2015/04/26

Post #1481

Bhodhanath,Nepal
ネパールで大地震で、死者1,500人だという。
ただでさえ、インフラの不充分なところだ。
現地の知り合いからは、大きな余震が続いていると伝えられている。
国際的な援助が求められていると思う。
ニッポンのお偉いさんたちには、こういうときに、日本人の力を見せるように決断してもらいていぜ。

ネパールの聖地、ボダナート。
そのすぐ裏通りでは、年端もいかぬ子供たちが、現金をかけて賭博をしていた。
それが良いことなのか、悪いことなのか、俺にはなんとも言いかねるな。

世界は、俺たちの島国仕様の常識では測れない。
そんなもんさ。

読者諸君、失礼する。世界を見て、触れて、まずは受け入れ受け止めること。判断するのはそれからだ。

2015/04/25

Post #1480

Nepal
今日もまた旅の途中さ。世知辛い日本で頑張る諸君のために、写真をお送りしよう。

ネパールの山々を縫うようにして延びるハイウェイを、砂塵を巻き上げて走る長距離バスの窓から、ほんの一瞬目にした少年たち。
兄弟だろうか?友人だろうか?
獣道のような小道を辿り、何処に行くのだろうか?


俺は、いつも自分の写真について考える。
あるいはまた、自分の文章について考える。

俺の写真が、そしてこの下らない駄文が、君にささやかな驚きや歓びをもたらすことができるだろうかと。
見たことのない世界に暮らす人々のことについて思いを馳せる契機になりうるだろうかと。
君が悩んだりしているときに、違う視点でものを考えてみる契機になりうるだろうかと。
君が何らかの理由で悲しんでいるときに、元気づけることができるだろうかと。
そして君が、見たことのない世界や俺たちの生きているこの社会、そしてかけがえのない各々の人生のあり方について、もう少し踏み込んで考えてみるきっかけになりうるだろうかと。

大それた願いかもしれない。
けど、自分のギリギリのところで、そう願わずにはいられない。

写真の価値というのは、そう言った思いとは、何ら関わりはない。
いいものはイイし、ダメなものはダメなのは言うまでもない。
難しい言葉はいらない。
君がイイ写真だなと思えば、それはイイ写真なのさ。
君がつまらない写真だと思えば、それはダメな写真なんだ。
写真なんて、それしかない。
誰しもが批評家になる必要はないだろう?
それはあたりまえのことなんだけど、それでもなお、俺は自分のこの営みが、君に何かを無形のものを贈ることができたならと願っている。
もちろん、なんら見返りなんか望んじゃいないけどね。

それができないなら、単なる自己満足だ。
サルのせんずりだ。
阿呆らしいからとっととやめたほうがイイだろう。お互い時間の無駄って奴だ。

読者諸君、失礼する。ごきげんよう。

2015/04/24

Post #1479

Kathmandu,Nepal
今日も俺は旅の空。ユーラシアの涯あたりさ。

ネパールでは、若者たちは長距離バスの屋根に乗って旅をしていた。
日本の常識じゃ、ちょっとありえない。
しかし、旅に出ると、日本の常識が普遍的でないことを思い知らされる。

世界は、もっと多様で自由なんだと、思い知らされる。

旅を重ねるほどに、日本人であるという呪縛から、自分がどんどん自由になっていく。
たとえ俺が、日本語で考えて、喋り、文章を記しているとしてもね。
問題なのは、そこじゃないのさ。

読者諸君、失礼する。ごきげんよう。