2015/01/28

Post #1393

Osaka
ふと、気になって10年ほど前に初めてモノクロフィルムで撮影し、自分でプリントしてみた写真を引っ張り出してみた。
大阪駅の在来線の改札口だったと思う。
このころは、こんな感じの写真ばかりだったな。
今なら、気になる女の子を見かけたら、写真を撮るよりも他にやるべきことがあるだろうと思うようになったが、そう気づいた時には俺から若さが失われていた。
痛恨の極みだ。

Osaka
これも同じフィルムの中の一枚。
ヌメっとしたヘッドライトがポイントだ。やはり大阪駅の界隈。阪急東通り商店街の側だったかな。
今の自分の写真とは、同じようだけれど、ずいぶん違うなぁ・・・。
印画紙が今使っているものと違うので、黒の締まり具合が違う。言い方を変えれば、黒が重苦しくない。
印画紙によって違うのかと、お思いの貴兄貴女、アレの締まり具合だって人それぞれでござろう?
工業製品たる印画紙には、明明白白な違いがあったのでござるよ。
その個性を楽しんで選択する自由が、消費者に残されていた良い時代の最後の瞬間だったなぁ。

この頃使っていたのは、三菱製紙のRCペーパー『月光VR4』だったはずだ。
因みに4ってのは特別硬調って意味だ。コントラストが高いのだ。
モノクロ写真のマエストロ・森山大道が長年愛用し続けてきた印画紙だ。
森山大道信者だった俺は(今でも信者のつもりだが)、永年これしか使ってないって言ってたんで、迷わずこの印画紙に決めた。
月光はその名の通り、冴えた月の光のような青みがかった黒だった。
クールなカンジに仕上がるわけだ。月光のブルーブラックと称されていたっけな。
こういう色温度の低めの黒の調子を『冷黒調』というのだよ。
煙草で言ったらメンソールなカンジだなぁ。
大好きだったのだが、三菱製紙自体が写真印画紙から撤退してしまったのだから、どうしようもない。最後にけっこう買いだめたが、いつまでも持つようなものでもないのさ。
プリンター用写真用紙としては、GEKKOHの名前で一時期復活してたけど、いまどうなのさ?

たいして今使っているのは『純黒調』のフジのRCペーパーFM4。
かつてある人に、俺の写真の特徴は『べったりぬっぺりとした黒』と言われたが、その黒はこのフジの印画紙の黒の特徴だ。最初はずいぶん自分でも抵抗があったけど、いまじゃそれが自分のトーンだとわかる。
黒々とした黒なのだ。
煙草で言ったらこりゃ、そうだなぁ、ニコチンタールが盛りだくさんのピースみたいな味わいだな。
もっとも、画面がずんと沈んだ黒さに支配されているのは、俺の技術が未熟なせいであって、印画紙のせいではないだろう。
ましてや、俺の心が黒くにごっているからではないんだぜ。

読者諸君、失礼する。ふと、朝っぱらから過去を振り返ってしまった。女性に関することといい、写真に関することといい、俺はしばしば過去に捉われるのさ。今日も未来志向で頑張ろうかな・・・。

2015/01/27

Post #1392

Kathmandu,Nepal
国家だの宗教だのために命を懸けたり懸け棄てたりするのは、俺は御免だ。
そんなものは、突き詰めてみれば単なる幻想だ。
もしも、まかり間違ってそんな羽目になったとして、のちのちの世の人たちが、ちんけな映画や安っぽい小説にして、これまた安い感動の涙を流して俺のことを忘れないと言ってくれたとしても、俺にはカンケーないのさ。まっぴら御免だぜ。

けど、好きな女のためだったら、話は別だ。

ちんけな俺の命を懸けるくらい、安いもんだ。

何回でも懸けてやるさ。

まかせとけ、もう泣かなくていいんだ。

俺が何とかしてやる、だからもうそんな顔するな。

そんな気分だ。

なにしろ女はこの手で抱けるけれど、国家も宗教もこの手で抱きしめることはできないんだ。

この手でいとおしむように抱けないもののために、命を懸け棄てるなんて、阿呆らしくて考えたくもないのさ。

そりゃもちろん、国家だ宗教だ、歴史だって大きな話も必要さ。
けど、人間それだけじゃないだろう?

所詮俺たち個人は、歴史の波に翻弄されるしかない、芥のような存在なんだけれど、自分自身、そして自分の愛する人の視点に立ってみれば、この世界で唯一の存在なんだぜ。
そう、まさに主人公だ。

いちどこっきりの人生なんだから、わざわざ好き好んで脇役やその他大勢に甘んじることはないのさ。
本当に大切なのは、俺と君の間のことなのさ。

読者諸君、失礼する。俺は自分の写真に世界を負わせるようなことはしたくない。写真も生き方も、個に寄り添っていきたい。

2015/01/26

Post #1391

Sauraha,Nepal

Nepal
Nepal
心鬱々として、愉しまないときには、いつも旅の風景を想い出す。

日本の田舎とよく似た稲作。

ハイウェイ沿いの集落には、人々が押し合い圧し合い。

人も通わぬような谷間に、集合住宅がつくられてゆく。

どの風景も、長距離バスの車窓から、ほんの一瞬垣間見たものばかり。目を凝らすまでもなく、流れるように消えて行ってしまったものばかり。

旅をしているときにこそ、確かな人生の手ごたえがする。

一瞬先には、予想も及ばぬ風景が待っている。

読者諸君、失礼する。人生、いつだってそうありたいものさ。
生涯年収まで計算出来ちまうようじゃ、つまらないったらないぜ。