2011/09/25

Post #316 穏やかな日曜日にはブラックミュージックがお似合いさ

今日は取り立てて話すほどのこともない一日だ。
自分より若い友人が遊びにやってきたことぐらいだ。どうってことない。けれど、かつて大学生だった友人が、もう29歳になるというのを聴いて、年を食ってるのは俺だけじゃないんだって、少し安心したぜ。当然のことだけど、俺のような自己中心的な人間は、そういうことになかなか気が付かない。自分が年食った事ばかりが気に食わないのさ。
Istanbul,Turk
で、今日はその友人といろんな音楽を聴いていた。俺のおすすめをね。今日のプレイリストはだいたいのところ、こんなカンジかな。

The Rolling Stones "Jumpin' Jack Flash" (from Get YerYa-Ya's Out!)
Jeff Beck "Loose Cannon" (from You Had It Coming)
Stevie Wonder "Another Star" (from Songs In The Key Of Life)
Al Green "Let's Stay Together" (from Let's Stay Together)
Curtis Mayfield "Move On Up" (from Curtis)
Kings Go Forth "One Day" (from The Outsiders Are Back)
James Brown "Ain't It Funky Now" "Georgia On My Mind" (from Love,Power,Peace Live At The  Olympia, Paris, 1971)
Bootsy's New Rubber Band "Blasters' Of The Universe" (from Blasters' Of The Universe)
Bootsy Colins "Play With Bootsy" (from Play With Bootsy)

まぁ、今日二人して聴いていたのはこんなとこさ。基本、どれも俺の愛聴盤なんだけどね。マニアックで、大抵の人はまったく分かんないだろうな。けど、カッコいい音楽ばかりさ。もしよかったら、聴いてごらんよ。けどまぁ、こんなもんばっかり聞いてたら、ロクな大人にはなりゃしないね。なんてったって、自然と腰が動いちまうんだから。若者を洗脳するのは、楽しいものさ。
読者諸君、また会おう。まだ本調子とはいかない俺さ。

2011/09/24

Post #315 If I Should Die Tonight

うう、相も変わらず体調が、優れませんねェ・・・。
今日も今日とて、プリントするつもりでいたんですがね、ダメですわ。身体がというよりも、身体を動かす精神のほうが、その気にならないんだな。季節の変わり目には、こんなことがよく起こる。自分としては、身体が来たるべき気候に向けてチューニング中なんだと思ってはいるが、全身熱っぽく、とりわけ顔が火照るように熱くなってて、とてもクリエイティブに何かに取り組めるような心身の状況じゃないんだな。おかげで今日もダラダラと眠っている。体温計を探すのもおっくうなんだ。読者の諸君にこんな不甲斐ない姿を晒すのもなんだけれど、これが現実だ。この二日間で、百枚はプリント出来たんじゃないかって思うと、泣けてくるぜ。人生に残されてる自由時間は少ないってのに・・・。俺は老後の楽しみに、プリントを残しておこうなんてこれっぽっちも思っちゃいないんでね。
Paris
こうして少し調子が悪くなると、しばしば俺、もう死ぬんじゃないかって思う。
おふくろが39で早死にしてるから余計にそう思う。とっくに40を超えた俺だ、いつ死んでもおかしくないぜ。縄文時代の日本人の平均寿命は30歳くらいだったっていうしな。医療がなければ、人間なんてそれくらいで死んじまう弱い生き物なのさ。
だからこそ、一瞬一瞬、迸るアーク溶接の火花みたいに激しく生きていたいんだけど、昨日今日の不甲斐ない有様じゃねぇ。こんな状態じゃ、いつもヘソの下あたりに渦巻いている生命エネルギーが、自分で感じられないんだよ。俺に写真を撮らせたり、プリントさせたりさせてるのは、この下っ腹のあたりにとぐろを巻いてる生命エネルギーなんだ。それが自分で感じ取れないとは・・・、弱気にもなってしまうさ。
いつも新聞の死亡記事に目を通す。どんな立派な業績を残した奴でも、最後は新聞の片隅にちいさな記事が出るくらいだ。顔写真がついていれば大したものさ。俺が今夜死んだところで、どこかで犬が一匹死んだのと大差ない。俺のつれあいは悲しむだろうが、世の中から痴漢が一人減ったくらいのものさ。
せめて、俺の葬式は楽しいものにしてもらいたい。俺は親しい友人にはいつもお願いしている。涙は無しだ。俺の好きなロックやファンクやソウルを流して欲しいぜ。思わず棺桶から起き上がりたくなるようなとびっきりの奴をね。そう、参列者も思わず腰が動いちゃって、ステップを踏みたくなるようなイカした奴だ。
もっとも、俺は『善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや』でおなじみの浄土真宗だから、好き放題の俺の往く先は極楽往生間違いなしだ。キレーなおねーちゃんが待っててくれるとイイんだがな。で、肝心の葬式だけれど、いろいろと注文がある。今日はいい機会だから、ここに書いておこうや。誰かが憶えていてくれて、この通りにやってくれるかもしれないぜ。
まずは、俺の死に顔はニッコリ笑顔にしておいてほしいーもんだ。
ガンガンロックの流れる中で、棺桶の中の死に顔を見た親類知人が、思わず噴き出すような満面の笑顔にしておいてほしーぜ。これは自分が死ぬ時の心掛けもカンケーしてそうだ。最大限努力するぜ。
Paris
棺桶の中には、あの世に行っても傾いていられるように、グレンフェルのパープルのコートや、蛇皮の靴や、パイソン柄のスキニーデニムを入れておいておくれよ。髑髏の杖も欲しいけれど、燃え残っちまうから、誰かにやるさ。あの世に行って、幽霊みたいな恰好はゴメンだぜ。カメラも入れなくていいぜ。どうせあの世に行って写真をとっても、どれもこれも心霊写真だって言われちゃうだろうからな。
で、肝心要の葬式がはじまり、坊さんが席に着いた途端に、天井からでっかい金盥が坊さんの頭に落ちてくるとか、コミカルな演出をお願いしたい。頭を強打した坊さんが、しぶしぶお経を読みだすと、木魚のリズムに合わせて、棺桶の顔の部分に設けられてる小窓が、パタパタキーキーと開いたり閉まったりするのも小憎い演出だ。焼香の途中なんかに、棺桶がワイヤーでつられて蓋が開いたり飛び上がったりするってのも、あほらしさ満点でいいんじゃないかな。そうそう、焼香の香炉の灰の中に、爆竹なんかを仕込んどいてもらえると、スリル満点だ。気味が焼香した途端に、バチバチ!っとはじけるのさ。俺もきっと棺桶の中で笑い転げることだろう。
そう、全体的なイメージとしては、大昔のドリフターズのコントだ。8時だよ、全員集合だ!
そして、出棺の際には、マービン・ゲイの"If I Shoud Die Tonight"なんかかけておくれよ。とびっきりのブルースマン、ジョン・リー・フッカーの“Burning Hell”なんかもイイかもしれないな。これもカッコいいブギーなんだぜ。出来れば気の合う仲間たちに、お神輿みたいに景気よく担いでほしーぜ。バカバカしいのは分かってるぜ。けど、湿っぽいのは嫌いなんだよ。所詮この世から馬鹿が一人減っただけのことだ。だったら最後まで、バカバカしくいきたいもんだろ?
もちろん霊柩車は、宮型つまり、屋根が作ってあって、その上に金ぴかの鳳凰なんかが輝いてるあれじゃなきゃね。なんたって、俺はあの手のゴージャスな霊柩車を自家用車にしたいと思ってるくらいなんだ。眠りたくなったら、サービスエリアに車を止めて、棺桶の中でぐっすり眠るのさ。暑い時期にはドライアイスなんかを入れるのもいいだろう。その夢がかなう時がやってくるのさ。
そうそう、花輪なんかも一ひねり欲しーもんだ。菊の花でグラマラスなおねーさんの姿を象ってもらえたりすると、死人冥利に尽きるぜ。個人は生前、いい女を見ると、すぐにシャッターをきっていましたとか言ってね、ダッハッハ!
で、俺の糞くだらない人生をリワインドするようなスライドショーを作るくらいなら、俺の撮った糞ったれな写真のスライドショーを流して欲しいぜ。どこよりもその中に、俺の生きた証があるはずだ。
そして、何より弔辞だ。このブログには、弔辞のネタになりそうな馬鹿話をせいぜいちりばめておくとするかな。
まぁ、こんな夢みたいなこと書いたって、きっとまだ死にゃしないんだろうし、それを実現できるほどの肝っ玉の奴なんていやしないだろうな。だからこそ、こうやって書いておくんだ。これは故人のたっての願いだったって言えるようにね。
読者諸君、人間、気弱になるとどうもネガティブな事を考えちまっていけないぜ。まぁ、どうせもう少しダラダラねむってりゃケロッとするさ。けど、俺の葬式には、みんなぜひ来てくれよ。たんまり香典包むのを忘れずにね。失礼する。あの世で会おうぜ!


2011/09/23

Post #314 こういっちゃなんだが、素人に21㎜は荷が重いのではないだろーか?

スパークス、ついにダウンだ。
いや、死んだわけじゃないよ、もちろん。今こうしてブログってるし。単に疲労困憊して。一日ダラダラ眠っていただけさ。仕方ない。365日のうち、そんな日もたまにはあるさ。とはいえ、溜まりに溜まった洗濯物をかたずけ、散らかった部屋を掃除し、行きつけのカメラ屋にフィルムを出しに行き、プリントの薬品を調合するところまではやったんですよ。やったんですが、それで力尽きた。俺は眠ったぜ。一日ダラダラ眠って暮らしたんだ。友人のケンちゃんから借りたCDも、一曲だけ聞いて止めてしまったほどだ。イイプリントを作るのも、イイ音楽を聴くのも、結構体力が必要だってことだ。疲れてぼうっとしてると集中することもできないからね。
Amsterdam
先日仕事関係で知り合った若者は、GR21が欲しいと言っていた。
GR21かぁ・・・。森山大道センセーもお使いの名機だ。リコーGRシリーズの行くとこまで行った精華だ。いいカメラだ。俺としては、レンズが完全に沈胴できへんのがちと難点だが。レンズが完全に沈胴しないコンパクトカメラは、俺のように結構ヤバ目のシチュエーションで写真を撮りたがる阿呆には、イマイチ不向きなんだ。パッと撮って、さっと逃げる。これ肝心。今まで、それを怠りトラブルになったこと多数ありだからな。その時、沈胴しきらないと、機動性が悪い。まぁ、これは単に俺の都合ではあるがね。
21㎜は、まぁ現在、フツーに使われる中ではもっとも広角レンズの部類に入るだろう。もちろん12㎜とか16㎜とか、さらに広角な玉があるのは承知の上で言ってるんだぜ。しかし、実際のところ、21㎜よりも広角のレンズになると、何か特殊な表現意図がないと使わないだろうという意味で言ってるわけだ。
GR21が欲しーなんて言う若者だと書くと、カメラに詳しい読者さんからすると、なかなかにいまどき見どころのある若者じゃないかという事になるだろうが、実際に話を聞くと、そんなたいそうなもんじゃなかった。がっくりだ。
きけば、フィルムカメラは持っていないということだし、何故21㎜かと聞くと、とりあえず撮り洩らしがなく、なんでも写るからと、素人丸出しな事を言っていた。俺は若者の意欲に水を差すのもなんだったので、言わなかったが、正直21㎜舐めるなって言いたかったぜ。21㎜の持つ奥の深さ。言い換えれば、その扱いにくさ。それは意図して画面を構成することを撮影者に要求するシビアなレンズだってことを、写真を真面目にやったことのある人は、理解してくれるはずだ。
テキトーに写真を撮っているように見える俺が言うのもなんだけど、被写体にどうやってアプローチするのか、どれくらいの距離感でシャッターをきるのか、写真にはそういったセンスが絶対的に必要だと思うぜ。何でも写るから広角21㎜なんて感覚じゃ、フィルムに何も写せやしないさ。何でも写るってんなら、心霊写真でも撮ればいいのさ。
かつて、ハリー・キャラハンは、1950年代にやっと開発された21㎜レンズ(そう、コンタックスのBiogon21mm f4です。レンズ史上に燦然と輝くあのBiogonです!ライカが、シュナイダーにスーパーアンギュロンを開発させ、発売したのはそのあとですよ)を使うために、中判カメラからコンタックスⅡaにカメラを替えたほどでした。当時の21㎜レンズは現代の12ミリとかのような特殊レンズだったようです。
21㎜は、正直難しいレンズです。俺もG2を投入するときには、必ず使うレンズですが、21㎜は画角が広い分、被写体との距離のとり方がかえって難しい。主題に持っていきたい被写体が、マメ(これは俺の用語で、肝心要の被写体が小さくなっていること)になってしまうこともしばしばだってことです。周辺光量の低下や空間の歪は、広角レンズの味だから置いといても、メインの被写体がどれって状態は困る。
広角レンズならではの被写界深度の深さを応用したテキトー且つ大胆なピント合わせや、広角ならではの開放値の暗さ(もちろん、昔ほどじゃないけどね)などを考慮しても、素敵なスナップ用レンズだと思いますが、むしろ近接した場所でポートレイトを撮るとか、もっとクリエイティブな使用法を試していきたい上級者向けのレンズですわ。そう、さらりと言っておくけど、俺に写真を撮ってほしーという人は、ぜひとも名乗り出てください。出来れば、若くてキレーな女性がイイです!
だから、ロクに写真を撮ったこともなく、フィルムカメラを使った事もないようなボーヤが買っても、箪笥の肥やしに直行便なのは明明白白なんですから、決して賛同出来ね―ぜ。そういったカメラは毎日ガンガン写真を撮りたい、やりたい盛りの思春期の小僧みたいに写真が撮りたいっていう、ハードコアな奴にこそ持ってほしーもんだ。
で、俺は奴に35㎜とか28㎜をお勧めしてみたんだけれど、人の話しをロクに聴かない奴で、まったく聞く耳を持たないんだ、困ったなぁ。せめてレンズ交換の出来るカメラで徐々に感覚を磨いていく方がいいと思うんだけれどね。まぁ、仕事じゃないからそいつの好きにしてくれていいけれど、仕事でもそんな風に、ロクに分かってもいないくせに人の意見を容れないような奴と組むのは、骨が折れるだろうぜ。自分のところの若い衆なら、回し蹴り一発で教え込むんだけれど、そうもいかんしな。
Amsterdam
やれやれ、困ったもんだ。しかしまぁ、自分の稼いだ金で買って、無駄にするなり苦労するなりして勉強していけばいいのかもね。どんな写真を撮りたいのか知らないけれど。まぁだけど、21㎜なら撮り洩らし無しなんて言ってるようじゃ、マジにロクな写真は撮れないだろうな。もったいないぜ。マータイさんもきっと『モッタイナイ』というと思うぜ。
そう、ガチで被写体と切り結ぶ覚悟が感じられんぜ。冗談じゃない、カメラはアクセサリーじゃないんだぜ、侍で言ったら刀、次元大介で言えば44マグナムだ。けど、本質的なことを言えば、本当に撮りたかったら、写るんですでもケータイでも十分に写真は撮れるさ。なんせこの俺だって、写るんですで写真をとりはじめたんだからね。
カメラがあるから写真を撮るんじゃない。写真を撮りたいからカメラが必要なのさ。問題なのは、写真を撮りたい気持ちであって、写真を撮る俺たちのセンスと覚悟であって、カメラなんて何でもいいのさ。まぁ、そうは言いつつも、俺だってコンタックス信者だけどね。
読者諸君、写真はシャッターを押せば写る。だけれど、いやだからこそ、カメラ以外に問われるものがたくさんあるってことだ。毒にも薬にもならんような写真を撮りたくはないのさ。そう、森山大道も言ってたぜ、覚悟しろ!ってね。