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| 成田 |
もう半年も切っていない。白髪も目立つ。それは今日まで半世紀以上を悪戦苦闘して生きてきた証だ。染めるつもりもない。第一、頭皮に悪そうだしな。
母親譲りのくせ毛で、スタンダードな日本人に見えず、ある意味で苦労した。
人は他人を見かけで判断する習性をもっているから。自分たちと見た目が違うものを、排除したがる。そういう反応へのリアクションが、無意識のうちに自分の性格を作り上げたのかもしれない。
母の父方の血統である杉浦一族は、白髪の家系だ。年々増えていく白髪を見るにつけて、杉浦の一族の、もうこの世から去っていった老人たちの白髪頭を思い出す。
くせ毛は、どうなのだろう。母の母親の血統が秋田の人だったという。その地の縄文から続く血統の中に眠っていたものが受け継がれたのかもしれない。
頭のてっぺんが禿げたなら、お茶の水博士のように頭の両側にもこもこした白髪の塊がくっついているというのも面白かったが、幸か不幸か禿げる気配もない。そもそも若者はお茶の水博士なんざ知りゃしないさ。
そういえば、先日3年ぶりにあった仕事仲間は、すっかり頭が薄くなっていたな。
昔から、この国では髪は神に通じるとして、神的存在とつながるアンテナのように考える文化があった。単なる語呂合わせじゃないかと言えば、それまでだが。大本教🔗の出口王仁三郎🔗も、その髪を切らずに伸ばし続けて結っていたと聞いたことがある。
感情が高ぶると、髪が逆立つ。俺の場合は頭が一回り大きくなったように見えることだろう。
波うち、絡まり、渦を巻く俺の神は、まるで自分とはかかわりない生き物の様ですらある。
図太く硬そうに見えて、触ってみると意外と柔らかく細いところは、自分自身に似ているようにも思える。
物事は何だってこじつけようと思えば、どうとでも取れるものさ。
そんな見立て、こじつけが、世界の象徴的な意味をつないでいく。
象徴的なつながりで、事物と事物がつながれていくことで、森羅万象はただそこにある物質的存在であることから、霊的な意味合いを持つ不滅の存在へと変わっていく。
現代を生きる我々は、目に見えるものだけしか、数字で測ることのできるものだけしか見ない。その世界ではどこまで行ってもA=Aであるだろう。
けれど象徴的なシンボルを手掛かりに世界を読み解く術を持てば、A=AでありつつA=Bであるという豊饒な世界が広がる。一回きりの生は、神話的なアーキタイプな構造へと還元され、何度も生まれ変わり死に代わることとなるだろう。
中二病?そうかもしれないな。まっとうな人間なら、株価や原油市場の動向に一喜一憂するだろうさ。
そうだとしても、中二病のままこの年まで来たんだ。いまさら変わるものでもないさ。
失礼する。

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