2015/06/11

Post #1527

Hamburg,Germany
安保法制を巡る、防衛大臣だの官房長官だの、内閣法制局局長だのが抜けしゃあしゃあと垂れ流す、白いものを黒と言い張って憚らない態度に、呆れてものも言いたくないぜ。
国民を馬鹿にするのも大概にしてほしいぜ。
そういえば、馬鹿って言葉も、秦の始皇帝が死んだあと、大臣が二世皇帝の前に馬を引張て来て、あくまでこれは鹿だと言い張り、馬だという若い皇帝を、白痴のように扱って権力を自分のものにした話に由来してるんだ。
まさに、俺たち国民はアメリカの戦争のお手伝いをして誉められたい連中に、馬鹿扱いされているのさ。
言っとくけど、俺は政府与党のやり口には反対だ。三権分立も立憲主義もゼンゼン分かってないんだからな。

読者諸君、失礼する。バカバカしくてやってられないぜ。

2015/06/10

Post #1526

ヨーロッパ旅行の写真をプリントしていると、どうにも気分が沈む。
どうしてかな。北欧特有の薄ら寒い気候と、弱弱しい光のせいかな。
いやいや、陽光溢れるバルセロナの写真でも、そんな気にさせられるんだ。
光や気温のせいじゃないだろう。
人々の深刻そうな表情から、人が生きる、その幸せとは何かということを、暗室の中で考えさせられてしまうからだろうか。
いずれにせよ、写真が楽しくないってのは、俺にとっては辛いことだ。

けれど、去年の秋に行ったネパール旅行の写真は、そんな陰気な気分に陥ることなく楽しく焼けたし、愉しんでみることができる。出会った人々の多くが、笑顔だったからだろうか。

少し、自分の気分を変えてみたくて、久々にネパールの写真をお届けしよう。
Bhaktapur,Nepal
ゴムとびをする少女や、路地を駆け回って遊ぶ子供たちを写真に撮りながら、バクタプルの町の路地から路地へと流れるように歩き、ようよう夕闇が迫ってきたころ、どこからか人々が楽しげに謳う声が聞こえてきた。
アコーディオンや鈴の音とともに、男女が歌う声が聞こえるのだ。
見ればその声は、辻の真ん中にヒンドゥーの神を祀った祠のすぐそば、路地の角地に立った一件の建物から流れてくる。
俺たちは声につられて窓から覗きこむ。
そこは集会所か公民館の様な10畳ほどの部屋の中だった。
おじぃやおばぁが車座になって座り、日本でいうところの御詠歌を謳っているのだ。
何を言っているのか、俺たちには一言半句もわからないけれど、神様を讃える歌を謳っているのは、しっかりと分かった。
体を揺らしながら、楽しげに、鉦を叩き、太鼓を鳴らし謳っている。
誰もがニコニコしている。見ているこっちまで愉しくウキウキした気分になってくる。
すると、帽子をかぶったメガネのおじぃと目があった。おじぃはパーカッション担当だ。
おじぃはうなずき、謳いながら手招きする。
俺たちはちょっと躊躇ったけれど、面白そうなので遠慮しながら入り口に回り、靴を脱いで中に入った。
Bhaktapur,Nepal
小さな金属製のシンバルのようなものを叩きながら、経本の頁を繰っている一番奥のおじぃが、部落の長老だろう。その横に座る小太りのおじさんは、小さなシンバルを叩きながら、体をゆすって謳っている。ノリノリだ。
俺たちの座る向かいには、おばぁたちが3、4人座り、アコーディオンの様な楽器を弾いたり、トライアングルの様な鉦をたたいたりしている。

Bhaktapur,Nepal
何を謳っているのかさっぱりわからないが、ゆったりとした、懐かしい旋律だ。
節に合わせて手拍子を打つ。旋律に合わせてハミングする。いつの間にか、小さな拍子木の様な楽器が回されてきて、気が付くと、俺も一緒に叩いている。
上手くやろうと思わなくってイイのさ。
心地よい流れに身をゆだねていれば、自然と調子はあってくる。
心がほぐれて、暖かいヴァイブのなかを漂っていくのを感じる。

みんな、幸せそうだ。

一曲終わるごとに、果物や飴が回されてくる。
思わぬ来客のはずなのに、田舎の親戚の家に遊びに来たような気安さだ。こういう時に遠慮すると、場が白けちまうんだ。ミカンのような果物を、喜んで食べてみた。
おじぃたちは、あんたらどこからいりゃあたね?日本かね!そりゃええがね!なんてことを言って喜んでいる。
そのうち長老が、たどたどしい英語で、何か尋ねてくる。
このおじいはどうにも一座でも別格の存在のようで、この人が話すときは、他のおじぃやおばぁは静かにしているんだ。まるで校長先生のようだ。
長老の言うことを聞いていると、どうにも、『遠来の客人にお尋ねいたしたいのですが、わたくしども、スウィートなポテトなるものをこの地の名物にしたいのでありますが、それを英語で何というのか教えてほしいのであります』と言っているようだった。
俺たちは、そのスウィートなポテトとはいったい何だ?って、その場ではさっぱりわからなかった。そして、お互いに筆談したり、絵をかいたりして何とかそのスィートなポテトがどういうものか理解しようとしたんだが、どうにも見当がつかなかった。そして、長老に申し訳ないが、僕らは作物に詳しくないので、お答えすることができませんと答えると、長老はしょんぼりしていたっけ。
が、あとでよくよく考えてみたら、それはサツマイモのことだと思い至った。
英語名はもちろん、スウィートポテトだ。
長老、気が付かなくてすまなかった。
Bhaktapur,Nepal
仕事を終えたと思しきおじさんが新たに入ってきては、おや、外人さん来とんのか?みたいな表情を浮かべながらも、何事もなかったように空いた席に座ると、芋の話はまぁええで、つづけよまいか(あえて名古屋弁で書いてみた)と誰かが言ったようで、おじぃやおばぁたちは、また席に着き、楽器を奏で歌い始める。
もちろん、俺たちも拍子木を叩き、手を打ち、鼻歌の様にふんふんと旋律をなぞるんだ。

また、あったかいヴァイブがその場を包み込む。

御詠歌や念仏と、何ら変わりがない。日本人だのネパール人だの、そんな線引きも関係ない。
目には見えないけれど、その場に神様がいるんだろうってことが、はっきりと分かる。
神様は、俺たちが求めれば、実はどこにでもいるんだからな。俺はそういう感受性を持ってるのさ。なにしろ、若い時分に宗教にのめりこんで、山にこもって修行したりしてたくらいだからな。
神様がいるってことを、はっきり感じ取れてあたりまえだ。
Bhaktapur,Nepal
おじぃやおばぁの御詠歌に、なんだか変な外人が紛れ込んで、一緒になって謳っとるぞ!なんて噂が、狭い路地にはすぐ伝わるのか、窓から子供たちが覗き込み、じっとこっちを見ている。目を合わせて笑いかけると、照れくさそうに笑っている。
おばぁの孫の様な少女が、間を割って入ってくる。さっき外で見かけたゴムとびをしていた少女だ。

一緒になってどれだけ楽しんだことだろう。
おばぁの一人が、壁の(まさしく)神棚に祀られた神像に、賽銭をだすように言っているのがわかる。
おじぃの一人は、『そんなおみゃぁ、お客さんにそんなもん出さしてまってはいかんて』って、首を振っているが、おばぁは平然として『おみゃぁさんこそ何いっとんの。この人ら、わしらと一緒に神さんお祀りしたんだで、まぁはやこの人ら他所の人だないて、うちんたらの仲間だがね。だで、出してまったらええんだわ、これも何かの縁だで』なんて言っている。
そんなやり取りをしているのが、言葉は通じなくても、はっきり伝わってくる。
俺は、そりゃ『おばぁの言うとおりだわ、賽銭出さしてもらわないかすか』と、笑いながら名古屋弁でからりというと、たくさんの腕を持つ神像の足元に一枚の100ルピー紙幣を供えた。
神様の名はと問うと、おじぃやおばぁは満足そうに、口々に『ナラヤン』と答えた。
ナラヤンはヒンドゥー教の主要三神のうちの一柱、ヴィシュヌの化身だ。シヴァと並んでヴィシュヌは人気があるのだ。
きっと、このヴィシュヌの化身ナラヤンが、俺たちをこの場に導いてくれたんだろう。ありがとう。

さぁ、どこかおいしいネパール料理屋でも見つけて、晩飯にありつかないとな。俺たちは初めて会ったのに、懐かしいおじぃやおばぁ、そして子供たちに別れを告げて、すっかり真っ暗になった路地に出ていったんだ。

いま、こうして文章にして振り返っていても、あれは心の奥底から愉しいと思えるひと時だったよ。そこにはろくに電気もなかった。俺たち日本人が、最低限の生活に必要なものだと思っているもののいくつかが、きれいさっぱり欠落していた。けれど、あんな楽しそうな老人は、日本でも、そしてヨーロッパでも見たことなかった。そう、人間の幸せには、人と人のつながりが何より大切だって、俺はあの夜、改めて学んだんだ。


読者諸君、失礼する。できることならもう一度、あのおじぃやおばぁたちに会いたいもんだな。その時は君も連れて行ってあげたいよ。おっと、旅費は自分で用意してくれよ。頼むぜ。

2015/06/09

Post #1525

Barcelona
先日、この写真をプリントしていて、言いようのない憂鬱な気分に落ち込んでしまった。憂鬱な気分に引きずられるようにして、風邪までひいてしまったほどだ。

昨日話したバルセロナのカフェには、一台のスロットマシンが設けられていた。
そして、俺がカミさんとコーヒーを飲んでいると、一人の太った老女が店に入ってきて、カウンターに向かってなにやら注文するや否や、このスロットマシンに飛びつくようにしてかじりつき、小銭をどんどんつぎ込みながら、何度もプレイしはじめた。財布を握りしめ、1プレイ終わると、すぐに小銭を投入して、またプレイし始める。何度も、なんども。ギャンブル依存症なんじゃないかって思うくらいだ。

日本では、公設カジノを設けて観光客の誘致をしようというようなふざけた議論が、世間知らずの坊ちゃんたちの学級会ともいうべき国会なるところで議論されているようだが、俺自身がいろいろと世界を旅してみたところ、日本ほど大っぴらに賭博が行われている国は、見たことがない。そりゃマカオみたいに町全体が賭博場の様な所もあるが、それはあくまで特殊な事例だ。あそこの主要産業はカジノだからな。
日本全国、どこに行ってもパチンコ店がある。競輪、競馬、競艇など公営ギャンブルも大っぴらに御開帳されている。どのギャンブルも、親方日の丸だ。
ついでに言えば、世界で最も手軽に性的なサービスにありつける、つまりもっとストレートに言えば、女を買えるのも、この日本だろう。

カジノはどこの観光地にもある。とはいえ、それはあくまで観光客向けのものだし、ハンブルグの裏町でみたカジノに至っては、そこに入ったら身ぐるみはがされないと出てこれないようなヤバい雰囲気が漂っていた。けっして、一般庶民がカジノで身を持ち崩すことはなさそうだ。もちろん、どこにでも例外はあるだろうが。
で、人々は日々の暮らしのやるせなさと、その双子の兄弟ともいうべき射幸心を、このようなカフェの片隅のスロットマシンにゆだねるしかないのだろう。

スロットマシンにかじりつくこの女性の姿から、俺は彼女の生活を想像してみた。
この女性は、むくむくと太っているが、服装もどこか薄汚れていたし、幸薄いオーラが立ち込めていたからだ。なにより、スロットマシン以外は、眼中にないといった様子が、俺にはどこか病的に見えたのだ。
余計なお世話かもしれないが、それはお世辞にも幸せという言葉から縁遠いもののように思われた。彼女の心の穴を埋めるものは、スロットマシンしかないのだろうか?家族と呼べる人はいないのだろうか?
ありえないことではない。

考えても見てほしい。彼女も生まれながらに年老いていたわけではないだろう。そして、みっともなく太っていたわけでもないだろう。
彼女にも、希望にあふれた時代はあったことだろう。友人と夢を語り合ったり、恋人と愛を交わしたりしたことだろう。精一杯着飾り、人生を愉しんでいた時期だってあったはずだ。
しかし、いまの彼女の姿から、その片鱗を見出すのは、なかなかに難しく思える。

誰の人生も、足早に過ぎ去ってしまう。俺たちに与えられた時間の、なんと儚く短いことだろう。けれどそれは、他人ごとではないんだ。たった一度しかない人生を、能う限り良く生き切ることこそが重要なんだ。でも、どうやって?
そして、スロットマシンに魂の救済をゆだねているように見える彼女の姿は、俺たちの誰もが無縁のものとは、決して言い切れないんじゃないかと俺には思えるのさ。

そう思うと、いてもたってもいられないような思いに駆られるとともに、自分が無駄に年を取りすぎたことを思い、何とも言えないわびしく憂鬱な気分に陥ってしまったって訳さ。

子供の写真を撮るのは、未来に希望を見出したいから。
女性の写真を撮るのは、男性の俺にとって、どこまで行っても女性は未知の世界だから。
それに比べて、老人の写真を撮るのは、あんまり愉しいものじゃないな。

この短い人生で、本当に大切なものは何か。俺たち自身にとって、幸せとは何か?それを日々考えながら生きていきたいもんだぜ。きっとそれは、そんな大それたものじゃないはずだ。

読者諸君、失礼する。想像力を働かせてみれば、一枚の写真から受け取るものはたくさんあるんだ。