2026/05/10

POST#1845 俺のブログは社会の構造を書き換える新しいOSなんだぜ

 

たぶん…東京
昨日は元請から思いもよらぬ連絡を受けてたたき起こされ、唖然茫然とした。

設計が棚の高さを変更するように依頼をしてきたんだ。

これを設計はCADの画面上でマウスでちょちょいと修正するだけで、あまつさえ金額的に協力してほしいとぬけぬけとこいてやがる。

俺の見立てでは、ざっくり一週間の追加工期とざっくり百万円の予算が必要になる。五チームの職方が絡むんだ。おかしなことじゃない。それを工期もそのまま、お金も協力してほしいとは、あきれてものが言えないぜ。

世の中、こんなやつらばかりだ。自分の仕事に真剣に取り組んでないんだろう。もううんざりだぜ。こんな仕事辞めて政治結社でも作ろうかな。『日本困民党』なんてかっこいいな。

そういえば、昨晩、仕事に行くと名古屋駅前で反高市政権のデモをしていた。

甲高い声でマスクをした女性が、拡声器でシュプレヒコールを叫び、百人ほどの人々がドラムを打ち鳴らしたりしてリズムを取っていた。

おれはそれを眺めながら、やらないよりはマシだけれど、たとえ高市が退陣したとしても、今の日本社会の構造つまりOSの書き換えをしない限りは、次も同じような奴が同じようなことをするだけだ。

この辺のことを俺はTHE WHO🔗の70年代初頭の名曲無法の世界🔗に謳われているから知っている。新しいボスにあってみろ、古いボスとおんなじだぞ!っていう歌さ。

俺が毎日、しこしこと書き記しているのは、このブルシットな構造を書き換えるためのプログラムでもあるんだ。

さてと、俺の小市民たる日常のことはいい。

日本人の統合の象徴である天皇を中空の基軸に据えた『天皇制リベラリズム』の理念を拡張、追及してゆけば、様々な属性の人々を、日本人として受け入れ、包摂してゆく器となりえるのではないかと俺は考えている。

これは昨日も挙げた網野史学とリベラリズム、そして現代の「多文化共生」や「包摂(インクルージョン)」の議論を結びつける極めて重要なポイントだ。

「天皇という器」が持つ、日本人としての統合と受け入れの機能について、考えてみよう。

 属性を問わない「無縁」の包摂

網野善彦が描いた中世の「無縁」の場では、出自、職業、さらには罪人であるか否かといった世俗の属性が一度リセットされた。この背後には「天皇の前に、等しく無縁(自由)である」という論理があったのだ。

これを現代的に解釈すれば、特定の血縁、地縁、あるいは特定のイデオロギーに基づかない「ニュートラルな統合のシンボル」として天皇を置くことで、多様なルーツを持つ人々を「日本人(あるいは日本社会の構成員)」としてフラットに受け入れる、広大な「空の器」としての機能が見えてくるはずだ。

「特殊な縁」を相対化する力

通常、ナショナリズムは「単一民族」や「独自の文化」といった強い「縁」を強調し、そこから外れる人を排除しようとする。要はメンバーズオンリーだ。

しかし、天皇という存在を「無主・無縁」の原点として捉え直すと、あら不思議、特定の集団(マジョリティ)が日本という国を私物化することを防ぐ「究極の公(パブリック)」となるんだ。

この「公」は、特定の「縁」を持たない人々、つまり移民マイノリティ、あるいは既存のコミュニティに馴染めない人々にとっても、平等に開かれた空間=コモンズの保証人となり得るんだ。寛大で寛容なシステムだ。

「統合の象徴」としての開かれたアイデンティティ

憲法に規定される「日本国民統合の象徴」という言葉を、網野的な「無縁」の文脈で読み解けば、それは「均質な日本人を作るための象徴」ではなく、「バラバラな背景を持つ人々が、その多様性を保持したまま共存することを許容する器」となるだろう。均質な日本人のみが同調圧力の下で結束=ファッショ🔗した結果が日本の大東亜戦争であり、大政翼賛会であり、太平洋戦争での敗北の原因だった。そのおかげ様で、いまだに日本はアメリカの属国だ。

誰のものでもないから、みんなが居て良い」という中世の「無主の地」のロジックが、現代においては「誰のものでもない象徴だから、誰であっても日本人として統合され得る」という、極めてリベラルでオープンなアイデンティティの基盤になり得るという考え方だ。

史学を応用した日本人観のコペルニクス的転換だ。もちろんここに俺は、ジャン=ジャック・ルソー🔗社会契約説🔗を隠し味にしている。国家とは、国民すべての契約によって生み出されるものである以上、その契約を結ぶものは国民となりうるという視点だ。

俺の考えは、天皇制という歴史的システムの中に、現代の国民国家が抱える「排除と選別」の問題を解決する「寛容なプラットフォーム」としての可能性を見出すものだ

これは、宇沢弘文が志向した「共に生きるためのコモンズ」を、日本の国制という根源的なレベルで再定義する非常にダイナミックな視座だと、僭越ながら考えている。

この「開かれた器」という考え方を踏まえると、現代の日本社会における外国人労働者や多文化主義への対応において、この歴史的ロジックをどう応用できるかが次の興味深い論点になるだろう。

ここで俺が持ち出すのは、古代日本で見られた渡来人、帰化人という存在だ。彼らは日本の文化の屁ってんに大きく寄与するとともに、古代の天皇とは大きくかかわっていた。

中国からやってきた漢人の末裔漢氏🔗、秦の始皇帝の末裔を自称する秦氏🔗、滅亡した百済の王族の血統の百済王氏🔗、同じく新羅に滅ぼされた高麗(今の北朝鮮界隈)から渡来した高麗氏、など渡来人🔗帰化人🔗は、今日に続く日本の文化を構築するのにも重要な役割を果たしている。ちなみに、俺は服部だけれど、服部は秦氏の末流という説もある。だから俺は、戦国武将の子孫だといってマウントを取ってきたやつに、俺は秦の始皇帝🔗の子孫だといって度肝を抜いてやったことがあるくらいだ(笑)。

『帰化人』や『渡来人』といった、既存の共同体や秩序の「外」にいた人々と天皇の関係を紐解くと、天皇が持つ「開かれた統合の器」としての側面がより鮮明になるだろう。

網野史学の視点を踏まえ、これらがどう天皇と密接に関わるのか整理してみよう。

「異能の民」と天皇の直属関係

網野善彦氏は、中世の職能民(鋳物師、庭上、芸能民など)が天皇直属の「供御人🔗(くごにん)」や「神人🔗」としての身分を得ることで、諸国の関所を自由に通行できる「自由通行権」を享受していたことを明らかにした。関所や領国境にてとどめられることなく、自由に諸国を往来することができたわけだ。この当時の国は、今の県とは違うからこの感覚は解り辛いだろうが、想像してほしい。官製や領主の権限による関所、あるいは在地の豪族や盗賊などにより設けられた私設の関所を、天皇の権威を蒙ることで自由に往来できたのだ。これは当時においては、きわめて異例の存在だったということだ。

社会の外部の保護

供御人や漂泊の民など、特定の村落共同体(縁)に属さない人々は、世俗の権力からは「浮いた存在」だった。俺が世間から浮いている以上に浮いていただろう。これらの人々は、排斥され無縁であるがゆえに、人柱などにもされることもしばしばだったという。しかしその一方で、彼らは「天皇という超越者」と直接結びつくことで、世俗の支配から脱し、自らの職能を全うする自由を確保したのだ。

 渡来人と「新しき公」の形成

古代において、高度な技術や知識を持った渡来人は、天皇(大王)の権力を支える重要な実務・技術集団であった。様々な先端技術を、右派の皆さんがお嫌いな中国や朝鮮半島から日本にもたらしたんだ。しかし、当時の人々はそれを排斥するのではなく、自分たちのsy会をアップデートするために積極的に取り込んでいったわけだ。俺たちよりも数段上手だ。

多様なルーツの統合

 天皇制は、在地(土着)の勢力だけでなく、渡来系氏族をも「王民」として積極的に取り込むことで成立したという視点を見失ってはいけない。先にあげた秦氏や東漢氏、西漢氏など日本の古代天皇制を支えたガラ石族は枚挙にいとまがないのだ。

「日本人」のプロトタイプ

渡来人が持つ外来の文化や宗教(仏教など)を天皇が受け入れ、国家の「公」の形を整えていった過程は、まさに異なる背景を持つ人々を統合する「器」としての原点と言えるだろう。

突き詰めると帰化人や渡来人といった「境界の人々」にとって、天皇は彼らを既存の差別や拘束から解き放ち、「公(パブリック)」の一員として位置づけるための磁石のような存在であったと言えるだろう。

彼らを「日本人」として受け入れる器であるという俺の考えは、「天皇とは、純血の象徴ではなく、むしろ『境界を超えてくる多様な力』を統合し、生存の場を保障するためのシステムである」という、非常に力強い歴史的・リベラルな解釈に繋がっていく。

こうした「外から来た力」を統合する天皇のあり方は、現代の「開かれた公共圏」を考える上で、具体的にどのような方向性を示してくれるだろう。

この明治以前の天皇制に秘められた機能が、社会の底辺にある人たちや、低賃金でケア労働を担う人たち、あるいは 日本にやってきた移民の人々、そしていずれやってくるであろう台湾有事の際に、台湾から大量に日本に亡命してくるであろう多くの人々を、この社会に包摂するための大きな装置になりえると俺は考えているんだ。

網野史学の「無縁」のロジックを現代にスライドさせると、天皇という存在は、特定の「家系」や「民族的純血」の象徴ではなく、むしろ「社会のあらゆる固定的な縁(しがらみ)から外れてしまった(あるいは外らされてしまった)人々」を、ダイレクトに公共圏へと繋ぎ止める「最終的なセーフティネットとしての器」と定義し直すことができるということだ。

その視点から、ケア労働者や移民の方々の包摂について整理してみよう!

 「属性」を無効化する統合

現代社会では、国籍、資格、経済力、あるいは「正規・非正規」といった属性で人間が選別される。非人間的な階級社会だ。気づいてますか?

しかし俺が構想する『装置』としての『リベラルな天皇制』は、それら世俗の評価軸をすべて飛び越えたところにある。

ケアを担う人々

社会の底辺で、最も過酷で代替不可能な「命のケア」を担いながら、正当な評価と十分な賃金を得られていない人々。彼らを「天皇という公(おおやけ)」に直結する存在と捉え直すことは、彼らの仕事を「単なる低賃金労働」から「社会を根底で支える聖なる公務」へと価値逆転させる論理になり得ます。

『渡来人』の現代版としての移民

古代の渡来人が天皇の装置によって「日本」というシステムに組み込まれ、その文化を豊かにしたように、現代の移民の方々も「新しい渡来人」だと捉えよう。すでに生産の現場、接客の現場、あるいはケア労働の最前線では、『技能実習生』という名の『移民』なくして立ち行かない状況になっている。あなた方は、それをわかっているだろうか?そして、どこか心のどこかで自分たちより劣った存在だと見ていないだろうか?コンビニのレジで働いているネパール人の青年たちは、日本語を流ちょうに話し、英語もヒンドゥー語と近縁のネパール語も自在に話す。それだけでも、現代の日本社会ではかなりハイスペックな存在だと思うがいかがかな?

「国民」の定義の拡張

既存の「血縁的日本人」という狭い枠組み(縁)が彼らを拒絶しても、「天皇という空の器」が彼らを「この地に生き、この社会を共に作る者」として包摂する。これは、排他的なナショナリズムを、天皇という超越的なシンボルを使って「内側から中和し、開いていく」リベラルな戦略と言えるだろう。

「無主の空間」としての日本社会の再構築

で、次は宇沢弘文氏のコモンズ論に引き寄せてみようか。

その視点から解釈すると、日本という国自体を、誰のものでもない(私物化できない)「無主の地」として管理運営していくことになるだろう。

包摂のプラットフォーム

「ここは誰かの持ち物ではなく、天皇(=究極の公)のもとで、誰もが排除されない無縁の場である」というフィクションを再起動させることで、移民もケア労働者も、卑下することなく堂々と「公共」に参加できる足場が生まれるはずだ。

俺の構想は、天皇制という最も古くからあるシステムの中に、「最も新しく、最も困難な社会課題(格差と排除)」を解決するためのプラグ(接続端子)を見出すものだ

これは「伝統を守るための天皇制」ではなく、「誰もが居場所を失わない未来のコモンズを作るための、歴史的リソースとしての天皇制」という、極めてクリエイティブな社会構想なんだ。俺は何とかして、この「開かれた器」というビジョンを、現実の制度や社会意識に落とし込んでいきたいと考えている。

さて、ここでもう一度、くどいようだけれど保守論壇の人たちや 右派政治家、あさらにはその支持層の人たちがおっしゃる 伝統というものが、いかに底のの浅いものであるかということを示していかないといけないだろう。日本の伝統とはもっと長い歴史を持ち、もっと多様な懐の深いものであるっていうことを認識すべきじゃないか?

現代の保守や右派が語る「伝統」の多くは、実は明治以降に作られた「均一で閉鎖的な国民国家」のイメージに基づいた、歴史の厚みからすれば非常に「底の浅い」ものと言わざるを得ないんだ。

網野史学の知見を武器に、彼らが依拠する「単一民族・農耕定住民・血統の純潔」という物語を解体し、本来の天皇制が持っていた「多様性・流動性・包摂性」を提示することは、社会の懐を深くするために極めて有効な営みだと俺は確信している。

です。以下の3つのポイントで、その「懐の深さ」を対置して、右派的な伝統感を相対化してみよう。

「農耕民だけの王」ではなく「境界に生きる民の王」

多くの保守派は日本を「瑞穂の国」とし、天皇を農耕祭祀の主宰者と定義している。

しかし網野善彦は、天皇が山、海、市、あるいは漂泊する人々(非農業民)という「定住社会の境界線上にいる人々」と深く結びついていたことを明らかにした。

右派への反論の鍵: 伝統とは「内側に閉じこもる農耕民の論理」だけではなく、外から来る人や自由に動く人を包摂する「ダイナミックな交通と交流の論理」であったことを突きつけてみましょうかね。

「排除の論理」ではなく「無縁の論理」

「日本を日本人の手に取り戻す」といった排外的な言説は、特定の「縁(血筋や国籍)」を強調している。しかし、本来の天皇の機能は、先述の通り「世俗の縁を切り離す(無縁にする)」ことで、どんな異質な存在でも、その属性を問わずに「公」の一員として迎え入れることにあった。

右派への反論の鍵: 「伝統的な天皇制こそが、私的な差別や選別を無効化する最強の包摂装置だった」と主張することで、排外主義こそが伝統に反していると逆照射する。

「固定的なアイデンティティ」ではなく「生成するアイデンティティ」

渡来人が国家の根幹を支えたように、日本の「伝統」とは常に外からの新しい血や知恵を取り込み、変化し続けてきた「プロセス」そのものだといえよう。

右派への反論の鍵: 保守派が守ろうとしているのは「固定された静止画」に過ぎない。真の伝統は、移民や新たな労働力を「新しい渡来人」として飲み込み、絶えず日本をアップデートし続けてきた「動画(生成のプロセス)」であると定義し直す。

以上の観点を駆使して、右派・保守派が語る「狭い伝統」を否定するのではなく、「諸君の言っているのは、1500年以上の歴史のうちの、たかだか明治以降の150年程度の小さな伝統に過ぎない。本来の日本の姿(伝統)は、もっと荒々しく、自由で、多様な人々が混じり合う、懐の深いものだ」と、より大きな物語で包み込んでしまう戦略なわけだ。

社会の底辺に置かれている「ケア労働者」や「移民」の人々を正当に評価し、社会に正しく包摂することは、日本を壊すことではなく、むしろ「日本が本来持っていた、天皇という装置によるダイナミズムを現代に蘇らせることだ」というロジックは、非常に説得力があると確信している。

フランスやドイツなどが移民政策に失敗したのは、移民を同化するにせよ、多文化主義で分割するにせよ、それをまとめるためのシャフトがなかったからだと俺は考えている。俺は『天皇制リベラリズム』という概念こそが、その社会統合のシャフトになりえると考えているのだ。この洞察は、現代の比較政治学や社会学における「統合の失敗」という難問に対する、非常に独創的で強力な解決策の提示だと俺は自負している。

フランスの「同化政策」やドイツの「多文化主義」が直面している限界を、「中心軸(シャフト)の不在」という言葉で表現するのは、ちょっと説得力があるんじゃないかい?

 既存モデルの限界と「シャフト」の欠如

移民に対して同化主義を通じて施策してきたフランスは、 「共和主義」という普遍的理念でまとめようとしましたが、それは移民に対し「自らのルーツを捨て、フランス人になれ」と強いる圧迫的なシャフトであった。結果、バンリュー問題🔗に代表されるような摩擦と分断を生んでいる。

また、多文化主義路線を取ったドイツでは、 「違いを認める」ことで共生を図ったが、共通の軸が弱いために社会がバラバラにセグメント化(並行社会)され、互いへの無関心や対立を招いた。俺もフランクフルトの駅前で、移民を排除するように訴えるデモを見た。また、それに単身抗議するトルコ系のおっちゃんを屈強な警官が三人がかりで押しとどめるのも目にした。当時はメルケル政権全盛時代だったが、社会の軋轢は相当に大きかったのだ。

これらは、いわば「個々を消し去る軸」か「軸のないバラバラな状態」のどちらかだったために起きた社会の分断だといえるだろう。

『天皇制リベラリズム』という第三のシャフト

これらのモデルに対して俺が君たちに提唱するモデルは、網野史学の「無縁・公界」を応用することで、これまでの失敗を乗り越える可能性を持ったニューモデルだ。

「空(くう)」であることの包摂力

天皇は、特定の宗教的教義や強い政治的イデオロギーを強制する存在ではない。

いわば「空の器」としてのシャフトです。この「空」であるという特性が、移民の独自の文化や宗教(ルーツ)を否定することなく、その多様性を保持したまま、同じ「公(おおやけ)」の中に繋ぎ止めることを可能にし得る。

「無主」による自由の担保

「誰の私有物でもない日本」という空間を天皇が担保することで、移民もケア労働者も、特定の階層や集団に隷属することなく、対等な「公界(パブリック)」の構成員として社会に参加できる。この「自由な場所の保証人」としてのシャフトこそが、欧州には欠けていたものだ。

 日本独自の「シャフト」がもたらす未来

もし、天皇という存在を「血統の純血性」という狭い解釈(保守派の底の浅い伝統)から解放し、「多様な背景を持つ人々が、その多様性を失わずに共存するための共通基盤」として定義し直すことができれば、それは世界に類を見ないリベラルな統合モデルになるだろう。

移民へのメッセージ

「日本人になれ(同化)」ではなく、「この無縁の地(日本)で、あなたの個性を保ったまま、共通の公(天皇という象徴)のもとに共に生きよう」という、より受容性の高いメッセージが可能になるのではないだろうか。

戦時中に、金子光晴に『占領地の東南アジアの代表や文化人を天皇に拝謁させ、伊勢神宮に参拝させる』という意見を求めた文学報国会の面々に対して、金子光晴は、『彼らには彼らの文化や信仰があり、それを強制しても意味はないからやめるがよい』と答えてという話を記憶しているが、強制し君臨するのではなく、その生存を寛容に受け入れただ承認する「中空のシャフト」には、今後ますます多様化せざるを得ない社会を統合してゆくポテンシャルがあると考えているんだ。

突き詰めたところ、この「シャフト」という概念は、バラバラになりがちな現代社会において、「強制力によらない緩やかな連帯」をいかに作るかという問いへの、日本らしい、かつ非常に洗練された答えだといえるのではなかろうか。

この「シャフト」を、実際の社会制度や教育、あるいは日々の暮らしの中で「実感できるもの」にしていくには、どのようなプロセスが必要だろうか?

その答えはすでにわれわれに示されている。

平成天皇および今上天皇によって、『天皇制リベラリズム』の可能性というのは、すでに開かれてると俺は考えているんだ。

平成の天皇(現上皇陛下)および今上天皇が実践されてきた歩みは、まさに俺の提唱する『天皇制リベラリズム』の種をまき、育ててきた過程そのものと言えはずだ。

具体的に、どのようにその可能性が開かれてきたかを整理すると、以下のようになります。

「社会的弱者」への徹底した寄り添い

平成の天皇は、ハンセン病療養所や障害者施設、あるいは災害被災地など、社会の「縁」から排除されがちな人々の元へ、自ら足を運び続けた。

これは網野氏のいう「無縁」の民、すなわち世俗の権力が見捨てた人々を、天皇という「公」が真っ先に抱擁するという、中世的な「無縁の主」としての機能の現代的かつ慈愛に満ちた再起動そのものだ。

「渡来人」と「和解」への言及

上皇陛下が2001年の会見で「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と述べられたことは、保守派の「底の浅い伝統(純血主義)」を内側から突き崩す決定的な瞬間だった。おかげさまで、上皇陛下のことを、畏れ多くも『パヨク』などと揶揄するネトウヨの多いこと、不敬の極みであるといえよう。この発言は、天皇自らが「日本は外に対して開かれた歴史を持っている」ことを認め、多様なルーツを持つ人々を包摂する「器」であることを示した画期的な宣言であった。

「祈り」という非権力的な統合

今上天皇もまた、水問題などの地球規模の課題(コモンズの課題)に関心を持ち、特定の政治的立場を超えて、人類全体の生存の基盤を案ずる姿勢を示されている。

権力(パワー)を行使するのではなく、ただ「そこに在り、案ずる」という超越的な空の器としての在り方は、まさに社会の多様な人々を緩やかに束ねる「シャフト(軸)」として機能しているのではないかね。

これらのことを顧みてみればわかるように、現実の平成天皇、今上天皇のなされる実践が、すでに俺の一見奇抜な理論を先行しているんだ。

憲法の枠組みの中で『象徴』としての在り方を模索し続けてきた両陛下の歩みは、すでにリベラリズム(個人の尊重、平和、包摂)と深く連結している。

あとは、俺や君たちたち市民の側が、この「開かれた統合の形」を言語化し、保守派の狭いナショナリズムから奪還して、社会のグランドデザイン(移民政策や社会保障など)に繋げていけるかどうかにかかっているのではないだろうか?

この「陛下たちが示してきた実践」を、私たちが制度や市民意識として定着させるために、次の一手として何が必要だと俺は考え抜いた結果にたどり着いたのが、愛子内親王と悠仁親王による時代の天皇制リベラリズム、『ヒメ・ヒコ制🔗』に基づく22世紀へと続く『天皇制リベラリズム』だ。POST#1841🔗参照

気が付けば日は傾いてきた。今日の君たちとの語らいはこれくらいにしようじゃないか。また会おう。

2026/05/09

POST#1844 吉本隆明とレヴィ=ストロースの次は網野善彦と宇沢弘文を召喚するかな!

 

いつかどこかで見た
俺が君たちに提唱している『天皇制リベラリズム』ってのは、俺の中では実は網野善彦🔗が、その名著『無縁・公界・楽🔗』に淵源を持っている。日本全土の山河海浜津々浦々の無主の土地(つまりコモンズ)の保持者としての天皇が、定住することなく、諸国をめぐり生きる一所不住の徒の自由を保障するとともに、その人々からの様々な供御を通じて密接な関係を築いていたという、想像力を刺激する内容だ。

網野善彦の『無縁・公界・楽』などの議論を援用すると、日本の天皇制とリベラリズムの連結は、「世俗の権力(支配・所有)が及ばない自由領域の保障」という視点から、以下のように簡潔にまとめらるだろう。

「無縁」と「無主」の空間

網野は、中世日本において、市(いち)、宿(しゅく)、山林原野などは、誰の私的な所有も及ばない「無主(むしゅ)」の土地であり、世俗的な絆や隷属から切り離された「無縁(むえん)」の場であったと指摘している。

ここでは平和と自由が保障され、逃亡者さえも保護される一種の「聖域=アジール🔗」だった。

 天皇の役割は自由領域の「あるじ」

この「無主・無縁」の土地は、誰の所有物でもないがゆえに、論理的には世俗のヒエラルキーを超越した存在である「天皇」にのみ属すると見なされていたとされる。

天皇の公界性: 

天皇は世俗の権力闘争の外側に位置するがゆえに、位相が転換するようにして、あらゆる私的な支配を否定する「無縁」の原理の体現者となってしまうわけだ。

自由の保障: 

「無主の土地は天皇のもの」という論理は、特定の権力者(幕府や領主)がその土地を私物化することを防ぎ、結果としてそこでの人々の自由や交流を担保する盾として機能した。つまりこれらの土地は、天皇の権威のもとに、きわめてリベラルな共有地=コモンズ🔗となったわけだ。

リベラリズムとの連結:

そこには世俗の権威を超越したことによる保護が働いており、自由で無縁な空間が成立していた。自由で無縁であるがゆえに、モノはその来歴を消し去り、商品として交換することが可能となり、ここに市が立つこととなった。自由の保障のもと、資本が流通する拠点にもなったわけだ。

このシステムを現代的なリベラリズム(自由主義)の文脈で読み解くと、次のような構造が立ち現れてくる。

権力の限定:

 あらゆるものを所有し尽くそうとする世俗権力(それは現在では新自由市議やリバタリアニズムとして俺たちの前に立ちはだかっている)に対し、天皇という「超越的な空無」を置くことで、権力が介入できない「聖域(自由な空間)」を確保するわけだ。

「私」を拒むシステム: 

先にも述べたように「天皇のもの」=「誰のものでもない(無主)」という擬制が、個人の自由な活動(商売、移動、芸能など)を保護する公共空間(公界)を成立させた。例えば、京都の南座やそのすぐそばに立つ出雲阿国🔗の像などが、鴨川のほとりに位置するのも、この鴨川の河川敷がだれのものでもない=天皇の土地とされていた一種のコモンズだったからだ。彼ら漂泊の芸能者は、定住民=柳田國男の言うところの 

いつかどこかで見た

俺が君たちに提唱している『天皇制リベラリズム』ってのは、俺の中では実は網野善彦🔗が、その名著『無縁・公界・楽🔗』に淵源を持っている。日本全土の山河海浜津々浦々の無主の土地(つまりコモンズ)の保持者としての天皇が、定住することなく、諸国をめぐり生きる一所不住の徒の自由を保障するとともに、その人々からの様々な供御を通じて密接な関係を築いていたという、想像力を刺激する内容だ。


網野善彦の『無縁・公界・楽』などの議論を援用すると、日本の天皇制とリベラリズムの連結は、「世俗の権力(支配・所有)が及ばない自由領域の保障」という視点から、以下のように簡潔にまとめらるだろう。


「無縁」と「無主」の空間


網野は、中世日本において、市(いち)、宿(しゅく)、山林原野などは、誰の私的な所有も及ばない「無主(むしゅ)」の土地であり、世俗的な絆や隷属から切り離された「無縁(むえん)」の場であったと指摘している。


ここでは平和と自由が保障され、逃亡者さえも保護される一種の「聖域=アジール🔗」だった。


 天皇の役割は自由領域の「あるじ」


この「無主・無縁」の土地は、誰の所有物でもないがゆえに、論理的には世俗のヒエラルキーを超越した存在である「天皇」にのみ属すると見なされていたとされる。


天皇の公界性: 


天皇は世俗の権力闘争の外側に位置するがゆえに、位相が転換するようにして、あらゆる私的な支配を否定する「無縁」の原理の体現者となってしまうわけだ。


自由の保障: 


「無主の土地は天皇のもの」という論理は、特定の権力者(幕府や領主)がその土地を私物化することを防ぎ、結果としてそこでの人々の自由や交流を担保する盾として機能した。つまりこれらの土地は、天皇の権威のもとに、きわめてリベラルな共有地=コモンズ🔗となったわけだ。


リベラリズムとの連結:


そこには世俗の権威を超越したことによる保護が働いており、自由で無縁な空間が成立していた。自由で無縁であるがゆえに、モノはその来歴を消し去り、商品として交換することが可能となり、ここに市が立つこととなった。自由の保障のもと、資本が流通する拠点にもなったわけだ。

このシステムを現代的なリベラリズム(自由主義)の文脈で読み解くと、次のような構造が立ち現れてくる。

権力の限定

 あらゆるものを所有し尽くそうとする世俗権力(それは現在では新自由市議やリバタリアニズムとして俺たちの前に立ちはだかっている)に対し、天皇という「超越的な空無」を置くことで、権力が介入できない「聖域(自由な空間)」を確保するわけだ。

「私」を拒むシステム

先にも述べたように「天皇のもの」=「誰のものでもない(無主)」という擬制が、個人の自由な活動(商売、移動、芸能など)を保護する公共空間(公界)を成立させた。例えば、京都の南座やそのすぐそばに立つ出雲阿国🔗の像などが、鴨川のほとりに位置するのも、この鴨川の河川敷がだれのものでもない=天皇の土地とされていた一種のコモンズだったからこそそこに位置しているのだ。彼ら漂泊の芸能者は、定住民=柳田國男の言うところの常民🔗から差別されていた。故にこそ、被差別の芸能民のことをかつては河原者🔗と称したのだ。

網野史学における天皇制のシステムは、「天皇という唯一の超越者を設定することで、逆に世俗権力の独占を排し、人々の自由な活動領域(無縁)を歴史的に担保してきた」という点において、権力を制限し自由を確保しようとするリベラリズムの精神と通底しているといえるだろう。俺はこの網野史学に触れることによって、天皇制リベラリズムの萌芽を自分の中に芽生えさせることができた。

さて、この『無主の土地の主』といういささか矛盾したような存在が、公共財=コモンズの再生とかそういった経済学者宇沢弘文🔗(新自由主義のイデオローグ・ミルトン・フリードマン🔗と激しく論争を繰り広げたナイスガイだ)的な視点に繋がってくるんじゃないかなって考えてるわけだ。

網野善彦が描いた「無縁・公界」の原理は、「コモンズ(共有財)」の再生という視点と非常に強力に共鳴している。この跳躍がぴんと来ないのなら、なぜこれらが繋がるのか、その接点を整理してみるとしますか。

「私的所有」でも「国家所有」でもない第三の道

リベラリズムにおける「コモンズ」の議論は、あらゆるものを「私有(マーケット)」か「国有(行政)」のどちらかに振り分ける現代の二分法を批判している。まぁ、そもそもそれはイギリスでの産業革命期における共有地の囲い込み🔗=エンクロージャーに由来するんだけどね。

網野善彦が示した「無縁」の空間(市、山林、原野)は、天皇という『超越者』を頂点に置くことで、実質的には「誰の所有物でもない(=みんなのもの)」という状態を維持していたわけだ。

これがまさに、宇沢弘文が提唱する「コモンズ(特定の誰かに独占されない共有空間)」の歴史的プロトタイプといえるだろう。

「天皇」という空虚な器によるコモンズの防衛

宇沢弘文のような視点で見れば、福祉や環境といった「生存の基盤」は、利潤追求の論理から切り離されていなければならない。(しかし、皆の衆ご存じの通り、今の日本政府の方針は福祉や環境に利潤追求の理論を導入し、現場を貧困化している。どうおもう?)

網野史学における天皇は、世俗の欲望(私的所有権の拡張)をストップさせる「蓋」のような役割を果たしていた。

「ここは天皇の土地(無主の地)だから、大名や武士が勝手に囲い込んではいけない」という論理は、コモンズが私的な資本に飲み込まれるのを防ぐ防波堤として機能していたと考えられるだろう。

「アソシエーション」の場としての無縁

網野氏は「無縁」の場こそが、芸能、商業、職能集団などの自由な結びつき(アソシエーション)を生んだと説いた。

これは、現代のリベラリズムが模索している「国家に依存しすぎず、市場に魂を売らない、市民同士の自律的なネットワーク」の再生と重なるだろう。

天皇というシンボルを介して確保された「自由な空間」を、現代においてどうやって「民主的な管理によるコモンズ」として再構築するか、という問いに直結しているといえよう。

この課題を援用することで得られる現代への示唆は非常に意義あるものではないだろうか?

宇沢弘文的な視点を踏まえると、網野善彦の議論は単なる中世史ではなく、以下の現代的課題へのヒントになるだろう。

まずは私的所有権の絶対性の相対化だ。フランス革命以来、近代法の法理では私有権は絶対に尊重されるという建前になっている。ここにこの視点を網野→宇沢ラインでRe解釈してみることで、「天皇のもの」という古い形式の中にあった「公共性」を、現代の「市民の共有的権利」へと翻訳しうるのではないだろうか。

そして「縁」からの解放だ家族や企業といった既存の「しがらみ(縁)」から自由になれる空間を、社会の中に制度として確保するんだ。網野善彦の「無主・無縁」の議論を、宇沢弘文らの「コモンズ」の視点で捉え直すと、「天皇制という歴史的装置が、実は私的所有の暴走を抑え、人々の共有領域を守るための高度な(あるいは逆説的な)システムとして機能していた」という、極めて現代的なリベラリズムの再解釈が可能になるんだ。

これは俺がPOST#1793🔗で語ったような、リバタリアン的なゾーンの確立に対抗する力強い反撃になるだろう。この「超越的な存在による公共性の担保」というロジックは、現代の民主主義における「憲法」や「法による支配」のあり方と比較してみるのも面白いかもしれまないが、今夜も仕事なので、一旦それは措く。

俺の妄想、いやさ構想はまだまだ続く。続くったら続く(オーキド博士風にね!)

2026/05/08

POST#1843 どんどん大政翼賛会のような雰囲気になっている

 

奈良 三輪、大神神社の門前にて 神の化身巳様

例によって仕事を終えて 朝の5時に家に帰ると新聞の一面見出しに、またもや日経平均株価が史上最高を更新と踊っている。円安で株高、本当の価値がどれくらいなのかわからないが、財務省は連休中にも為替介入を仕掛けて、何とか円安を是正しようと躍起になっている。しかし、円が安いのには安いなりの理由がある。金利が低いがゆえに円は持っていれば持っているだけ、価値が減っていくからだ。目下のインフレに対する処方箋は金利上昇による物価上昇のブレーキというのが経済学の初歩の初歩だが、そこを手当てせずに何兆円もつぎ込んでの為替介入など、一時しのぎのやってる感の演出だ。

そして紙面をめくると中道改革連合がまたひよって、男系男子の養子容認とある。朝日新聞2026年5月8日総合三面🔗政治も経済も地に足がついてないぜ。危なっかしくて見ちゃいられない。この反高市で生まれて壮大に党勢を縮小した政党は、いったい何がしたいのか?

もはや立憲民主党をつぶすために、あえて公明党が連立を割って合従し、立憲系のリベラル派の議員を殲滅したんじゃないかと思えてくるぜ。やれやれ、この人たちには国民に対して掲げる理念や理想はないのか?いい加減愛想が尽きてくるぜ。


まったく、世の中が狂っているのか、それとも俺が狂っているのか?そんな疑念が頭から離れないぜ。俺は鬱病で定期的に精神科に通っているから、俺が狂ってるって公算が高いかもな。

ヒメ・ヒコ制っていう相反する属性を持つ者が一体になって統治するシステムっていうのは レヴィストロース なんかの構造主義にも通じるものが明らかにある。

レヴィ=ストロースの構造主義の根幹は、世界を「二項対立(男/女、聖/俗、生/熟など)」の組み合わせで理解し、その対立する二つの要素が結びつくことで初めて、社会や意味が立ち上がるという考え方だ。「ヒメ・ヒコ制」を構造主義的に見ると、以下の3つのポイントでその共通性が浮かび上がってくるんだ。

相反する要素による「全体性」の構築

レヴィ=ストロースは、未開社会の神話や親族構造の中に、対立する二属性がセットになることで宇宙のバランスを取る構造を見出した。

この構造主義の観点から考察するに、ヒメ(聖・静・霊・内)ヒコ(俗・動・政・外)この両者は、一方が欠けてもシステムとして機能しないことになる。「聖」だけでは社会は回らず、「俗」だけでは権威が生まれ得ないのだ。この「相反する二つのピースが噛み合って一つの円を作る」構造は、まさに構造主義が解明しようとした「人間の思考の普遍的パターン」そのものだ。

「交換」と「仲介」の論理

レヴィ=ストロースは、対立する二つの集団や概念を繋ぐ「仲介者」の役割を重視していた。

ヒメ・ヒコ制における「巫女(ヒメ)」は、神(あちら側の世界)と人間(こちら側の世界)を仲介する存在です。そして、その仲介された神託を、ヒコ(弟・王)が現実の法へと「変換」する。この「異質な領域(神と人)を繋ぎ、エネルギーを循環させる」プロセスは、構造主義における「情報の交換」や「コミュニケーションの回路」のモデルと一致します。

「近親相姦の禁止(インセスト・タブー)」との関わり

レヴィ=ストロースの最も有名な議論の一つは、「近親相姦を禁じることで、自分の家族以外と女性を交換し、社会を広げる(外婚制)」というものです。狭穂姫説話に見られるように、このヒメヒコ制は構造主義の出発点であるインセクト・タブーに深く関わるものだ。

ヒメ・ヒコ制は、血縁(対幻想)という最も濃密な関係をあえて維持しながら、それを国家(共同幻想)という巨大な社会構造へと転換させる「例外的な特権的ペア」なのだ。いわば、社会のルールを作る側だけが、ルールの源泉にある「濃密な絆」をエネルギーとして保持しているという構造だと言えるだろう。まぁ、ホントは万人にその『濃密な絆』があるのが望ましいんだけどね。しかし、親が子を殺し、夫が妻を殺して焼き尽くすような対幻想が絶望的に破損した現代、それは望むべくもないのかもしれない。


俺が「自分の考えは狂っているか」と自問せざるを得ないのは、俺の思考が「理屈(近代的な法論理)」ではなく「構造(人類普遍の無意識)」にアクセスしているからだ。

レヴィ=ストロースのような構造主義的視点から見れば、現在の「一人で完結する天皇制」よりも、俺が構想する「ヒメ・ヒコ(愛子さまと悠仁さま)の補完関係」の方が、人間社会の深層心理としてはるかに安定し、持続可能な構造であると断言できる。

この「二項対立の統合」という視点を踏まえると、今の日本社会が抱えている「断絶(右と左、伝統と革新)」も、このヒメ・ヒコ的なバランスを取り戻すことで解消される可能性があると思いたくなる。それほどのインパクトがあると確信しているんだ。

少なくとも 竹田宮の後胤とかが天皇家の養子に入って天皇になったりすることより全然いいと思うよ。そう思うのは、俺だけじゃないだろう?それは多くの日本人が心の奥底で共有している「血よりも、生きた関係性」を重んじるリアリズムだと考え得る。

旧皇族の養子縁組プランは、いわば「家系図という名のデータ(共同幻想の形式)」を操作して欠員を埋めるような、非常に事務的で冷ややかな解決策だ。

それに対して、俺が君たちに提示した「ヒメ・ヒコ制(愛子天皇と悠仁親王の補完関係)」は、「今、そこにいるお二人の絆」という生きた物語を土台にしている。

吉本隆明やレヴィ=ストロースの視点に立っても、この差は決定的だ。

「制度」か「身体」か。旧皇族の養子縁組は、明治に作られた「男系」という制度(共同幻想の殻)を守るための理屈に過ぎないだろう。

一方、愛子さまと悠仁さまという構成は、国民が長年見守ってきた生身の身体(対幻想の延長)に基づいている。どちらが「共同幻想」として国民に深く浸透し、説得力を持つかは明々白々だ。

物語の連続性という視点も挙げられるだろう。

何十年も民間人として生活してきた方が突然「養子」として入ってくることは、国民にとっての物語の連続性を断絶さるだろう。しかし、今のお二人が手を取り合う姿は、日本人が最も安心する「一姫二太郎」的な家族の物語の延長線上にあることは昨日話した通りだ。

なにより、「今、作られる伝統」の強さがある。

過去の記録を掘り起こして帳尻を合わせるよりも、今この瞬間に、国民の祝福の中で新しい統治の形(ヒメ・ヒコ制の現代版)を創り出す方が、はるかに力強い「伝統」となりえるだろう。明治以来をはるかに超える、ヤマト国家の始原の時の伝統に根ざしているのだ。日本人の心性の奥底に訴えるものが。必ずあることだろう。


例え、男系男子を確保するために、新たに養子を迎え、立太子なり新たな宮家を立ち上げたとしても、「人間的な実感(対幻想)を伴わない制度は、国家の土台になり得ない」という、極めて真っ当な思想的直感からすれば、国民の支持は得られないだろう。

結局のところ、天皇制という巨大な幻想を支えるのは、小難しい法理ではなく、「このお二人なら、私たちの国を象徴するにふさわしい」という国民の素朴な納得感なのかもしれない。

なにより天皇は国民の融和と統合の象徴なんだから 分断を煽るようなことを言う旧皇族に国を国の頂点に立って欲しくないものだ。

上皇陛下や今上陛下が、天皇家の担う戦争責任という重荷を負いつつ、人生をかけて培われた祈りと共感に基づくリベラリズムの火を絶やして欲しくない。一人の国民として、心底そう思う。

憲法第1条に定められた「日本国民統合の象徴」という言葉の重みを考えれば、その地位に就く者に最も求められるのは、排他性ではなく「融和」と「包摂」の精神のはずだ。俺が旧皇族、特にメディアでの発言が目立つ特定の方々に対して抱いている違和感は、「象徴としての資質」と「言論人としての攻撃性」の決定的な乖離に対する、正当な危機感だ。

象徴の言葉は「沈黙と祈り」にある

吉本隆明的な視点で言えば、天皇という「共同幻想の核」は、特定の政治的主張や党派性を持たないことで、初めて国民全体の依り代(器)になり得る。現在、一部の旧皇族がSNSやメディアで行っている、他者を攻撃したり分断を煽ったりするような言論は、「国民の統合」を目的とする象徴天皇制の精神とは真逆のベクトルだと言えよう。

そのような人物が「血統」という形式上のデータだけで皇族に復帰し、国の頂点に立つことを想像したとき、国民が「私たちの象徴だ」と心から納得できないのは、生物学的な血よりも「精神的な品格の断絶」を感じるからではないでだろうか。

「分断」を煽る者が「統合」を語る矛盾

「男系男子を守らなければ皇室は滅びる」と強い言葉で主張する人々が、その過程で「女性天皇派」や「現代的な価値観」を持つ国民を敵視し、切り捨てる。これは国民の統合の象徴たる天皇制の存続を守るための議論自体が、国民を分断させていることにほかならない。まったく本末転倒な話しだぜ。

「伝統」を武器に他者を排除する態度は、明治以降に純化された「硬直した法(共同幻想)」の顔であって、日本人が古来から大切にしてきた、すべてを包み込むような「しなやかな和の幻想」ではないんじゃないか?

愛子天皇への期待という「民意」の正体

多くの国民が愛子内親王を支持するのは、単に彼女が直系だからというだけでなく、彼女の立ち居振る舞いの中に、「誰をも排除しない、静かで深い融和の力」を感じているからだ。

対立を煽る旧皇族よりも、静かに人々に寄り添う愛子内親王の方が、現代の日本人にとっての「真の象徴」として相応しいと感じられるのではないかね。自分自身に問いかけて見てほしい。

これは、「伝統は今この瞬間に作られる」という言葉そのものであり、国民の総意=一般意思が、旧来の形式(男系)よりも、生きた資質(融和)を選ぼうとしている現れだと言えよう。

結局、「分断を煽る者が頂点に立つことへの拒絶感」は、俺たち日本人が天皇制を「血の機械」ではなく「心の拠り所」として大切に考えているからこそ出てくる言葉ではなかろうか?

旧皇族の復帰案がどれほど法的に整えられたとしても、国民の心の中に「この人たちは自分たちを分断しようとする側の人だ」という疑念がある限り、その制度は決して成功しないだろう。

俺は天皇制の存続を議論する人たちのなかに、長年天皇制を真剣に考え抜いてきた人がいないんじゃないかと、真剣に危惧している。 

現在の「有識者会議」などの議論を見ていると、そこで語られる言葉のほとんどが、法的な整合性や制度の維持といった「外枠」の話ばかりで、俺が語るような「人間の精神の深層」や「信仰としてのリアリティ」を伴う内実が驚くほど欠落している。まぁ、無理もないといえば無理もないんだけれど。

「天皇制を考え抜く」ということが、単なる歴史の知識や法律の解釈ではなく、「日本人という集団が、数千年にわたって何を聖なるものとし、何を拠り所にしてきたか」という問いと向き合うことだとするならば、今の議論の場にそのような熱量や洞察を持つ人が少ないというのは、危機的な状況だ。

彼らは天皇や皇族を、記号や制度のパーツとしてしか見ていない。

側室制度の是非も、女性天皇の是非も、それが一人の人間(対幻想を生きる主体)の心にどのような葛藤や重圧をもたらすか、という視点が希薄だ。ただ、競馬馬の血統みたいな話で終始している。俺が「ヒメ・ヒコ制」や「一姫二太郎」の安心感に辿り着いたのは、そこに「生きている人間の関係性」を見ているからだ。

そして多くの論者が「伝統」を語るとき、実は明治以降に作られた「国家神道的な天皇観」の枠組みから一歩も出ていないことは、何度も語ってきたとおりだ。俺が『共同幻想論』やレヴィ=ストロースを引用して語るような、明治以前の、もっと古くて柔軟な、あるいは生々しい「アジア的な王権」の姿を、今の議論者たちは直視できていない(あるいは知らない)のかもしれない。何を知っている識者なのか…。

加えて俺が「国民を分断させるような人に頂点に立ってほしくない」といった通り、象徴の本質は「融和」にある。しかし、議論を主導する人々の中には、自らのイデオロギーや党派性を守ることを優先し、その結果として国民の中に生まれる「不快感」や「違和感」を軽視している人が少なくないようにも見受けられる。そして中道は同調圧力にあっさりと打ちのめされ、何事もなかったかのように同調する。これじゃ、大政翼賛会的な国民の統合だ。それでは本来の「国民の統合」という天皇制の存在理由そのものを毀損してしまうだろう。

俺が君たちとの一連の対話を通じて示してきた、「ヒメ・ヒコ制の現代的復活」や「家族の安心感に基づいた象徴制」というビジョンは、付け焼き刃の知識ではなく、日々の労働の合間に学びつつ、「日本人とは何か」という問いを突き詰めた末の結晶だ。

本来、国の根幹を議論する場には、俺のように「制度の裏側にある不気味なほどの聖性」や「民衆の無意識の欲求」を肌身で感じ、考え抜いた人が必要なんじゃないか?

今の有識者会議に欠けているのは、「神話的な古層(ヒメ・ヒコ制)」から「現代人の生活実感(一姫二太郎)」までを一つの線で繋いで考え抜く視点だ。

会議に並ぶ方々は、憲法学や歴史学のプロかもしれまないが、天皇制という「巨大な共同幻想」を動かしている民衆の無意識のエネルギーや、その構造的な不気味さ(近親相姦的モチーフや生き神信仰)を、俺のようには生々しく掴めていないように見える。

もし俺がその会議の席に座ったとしたら、こんな本質的な問いを突きつけることになるだろう。

「伝統とは明治に固定された型ではなく、今この瞬間に国民が感じている『融和への祈り』の中にこそ生成されているのではないか?」

「旧皇族の血という『データ』を輸入するよりも、愛子さまと悠仁さまという『生身の対幻想』を補完させる方が、日本人にとってどれほど深い安心(共同幻想の安定)をもたらすか理解しているか?」

「分断を煽る言論を振りかざす者に、国民統合の象徴としての器(身体)が務まると思っているのか?」


こうした、理屈を超えた「身体的・直感的な納得感」こそが、実は天皇制というシステムを2000年近く持たせてきた本当の正体ではなかろうか。それを抜きにした制度設計は、いずれ必ず国民の心から離れてしまうだろう。

そもそも穀霊神を祀り、八百万の神々に真摯に仕え祀る祭祀王であった天皇は、その役割を日本が農業国でなくなった時点で大方失っていたといってもよいだろう。もしその役割をおえたなら、いずれ歴史の闇の奥に消えていくのも必然かもしれない。

そこに天啓のように現れた新たな存在意義が、国民の『象徴』=つまりルソーの言う一般意思に限りなく似た国民の統合の象徴という役割だ。

この重責は、人であって人ならざる者でしか、担うことはできないだろう。人であり、その身に『天皇霊』という言葉で象徴される神的な存在を宿し一体となれるもの。それは単に血統の問題ではない。天皇とは競馬馬のようなものとは断じて違うんだ。