2011/04/23

Post #162 On The Corner

On The Cornerといっても、あの超有名なマイルス・デイビスの名盤“On The Corner"の話しではない。あしからず。単に、曲がり角であった印象的な話ってだけだ。
フランスとドイツという、EU圏の2大国に挟まれた小国ベルギーの首都ブリュッセルは、その立地からEUの首都になっている。その関係もあるんだろうか?さまざまな人種が集まっている。MIDI駅(直訳すると中駅なんだが、別にCentreつまりセンター駅があるから日本では南駅とされている)でトラムに乗った時から、あまりにもエスニックな雰囲気が濃厚なんで、ワクワクしてきたぜ。つまり、黒人やアラブ系、モロッコ人や中国人なんかのほうが、いわゆるベルギー人よりも多いんだからな。比率としては、8対2くらいで有色人種ばかりだ。俺のすぐそばに座っていたのも、スカーフをまいて子供を連れたイスラム系の女性二組だった。中東の人特有のどぎついアイメークだ。
これらの人々は、なんなんだろう?移民か、それとも出稼ぎ労働者か?あとでわかったことだけれど、どうもこの駅の界隈はアフリカ系やアラブ系の人々が多く暮らしているエリアだったようだ。
満員のトラムを4駅ほど行ったところで、俺と連れ合いは降りたんだが、あまりに満員で、大きなトランクを持った俺たちはまわりの皆さんに、もーしわけないくらいだった。降りるのも一苦労だったんだ。人の波をかき分けて、やっとの思いでホームに降りたんだ。
するとそこで、連れ合いは中華系と思しき中肉中背のメガネに、『マダム、時計を落としましたよ』と声をかけられた。しかし、俺も連れ合いもちゃんと時計は腕についている。
ヤバイな。俺は直感した。なんてったって、俺はかつてバルセロナの地下鉄で財布をすられた経験がある。そうそう何度もカモにはされないぜ。俺もなんだなんだってカンジで合流したんだ。おそらく奴は、俺の連れ合いが一人で旅してると思ったんだろう。時計を落としたとか言って呼び止めて、財布をすったりするっていうあれに違いないぜ。なんて言ったって、何処にも時計なんて落ちてないしな。ホントに落ちてて、呼び止めるくらいなら、拾って渡してくれるってのが筋だろう。
油断がならねぇぜ、まったく。
奴は俺の合流で、なんとなく目算が狂ったのか、そのままトラムに乗り込んで去っていった。貴様の顔は覚えたぜ、次にあったら容赦しないぜ。
ブリュッセルは油断がならないな。真夜中にホテルで寝ていると、何処からか若い奴らが大騒ぎし
てる声が聞こえてくる。まるで、田舎のヤンキーのようだ。
Bruxelles,Belgique さすがに笑ったね、これは
悪戯好きな奴もおおそうだ。俺は嫌いじゃないがね。
証券取引所って歴史のありそうな大仰な建物があるんだが、そのエントランスに飾られたライオンの彫刻の口には、バナナの皮が突っ込まれていた。
俺は、それを見て大笑いしちまったぜ。通りがかりの地元の親子連れも気が付いたらしく、ベビーカーを押した若いお母さんが、『あんなところにバナナ…』って呆れていたぜ。
他にも、証券取引所から、例のMIDI駅の方にくだりながら写真を撮っていた時には、裏通りの教会の、地面から3メートルくらいのところに設けられた街灯の上に、赤ちゃんの実物大の人形の股間に、実物大の陰茎を模した大人のおもちゃをテープでとめたのが、これ見よがしに置いてあったっけ。これも俺は目ざとく見つけて、トムとジェリーみたいに大笑いしてたら、近所のおじいさんが、こりゃたちが悪いねぇといった顔で苦笑いしながら、あれは君がやったのかねって聞いてきたくらいだ。冗談じゃないぜ。脚立もないのに、出来っこないだろう。
俺は笑ってNON!と答えておいたぜ。
いずれにしても、親切な人も多いが、思っていたよりも治安が悪いっていうか、ざわっとした雰囲気だ。そんな街を、俺は毎度おなじみのモジャモジャ頭に、派手なパイソン柄のスキニーパンツ、オレンジ色のパイソンの皮をあしらったウェストバック、そしてピンクのパイソン皮の横着そうな靴を穿いて歩き回り、じゃんじゃん写真を撮りまくった。まぁ、俺の格好が最も性質が悪そうなんだがね。おかげさんで、子供たちには、ぴとん!ぴとん!と呼ばれて大人気だったぜ。ぴとんってのは、ニシキヘビ=PYTHONのフランス語読みだ。子供と年寄りとホモにはいつも大人気なんだけどねぇ…。
はぁ~。
一日みっちり歩いて、陽が傾いてきた頃、さっきも話した証券取引所の横の交差点で、横断歩道を渡ってきた中年のがっちりしたおやっさんに呼び止められた。俺は、逆光の中を歩み寄ってくる男に一瞬身構えたが、表情がわかるとニコニコしてるから安心したぜ。
見ればオレンジ色の作業服を着ている。片手にはビールだ。仕事帰りの職人のおやっさんって風情だ。これなら日本でもおなじみだ。一見いかついが、気のいい人たちなのは万国共通だ。
Paris
『ムッシュウー、それはあんたの独自のスタイルなのかい?』おやっさんはでかい声で訊いてきた。
うむ、というのはこのモジャモジャ頭に、パイソン尽くしのいでたちの事かな。『そうだよ』俺は答えた。
『なかなかユニークでいいぞ!素晴らしい!ダッハッハッ!』いや、うれしいね。『ありがとう!』
『ところでムッシュウー、あんたはどこから来たんだい?』『日本だよ』
『そうか、ジャポンか、津波は大変だったが、あんたは大丈夫か?』『OK、俺も家族も問題ないさ』
『そうかそうか、そいつはよかった、俺はモロッコから来たんだ。ここはモロッコに比べて、家賃は高い、喰いもんも高い、何でもかんでも高くてうんざりだが、これだけはサイコーだ』おっさんは、にやりと笑ってビールの缶を振って見せた。俺とおっさんは街角で、笑いあったぜ。そりゃイスラム圏じゃ、戒律上ビールをガンガン飲んだりできないもんな。
『これからどこに行くんだい?』おっさんは聞いた。俺は連れ合いと夕食を食べるのにもってこいの店を探して、ぶらつきながら写真を撮っていたんだ。おっさんの来た方角には、どうにも地元の華僑の人々の住むエリアがあるように見受けられる。面白そうだ。ちょっと行ってみようかな。
『この通りを渡って、あっちに行ってみるつもりだ』俺がそういうと、おっさん、ビールを一口飲んで、『そりゃいい、あっちはビューティフル・プレイスだ』とのたまった。
俺と連れ合いは、おっさんに挨拶して別れ、道を渡った。
ブリュッセルで、一番印象に残ったモロッコ人のおやっさん。もう会うことはないだろうが、どうぞいつでもお元気で。

読者諸君、また会おう。今夜も急に仕事が入ってしまったぜ。君たちが家族や恋人と過ごしている頃、俺は男の仕事だ。モロッコ人のおやっさんといい勝負だぜ。
まったく、ゆっくりじっくりプリントする日はこないんだろうか?なんだか不安になってくるぜ。

2011/04/22

Post #161 Fragment Of Fragments #14

結局今日も、仕事関係の雑事に忙殺されて、プリントどころか、ネガをチェックすることすらできなかった。いつもながら、自分のヤルヤル詐欺っぷりには驚くぜ。まぁ、締切とか期限がないとその気にならないのは、ガキの頃からだ。仕方ない。
しかも、急遽明日の朝からひと仕事安仕事入っちまったもんだから、今日はあんまり遅くまでブログを書いている訳にもいくまい。ましてや35本のネガチェックなんて、絶対に夜が明けちまうぜ。ダメダメダメ…。時間を守るのは、まっとうな社会人の基礎の基礎だ。時間にルーズな奴はイマイチ信用ならないからな。睡眠不足で運転して、通学中の子供さんを轢き殺す羽目になったりしたら、俺のこの人生、どうにもならないぜ。
だから今日は、流す。宣言する。あっさり行こう。
だいたい俺の統計によれば、金曜の夜は、あまりPVが伸びない。花金なんて言葉はとっくに死後の世界に突入している感がある。20世紀末を思わせる響きだ。しかし、時代は巡っても、世間の皆さんの傾向としては、金曜の夜くらいは飲みに行ったり、デートしたり、クラブに繰り出して朝まで踊ったりと有意義に人生を謳歌しているのだろう。そう、人生には何かしら楽しみが必要だからな。金曜の夜にシコシコブログを書いてたり、夜通し仕事をしているなんて、客観的に見ると、いささか悲しいもんだ。しかし、海外旅行に、フィルムに、現像にと今月はすっかり散財してしまったので、まぁ、俺としては家で大人しくしているべきなんだが。
まぁ、いいさ。週明けの25日は給料日だ。自分で銀行に行って、自分の会社の口座から、自分の口座に振り込むのさ。儲かってないからささやかなもんだ。ふふふ…、零細企業なんてモノ悲しいもんだぜ、ホント。
Barcelona
ヨーロッパに行くと、黒人をたくさん見かける。移民だろうか。そーだろうな、俺の記憶ではヨーロッパには白人が住んでたはずだからな。一口に黒人といっても、ブラックアメリカンとは、歴史もルーツも違うから、微妙に顔立ちが違っている。つい最近まで、アフリカにすんでいたような雰囲気の人も多々ある。まぁ、人それぞれってことだ。
ぱっりとしたスーツを粋に着こなして、ビジネスマン然とした奴もいれば、しけた商店で店番をしてる奴もいる。いや、俺が今回パリで見かけた店番の黒人のアンちゃんたちは、あれはただ店で音楽を流して、店番をしてるふりをしながら、リズムをとっていただけだった。何しろ、彼らの店には、それは露店だったんだが、パッとしないTシャツが10枚くらいぶら下げてあっただけだったからな。真面目に商売してるようには、う~む、見えなかったな。まぁ、人にはそれぞれ事情があるか。

以前訪れたバルセロナでは、道端で大きな布を広げて、その上に、どう見てもパチモンのブランドバックやベルトやサングラスなんかを並べて、通行人に売りつけている黒人をよく見かけたぜ。大通りのブランド店の前で、堂々とそのブランドのパチモンのバックを、地面に広げた布の上にぎっしり並べて売っているんだ。驚くぜ。いやむしろ、凄いユーモアだ。しかも、どう見てもいかさまのパチモンにしか見えないそれを、買ってる奴がいるんだろうな。それもまた驚きだ。そういや、香港じゃ、ニセモンの時計買わないかってよく声をかけられたりしたっけ。得る方も売る方なら買う方も買う方か。いや~、まいったなぁ。

図太いというか、バイタリティがある。

俺たち日本人も、多少は見習ったほうがいいかもしれない。いや、そのパチモン商売のほうじゃなくて、もっとその、なんていうかね、精神的な逞しさに関してだね、見習うべきじゃないのかなということが言いたいわけだ。誤解すんなよ。

Baby!逃げるんだ!
当然、営業許可なんか受けてるわけじゃないから、当局の取り締まりなんかがあるだろう。そうすると、奴らは一体どうするか?下手にそんなところで挙げられたら、強制送還とか食らっちまうかもしれないしな。そうなったら、彼らが頭の中に描いているサクセスストーリーも台無しだ。
見ものだぜ。
いかさま商品が乗った布の四隅には、長い紐がついているんだ。彼らはその紐を握ったまま商売しているのさ。
そして、いざガサ入れだってぇと、その紐を一気に引っ張るんだ。
そうすると、いかさま商品を満載した布は、あっという間に風呂敷っつうか、マンガのドロボーかサンタクロースが担いでいる大きな袋みたいになるって訳だ。
そうして奴ら、その袋を担いで、蟻の子を散らすみたいに、みなてんでバラバラの方向に一目散に逃げていくのさ。まさにスタコラさっさってカンジだ。

世間の風は冷たい。故郷を離れた人間が、生きていくのは大変なもんだぜ。

読者諸君、また会おう。
今回の旅行の写真は、もう少しお預けだ。
俺も大いに気になってはいるんだがね。
いつもながら、こんなだらしのない俺を許してはくれないかい?

Post #160 Mixin' The Colors

ご存じのとおり、仕事にうんざりしてくると、ふらりと海外旅行に行きたくなる俺なんだ。日本は世界でも、最も極端にいろんな現象が進行しているHOT SPOTの一つだとわかっていながら、日本をぶらついてみることよりも、世界のいろいろな街に行ってみたくなるんだ。

確かに、この日本では様々な現象が起こっている。特に、今回の地震と津波、そして原発事故が世界に与えた衝撃は、あの9.11以来のものがあるだろう。
けれど、やはり海の向こうにわたりたくなるのは、日本では、どっちを向いても日本人ばかりだからだ。ズバリ98%は日本人だ。なんだかつまらんわな。
Paris
ヨーロッパの国々に行ってみると、さまざまな人種の人々がうろついている。アフリカ人やトルコ人、モロッコから来たバルバル人や北アフリカから来たチュニジア人なんかもいる。イスラム教徒と思しき女性やおっさんもごまんといる。それにもちろん、中国人やインド人、ベトナム人。
同じ白人でも、慣れてくると、背の高い北欧系やドイツ系とラテン系ではまるで違う。ロシア人も顔つきが違っているからわかるだろう。同じラテン系でも、フランス人とイタリア人、スペイン人もなんとなく区別がつく。日本人が韓国人や中国人を見分けることができるのと同じだろう。
とりわけ、パリのようなコスモポリスでは、本当にたくさんの異人種が入り混じって暮らしている。香港や、アムステルダムもそうだった。それどころか、ヨーロッパでは比較的片田舎の部類に入るだろうフィンランドのヘルシンキでも、モデルみたいなブロンドで背の高い人々に交じって、黒人の姿をしばしば見かけた。移民だろうか?
もちろん、一介のパッセンジャーには窺い知れない、文化風習宗教の違いによる、軋轢や衝突、排斥はそれなりにあるんだろうが、大筋のところでは、異なった肌の色や顔かたちの人間が暮らしていても、さほど気にも留めないような社会になっているように感じられるんだ。その代りに、最低限の常識=コモンセンスや、マナーが求められるわけだ。目が会うと、にこりと微笑まれたりするのは、相手がたまたまホモだった場合ばかりじゃなくて、微笑むことで、敵意がないことをアピールしているんだと思うぜ。
日本社会に満ちている、言わなくても分かるでしょ的な空気になじめない俺には、そんな感じがなかなかに心地よいんだ。どっかの国みたいにKYだとか、同調圧力だとかいう得たいな知れないよどんだ空気みたいなものを感じないからね。あえて、どことは言わないけれど。

Paris
そんな多様な文化や異なる容姿の人々が、まじりあって暮らしている姿は、写真を撮る上でも、なんだか面白く感じられるんだがな。

髪型の成果、ファッションの成果、それともオーバーアクションで、トムとジェリーみたいな笑い方のせいか、日本にいると、あまり日本人に見てもらえない俺だが、何故か海外に行くと、必ず日本人として認識される。
出っ歯でも、七三分けでも、首からカメラをぶら下げているわけでもないのにな。あ、そんな昔のマンガみたいな日本人なんて、今はもういないのね?しかし、日本人だからといって、とりわけどうってわけでもない。見てくれは少し変わっているから、かえって面白がられてうちとけたりすることも多いな。その反面、うちの連れ合いはよく現地人や華僑に間違われたりするんだ。不思議なもんだ。

まぁ、俺個人の話しはいいんだ。問題はそういう社会ってのは、なんだか俺にとって結構面白くて、そこでの生活を味わってみたい気もするってことだ。何と言っても、写真を撮るのも面白いしな。
もちろん、文化や習慣が違うと、いろいろと問題も起こるだろう。しかし、今やヨーロッパの国々では、そういった移民を自国民として受け入れないと社会自体が回っていかなくなっているんだろう。ワールドカップなんか見ているとよく分かるはずだ。そもそも、国境はあっても、日本と違って地続きだからな。いろんな人間が行き来していても、不思議じゃない。

俺の私見では、いずれ日本は移民を受け入れていかなければ、どうにもこうにもならなくなるだろう。何と言っても、ずいぶん前から少子高齢化だ。若い衆には仕事がないというが、介護だの現場仕事だの、きつい仕事はそもそもいまどきの若者の仕事のリストに入っていないようだ。誰かがやらなけりゃならないのなら、移民が入ってくることを拒み続けることはできないだろう。
今そうなっていないのは、国際的に悪名の高い、日本の労働研修制度のおかげだと思う。中国や東南アジアから、研修生の名目で、安い人件費の労働力を引っ張ってきて、3年とかで区切って、年季奉公させるあれだ。俺は、時給300円で働いている中国人の話しを聞いたことがある。ひでーもんだ。これじゃ、まるで奴隷制度だぜ。気が付けば、コンビニや吉野家の店員は中国人ばかりになった。この状況はこれからもっと拡大していくだろう。一日も早く、日本が同一労働、同一賃金という国際的なルールに則った社会に変わってくれることを望むぜ。
その一方で、婚活だなんだとか言って、若い女性は余念がない。いつの時代も女は、より高く自分を売りつけようとするもんだが、このままじゃ結局婚期を逃してしまうんじゃないか?この不景気、そうそう女を楽させてやれる奴はいないからな。夫、これはなかなかにナイーブな話題だった。不快に感じる人がいたら、あやまるよ、ごめんなさい。
しかし、冗談抜きで俺の周りでも、いい年こいて嫁のもらえる当てもない奴がごまんといるぜ。俺は先々、そんな仲間の老後の心配をするのは嫌だから、外国人の娘さんでも嫁にもらってはどーだろうかって、冗談半分にすすめているんだが。なかなか、俺のように発想を切り替えることができないようだ。まぁ、なかにはロシア人とかウクライナ人ならいいなぁって言うおかしなやつもいるけどな。

日本人は、移民が嫌いだ。俺は、ツェッペリンの『移民の歌』は大好きなんだが、この国では、難民申請だって通りはしない。税金は払っていても、市民としての権利は制限される。はっきり言って2級市民扱いだ。在日のおばちゃんから献金をもらっていた大臣が辞任したのはつい先日のことだ。白人には弱腰だけれど、同じアジア人も含めて有色人種には冷淡だ。なんだかんだ言ってストレンジャー扱いだ。俺は彼ら自身が望むなら、彼らをネイバーとして迎えたほうがいいと思うぜ。
日本人は、鎖国暮らしが長かったのと、第二次大戦でボロ負けしちまったことですっかり内向きになってしまった。つまり、外国人が苦手になってしまったんだ。しかも、変な優越感を持っているから厄介だ。今でもネット上ではやれシナ畜だの、チョンだのと隣国の人々を差別するような暴言を吐いていい気になってるような連中が、そう、未だに頭にちょんまげんが乗っているようなことを言って、現状の不満のはけ口にしているような手合いがたくさんいる。嘆かわしい事だ。同じ日本人として、ヒジョーに恥ずかしーぜ。
右翼のドンだった笹川良一だって、存命中には『世界は一家、人類はみな兄弟』って言っていただろう。(ただし、あれには、笹川良一が戦時中に大陸で所属していた紅卍団という秘密結社の教義に関係があるという話も、きいたことがある。あくまで噂なんだけどね。)いずれにせよ、人間の肌の色や顔つきの違いなんて、単に生物学的に環境に適応しただけの違いに過ぎないというのに。
Paris
俺の言っていることには、反論異論が山ほど出るのは承知の上だ。しかし、日本の歴史をひも解いてみれば、この世界の東の果ての列島に、さまざまな地域から人が集まってきて、いつの間にか、日本人ってくくりが出来てきたんだってわかるだろう。今でも、北海道にはアイヌの人々がいる。沖縄の人々は150年ほど前まで、外国人として考えられてきた。もちろん、俺には差別を助長する気は毛頭ないぜ。違う文化を違うままに、尊重して、楽しみたいのさ。言うなれば、生物多様性も結構だけど、人間の多様性に関しても、俺たちはもっと寛容になったほうがええんちゃいますかってこった。

奈良時代辺りにも、半島や大陸から多くの人々が亡命して来たり、移住して来たりしてるだろう。それ以前の飛鳥時代や古墳時代、もっとさかのぼって弥生時代や縄文時代まで行けば、日本人なんて確固たるものはいないのさ。
斯く言う俺の先祖だって、半島から1500年くらい前にこの島にやってきたんだ。その前は、大陸から流れてきたって話だしな。実際に、一口に日本人といっても、いろんな顔の日本人がいるだろう。それは、そーいう多様なルーツがあるってことなのさ。
よく、タカ派の政治家が言うところの日本の伝統だとか、日本固有の文化なんちゅうもんは、ほんのつい最近できたモノに過ぎないんだぜ。なんせ、日本には縄文草創期以来1万5千年も人間が住んでるんだ。ほんの最近の室町時代や江戸時代くらいにできた文化だけを、日本古来の文化だなんていうのは、なんだかおかしなもんだろ。実際誰も縄文式土器こそが日本の文化だ、伝統だなんていう奴はいないからね。

近い将来、日本にまた多くの人々が移り住んできて、肌の色が混じって、文化が混じっていくことになっても、驚いたりしちゃいけないと思うぜ。何と言っても文化の融合こそが日本の文化の真髄なんだから。
いつか、いろんな人種が入り混じってカフェオレみたいな肌の人々が、日本にたくさん暮らす日が来ると思うぜ。俺の美意識では、そういう人は、なかなかに美しかったりするんだ。残念ながら、俺の生きているうちには、そんな面白い国にはなりそうもないけれど。

読者諸君、この問題は、一晩で語るには大きすぎる。
いつかは国民国家は解体し、ジョン・レノンのイマジンのような世界が来ることを俺は信じている。しかし、そのためにはきっと多くの問題を克服し無ければならないだろうし、長い時間を必要とするだろう。だが俺は、それこそが人類史的に必然の方向性だと思っているし、人間はどんな問題でも、きっと克服できると信じているぜ。
そうさ、誤解が解けたら理解を深めよう。キヨシローもそんな歌を唄っていたな。まさにそんなカンジだ。
OK、そんな日が来ることを、俺は夢に見ながら、今夜も眠ることにするぜ。なにしろ、今日は例の旅行のフィルムが35本も現像から帰ってきたからな。なんと、現像だけで2万円もかかったぜ!明日は仕事もないし、ゆっくりフィルムを見て、プリントしなけりゃならないんだ。睡眠不足では、イイプリントは出来ないぜ。では諸君、また会おう。