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| ある日の空 天の叢雲といった風情か |
などと書くと、読者諸兄諸姉もゴリゴリの左派の服部もついに右に転向したかと疑念を抱かれることであろう。
心配ご無用。
我が国の憲法 第一章 天皇 第一条には『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。』とあります。
現代風に申し上げれば、日本国および国民統合のアイコンであるということですので、右派の皆様には申し訳ござらぬが、日本国民の端くれで、なおかつ現行憲法を尊重し、あくまで護持し、その崇高にして人道的な理念の実現を図るべしと願い続けている服部めも、謹みてお祝い申し上げる次第であります。
なにせ、私の名の浩一郎の浩の字は、畏れ多くも今上陛下の皇太子時代のお名前・浩宮さまから一字を賜っているくらいですから。
ちなみにカミさんの名前は、田中角栄の娘・かの有名な女傑田中真紀子にあやかっていることも申し添えておきましょうか。まったく昭和だな。
とはいえ、今上陛下、上皇陛下並びに天皇家の宮様方が、生まれながらに背負った重責とご苦労ご心労、そして自分たちの都合で称え奉ったかと思えば、慣例を外れたとたんに手のひらを返したかのように批判するという世間の庶民の恒心の無さは言うまでもなく、日本の歴史を通じて天皇家が政治的に利用され続けてきた厳然たる事実に想いを致せば、かたじけなくもこのような不平等が、近代国家法体系の基礎である憲法の名のもとにまかり通っているのは、実に申し訳ないという忸怩たる思いが沸々澎湃と沸き上がり、土人服部の心は憂鬱で満たされるのであります。
しかしながら、庶民たる私にとっては、明日やってくる私の息子・麒麟児の10歳の誕生日のほうが自らの財布と生活に直接かかわりがあるため、重大な問題です。すでになんやかんやと毟り取られています。
さらに言えば、昨日例のくそ親父から、金がないから一万五千円くれと電話があり、憮然としながら小遣いを渡した次第ですので、それがし、いい歳をして金が貯まるわけがありません。華麗なるスルーパスです。
さて、閑話休題。
麒麟児の名は、私が夢告を受けてことから名付けられました。あれはコペンハーゲンでの夜でした。私の脳裏に稲妻のように何かが降り立ち背骨を駆け下るような感覚があり、私の脳内に「僕は麒麟児だよ」という声が響き渡ったのです。けっして、往年の相撲取り麒麟児にちなんだものではございません。
まぁ今のところ、出来のほうは麒麟児というよりむしろ、豚児と言ったほうが近い気もしますが…。親が親なので高望みはできますまい。
さて、この麒麟児、本来誕生の予定日は2月22日だったのです。この日はにゃんにゃんにゃんで猫の日とされていますが、一部ではニンニンニンで忍者の日ともされています。
実はこの日に生まれていたら、息子の麒麟児は半蔵と名付けられた可能性も高かったのです。
何せ、忍者の日に生まれた服部半蔵ですよ。
しかも、それがしの先祖・服部馬次郎は伊賀の服部郷の出身。
もし本当に2月22日に生まれていたら、八割くらいの確率で服部半蔵と名付けられ、みんなに親しまれ、いじられまくっていたことは想像に難くありません。惜しかったな。
ちなみに自分も若いころはしばしば、半蔵!とお客さんに呼びつけられたり、仕事仲間や友人から半蔵さんと呼ばれたりしたもんです。
まぁ何はともあれ、おかげさまでうちの豚児も、皆からきりんじ、きりんじと親しまれております。学校は重役出勤ばかりのフリーマンですが…。

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