2014/06/27

Post #1178

Budapest,Hungary
公明党さんには、がっかりだ。
外務省にも、心底うんざりだ。

読者諸君、失礼する。

2014/06/26

Post #1177

Istanbul,Turk
俺たち日本人は、島国で、大昔から単一民族でやってきたように思っている。
もちろん、それは今日の東北地方や北海道の異族を平定し、同化してゆく長い過程があったことを意識的にオミットしたうえでの発想だ。もちろん沖縄然りだし、古いところまでさかのぼれば、今日の天皇家へと続く大和朝廷の歴史は、各地方に割拠する異族を武力で制圧するという道程があったことは覚えておいてもいいと思う。
まぁ、それを踏まえたうえで、もう一度。

俺たち日本人は、この日本列島という国土と民衆の集合=クニと、統治機構である国家というのを一体不可分なものとして考えているようにお見受けします。
しかし、それは明らかに区別されるべきものなんだ。

たとえば、太平洋戦争敗戦を境に、日本は全く違う国家に切り替わっている。国土も民衆もおなじなんだけど、統治機構としての国家は全く違うわけだ。
それ以前は、天皇を主権者とするいわゆる立憲君主制国家だった。
国の名前を大日本帝国といった。
そして、敗戦によって生まれ変わったこの国家は、国民(本当は人民って言いたいんだけど)を主権者とする民主主義国家になった。
国の名前を日本国という。

ぜんぜん別の国家だ。

しかし、名前も国土(もちろん、満州や樺太、台湾も朝鮮半島も、そして地上戦が行われた沖縄までも失ったけれど)もそんなに変わらないので、同じクニだと錯覚しそうだが、国家の形態としては、全く違う。天皇は神から人間に、国家の主から国民統合の象徴になった。

そうして曲がりなりにも平和な70年が過ぎ、この日本国という国家の名の下で、誰一人戦場で殺されたものはいなかった。素晴らしいことだ。
武器を輸出することも禁じていたので、日本人の作った武器で、この70年殺された奴は、世界にはいなかった。

殺しあうよりも、愛し合う方が俺の趣味に合っている。不満はいろいろとあるが、大筋ではこの国家は悪いものじゃなかった。

で、いま、『日本をとりもどす』というスローガンを掲げて、国家の中枢を握った安倍晋三と自民党は、憲法解釈は自らの責任でと嘯き、この国家の方針を、強引に変えようとしている。

彼等が取り戻したいのは、戦前戦中の大日本帝国なんだろうと、俺は思っている。

冗談じゃない。そんな時代錯誤な男を、経済最優先、つまり目先の利益につられて、この国の人民は選び、彼に権力を与えてしまったわけだ。

国家とはなにか?ニーチェは古代の哲人ツァラトゥストラの口を借りて、ズバリこういってるぜ。
『国家とは、すべての冷ややかな怪物のうち、もっとも冷ややかなものである。』
(手塚富雄訳「ツァラトゥストラ 第一部 新しい偶像より)


国家なんてものを、あっさり信じてはいけない。

読者諸君、失礼する。この国家は、いま静かなクーデターに見舞われているんだ。誰にも止められないのか?

2014/06/25

Post #1176

Istanbul,Turk
便利になれば、見落とされるものがたくさんある。
5年ぶりくらいに熊野地方に足を延ばした。
久しぶりに行ってみると、高速道路が思いのほか伸びていて、かつて5時間近くかかったのが、3時間半ほどで行けるようになっていた。
便利なことこの上ない。仕事で行く際には、とても助かるだろう。
けれど、ぶらぶらと気ままな旅をするのには、高速道路は効率的過ぎて思いもよらないものに遭遇することもない。途中の風景も、ほとんどがトンネルと高架なので、楽しむ余地もない。
何かしら物足りないのだ。
まぁ、何時だって俺の旅は、大まかな行先だけ決めて、細かいところは行き当たりばったりだ。それでこそ、思いもよらない風景や見も知らない人との出会いがあるというものだ。
人生だっておんなじだろう。効率ばかり追い求めていたんじゃ、味気ない人生になってしまうんじゃないかい?紆余曲折があったほうが、人生も旅も思いで深いものになるんじゃないのかい?

旅先でいろんな人と話をすると、素直に高速道路が延びたことを喜んでいた。土地の人々がどこかに出かける際には、とても便利に感じるだろう。けど、その高速道路が通ったことで、今まで古くからの国道沿いで道行く人々を相手に営まれていた商売は、大きな打撃を受けることだろう。素直に喜んでいいとは思えないぜ。
だから俺は、高速を走るのはほどほどに抑えて、空いた時間で今まで走ったことのない道を通ってみた。
複雑な海岸線に沿った国道を走ると、ひっそりとした小さな漁村が、浦々に点在している。どこも道は狭いのだけれど、何とか止められそうなところに車を止めて、ひっそりとした村を、訪れる人もない神社を訪ねてみる。
それは、素敵な時間だ。
行きあった人に声をかけてみたり、声をかけられたりして、いろいろと話してみる。ソフトクリームひとつ買うのに、ただお金をやりとりするだけで終わるのは、確かに効率的だけど、そこで話し込んでみると、なかなかに面白い話が聞けたりもするものさ。
効率的なだけじゃ、人生の楽しみは半減だぜ。仕事には公立ってのは大事かもしれないけれど、人生には、寄り道、抜け道、廻り道が絶対に必要だと、俺は思ってるぜ。それはどこか、デジタル全盛のこのご時世に、あくまでモノクロフィルムで、自家プリントにこだわる俺の姿勢にもつながってるように思う。


読者諸君、失礼する。俺は、たった一回の人生を、じっくり味わっていきたいのさ。そう、何時だってこの瞬間は二度とないんだ。俺は俺のやり方で行けるところまでいかせてもらうさ。