2014/12/05

Post #1339

Boudhanath,Nepal
昨日の昼前、家で事務仕事をしていると、珍しく電話が鳴った。携帯じゃない、固定電話の方だ。しかも、フリーダイヤルの番号だ。
何かのセールスかと思って電話を取ると、国連難民高等弁務官事務所UNHCRからだった。

俺はずいぶん前にもこのブログに書いたことがあるが、(Post #535)ここ何年か、毎月国連難民高等弁務官事務所に千円づつ寄付しているんだ。
この世界は残念ながら紛争に満ちている。
民族や宗教やら何やかんやで、あちこちで揉めに揉めている。で、それで一番割を食うのは、普通の人々だ。武力紛争や民族浄化みたいな愚行で、生まれ故郷を追われ、着の身着のままで国外に逃げなければならない人々が本当にたくさんいる。
日本に住んでいると、何故かそういったニュースはほとんど報道されない。どのニュースも、ドメスティックな話ばかりだ。アベノミクスがどうだのこうだの、トヨタの利益がどうだのこうだの、芸能人のプライヴェートがどうだのこうだの、尖閣諸島や小笠原諸島がどうだのこうだの・・・。海外のニュースったって、中国か韓国か北朝鮮のニュースしかない。おかしなもんだ。島国根性だ。
しかし、旅先でCNNやアルジャジーラ、BBCなんかを見ていると、世界中の紛争地域に、使命感のあるレポーターが赴き、時には命がけで報道しているのを見ることができる。NHKさんにも、もっと頑張ってほしいもんだね。

さて、UNHCRからの電話は、シリア内戦による難民の支援のための寄付の増額のお願いだった。
シリアは大統領派、反大統領派、クルド人勢力、そしてイスラム国など、さまざまな勢力が入り乱れて戦っていて、何が何だかわからない状況になっている。
そして、少数派の人間は、虫けらの様に殺されたり、多くの女性が性奴隷にされたりしているという。既に死者は20万人を超え、難民は200万人に迫る勢いだ。
この21世紀に、なんてこった。
何が何だか訳が分からないが、一つだけはっきりしていることがある。

一番悲惨な目に合うのは、穏やかに暮らしたいと願っている、普通の人々だってことだ。
そう、俺や君のような、普通の人々が、一番ひどい目に遭っているんだ。

つい先日も、国連世界食糧計画WFPが、シリアの周辺国であるトルコやレバノンに逃れた難民に対する食糧支援を、資金不足のために打ち切ったと報じられていたのを、俺は知っていた。
これから寒い冬が来るっていうのに、防寒もままならないうえ、食糧支援も打ち切りって、どんな仕打ちだい?
もし、君がシリアに生まれ育ち、隣人や家族を殺されて、命からがら隣国に保護を求めて逃げ出したと難民だと考えてみたら、資金不足を理由に支援を打ち切られたとしたら、どんな思いを味わうだろう。
電話の担当者は、UNHCRでもシリア難民に対する支援資金は、予算の51%しか集まっていないという。
俺は即座に毎月の寄付を2000円に増額することにしたよ。
俺にできることは、その程度のささやかなことかもしれない。
けど、放っておけないだろう。同じ人間じゃないか?どうせ千円持っていたって、煙草2箱買ったら終わりなんだぜ。そのお金が、誰か困ってる人の役に立つなら、それくらい快く出したいよ。
何しろ俺は、お人よしなんでね。
興味があるのなら、リンクを貼っておいたから、UNHCRのHPも見て欲しい。
俺たちは、ぬくぬくのうのうと暮らしているけれど、せめて隣人の痛みに鈍感でありたくはない。なぜって、世界は繋がっているからだ。

読者諸君、失礼する。ちなみに日本政府は、シリアからの難民申請をことごとく拒否し続けている。難民に冷たい国なんだ。恥ずかしい話さ。

2014/12/04

Post #1338

Kathmandu,Nepal
そろそろまじめに次の仕事のことを考えなくちゃな・・・。
出来る事なら、クソ下らねぇ仕事なんか放っておいて、旅をして、食ったことのないものを食い、言葉の通じぬ人たちと笑いあい、写真を撮って、プリントしていたい。
しかし、それには結構な経費がかかるんだよなぁ。
グッゲンハイム奨学金とかもらえるんならともかく、今の状況では、そんな暮らしは無理だ。
それがフツーさ。

それはそれとして、今日は昨日のプリントの中から一枚お送りしよう。
インド系の女性の黒い肌がスゲー質感だ。硬そうな髪も、子供の柔らかそうな腕も、快心の出来だ。セバスチャン・サルガド大先生かスティーヴ・マッカリー先生のような写真だが、俺が撮ったんだぜ。

このワクワクするような感じが、君にも伝わるだろうか?
伝わってほしいものだ。
そして、この女性がその境遇のなかで、子供を育ててゆく営みを想像してほしい。
この無垢な瞳の子供が、どのように世間の垢に染まって、無限の可能性を擦り減らしながら生きてゆくのかを想像してほしい。

目を閉じて、30秒間、考えてみてくれ。

OK、想像してくれたかい?

写真というのは、想像力を働かせないと、即物的すぎて、なんにも君の心には残らない。
フェイスブックでよく見かける、誰かのランチの写真みたいに心に何も残さない。

けれど、それは、もったいないぜ。

そんなの解かりっこないし、解かったところで何の得もないと思うのも勝手だろう。
けれど、解からないなりに想像する。
そういった営みが、俺たちが日常生活で他人と接するときに、大きな糧になるんだ。
俺はそう思う。

読者諸君、失礼する。あぁ、そんなこと言うと、俺、浅薄な善人みたいで嫌になるな。けど、思ってることって、言わなきゃ何も伝わらないだろう?だから、仕方ないのさ。

2014/12/03

Post #1337

Boudhanath,Nepal
まずは昨日のプリントから一枚。

世界最大級のストゥーパ、つまり仏舎利塔ボダナートのストゥーパだ。
お釈迦様の遺骨が納められているのだ。そこに行くと、すごい磁場のようなエネルギーを感じる。
高さ36メートル。そこはチベット仏教徒の聖地で、このストゥーパの周りには、おびただしいチベット系住民や少なからぬチベットからの亡命者が住んでいる。彼らは朝に夕べに、この巨大なストゥーパの周りを時計回りに108回巡り、仏に帰依を示す。こうして人々が巡ることで、コイルのように精神的な磁場が強化されているんじゃないかとも思える。

ストゥーパの四方には、世界の果てまで、因果を見通す仏の目が描かれている。
1ドル札の裏に描かれた『プロビデンスの目』にも似ていなく無いが、あちらは監視し、こちらは慈悲の目を注ぐ。一神教世界と多神教世界の相違が感じられる。

鳩は日差しを避けてそのドーム状の屋根に蝟集している。
人々は、仏に祈り、また、仏の膝元で憩う。


俺は、写真になんかにとんと興味のない絶対的多数の人々に対して、自分の行為がどういった意味を持ちうるのか、ふと考えてしまうんだ。ぐるぐるぐるぐる…、考えてしまうんだ。
しかし、考えても仕方ない。どうせ、何の意味もない。くだらないTVを見ていた方が、その人たちのためかもしれない。俺は、そんなのほんとはお構いなしで、自分の愉楽に耽っていればいいのかもしれない。

読者諸君、失礼する。今から腹ごしらえをして、プリントでもするさ。