが全て必要なんだ。とはいえ、パイプでタバコを吸ってると、そういう人に見られがちな俺なんだが・・・、まったくいやになっちまうぜ。

読者諸君、失礼する。明日も俺にはキツイ男の仕事が待ち受けている。たまらないぜ。