2011/04/29

Post #168 Ethics Inside Me

読者諸君、GWをいかがお過ごしであろうか?
俺は相変わらず寝て暮らし、相も変わらず今夜も男の仕事。何のことはねぇ、全く普段と変わりないぜ。まぁ、こんな時にちょろちょろ動いても、渋滞だのなんだので、イライラするだけだ。暇になる日はいずれ来る。商売左前ってことだから、あんまり歓迎は出来ないがね。

さて、閑話休題だ。
Amsterdam
先日の旅行で、空港でチェックインしていると、隣のカウンターでチェックインしているイカにもラスタマンって格好の黒人と、その日本人の奥さん、そしてその子供が目に入った。ああ、あの子はハーフなんだ、イカすぜ、あの天然パーマって思っていたんだ。
搭乗ゲートの喫煙室でパイプをぷかぷかしてると、さっきのラスタマンがやってきた。俺のパイプを見て、ご機嫌なカンジでサムアップだ。
俺とラスタマンは、すぐに打ち解けてタバコをふかしながら、喫煙室でつかの間の交流を持ったのさ。
『パイプ、吸ってみるかい?』
『いやいや、そいつは俺にはストロングすぎるぜ』ラスタマンはポケットからマルボロかなんかを取り出して吸い始めた。おいおい、ボブ・マーレーはバナナみたいにぶっといマリファナをふかしてたじゃないか?そんな健全なこと言ってちゃ、ラスタマンの名が泣くぜ。俺は心の中で、そう思ったのさ。
ふぅーと気持ちよさそうに煙を吐き出して、ラスタマンはこういった。
『ところであんたの髪形、なかなかイカしてんな』
『おうよ、ありがとよ、こいつは天然パーマなんだ。あんたはアメリカ人かい?』
『いやいや、俺はエチオピア人なんだ。本場のラスタマンさ。名古屋でレゲーバーをやってるんだ』
『そりゃいいね、今度寄らせてもらうかね。ところで、あの子は?』俺は、喫煙室の外でうろちょろしている、ジュニアラスタマンを指差した。
『おぉー、あれは俺の息子ね、ナチュラルボーン・ラスタマンさ』
『そりゃまたカッコイイな。で、ラスタマンは一家でどこにお出掛けなんだい?』
『俺はカミさんと息子たちを連れてドイツに行くんだ。あんたはどこ行くの?』
『アムステルダム、ブリュッセル、パリだよ』
『おぉ、アムステルダム!あそこはサイコーだぜぇ。なんてったって、コーヒーショップで大麻を堂々と吸えるんだからな。ラスタマンにはありがたいぜ、なんせ日本じゃとっ捕まっちまうからな』
『まったくだ、ダッハッハッハ!』
俺達は屈託なく笑いあった。ラスタマンのカミさん(それはごくフツーの小太りのおばちゃんなんだが)がラスタマンを呼びに来た。どうやらボーディングタイムだそうだ。
ラスタマンと俺は『いい旅を!』と言い合って別れた。

さて、俺がアムステルダムで、実際にコーヒーショップで大麻を吸ったかといえば、これがまったく吸わなかった。面白みのない男だ。葉っぱが自由に吸えるなんて、世界でもオランダくらいなんじゃなかろうかというのに。しかし、俺は普段から酒もほとんど飲まないし、トルコに行った時も、水パイプもやらなかった。
どうにも、肉体的に弛緩したような退廃的な雰囲気が好きになれないし、第一、俺は自分の感覚意識が鈍るのが、嫌いだ。万一、不覚を取ってしまっては男として面目が立たないのだ。だから吐くまで飲んだりすることはないし、飲んだとしても、記憶が無くなるような飲み方はしない。
ある意味つまらん男だ。しかし、脳内麻薬は年がら年中、ドバドバ放出されているからな、いつだってトップギアに入れることができるぜ。なかなか便利だろう?
そういえば、高校生の頃付き合っていた女の子は、何年か後にあった時には、自分のアパートの押し入れで大麻を育てていると言っていたな。若い頃、夜の公園を散歩していると、しばしばイラン人のプッシャーから大麻を買わないかって声をかけられたもんだ。しかし、そのたびに俺は『俺がほしいのは、ソウルパワーだ』って断っていたぜ。今でも、クラブとかで踊ってる兄ちゃんや姉ちゃんには、葉っぱをやってる奴がごまんといるんだろうな。よく大学生がおまわりにパクられている。押尾センセーなんて奴もいたっけ。

さて、法で許されていたなら、やらねば損なのだろうか。法律の抜け穴をくぐらないのは、間抜けなんだろうか?さらに一歩踏み込んで、法によって強制されたら、やらねばならないのだろうか?

その答えは人それぞれだ。勝手にするがいいさ。
しかし、俺は自分自身の内なる倫理と行動規範によって、やらない方が良いと思うことはやらないし、やるべきだと思うことは、たとえ法で規制されていてもやるだろう。
自らの内なる倫理によって、自分の行動を律していきたいんだ。
Amsterdam
街を歩けば、いい年をしたサラリーマンのオヤジが、赤信号の横断歩道をへっちゃらでわたっていくのを見かける。大阪やパリに行けば、赤信号でわたらない奴のほうが少ない。それはその人の内なる倫理なのだろう。どうぞ、ご自由に。しかし、もしどこかで子供が見ていたら、どーする?自分の子供に、赤信号で横断歩道を渡れと教える馬鹿な親は、さすがにいないだろう。
俺には子供はいないけど、俺はちびっこたちが見ている前で、赤信号を渡るようなことはしたくないね。子供たちに悪い見本を見せたくないってのもあるが、それは法で定められているからじゃない。自分の身を守るためと、自分が逆の立場なら、わたってほしくないということによるわけだ。
つまり、『己の欲せざるところ、人に施すなかれ』だ。
赤信号で平然と渡ってゆく偉そうな管理職のおじさんは、きっと自分の部下がルールを守らないと、厳しく叱責するにちげーねぇ。それとも、会社という村の掟には忠実でも、市民社会のコモンセンスや国によって定められた法には、厳密に従う必要がないと思っているのだろうか。
う~む、大いに疑問だ。
俺には、その辺の機微がいまいち良くわからん。俺にとって、倫理とは自分の中にあるものだからだ。俺には小さなルールを守れないような男が、より大きなルールを守って生きてゆけるとは思えないんだが。そして、この倫理こそが、裸一貫でこの巨大な社会と渡り合っていくための武器だからだ。

例えばもし、法で、殺人が許されているのなら、人を殺すだろうか?
そんなことはありえないだろうと思うかもしれないが、実は戦争ってのはそういうことだ。俺達の爺さんくらいの年代の人々が、先の戦争中に中国でどれだけ中国人の首をはねることができるのかって競争していたのは、ほんのつい最近のことだ。中国人に嫌われたって、仕方ないだろう。善良な八百屋のオヤジとかが、軍人になったとたんに、平気の平左で人の首を切り落とすんだぜ。

冗談じゃないぜ。こんなことってあるのかい?

これには実はからくりがあって、戦争中に、軍人たちは覚醒剤をバンバンにやっていた。何日も不眠不休で行軍したり、戦闘したりするためにね。今でもシャブ喰った奴が、通り魔事件を起こしたりするってのが、たまにあるだろう?あれを国家的にやっていたんだ。戦後、暴力団が覚醒剤を扱っているのも、北朝鮮が未だに覚醒剤の輸出で国家経済を回していると言われているのも、旧日本軍の遺産なんだ。
自らの倫理に反して、国家によって殺人を強要される。
戦争ってのは、そういうことだ。
軍備を増強しろとか、憲法9条を改悪しろとか言っている連中は、自分自身が、国家によって、縁もゆかりも無い誰かを殺すことになった時、喜んで殺すのだろうか。アムステルダムで大麻が吸えるってウキウキするように銃のトリガーを引くのだろうか、刀を振り下ろすのだろうか。
俺は、誰かに命令されて、法に許され守られて、誰かを殺したりするようなマネは御免だぜ。それで非国民だとか腰抜けだとか言われるのなら、喜んで非国民になるし、腰抜けになるさ。
自分自身の内なる倫理しか、国家の強制力に立ち向かう術はない。
ふふふ…、俺の中では大麻の話しと戦争の話しは、倫理という軸を介してつながっているんだ。

もちろん、それは極端な話だろうが、俺はいつだって、自分自身の内側の倫理が指差す方へ歩んでいきたいと思っているんだ。それは時には、世間のルールとずれている時もあるだろう。しかし、自分の中で40年くらいかけて培った倫理を、信じていきたいんだ。それがない限り、譬え法を犯す泥棒になったとしても、それは国家という主人の目を盗んでつまみ食いをする奴隷と変わらないからな。

読者諸君、今日はちょいと小難しくなってスマン。俺はどうにも、たまに小難しい屁理屈をこねくり回してみたくなるんだ。では、また会おう。俺は今からスパゲティでもこしらえて、さっさと食っては男の仕事に出撃しなきゃならないんでな。良い連休を楽しんでくれ。

2011/04/28

Post #167 Fragment Of Amsterdam #1

今夜は連れ合いと一緒にフィギアスケートを見ていたら、すっかり遅くなってしまった。迂闊だったぜ。今朝はすっかり明るくなってから眠りにつき、仕事関係の宅配便が来たことにも気づかず、例によって昼過ぎまで眠り、これじゃいかん、今日は月末だ、銀行に行って支払いをしなくてはって飛び起きて、おっとり刀で銀行に向かい、いそいそと振込を済ましてきてから、さぁ、プリントしようぜって勢いでプリントしたんですがね、なんだか睡眠不足ってのか、最近の国内時差ボケ状態のせいで、どうにもこうにも集中できず、途中で昼寝なんかしちまったくらいで、結局15枚くらいしかプリントできなかったぜ。
不覚だ。
しかしまぁ、生業のほうは震災の影響なんかもあって、5月はズイブン暇そうなんで、引きこもってコツコツプリントするってのも、一興かもしれないな。なんてったって、プリントしたいネガが、軽~く5、600枚はあるからね。こんなペースでちんたらやっていては、俺が生きてるうちに終わらないぜ。だからといって、デジカメに移行する気は、もちろんさらさらない。ここは大事なポイントなんで、もう一度言おう、デジカメに移行する気は、まったくないんだぜ!
Amsterdam
それはそうと、『たまには写真やカメラについて話そうかな #4』は、このブログの中で、一番地味にPVを伸ばしているロングテールなんだが、どうしてだろうかと思い、ちょっと見てみると、CONTAXで検索をかけると、かなり上の方にヒットしてくるわけだ。かつて、ライカと写真界を二分したコンタックスが、今では誰からも忘れられ、俺のようなおっさんのたわ言のようなブログが、世間の皆様のコンタックスに関する、情報源になってしまうとは。悲しいことだ…。
ふと、興味が湧いきて、同じ検索条件でヒットしている他のブログを見て、俺はひっくり返った。
俺の愛機ContaxⅢaを、堂々と戦前の古いカメラだと抜かしている奴がいる!当節流行のカメラ女子だとしても、これを大目に見るつもりは、さらさらない!真実は常にひとつ!と名探偵江戸川コナン君も言っているではないか!
興味のない向きには何のこっちゃだろうが、あえてここではっきり言っておこう。
あのキャパも使ったContaxは戦前も戦前、1936年にツァイス・イコンが発表したⅡ型。これに露出計を載せたものがⅢ型。レンズにはCarl Zeiss Jena(イエナと読むのだよ。ドイツ東部の街で、カールツァイスの創業の地だ)と刻印されているはずだ。
戦後に、東西ドイツ分断によって、巨大光学機器メーカーCarl Zeissも東西に分断され、企業体力はがくんと低下した。何と言っても本拠地のイエナはソビエト軍に接収され、生産設備は、ごっそりそのまま、技術者もろとも、ウクライナのキエフに持っていかれちまったからだ。まぁ、ゆとり世代の若い衆は、ドイツが東西に分断されていて、1989年にベルリンの壁が崩壊したことをきっかけに、共産主義の東側と、資本主義の西側に分断されたいたドイツが統合したって歴史も、ご存じないかもしれないが。
斯く言うツァイスも、イエナの東側と、アメリカ軍によってドイツ西部の街オーバーコッヘンに拉致同然に移住させられた技術者たちによって再建された西側のツァイスに分かれてしまったのだ。そして、1991年にカール・ツァイスは東西統合するまで、それぞれが本家争いを繰り広げていたのだ。
その本家争いの真っただ中、ほとんどゼロから再建された西側のCarl Zeissから、1950年に発表されたのが、戦前のⅡ型のシャッタースピードや操作性を向上させ、一層の小型化を施したⅡaで、翌年発売されたのが、露出計搭載モデルのⅢaだ。間違えてもらっては困る。
特殊なものを除いて、そのレンズにはZeiss Optonと書いてあったり、Carl Zeiss W Germanyと書いてあるはずだ。どこぞのエー加減な中古カメラ屋のオヤジの話しを真に受けたのだろうか?俺は、必ずこういうことを書く際には、信頼できる文献に当たり、極力間違いの無いように心掛けているつもりだ。以前も紹介した竹田正一郎センセーの本を読んでみてくれ。
カメラや写真に関して、もっと歴史を学んだ方がイイぜ。カメラの発展の歴史は、確かに自動化の歴史ではあるが、その過程を学ぶことで、露出やシャッター速度の関係、レンズの特性と開放値に応じた描写の変化、そしてレンズの個性に基づいてどんな描写が生み出されるのかを理解することができるってもんだ。単に、シャッター押せば写るっちゅうもんじゃないんだぜ。
そして、自分の撮影しているモノが、その辺の子猫や花鳥風月やモデル撮影会でも、今日までどのような写真家によって、どんな写真が撮られてきたのか、そしてそれがその当時、どのようなインパクトを持っていたのかを学ぶことはヒジョーに重要なんだ。写真集や写真展に足を運ぶんだ。そうすれば、君の写真に必ずや奥行きが出ることだろう。まぁ、俺が言っても説得力ないかな。
音楽も文学もそうだぜ、昔のスゲー奴らの業績や傑作も知らずに、イイ気になってるようじゃだめだ。まさに、温故知新だ。後ろに進むことによって、前に道が開けるんだ。しかも、最短でね。
まぁ、Contax Ⅲaは戦後のカメラだよってことが言いたいだけなんだけどね。もしかしたら、その人の言う戦争はアフガン戦争とか湾岸戦争かもしれないけど…。

まぁ、それはどうでもいいか。
今日はアムステルダムの写真をお届けしよう。
de Dam,Amsterdam
さっきも言ったように、今日はフィルム一本分、15カットしかプリントしていない。具体的に言うと、アムステルダム郊外のスキポール空港駅のホームから、アムステルダム中央駅を経て、サムソナイトをごろごろ転がしながらホテルに向かい、一息ついてカフェを探しに出たところまでだ。俺の旅はこうして、プリントすることで濃縮され、熟成した記憶として脳みその中に定着されていくのさ。

写真はアムステルダム旧市街の中心、ダム広場で見かけたおねーさんだ。どう、いい女だろう?日本だったら、こんな格好でうろうろしてんのは、風俗嬢と相場は決まっているが、さすがにオランダは違う。
なんか俺に話しかけてきて、パンフレットをもらったけど、俺はおねーさんの半分はみ出たおしりにばかり気をとられていて、何を一生懸命、こんな格好で伝えようとしてるのか、イマイチわかんなかったんだ。
まぁ、パンフレットを見たところ、これまたオランダ語ばかりなんだけれど、想像するに家畜を飼育するのにも、出来る限り愛情を持って、家畜が苦痛を感じないようにしてあげよう、そして感謝して食べよーみたいな話なのかなって想像したんですがね。子豚の写真とかのってたし。しかし、だとしてもこの格好でアピールする必要性って、あるんですかね。俺は嫌いじゃないけど…。

読者諸君、また会おう。これからコツコツプリントしていくぜ。まだまだこんなのは序の口だ。35本のうちのたったの1本だ。これからもガシガシ行かせてもらうぜ。楽しみにしていてくれ!

2011/04/27

Post #166 たまには写真やカメラについて話そうかな#5

今日は、凄い雨だ。風も激しー。そんな中、俺は現場調査のために高速に乗って、片道100キロくらいの道のりを往復してきた。しかも、今夜は仕事が待っている。小忙しーぜ、まったく。
まぁ、明日は月末だから振込なんかして、あとはゆっくりじっくりとプリントでもさせてもらうか。
それを楽しみに、今日を乗りきらせて頂こう。とはいえ、こんな嵐の中、仕事の材料を積み込んだりするのは、すこぶる億劫なんだがな。何とかならないもんかね・・・。
というわけで、本日はブログに現実逃避だ。しかも、昨日の予告、勝手に金子光晴週間その2は、ちょいと気分じゃないので、今日はやめる。
久々に、カメラについて話してみましょうかね。なんだか、カメラの話しをするとジミに人気があるようなのでね。

コンタックス一族を愛する俺が、何時かは欲しいと思っていたカメラに、ホロゴンウルトラワイドがある。今は亡き、カール・ツァイスの天才設計者エアハルト・グラツェル博士とハンス・シュルッツ博士の設計したホロゴン15ミリf8(3群3枚、画角110度)が、名機コンタレックスのボディーにめり込むように搭載されていた広角専用機だ。1968年登場なのだが、当時としては焦点距離15ミリ、画角110度は驚異的な数字だったろう。それが例え、固定焦点、絞りf8固定でもね。
ホロゴン、つまりラテン語で、全ての角度を意味する、ほとんど球形に大きく湾曲したレンズが、一眼レフカメラ、コンタレックスの異様に質感のある重たいボディーに固定装着され、ペンタプリズムの代わりに軍艦部には、大きなモニターのような美しいビューファインダーが、これまた固定装着。そのまま普通に手持ちで撮影すると、画面に指が写り込んでしまうので、専用のピストルグリップが標準装備され、なおかつ周辺光量の低下を補うために、専用のグラデーションフィルターがついていた。このフィルターを使うと、F値は実際にはf16になってしまうので、暗い室内なんかでは、結構撮影が厳しいカメラだっただろう。
人間の欲望ちゅうもんは、限りがない。欲しかった。しかし、時は中古カメラバブル真っ盛り。時折見かけるホロゴンは、ヨユーで100万円オーバーだった。買える訳ないよな。今でも70万くらいはするんじゃないだろうか。

その当時、すでに京セラのコンタックスG2専用レンズで、ホロゴン16㎜ f8が出ているのは知っていた。これは元祖ホロゴンをG2のボディーに搭載するために、焦点距離を1ミリ長くし、その代り焦点距離を調整できるようにヘリコイドリングを設けた逸品だった。しかし、これも定価が30万くらいする超高級なレンズだった。

ある時のことだ。行きつけのカメラ屋に行くと、このホロゴン16㎜が16万円というお手頃価格で売っていたんだ。しかも、中古じゃない。新品だ。そのお値段で購入するためには、購入後に作例を撮影し、レポートを提出しなけりゃならないっていう、京セラのキャンペーンだったようなんだが、今思えば、その数年後にカメラ事業から撤退するための布石だったのかもしれない。

俺は買ったよ、ホロゴン16㎜。銀行で金を降ろして、いや連れ合いに借金したんだったっけか?しかも、ホロゴンを使うために絶対必要なカメラのボディー、つまりコンタックスG1もG2も持っていないのに買ったぜ。あほだ。俺はしばらくの間、ホロゴンを部屋の照明の灯りに透かして眺めたり、これまた傑作の水準器内臓の専用ビューファインダーで、部屋のベランダからの風景を眺めたりして過ごしたもんだ。これはこれで、なかなかに楽しい写真の楽しみ方ではあったな。

それからしばらくしてからだ、G2を買ったのは。45ミリの標準レンズ、プラナーが付いた中古だったかな。勢いというものは、恐ろしーもので、あれよあれよという間に、というか金が入るたびに、コンタックスGシリーズ用のレンズが増えていった。最終的には、ズームレンズのバリオゾナー以外はすぐにそろってしまった。
そのラインナップを紹介しておこう。

CONTAX Gシリーズレンズ、たまんねぇ
Hologon T*16mm F8
Biogon T*21mm F2.8
Biogon T*28mm F2.8
Planar T*35mm F2
Planar T*45mm F2
Sonnar T*90mm F2.8

ビオゴン21mmはかつてツァイスが開発した、Biogon 21mm F4.5の現代版リニューアルという位置づけだが、これが驚異の解像度。そして、歪曲収差の少なさ。フランジバックが長いので、一眼レフには使用できないので、レンジファインダーコンタックスが無くなってから、長らくハッセル・スーパーワイドくらいにしか使用されていなかった玉なんですが。たまらんですよ。専用のビューファインダーもなかなか見え具合よし。
俺はG2を使う時には、大抵この21㎜のビオゴンか16㎜のホロゴンを使ってます。
28㎜のビオゴンも実にシャープな広角レンズ。
35㎜のプラナー、実はあんまり使わないんですが、結構やわらかい描写、背刊ではぼやーと撮れるという評価らしいです。どうしても35㎜はメインで使ってるCONTAX T3のゾナーを使っちまうんだよな。
45㎜のプラナーは、はっきりくっきり、シャープでクリアな描写。
90㎜のゾナーも、あんまり使わないんですがね、世間的にはライカのエルマリートに比べても、断然シャープで、高い解像度を持ちつつコクがあるという評価がされとります。
まぁ、レンズの評価なんて、コクだのキレだのまるでビールの味みたいになっちまいます。一番いいのは、Gシリーズのボディーもレンズも、ホロゴンやビオゴン21㎜以外は、実にお手軽価格で入手可能ですので、興味のある方は、現金を持って近所の中古カメラ屋さんに走ってくれ。どうせ買うんなら、G1よりも、G2だ。その理由もこの後、説明しよう。現金がなければ、カードで買ってもいいじゃない。まるで、マリーアントワネットのような、口ぶりだが、結局、こんなもんは自分で使って納得したり、びっくりしたりするのが楽しーんであって、人がとやかく言ったことを鵜呑みにしているだけではいけない。
しかし、ほんの20年ほど前までは真剣にレンズのビミョーな味わいが追及されていたことが、デジカメ全盛の昨今からは懐かしいような悲しいような、複雑な気分になりますばい。はぁー、さみしかねぇ。

CONTAX G2  Biogon T* 21㎜F2.8
そして、これらの銘玉(しかも、とてもリーズナブル、これ大事なポイント)のプラットホームたるG2も、なかなか侮りがたいカメラなんだよね。1994年発売のG1、そして96年発売のG2。これは、世界で唯一の、AFレンジファインダーカメラなんだぜ。もちろん、巻き上げもオート。レンズを交換すれば、外付けファインダー使用の16㎜と21㎜以外は、ファインダー倍率が自動で切り替わるんだ。ブライトフレームのライカと異なって、コンタックスは昔からこう!ってカンジで、画角に応じた画面の外はすっぱりと黒く裁ち落されている。これがまぁ、コンタックスだな。
AFの精度は、後発改良機のG2のほうがはるかに優れている。だから、21㎜や16㎜をつけて、ビューファインダーを覗いたままシャッターをガンガン切っても、何の問題も無しだ。4個ものマイクロモーターを搭載したボディーが、自動でレンズを繰り出し、シャッターをきり、フィルムを巻き上げてくれる。
こんなレンジファインダーカメラは、他にないぜ。
しかもG2には、往年のコンタックスファンを狂喜させたサイコーのギミック付きだ。以前に紹介したツァイスイコンのContaxシリーズは、右手の人差し指がかかるボディーの隅に、ピント調整用のギアがついていて、これを指でコロコロ回せば、ギアの回転がレンズの繰り出し機構に連動し、ピントが調節がされるという優れものだったんだ。これの何がイイかって?そりゃ、シャッターボタンのすぐそばでピント調節が出来りゃ、スナップ時の速写性は向上するし、左手はカメラのホールドに専念できるという訳だ。
このG2にもマニュアルモードがついているんだけど、これが往年のContaxのようにボディーの正面の右手人差し指あたりに同様の機能のダイヤルがついているわけだ。そして、撮影時には、ファインダーを覗きながら、液晶表示された指標に合うまでダイヤルを回してピントを合わせるんだ。
まぁ、ホロゴンを使う際には、AF連動していないので、これはMFに切り替えたうえで、カメラのヘリコイドを回すことになるんだけどな。

そして、シャンパンゴールドに輝くチタンボディー。たまらん、物欲を刺激するとはこういうこった。
さらにサイコーに感覚に訴えてくるのは、シャッター音だ。シュピィーンッ!ってカンジノシャープな音だ。連写にするとこれが、シュピシュピシュピーンッ!だ。乾いた、メカニカルな軽快な音。これは病み付きになる。久しぶりに聴こうと思ったら、何ということだ、電池切れだ。ウンともスンとも言わないぜ。まいったなぁ…。まぁ、仕方ない。これが人生だ、ロックンロールだ。
ちなみにこのG2の電池だが一台当たり、CR2が2本必要だ。なかなか大飯くらいなカメラだ。シャープなボディーに、ずば抜けた能力、そして大飯食らい。ふふふ…、まるで俺のようなカメラだぜ。

出来ることなら、俺の人生、また物欲で腸がよじれちまうようなカメラに出会いたいもんだぜ。読者諸君、また会おうぜ。

さて、今夜も出撃タイムだ。明日こそはプリントするぜ。待ってろよ!