2012/08/01

Post #602 ふと思い出す金子光晴

車を転がしながら、金子光晴の『愛情60』という詩を思い出した。

  人が戀しあうということは、
  あいての人のむさいのを、
  むさいとおもわなくなることだ。

  もとより人は、むさいもので、
  他人をむさがるいはれはないが、
  じぶんのむささはわからぬもの。

  じぶんのからだの一部となつて、
  つながつたこひびとのからだを
  なでさすりいとほしむエゴイズム。

  じぶんのむささがわからぬ程に
  あひてのむささがわからねばこそ、
  69(ソアサンヌフ)は素馨(ジャスミン)の甘さがにほう。
Osaka
言いえて妙だよな。Soixante-neuf はもちろん、あのシックスナインという奴だ。
俺が生まれた年も69年だがね。何ということはないけれど、ふと身近な出来事から連想して、運転しながら、思わずニヤリとしちまったぜ。人を愛するってのは、そういうことさ。
読者諸君、失礼するぜ。また会おう。 

2012/07/30

Post #601

暑い日々が続いている。
この何日かの間に、いろいろとあった。92歳の祖母が、一時危篤状態になったりもした。この祖母には、いろいろと世話になりとおしだった。俺の栄光を見せてやらねば、死んでもらう訳にはいかないぜ。
仕事の見通しが今一つ立たないので、豊川稲荷の別院でお祈りしたら、次の日からドバドバさばき切れないくらいの仕事のオファーが舞い込んできやがった。何といっても、祀られているダキニ天に『俺が死ぬ時には、肝臓を差し上げますから、じゃぶじゃぶ儲けさせてください』と、切実にお祈りしたんだ。豊川稲荷に祀られているのは、実はインド出身の女神、ダキニ天なのだ。ダキニ天はもともと、人間の生き胆を喰らう悪鬼羅刹の類だったんだ。平清盛も、このダキニ天を信仰していたという伝説があるほどだ。さすがだ。しかし、浮かれれていてはいけない。どんな仕事も金を握ってからじゃないと安心できないもんだろう。
色々なアイディアが浮かんでは、忙しさにかまけ、暑さにヘキエキしている間に、それらは消えていく。生きていくだけで精いっぱいってことだ。それはまったく人類にとって、大きな損失だ。俺の偉大なる才能が、虚しく浪費されているぜ。
いずれ、落ち着いたら何らかの形にしてみたいのだが、落ち着くなんてことがあるのかどうか・・・?まったく、貧乏ヒマなしとはこの事さ。プリントだって、この調子じゃ11月くらいまでやってるような暇はないってところなんだ。結構なことだ。しかし、どうせたいして儲かりゃしないがね。
HomeTown/Nagoya A Philippina
読者諸君、失礼する。また会おう。

2012/07/20

Post #600 さんざん書き散らしてきたもんだ

読者諸君、このブログもついに600回だ。関係者諸君、どうもありがとう。
さんざんいままでお喋りしてきた。言いたいことはまだまだ山ほどあるような気もする。しかし、余りにくだらない政治の話しや社会を騒がす事件に関して、バカらしくって何も言う気になりゃしないってのが正直な気分だ。
OK、みんな好きにやってくれ。俺も好きにやらせてもらおう。いままでも、ずっとそうだった。誰かに言われても改まるわけもない。これからも、俺の持ち時間が尽きるその日まで、そうさせて頂くぜ。
てなわけで、今日は久々に一挙8枚写真をUP。
自分で言うのもなんだけど、改めて今までUPした写真を見返してみると、これはスゲー強力だ。下手っぴだが、ガッツがある。そんじょそこらの写真とは一線を画する黒っぽさだ。俺はその力強さに驚き、満足し、自分の写真に確信を持つ。俺は間違ってない、間違ってるのは社会のほうだと。
下らないお喋りよりも、写真のほうがきっと雄弁だ。分かる奴には解かる。分からない奴には分からない。そういうもんだ。
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HomeTown/Nagoya
 失礼する。また会おう。