2013/07/16

Post #877

Kuta,Bali,Indonesia
出来ることならば、自分の写真からカメラというものを消してしまいたい。
旅行に行ってみると、さすがにどこも観光地だけあって、世界中から集まった連中が、同じように半ズボンにTシャツ姿で、キャノンやニコンのデカいデジカメを下げている。
おれもそんな風に見えているとしたら、かなりいやだ。
第一、一日中あんなデカいの下げて歩いてたら、疲れちゃうってもんさ。

肉眼レフという言葉をテーマに、以前書いたことがあったけれど、出来ることなら、カメラなんて無粋なモノなしに、裸眼で世界に対峙出来たらと思う。
せめて、手のひらをかざすと、写真が撮れるくらいがイイとも思う。
(あっ、手かざしとか言っても、俺は真光の信者さんなんかじゃないんで誤解の無いように。昔は公園でのんびりしてたりすると、『あなたの健康の為に祈らせてください』とかって、よく来たもんだけど、最近めっきりみないな。)

もちろん、そんな便利な機能が搭載された身体ではないので、カメラが無ければ写真はとれない。

そこで、手のひらにすっぽり収まるような、20世紀末に流行った高級コンパクトカメラを使い続けているという訳です。35ミリf2.8のゾナーとTRY-Xがあれば、俺の写真には充分だってことさ。

久しぶりに仕事をして、何だかとてもくたびれた。職業=旅行家なんてのがあったら、喜んで転職したいもんだが、なかなかそうそうおいしい商売は、ないよな。

読者諸君、失礼する。

2013/07/15

Post #876


Fes,Morocco
暑い日が続いている。おかげでやる気になれやしない。
だから、今日はこれだけにする。街に出れば、暑いし、何より言葉の定義もあいまいな選挙の候補者たちの下手糞な演説を耳にしたりして、吐き気を催すので、御免蒙る。
原理原則をないがしろにしたところで、何を論じても、論議が噛み合うはずもない。
自分たちの主張することを、まず第一に自分たちが率先して出来るか否か。原理原則も無ければ、本気の覚悟もあるんだかどうだか。
世間虚仮とはこのことさ。

読者諸君、失礼する。俺達日本人に本当に必要なのは、堕落と絶望と苦しみなんじゃなかろうかとも、思えてくるぜ。

2013/07/14

Post #875

Istanbul,Turk
ジタンのハコに描いてあるジプシーの踊り子のようなスカートをはいたロマの少年が、友人のパーカッションに合わせて踊っていた。
カメラを向けると、自分の足元のハコに金を入れろとでもいうように、叫びをあげた。
写真とは、撮るものと撮られるものの絶え間ない緊張と、断絶、そしてその上での理解というものが、あるように思える。
遠い夏の旅だった。
読者諸君、失礼する。