2026/03/15

POST#1789 日本の生産性の低さは日本社会の衰亡の印

労働生産性の高いDenmark,Copenhagen
日本の労働者の生産性が低いと、何年も自嘲気味に語られている。

働けど 働けど猶
わが生活(くらし) 楽にならざり
ぢっと手を見る 
ってやつだ。

確かに、普遍的に社会のあらゆる階層に存在する自ら責任をとろうとしないリーダー、そして責任回避のために作られる無意味な書類、情報を共有し、責任を分散させるためにやたら増えてゆくメールのCC、そしてそんなメールに目を通すだけで過ぎてゆく時間。こんなものが労働生産性を鰹節のようにゴリゴリ削っていく。

俺が昔働いた組織では、水曜日に本社のプロジェクト推進者の会議があり、火曜日にその会議に備えるための現地組織の会議が行われすり合わせが行われる。そして月曜日にはその火曜日の会議に向けてのセクション内の情報共有会議が行われるという有様だった。そして、その水曜日の会議で提起された問題は、その場で解決することなく、本社に持ち帰って検討調整されるというマトリョーシカのような面白いことになっていた。そして、その瞬間にも現場は進捗し、問題は次々と発生していく。方針は示されない。誰も責任を取らず、最終的には現場の末端労働者に、過重なスケジュールが押し付けられ、責任者たちが枕を高くして眠っている間、現場は労災スレスレ状態の不眠不休で働き続け疲弊することになる。
これは、確かに生産性が低い。
そして、その責任者たちはとんでもなく高給優遇で、なおかつ責任は分散し、個人的に責任を問われることもない。
そんな責任者たちは、さっさとAIに置き換えてもらっても構わないだろう。くそ!

また、ずっと円安が続いている。あらゆる資源を輸入に頼っている我が国としては、円安によって調達コストが膨れ上がると、利益率は減り、それにリンクするように生産性は低下してゆくだろう。現状の円安傾向が決して良いものではないにもかかわらず、日本人の中には円高になると日本製の製品が売れなくなるという信仰がある。とりわけ、製品を海外に出荷する企業は調達コストの上昇を納入メーカーに転嫁し、自らは円安の恩恵を受ける。それどころか、生産拠点自体が海外に出て行ってしまい日本には帰ってこないので、円安になろうとどうってことないじゃないかな。むしろ日本で作った部品を円ベースで安く調達し、外貨で売れば差額が増えるのかもしれない。

いずれにせよ、日本人の労働者の生産性は低いといわれる。その一方で、日本人は優秀だとかいう言説も流布する。要は、安い賃金で文句も言わずにまじめに働くってことだ。
そして、実質賃金はもう30年ほど上昇していない。
近年の賃金上昇も、物価上昇ペースに追い付かず、給料の額面は大きくなっても、購買力は下がるという笑えないけど笑うしかないコントのような不条理な有様だ。

こんな状況で、生産性が低いというのは、至極当然、まっとうなことではないだろうか。

サナエノミクスとか言って浮かれている場合じゃないんじゃいか?すでに四月から、今まで経営者にだけ課されていた、こども子育て拠出金が すべての労働者に課されてゆく。5月給付分の賃金から、標準報酬月額の0.23%を労使折半だ。君は知っていたか?金持ちが自分の孫のために投資して、そこから出てくる利益には非課税という社会の不平等を助長する制度も、すでに岸田内閣で決まっていたこととして、粛々と始められる。

やってられんな。

俺は思うに、日本の労働者の生産性の低さというのは、日本社会の衰亡の印以外の何ものでもないんじゃないのか?君はどう思う?まるでソ連崩壊前夜みたいだ。

2 件のコメント:

  1. まったくですね。永井荷風は『断腸亭日乗』で「元来日本人には理想なく強きもの
    に従ひその日その日を気楽に送ることを第一となすなり」と書いています。いつか
    らそうなったのでしょうね。江戸時代には百姓一揆があった。しかし「日本は市民
    革命を経験しなかったので、不満をぶつける対象は、自分たちよりちょっと上の暮
    らしをしている人になる」(池田清彦)とも。

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  2. コメントありがとうございます。
    思うに、社会の変化発展のスピードが緩慢で、親と同じような人生が進むという低成長時代には、理想なんてものは必要なかったんだと思います。
    ほんとうに理想が必要になるのは、現実が行き詰まり、人々がもうこのままではダメだと思いつめたときではないでしょうか。
    低成長の未開社会を人類の原型的な社会だと見做すならば、そこに暮らす人々は、永井荷風のいうようにその日その日を気楽に送ることを第一に考えるまでもなく実践していたんだと思います。

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