2012/05/24

Post #543 夢うつつ

昨日の夜の仕事が長引き、帰ってきたのは今日の昼だった。しかも、帰りがけによった薬局で、つい洗面台の陶器の水垢を取る便利グッズを買ってしまい、シャワーも浴びずに赤い目をして洗面台を磨き上げていた俺なのさ。なかなかにきれいになって満足だ。俺はいたく満足し、シャワーを浴びて、眠りについた。
しかし、真昼間に眠っても、熟睡はできない。こんな時はいつも、眠っているのか、起きているのかよくわからない一日になってしまう。夢うつつだ。どこまでが現実で、どこまでが夢なのか、判然としない時間が流れてる。こんな時に、取引先から電話がかかってくると、往々にしてとんでもないことになるんだ。なんだか、人生を無駄にしたような気分だ。まぁイイか。そんな日もあるさ。
じゃ、今日も君に写真をお送りしよう。
Osaka
寝床の中でゴロゴロしながら、北島敬三の写真集(正確には回顧展の図録のようなものかな)を見ていた。やはり俺の好みなのは、80年代初期くらいかな。ニューヨークや当時まだ共産圏だった東欧でのスナップ。どこか暴力的に、人間の姿を赤裸々にもぎ取ってきたような、荒々しい印象の力強い写真が好きだ。
かつて、森山大道が北島敬三を評して、『白昼の通り魔のような』写真家だとか言っていたのを読んだような憶えがある。
写真とは、少なくともスナップ写真ってのには、どこか理不尽な暴力のような、何かしら犯罪めいた背徳性があると俺はいつも思っているんだ。当時の北島敬三の写真は、そんな思いを確信に導いてくれるような重たい迫力を感じる。もっとも、近年の北島敬三は、その手の写真はもう撮っていないようだけれど。
そういえば、まったく北島敬三とはまったく関係ないけれど、先日福井の九頭竜湖で見つかった、冷蔵庫の中の白骨死体は、俺が住んでる町に暮らしていた27歳の女性のものだとわかったそうだ。昨年の11月のある夜、勤め先を出てから行方が分からなくなっていたそうだ。若い女性が変わり果てた姿になってしまって、遺族の方の悲しみの深さは、推し量ることすらできない。ひどい話だ。
俺の町は、本当に治安が悪い。まるでバットマンのいないゴッサムシティーだ。ジョーカーみたいなサイコ野郎が夜ごとうろついてるに違いない。夜になれば、カエルの鳴き声が響く一見平和なところに俺は住んでいるというのに・・・。
とはいえ、俺自身はかなり不用心で、家の鍵もかけずに、ぐうぐう眠っていたりするんだけどね。

読者諸君、失礼する。戸締りはきちんとした方がいい。日本が治安がイイなんて話は、一億層中流と言われた時代の遠い思い出だ。警察の中にも、くだらない犯罪者がごまんといるご時世だ。気を付けたほうがいいぜ。

2012/05/23

Post #542 たまには朝からお送りしよう

Osaka
たまには朝からお贈りしようとは言いながら、写真は夜ってのはないよなぁと、自分でもいささか呆れている。まぁ、イイじゃないの。細かいこと気にしなさんな。どうせ、写真と本文にはいつだって何の脈絡もないんだから。あまり細かいことを気にしてるようじゃ、大物にはなれないぜ。やはり大物になるには、4億円の取引とかでも、秘書に任せっきりで、細かいことは俺は知らんとか言ってのけるようなざっくり感が必要だ。もっとも、時代はすでにそんな大物を求めてはいない。何事にもアカウンタビリティー、つまり説明できることが求められる堅苦しいご時世だ。
閑話休題
今夜は仕事が入っているんだ。まぁある意味やっつけ仕事だ。だからこんな朝っぱらから、性懲りもなく駄文を書き散らしているって訳だ。付き合わされる方は堪らないことだろう。
で、グデグデ寝床で惰眠を貪っていたら、お客から電話があった。今日打合せして、明日の日中、他の人の代打で仕事をしてくれないかと打診されたんだ。待て待て、俺は今この瞬間まで眠っていたんだぜ。こんな時に、経営判断を迫られるなんて・・・、いやぁ、まいったなぁ。
しかし、安請け合いは禁物だ。というか、そんな代打の仕事を、夜勤明けの寝ぼけ眼でこなすわけにはいかないだろう。仕事をやるからには、責任を持って取り組みたいからな。それに、野球じゃないんだ、代打なんて気が進まないぜ。今日の明日のなんて、まるで蕎麦屋の出前だ。
俺は寝起きの回らない頭で、今夜の仕事が朝までみっちりかかり、朝の仕事のとっかかりに間に合わない可能性があると答えて断ったんだ。いくら俺がフリーランスとはいえ、さすがに今日の明日では厳しい。第一、そんな安請け合いしても自分がシンドイだけだ。
そんなシンドイ思いをするくらいなら、家でプリントでもしていた方が、人生が充実するってもんじゃないか?
こんな調子で、仕事を断っていたら、最近どうにもヒマになってきた。しばらくの間、まとまった仕事は無い見通しだ。俺の商売、こんなことはしばしばある。フリーランスになったばかりの頃は、かなり不安になってうろたえたりもしたが、いちいちうろたえても始まらない。運気も下がるというもんだ。
こんな時は、どっしりと構えて、プリントでもするのがイイだろう。
そんな時もないと、人生はあっという間に終わってしまう。なにしろ、俺が地球に来てからもう43年と5か月が経っている。これが車なら、とっくに5回くらいは廃車になっているだろう。縄文時代の日本人の平均儒教は30歳だったそうだ。120年まで生きられるという本が流行っているらしいが、冗談じゃない。人生は短いんだ。ジミヘンブライアン・ジョーンズシド・ヴィシャスを見てみろ。みんな早死にしてるじゃないか。光陰矢のごとしだ。少年老い易く学成り難しだ。それどころか、俺はいつの間にかかなりご立派な中年だ。中年死に易く道楽成り難しだ。棺桶に半分足を足を突っ込んでいると言っても過言ではない。誰にも知られない、俺と君たちだけが知っている、俺の写真の道を、静かに一歩一歩進んでいかなければならない。たとえその先に、何もないという不毛な道のりだとしても、自分の存在を証しだてるためだけに、進めていかなければならないんだ。
まるで、イメージの荒野の中を、独り彷徨っているようなものだな。
いや、ひとりじゃないか、いつもこれを読んでくれている君たちがいるじゃないか。いつも暇を持て余すと、思うんだ。ガンガン写真を撮って、しこしこプリントするのもいいけれど、出来ることなら、君たちともっと写真について話し合いたいものだって。何故って、写真ってのはお互いに見せ合ったり、それを肴にして語り合ったりした方が面白いもんだからね。なに、人生所詮暇潰し、俺の好物ひつまぶしってところで、ヒマを潰すのも独りじゃなかなか手に余るときもあるってことさ。
あぁ、なんだかんだ言って、今日も中年の愚痴のようになってしまった。

君たちの感想を、俺はいつも待っているんだ。一部の人を除いて、なかなか反響は無いけれどね。
なにしろ写真を趣味にしてるような人は、どこかシャイな人が多いようだ。シャイじゃなかったら、きっと写真なんか撮るよりも、女の子と合コンしてみたり、友達とバーベキューでもして盛り上がったり、ジャンジャンバリバリ営業してみたりして、写真なんかに興味を持つヒマもないことだろう。それが真っ当な人生だ。今はやりのリア充だ。
俺もかつてはシャイな若者だったんだけれど、今や厚かましくてイカれた中年だと誤解されている。しかし、本音のところでは、なかなかにシャイなつもりなんですがね。含羞というんですか、厚かましさの中に秘めた恥じらいというのを感じ取ってほしいな。いや、まぁそんなことは置いといて、正直なところ、俺はいつも君たちとじかに顔を合わせて、写真について、くだらない人生について、ああだこうだと語り合う日が来ることを、夢に見ているんだ。大丈夫、自分で言うのもなんだけど、意外と常識人だから。酔っ払って、隣の席のキレーなお姉さんにちょっかいを出したりして、君を困らせるようなことはしやしないさ。

読者諸君、失礼する。遊んで暮らしていたいけれど、遊んでばかりもいられないのさ。今日はこれから溜まりに溜まった伝票の作成でもしておくか。これをやっておかないと、精神衛生上よくないんだ。床についても、心穏やかに眠れないんだ。もちろん、道楽にも差し障るんでね。

2012/05/22

Post #541 ずっと前のプリントを漁ってみた

Osaka
まずは、昨日のプリントから一枚。
今日は仕事が早く終わったんで、昨日のプリントをスキャンしてPCに取り込んだんだ。そして、まだ時間があったんで、もう何年も前にプリントした写真を撮り込んでみた。今日一日で、150枚は軽く取り込んだことだろう。ずっと、The Whoのギタリスト、ピート・タンゼントのソロアルバムを聴きながら、マシンのようにスキャンしていた。
古い写真を見ていると、いったい何時どこで撮ったのか分からない写真も多々ある反面、その写真を撮った瞬間のシチュエーションまで鮮明におもいだすものもある。
最初期の写真は、焼きもイマイチだ。黒のノリが悪い。引伸機を手に入れて、現像をはじめた頃は、引伸レンズも、大昔のFUJIのレンズだった。引伸機の中の電球も、大昔に前の持ち主が使っていた100Wの球だったと思う。今は150Wの球を使っているので、光の強さもまるで違うというもんだ。
今見ると、またもう一度焼きなおしたいものも多い。しかし、今更もう一度焼いているような余裕はない。なぁに、不満はあっても、自分さえ納得していれば、全てOKだ。もう一度焼いても焼かなくても、俺の写真だということに何の変りもないからだ。いつも言うように、上手い下手など関係ない、自分が良ければそれでイイってもんだ。何といっても、俺は俺のスタイルの写真に関しては、世界でサイコーだからな。まぁ、世界が狭いねとは、しばしばご指摘いただいている訳ですがね。

読者諸君、失礼する。焼きの具合は変わっても、自分でも驚くくらい写真のスタイルってものは変わらないもんだねぇ。