2015/06/26

Post #1542

Copenhagen,Denmark
昨日の事故の関係で、四六時中電話がかかってくるので、何も手につかない。
他にも、なんだかんだといろんな電話がかかってくる。
生命保険のおばさんは、書類にハンコが足らないとやってくる。
カミさんの体調も芳しくないので、掃除洗濯はもちろん、朝夕カミさんの仕事の送迎と集中するひまもない。昨日の夜なんて、食事まで作ってしまったくらいだ。まぁ、暇と言えば暇だからかまわないけどね。
しかも、悩みのタネはそれに尽きないんだ。
夜が明けたなら、俺は病院に行って胃カメラを飲む羽目になっちっまった。
やれやれ、俺の人生ときたら、まったくどうかしてるぜ。

そうして、何一つまとまったこともできないうちに、一日が終わるんだ。

ふと、人生そのものもそんなもんなんじゃないかって、うすら寒い思いがこみ上げてくる。
この暑いさなかに、薄ら寒いおもいとは、結構なことだ。

何も手につかないついでに、今夜はブログを書き進めるのも気が進まない。

そんなわけで読者諸君、失礼する。要するに、今夜は気分が乗らないのさ。そんなときもあるってことさ。

2015/06/25

Post #1541

またもや、車で事故ってしまった。左折しようとして原付を巻き込んでしまったのだ。
ウンザリだ。それについては、もう書く気にもならないぜ。
まぁ、一言でいえば身から出た錆って奴だ。
Bremen,Germany
承前。
昨日の話の続きだから、昨日読んでいない君は昨日の記事を読んでからね。人生なんて、いつだってそんなもんだ。

声を合わせて移民排斥を訴えているらしいゲルマン民族の皆さんに、一人の男が我慢ならないといった風情で、歩み寄って行った。
その足取りは力強く、肩のあたりには言葉にならない怒りが立ち上っているように見える。
大柄なドイツ人の皆の衆に対して、彼は小柄で、薄汚れた身なりで、サンドバックの様な袋を肩にかけている。
トルコ系の男だろうか。
ひげを生やした顔に輝く眼は、怒りに燃えている。
多勢に無勢、しかし臆することなく向かっていく。なんて勇気があるんだ!
自分たちの権利と尊厳を、断固として守ろうという意思が感じられる。

しかし、勇敢な男がレイシストたちの胸ぐらをつかむ前に、屈強な武装警察官が2,3人、疾風のような勢いで走ってきて、彼を制止する。そして、何とか彼の歩みを阻止して、諍いがおこらないように俺たちが対岸の火事のように眺めている、大通りのこちらに連行してきた。
仕方ない。ここで小さなつかみ合いを発端にして、暴動みたいなことになったら大ごとだ。警察としては、止めるべきなんだろう。
それはわかる。
分かるんだけれど、心情的にまったく納得いかない。
つまり、俺の感じた思いはこういうことだよ!

おいおい、お巡りさん方よ、本当に黙らせるべきは、その勇気ある移民のおじさんじゃなくって、移民排斥を訴えて大盛り上がりの連中のほうだろう!違うのかい?どっちが正しいと思ってんだ?

そりゃ、言論の自由があるから移民の排斥を訴えたって、罰せられることはないだろうよ。

けれど、自由ってものには、節度ってものが必要だと俺は思うぜ?
Bremen,Germany
移民のおじさんの怒りはまったくやむことがない。
自分よりはるかに背が高く屈強な警察官たちに対して、厳しい表情で怒りをぶちまけている。
その剣幕に、応援が必要だと思ったのか、それともただ状況把握しておきたいだけなのかわからないが、さらに何人かの警察官がおじさんのもとに駆け寄ってくる。
おじさんは、終始ズボンのポケットに手を突っ込んでいたし、その袋の中も何が入っているかわからない。ポケットの中には、何らかの凶器が握られているかもしれないと警察官なら思うだろうし、おじさんの頭陀袋も、中にどんな武器弾薬が隠されているか、外からはわからない。
分からない以上は、万全を期すというのが、プロフェッショナルだ。

高校時代に、自転車泥棒と間違われて、10数人のお巡りと3台ほどのパトカーに包囲され、制圧されかかった経験のある俺は、こんないかつい武装警官が何人も取り囲んでいたら、さぞかし気持ちが萎縮するよなっておもったのさ。俺ならこの状況で自分を抑えずに振る舞うことは、難しいかもしれんな。
けれど、おじさんはひるまない。
いつまでも、警察官相手に思いのたけをぶちまけている。
俺が思うにきっと、ドイツ人に対する不満があるんだ。生粋のドイツ人は、自分たちがやりたがらないような低賃金で、肉体を酷使するような汚れ仕事は、移民の仕事だと思っているんだろう!とか言っているに違いない。
自分たちはそんな仕事には見向きもしない癖に、自分たちの仕事を、移民が奪っているというのは、まったくおかしいじゃないか?これを差別といわなくて何を差別っていうんだ?
俺たちは奴隷じゃないんだ!同じ人間だろう!

そんなことを言っているんだろうと、想像してみた。

俺は、ついさっき見かけた駅の掃除夫のおじさんのことを思い出していた。
生粋のドイツ人が、サッカーの試合に浮かれて、ゴミを投げ捨てたそばから、やるせないような悲しいような表情で、黙々と掃除をしていたおじさんの顔に刻まれていた皺を。日に焼けて鞣した革のようになった肌を。
言葉がわからなくても、国が違っても、自分の身に引き寄せて、彼の立場に立ってみて考えれば、何を言っているのか、容易に想像がつく。



Bremen,Germany
警官相手に思いのたけをぶちまけたおじさんは、憤懣やるかたないといった風情で、移民排斥を訴える連中の背後を通り、駅に消えていった。

俺は、自分の目の前で起きた出来事の意味を考えてみる。

正直に言って、移民排斥を唱える人々は、俺には何かを恐れているように見えた。
経済的に仕事を奪われることを恐れているというだけでなく、彼らがいままで思い描いてきた、ゲルマン人の住む国ドイツと言う共同体が、多くの移民を受け入れることで、その自己同一性を保てなくなることを恐れているように思えた。
つまり、ドイツがドイツでなくなってしまうことを恐れているように思えたんだ。浅黒い肌をしたドイツ人、黒い肌をしたドイツ人、黄色い肌をしたドイツ人。彼らはそれが一番恐ろしいのかもしれない。

ヨーロッパを旅してみれば、実に多種多様な民族が混交していることに気が付くだろう。
もともとヨーロッパに住んでいるコーカソイドだけでも、東西南北でずいぶん違う。文化も肌の色も、言葉も違う。
それに加えて、道義的な観点と植民地を持っていたという歴史的な因縁から、ヨーロッパは様々な地域から、様々な宗教、文化、民族に属する移民や難民を受け入れてきた。
アフリカ系、インド系、トルコ系、アラブ系、アジア系。実に様々だ。
それは、日本に暮らしていると、想像もつかない軋轢を生む社会だ。

どこの社会にも、人々の集団と集団の間には、絶望的な断絶が存在する。

だからこそ、たった一人のニンゲンとして、他者に真摯に向かい合い、相手のことを思いやるべきなんだと俺は思う。
その時、たった一瞬でも人は深い断絶の谷間に、想像力によって橋を架けることができる。
そして、私たちの間には、違いよりも、似通ったもののほうが多いはずだ。きっと。

俺はそう信じている。
俺は、差別する側と差別される側があるのなら、差別される側に与したい。
なぜって、差別し誰かを貶めようとする者は、自分が貶められることを認めているのと同じだからだ。
俺は、自分が大好きだし、自分を貶めることはしたくない。
俺は、自分と違う価値観のニンゲンを恐れて、遠ざけようとするような臆病者ではありたくない。
未知なものを受け入れ、違う価値観を理解し、より豊かな世界を見出したい。
そして、短いこの人生を、もっと楽しみたい。

読者諸君、失礼する。俺も考えるさ。君も考えろよ。

2015/06/24

Post #1540

Bremen,Germany
ブレーメンに泊まった日、春のヨーロッパの日没は遅い。
まだ十分明るいのだが、もう時刻は20時近かったと思う。
俺たちはぶらぶらと写真を撮り歩きながら、手ごろな食堂を探してブレーメンの中央駅のあたりまでやってきた。
サッカーの試合を終えて、はしゃぎながら駅に向かう屈強なドイツ人たちの姿が、あちこちに見受けられる。どこか浮かれたような、それでいて倦怠感を漂わせたような雰囲気だ。
それが、駅のすぐ手前に来ると、空気ががらりと変わった。
トラムの走る大通りのそこここに、重装備の警察官が険しい顔つきで立っている。
見渡せば、たくさんのパトカーや装甲車みたいな警察車両があちこちに停まり、その周りにも、屈強な機動隊員の様な警察官が何かを見張っている。
ピリピリした緊張感が辺りを包んでいる。
ひょっとしたら、サッカーの試合の成り行きが面白くなかった連中が、暴徒化する恐れがあるということで警戒しているのかと、俺は考えたんだ。そう、いわゆるフーリガンって奴だ。しかし、途中で見かけた連中は、確かにビールはしこたま飲んでいたようだが、そんなささくれた雰囲気ではなかった。腑に落ちん。
俺たちは、何があるのかよくわからないが、そもそもドイツ語を解さない悲しさ、なにもわからぬまま、信号無視とかで警察官に叱られないように、駅に向かって大通りを渡って行った。

すると、駅前広場でプラカードを掲げた人々が、集まっている。
Bremen,Germany
俺は、駅に用事があるような素振りで、その連中の前を通り過ぎながら、ノーファインダーで写真を撮る。警察官がこっちを見ている気配がする。
スーツにひげの男が見える。しかし、多くはフードのついたスポーティーな服を着た、見るからにワーキングクラスの若者たちだ。イギリスならCHAVと呼ばれ、この神州日本国ではヤンキーとカテゴライズされるような連中と、同じようなオーラを放ってる。

ヤバいな・・・。
こういう奴らが寄り集まると、ろくなことにはならないぞ。屈強な警察官たちが刺激しないように遠巻きに監視していたのは、職質キングの俺じゃなくて、奴らだったのか…。

しかし、写真に撮りたい。いったい何が起こってるんだ?

相変わらず何を主張しているのか、俺にはさっぱりわからないが。だがこの手の連中を刺激するのは、非常にまずい。何かあれば警察官が制止するだろうけれど、多勢に無勢だ。
連中の視線が、俺にまとわりつくように注がれているのを感じる。
俺は、それを振り切るように、さも何の興味関心もない風を装って、足早に通り過ぎる。とはいえ、しっかりシャッターを切りながらね。

さて、俺たちはなにか気の利いた店でもないものかと、駅のコンコースを物色してみたが、立ち食いのサンドイッチ屋みたいな店しかなかった。そこでは、地味なコートを着た、いかにも冗談の通じなさそうな顔のおじさんたちが、ビールを飲みながらもそもそと、さほど旨くもなさそうに口の中に食い物を押し込んでいる。
こんなところで晩飯を食うのは御免蒙るってもんだ。
仕方ない。もう一度駅を出て、街中で探すことにいたすか。
駅の外では、サッカーチームのサポーターたちが、浮かれた風情でビールを飲みながらよたよた歩き、飲み切った瓶をそこいらに投げ捨てている。あるいは、食い物の入っていた紙袋なんかをそこいらに放り投げる。そうしてゲラゲラ笑っている。それを横目に見ながら、速やかに掃除をしているのは、トルコ系だろうか、明らかに移民のおじさんだ。
汚れ仕事はやはり移民の仕事なのだ。
ドイツ人は白くてデカいをゆするようにして、オーレ、オレ、オレ、オレ!と陽気な太い声で歌っている。
小柄で痩せた移民のおじさんは、薄汚れた作業服を着て、やるせない表情を浮かべながら掃除を続ける。
そういえば、移民のサッカーファンなんて、見なかったな。みんなゲルマン民族だった。そういうもんだ。移民の皆さんには、そもそもサッカーなんか見に行くような休みはないんだろうよ。
Bremen,Germany
外に出ると、プラカードや横断幕を掲げたデモの連中は、大騒ぎしている。さっきよりも人数も増えてるし、みんなで声を合わせて何かを大声で叫んでいる。
拡声器で何かを叫び、アジテートしているんだが、声が割れてよくわからない。時折拡声器についている甲高いサイレンを鳴らしては、怪気炎を上げている。若者がにやついている。若い女の子もいる。
こいつらはいってぇ何を訴えてやがるんだ?
しかし、これだけ警察官が取り巻いてるってことは、ろくなことじゃないのは確かだ。
なぜか、そこに交じってる若い衆のにやけた笑顔に、不愉快な引っ掛かりを感じて、無性に腹が立った。
Bremen,Germany
俺は、大通りの反対側にわたり、少し離れたところから眺めてみることにした。
大方の人々は、ちらりと見るだけで、特に注意も払わずに歩き去ってゆく。
俺は、自分の隣に立って、同じようにデモを眺めているそこいらのおにいちゃんに、奴らはいったい何を訴えてるのか聞いてみた。彼はドイツ語しか分からないようだった。日本人と同じだな。
そのおにいちゃんも、あんまり頭が良くなさそうで、乏しい英語のボキャブラリーで、どう説明したものか困っている様子だったが、『奴らは、このドイツにアフリカやアジアから移民が働きに来ることに、反対してるんだべ。出て行けって言ってるんだべ。まったくクレージーだ』そういって、肩をすくめて困ったような顔をした。言葉に詰まりながら、なんとか状況を説明しようとしてくれたこのおにいちゃんの態度に、俺はすごく好感を持った。道の向こう側の連中とは、見た目やクラスは同じでも、その心は健康だった。俺は彼に心から感謝したよ。

そうか、つまり奴らは、レイシストだってこった。人種差別主義者だよ!
おぅ、なんてこった!
かつてユダヤ人を差別して、生きながら毒ガス室に送り込み、その髪の毛を刈り取って潜水艦の断熱材に使ったドイツにも、未だにこんなレイシストがいるなんて、俺には驚きだぜ。
反省が足りないのは、我が日本国だけではなかったんだ!

そして、俺には奴らが俺を見る目に、なにか不愉快な印象を感じた意味が、いまはっきり分かった。
そう、俺は誰がどう見てもバリバリの有色人種で、奴らがドイツから出て行けと糾弾している貧しい人々と、ドイツ人がやりたがらない汚れ仕事をやって、社会を底辺で支えている移民の皆さんと、まったく同じカテゴリーに属すると思われてたわけだ!
つまり、俺はここでは明らかに差別され、排斥される側のニンゲンだったわけだ。
BINGO!

やれやれ、参ったなぁ・・・。こんなところにきてまで、東方君子国が世界に誇る在特会みたいな連中に遭遇する羽目になるとはねぇ。FUCK OFF!

自分たちと違う集団に属する人間を差別し、自分たちの社会から追い出そうとする連中は、はっきりって世界中にいる。そんな手合いは、俺に言わせれば、ケツの穴の小さな田舎者だ。
俺は、人種や言葉、肌の色や宗教、性別や資産の多寡で人間を差別する行為には、いつだって反対だ。反中だの嫌韓だの言ってる奴らを見ると、不愉快になってくるんだ。
なにしろ俺はこの年まで、ずっとロックンロールでやってきたんだぜ。
俺が少年の頃は、まともなロックミュージシャンは、当時人種差別が大々的に行われていた南アフリカで、自分たちのアルバムを売ることを、きっぱりと拒否してきたんだ。ジャケットに必ず『アパルトヘイトの南アフリカでは、このアルバムは売らない』って書いてあったものさ。まだ、マンデラさんが牢屋にぶち込まれていた時代だよ。そのロックな精神は、俺の中で燃え立つ火柱のように、いまでも輝いてる。
俺はどんな差別もされたくないし、したくないのさ。
だってそうだろう?誰かを差別する人間は、誰かに差別されても文句は言えないんだぜ。自分がされて嫌なことは、人にもしちゃいけないぜ。
俺が人間を判断するのは、その人の行動によってだ。肌の色や国籍や性別、そして宗教なんかで判断するつもりはないのさ。それは恥ずかしいことだ。

読者諸君、失礼する。この話は、なんと次回に続く。