2012/07/01

Post #581 眠りたいのに眠れない夜

仕事は激戦区を脱してきた。この土日はどうやら消化試合だ。流せるときは流しておこう。
早々に宿に引き上げ、シャワーを浴びて、夕食を喰いに街に出る。もうコンビニ弁当にも飽き飽きだが、脂ぎった料理にも食傷気味だ。まぁ、いずれも豚のえさに毛が生えたようなもんだ。贅沢を言っちゃいけない。駅ビルの中に讃岐うどんの店があった。これはイイ。俺の前にはヨーロッパ人のカップルが並んで『It's very cheep restaurant!』とか言って喜んでいる。財布にも優しいが、おなかにも優しそうだ。英語のできるおばさんが、注文を手伝ってくれている。俺はトッピングしたいなんら、そっちから選ぶんだよとか教えてあげた。
うどんを喰って満足した俺は、宿に戻るとうとうとと眠りにおちた。
しかし、その眠りはやがて覚まされることになる。
このホテルの地下一階はライブハウスかなんかなんだが、これが土曜の夜だってことで現在深夜2時過ぎだというのに、どんがらやっていやがる。音としては聞こえないようになってはいるが、どうにも鳴り響いているだろう低音が低周波になって、俺の敏感な感覚にガンガン響いてくる。
眠れぬ。
Osaka
こんな時はどうしたらいいんだろうねぇ。耳栓をしてみたが、耳で感じてるんじゃなくて、魚が側線で潮の流れを感じ取るように、身体の芯で感じているものなのでどうしようもない。すぐそばのセブンイレブンに行って、ビールでも買ってきて、かっ喰らって寝るか?それはいかん、明日の男の仕事に差し支える。痛風の発作も懸念されるぜ。
ここはひとつ、方向性を替えて無理に寝ようとせずに、夜の散歩でもしてみるかい?深夜徘徊の不審者として職質されてしまうか?それともいっそ、金は貯まってないが疲れは溜まったこの体で、乱入して、朝まで一緒になってはじけまくってくるか?
難しい問題だ・・・。明日も俺は朝早くから仕事だっていうのに・・・。

読者諸君、失礼する。一体ぜんたい、地下のどんちゃん騒ぎはいつまで続くのか?というかビジネスホテルの地下に、そんなものがあるのって、そもそもどうなのよ?俺はそこんところがヒジョーに疑問だぜ。

2012/06/30

Post #580 今夜は眠いので

今夜は眠くて仕方がない。朝5時起きだったんだ。仕方ない。俺は機械の星のマシンじゃないし、覚醒剤もやってない。時には疲れて眠りたくなるのも当然さ。
だから、もう寝かせてもらおうか。どうせ起きていても、寝言のようなことをダラダラと書き散らしているだけなんだもの。毎日あれじゃ読む方だっていい加減疲れてくるんじゃないのか?俺は疲れてるぜ。
Kyoto
そんな訳で、失礼する。諸君、よい週末を過ごしたまえ。俺はもちろん、お仕事さ。クソッ!隣の部屋からスゲーイビキが聞こえてくるぜ。気になって眠れやしないぜ!
これが人生さ、ロックンロールさ。

2012/06/29

Post #579 Just A Woman

俺がリスペクトしてやまない偉大なる写真家、天才アラーキーこと荒木経惟は、常々、『あたしにいわせりゃ、女を撮らない写真家は一流にはなれないね』とおっしゃっている。確かに、うんざりするほどあるアラーキーの写真集には、女性を扱ったものがこれまたうんざりするほどある。21世紀の世之助だ。そう、好色一代男ね。
しかし、単なるポルノグラフィではない。それは世にあまたあるその手の雑誌や、一般的に美しいモデルをことさらに官能的に撮影した写真集とは違って、女性の本質的なところに突き刺さっている。
例をあげればきりもないが、決して美しいとは言い難い体の線の崩れた人妻を、ライフワークのように撮り続ける『人妻エロス』や、乳がんで乳房を切除した歌人の宮田みどりのヌードを撮った(彼女はその後、癌を再発させ死んでしまった)『乳房、花なり』。ストリッパーの女性の日常風景を写した『東京旅日記』、腐るほどある。
そして何より妻陽子との結婚と死別を正面から撮りきった『センチメンタルな旅・冬の旅』。これらを見ているだけで、女性の本質とは何か、考え込んでしまう。

見えるものを撮るものが写真だが、見えるものを通じて、見えないものに思いを馳せることができるのも、これまた写真なのだ。

大事なことなので、大きく書いといた。
それにあやかろうって訳ではないが、俺は女を撮るのが好きだ。

むしろ、街を行き交う女性以上に撮るべきものなんかないような気すらする。

蛇足ながら、ここ最近、出張に出てから、このブログにアップされるのは、女性の写真ばかりだと、賢明な諸君は気が付いているだろうか?別に、人恋しかったりするわけでもないが、まぁ、そんな気分って訳だ。
おっと、ホモの人は気を悪くしないでくれよな。
何故って、人間に興味があるのだが、人間には大きく分けて二通りある。一つのグループは男で、もう一つのグループは女だ。そして、神様が念入りに形作ったのは、間違いなく女だ。俺は神様のゲージュツ的な営みを素直に賛美したい。もちろん、中には里芋の煮っ転がしのような手合いもいるのは確かだが・・・。
あの美しい曲線的なフォルム。実に魅力的だ。まるで人生を駆け抜けるエアロフォルムのスポーツカーのようだ。思わず乗り回したくなってくる。
残りのもう一つのグループの皆さんは、残念ながら、余り美しくない。ごつごつしていてたり、骨ばっていたりして、どうにもいただけない。昔のボルボや冴えない営業車や実用一点張りのトラックみたいだ。あまり乗りたいとは思えないぜ。きっとサスもシートも堅くって、乗り心地もイマイチだろうよ。神様は、女を造形するのに疲れて、テキトーに捏ね上げたんじゃないかって思えてくるぜ。
あぁ、こんな事を書くと、また一部のホモの人が食って掛かってくるんだろうか。
仕方ない。
俺はホントーにそう思っているんだから。外野が何を言おうが、カンケーないぜ。
Osaka
俺はホテル帰って、シャワーを浴び、給油同然の食事をしに夜の町に出る。
外では、二人のキャバ嬢が、時代遅れの安っぽいドレスにカーディガンを羽織って、酔っ払ったようにふらふら歩いている。そして、ふざけあってお互いのミュールを、相手に蹴り飛ばしてぶつけている。呼び込みの強面のおっさんたちがそれを見てへらへら笑っている。
そして、俺はその間を悠然と歩く。
しまった。カメラをベルトに通したケースに入れておかずに、手に持っているべきだったと内心悔しがりながら、そんな嬌声などまるで聞こえていないような超然とした顔で大股に歩く。
ふと、そのうちの一人と目が合う。彼女の表情には、思わぬところを見ず知らずの男に見られたという驚きの色が浮かぶ。俺は、安っぽいネオンに照らされた女の、まだあどけなさが残る顔を、一瞬で脳裏に刻みこむ。
そんな時、俺はいつも思うんだ。

そう、彼女がどんな人生を歩み、これからどう年を重ねていくのか?どんなささやかな喜びとちっぽけな悲しみを抱えているのか?

その一瞬で、イエス様のように読み取れたならいいのにと思う。

それが出来ないから、写真を撮りたくなる。

写真は、目に見えるものを写すモノだけれど、それを通じて、写真には写らないモノに思いを馳せたい。俺はそう思う。
そういえば、大昔、俺がまだモヒカン生徒会副会長だったころ、ブルーハーツのヒロトはこう歌っていたっけな。

♫ドブネズミ みたいに 美しくなりたい
写真には 写らない 美しさが ある
だったっけ?
写真には写らない、その美しさを撮ることが出来たなら。その方法さえあれば・・・。

読者諸君、失礼する。明日も朝早い。いつもながら、こんなことをしてる場合じゃないんだ。俺は疲れ切ってるのさ。