2026/02/28

POST#1774 夢の年間経済成長率3%!

ヴェトナム、ホイアン

高度経済成長のころはよかったと思ってるご老人や政治家はたくさんおいでだ。

しかし、あれはほら、戦争で何もかも焼け野原になったから成長したに過ぎない。ひょっとしたら、この国の指導者たちは中国を挑発してもう一度この国を焦土にしてから、爆発的な経済成長をしようとたくらんでいるのかもしれない。ん、こんなこと言うのは不謹慎だが、今のガザやウクライナが今後そうなるだろうな。 トランプはガザで一儲けすることを狙ってるしな。ほんとに自分の利益にしか関心がない酷い男だ。

一般的に、資本の成長率(キャピタルゲイン)ってのは年間3%から5%と考えられているようだけれど、今の日本の有様からすれば夢のまた夢だ。総理大臣が、成長のスイッチを押して押して押して押して押しまくると絶叫するのもわからなくはない。

経済が成長しても、富裕層や大企業だけがホクホクで税収は伸びても、国民一人一人の実体が、豊かさを感じることがなければ、幸せを感じなければ、何の意味もないんだけどな。

経済とは『経世済民』つまり世の中を運営し、民を救済するということだ。大企業や超富裕層のためのものじゃない。

さて、そこで問題。

我が国の公的負債の額も皆さん心配だろうけれど、今の経済成長が世界的に3%をキープしていったとしたら、百年後には我々人類の経済規模は今の何倍になっているでしょうか?

わかるかな?そして百年後、僕たちが生存してゆくのに欠かせない地球環境と生態系は、存続可能だろうか?考えてみてほしい。

年率3%で経済成長が100年続いたら、経済規模は19倍になる。

19倍だ。大切なことだからもう一度言おう。19倍だ。率直に言って、現在の経済規模が19倍になったなら、この地球は持たない。火星に行くか?いいだろう。あんまり楽しいところじゃないぜ。自分は死んでいるから関係ない?僕らのこどもはきっと22世紀まで生きる。そしてひどい目に合うぜ?いいのかい?地球が金星みたいな灼熱の死の星になるかもしれないぜ。やめてくれよ子供たちのために、俺たちは良き祖先グッド・アンセスター🔗にならなきゃいけないんだよ。

結論から言えば、そんな成長は物理的に不可能だ。多くの科学者や経済学者はそう考えている。けれど、みんな知らない。理解しようとしない。

途切れたハイウェイを全速力で突っ走るように経済成長を追い求めてる。けど考えてほしい、もしエネルギー需要や資源採掘が経済規模の拡大と同じペースで拡大してゆくのなら、100年後には今の19倍の資源を掘り出し、19倍のエネルギーを使い、19倍のごみを出す。

きみはそれが可能だと思うかい?思うんだとしたら、とんでもないほどおめでたい奴だってことだ。そういえばアメリカには、掘って掘って掘りまくれといった景気のいい大統領もいたな。その手合いさ。

成長は可能だって人もいる。

まぁ産業革命まで、ほとんどの社会での成長率は今の日本くらいだったんだけどね。

しかし、そのためには経済を成長させながら、環境負荷を減らし、資源消費を減らしていく必要があるってことだ。つまり、成長と資源消費の切り離し(デカップリング)だ。成長スピードよりも資源効率の上昇やリサイクル率が上回ったり、経済は伸びるけれど資源消費は減らすという考え方の二本柱だ。

だけれど、それが今の段階では夢物語でしかないことは、君にもわかってるだろう。現実から目をそらしちゃだめだ。

それどころか、俺たちは地球の再生スピードをはるかに上回るペースで資源を消費しているんだ。

生物種の絶滅スピードは、自然状態に比べて100倍から1000倍のスピードで進行してる。

近いうちに、地球にはゴキブリとネズミと人間だけになるかもな。

また人間の腹を満たすためにドバドバ使われてる窒素やリンなどの化学肥料は、そのサイクルを破綻させて、土壌環境を破壊している。土地はどんどん痩せていくんだ。

また、どこかの大統領が躍起になって否定しまくってる地球温暖化は止まる気配もない。雨が降らず、夏には記録的な猛暑が日常になり、温暖化によってかえって降雪量が増える。君も感じているだろう。何かおかしいって。

それが百年続いたら、どうなってるかかんがえてみるのも、君の人生の暇つぶしにもってこいだ。そうだ、減速する素晴らしき世界🔗という本を読んでみるのも役に立つと思うよ。

2026/02/27

POST1773 旅に行きたし金はなし

タイ、チェンマイ

初めての場所に旅をする。

自分の足で見知らぬ土地を踏みしめる。

日常暮らしている風景とは、まったく違う景色の中で生活する人がいる。

胸いっぱいに見知らぬ花の香りや、町の体臭のような臭いを吸い込む。

冷たくあるいはぬるい風を肌に受ける。

光を感じる。

カメラのストラップを手首に巻き付け、シャッターに指がかかったまま歩き出す。

眼は半眼で、何を凝視するというわけでもなく全体を見る。

弛緩しているようで、緊張に張りつめている。

刹那、一瞬の風景を写真を撮る。居合切りのようだ。

もちろん、いわゆる映える写真なんて撮らないぜ。

リアルな世界に踏み込んでいくんだ。

そしてフィルムはラボから帰ってくるまで、何が写っているかわからない。お楽しみだ。

どれも携帯の中、ネットの中では味わえない感覚だ。

久々に旅に行きたいものだが、先立つものがござらぬ。人生はこれ不如意なものである。フィルムもひところに比べると5倍以上の価格になり果て、ジャンジャンシャッターを切るのがためらわれるほどだ。

業界あげてデジタルに移行し、消費行動が一巡して市場にいきわたると、今度はノスタルジーをあおって値段を吊り上げた昔の商品を、パッケージを変えて市場に投入する。

資本主義とは何でもありだな。しょせんは写真なんて、工業生産品に依存するしかないはかないものなのだ。今時のアナログレコードブームもおっかないったらないぜ。

せめてそれがし共のような名もなき小国民にも、カタログギフト三万円分ばらまいてほしいもんだ。まぁ、そもそも俺は自民党支持者じゃないから除外だな(笑)

仕方ない。自分が歩くこの場所を、地球を一周してたどり着いたアジアの果ての世界の辺境だと思い込むことにいたそうか。

読者諸君、写真の中から、ここではないどこかの日差しやにおい、肌をなでる風を想像してくれたらうれしいね。

2026/02/26

POST#1772 久方の光のどげき春の日に ブルシットジョブに思い巡らす

東京 月島 吉本隆明が生まれ育ったところにはタワマンが聳える

 すっかり寒さが緩んで、春めいてきた。

あけ放った窓からは、小学校の子供たちが休み時間に交わすざわめきが聞こえ、耳に心地よい。子供たちの歓声ほど聞いていて心の踊るものはない。

『遊びをせんとや生まれけむ

 戯れせんとや生まれけむ

 遊ぶ子供の声聞けば

 我が身さえこそ揺るがるれ』梁塵秘抄🔗

ベランダに出て目をやれば、保育所に通う子供たちが小さな手をつないだり、お散歩カート(というのだよ知っていたかね、乳幼児を与4,5人乗せて散歩している乳母車様のあれだよ)に乗せられて、楽し気に散歩している姿が見える。

親しくしているおじいさんは、家の前の緑道の植え込みに杖を抱えたまま座り、日差しを浴びている。

このおじいさんも、俺がここに越してきたころには、軽トラに乗って工事の仕事を請けては走り回っていたものだが、ひざがもう言うことを聞かなくなって仕事を辞めたのだ。


ずっと昔からかんがえていたんだけれど、本当に社会にとって必要な仕事は、必要のないものを作り出して、さもそれが生活するうえで欠かせないようなものだと錯覚させたりするようなものではなく、教育や保育、介護や医療、あるいはロジスティックも含めて人間の衣食住に係わる仕事だと俺は思っている。なぜって、人が生きていく上で、それは欠かせないからね。

けれど、そういった仕事は誰でもできると思われがちだ。とりわけ保育や介護などのかつて家事労働とされていたものの延長のように思われている仕事は。けれど、実際自分がやってみたり、その現場をつぶさに見てみれば、それは誤解だとわかる。

背負うべき責任、それは往々に社会的・生命的に弱い者の命にかかわるものだー求められる高度なスキルと知識。そして自分自身のメンタルや身体を損なわないように仕事を全うする健康管理。

社会の底辺を支える人々の働きに、社会は、私たち自身はもっと評価して、相応の賃金を支払うべきだ。

先年若くして亡くなった優れた人類学者デヴィッド・グレーバー🔗の名著ブルシット・ジョブ  クソどうでもいい仕事の理論🔗を紐解いてみよう。大方人類学は未開とされている社会を研究対象にしたりするのだが、彼は非凡な人類学者だったので、私たちが暮らす現代社会そのものを研究対象にしてとんでもない事実を暴き出した。

ブルシットジョブとは、グレーバーが提唱した、「働いている本人さえ必要がないと感じており、社会に何の貢献も、消えても問題のない」無意味な終章労働の古都だ。もっぱら現代社会の組織構造から生まれる、精神的・構造的な問題として分析されているんだそうだ。この本を読んだときには、まさにわが意を得たり!とひざを打ったものだ。

そして、世の中の4割くらいの仕事は、まさにこのブルシット・ジョブそのもので、そういった仕事に従事している人ほど、社会的な評価が高く、かつ高給取りである傾向があるというものだ。なぜなら、世の中に実際に役に立つ仕事をしている人たちは、役に立つというそのこと自体で、報酬を得ていることとかわらないからと考えられているからだというのだ!

誰の役にも立たない資料を作る人々、何もしておらずろくに責任も取らない責任者、次々と必要だとされる書類を生み出し、それを精査し続ける人々…。君の周りにもいるだろう。

まるでサン=テグジュペリ🔗星の王子さま🔗にでてくる奇妙な星の孤独な住民たちのようだ。

ふと、立ち止まって自分の生業について考える。自分の仕事はブルシット・ジョブではなく、本当に誰かのためになり、社会によって必要な仕事だろうかと。店舗工事の監督としては、竣工し、お引渡しと気の施主さんや従業員の方々の嬉しそうな顔を見るのが喜びだ。

自分はこの人生で、自分の生きる社会に対して有意義なことをして生きてゆきたい。できることならば、ジジイになっても、歓声をあげて走り回る子供たちのように、ただまっとうに生きているだけで人生を愉しんで生きてゆきたい。それで金がガバガバ儲かれば、これ以上ウハウハなことはないな!がはははは!

また会おう。そんな時には君にも大盤振る舞いだ!カタログギフトなんてケチなことは言わないぜ!けど領収書は必要だな。できれば経費で落としたいんだ!ワハハハ!

2026/02/25

POST#1771 内なる声

ヴェトナム中部

 さほど長くもなく、かといって短くもない人生を送ってきた。

いつからかカメラを手にして歩くようになった。スマートフォンなど世に出るはるか以前だ。

思えばいろいろなところに行った。

美しいもの、奇妙なもの、心打たれるもの、醜いもの、いろんなものをみた。

閃光のようにすれ違った、二度と再び目にすることのない景色を、人を、街をフィルムに収めた。その時感じた美しさや奇妙さを、出来ることなら君にも、そして時を超えた次代の人にも送り届けたい。ある意味自分のできるささやかな贈与だ。


利害の絡まない旅先で交わる人々は、総じて優しく、時には見ず知らずの自分たちを歓待してくれた。

世の中に互酬・贈与という大きな円環のような仕組みが本当にあるのなら、見ず知らずの旅人にも優しく接したい。どこの国の子供でも、無邪気にふるまっている姿をみれば、自然と笑みがこぼれる。そんな風に人と交わりたい。いつも自分の中に声が響く

『人間が人間であるという理由だけで、僕らは優しくするべきだ』と。

心無い人の言葉に落ち込むこともある。相手が何気ないくとった態度に棘を感じ、何気なく放った言葉のニュアンスに打ちのめされることもある。正直に言えばそんな時、相手を弾き飛ばすように拒絶したくなる。胸ぐらをつかみ罵倒したくなる。しかし、自分の中の自分に言い聞かせる。

『自分がされて嫌なことは、人にはしちゃいけない』と。

しかし、そんな自分を偽善者のように感じる自分もいる。自分の中に荒々しい心が、満たされず癒されない魂が、蛇のようにとぐろを巻いて炎のような舌をちろちろさせていることを知っているから。だから少しでもいいことをすると、自分の中に声が響く。

『自分の心が良くて、悪を為さないわけじゃないんだ。今この相手には悪を成す縁が無いだけなんだ』

もちろん邪悪な心の持ち主も確かにいるだろうし、そんな人の罠にかかることもあるかもしれない。甘言で惑わす人もいるだろう。

だからいつも自分に言い聞かせる。

『下心がなけりゃ、魔法にはかからないぜ』と。

残念なことに、俺は聖人君子じゃない。いつも下心満々なのさ。

だから自分の中に声が響く『女には気をつけろ!』(笑)

また会おう。

2026/02/24

POST#1770 A DECADE

麒麟児 10年前の今日
仕事から朝かえり、よろめくように寝床に向かう。
息子の麒麟児が穏やかな寝息を立てている。
もうすぐ夜明けだ。夜が明けて九時になったら、取引先に連絡したり、業者と電話で打ち合わせしたりしなきゃいけない。
監督業に安らぐ暇なんてないんだが、こうして子供の寝顔を見ているときはオキシトシンが脳内に放出されて安らかな気持ちになる。
ふと、麒麟児が眠ったまま楽しそうに笑う。
友達とふざけている夢でも見ているんだろう。
俺が見る夢と言えば、仕事で追いまくられている夢か、裏切られた末に怒りに任せてウルトラバイオレンスを発動する陰惨な夢ばかりだというのに。

この笑顔を見ているだけで、麒麟児が生まれてきてくれたことを、味噌っかすでも元気に成長してくれたことを、目に見えないなにかに感謝したくなる。

今日は息子きりんじの誕生日だ。おめでとう、麒麟児。
気づけばもう、梅の季節だ。

 

2026/02/23

POST#1769 奉祝今上天皇

ある日の空 天の叢雲といった風情か

本日は、畏れ多くも今上天皇陛下の御生誕の祝日にて候。
などと書くと、読者諸兄諸姉もゴリゴリの左派の服部もついに右に転向したかと疑念を抱かれることであろう。
心配ご無用。
我が国の憲法 第一章 天皇 第一条には『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。』とあります。
現代風に申し上げれば、日本国および国民統合のアイコンであるということですので、右派の皆様には申し訳ござらぬが、日本国民の端くれで、なおかつ現行憲法を尊重し、あくまで護持し、その崇高にして人道的な理念の実現を図るべしと願い続けている服部めも、謹みてお祝い申し上げる次第であります。
なにせ、私の名の浩一郎の浩の字は、畏れ多くも今上陛下の皇太子時代のお名前・浩宮さまから一字を賜っているくらいですから。
ちなみにカミさんの名前は、田中角栄の娘・かの有名な女傑田中真紀子にあやかっていることも申し添えておきましょうか。まったく昭和だな。

とはいえ、今上陛下、上皇陛下並びに天皇家の宮様方が、生まれながらに背負った重責とご苦労ご心労、そして自分たちの都合で称え奉ったかと思えば、慣例を外れたとたんに手のひらを返したかのように批判するという世間の庶民の恒心の無さは言うまでもなく、日本の歴史を通じて天皇家が政治的に利用され続けてきた厳然たる事実に想いを致せば、かたじけなくもこのような不平等が、近代国家法体系の基礎である憲法の名のもとにまかり通っているのは、実に申し訳ないという忸怩たる思いが沸々澎湃と沸き上がり、土人服部の心は憂鬱で満たされるのであります。
しかしながら、庶民たる私にとっては、明日やってくる私の息子・麒麟児の10歳の誕生日のほうが自らの財布と生活に直接かかわりがあるため、重大な問題です。すでになんやかんやと毟り取られています。
さらに言えば、昨日例のくそ親父から、金がないから一万五千円くれと電話があり、憮然としながら小遣いを渡した次第ですので、それがし、いい歳をして金が貯まるわけがありません。華麗なるスルーパスです。

さて、閑話休題。
麒麟児の名は、私が夢告を受けてことから名付けられました。あれはコペンハーゲンでの夜でした。私の脳裏に稲妻のように何かが降り立ち背骨を駆け下るような感覚があり、私の脳内に「僕は麒麟児だよ」という声が響き渡ったのです。けっして、往年の相撲取り麒麟児にちなんだものではございません。
まぁ今のところ、出来のほうは麒麟児というよりむしろ、豚児と言ったほうが近い気もしますが…。親が親なので高望みはできますまい。

さて、この麒麟児、本来誕生の予定日は2月22日だったのです。この日はにゃんにゃんにゃんで猫の日とされていますが、一部ではニンニンニンで忍者の日ともされています。
実はこの日に生まれていたら、息子の麒麟児は半蔵と名付けられた可能性も高かったのです。
何せ、忍者の日に生まれた服部半蔵ですよ。
しかも、それがしの先祖・服部馬次郎は伊賀の服部郷の出身。
もし本当に2月22日に生まれていたら、八割くらいの確率で服部半蔵と名付けられ、みんなに親しまれ、いじられまくっていたことは想像に難くありません。惜しかったな。
ちなみに自分も若いころはしばしば、半蔵!とお客さんに呼びつけられたり、仕事仲間や友人から半蔵さんと呼ばれたりしたもんです。

まぁ何はともあれ、おかげさまでうちの豚児も、皆からきりんじ、きりんじと親しまれております。学校は重役出勤ばかりのフリーマンですが…。

2026/02/22

POST#1768 我亡き後に洪水よ来たれ

愛知県江南市 俺の故郷の民家の壁 味わい深い

ここ何年もの間、国家の始まる前の社会に関する人類学の本と、近現代の資本主義に関する本を中心に読書をしています。過去へのまなざし、現状への把握、そしてそこからどのような未来を構想するべきか?僕がいつも知りたいと願っているのはこういうことなんです。

人々を屈服させる権力とは、どこからどのように生まれるのか?

そうして生まれた権力を、人々が納得して受け入れ公正なものであるとする正当性、つまりオーソリティーはどこから生じるのか?

国家というほぼ無限の権力と人々の殺生与奪の暴力性を隠し持ち、貨幣という錬金術を身に着けた怪物=リヴァイアサンに易々と飲み込まれずに、一個人として抗うにはどうしたらよいのか?

飼育され、いつか屠殺される運命の家畜のように、やすやすとだれも責任を負わない社会システムに包摂されないように、自分の人生として悪あがきして生きるにはどうすればよいのか?

また、なぜこんな不平等が許され、ますます格差が拡大するシステムを、僕達は生み出してしまったのか?

そして、そそのシステムをまるで社会に埋め込まれた癌細胞のように、全力で世界中に、それこそアマゾンの奥地にも、極北シベリアの果てまでも押し広げてしまえたのか?

そして、こんなくそったれなシステムが出来上がる前、僕たち人類はどうやって暮らしていたのか?

知りたくないですか?

さらに、どうしたらこのやらずぼったくりのようなクソな社会をあきらめて流され、資本の歯車になって使い捨ての人生を生きるという、不毛な現状を打破することができるのか?


まぁ、ざっくり言えば、これらが人類学や経済学関係の、バカみたいにお高い本を読む、僕の切迫した動機です。

そりゃ僕だって、面白い小説でも読んだほうが素直に感情移入してスラスラ読めるし、楽しいんです。けれど、波乱万丈な人生は自分の人生だけでたくさんですし、シリアスなキャラクターは自分だけでもおなかいっぱいです。

人類学や経済学の本を読むなんて、硬い岩盤にドリルで穴を穿つようにしか読めません。働きながらだともちろんのこと、年々ひどくなる老眼とかさ、この時にもなるといろいろあるでしょう?


そういえば若いころ、土木関係の仕事をしていた。道路わきのガス配管の入れ替えです。中上健次の路地サーガに出てくる秋幸のように、土にまみれ、スコップを振るい、粗暴で理不尽な世界で暮らしていました。そんななかでも休憩時間に本を読んでいると、伊勢弁訛りのきつい中年の掘方のおっさんに、「お前本なんか読んでも、腹も膨れるわけじゃなし、意味なんかねーげ!」と言われたものでした。

しかし、本を読まずに世の中の仕組みや成り立ちを知ることはできませんし、労働しなければ、日々位の糧を得ることはできません。どちらもバイクの両輪のように、自律した思考を胸に抱え、自らの足で自立して生きていくために欠かせない営みだと思うのです。


閑話休題

上にあげたような問題は、簡単に結論出る問題ではないのかもしれません。数々の碩学が挑み、あるいは情熱を持った社会運動家が人々に働きかけながらも、未完の問題だからです。

けれど、この道楽(としかいいようがないですね)の鍵は、如何に主体的に自分の人生を生きるか?ということにあるかと思っています。

漫画版風の谷のナウシカ🔗の七巻に出てきたトルメキア王国のヴ王が、すべてがほろんだ後に古代科学文明の担い手たちが再生させるはずだった”おだやかで賢い人間”を称して「そんなものは人間と言えん」と吐き捨てたように、システムにとって従順でおだやかで賢く振舞えるものなど、主体的な人間と言えんと僕も思うのです。

じゃぁどうするんだ。

カギはやり、如何に主体的に自分の人生を生きるかということにあるように感じます。

自分の中に野生の思考とを感じながら、自分自身の存在のすべてを一網打尽にからめとり、名前のない消費者や抽象的な労働力に還元してゆこうとする共同幻想のような社会にどう対峙して、自分の一度きりの人生を受け止めて、悪あがきするしかないんじゃないかと思います。

そのうえで、ほとんど無限な時空の中で、つかの間の生を如何に自らのものして生き抜き、自ら肯定して受け入れ、次の世代につないでゆくかということが大切なんじゃないかと思います。

「我亡き後に洪水よ来たれ」ではなく次の世代に責任あるものとして、よりマシな生き方を示していくことができたなら、本望です。

2026/02/21

POST#1767 原初の豊かな社会と未来の短時間労働社会のはざまで

Nepal シヴァ神の聖地 パシュパティナートの火葬場

実は自分は、こう見えてかなり完璧主義で不安神経症の持ち主だ。

最悪だ。いつだってカギを閉め忘れていないかとか、こなし忘れたタスクはないか?そんなことばかりが気になってしまう。

仕事になると、それが実に顕著だ。

みんな自分の立場から高飛車にものを言ってくる。うまくいかないイライラを弱い立場の人間にぶつける。俺は組織が守ってはくれない、いうなればフリーランスだからなおさらだ。

だから、いろいろ気になりだすと頭の中がいっぱいになってしまう。眠っているとき以外のすべての時間を仕事に注ぎ込んでしまう。

だから、仕事中に音楽とか聴きながらとかはできないんだ。気が散ってしまう。考えがまとまらない。

気にしたって仕方ないのに。自分の小心さにうんざりしてしまう。

この世のたいていのことは、死んで灰になってしまえばどうということはないことばかりなのにという、投げやりな想いも頭の片隅にある。

シヴァ神を祀る聖地、ネパールのカトマンズ近郊のパシュパティナートは火葬場でもある。

以前ここを訪れた際に、川の対岸から薪に埋もれた死者が燃やされ、水分と炭化物の混じった煙になり、また煮えた脂となって川に流れていく様を、ぼんやりと見つめていた。

ガンジス川に通じるこの聖地を流れる河原で焼かれると、来世はより良い境遇に生まれ変わるのだという。どうせなら、こんな火葬場で焼かれたいものだ。

美しい人も、勇ましい人も、抜け目ない人も、いつかはくたばる。そう思うと、心が少し軽くなる。夢も希望もないって?仕方ないさ、こう見えて俺はうつ病だからさ。

心が落ち着かないときには、本を読むのがいい。ほんの6分ほど読書するだけで、脳の興奮がおさまり、集中できるようになるそうだ。

読まなければ現代社会について論じることはできないぞという本が、山ほど積まれている。経済学や人類学の本がほとんどだ。そこに今日、友人から勧められた金村修の写真批評🔗が加わってしまった。パラパラ読んでみるとやはり面白そうだ。

仕事のひりひりするような緊張感もたまらないけれど、読書に耽溺して頭の中にダイブするような暮らしもいいものさ。

ワークライフバランスが必要だ。

成長のスイッチを、押して、押して、押して、押して、押してまいりますとか言ってる人もいるけれど、人間が押しつぶされて、自分の頭で考えることができなくなっちまうぜ。まぁ、AIの皆さんに考えていただくのがいいのかもな。冗談じゃないぜ。

そもそも、経済成長したって、庶民の生活は厳しいままだろう。

効率が上がっても、その分余計にこき使われるだけだろう。

企業の内部留保がたまり、株価が上昇するだけだろう。

みんなネットで常に浴びせかけられる広告で、差し当たって不要なものでも欲しくなっちまう。しかし、賃金は伸びず、物価は高騰する。金利が低ければ、借金してでも買うだろう。

インフレだ。いずれ資産バブルになり、それを冷やすために大幅な金利上昇がやってくるだろう。

行き詰った自由貿易体制が、自国中心の保護主義に逆回転し始めている。すでに円安に苦しむ皇国臣民の皆さんは、これから先、今以上の物価高騰に塗炭の苦しみを味わうことになるだろう。残念!


今から100年近く前、ジョン・メイナード・ケインズは「私たちの孫の世代には、労働効率が上がって、一日に3時間ほど働けば生活できるようになるだろう」と予想した。

人類学は、未開社会の人々が食べ物を入手するために働くのは、一日せいぜい3時間で、あとはイチャイチャしたり、ダラダラしたり、くだらないことでゲラゲラ笑いあったり、おならをしたり、昼寝をしたり、アクセサリーを作ったりして暮らしていたと報告している。

人類学者たちが提示した原初の豊かな社会とケインズが予言し(あっさり外れた)社会像の間で、俺たちは今日ももがき続けている。

世間様は3連休だってのに、今夜も仕事さ。やってられないぜ。商売繁盛さ。

2026/02/20

POST#1766 しょせんええじゃないか

自衛隊さん、空から金を撒いてくれ
自民大勝、ええじゃないか!

SNSでイメージ戦略、大成功でええじゃないか!

中道、共産、左派総崩れで、ええじゃないか!

どさくさ紛れに裏金議員も、ええじゃないか!

うやむや幕引き統一教会、ええじゃないか!

貧乏人から巻き上げて、企業に補助金ええじゃないか!

成長戦略、ええじゃないか!

好きに決めたらええじゃないか!

憲法改正、ええじゃないか!

皇室典範書換えて、国民統合ええじゃないか!

株価高騰、ええじゃないか!

円安ホクホク、ええじゃないか!

金銀高騰ええじゃないか!

じいさん金歯もばあさん銀歯も、ベンチで引き抜き、換金したらええじゃないか!

金利上昇、ええじゃないか!

地価も高騰、ええじゃないか!

大阪副首都、ええじゃないか!

国保逃れも結構じゃないか!

身を切る改革、結構じゃないか!

お上の金でカジノ作って、ギャン中だらけでええじゃないか!

消費減税、やりたいようにやったらええじゃないか!

社会保障費削減したらええじゃないか!

物価高騰、ええじゃないか!

米価暴騰、ええじゃないか!

デフレ脱却、ええじゃないか!

格差拡大、ええじゃないか!

トリクルダウンでええじゃないか!

原発稼働でええじゃないか!

存立危機事態、ええじゃないか!

戦争できるふつうの国で、ええじゃないか!

アメリカ属国、ええじゃないか!

武器を作って売り飛ばし、商売繁盛ええじゃないか!

万世一系男系男子、ええじゃないか!

夫婦別姓断固反対、ええじゃないか!

家族の絆でええじゃないか!

豊葦原の瑞穂の国は、古来大和の民の国

単一民族、ええじゃないか!

移民排斥、ええじゃないか!

皆の絆で大政翼賛、ええじゃないか!

先進国だと思っていたら、いつの間にやら衰退途上でええじゃないか!

なんか変えてくれそな雰囲気で、よくわからんが、ええじゃないか!

いいほうに変わるか、悪なるか、わからへんけど、ええじゃないか!

閉塞感打破、ええじゃないか!

ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか!

空から金が降ってくる、ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか!

日銀さんで金刷って、自衛隊の飛行機で、みんなにばらまきゃええじゃないか! 

しょせんこの世はええじゃないか!

2026/02/19

POST#1765 また新しい現場が始まった

瀬戸市
新しい現場が始まった。

地元の名古屋でだ。出張は家族のためにならない。心も体も壊して、家族まで壊す羽目になっては元も子もない。老後に俺の面倒を見てもらわないといけないからな。

去年の暮れに仕事を切られてから、久々のまとまった現場だ。まぁ、規模は知れてるけれどリハビリにはちょうどいい。久々にまじめに働くと、どっと疲れるぜ。風邪気味の体を引きずって寝床に転がりこむんだ。

毎度毎度、夜の百貨店だ。毎度毎度、無茶ぶりや面倒なルール、初見の職人さんのわがまま、元請の準備不足、そんなものに悩まされ続けている。

近年、めっきり白髪も増えた。俺の親父より、俺のほうが早死にするに違いない。

そして、うまくいけばうちの息子は2016年生まれなので、22世紀にたどり着くかもしれない。俺たち人間はみんな長い時間軸の中の一瞬を生きてるんだ。

今だけ考えていてはいけない。次の世代、その次の世代にとって良い先祖になることを考え生きていかなけりゃいけない。そういえば、グッド・アンセスター 私たちは「よき祖先」になれるか🔗という本もあった。7世代先、200年後の世代のことを考えて自分の行動を顧みることを説いていたな。なかなか面白い本だよ。働いていると本を読む暇もないけれど、自分なりの考えを深めるために、本は読んだほうがいい。

とはいえ、社会の移り変わりは激しい。年々加速している。7世代後なんて想像もつかない。しかし、人間の中身はここ何万年も大して変わっていない。このギャップはでかいな。

そういう意味でも民族学や人類学の本を読んでおくのは、とても有益だ。

過去への学びの射程が長いほど、未来への思考の射程は長くなる。俺はそう思う。

唐突だけれど、民主主義ってのは近代西洋に始まった実験かもしれない。実験だkら、世界に他の社会システム、つまり専制国家や独裁国家があるのも当然だ。しかし、民主主義の淵源はけっしてここ300年ほどのものではないし、奴隷制の都市国家だった古代ギリシャだけにさかのぼるものではない。ある意味で、人類のプリミティブな段階では普遍的なものだったのかもしれない。人類学の本を読んでいると、往々にしてそういった記述にぶつかる。

突出した力を得ようとするものは他の集団の成員によって排除され、時に殺害された。そんなことが記されているピエール・クラストルというフランスの人類学者の記した国家に抗する社会🔗なんかも、先年のドナルドトランプ暗殺未遂などを思い起こさせてくれる。

また先年惜しくも世を去った人類学者デビッド・グレーバーの民主主義の非西洋起源について🔗などを読んでみるのも面白いだろう。民主主義が多様な状況の中で、社会の周縁で独自に生み出されてきたという興味深い論考だ。

今だけ、金だけ、自分だけの発想からシフトするにはこれらの本を読むのはもってこいだ。

俺は自分が現場監督として仕事をするうえで、心がけているのはこの未開社会の首長のように、権威や強制力を持たず、皆にどうあるべきか、どのようにふるまうべきかを諭し続けていくスタイルを守っていきたい。

俺は誰も支配したくないし、だれにも支配されたくないからね。とはいえ、この国に生きてる以上は税金だけは払わないといけないんだけどね。それを支配されてるというのか?

2026/02/18

POST#1764 ある思考実験

 


台南

今後中国共産党政権との間で、台湾をめぐる紛争が生じたとき、いったい何が起こるだろう。この言い方は妥当ではないな。中国共産党が悲願の台湾領有、国家統一に向けて軍事的に動き出したとき、わが国の政府が存立危機事態として中国人民解放軍とのあいだで交戦となった場合、なにが起こるだろうか。

まず事態が動き始めたときに俺が危惧するのは、台湾から数多くの難民が日本にやってくるであろうこと。そして、俺たちの社会がそれを受け止めることができるのか?ということ。
台湾の人々は比較的日本に対して好感を持ってくれている人も多く、同文同種(戦前のアジア主義者は日本人も含めて漢字文化圏の国々の人々を同じ文字を使う、同じ人種の人々と称していた)であることから、短期的には軋轢は少ないだろう。
多くの日本人も、台湾人に対して親しみを感じている。
しかし、ウクライナの難民とは違い、すぐお隣の台湾から万単位以上の数の難民が押し寄せて移住することになったとき、私たちの社会は彼らを包摂することができるだろうか?
実際にドイツやポーランドにはウクライナから100万を超える難民が逃れてきている。当然、政府の財政は圧迫されるし、人々の間に不満がないかと言えば嘘になるだろう。
戦前の防諜法を思い起こさせるスパイ防止法の協議が予定されているいまの情勢から察するに、多くの台湾からの難民の中に、中国共産党のスパイが紛れ込んでいるのではないかという疑心暗鬼に陥り、彼らを排斥することにならないだろうか。
自分はそんなことはしないといえるだろうか?

俺個人の考えでは、それは受け入れて包摂してゆくべきものだと考えてる。

西暦660年に朝鮮半島南西部にあった百済がほろんだ際に、その王族をはじめ多くの難民が日本に移住した。そして彼らは日本人の中に溶け込んでしまった。その名残の地名はいまでも各地に残っている。それに似たことがまた起こるということだ。

またさらに、思考実験を進めてみよう。
中国共産党政権と我が国が交戦状態となり、核兵器などで国土が荒廃し人間が住むことができなくなったとき、あるいは圧倒的な物量で押し切られた自衛隊は地上部隊の上陸を許し、アメリカには梯子を外されてしまった末に、政権崩壊してしまったとき、俺たちはどうするのか?
中華人民共和国日本省から難民となって世界に散っていくことになるのか。

あくまでこれは思考実験だから、それについての是非や可能性を云々するつもりはない。
今日まで俺たち日本人は、難民を受け入れることに後ろ向きだったが、はたしてその俺たち日本人を受け入れてくれる社会はあるだろうか?

知らない相手のことを誹謗中傷するのはたやすい。社会的な弱者を吊し上げるのも簡単だ。
しかし、その不寛容の先にあるのは、ナチスのような自民族中心主義ではないだろうか?
ドイツ人も日本人も、直系家族を社会の基盤に据える民族だ。直系家族の民族は長男が財産を相続し、次男以下もしくは姉妹とは一線を画すという家族形態だ。
家族の中に序列をつける性向を持つがゆえに、社会に序列があり、自民族と自民族以外を峻別し、そこに優劣をつけたがる。
事実、俺は日本人の一般的な性向として、白人には迎合し、有色人種には尊大にふるまう傾向をしばしば目にする。先進的文明人→日本人→アジア人など有色人種。ナチスと変わらんじゃないか。

しかし、人間は世界中どこに行っても、嬉しければ笑い、悲しければ泣く。自尊心を傷つけられれば怒り、また苦しむ。
俺たち自身がそうであるように、民族や肌の色、言語や習慣が違っても、それは普遍的で変わらないはずだ。

誰かが言っていることを鵜呑みにする前に、自分の目や耳で確かめてみよう。
そして誤解がとけたら、理解を深めよう。
俺たち日本人が自ら民度が高いと誇るのなら、なおさらだ。

2026/02/17

POST#1763 俺にはいつも考えてしまうことがある

Bhaktapur,Nepal
近年、排外的な主張をよく耳にする。
とりわけ国政選挙や地方選挙の争点になっていたりすることもしばしば耳にする。
中国人、クルド人、ヴェトナム人、トルコ人、ミャンマー人、タイ人、日系ブラジル人、ネパール人・・・。
クルド人の件に関しては、自分が当事者となったことはないのでコメントできないが、民族国家を持たない最大の民族集団の一つのクルド人の方々が、一定数日本に住んでおり、それが気に入らないという方がたくさんおいでなのだという。
様々なデマが飛び交っているようだが、そのいちいちを取り上げるつもりはない。
同じ土俵に立って水掛け論を繰り広げることになるのはごめんだからだ。
現場で働いていると、若い労働者のかなりの割合が外国からやってきたアジア系の若者たちだ。彼らの力がなければ、もう日本の社会は成り立たない。オフィスで働いているだけならそれに気づくことは難しいかもしれない。けれど、生産や建築、農業など日本人がやりたがらない仕事を、彼らは支えている。
しかし、俺たち日本人の心の中に、白人には何も言わず、アジア人には高圧的になる人種差別的な性向は潜んでいないだろうか?

俺には、ないとは言い切れない。

何度も言葉の通じない技能実習生を罵倒する日本人を見てきた。妊娠したら強制送還されるということから、産み落とした嬰児を自ら殺してしまう事件も度々耳にする。俺たち日本人は、彼らをものを食う機械だと思っていないだろうか?
去年暮らしていた京都には、多くのネパール人がいた。コンビニの店員は夜にはネパール人かスリランカ人だった。
コンビニやカレー店で、ネパール人の若者に接するとき、かつてネパールを旅した時に無邪気に話しかけてきてくれた子供たちの姿が思い出される。彼らが今、日本に来たとして、どんな気持ちになるだろう。いつも考えるんだ。

読者諸君失礼する。今日から新しい現場が始まる。緊張で吐きそうだ。

2026/02/16

POST#1762 俺たちはみんな小学生の国語の問題からやり直す必要があるかもな

クトナー・ホラ、チェコ
息子の勉強を見ている。

異様に字が汚い。そして俺と違って本を読まないから漢字を知らない。

もどかしい思いが募る。おい!そこ違うといえば、おいってい言わないで!と答える。

俺も昔は子供だったはずだけど、すっかりつまらないおっさんになってしまったので、子供が何を考えてるのか、よくわからいぜ。てか、国語なんか何がわからないのかがわからないぜ。今日の課題は志賀直哉の小僧の神様なんだけど、書いてある文章の字面を追ってるだけじゃ、質問なんか分かりっこない。相手の立場に立つこと、文章を読みながら登場人物の気持ちになって考えること。そういった能力が乏しいんだ。残念ながら。

なぜって、俺の息子は発達障害グレーゾーンだから。これについてはまた後日書くこともあるだろう。

本を読むことには、そういう共感力や想像力をはぐくむ力がある。けれど、本を読む集中力や語彙力は、日々の生活の中で養っていくしかない。

スマホでSNSの短文を読んでるだけじゃ、そういう能力は身につかないし、萎んでいく。

まぁ、俺もあんまり偉そうなことは言えた立場じゃないけどね。自分と立場や境遇の異なる人を、延髄反射的に批判するのはどうかと思うぜ。

小学生の国語の問題からやり直さないといけないな。

2026/02/15

POST#1761 レコードプレーヤーがやってきた ヤァ!ヤァ!ヤァ!

新しいレコードプレーヤーで小学生の時に買ったLPを聴く
昨日はちょっと嬉しかった。

先日ソニーのサイトで注文したレコードプレーヤーが発売日に送られたきたのだ。

PS-LX5BT🔗という機種だ。でかい段ボールにマトリョーシカのように段ボールがもう一つといった厳重な梱包で送られてきた。ヤァ!ヤァ!ヤァ!

BTというくらいだからBluetooth搭載で、カミさんが息子の勉強を見ているという不毛な営みの間にも、気にすることなくこれまたソニーのBluetoothヘッドフォンで楽しめる。俺はけっこうSONYが好きなんだ。携帯電話もガラケーの頃からずっとSONY、コンデジもSONYだ。

もちろんミニコンポ(それもSONYね)につないでリビングで聞くこともできるけれど、ヘッドフォンで家中どこにいても聴けるのはうれしい。

しかもアナログ盤独特の音の厚みがある。

最初に写真映えするアル・グリーンのI'm Still in Love With You🔗の緑色のLPをかけてみた。うっ、たまらん。このころのアル・グリーンは最高だ。君のことをまだ愛してるのさってベタなテーマもド演歌で素敵だ。

けれど、やはりこれをききたい。イエロー・マジック・オーケストラ🔗マルティプライズ🔗だ。小学五年生のころ、初めて買ったLPだ。

こいつも今聞いてもかっこいいな。高橋幸宏のタイトなリズムを刻むドラム、細野晴臣のベースライン。坂本龍一のシンセサイザーの奏でるメロディ。音の一つ一つが立ち上がってくるようだ。

俺、こんなの小学生のころから聞いてたのかよ。どんだけ周りから浮きまくってたんだろうな。50光年くらい離れたところから超高性能な天体望遠鏡で見たなら、俺が今はなき一宮名鉄百貨店のレコード売場で、このLPを買ってる姿が見えるだろう。

もう、歴史の遥か彼方だ。なんせまだソ連って国が地球にあったころだ。

けど、当時はYMOはすげー流行ってた。今の米津玄師のIRIS OUTなんか目じゃないくらい流行ってた。そんな小学生がいてもおかしくないだろう。

で、珍しがった息子が、不用意に触っていきなりLPに傷をつけてくれた。大好きなA面一曲目の名曲NICE AGEは、高橋幸宏のボーカルパートを永遠に繰り返す傷物になってしまった。人間の心も、トラウマになるような出来事に遭遇すると、その出来事が何度もフラッシュバックする。それと似ていて妙なところで感心するぜ。

まったく、泣きたくなるとはこのことだ。

失礼する。

2026/02/14

POST#1760 この女性の名を俺は知る術がない

母方の祖父・杉浦芳郎と名も知らぬ祖母
去年の1月に父の家を片付けているときのことだ。

古い写真を見つけた。眼鏡の男性は国民服を着ているからおそらく戦争中のものだろう。今から80年以上前の写真だ。鼻筋の通った着物姿の女性は物憂げな視線で、どこかレンズとは違うところを見つめている。

最初、俺はこの写真を親父の父親の庄六さんと、俺とは血のつながっていない祖母のノブちゃんの若いころかと思ったんだ。なにしろ家の仏壇あたりから出てきたからね。

で、ノブちゃんの13回忌に俺の叔母さんたちに見てもらったら、庄六さんでもノブちゃんでもないってことだった。一ダースくらいいる俺の叔母さんのうちの一人が、この男性は、俺の母方の祖父・杉浦芳郎さんじゃないかって言うんだ。

そういってよく見れば、なんとなく面影がある。とはいえ、もう30年ほど前に亡くなった芳郎さんだし、戦時中のことでやせこけた写真の男性に、杉浦一族の皆さんの特徴であるピーマンを逆さにしたような顎と頬のラインは見られない。しかし、大きな額が無類の読書家で、俺が子供のころからことあるごとに本を贈ってくれた知性派の芳郎さんらしさを感じさせる。

芳郎さんから送られた本の中には、デビッド・マコーレイというイギリスがイラストと文章で古代の建築物の成り立ちや構造を解説した『都市:ローマ人はどのようにして都市をつくったか🔗』や『キャッスル:古城の秘められた歴史をさぐる🔗』や岩波のファーブル昆虫記、あるいは『人間の歴史』といったような本があった。デビッド・マコーレイの同じシリーズは大人になってから、近年買い足したものもある。『ピラミッド:巨大な王墓建設の謎を解く🔗』とか『カテドラル:最も美しい大聖堂のできあがるまで🔗』など買い足したほどだ。芳郎さんは母の嫁入りに、文学全集とか持たせるような人だった。自分に知的な要素がいささかでもあるとすれば、この芳郎さんの影響は計り知れないと思う。死んだ後に、おばあちゃんに呼ばれて、お爺さんが集めていた春画の画集を10冊以上引き取ったこともある。

ついでに言えば、俺が使っているモノクロの引伸機は、芳郎さんの息子、つまり俺の叔父にあたる洋一さんが使ってたものだ。杉浦一族なくして、今日の俺はないな。

そうすると、この隣の女性は誰だ。

俺には心当たりがあった。よく通った鼻筋や少し寂しそうなまなざしは、死んだ俺の母のヨシ子さんにそっくりだった。

ヨシ子さんは先妻の娘で、俺が母方のおばあちゃんと呼んでいた光枝さんは後妻さんだった。ヨシ子さんの母親は秋田の人だったと聞いたことがある。終戦の年の夏にヨシ子さんを産んだのだが、結核を患っていたため体が弱く、芳郎さんと別れることになったと聞いたことがある。今の感覚からすれば、ひどい話だ。だけど、戦争直後で国家も歩かないかわからないようなアナーキーな時代だ。抗生物質だってない。結核はまだまだ死の病だったんだろう。ひょっとしたら、死に別かれたのかもしれない。俺にはもう知る手立てはない。

俺の、本当の母方の祖母。しかし、その名は知らない。

今や知る人もいない。

父のいとこにあたる本家の正之助さんが作った家系図にも載っていない。

 俺の母のヨシ子さんは、芳郎さんのお母さん、つまり俺のひいお祖母さんに育てられ、光枝さんと芳郎さんの間に生まれた弟や妹たちとは、離れて暮らしていたと聞いたこともある。当のヨシ子さんがもう40年以上まえに死んでしまっているから、どうにもわからないが、ヨシ子さんがまとっていた、どうにも寂しげな雰囲気はそのあたりに由来するんだろう。

そのせいなのか、俺は幸薄そうな女性に惹かれる。というか弱いんだ。

読者諸君、失礼する。君たちはバレンタインデーのチョコレートをもらったり送ったりしたかい?楽しめるうちに人生を楽しんでくれ。なんせ、人生なんてすぐに終わっちゃうんだから。

2026/02/13

POST#1759 君はペルテス病を知っているか!

モロッコ、フェス

 ケニーと飲んだ話は大した話じゃない。急ぐ話でもない。どうせおっさんが酒飲んで仕事の愚痴を言い合って、いいきぶんで別れただけの話だ。君にとって知りたい話でもないだろう。だからまた明日な。

昨日の夜、息子が右足の付け根が痛いと足を引きずっていた。
どうしたんだと聞けば、図工の時間に椅子からずっこけて打ったといっていたんだが、そんなのでびっこ(おっとこれ差別用語か?面倒臭えな)じゃなかった、チンバ(あ、これもか)じゃなかった、跛行するほどのことになるだろうか?
俺の心の疑念が浮かび、どんどん膨らんでいった。
俺はいつも物事の推移を想定する際に、最悪の事態を第一に考える癖がついている。
監督業という仕事柄もあるが、酷いことが起こったときに想定よりもまだましだったぜベイビー、助かったな!と思いたいからな。専門家面しておきながら、想定外でしたとかいうのは、まことに薄みっともない。
東日本大震災の時や、今度の選挙の結果でも想定外という言葉を何度聞いたことか。ばかばかしいったらありゃしないぜ。
俺は、大腿骨の骨頭部が血行不良により壊死するペルテス病🔗やギランバレー症候群、よくて風邪の後遺症による単純性股関節炎の可能性を検討した。
なんとなく、どれも当てはまりそうに思える。
足が痛くて一人で風呂に入れないという息子に、おまえ、最悪そういう病気の可能性があるから、お母さんにお礼を言って「愛してるよ、僕を産んでくれてありがとう」って言っておけよと言ったら、「おれはまだ死にたくない」と言って泣き叫んだ。
そう、最近読んだ話だとホスピスに入っている患者さん(死は病ではないのだから変な呼び方だな)は、自分の式がわかるかのように、最後の時が訪れる前に家族を呼び「愛しているよ、ありがとう」というんだそうだ。息子にもこの話をしてやったうえで、お母さんにお礼を言うんだといったんだ。
まぁ、そうなるわな。しかし、人は生まれたからには死ぬ定めだ。
10歳の息子には過酷な運命かもしれん。風呂に入っているのにカミさんを呼びつけ、ふろの扉を開けてカミさんに泣きついている。まったく寒くて体も洗えやしないぜ。
そうなったら、おらが町の英雄・小田凱人みたいに車いすテニスでもやってもらうか。彼は骨肉腫だったな。そう慰めたら、ますます泣き喚いたからたまらなかったぜ。
仕方ない。風呂から出た息子を背負って二階の寝室まで上がり、股関節あたりにシップを貼ってやり、やっとのことで寝かしつけた。

俺は毎晩眠るのは、小さな死だと思っている。よく死ぬにはよく生きることが必要なように、よく眠るにも一日悔いなく生きることが必要だ。なんて意味ありげなことを言っておくか。

一夜明けて今朝。やはり息子は足が痛いといっているので、俺は高校の同級生の岩田君がやってる整形外科に連れていくことにした。
あそこはやたら混むから行きたくないんだよな。痛風の薬もらいに定期的にいってるけど、リハビリに通うお年寄り(あぁ、俺もそんな年だな、くそ!)が多く、まるでお達者クラブだ。
気が滅入るぜ。
息子は歩きづらいというので、一丁前に俺の髑髏の握りの付いた杖を突いていた。若年寄かよ。今の若者は内田裕也なんか知らないだろうな。俺が使うとそんな感じなんだが、息子がついてると学芸会のももたろうに出てくるお爺さんだ。
で、待つこと一時間余り、その間にリハビリの予約の服部さんが何人も呼ばれる。そのたびに息子はびくっと声のするほうを向く。東海三県には服部という名前が多いんだ。服部半蔵の関係があるのかないのか。俺はあるけど。

で、息子の名前が呼ばれたんで、一緒に診察室に入るなり、岩田君に(どうしてもこいつを先生と呼ぶ気になれないな)状況を説明し、ペルテス病じゃないよねぇと言ったら、そんなのあるわけないよ!と一笑に付されたぜ。やはり最悪の事態を想定しておいてよかった。

結局、ただの捻挫だったようで、痛み止めの鎮痛剤を処方され、昼食後に飲んだら、けろりと元気になりやがった。よかったなベイビー!昨日ギャン泣きしてたのはいったい何だったんだ?ただ学校休みたかっただけなんじゃないのか?まぁ、いいけどさ。

2026/02/12

POST#1758 君は宇和島の鯛めしを食べたことがあるか!

宇和島名物 鯛めし
お互い積み重ねた自分史はあるし、いまどうやって暮らしているのかも謎だけれど、とりあえず飯でも食いに行くかってんで、せっかくならということで、宇和島名物の鯛めし🔗を食いに行くことにする。なに、暇だったんでリサーチ済みだ。暇ってのは悪いことばかりじゃない。人生には仕事以外にもやるべきことはいろいろあるってことさ。

ケニーと俺は、35年ぶりに差し向かいで座りとりあえず生中だ。痛風の恐怖をぐっと堪えて黒ひげ危機一髪の気分で飲み干すぜ!

よく考えたら、ケニーと酒を飲むのは初めてだった。幼稚園や小学校の頃はお互い酒飲んでなかったしな。そもそも俺、車で移動し、夜働くという暮らしが長いのと、一人で酒を飲むと鬱のデフレスパイラルで廃人同様になってしまうので、普段は酒を飲まないようにしてるんだ。

久しぶりに会ったケニーは、長年のコーチ生活でなめしたような肌をして、すっかり白くなった髪を伸ばしていた。仙人感半端ない。まぁ、プードルみたいなパーマの俺もインパクトではいい勝負だが。

そんな二人が、旧交を温めあって一杯飲んでいる。鯛めしをつつきながらね。フカの酢味噌あえみたいなのもなかなかよそではお目にかかれないぜ。

ケニーは以前朝日新聞に取り上げられた時には、日本人の奥さんがいたはずだが今はいるような雰囲気もない。聞いてみると、あぁ、あの後スリランカだかインドだかでコーチをしたら収入が激減で、家庭を維持できなくなったんで別れたとこともなげに言う。

俺はカミさんがいて、2016年製の小学生の息子がいて、ローンで家を買って自分で商売してると話すと、家庭を維持できるなんて尊敬するなぁと笑われてしまった。

ケニーはいったいこんなところで何をして暮らしているのか?

見たところ、サッカーのクラブチームがあるようにも見えない。そんな疑問をぶつけてみたら、あっさりと通訳をやっていると答えてくれた。ニューヨーク歴20年以上だから、英語はお手のもんだよな。むしろ日本語よりも得意だと思われる。

宇和島の山の中で、ゼネコンが風力発電所を建設しているらしい。風力発電はヨーロッパが圧倒的に先行している。で、ヨーロッパの発電プラントメーカーから技術アドバイザーが派遣されていて、その通訳をしているらしい。ちなみに、その技術アドバイザーはインド人だそうだ。

日本がほとんど鎖国したようにガラパゴス化している間に、世界の技術の潮流は日本を置いてきぼりにして流れてしまっている。モノづくり大国だなんて思っているかもしれないが、もうそんなパワーはない。次の時代を画期してゆくような革新的なものはこの国からは生まれない。トヨタのハイブリッドぐらいのもんだ。

ケニーはその現場で、不安全な環境に鈍麻した作業体制や、ゼネコンの職員のまとっている島流しにあった不遇なおっさんオーラにうんざりしていた。コロコロ言うことが変わるメーカーの技術アドバイザーにもうんざりしていた。

要は、ここは自分のフィールドじゃないと感じているんだ。

彼のフィールドはサッカー場だからな。

ケニーはそんなことを話しながら生中をどんどんやっつけていく。

で、あんまり料理屋に長居するのもなんだから河岸を変えようぜということになって、あのさみしい商店街のほうにふらふらと俺たちは歩いて行ったんだ。

続くかな。

2026/02/11

POST#1757 少年老い易く…なんだったっけ?忘れたな

宇和島の商店街

 俺が行った日がたまたま商店街が休みの日だったのか、それともとにかくどの店も閉店状態のシャッター銀座なのか。

たった一日しか見ていない俺には、判然としない。

町を歩き回っても、小さな町ではすぐに寂れた街角になってしまうのだが、立派な商店街にも人影はまばらだった。俺の住んでる町以上だ。似たようなもんだし、よく見りゃ同じようなアーケードなんだけどな。

じつは、仕事で日本のいろんなところに言った経験からすると、どこも地方はこんなもんだ。

かつては人でにぎわっていたであろう商店街はシャッターが閉まっているばかり。昔の写真を見ると今では信じられないほどの人々が歩いていた辻々では、猫が日向ぼっこをしているだけだ。人々は車に乗って通り過ぎるだけ。産業がないところからは若者は蒸発し、老人だけが取り残される。戦後の産業構造の変化と、東京をはじめとした大都市への人口集中を止めることはできない。

かつての半自給自足的な経済構造が破棄され、日本全国津々浦々、世界的な自由経済に組み込まれてしまった以上、産業のないところでは自足した生活を営むことはできない。

俺たちは、デュルケームが説いたように社会という巨大な機構の歯車として生きるしか道はないのだ。

俺はそんなことは全く考えず、ケニーからの連絡を持ちながら、グーグルマップでご当地グルメを探しながら歩いた。酔っぱらって宿に帰れなくなるのは困るから、素面のうちに土地勘をつかんでおかないとな。

そうこうしているうちに、連絡が来た。どこにいる?というんで、商店街の信用金庫の前に座っているよと伝えると、すぐにそっちに行くということだった。

俺はぼんやりと、カラオケから所在なさげに出てきた高校生くらいのあんちゃんたちの退屈しきった姿を眺めながら、こんなところでケニーはいったい何をやってるんだ?とぼんやり考えていた。

そうこうするうちに、なんとなく見覚えのある顔の男が、ママチャリにのってやってきた。

「おう」

俺は35年ぶりに会うにもかかわらず、つい先週も一緒に飲みに行った地元のツレのような感覚であいさつした。まるでタイムマシンだ。

「おう、久しぶり」ケニーも似たようなもんだ。もう少しお互い、感極まってもいいんじゃないか?まぁ、いいおっさんが二人して感極まってるのも気持ち悪いが。まったく、少年老い易くなんとやらだ。

お互いに、すっかりおっさんだ。浦島太郎だぜ。

次回に続く。

2026/02/10

POST#1756 人生に謎はつきもんだろう

蝙蝠
あんまり仕事が暇なので、何百本もあるモノクロフィルムをすべてスキャンする計画を立てている。ちなみに今時の若者は、フィルムを使って写真を撮り、ラボでデータ化してもらったらネガはいらないと処分を依頼することもあるそうだ。
しかし、こちとら昭和生まれ。何百本ものネガがうなりをあげている。納戸の棚の中からどす黒いオーラを出し続けて俺の精神を蝕んでいる。何万カットあるのかわからない。
メインで使っていた京セラ・コンタックスT3だけでなく、京セラ・コンタックスG2のネガも埋もれている。G2に至っては、プリントさえされていない。モノクロ時代の前に撮っていたリバーサルフィルムもある。いったい何万カットあることやら。
遠大だ。遠大な計画だ。というか、計画なんかない、行き当たりばったりだ。

そもそも、そんなことをする必要があるのかわからない映像的くずばかりかもしれん。
とはいえ、その映像的くずを飽きもせず何万カットも拾い集めてきたのは、ほかならぬ自分自身だということに、なんというか、流砂のように流れ去ってしまった自分の人生が、決して幻ではなかった証拠のように思える。
俺は、其処に確かにいて、シャッターを切ったのだ。AIじゃないぜ。
この作業を始めてから、読書がなかなか進まない。しかし、こんな時でないとやる気にならないからな。一日で400カットくらいスキャンするので精いっぱいだ。
道は遠い。

さて、物理的に遠い道を、2025年五月の終わりに俺はひた走った。
子供のころの友人、ケニーに35年ぶりに会いに行くために。仕事も休んださ。
仕事なんかよりこっちが大事だ。
一旦単身赴任している京都から地元に帰って、その前の週末に納車されたばかりの車に乗り込み、慣らし運転代わりに片道600キロの道をひた走ったのさ。
途中、京都で借りているマンスリーによって仮眠し、夜明けとともに走り出す。
明石海峡大橋を渡るのは何年ぶりだろう。この辺りでケツが痛くなってくる。

明石海峡大橋 運転しながらの撮影は危険だぜ
ケニーはブラジルからニューヨークに移った後、美術関係の学位をとるために学校に行っていたらしいんだが、当地に暮らす日本人の子供たちにサッカーを教えるというかサッカーチームのコーチをすることになったそうだ。芸は身を助けるだな。
そこから、彼はコーチングの面白さに目覚め、ライセンスを取り23年間ニューヨークでサッカーのコーチをしてきたらしい。全米サッカーコーチ協会の最優秀コーチ賞をとったこともあるらしい。
で、この15年ほどはキルギスタン、ガーナ、ナイジェリア、京都、スリランカなんかを渡り歩きサッカーチームのコーチをして暮らしてきたそうだ。
俺は10年ほど前、彼が京都でコートをしていた時に朝日新聞に取り上げられた記事を今でも大切に持っている。
35年もたって、もう一度逢えるなんて思ってもみなかったぜ。俺は四国の山の中、中央構造線に沿って走る高速道路をひた走り、愛媛の果ての宇和島まで向かった。

しかし、どうしてこんなところにケニーはいるんだ?
こんなところにサッカーチームなんてあるのか?
俺はホテルにチェックインして、彼にメッセージを入れ、返事が返ってくるまで初めての町をぶらつくことにした。
宇和島 ホテルの窓から

宇和島市 須賀川
人生に謎はつきものだ。そして、謎が多いほど面白く、何かしら意味があるように錯覚することができるものさ。まぁ、何かしら自分の人生に隠された意味があるように思えたほうが面白いんじゃないのか?しかし、ぜんぜん人の歩いていない町だな。俺の町も大したことは言えないが、地方はどこに行ってもこんなもんか。日本の行く末が心配になってくるぜ。
諸君、今日はここまでで失礼する。晩御飯の買い物に行くのさ。

2026/02/09

POST#1755 どんな時代だかヘイヘイヘイ

名古屋かな
自民党、歴史的な大勝か。

憲法も変えられてしまうだろう。集団的自衛権や交戦権が大っぴらに認められることになるんだろう。スパイ防止法で、なにかと息苦しい世の中になるかもしれない。物価高や格差の是正が行われるかは未知数だ。きっとそれはないだろう。

自己責任の声は日々大きくなるが、責任を取らない責任者だらけだ。裏金や統一教会のことはみんなすっかり忘れてしまったんだろう。維新の国保逃れとかも。

まぁ、そんなこともある。アメリカのもとの平和の時代つまりパックス・アメリカーナも終わりつつある。時代の変換期が来てるんだろう。

やれやれ、人生で2度も世界史的な転換期に遭遇するとはね。ついてるな。一度目は天安門事件からソ連崩壊に至る時期だったな。あの頃は若かった。

そこから30年余り、新自由主義の下で地を這うように生きてきた。地を這うように生きてはきたが、自由、平等、友愛というリベラルの旗印を降ろしたことはないつもりだけどね。

どんな時代がきたって、長いものに巻かれ、勝ち馬にのり、自分より弱い立場の人間を、安全地帯から叩いて溜飲を下げるような人間にはなりたくない。誰かに支配されたり、誰かを支配するのも真っ平だ。

この年まで好きにいきてきたんだ。今更変わらねぇよ。いつ自分の出番が来ても良いように、知識見識をせいぜい磨いておくさ。

失礼する。


 

2026/02/08

POST#1754 君は公正な政治家と世紀末覇者、どっちが必要だと思う?

タイ、メーサロン
今日は選挙だったので、例の親父を連れて選挙に行ってきた。

俺の家の目の前が小学校で、そこがいつも投票所となっている。俺は施設に親父を迎えに行き、投票させた。日本人が主権者として振舞うことができる唯一の機会だからだ。

親父は今まで自民党にしか投票したことはなかったようだが、今回は俺と話をして、中道改革連合の候補に投票したらしい。隠れ創価学会員の親父は、長年今だけ金だけ自分だけというスタンスでやってきたのだが、それでは自分が社会的弱者に転落したとき、どうにもならないという現実に気が付いたのならありがたいが、齢85ともなればもう遅いか。

俺はジョン・ロールズが正義論🔗で説いているように、不平等は、社会の最も不遇な人々の最大の便益に資するものであることでしか容認されないという公平な考えに共感しているんだ。ざっくりと知りたい人はWikipediaで正義論(ロールズ)🔗を検索してみてほしい。

富裕層への累進課税は不平等であるかもしれないが、社会の最も不遇な人々の生活を支えてより公正な社会を作るためならば容認されうるという考えだ。

そうでなかったら、社会なんて必要なく、強いものや狡猾なものが、弱いもの貧しいものを食い物にするだけの修羅場になってしまう。そうであるならば、国家というリヴァイアサンは不要だ。北斗の拳の世界になってしまう。政治家よりも世紀末覇者が必要になっちまう。


さて、昨日の話の続きだ。

ケニーのメッセンジャーにメッセージを送って2週間くらいたったころ、ひょいと返事が来た。

『自分は今、日本の愛媛にいます。愛媛まで来る気があるなら、連絡ください』

やった、日本にいた。俺はさっそく『返信ありがとう。ちょっと時間が作れるように工夫してみます。モロッコとかじゃなくて、よかった。あそこもいいとこだけど…』

『別にモロッコでも構わん』そっけない返事だ。まぁ、何十年もあってないんだ、そんなもんだな。しかし、俺としてはチャンスだ。

『行くのにコストがかかりすぎる』

モロッコでもトンガでも、生きている限りは逢える。しかし一言でいえば、ない袖は振れないってことだ。ご存じの通り、親父のことでいろいろ物入りだし、息子もなかなか金がかかる。カミさんは月々家に入れる金の増額を常に要求してくる。だとしたら、愛媛くらい隣町だ。

『じゃあそれまでだな』割り切り早いな。

『なかなか物入りでね(笑)』

『イスタンブールでもよい』

『あそこも素敵なところだわ。』俺は、携帯からかつてイスタンブールに行ったときに撮ったブルーモスクの写真を送った。ボスポラス海峡漢一匹だ。

『そういう生活なのか?ならば、あっても良いかな』

お、手ごたえありだ。この短いやり取りで、俺がつまらないおっさんじゃないことが伝わったぞ。

『そういうわけでもないけどね。旅行は好きさ。』

『へー、まぁいろいろききたい』

よし!愛媛宇和島まで家から片道600キロ。どおってことないぜ。

で、俺は次の日にリース更新されるハイブリッドの黒いプロボックスで、愛媛まで行く計画を練り始めた。待ってろよ、ケニー!

2026/02/07

POST#1753 ある日夢を見た

御幼少のみぎりの俺とケニー

五月の連休明けのある日曜日の朝、古い友人の夢を見て目が覚めた。

内容は覚えていないけれど、もう35年ほど会っていない友人だ。幼稚園と小学校が一緒。小学校の頃のほとんど唯一の友人だった。懐かしく、温かい気持ちになった。

彼は、というのも他人行儀なのでケニーと呼んでおこう。海外生活が長いからそう呼ばれることが多いんだそうだ。ケニーとは一緒に近所の木の上に基地を作って遊んだり、神社で遊んでいた。一緒に木曽川の支流で釣りをしてケニーのお母さんが五平餅を作って持ってきてくれたこともいい思い出だ。

ケニーの日当たりのいい中庭のある家に遊びに行き、縁側に座って一緒に石ノ森章太郎先生のサイボーグ009なんか読んだりしたもんだ。あいつの家には確か全巻そろってた。ケニーと遊んでいないときはしばしば児童館に行き、手塚治虫先生の火の鳥を何度も何度も読んでいたものだ。

俺は大事なことは漫画とロックと吉本隆明から学んだんだ。そんな俺も彼も、田舎の小学校という閉じた社会にうまく溶け込めなかった。

俺はくせ毛という身体的な特徴のために疎外されたし、ケニーは他の児童と意見が合わず、ぷいとそのまま学校の裏口から家に帰ってしまうことが多かった。

小学五年生くらいから塾に通い出すとなんとなく勉強もできるようになり、そうすると読書癖によって身についた雑学から、同級生の間では教授と呼ばれるようになっていった。その一方でYMOのレコードを買ったり、FMで当時のイギリスのニューウェーブやネオモッズ、パンクロック等を聴いたりするようになって、ますます小学生らしかならぬ方向に進んでいったけれど。俺は私立の中高一貫校に進むことで、その閉鎖社会から離脱できた。

ほんとはクラスで一番かわいかった子がその私立学校の先生の娘で、その子が底を受験するっていうから受けたってのもある。さらに言うと地元の公立中学は当時その付近では評判のヤンキー学校でろくでもないという評判だった。女の子がセーラー服のスカートの下に、えんじ色のジャージを履いているのも嫌だった。今でいう埴輪スタイルだ。

で、ケニーとは離れ離れになった。

彼は中学でサッカー部に入ってサッカーにのめりこんでいたようだけれど、もともと周囲とうまくなじめない性格なので、上下関係の厳しい田舎の中学校のクラブとか精神的に厳しかったのではないかと思う。

このころ、あまり交友がなかったのでその辺の事情は俺には分からない。ケニーは中学生の終わりごろから高校にかけて、写真も趣味にしてたみたいだ。その頃の俺は、写真には全く興味なかったけどね。

で、高校に進んだケニーは、サッカー部に入ったようだけれど、そこで徹底的にうんざりしたようで、高校を辞めてしまった。で、どうしたかというと土木作業のアルバイトなんかをしてお金をため、ブラジルに渡ってサッカーのユースチームに入るという途方もない行動に出ることになったんだ。

ケニー、すげぇな。俺は当時、素直にケニーの行動力を尊敬したよ。実際にコリンチャヌス高の2部リーグチームにアマチュア選手として登録されるところまで行ったらしい。

俺が最後にあったのは、20歳のころだ。

ケニーはサッカー選手として芽が出ず、ニューヨークに移り、アートスクールに通っていた。そこで知り合った中国人の彼女を連れて実家に帰ってきたとき、俺は逢いに行った。

それ以来、35年ほど会っていなかった。一体全体、今は世界のどこにいることやら。

俺はFBで検索し、近年のケニーの活動に目を通してみた。元気そうだ。そこで俺はメッセンジャーでメッセージを送ってみることにした。

『お元気そうで何よりです。

ついさっき君の事を夢でみて、幸せな気分になりました。

なにかの予兆のような気がして、メッセージを送ることにしました。いまは、京都に仮住まいしています。いつか、あえる日が来ることを願っています。

お身体大切に。

浩一郎』

2026/02/06

POST#1752 ジジイになる前に死にたいぜ

千葉県 犬吠埼
お嬢の話はまた今度だ。
今日はカミさんの誕生日だからな。
しばらく前には、リファのヘッドマッサージャーだのヤーマンの美顔器だの贈っていたが、親父のことで深刻な金欠症なので、今年はなしだ。
おいしいものでも食べに行くというのも手だが、バカ息子の塾が終わるのが遅いので、それも却下だ。ケーキでも買っておきゃいいんだ。
だいたい、50過ぎたら誕生日は地獄の旅の一里塚。まったく楽しくないぜ。
それは男も女も同じことだろう。
俺なんか毎日が憂鬱で仕方ない。The WhoのMy Generation🔗って曲の歌詞に、I hope I die before get old つまり、ジジイになる前に死にたいぜ!ってあるけど毎日そんな心境だ。
なんたって、俺は鬱病だからな。世の中の皆様からの心無い仕打ちで、生きることに飽き飽きしてるのさ。死なないのは臆病だからだ。

閑話休題

さて、親父のことだ。
俺の弟は、親父が退院した日にあった弁護士にうんざりしていた。
仕事の付き合いでも、きっといろいろあったんだろうよ。しばらくするうちに、親父の自己破産の面倒を見てくれる弁護士を、もっと若くてやる気のある弁護士に乗り換えようということになった。
どんな奴でも、若くてやる気のあるやつはいいもんだ。若いってだけで嫉妬するぜ。Shit!
で、俺は弟と一緒にその若手弁護士に会いに行ったりしたんだ。
確かに人当たりは良かった。しかし、だからと言って魔法のように借金が消えるわけがない。
そうこうするうちに、叔母のあさチャンの家に、また信用金庫から不幸の手紙がやってくる。俺は開封せずに、俺のところに送るようにあさチャンに頼んだ。届いた手紙を開封してみると、ふむふむ…このままだと連帯保証人のあなたに、服部のおやっさんの借金を請求するしかないけどどう?ってことだ。まいったな。

あさチャンは、ボケているのか本当に知らないのか、私は連帯保証人なんかなった覚えはないし、印鑑ついた覚えもないといって、おろおろするばかりだ。
例え若手弁護士の活躍によって、親父の自己破産ができたとしても、その借金はあさチャンの身に降りかかるだけだ。
俺としては、世話になってるあさチャンとその娘夫婦に迷惑をかけたくなかった。
そして何より若いころの俺を支えてくれた今は亡きあさチャンの旦那の恩義に少しでも報いたかったんだ。何とかせねばな。
弟は、あの兄妹は都合が悪くなるとすぐボケて記憶がなくなるとうんざりして、これ以上面倒みれないし、見るのも嫌だという風情だ。自分がかかわりたくないから弁護士を頼んだわけだ。
そうこうしているうちに、その若い弁護士があさチャンのところに藩士をしに行ってくれるという話も出てきた。去年の七月初旬のころだ。

ちなみに、うちの親父はその頃にはすっかり元気になりやがって、片道2キロくらいあるかかりつけの病院まで歩いて診察を受けに行ったりするくらいだった。そこで、今まで俺のことは暴力的で碌な仕事をしてないヤクザ崩れの道楽者みたいに言っていたのに、孝行息子だといって喜んで吹聴しているらしい。

お幸せなもんだ。あきれてものも言えないぜ。

ちょうど、そんなころ俺の10年満期の生命保険が満期になり、満期祝い金で50万円入ってきた。俺はこのタイミングで現金が入ってきたことに何か運命的なものを感じたね。
俺はこの50万に加え、いろいろと金を工面してかき集めて165万円の現ナマを用意した。
とはいえ、長年不測の事態に備えて、自分の給料を少なくして一人でビジネスを展開してきた俺に、そんな余裕があるわけでもない。かなり無理して金を工面したんだ。
税務署さんに突っ込まれると困るから、あんまり細かいことは言えないけどね。

で、何とかかき集めた165万を50万円一束で三つ、15万円一束にして無造作に輪ゴムでとめて、くだんの信用金庫にたたきつけてやることにしたんだ。きっとすっきりするぜ。封筒にも入れず、無造作にポケットに突っ込んでいこう。

この世は金さ。残念ながら。
普通はスーツとか着て、神妙な面持ちで行くのが筋なんだろうが、そんな卑屈なことはしたくない。

俺はだぶだぶのカーゴパンツに下駄をつっかけ、たしかゲゲゲの鬼太郎のTシャツを着ていたんじゃないかな。程よく舐めてます。

よいことをする時には、どこか後ろめたくコソコソやるべきという流儀が俺にはある。
それに、肩苦しいのは好きじゃない。野暮ったいスーツを着て、毎日地味なネクタイを締めるが嫌だから現場で働いてきたんだぜ、三十年も!

何気なく番号札をとり、順番が来て窓口につくと、「服部トヨちゃんの息子ですが、借金を耳そろえてお返しに上がりました」と告げた。
すると、パーテーションで仕切られた商談スペースに通され、おっとり刀で担当者がやってきた。担当者は贈られた書類に歌ってあった人が人事異動になったようで、I原さんという俺と同じくらいの年齢の人だった。
この人がまた話が分かる人だったので、すごく助かった。
というのも、本来ならば手形の更新が滞ったことで、法定利息ぎりぎりの金利がついてくることも予想していたんだ。そうすると、不足分をまた工面しなきゃならない。
しかしI 原さんは本店の偉いさんに掛け合って、利息をつけるのを7月22日まで半年間ストップしてくれたらしい。ナイス!
俺がこの信用金庫に金を返しに行ったのが7月14日の月曜日だったから、危ういところだった。


あさチャンだって、もう年金暮らしで体の具合もよくないのに、借金を肩代わりさせられたらたまったもんじゃない。I原さんも、あさチャンの資産状況とか持っている不動産の権利とかとっくに調査済みだった。このままいくと、あさチャンかあさチャンの娘夫婦に累が及ぶと案じてくれていたんだそうだ。さすが蛇の道は蛇だな。

俺は金を払い終わるとすっきりした。俺の財布もすっきりした。素寒貧だ。夏の盛りなのに寒気がしたぜ。

このやり取りを俺は弟たちにはしばらく内緒にしていた。
俺がやってやったと、誇らしげに言うのが嫌だったし、弁護士に相談してくれたりしてくれた弟の気分を害したくなかったんだ。のちに話すことにはなったけれど、あー、やっといたぜくらいの軽いノリで話したんだ。トイレの中に流してないうんこがあったのを流しておいたぜって言うくらいのノリだ。
親父は今も元気に暮らしている。たまに小遣いを一万円くれとか言ってくる。俺はうんざりしながら金をわたしに行く。自分で金の管理はさせられない。禁治産者だぜ。
そして、三食昼寝に浴場付きの快適な暮らしで、ますます健康的で元気だ。
間違いなく俺より長生きするだろう。そうなったとき、いったい誰が面倒を見るんだ?
やれやれ、町一番の孝行息子として生きるのも楽じゃないぜ。
ほんと、ジジイになる前に死にたいぜ。もうくそジジイ一歩手前だけどな。

さてと今日はカミさんの誕生日にささやかなケーキでも買いに行かにゃならないから、この辺で。

2026/02/05

POST#1751 誰も読んじゃないないからなんだって書けるぜ

お嬢
どうせ俺のわずかな知り合いしかこのブログを読んじゃいないんだ。

なんだって遠慮なく垂れ流すことができる。

親父のことで右往左往していたころ、京都の仕事先に荷物が送られてきた。机の下に入れる暖房器具だ。冷え性な派遣の女がやってくるらしい。

女は面倒だな。特に現場仕事では。俺は女の人との距離感をつかむのが苦手だ。オールオアナッシングなんだ。

人間が三人集まれば社会になる。そこでは人間は男とか女とかいう属性は一旦棚に上げて、男でも女でもないパーソンとして振舞うことが求められるだろう。理念としてはね。

けれど、人間が相対で接するとき自分が男であることや女であることからは逃れられない。

他人はいざ知らず、そういうもんだ。

また、現場作業だ。汚れることも肉体的に重たいものを持つこともある。埃まみれになることもある。また、女性には女性特有の生理的なリズムもあり、決して無理はさせられないし、男性の若者と同じように厳しく指導することもできない。

もっとも、俺は以前この職場で、30万円程する高額なレーザー墨出器のスイッチを切らずに持ってきた若手に、「お前馬鹿野郎、何度言ったらわかるんだ!壊れちまうだろう!死ね!」と怒声を浴びせたことがある。なかなか泣きそうなくらい忙しい夜に、この若手が問題を放置していたためにこの仕事を無理やり押し込んだんだが、切羽詰まっていた俺は感情の制御ができなかった。で、この大音声で発せられた怒声が百貨店のテナント従業員の耳に入り、大問題になったことがあった。顛末書を書かされ、偉いさんたちと謝罪に行くことになった。パワハラというやつさ。

気が重いぜ。

面接した俺のクライアントが言うには、現場管理経験半年くらいの元ヤンキー。彼女はゼファーかなんかに乗っていたらしい。後で聞いたところでは、そのバイクはハイバックで、フロントには倒した風防がついていたそうだ。もちろんマフラーは直管で、爆音ヤンキー仕様。やれやれ…。そして子供が二人いるシングルマザーってことだ。

生活が懸かってるんなら、それなりにしっかりやってくれるだろうな。俺はそう考えた。

2月から着任し、しばらくは日中勤務でOJTを行い慣れてもらうということだった。しばらくは顔を合わせることもないな。

俺はどうせ、生活に疲れた元ヤンキーのおばさんが来ると思ってた。

しかし、昼間のOJT期間が終わって顔を合わせた彼女は、金髪にカラコン、ピンクのマスクに派手なネイルという、どっからどう見てもギャルママみたいな女だった。背も高くスタイルだって経産婦には見えない。

俺は当惑しながらも、仕事の資料はこのフォルダに入っていると説明を始めた。挨拶もそこそこに、突然仕事の説明をし出した俺に彼女も驚いていたのか、状態をそらし気味で目もみはっていた。

きけば年は34歳。高卒直後に子供を産んで、高校1年の息子がいるらしい。下のこどもは中学生。しかも父親は二人とも違うらしい。しかし、だまっていればそんな風にはみえないな。俺は、彼女に『お嬢』という渾名をつけた。

のちにこいつが俺の仕事に大きな影響を与えることになるとは想像もしなかった。

人生にはどこに地雷が転がってるかわからない。

この年になっても、言えることはただ一つ、『女には気をつけろ!』ってことだ。あぁ、忌野清志郎師匠も”俺がロックンロール(冬の十字架🔗収録)”って曲のなかで歌ってたぜ。

これだけは言える、君がもし男なら、君も気を付けたほうがいいぜ!

2026/02/04

POST#1750 なんだかんだ言って、この世は金さ

沖縄、竹富島
そんなこんなで親父の退院は2月18日、五万なにがし医療費を払い、そのままサービス付き高齢者住宅に送り込んだ。
そりゃ、お喜びだよ。好き放題やってきて、その果てにこんな三食昼寝と大理石貼りの浴場付きなんだ。文句言ったらぶっ飛ばすぜ。
問題はここからだ。
その日の午後には弟と二人で親父を連れて、損害保険屋の弟と付き合いのある弁護士のところに相談に行った。
残念ながら50からみの弁護士は物腰は丁寧だが、こちらに寄り添うという気配が感じられなかった。
とはいえ、仕方ないさ。なにせどれだけ負債があるのかわからない。
借入証書もなければ、返済計画書も融資の契約書もない。
断片的な振込明細
5000万円とか記された手形帳
あちこちの銀行の通帳
鋏の入れられた古い手形
債権回収会社からの残高明細
つい最近の日付の約束手形
そして、泣きたくなることに帳簿類は一切なし

俺たち兄弟の考えでは、弁護士費用をかけても自己破産させて、きれいさっぱりしたいと思っていたんだが、どこに何があるのかわからないようじゃ話にならないとのっけから突き放された。
挙句の果てには、もう30年くらい前、社会人になったばかりの弟を保証人にして3000万円だか借りた話を弟が持ち出すと、親父はぼんやりした顔で、あれはすぐ次の週には返したという。
それを聞いて弟は、知り合いの弁護士の前でも構わず激高し、「俺の青春時代は、あんたのその借金に怯えて円形脱毛症にまでなったんだ!今の今までそれが完済されてるなんて知らなかったんだぞ!どういうつもりだ」と席を立って隣の親父を殴りつけそうな勢いだった。
弁護士の先生はあきれて、そんなことは帰ってからやってくださいよとうんざりしている。
まぁ、そりゃそうだよね。
結局、自己破産するにも、どこにどれだけ負債があるかすべて洗い出さないことにはなんともならないことが分かった。つまり、こちらとそちらとあちらに、それぞれいくらの借金があり、これらを返すことができないので自己破産すると裁判所に申し立てて認めてもらっても、それ以外のどちらからかの借金が出てきたら、まぁた一からやり直しということだ。君も自己破産を考えてるんなら、その辺をしっかり押さえておくといいよ(笑)
やれやれ。帳簿も証文もないんだ。まったく雲をつかむような話だぜ。
俺はその頃京都で働いていたんだが、週末家に帰るたびに月曜の朝、親父をあちこちの銀行に連れてゆき、残高証明をとり、借金がないことを確認し、口座を抹消した。どこの口座も大した金額は入っていなかった。年金が振り込まれる口座だけ残し、あとはすべて口座を閉じたんだ。
弟は、最近の日付の約束手形の信用金庫に行ってくれたんだが、ビンゴ!そこではざっくり160万円ほどの借金が残っていたんだ。
つまりこういうスキームだ。
借金のうちの一部を返済する。その時点での残高分の約束手形を切ってもらう。
手形の期限が来たら、また焼け石に水程度の金を渡して、新たな約束手形を切る。
やれやれ、そんなことやってても、85のじいさんが死ぬまでに返し終わるとは思えんぜよ。
弟は信用金庫の担当者と支店長に、状況を確認しに行っただけなのに、ぼろくそいわれて返済を迫られたようだ。まぁ、当然だわな。
そうこうしてるうちに、うちの叔母のあさチャンのところに、この信用金庫から手紙が届いた。あさチャンは手紙を俺に転送し、おろおろして心臓が止まりそうな声で電話してきた。手紙を見てみるとこんな内容だ。

『令和7年4月2日

●●信用金庫/△△支店

担当:■田

服屋のおやっさん氏の近況及び返済状況の確認について

平素は格別のご高配を回り、厚く御礼申し上げます。
突然ではありますが、貴殿が連帯保証をしている服部のおやっさん氏の近況と現在の返済状況を報否させていただきます。
服部のおやっさん氏は令和7年1月に自宅で倒れて入院しておりましたが、合和7年2月に退院された以降は老人設の方で療養しております。現在は4人のご子息(その筆頭が俺だよ)が中心となり、面倒を見ている状況であります。

借入の返済状況と致しましては、当初(平成15年7月14日)に借入した3,500,000円は令和7年4月2日時点で残高1,642,000円となっております。手形貸付という融資内容となっており、貸出期日が令和7年1月20日となっていますが、介護施設へ入所した以降は手形の更新手続きができていない状況となっています。(更新手続きをご放頼していますが、 ご子息の了解がないと更新できないとの理由により更新できず)

このままの状況では当行としても本人もしくはご子息からの返済対応が無いため、連帯保証入であるあさチャン様へ通知する方法しかなく、ご連絡した次第であります。大変お忙しいと思いますが、1度ご連絡を頂ける様に宜しくお願い致します。

【該当價權】

借入種類:手形貸付

借入残高:1,642,000円

借入期日:令和7年1月20日』

あさチャンは、自分は連帯保証人になった覚えはないというし、俺もどうしたらいいのかわからねぇ。そもそも平成15年なんて、あさチャンもう親父の下で経理やったいないからな。
なにより弁護士に相談して、自己破産の準備をしているから、迂闊に手形を切りなおして借金を返していきますとも言えない。弁護士の先生から止められてるんだ。
もっとも金を払えばいいだけの話なんだが、しがない商売の俺にはそんな金はポンと出せない。
弟たちもかつて親父が滞納しまくった百万単位の家賃をみんなで分担して払った経緯があり、お前ら頼むともいえんしなぁ…。とはいえ、俺もこの一連の親父の問題でずいぶん散財した。鼻血も出ねえてのが正直なところだ。まいったなぁ(笑)

そんなこんなで、世の中金の悩みは尽きないぜ。
菌血症は直すことができる。しかし、金欠症を完治させることはなかなか困難だ。

2026/02/03

POST#1749 年をとって住むところがないのは深刻な話だ

 

奈良、十津川村にて 俺の人生いつだってこんな感じさ
すっかり忘れていたが、親父の話だ。

親父のことは思い出したくもないが、これでも俺は町一番の孝行息子といわれている。四月からは町内会の班長だし子供会の副会長だ。一応、父親のことは気にかけておいてやらないといけないんだ。たとえ俺が鬼子だとしてもね。

ちょうど一年ほど前の1月30日に、親父は菌血症の治療のために転院になった。
市民病院の支払いは、市役所に行ってあらかじめ高額医療費請求の手続きをしていたから10万ちょっとで済んだが、貧しい労働者階級の俺にはこれまた痛い出費だ。
俺の親父には、そんな金はない。
金欠症の治療で俺が入院したいぜ。
さて、その転院先の病院は、俺もその前の年に腎臓結石と菌血症で入院していたことがあるんだ。ほかにも交通事故で大腿骨をへし折ったときとか、働きすぎで帯状疱疹になり、医者から強制的に入院させられたときとか。いつもお世話になってる。
死んだ祖母のノブちゃんも、救急搬送されたときには、旦那の庄六さんが死んだ市民病院を、死人病院だけはやめてくれと言っていたな。我が家の皆さんには鬼門だ。
担当医師は俺のちんこの先から膀胱までカテーテルを挿入する手術を執刀してくれた美熟女の女医さんだった。
あれは、思い返しても恥ずかしいな。お粗末なものしか持ち合わせていないんでね
で、2月の頭だ。俺は近く(といっても車で10分くらいか)に住んでるすぐ下の弟と一緒に、何件かサービス付き高齢者住宅を見に回った。親父に借金の保証人されて苦しんだ奴だ。俺たちは最初、レオパレスでも借りて放り込んでやろうかと考えていたんだが、どうせまた好き放題食い散らかし、金もないのに余計なものを買い込んで碌なことにならないと断念したんだ。

素敵なことに、入院していた市民病院の担当医は、俺の父は要支援も要介護も必要ない!と太鼓判を押してくれたんだ。うれしくてハラワタがちぎれそうだぜ。
だから、自然と補助がないので月々の支払いも多くなる。あと、あまり俺の家から遠いと何かと不便だし、そうなると条件は限られる。
いっそ橋の下にでも住んでくれるくらい根性座ってるんだったら話は早いが、終戦直後じゃないんだから、そういうわけにもいかない。(とはいえ、俺は近所の川にナマズを釣りに行ったとき、橋の下に誰かが住んでる痕跡を見つけ驚いたことがある)
一件目は、俺の家から歩いて行っても5分10分ほどのところで、町の中心部にも近く日当たりもよかったが、あいにく空きがなかった。
親父にそのことを告げると、「あそこは昔、繊維の商売をやっていた知り合いの系列だから惨めな思いをしたくないので嫌だから、空きがなくてよかった」だとさ。
この野郎!もうとっくに惨めなんだよ!

二件目はカミさんと二人で、車で15分ほどのところを見に行った。
そこは高い。まるでセキュリティ付きのマンションだ。敷地内には小ぶりな平屋の戸建てもある。老夫婦で住むってことだろう。
そりゃ結構なところだ。できたばかりだし、内装のセンスも素敵だ。ってことは金がかかってる。ってことは、投資を回収するためには、勢い月々の支払いも高くなるってことだ。案の定、月々に20万以上が必要だ。
空いているのでいつでもどうぞといわれたが、その金額じゃ空いててもおかしくないぜ。俺はしがない労働者階級なんだ。勘弁してくれよ。この借金だるまのくそじじいに、そんな月々金は払えないぜ。
俺たちはにこにこして話を聞き、パンフレットだけもらってかえったんだ。

そして、三件目。あまり期待していなかったけれど、もう少し手ごろな値段で入れそうなところを見に行った。少し街はずれだけれど、幹線道路を通れば俺の家から5分ほど。市内を走る私鉄電車の小さな駅にも近く、目の前にはコミュニティーバスのバス停もある。悪くない立地だ。
俺たちを迎えてくれたのは、とんでもなく腹の出た中年のにこやかな男で、仮に山ちゃんと呼んでおく。山ちゃんは、太りすぎて移動するのがしんどいのか、老人がリハビリに使う歩行器のようなものに両肘を預けて、よちよちと動き回ってる。彼の両肘は、その体重が預けられているせいで、タコになっている。そして、関西訛りの大きな声でしゃべり、よく笑う。
面白いな。キャラが立っている。ここにするか。
一階は食堂とラウンジ、二階がそれぞれの個室でトイレと洗面所、電磁調理器が付いている。風呂は一階に温泉みたいな素敵な浴場が付いている。あのくそじじいにはもったいなくらいだ。しかも、今部屋の空きがあるという。かつては満室だったが、コロナ禍の時に男性の入居者のうちの何人かが、感染対策などの煩わしさを嫌ったのだろう、出て行ってから満室になることがない状態なんだそうな。

北側の部屋は目の前に川が流れていて遠くに美濃の山々が見える。しかし、北側は埋まっているんだと山ちゃんは残念そうに言った。とはいえ、冬の北向きの部屋は陽が当たらなくて冷えるしな。南でも西でも何でもいいさ。
西側の部屋は夏、西日が入って暑いのと、見える景色が電車の高架と隣の家の壁。それを山ちゃんは残念そうに言うんだけれど、何の問題もない。
十分だ。何の問題もない。俺たちは即決した。

さて、気になるお値段は・・・月々15万くらいだ。これなら年金と俺たちが出し合った金で何とかなる。兄弟が四人いるとこういう時に助かるぜ。即決だ即断だ。
親父が退院してくるのがおそらく2月の半ば。山ちゃんは部屋の清掃や準備があるから再そっくで2月18日の契約になるって言うから、俺たちは2月の18日から入居ということで契約した。
先払いの家賃と敷金、食費、共益費等こみこみでおおよそ21万円。
俺たち兄弟は金を出し合い、親父用の口座で管理することにして、その金を払ったんだ。
新しいオヤジの部屋
机やいすや布団はすぐ下の弟が、奥さんの実家からもう使わないものを持ってきた。
衣装ケースや三段ケース、小さな冷蔵庫、タオルやトイレットペーパーなど生活に必要なものは俺が買いそろえた。ここでも出費がかさむぜ。
電子レンジは、俺が現場で弁当を温めるために倉庫に保管していたものを持ち込んだ。テレビとミニコンポは、親父が使っていたものだ。取っておいてよかったぜ。
やれやれ、これで住むところの問題は解決だ。
後は退院してきた親父をここに放り込んだら、衣食住は一丁あがりだ。さすが、町一番の孝行息子と言われるだけあるな。
しかし、気の重い問題がまだ残っている。借金がどれだけあるのかを調査して、弁護士に頼んで自己破産させるという重大な問題だ。

2026/02/02

POST#1748 日本ってなんなのか、ずっと考えてきた

京都市 政治的中立性かそれとも単なる無節操か
赤いポールスミスのショートトレンチはずいぶん前に買ったものだけど、たまに着たくなる。赤は血の色、命の色だ。

青いスーツも好きだ。クールな感じがするでしょ。

緑のネクタイも、オレンジの作業用の防寒着も好きだ。

けれど、どの色も政治的な主張と結び付けられてしまいそうでうんざりする。

いっそ、ブルースブラザーズのように真っ黒なスーツに白いシャツブラックタイ、しろいソックスに黒い靴、そんなモノトーンにしてしまいたくなる。

とりわけ、排外主義的な主張を垂れ流す政党のシンパだと思われるのは心外だ。

すでに俺たちの社会は外国人労働者なくして回らない。

いくら排除を訴えても、日本人はきつい現場仕事や、夜間のコンビニバイトをやりたがらない。便利さ、快適さは享受したい。けれど、自分たちはやりたくない。

まるで奴隷制の古代ギリシャやローマ人みたいだな。

しかし、もう何年かすると家も店舗もインフラも、建設できなくなるだろう。実際に現場で働く人間がいなくなるからだ。人間は老いる。技術を磨いても、いずれは一線を退く時が来る。実際に現場にでは50代以上のおっさんばかりだ。60歳以上は高所作業はしてはいけない建前になっているが、どいつもこいつもよじ登って仕事してるぜ。そんな有様なんだ。

そんなこと言ってたら誰が君たちのオフィスや家を作ることができる?

建築関係だけじゃないだろう。

医療看護、保育、農業、製造業、運送業、サービス業、実際に物質世界や人間そのものに働きかけることを生業とする人間は、どこも不足している。そしておおむねそういった仕事に携わる人々は賃金が安く、二級市民のように扱われている。誰がそんな扱いを望むだろう?誰が自分の子供に辛く見返りが少なく、尊敬されない仕事を勧めるだろう。

君は俺が極端なことを言っていると思うかもしれないが、自分自身に問いかけてみてほしい。

実際に日本人だけではもう社会を維持できないんだ。現実をしっかり見てほしい。

そして、それを支えている技能実習生と呼ばれる人たちも、私たちと同じ人間であることを思い出してほしい。少なくともこの国は奴隷制国家ではないのだから。

福井県では、日本は単一民族国家と選挙期間中に主張し、当選したとたんに言を翻す確信犯的な元外務官僚が知事に当選した。

そもそも日本てなんだ?

日本人って何者なんだ?

そして天皇ってなんなんだ?

この空気に流され、何もかもが論理的な話し合いと合意のないままに決まっていってしまう社会はなんなんだ?

象徴天皇制🔗における国民の統合の象徴たる天皇の意思とジャンジャック・ルソーのいう一般意思🔗はどう関係しているんだろう?

選挙権を持つ市民の半分くらいしか投票しない、つまり自らの意思を示さないこの国は、本当に民主国家なんだろうか?

 俺はもう何十年も、肉体労働をしつつ、そのことを考え続けてきた。答えが知りたくて我流で学び続けてきた。その間、この国はずっと停滞し没落してきた。

日本はすでに先進国なんじゃなくて、衰退途上国なんだ。日本はすごい、日本人は素晴らしいという言説や動画をうのみにせず、自分の生活実感から考えてみればわかるはずだ。

社会を包む空気や、威勢のいい言説に惑わさるることなく、どんな社会にしてゆきたいのか、自分の経験に即して自ら考え、そのうえで選挙に臨もう。

2026/02/01

POSR#1747 なぜマスコミは…

台湾、台南市、安平

大義無き選挙が真っ盛りだ。

チームみらいを除くほとんどの政党が減税を唱えている。

五公五民といわれて久しい我が国は数十年ぶりのインフレに悩まされている。

賃金ベースアップは、物価上昇に追い付いていない。我が国の労働者の皆さんは、気息奄々で自ら生産したものを購入するのはおろか、将来世代の労働者となるであろう子供を産み育てることまで躊躇せざるを得ない状況だ。マルクスが見たら小躍りして喜ぶことだろう。

自民党と連立解消した公明党が、通常国会冒頭の解散を見越して立憲民主党と合流し、新たに中道改革連合を立ち上げ、食料品の消費税撤廃を唱えると、すかさず自民党は2年間限定の食料品の消費税0%減税を掲げる。政治的な立ち位置以外は、どっちに転んでも庶民に大差はない、ように見える。我々国民は朝三暮四の猿のように、政治家や官僚から愚民とみられているのだ。

このような状況を受け、報道各社は食料品の消費税減税を行ったとして、それによって損なわれる税収の減少をどう補うか、その大盤振る舞いの財源はどうするのか?といった主張が多いように見受けられる。まるで財務省の官僚の見解を垂れ流しているようなものだ。それとも大政翼賛会か?

なぜ、逆累進性、つまり所得の低い人のほうが相対的な負担が大きくなる性向が強い消費税を推し、社会保障費が膨らみ続ける中、国民全体で支える消費税が重要だという論調の記事が多いように感じる。

なぜ、ここで我が国の高所得層上位1%、あるいは5%への所得課税を増やして消費税負担を減らすという論旨の記事は現れないのか?

なぜ、高資産保有者(所得が少なくても、資産は膨大に持っているひとだ)のもつ固定資産や債券、高額な美術品、暗号資産そういったものに課税強化して、税収を補うべきだという論旨の記事は掲載されないのか?

そして何より、紙幣の輪転機を回すまでもなく、コンピューター上の入力によって生み出される円という貨幣の本質と、その貨幣をいつでも生み出しうる国家の財政を、莫大なローンを抱えた家計と同じように危機的な状況だとあおるのか?お金は税金を払うことで国にもたらされるわけではなく、お金は国がその信用力で生み出しているんだぜ。一種の打出の小槌なんだ。

なぜ、国家の富、国家の価値、国家の将来性に対する見通しを表す円相場が安値安定でも、それを是正すべきだという力強い論調は生まれないのか?やはりこの国に希望と未来がないからか?しかし、あらゆるものを海外から輸入しないと何も生産できない小資源国の我が国での円安は、日本経済に致命的な打撃を与え続けているんじゃないのか?円安に安住して科価格競争力だけで勝負するなら、いずれジリ貧だ。一度安く売れば、次に高く売れる確証はない。むしろ、高品質、高付加価値なものを高値で売ることを考えてもいいんじゃないか?モノづくり大国とか豪語するなら、出来るはずだろう。違うのかい?それともあれは国内向けの景気づけのプロパガンダなのかい?そうかもしれない。

円が安いから、日本の労働は生産性が低いとされる。働けど、働けど、わが暮らし楽ならず。じっと手を見るだ。

俺が若いころ、円は1ドル90円だった。最近は少し持ち直したとはいえ150円台半ばをふらふらしている。俺が高校生のころアルバイトに行けば、1日一万円弁当付きだった。今はどうなんだ?

円が安ければ、日本で生産したものを海外で安く売って、シェアを確保できるってことなのかい?それとも、外国人にたくさん来てもらって、割安にお買い物していただきたいのかい?そのしわ寄せはどこに行くんだい?我が国の労働者の皆様じゃないのかい?俺が去年働いていた京都の百貨店は、次々と高級ブランドを拡充していた。買い物するのは外国人ばかりだ。

政府は莫大な借金をしていることになっている。どこに?

日本銀行だ。

で、日本銀行は100年たっても売りさばけないほどの日本企業の株を買い、挙句、株価が史上最高を記録とか御目出度いことをやってる。それはおかしくないか?企業は研究開発費に投資するよりも自社株買いで株価の時価総額を上げることを選ぶ。手軽だからだ。

みんな、よく考えてくれ。

俺たちが命を削って働いた金から徴収された税金が、より富んだ者たちに配分されている。

大企業には補助金が投入される。しかし、お上が期待して投資した巨額の補助金は、いつも成功するわけではない。むしろ、すぐに陳腐化し、収益は低下し、事業撤退となる。

国民の税金が無駄に食いつぶされている。国民はますます税金を払うことを求められる。しかし、上位1%の富裕層に課税強化すれば、彼らは日本を見限って、ドバイやシンガポールに行ってしまうというのか?日本のインフラを享受し、日本の税金を投入して育てられた労働者を安くこき使っておいて?

みんな、今回の選挙でどこに投票したらいいのか、自分自身でよく考えてくれないか。

もっと公正な社会を次の世代に残してゆこう。この国の主権者は天皇陛下でも、政治家でもない。俺たち国民一人一人なんだ。未来は僕らの手のなかって、昔ブルーハーツも歌ってたぜ。

俺はおかしなこと言ってるかい?